人の数は出会いの数
出会いの数はドラマの数
キミに会えてホントによかった

美樹子の作戦ピタリ的中
ウェイトレスは大ピンチ?

そこにあるのは素敵なひととき
ハートフルファミリーレストラン
Piaキャロットへようこそ!!



Piaキャロットへようこそ!!2SS
written by FUE Ikoma
Muchos Encuentros
第2話『しっていれば』
Guest:SAKAMAKI Tetsuya


 

 美樹子と哲弥は、相談したいことがある、という美樹子の誘いで近くの喫茶店に入った。
「いやぁ、すみませんねぇ、奢ってもらうなんて」
 哲弥が向かいに座っている美樹子に話しかけた。
「いいのよ、私の方から誘ったんだしね」
「それで、相談したいことって何ですか?」
「あ、それは食べながらにしましょ」
「はぁ」
「ところで、平日の真昼間だってのに、君は学校も行かずに何やってたの?」
「え?」
 美樹子の質問通り、今は平日の昼下がり。高校生なら学校に行っている時間帯である。
「もしかしてサボり? こぉの不良少年」
「あ、そうじゃなくて、その、い、今は中間試験の最中だから、学校は午前中に終わるんです。それで、ちょっと気分転換に帰り際に寄ったんですよ」
「帰り際って、だったら何で私服なの?」
「それは、その、おれの通ってる高校は、私服で登校できるんですよ」
「ふーん、そう」
 哲弥の説明を聞いても、美樹子はなおも疑問の目を向けていた。
「そういう篠原さんだって、高校か大学か、とにかく学校はどうしたんですか?」
 哲弥は矛先を逸らそうと逆に質問した。
「私? 私はとっくに高校中退して、今は学校行ってないわよ」
「え?」
 哲弥はきょとんとした。
「漫画家になるため、高校も辞めて上京してきたの。親とは勘当同然よ」
「そうなんですか……」
 そのとき美樹子には、一瞬哲弥の表情が曇ったように見えた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、何でもありません」
 哲弥は両手を前に持ってきてパタパタさせながら言った。
「ところで漫画家って、篠原さんが?」
「そ、漫画家、篠原ミキとは私のことよ」
 美樹子は軽くポーズを決めてみせた。
「…………知らないです」
 がつんっ
 哲弥の反応に美樹子はテーブルを頭にぶつけた。
「ま、まぁ、まだデビューしたての駆け出しだからね」
 美樹子は上体を起こしつつ言った。
「お待たせしました、ミックスサンドにアップルパイ、コーヒーにカプチーノです」
 そのときウェイトレスが注文の品を持ってきた。
「じゃ、本題に入りましょうか」
 美樹子はウェイトレスがテーブルから離れてから切り出した。
「相談ってのはね、耕治のことなの」
「耕治さんですか」
 哲弥はサンドイッチをつまみながら話に応じる。
「正直な話、篠原さんが耕治さんの彼女だったなんて意外でしたよ」
「そう?」
「だって、キャロットの中では耕治さん、みんなに優しくって多くの女性から慕われてるし……」
「はぁ、そうなのよねぇ」
 美樹子はため息をついた。
「どういうことですか?」
「耕治って誰にでも優しいから、私っていう彼女がいるのにキャロットには耕治を好いている女の子が多いのよね」
「うんうん」
 哲弥は2つ目のサンドイッチを頬張りつつ頷いている。
「みんな一途なのはいいことなんだけど、私から耕治を奪おうとしてるのよ」
「それは大変ですね」
「私としては耕治を信じてるんだけど、キャロットのみんな、特にあずさちゃんっていうウェイトレスは諦めが悪くってね。そんな娘たち相手だと、やっぱりどこか不安になっちゃうのよ」
(あずさっていうと、あの髪が長くて細いリボンをつけてる人か)
「で、君に頼みたいのはね、私の味方になって欲しいってことなの」
「味方、ですか?」
「うん。私、ピアキャロットでは目の敵にされてるから」
「はぁ」
 哲弥はどうも要領を得ない返事をする。
「ね、おねがいっ」
 美樹子は手を合わせて懇願している。
 哲弥はしばし考え込んでいた。視線が美樹子の方や料理の方をうろついていたがやがて口を開いた。
「…………わかりました」
「ホントに!? ありがとう」
(よっし! これでキャロット内部に味方を作るのに成功したわ!)
 美樹子は心の中で、喜ぶとともに万歳三唱をした。
「さ、せめてものお礼よ。ドンドン食べちゃって。追加注文してもいいわ」
「そうですか? どうも、ありがとうございます」 
 哲弥は好意に甘えて、追加注文するべくウェイトレスを呼んだ。


