"GINNIRO" Side Story

 靴跡の花 第一話

 作:御巫吉良(Kira Mikanagi)



「ここか・・・」

 俺は眼下に広がる山里を見下ろしながら呟いた。
 山間に囲まれた田舎の里は、天然の要害のようにも見える。
 小さく村人たちが働く様子、駆け回る子供たちの姿が見えた。

「さて・・・今度は下り道だな」

 急な峠道を越えてきた足の疲れがあったが、ここで休んでいるわけにはいかない。
 ゆっくりとした足取りで道を歩き始めたその時、

 パカラッ、パカラッ、パカラッ!

 正面から聞こえてくる物音に顔を上げると、

「そこの者、どけぃ!」
「うわっ!」

 顔を上げた時には、既に目の前に迫っていた。

 (馬・・・!?)

 考える間もなく、俺は咄嗟に草むらに転んでかわした。

「どう! どうどう!」

 騎手は、必死に馬の首に抱きつくようにして馬を静めている。
 やがて、峠の頂上付近で、馬はようやく脚を止めた。

「・・・・・・」

 呆気に取られて、草むらの中に腰を下ろしたまま、馬を引きながらこちらに歩いてくる騎手を眺めていた。
 騎手は、小柄な少年だったのだ。

(こんな歳で馬乗りか・・・どこぞの武家の御曹司と言った所か)

「おい、そこの者。大事ないか」

 つっけんどん、な言葉だった。

「・・・・・・」
「おい、返事をせぬか」

 スクッ。

 俺は無言のまま、立ち上がった。

「なんだ、平気なのではないか。だったら早う言わぬか」

 なじるように、少年は言い放つ。

「口の聞き方を知らないガキだな」
「なんだと?」

 俺の言葉に、少年の表情が気色ばんだ。

「貴様、誰に向かってものを言ってるのだ!」
「・・・本当に躾のなってない、ガキだな」

 ガシッ。

 俺は少年の襟首を掴み、

「な、何をする!」

 そのまま少年を持ち上げると、頭を後方にして少年の脇を抱え込んだ。

「は、離さぬか、無礼者!」
「大人に礼を示さぬ子供よりはマシだ」

 そう言うと、男は少年の袴(ズボン)を引き下ろした。

「んなっ!」

 少年が狼狽した声を上げる。

「躾のなってない子供への罰は、これと決まっている」

 バシィ! バシィ!

 俺は剥き出しになった少年の尻に平手打ちを食らわせる。

「い、痛い! や、止めぬか!」
「反省するまで続けるぞ」

 バシィ! バシィ!・・・・・・

「き、貴様、誰に向かって・・・!」

 バシィ! バシィ!・・・・・・

「い、痛! や、やめて・・・」

 バシィ! バシィ!・・・・・・

「う、うう・・・や、止め」

 バシィ! バシィ!・・・・・・

「わ、わかった、わしが悪かった!」

 バシィ! バシィ!・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・ご、ゴメンナサイ・・・」

 少年が素直に謝ったのは、平手打ちが百を超えた辺りだった。

「反省しているか?」
「は、はい・・・だ、だから・・・もう・・・」

 涙声の少年の言葉に俺はようやく少年を、抱えていた手を放して少年を開放した。
 地面に下りた少年は、慌ててずり下げられた袴を引き上げた。

「ふぅ・・・」

 さすがに叩く手も疲れた。
 赤くなった右手を軽く振っていると、

「この、不埒者がぁ!!」

 ガスッ!

 顔を真っ赤にした少年が、俺の側頭部に腰の木刀を叩きつけた!

