人の数は出会いの数
出会いの数はドラマの数
キミに会えてホントによかった

息子より年下の母親誕生?
キャロット巻きこむ結婚騒動

そこにあるのは素敵なひととき
ハートフルファミリーレストラン
Piaキャロットへようこそ!!



Piaキャロットへようこそ!!2SS
written by FUE Ikoma
Muchos Encuentros
第4話『やばいぜ』
Guest:JOH Karin




 ピアキャロットは本日の客入りも上々だった。
 店内を見渡すと、ウェイトレスが忙しそうにフロアを廻っている。
 しかし、その彼女たちの中に、あずさ、美奈、葵、つかさといったいつものメンバーはいない。
 制服もいつもの制服とは違っている。
 それは、ここが中杉通り店ではなく、ピアキャロットの本店だからである。
 ある程度客足が落ち着いてきたところで、ウェイトレスの1人が別のウェイトレスに声をかけた。
「歌鈴ちゃん、先に休憩入っていいよ」
「え? でも留美さんは」
「留美は大丈夫だから」
「は、はい。ではお言葉に甘えさせていただきます」
 歌鈴は留美に頭を下げるとフロアを後にした。
 留美というのは前話に登場した木ノ下留美、中杉通り店店長木ノ下祐介の妹である。
 彼女は父親でもあるオーナー、木ノ下泰男が店長も兼任している本店でウェイトレスとして働いている。
(さてと、遅刻してきた手前、もう少し頑張らなくっちゃ)
 留美は気合を入れると仕事を再開した。
 留美は遅刻の常習犯だが、これは父親がオーナーだからという甘えではなく、短に彼女自身が時間にルーズだということを付け加えておく。

「あれ?」
 歌鈴はオーナー専用の部屋である執務室のドアが少し開いており、話声が聞こえてくるのに気づいた。
(オーナーと、あと誰かいるのかな? うぅ〜ん、よし!)
 歌鈴はドアに体を寄せて立ち聞きを始めた。
「……ああ………2号店のマネージャーか。確かに彼女は魅力的だと思うぞ……」
(どうやら、電話みたいね)
「………結婚か。う〜ん、いきなりか。彼女はどうかな……」
(け、結婚!)
「……年が離れてるな……いや、……構わないが………そうか……また連絡する」
(あ、終わったみたいね。えぇ〜っと)
 歌鈴はドア越しに聞こえたいくつかの単語から話の内容を導き出そうとする。
(2号店のマネージャー……結婚……構わない……年の差……)
「オーナーが2号店のマネージャーと再婚!!」

「え? 留美のお母さん? 留美が小さいときに死んだよ」
 閉店後の更衣室で、歌鈴は留美に彼女の母親について尋ねた。
 留美は母親とは死別していることをあっさりと答えた。
「そう、でしたか。すいません」
 予想していた答えだったが歌鈴は謝った。
「あの、寂しくなかったですか?」
「う〜ん、そうでもなかったかなぁ。お父さんとお兄ちゃんがいたからね」
「じゃあ、お母さんが欲しいと思ったこととかは?」
「別になかったかなぁ。お兄ちゃんが結婚して、お兄ちゃんのお嫁さんのお母さんが義理のお母さんになったけど、留美、あの人ちょっと苦手なんだよね。あんまり会ってないし」
「そうなんですか。いろいろ変なこと訊いてすいません。それじゃ、お先に失礼しま〜す」
「うん、ばいばい」
 一足先に着替えを終えた歌鈴は留美に挨拶するとピアキャロットを後にした。


 翌日の夕方、歌鈴はピアキャロット中杉通り店の前にいた。
 泰男に頼まれ、中杉通り店へのお使いである。
 彼女にとっては願ったり叶ったりだった。
 泰男の再婚予定の相手である(と彼女が思っている)中杉通り店のマネージャーを見たいという思いがあった。
「ここが、2号店、中杉通り店、か」
 しばし店内を見渡していた彼女だったが、気合を入れると店のドアをくぐった。
「いらっしゃいませ、お1人様ですか?」
 20歳前後のウェイトレスが彼女を出迎えた。フロアリーダーの皆瀬葵である。
「あ、はい。じゃなくて、あの、私、城歌鈴といいます。本店からのお使いで書類を持って来たんですけど」
「そうでしたか、失礼しました。私でよければ承りますが」
「いえ、マネージャーに直接渡すように頼まれてますので」
「では、少々お待ちください」
 葵は歌鈴を空いているテーブルに案内すると、事務所にいるいる涼子を呼びにいった。
(嘘ついちゃったけど、まぁいいよね)
 歌鈴は心の中で呟いた。
 書類を直接マネージャーに渡すようにとは言われていない。
 マネージャーに直接会いたいがために嘘をついたのである。