 それから哲弥は美樹子に協力しだした、といっても彼のやることといえば、美樹子に頼まれて、彼女が来店して耕治がフロアにいるときは、耕治が彼女のテーブルにオーダーを取りに行けるようにしてほしい、ということだった。
 実際美樹子が来店すると、大抵の場合、耕治と美樹子を接触させまいと、耕治より先に、あずさ、美奈、つかさ、それになぜだか潤といった従業員が先に美樹子のテーブルに行ってしまうことが多い。
 そうなると、美樹子と耕治との接触は、耕治がたまたま美樹子のいるテーブルの近くを通りかかったときに軽く挨拶するくらいになってしまう。
 そういったことがないように哲弥がフォローするのである。

 例えば、美奈が美樹子のテーブルに向かおうとすると――――。
「あ、美奈さん、ここのテーブルの食器を下げるの手伝ってくれませんか?」
 お客のいなくなったテーブルの食器を下げようとしていた哲弥が、傍を通りかかった美奈に声をかけてきた。
「え? あ、で、でも」
「じゃ、お願いします。はいはい〜」
 美奈は口篭もるが、哲弥は有無を言わせず美奈の両手に食器を積み上げていった。
「さ、行きましょう」
 自分の右手に食器を積んだ哲弥はそのまま美奈の背中を押して厨房に向かう。
「あ」
 しかし不意に美奈が立ち止まったので哲弥もつられて立ち止まる。
 そして美奈の見ている方向に視線を送ると、そこには耕治と美樹子がいた。
 2人とも笑っているのがわかる。
(耕治さん……)
「何か、絵になりますね、あの2人」
 美奈が寂しげに耕治達を見ているところに、哲弥がそんな言葉をかけてきた。
 すると――――。
 ぎゅむっ
「!! っっっ!!」
 美奈が哲弥の足を思いきり踏みつけた。
 哲弥はフロアということもあって、声を上げるのを何とかこらえた。
 さらに――――。
 がちゃがちゃ
「哲弥君、これお願いね」
 美奈は自分の持っていた食器を全部哲弥に渡すと大股でその場を立ち去った。
(うぅっ、美奈さん、キャラクター変わってるよぉ)
 哲弥は心の中でぼやきつつ、美奈に踏みつけられた足の痛みと一気に増えた食器の量とで危なっかしい足取りになりながらも厨房に向かった。

 潤の場合は――――。
「あわわっ、潤さん危ない!」
「えっ?」
 美樹子のテーブルに向かおうとしていた潤のところに、空の食器やグラスをトレイに乗せた哲弥が倒れこんできたのである。
 がしぃっ!
「きゃっ」
 潤は、急だったことと通路の真中で逃げ場がなかったこともあり、哲弥を避けられなかった。
 振り返るまもなく背中に哲弥がぶつかってきた。
 そして――――。
 どしぃぃん!
 潤は哲弥を支えきれず、2人とも床に倒れこんだ。
 もっとも哲弥はトレイの上の食器やグラスが落ちないようにしっかりガードしていた。
「おいおい、大丈夫か2人とも」
 2人の下に耕治がいち早く駆けよってきた。
「耕治ぃ〜」
「ええ〜っと、何とか大丈夫です」
 哲弥の下敷きとなり床にはいつくばっている潤が声を出すが、それを打ち消すように哲弥が返事をした。
「そうか、まぁよかったよ」
「おれたちのことはいいですから、12番テーブルのお客様のところにオーダーを取りに行ってください」
「あ、ああ、わかった」
 耕治は哲弥に言われた通り、12番テーブルに向かった。
 言うまでもなく、そこには美樹子がいる。
「ふぅ」
 哲弥は耕治が美樹子の下へ向かったのを確認すると、息をついた。
「哲弥君、いい加減にどいて〜」
 下敷きになったままの潤が弱々しげに言った。

