"GINNIRO" Side Story

 靴跡の花 第二話

 作:御巫吉良(Kira Mikanagi)


 


 田島軍物頭・久樹和正(ひさき・かずまさ)。
 わずか二週間前までの、俺の役職である。
 早い話が、戦国大名・田島家の武将だったと言えばわかりやすいだろうか。

 田島家は先代・田島利勝(たじま・としかつ)が、一介の農民から成り上がった歴史の浅い大名家だった。
 平時の世ならばこのような出世はあり得なかっただろう。
 田島利勝は、槍働きで功を上げ、側近として知略を巡らし、やがて・・・主家を滅ぼし、自ら大名へと上り詰めた。

 主家の惰弱さもあったとは言え、農民の子でしかなかった利勝への反発は強かった。
 しかし、それらの外圧を、利勝は持ち前の知略を駆使して、懐柔、あるいは徹底的な弾圧を持って制した。
 その手腕は、時として非道とも言える策をも躊躇い無く実行した事から、“毒蛇”と呼ばれた。

 そんな近隣諸国を震え上がらせた戦国の風雲児も、5年前に隠居。そして、1年前に無くなった。
 今は、利勝の嫡子である、田島勝長(たじま・かつなが)様が後を継いでいる。

 そして今、俺の目の前にいる、この小僧は・・・

「・・・和正。おぬし、何を考えておる」

 ・・・この(姿を見てはどうにも言い難いのだが)少女が、現田島家当主、田島勝長様の娘、綾姫(あやひめ)である。数えで14歳と聞く。

 そう。たとえ村娘以下の小汚い姿であろうと、やんごとなき姫君にあるまじき言葉遣いであろうと、侍女はおろか仕える者一人としていない身であろうと、こんなド田舎に暮らしていようと・・・・・・

「いい加減にせぬか!」

 ボコッ!

「イタタ・・・綾姫、お願いですからホウキで殴らないで下さい」

「お主こそ、何度言ったらわかるのじゃ! ワシの事は『あやめ』と呼ぶよう言ったではないか!」

 綾姫はなぜか、自分の事を『あやめ』と呼ぶように言う。
 何度か理由を聞いてみたが、

「それがわしの名前だからじゃ」

 と、答えになってない答えしか返ってこない。



 先ほども少し触れたが、どうにもこの姫・・・もとい、あやめには不可解な事が多い。
 勝長殿には、あやめを含めて三人の子がいる。
 長男、あやめ、次男の年順である。
 二人は、当たり前だが、居城にて暮らしている。
 なぜ、あやめだけが、このような辺鄙な里で一人、暮らしているのか。