「王手」
 ぴしっ
 ピアキャロット中杉通り店の事務所に、少女の得意げな声と無機質な音が響いた。
「げっ」
 少女と向かい合って座っている少年が顔をしかめた。
 休憩時間を利用して、耕治とつかさは将棋の対局中だった。
「う〜〜〜ん………」
 追い詰められた耕治は何とか突破口を開こうと模索していた。
「もう耕治ちゃんの負けだよ〜」
 つかさが嬉しそうに言ってくる。
「う〜〜、参りました」
 結局突破口を見出せなかった耕治は降参した。
「あっはは〜、じゃあ耕治ちゃん、何かおごってよね」
「えっ?」
「忘れたの? この間耕治ちゃんが勝ったとき、ボク、カレーおごったじゃない」
「えっ? いや、ははは……」
「笑って誤魔化したってだめだよ〜」
 つかさは耕治の後ろに回りこむと、両腕で耕治の首を囲み、自分の左腕を右腕にかけて締め上げた。いわゆるスリーパーホールドの体勢である。
「うぐぐぐぐ……」
 耕治はもがくがその抵抗は緩い。
 首を締められてはいるが、それほど苦しいというほどのものでもないし、それよりも後頭部に当たっているつかさの2つの膨らみの感触と彼女から伝わってくるほのかな香りが心地よく、それを堪能したいという意識が働いていたからである。
「つかさちゃん、前田君が苦しんでるじゃない」
 先ほどから無言で書類の整理をしていた涼子がつかさをたしなめた。
「あ、ごめんね〜」
 つかさはようやくスリーパーホールドを解いた。彼女自身、力を加減していたので耕治がそんなに苦しんでいたとは思っていない。それでも解いたのは、涼子の言葉の語尾に、かすかながら棘を感じたからだった。
(涼子さん、時々無茶苦茶怖くなるな)
 耕治も涼子から発せられる威圧感を感じたのか、そんなことを考えていた。
「ふ〜ん……………」
 涼子は2人の側にやってくると将棋板を見つめた。
「涼子さん?」
 耕治が声をかけるが涼子は応えない。
 ぴしっ
 涼子はしばらく考えた後、耕治の持ち駒としてあった銀将を置いた。
「これで形成逆転ね」
「えっ?」
 つかさが自分の側に戻って将棋板を凝視する。涼子の一手で完全に攻守が切り替わっているのわかった。
「涼子さん、将棋強いんですか?」
「ふふっ、そんなことないわよ」
 耕治の問いを笑顔で否定するが、謙遜しているようにしか聞こえなかった。
 ガチャ
 そのときドアが開き、葵が入ってきた。
「涼子、本店からのお使いの子が来てるんだけど、マネージャーに直接書類を渡したいって言ってるの。いいかしら?」
「いいわ。じゃ、通してきて」
「うん」
 葵は頷くと事務所を出ていった。
「本店からかぁ。誰だろ?」
「う〜ん、俺は留美さん以外本店の人のことあまり知らないんだけどな」
 つかさと耕治がささやき合う。
 つかさは元々本店で働いていたが、夏休みに中杉通り店に配属された。夏休み後は1度本店に戻ったが、耕治の復帰を知ると再び中杉通り店にやって来た。
 そのため本店の従業員のことは、最近入った人物を除けば知っており、繋がりも厚い。
 一方耕治は本店に行ったことは1度しかないうえに、そのときは留美としか顔を合わせなかった。
 本店の他の従業員と顔を合わせたのは、祐介の結婚式に出席したときの1度きりである。
 故に耕治と本店との繋がりはないといっても差し支えない。
「あ、そうだ。涼子さん、俺達席を外した方がいいですか?」
「別に構わないわ、と、来たみたいね」
 涼子が言い終わるのとほぼ同時にドアが開き、葵が歌鈴を連れて入って来た。
「城歌鈴さん。本店からのお使いよ」
 葵が歌鈴を紹介すると、歌鈴は会釈をした。
「え、あ〜、歌鈴ちゃん、久しぶり〜♪」
 歌鈴を見たつかさが嬉しそうな声をあげた。
「カリンって、高い塔にすんでいる猫仙人の……」
「違うよ〜」
 耕治のボケにつかさが突っ込む。
「つかさちゃん。そういえば、こっちにいるんだったね、っと、失礼しました」
 一瞬緊張気味だった歌鈴の顔が和らいだが、要件を思い出し、すぐに真剣な顔つきになった。
「えっと――――」
「あ、自己紹介が遅れましたね。私がここ中杉通り店のマネージャー、双葉涼子です」
「え?」
 涼子が自己紹介をすると、歌鈴の表情がさらに強張った。
「あ、あなたが、マネージャーの、双葉さん、ですか?」
「ええ、そうですけど」
「あ…えと、えと……………」
「あの、書類というのは」
「あああ、し、失礼いたしました。え、えと、これです」
 涼子に促されて、歌鈴は持っていたカバンから大きな封筒を取り出し涼子に手渡した。
 歌鈴の手は震えている。
「ごくろうさまです」
 涼子は怪訝に思いながらも書類を受け取った。
「つかさちゃん、あの歌鈴って人、あがり症なの?」
「そんなことないんだけど」
 耕治とつかさは机の陰に隠れてひそひそ声で話していた。
「あ、あの………双葉さん、何歳ですか?」
「「「「は?」」」」
 歌鈴からの質問に、耕治、つかさ、涼子、葵の声がハモッた。
「す、すいません、こんな質問しちゃって。え、えと、わ、私は19歳、現在大学1年生です」
「はぁ」
「そ、それで、あの、双葉さんは?」
 歌鈴はなおも訊いてくる。自分は教えたのだから、ということらしい。
「私は、去年の春に短大を卒業したばかりですよ」
 涼子は遠まわしに教えた。
「ということは……………………しっ、失礼しましたぁ!」
 歌鈴は何やらぶつぶつ呟いた後、駆け足で事務所を出ていった。
「いったい何だったの、あの子?」
 開きっぱなしになったドアを見ながらの葵の問いに答えられる者は誰もいなかった。