 つかさの場合は――――。
「つかささん、つかささん」
「ん? どうしたの?」
 哲弥がつかさを小声で呼んだ。
 つかさは美樹子のいるテーブルに向かおうとしていたのだが哲弥の呼びかけに応じた。
「あのテーブルのお客なんですけど」
 哲弥はつかさを物陰に誘導すると、とあるテーブルのお客を指差した。
 30代のサラリーマン風の男が1人座っていた。
「あの人がどうかしたの?」
「怪しいんですよ」
「どんな風に?」
「さっきからコーヒーにも手をつけずにきょろきょろしてて。きっと、食い逃げのチャンスを狙ってるんですよ」
「まっさかぁ。誰かと待ち合わせしてるだけじゃないの?」
 哲弥の飛躍しすぎている憶測に、つかさがもっともらしい推測を述べた。
「そうかしょうか? ……あ」
 哲弥が首を傾げたそのとき、1人の若い女性が男のいるテーブルにやってきた。
 男は照れくさそうに頭を掻くと女性に座るように促した。
「ほら、やっぱり待ち合わせだったじゃない。さ、仕事に戻ろ――――ああっ!」
 つかさが仕事に戻ろうとフロアを見渡したとき目に入ったのは、美樹子のいるテーブルで彼女と楽しそうに話す耕治の姿だった。
「どうしたんですか?」
 哲弥がつかさに尋ねる。確信犯なのだが。
「哲弥ちゃんのせいだよっ」
 ぽかっ
 つかさは哲弥の頭をげん骨で1回叩くと仕事に戻っていった。
「うぅ〜っ、結構効いたぁ」
 哲弥も頭を押さえながら仕事に戻った。

 そしてあずさの場合は――――。
 ささっ
 あずさが美樹子のいるテーブルに向かおうとしたが、それよりも早く哲弥が着いてしまった。
「あなたが来てどうするのよ」
 哲弥がテーブルに来るなり、美樹子は不満そうな声を上げた。
「これでいいんですよ、はい。え〜っと……」
 哲弥は美樹子にメニューを持たせると、きょろきょろと辺りを見回した。
 もっとも実際には1人を目で追っていたのだが。
 そして、その人物、耕治が近くまで来たのを確認すると、待ってましたと言わんばかりに呼んだ。
「耕治さん、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたんだ、坂巻?」
 耕治はすぐにやってきた。
「お客様にメニューについて質問されたんですけど、よくわからなくて」
「はぁ。しょうがないな、ちゃんと勉強しておけよ」
「はぁい」
 ため息をつきつつ注意する耕治に哲弥はさも申し訳なさそうに返事をする。
(ふ〜ん、こういうことか)
 美樹子は哲弥の意図しているところがわかった。そして、耕治の死角になっているところから哲弥に見えるようにサムズアップをした。
 気づいた哲弥もそれに応えて同じようにサムズアップをする。
「じゃ、後はお願いしますね〜」
「お、おいっ――――」
 呼びとめようとする耕治を無視して、哲弥は逃げるように耕治と美樹子のいるテーブルから離れた。
「坂巻君!」
 しかし、その哲弥をあずさが待ち伏せていた。
 フロアにいるという手前、口下には笑みが浮かんでいるが、よく見ると目は笑っていないことがわかる。
(こ、恐い)
「お客様の対応くらい、1人でできないとだめじゃない!」
「す、すいません」
 あずさはすこぶる不機嫌だった。もっともそれは、楽しそうに話す耕治と美樹子を見たからである。
 とりあえずその原因を作った哲弥にやつあたり、というわけである。
 哲弥が意識的にやったことは、あずさは知らない。