「和正・・・お主、本当に気付いておらぬのか」

「はっ?」

「さっきから、考えている事をすべて口に出しておるぞ」

 あやめは、冷たい眼差しで俺を睨んでいる。

 し、しまった。ついつい、考えていた事を口に出してしまっていたようだ。

「わしの事ばかり不審に思っておるようだが、そういうお主はどうなのだ? れっきとした武将が、何故にわしの傍仕えなど命じられるのじゃ」

「・・・・・・今は武将ではありませぬ。私は一介の足軽に過ぎませぬ」

「・・・つまり、お主は何やら父上の怒りを買うような不手際をしたという事か。いったい、何をしでかしたのじゃ?」

 ・・・・・・やはり言わねばならぬか。

「許婚のいる女子に、不貞を働いたが為です」

 早い話が、女性に乱暴した、と言うことだ。
 曲がりなりにも、若い女子であるあやめは、どう思うか・・・普通ならば嫌悪してしかるべきであろう。

「・・・やり方が下手だったのう。やるなら相手をその気にさせるか、誰にも見つからぬようにやるべきじゃな」

 ・・・やはり、あやめは普通の女子とは違うようだ。

「おい、何を頭を抱えておるのだ?」

「いえ、少し眩暈がしまして・・・」

「軟弱じゃのう。ここにいる間、少しは身体を鍛える事じゃな」

 これでも戦場においては、一騎当千の猛将と呼ばれた身なのだが・・・

「今度は遠い目か。情緒不安定じゃのう、和正は」

 苦悩する俺を見て、あやめは面白そうに笑っている。

「さて・・・庭掃除はこの辺りで良いじゃろう。少し休憩するとしよう」

 言うや否や、あやめはポイッ、とホウキを俺に向かって放り投げた。

「和正、片付けて置いてくれ」

 そのまま、屋敷の外へとサッサと出ていってしまった。
 俺はため息をついて、残った庭のゴミを取り、用具棚へと向かった。




 用具を片付けながら、俺はここ数日の事を考えていた。
 女一人で暮らしていたにも関わらず、あやめは男の俺がここに暮らす事に何の戸惑いも感じていないようだ。
 まあ、主家と家臣なのだから当然と言えば当然なのだが・・・それでも多少は警戒するものではないだろうか?

 そもそも、先ほど言ったように俺は女絡みの不祥事を起こしたばかりの男だ。
 そんな(自分で言うのも情けないが)危険な男を、娘に付ける勝長様の考えもまたわからない。

「・・・ま、あんな男女に手を出すようじゃ、お終いだけどな・・・」




「和正、おるか・・・・・・何じゃ、まだ掃除をしておったのか」

 およそ一刻(2時間)後に帰宅したあやめは、廊下を雑巾がけしている俺を見て、呆れたような声を上げた。

「いえ、先ほどまで休ませてもらいました。ただ、少し気になる汚れを見つけましたので・・・」

「和正は細かいのう。まるで女子のようじゃな」

 男のような女子に言われたくは無いものだ。

「それよりも、和正は剣の腕の方はどうじゃ?」

「・・・剣ですか?」

「そうじゃ。お主も武将格の者ならば、多少は腕に覚えがあろう。稽古をつけて欲しいのじゃ」

 あやめが頬リ投げる木刀を、俺は右手で掴む。

「いつも稽古はしておるのだが、一人では退屈じゃ。試合ってくれぬか」

「構いませんが・・・ここで、ですか?」

 俺は一週間掛かりでようやく片付いた庭を見回した。
 広さは申し分ないが、植木が多くて剣術稽古には不向きだろう。

「それなら、いい場所がある。案内するからついて参れ」

(・・・やんごとなき姫君の御付きと言うより、やんちゃ盛りの小僧の子守りだな)

 嬉しそうに駆け出していくあやめの後姿を、俺は苦笑しながら追いかけた・・・




 はしゃぎながら飛び出したあやめだったが、それも一時の事だった。
 道すがら、頭を下げる村人に出会ってから、あやめは突然、態度を改め、生真面目な表情で道をゆったりと歩いていく。

「・・・どうしたのです? 急に」

 村人の姿が消えてから、俺はあやめに訊ねた。

「ん・・・まあ、わしも一応、この地の領主代わりじゃからな。村人の前では少し、な」

 歯切れの悪そうな声で、あやめは答える。

「・・・らしくないですね。いつもの姿で良いのではないですか?」

「そうはいかぬ。人の上に立つ者は、常に模範を示さねばならぬ。上がだらければ下も同じようにだらけてしまう」

 もっともな言葉ではあったが、何故か俺は引っかかるものを感じた。

「・・・あやめ殿は、本当にそう思っているのですか?」

「なに?」

 俺の言葉に、あやめは足を止めて、俺の顔を見つめた。

「どういう意味じゃ、それは」

 あやめが厳しい表情で、詰問する。

「今の言葉、本当にあやめ殿の本心なのか、と思ったのです。何と言いますか・・・私には自分に言い聞かせているように思ったのです」

 勢いで言ってしまったが、確証があった訳ではない。
 あやめと出会ってから、まだ七日ほどしか経っていない。
 あやめの全てを俺は知っている訳ではない。
 それでも、彼女の態度には、何か不自然なものを感じたのだ。

「・・・当然じゃ。わしは、わしの考えしか言わぬ」

 そう言うと、あやめは俺に背を向けて歩き出した。
 俺もそれ以上、何も言わぬまま、あやめの後を付き従った・・・


 つづく


 なかがき


 少し中途半端な所で途切れてしまいました。
 いつもの事なんですが、この先の展開を少し再構成したくなった為、後半は次回に持ち越しました。
 その代わり、と言っては何ですが、次回は早めに書き上げたいと思います。

 00/10/23作成

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