 翌日の昼下がり。
 仕事が休みだった葵は早くからパチンコに出かけ、3時間以上打ち込んだ。
 店から出て来たときの表情からして、まずまずの成果だったようである。
(う〜ん、やっぱり耕治クンも連れて来よっかな〜)
 葵はそんなことを考えていた。
 耕治が夏休みにアルバイトをしていたとき、葵は何度か耕治をパチンコに連れていった。
 涼子や祐介には口止めするよう言い聞かせてあり現在も知られてはいない。
「あ、あの、ピアキャロット中杉通り店の人ですよね」
「え?」
 背後からかけられた声に葵が振り向くと、そこにいたのは昨日ピアキャロットに書類を持ってきた歌鈴だった。

 夜。寮の一室にて。
「え〜、みなさん、よくぞ集まってくださいました」
 葵が部屋に集合した一同をぐるっと見回してから切り出した。
 メンバーは、耕治、あずさ、美奈、つかさ、早苗、潤、祐介、哲弥、そして葵と歌鈴の計10人である。
「あの、何でおれの部屋なんですか?」
「だって、この部屋ってほとんど何もないじゃない」
 不満そうに尋ねてくる哲弥に葵が答えた。
「それはそうですけど……」
 葵たちが集まっているのは哲弥の部屋なのである。
 家出して来た哲弥は最低限の生活用品と衣類しか部屋に持ち込んでいないため、彼の部屋はあらかじめ備え付けてある家具を除けば何もないも同然なのである。
「でも、やっぱり10人も集まると窮屈ですよ」
 潤も不満そうに言う。
「みんなを集めるんだったら、キャロットでもよかったんじゃないのかい?」
 祐介がもっともなことを指摘してきた。
「いえ、キャロットでは涼子が残業してるので」
「涼子さんに聞かれてはまずいことなんですか?」
「まあ、ね」
 葵はあずさの問いにも決まりが悪そうに答えた。
 実際、部屋にいる10人のメンバーの中に涼子はいない。
「とにかく、本題に入りましょうか。じゃあ、歌鈴ちゃん、お願い」
「はい」
 歌鈴は葵に促されて1歩前に出ると話し始めた。
「まずは自己紹介しておきます。私の名は城歌鈴。本店でウェイトレスをしています」
「本店? でも店長さんの結婚式の時には見かけなかったけど」
「歌鈴ちゃんは去年の10月から入ったからね。店長の結婚式には出てないよ」
 あずさの疑問をつかさがフォローした。
「この前、私は聞いてしまったんです。オーナーの電話での会話。それは、オーナーが再婚するというものでした」
「えっ、親父が?」
「はい」
「母さんが死んではや10数年。そうか、あの親父が再婚か」
 祐介は感慨深げに呟く。
「店長は、オーナーの再婚には賛成なのですか?」
 早苗が尋ねてきた。
「ああ、私はいいことだと思うよ。留美も賛成してくれるんじゃないかな」
「あ、あの〜、まだ続きがあるんですが」
 歌鈴が口を挟む。
「親父の再婚に何かまずいことでもあるのかい?」
「はい。その、相手なんですけど……」
「もうわかってるの?」