「ふぅ、あずささん、凄く恐い顔するんだもんなぁ」
「そうだぞ。日野森は怒らせると恐い」
「あ、耕治さん」
 休憩に入った哲弥が1人ぼやいていたところに耕治が声をかけてきた。
「耕治さんも休憩ですか?」
「ああ」
 耕治は備え付けの紙コップにコーヒーを注ぐと椅子に腰を下ろした。
「しっかし、仕事のミスくらいで怒るような日野森じゃないと思うんだけどなぁ」
(耕治さんのせいでしょうが)
 耕治の言葉に哲弥は心の中で毒づく。
「ま、まぁ、あずささん、普段は明るくって優しいですよね」
「でもな、結構大変なんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。日野森って、俺に対してはやたらとつっかかるし、人の話は聞いちゃくれないし。他には……美奈ちゃんは、可愛い妹って感じなんだけど、すぐに泣き顔になっちゃってやりにくいところがあるし。美奈ちゃんと仲良くしてても泣かれても、また日野森がつっかかって来るんだよな。涼子さんは、優しくって綺麗で……でも、時々感じる無言の圧力で胃が痛くなるし。葵さんは、大らかで何かと元気づけてくれる人だけど、のんべで何かにつけて宴会宴会で、ビール飲まされて何回潰されたことか。つかさちゃんは、元気のカタマリで一緒にいて楽しいんだけど、ワンワン語やコスプレにはついていけないところがあるし。早苗さんは、優しいし努力家なんだけど、ジョギングに付き合うのって大変なんだよなぁ。神楽坂は……まぁいい奴なんだけど、やたら無茶しようとするし………はぁ」
 耕治は一気にまくし立ててからため息をついた。
「……苦労してるんですね」
「ははは、まあな」
(ってゆうか、篠原さんがいるのに必要以上に愛想振り撒くからじゃあ)
 哲弥はやはり思っただけで口には出さなかった。
 ガチャ
 そのとき、ドアが開く音がした。
 耕治と哲弥がその方向を見ると、入ってきたのは祐介だった。
「やぁ、前田君、坂巻君」
「あ、店長さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
 耕治に続いて哲弥も挨拶をする。
「私もちょっと休ませてもらうよ」
 祐介はそう言うと空いている席に腰掛けた。
「坂巻君、キャロットでの仕事には慣れたかい?」
 一息ついてから、祐介が哲弥に尋ねた。
「はい、まだちょっとミスをしてしまうこともありますけど、みんなのフォローで何とか、って感じです。耕治さんを始めとして、みんなよくしてくれますしね」
「そうか。前田君も、面倒見のいい先輩になったわけだ」
「あ、いや、まあ………」
 耕治は照れていた。
「でも、新人に愚痴をこぼすのは情けないぞ」
「え? もしかして、聞いてたんですか? あ、あれはですね……」
 赤くなっていた耕治の顔が、今度は青くなった。
 どう言い訳したところであずさ達のことを悪く言っていたのには変わりない。
「あー、みんなには言わないから安心していいよ」
「ど、どうもありがとうございます」
 耕治の予想に反して、祐介はあっさり見逃してくれた。
「気持ちはわかるからね」
 そう呟いたたときの祐介は、遠い目をしていた。
「でも、そんな苦労をしてても、戻ってくるくらいここが好きなんですね」
「あぁ、そうだな」
 哲弥の言葉に相槌を打ったときの耕治の目は安らかだった。 
「私としては、前田君にはこのままキャロットに就職してもらってもよかったんだけどね」
「今はその好意だけ受け取らせてください」
「おれも、いっそここに永久就職させてもらおうかな」
「おいおい、坂巻はまだ高1だろ。そうあっさり決めてどうすんだよ」
「もう高1だと思いますけど。ねえ店長さん」
「う〜ん、私は高1の頃は何も考えず遊んでたな。父はその頃から私にキャロットを継がせようとしてたけど」
「え? それって……?」
「あ、坂巻は知らなかったのか」
「私の父は、ピアキャロットのオーナーなんだよ」
「はぁ、そうだったんですか」
 それから休憩時間が終わるまで、男3人取り留めのない話に興じていた。
「さ、もう時間だ。がんばろうな」
「「はいっ」」
 祐介の言葉に耕治と哲弥が元気よく返事をした。
「ボクは仲間はずれか………」
 潤は寂しそうだった。