「ぐぉ・・・!」

 横殴りの衝撃に、思わず膝をついた・・・・・・




「痛っぅ・・・」

 痛みをこらえて、顔を上げた時には少年は馬と共に姿を消していた。

「やれやれ・・・酷い目にあった」

 痛みをこらえて立ち上がると、少し顔を振って大事が無いかどうか確かめる。
 子供の、木刀の一撃だった事もあって、たいした事はないだろう・・・

「・・・む」

 クラクラ・・・

 すこし眩暈がする。
 痛む箇所を軽く手で擦って気が付いた。

「・・・急所を突いたのか」

 子供の力でも、急所を突けば百戦錬磨の俺に対してでも、少なからず効果はある。

「あの小僧・・・礼儀はなっておらんが、剣の腕は中々だな」

 退屈だと思っていた“任地”にも、面白い奴がいるようだ。
 眩暈が治まった事を確かめると、俺は新たな“任地”となる里へと続く降り道を降りていった・・・




「ここか・・・」

 目的の屋敷はすぐに見つかった。
 それはそうだ。農民の粗末な家以外に、これだけの屋敷があるのはこの一軒だけだからだ。
 しかし・・・・・・

「・・・なぜ、門番がおらんのだ? しかも門は開きっぱなし・・・」

 およそ武家屋敷とは思えぬ無用心さだ。
 本来ならば、門番に屋敷の主へ、訪れた旨を伝えてもらうのだが・・・

「御免、どなたか居られぬか?」

 門の前から屋敷に声を掛けるが、返事がない。

「・・・致し方ないか」

 俺は無断で屋敷に入ることにした。
 このまま、突っ立っていても仕方が無い。

 屋敷の中を見回すが、人気が感じない。
 それよりも気になるのが、

「ここは廃屋か・・・?」

 荒れ放題の庭だった。

「・・・屋敷を間違えたのか?」

 しかし、この里にそれらしい屋敷は無かったはずだが・・・
 どうしたものか、と考えていると。

「・・・誰かおるのか?」

 俺が入ってきた正門より声が聞こえた。
 どうやら、屋敷の主は出かけていたようだ。
 わずかに安堵しつつ、俺は門の方へと戻った。


 門のそばまで行くと、確かに人の気配がする。
 俺の足音に気が付いたのか、こちらに視線が移った。
 俺は、その場に片膝を付き、腰の刀を脇に置き、頭を垂れた。
 武家の略式礼だ。

「人が居りませなんだ故、勝手にお屋敷に上がらせて頂きました。某は、久樹五郎和正(ひさきごろうかずまさ)。殿の命により、姫のお傍仕えを命じられた者です。以後、御見知り置きを」

「・・・傍仕えじゃと?」

 意外と驚きの含んだ返事が戻ってくる。

「やれやれ・・・父上は色々考えおるわ」

「・・・ご無礼ではありますが、貴方が姫様であらせられますか?」

 この相手の言葉で初めて、この相手が自分の仕える事になった主だと俺は気が付いた。

「ああそうじゃ。面を上げよ」

「はっ・・・」

 姫の言葉に従い、俺は顔を上げると・・・

「「なっ・・・!」」

 俺は絶句した。いや、相手も絶句している。

「お前はクソ生意気な小僧!」
「お前はさっきの不埒者!」

 まったく同時に声を上げた。

 そう、俺の目の前にいたのは、姫などではなく、さっきの小汚い格好の小僧だった。

「どこの御曹司か知らんが、よりにもよって姫の名を騙るのはどうかと思うぞ」

「だ、誰が騙りじゃ! 歳若い女子の尻を叩くような不埒者が!!」

「誰が女子だ!」

「わしじゃ!」

 ・・・・・・・・・・・・

「・・・今、何と言った?」

「わしじゃ、と言ったのだ」

「いや、その前だ」

「不埒者が」

「いや、もう少し前だ」

「歳若い女子の・・・」

「女子・・・?」

 俺は口をアングリと開けて、小僧をマジマジと見つめた。

 薄汚れた着物。
 馬に乗りやすくするためか、裾は肩口に紐で縛っている。
 顔だちは、日焼けと汚れで薄汚れているが、よく見ると顔立ちは中々に整っている。
 胸は・・・・・・・注意してみれば、わずかに盛り上がっているかもしれない。

「ど、どこを見ている!」

 男の視線に気が付いた小僧――いや、少女は恥ずかしそうに胸の辺りを両手で隠す。

「お前、本当に女子なのか・・・?」

「だから、そう言っておるだろうが!」

 憤然と少女が言い返す。

「えー、いや、その・・・じゃあ」

「・・・わ・し・が。お前の仕える姫じゃ」

 少女――とてもそうには見えないが――姫は、戸惑う俺の表情を見ながらニヤリと笑う。
 とても年頃の少女の、それも武家の姫君の笑い方では無い。

「おい、和正とか申したな。お前に初仕事じゃ。村の者から藁を貰ってくるのじゃ」

「藁・・・?」

「ああ、そうじゃ。それでわしの寝所を作ってもらおう」

「・・・風変わりな話ですが、そのような寝所をお好みで?」

「いや・・・今日は特別じゃ。な・ぜ・か、今日のわしは尻が痛んでの。硬い寝床では眠れそうに無いのでな」

「・・・・・・」

「早う行って参れ。仕事はまだまだあるのでな」

 そういい残すと、姫はまっすぐに屋敷へと入っていく。

 ・・・・・・手討ちにされなかっただけ、マシだと思うべきか?

 気が乗らないままに、藁を貰いに俺は門の外へと向かうと、

「おい、和正」

「・・・まだ、何かありましたでしょうか?」

「わしに敬語は不要じゃ。それよりも忘れておった。わしの名は『あやめ』じゃ」

「あやめ?」

 何とも武家の姫らしくない名前だ。
 まるで村娘のような名前のようだが・・・

「用はそれだけじゃ。早う行って参れ!」

「はっ」

 急き立てられるままに駆け出しながら、思った。

 今度の任地は、退屈だけはしそうに無い事を・・・


 つづく



 なかがき


 話が途中なので中書きです(^^;
 銀色SSですが、登場人物はオリジナルです。
 時代背景は厳密ではありませんが、一応、戦国時代の日本のつもりです。
 時代考証、言葉遣いなど、おかしな面が多々あるかと思いますが、
 あまり詳しくないので、細かい部分のツッコミは勘弁してくださいね(汗)
 

 00/9/27作成

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