 つかさが飛びついてきた。他のメンバーも興味深々の視線を向けている。
「はい。その……2号店のマネージャー、双葉涼子さんです」
 ………………………………。
 ………………………………。
 ………………………………。
「「「「「「「「ええ〜っ!!」」」」」」」」
 しばしの沈黙の後、葵と歌鈴を除いた全員が驚きの声をあげた。
「りょ、涼子さんが――――」
「オーナーと――――」
「結婚」
 あずさの言葉を美奈が、美奈の言葉をつかさが引き継いだ。
「ははは、はは………」
 潤は驚きのあまり、笑うことしかできなくなっているようだ。
 早苗はただただ呆然としている。
「オ、オーナーと涼子さんって付き合ってたのか?」
「そうでしょうか。涼子さんって誰か好きな人がいるって感じでしたけど」
「そうなのか?」
「はい」
 耕治の疑問に1人冷静な哲弥が応じる。
 と、女性陣の視線が耕治に突き刺さる。
「な、何だよみんな?」
「「「「「「別に」」」」」」
「う〜っ。そう言えば坂巻、おまえは何でそんなに反応薄いんだ?」
 耕治は話を逸らそうと、1人冷静だった哲弥に尋ねた。
「確かに結婚話は驚きですけど、何か問題でもあるんですか?」
「いい、哲弥クン、オーナーは祐介さんのお父様なのよ」
「あ、そういえば………うわ、すごい年の差ですね」
 葵に説明されて、哲弥はようやく事を理解した。
「しかも、自分の実の息子より年下の女性と結婚だからねぇ」
 つかさが祐介の方を見ながら言う。
 このころになると、取り乱していたメンバーも冷静になってきた。
「でも、今付き合ってないってことは、オーナーはこれからお付き合いを始めるということなのでしょうか?」
「お見合いでもするんでしょうかねぇ?」
 早苗と美奈が推測する。
「そうだとしたら、涼子さんはそのこと知ってるんでしょうか?」
「う〜ん、そんな素振り全然なかったし、知らないと思うけど」
 潤が口にした疑問は葵が否定した。
「とにかく、涼子さんが望まない結婚話が持ちあがっているのは問題よね」
 あずさ言葉に多くの人間が頷いた。
 ライバル(と思っているメンバーが多い)とはいえ、やはり仲間が望まざる結婚をさせられるのを歓迎したり傍観したりしているほど彼女らは冷たくはない。
「いや、そうとは言いきれないんじゃない――――」
 耕治の台詞は女性陣の彼を射抜くような視線によって打ち切られた。
(親父と双葉君が結婚すれば、双葉君が私の義母となるわけか。双葉君のことを『母さん』と呼ぶのか)
 一方祐介は妄想に入っていた。

(注意! 以下は祐介の妄想であり、双葉涼子の本来の人格とは何ら関連性はありません)
祐介:ただいま、母さん。
涼子:おかえり、祐介。ご飯の準備できてるわよ。
祐介:よかったぁ。もう腹ぺこでたまらないんだ。
涼子:ふふっ、今夜は祐介の好きなビーフシチューよ、ママが腕によりをかけて作ったからね。