 カリカリ
 シャッシャッ
 狭い部屋に無機質な音が響く。
 ここは美樹子の居室兼作業場。
 数日前にピアキャロットで取りつけた約束により、耕治は美樹子の漫画執筆の手伝いに来ていた。
 耕治はたまに美樹子のアシスタントをしている。
 最初はトーン張りのみだったが、今ではベタ、消しゴムかけ、トーン削りといったことまでやるようになった。
「お疲れ様。この辺で休憩にしよっか」
 2時間ほど作業を続けた後、美樹子が言い出した。
「ああ、そうだな」
 耕治もそれを受けると大きく伸びをして、そのまま床に倒れこんだ。
「待ってて。今、お茶入れるから」
 美樹子は言い残すと湯を沸かすために台所へと向かった。
 そしてしばらくは、2人は美樹子が入れてくれたお茶を飲みつつ談笑していた。
「そういえば、キャロットに新しい男の子が入ってるよね」
「坂巻のことか。前にちょっと話したよな」
 美樹子が哲弥の話題を振ってきた。
「うん。こないだその坂巻君と駅前であってね、ちょっと話したんだ」
「そうなのか」
 耕治はお茶のおかわりをしながら相槌を打つ。
「あの子、何かありそうなのよね」
「何かって?」
「もしかすると、とんでもない秘密を抱えてるのかも」
「どういう意味だよ?」
「わからない?」
「わからん」
 耕治は即答した。
「だから、将来を誓った彼女との仲を引き裂かれそうになり、すべてを投げ出して彼女と2人、冬の東京に逃げてきた、とか」
「坂巻は寮で暮らしてるけど、そんな人見たことないぞ」
「だから、耕治が知らないだけとか」
 あっさり否定する耕治だが、美樹子は食い下がる。
「そんな人がいたら、葵さんがかぎつけてみんなに話してるだろうな」
「う〜ん、そっかぁ」
 美樹子はなぜか残念そうだった。
「彼女はいるみたいだけどな」
「そうなの?」
「ああ、写真を持ってた」
「そうなんだ。じゃあ、この不況で親の経営する会社がやくざに騙されて倒産して一家離散。遠くに残して来た恋人に、写真を見ることで想いをはせる、とか」
「おいおい」
 耕治は呆れていた。
「まぁ、坂巻は俺にとっては初めてできた、ピアキャロットでの男の後輩なんだよな」
「ふ〜ん。ま、大事にしてやりなさいね」
「……何か語弊があるな、その台詞」
「気のせいよ。それに、さっきの冗談はともかくとして、あの子、わけありなのは確かだと思うよ」
「そっかぁ」
 それからまたしばらく休んだ後、2人は作業を再開した。
 美樹子が哲弥の話を耕治に持ち出したのも、彼女の作戦の内だった。
(坂巻君は味方につけたし。ここで耕治に坂巻君を気にかけさせといた方が、後々有利よね。あとは、妙なの方向に走らなきゃいいんだけど)
 それから数日後、哲弥は事件を起こすことになる。


 事の発端はあずさだった。
 いつものようにピアキャロットに出勤してウェイトレスをしていたが、どこか様子がおかしかった。
 お客の前では笑顔で対応できているのだが、それ以外では妙にそわそわしている。
 歩くときの視線も定まっておらず、床を向いていることが多かった。
 どかっ
「おっと……って、日野森」
「え? ま、前田君」
 前を見ていなかったあずさはテーブルの食器を下げていた耕治にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
 あずさは赤くなった顔を隠すように俯きながら急ぎ足で離れていった。
「どうしたんだ、日野森?」
 耕治はわけがわからない、という顔を浮かべていた。