涼子:祐介。まだ起きてたの?
祐介:あ、母さん。なんだか眠れなくて。
涼子:じゃあ、母さんが子守唄を歌ってあげる。お休みのキスもしてあげるね。

(こ、これはこれでいいかもしれない)
「男のロマン……」
「店長さん、何ボ〜ッとしてるんですか?」
「えっ?」
 祐介は美奈の言葉で我に返った。
「い、いやあ、何でもないよ。ハハハハハ」
 とりあえずは笑って誤魔化した。妄想のことなど言えるはずもない。
 妄想の中でなぜか祐介の精神年齢は下がっていた。そもそも祐介は泰男と同居していないので、泰男と涼子が結婚したところで祐介と涼子が一緒に住むことはない。
「で、何の話だったっけ?」
「オーナーの計画は断固阻止すべき、ということです」
 あずさが説明した。
「でも、ここにいるメンバーってアルバイトの人がほとんどですよね」
 美奈の指摘通り、部屋にいるメンバーで正社員なのは祐介と葵のみである。
「そうだな。バイトの俺たちがオーナーに何か言えるわけじゃないしなぁ」
「アタシだって、そう大したもんじゃないわよ」
「となると、ここはやっぱり――――」
「…………ですよね」
 耕治、葵、つかさ、早苗を始めとして、メンバーの視線が1人の人物に集中した。
「ははっ、やっぱりそうなるわけね」
 視線の先、祐介がきまり悪そうに笑いながら言った。


 TRRRR……
 翌日の朝、出勤の準備をしていた祐介の元に電話がかかってきた。
「はい、木ノ下です」
“双葉です。おはようございます店長”
 涼子からだった。
「双葉君。どうしたんだい?」
“実は、今日、本店の方に行かなければならなくなったんです”
「え?」
(本店に? まさか親父のやつ、もう行動に?)
 ここまで事が早く進むのは、祐介には予想外だった。
「もしかして、親……オーナーに呼ばれたのかい?」
“はい、その通りですけど”
(やっぱりそうなのか)
“ですから、今日は少し遅れます。それまで事務処理の仕事お願いしますね。それでは”
「あ、ちょっと待ってく――――」
 ツーツーツー
 祐介が止めるまもなく電話は切れていた。
「くっ」
 ぴぽぱぽ……TRRRR……がちゃ
“はい、皆瀬です”
 祐介は葵の元に電話をしていた。
「皆瀬君。木ノ下だ」
“祐介さん? こんな朝早くからどうしたんですか?”
 葵も出勤の準備をしていたのか、口調はハキハキとしている。
「実は、先ほど双葉君から電話があってね。今日、オーナーに呼ばれて本店に行くそうだ」
“えっ? それって?”
「ああ、たぶんその通りだろう。皆瀬君、双葉君を止めてくれないか? 電話の様子からすると、そろそろ寮を出るころかと思うんだ」
“わかりました。おまかせください”
 がちゃ
「ふう、次は、と」
 ぴぽぱぽ……TRRRR……TRRRR…………
 祐介の実家にかけるが、誰も出なかった。
「くっ、親父も留美も、もう出かけたか」
「ふあぁ、何か、朝から慌ただしいね」
 電話を切った祐介の背後からあくび交じりの女性の声がかかった。
「え? ああ、愛理、起きてたのか」
 祐介が振り返ると、ピンクのパジャマを着た20代前半の女性が立っていた。
 パジャマを通してでも抜群のスタイルの良さが表れている。
 しかし、それ以上に特徴的なのは、青い瞳だろう。
 カラーコンタクトが流行しているご時世とはいえ就寝時につける人間はいない。彼女の青い瞳は正真正銘天然のものである。しかし顔立ちはアジア系。日本人とアメリカ人のハーフでなのである。
 彼女は木ノ下愛理。新婚5ヶ月、祐介の妻である。
「昨日も仕事で遅かったんだろ。今日から1週間オフなんだから寝てたらどうだ?」
「目、覚めちゃったらいいよ」
「そっか。朝ご飯、愛理の分作ってないんだけど」
「いいわ。自分で作るから。ところでさっきの話だけど、何かあったの?」
 愛理が話を戻した。
「ああ、ちょっと店の方でドタバタしたことがあってね」
「ふ〜ん、大変なの?」
「まあな」
「そっか。せっかくオフが取れたのに、今度は祐介が忙しいんだ」
「そんな残念そうな顔するなよ。愛理がオフの間、必ずどっかに行こう、な」
「うん、約束だからね」
 2人は微笑み合い、軽く唇を重ねた。
「じゃ、行って来る」
「うん。行ってらっしゃい」
 愛理は笑顔で祐介を見送った。

 そのころ、ピアキャロットの社員寮の入り口前にて。
「何やってるの、葵?」
 出かけようとした涼子の前に、葵が両手を横に広げて立ちふさがっていた。
「涼子、あなたを本店に行かせるわけにはいかないわ」
「何で私が本店に行くってこと知ってるの?」
「そんなことはどうでもいいの。とにかく、ここは通さないから」
「もう、馬鹿なこと言ってないでどいてよ」
 たっ、ささっ
 たっ、ささっ
 涼子が横に避けて葵を抜き去ろうとするが、葵が回りこむのが早くて抜けない。
「葵、ふざけるのもいい加減にしないと怒るわよ」
「どう思われたっていいわ。でも、アタシは親友として、あなたを止めなくちゃいけないの」
「はあ?」
 そのまましばらくにらみ合いが続く。
 ………先に動いたのは涼子だった。
「あーっ! あんなところに『期間限定 冬の恋人 楓ファイヤービール』の1升瓶10本セットが」
「えっ?」
 涼子は指差した方向に思わず葵が目を向けた隙に葵の脇をすり抜けると、そのまま駅の方へ駆けていった。
「ああっ、こんな古典的な手に………涼子〜〜!」
 葵は涼子が駆け去っていた方向に手を伸ばすが、彼女の姿は既になかった。
 なぜか自分の立っている場所にだけ雪が降っているように葵には思えた。

「いらっしゃいませ……って、双葉さん」
 本店で涼子を出迎えたウェイトレスは歌鈴だった。
「あら、この間書類をもって来てくれた娘ね」
 涼子も歌鈴のことは覚えていた。
「あ、あの、今日はお客様としていらしたんですか?」
 それは、歌鈴が期待していた答えだった。
「いえ、ちょっとオーナーに呼ばれたんですけど、オーナーはいらっしゃるかしら?」
「お、オーナーですか? えっと……」
(やっぱりそうなんだ。どうしよう?)
「あの、オーナーは?」
 考えにふけってしまった歌鈴は涼子の声も耳に入らなかった。
「あれ、涼子さんどうしたの?」
 そこへ、涼子の姿をみつけた留美が声をかけてきた。ピアキャロット本店に涼子がやって来たことに意外そうな顔をしている。
 留美は耕治やつかさが中杉通り店にいることもあり、しばしば遊びに行っていた。
 しかし、中杉通り店の従業員が本店に来るということはほとんどない。
「こんにちは、留美さん、オーナーに会いに来たんだけど、いらっしゃるかしら?」
「あ、うん。お父さん、じゃなくて、オーナーに会いに来たの?」
「ええ。ちょっと用があったものですから」
「ふ〜ん。執務室にいると思うけど、案内しよっか?」
「前に来たとき覚えたから大丈夫よ。それじゃ、留美さん、お仕事頑張ってね」
「うん、ありがと〜」
 涼子と留美は互いに手を振り合って見送った。
「さてと。か・り・ん、ちゃん、何やってるの?」
「え? あわわ、留美さん」
 留美に肩を揺さぶられたことで、ようやく歌鈴は我に返った。
「あれ? 双葉さんは?」
「涼子さんなら執務室に行ったよ。オーナーに用があるって」
「はぅっ」
「どうしたの?」
「い、いえ、何でもないです。ははははは…それでは」
 歌鈴は愛想笑いを浮かべながらその場を離れた。 