「日野森、何かあったのか?」
 あずさが休憩に入ったところで、同じ時間帯に休憩だった耕治が尋ねてきた。
「な、何でもないわっ」
「嘘つけ。今日の日野森、何か変だぞ」
「前田君に変だなんて言われたくないわっ」
 あずさは強情だった。
「そう突っかかるなよ。仲間だろ、俺達」
「仲間……」
 喧嘩腰だったあずさの表情が和らいだ。
「そうね。仲間だもんね」
 あずさはもう一度『仲間』という言葉を反復すると緊張を解き、話しだした。
「実はね、探し物のことが気にかかってて」
「探し物?」
「うん」
「何を探してるのか訊いてもいいか?」
「うん。その、ペンダントなの」
 あずさは言いにくそうに答えた。
「ペンダントって、あの、母親からの形見っていうロケットペンダントのことか?」
「うん」
「……そうか」
 耕治はあずさと出会った時のことを思い出した。
 ピアキャロットの面接当日、駅前であずさとぶつかってしまい、彼女がつけていたロケットペンダントを安物と笑った。
 ピアキャロットで再開したが、しばらくはろくに会話もできなかった。
 ロケットペンダントが、今は亡き両親の思い出の品で母親からの形見だと知って謝罪し、彼女と和解した。
「キャロットに来たときは確かにつけてたんだけど、着替えるときになくなってるのに気づいて。あれが出てこなかったら、私――――」
 そこまで話すと、あずさは涙目になって黙り込んでしまった。
「わ、わっ、な、泣くなよ日野森ぃ。と、とにかくさ、閉店したら俺も探すの手伝うから、後半がんばろうぜ」
 普段見ることのないあずさに耕治は戸惑ったが、彼女の肩に手を置き、顔をのぞきこむようにして優しく話しかけた。
「う、うん。ありがとう」
 あずさの顔に笑顔が戻った。
 それを確認すると耕治もあずさから手を離した。
「閉店したら、美奈ちゃんや涼子さんたちにも手伝ってもらおうか?」
「…………………」
「日野森?」
「…………………」
 あずさは答えない。目の焦点も定まっていないようである。
「ひ〜の〜も〜り〜?」
「え、な、何、前田君?」
 耕治が再びあずさの肩をつかみ、揺さぶったことであずさは我に帰った。
 実は先ほど耕治が彼女の顔をのぞきこむように話したとき、彼の顔が間近に来たことで内心ドキドキしていたのである。
 耕治がそのことに気づくはずもなかった。
「だからさ、閉店したら美奈ちゃんや涼子さんたちにも探すの手伝ってもらおうかって」
「あ、そ、そうね。うん」
「じゃ、後半がんばろうな」
 耕治はそう言い残すと一足先に仕事に戻っていった。

 そして、閉店になった。
 フロアには、耕治、あずさ、そして耕治に声をかけられた、美奈、祐介、涼子の3人の計5人が集まっていた。
 祐介と涼子を呼んだのは、あずさと美奈の両親が亡くなっているということを知っている人物、という耕治の判断である。
「それで、話というのは何なんだい、前田君?」
 祐介がフロアをぐるりと見回してから耕治に尋ねてきた。
「日野森」
 耕治は隣に立っているあずさに声をかけると目配せをした。
 あずさは頷くと、1歩前に出てから話しだした。
「実は、ペンダントを落としてしまいまして、キャロットの中にあるのは確かなんですけど、それで……」
「あずさお姉ちゃん、あのペンダントなくしちゃったの?」
 美奈が思わず声を上げた。
「ごめん、ごめんね、ミーナ」
 あずさは俯いて話していた。
「2人とも落ち着いて。それで、キャロットの中にあるみたいなので、店長や涼子さんにも探すのを手伝ってもらえたら、って思ったんですけど」
 耕治はあずさと美奈をなだめると、祐介と涼子に頼み込んだ。
「わかったわ。私もできる限り手伝うから。店長は?」
「当然私も手伝うよ」
「あ、ありがとうございます」
「美奈も探すよ。あずさお姉ちゃん」
「じゃあ、早速――――」
「あれ、みなさんどうしたんですか?」
 耕治が『探そう』と言いかけたとき、スタッフ出入り口から男の声がした。
 5人が声のした方を向くと、そこにいたのは哲弥だった。
「坂巻、おまえのほうこそどうしたんだ」
「今日は皿洗いだったんですけど、皿の量が多くてちょっと長引いちゃったんです。あ、そうそう。これ、あずささんのですよね?」
 哲弥がズボンのポケットから取り出した物は、あずさのペンダントだった。
「あ、う、うん。でも、どうして?」
 あずさはペンダントを受け取ると尋ねた。
「おれがキャロットに来たとき廊下に落ちてたんですよ。早苗さんに訊いたらあずささんのだって教えてくれて。早く渡したかったんですけど皿洗いの方も抜けられなくて。だから閉店してから渡そうと思ってたんです」
「うーん。日野森がなかなかみつけられなかったのは、坂巻が持ってたからだったのか」
「あの、何の話ですか?」
 分析する耕治に哲弥が尋ねた。
「このペンダントを私達で探そうって話してたところだったの」
 涼子が説明した。
「あ、もしかして、おれのせい?」
「ううん、そんなことない。ありがとう」
 気まずそうな哲弥をあずさがフォローした。
 あずさの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。過程はどうあれペンダントが戻って来たことが素直に嬉しかったのである。
「そのペンダント、よっぽど大切なものなのね?」
 涼子が尋ねた。
「はい。父と母の思い出の品で、父が縁日で母にプレゼントしたものなんです」
「あずさお姉ちゃん、お母さんっ子で、お母さんにこのペンダントが欲しいってせがんでたもんね」
「もう、ミーナってば」
 あずさが美奈をたしなめる。その顔すっかり明るい笑顔になっていた
「ふふっ、素敵なご両親だったのね」
「「はい」」
 姉妹の笑顔につられたのか涼子も笑顔で話しかける。
 彼女の隣に立っている祐介も嬉しそうだった。
 そんな中、この雰囲気に水を差す言葉が入った。
「くだらないですね」
 哲弥だった。
「どうしたんだい、坂巻君?」
 祐介が尋ねる。
「親にとって、子供は自分の所有物なんですよ」
「おいおい、どうしたんだ?」
 耕治が呆れたように話しかける。
 美奈、涼子、祐介は黙り込む。
「ちょっとあなた、本気で言ってるの?」
 そして、あずさが哲弥の言葉を見逃すはずはなかった。。
「親は子供を育てるんじゃなくて、子供を飼いならすんです」
「何言ってるのよ! 親にとって、子供っていうのは一番大切な存在よ!」
「どうですかね。あずささんの両親だって、本心じゃ何考えてたんだかわかったもんじゃありませんよ」
 この一言は禁句だった。
「くっ……」
 あずさの右腕が上がった。美奈達が目を伏せる、しかし、その右腕が振り下ろされることはなかった。
「ま、前田君?」
「日野森………」
 耕治があずさの腕を掴んでいたのである。
「どうして……」
 あずさは小さく呟きながら、耕治の険しい顔を見つめていたが……
「前田君のバカぁ!!」
 ばっしーん!
 掴まれていない左手で耕治の頬を思いきりはたくとそのまま店を出ていった。
「耕治さん、大丈夫ですか?」
 近くにいた美奈が、耕治のもとに駆け寄った。
「あ、ああ、ありがと美奈ちゃん。くっ、待てよ日野森」
 耕治は美奈の手を借りて立ちあがると、あずさの後を追って店を出ていった。
 店を出る間際、ちらりと哲弥の顔を見た。
 哲弥は悲しい目をしていた。




次回予告
早 苗:こんにちは、縁早苗です。今回出番がなかったので、ここに登場させていただきました。
    何だか修羅場になっちゃってますが、この先どうなるんでしょうね?
    自分の話してたことが、そのつもりはなくても誰かを傷つけてしまう。
    耕治さんとあずささんのときもそうだったみたいですが、はたして今度は?
    それを知っているのは、えぇ〜っと、中杉通り3丁目に在住の与作さんだそうです。
    さっそく訊いて見たいと思います。与作さん?
………………………………………
………………………………………
………………………………………
    えぇ〜っと、与作さんは木を切りにシベリアの針葉樹林行ってしまったため訊けませんでした。
    というわけで、次回、Muchos Encuentros 第3話『へいへいほー』をお楽しみに。
美 奈:違います。第3話のサブタイトルは『これからも』です。
    美奈が活躍しますから、よろしくお願いしま〜す。
早 苗:あら、美奈ちゃん。えぇ〜っと、そういうことだそうです。さりげなく(?)自分の宣伝してますね。
 葵 :ふっふっふ。
早 苗:あら、葵さんまでどうしたんですか?
 葵 :アタシも今回出番なし。というわけで、今日はヤケ酒よっ!
早 苗:えっ? えっ?
 葵 :さぁ早苗ちゃん、美奈ちゃん、今夜は飲み明かすわよぉ。
早 苗:わ、私明日は早番ですぅ。
美 奈:美奈お酒飲めません〜。


あとがき
 当初の予定より遅れてしまいました、第2話です。
 このエピソードは前後編の予定でしたがやたら長くなってしまったため、もう1話延びることになりました。
 さらに美奈もこのエピソードのメインキャラに参入です。
 もっとも、ポシャったエピソードもあるので全体の予定話数は変わらないと思います。
 それでは、お付き合いいただきありがとうございました。
 しかし、次回予告で何書いてるんだか自分でもよくわからなくなってきたなぁ。
 まあ、半分(いや、7割くらいか)は遊びで書いてるようなものなんですけど。

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