 涼子は執務室で中年男性と向かい合っていた。
 白髪混じりだが、まだまだ血気盛んな風貌である。
 彼こそが、祐介と留美の父親で、ピアキャロットオーナー兼本店店長の木ノ下泰男である。
 部屋は執務室、というといかにも大仰そうな名前だが、ほとんど泰男の私室と化している。
「急な呼び出しですまなかったね。まぁ、かけたまえ」
 泰男は涼子にソファに座るよう促すと、自分はその対面側のソファに腰を下ろした。
「あの、話というのは何ですか?」
 涼子はソファに座ると用件を尋ねた。
「実はね……双葉君、お見合いをしてくれないか?」
「は?」
「実は、仕入れ先の息子さんが君のことを気に入ってしまったらしくてね、ぜひ見合いの席を設けてほしいと言われたんだ」
「そ、そんな……」
「いや、別に本気で結婚してくれとは言わない。向こうの父親も、1度会うだけ会って終わりにしてくれていいといってるんだ」
「どういうことですか?」
「何でもその息子、こういったことはよくあることで、親も仕方なくワガママに付き合っているだけみたいだからね。軽い気持ちで受けてもらえないかな?」

(う〜ん、何話してるんだろ?)
 歌鈴は執務室のドアに耳をくっつけて会話の内容を聞こうとしたが、上手く聞き取れなかった。
(このままじゃ………あ、そうだ!)
 歌鈴は更衣室に駆けこむと、20秒ほどして戻ってきた。その手には聴診器があった。
(葵さんから、何かあったらこれで聞くように言われてたんだった。じゃあ、早速――――)
 歌鈴は聴診器をドアにくっつけた。
「……受けてくれるか。しかし、3日後とは………」
「…………早く済ませて……………」
「君のご両親の方は………?」
「構いません…………………ですし、オーナー、よろしくお願いします」
(あっ!)
 ドアへ向かってくる気配を感じた歌鈴は素早くドアの前から離れた。
 ガチャ
 歌鈴が隠れたのとほぼ同時にドアが開いて涼子と泰男が出て来た。
 2人はドアの所で立ち止まるとまた会話を始めた。
「それじゃあ、3日後、三島デパートで」
「はい、オーナー。よろしくお願いします」
「それはこちらが言う台詞だよ」
 なおも二言三言話した後、涼子はフロアの方へ向かい、泰男は執務室に戻った。
(これは、大変なことになってきたわね)
 歌鈴は自分がとんでもなく勘違いをしているのに気づかずにいた。

「みなさん、事態がより緊迫したものとなりました」
 その夜、再び哲弥の部屋に以前と同じメンバーが集まっている。正確には1人増えている。
「その前に訊きたいんだけど――――」
 歌鈴が本題に入ろうとしたところで祐介が口を挟んだ。
「どうしておまえがここにいるんだ、留美?」
 祐介の言葉通り、先日と違い1人増えた人物。それは留美だった。
「お兄ちゃんが留美を仲間外れにするからいけないんじゃない」
「留美さん、店長さんは、留美さんがショックを受けないようにと思って、まだ留美さんには話さないでおこうって――――」
「ぶぅ、前田クンまで留美のこと仲間外れにするんだ」
「そ、そんな、仲間外れなんて、そんなつもりじゃ――――」
「そうだよね。本店で働いてる留美なんて、みんなにとってはどうでもいいんだよね。ここに来たって石ころ同然なんだよね」
「留美さ〜ん、いじけないでくださいよ〜」
「あ〜あ、泣かせちゃった」
「もう、耕治クンてば、罪な男ね」
「坂巻に葵さんも、やめてくださいよ」
「シクシク、どうせ留美なんか……」
「はぁ、いい加減にしないか、留美」
「え? どういうことなんですか、店長さん」
「悪いね、前田君。留美、もうその辺でいいだろ?」
「うぅ、お兄ちゃんてば。いいとこだったのに〜」
 留美はしぶしぶ嘘泣きをやめた。
「もうやめちゃうんですか?」
「おもしろかったのに」
「坂巻君に皆瀬君も、あまり留美を煽らないでくれ」
「「はぁい」」
「さてと、留美の気もすんだみたいだし。城君、本題に入ってくれないか?」
「あ、はい。先ほどもお話した通り、事態は深刻になりました。オーナーと涼子さんは………3日後にお見合いをします」
 ………………………。
 ………………………。
「ずいぶんと急ですね」
 ようやく口を開いたのは早苗だった。
「親父を説得しようとしたが、先手を打たれたな。こうも早く行動に移るなんて」
「すみません祐介さん。アタシが今朝涼子を止めていれば」
「いや、皆瀬君のせいじゃないさ」
「でも、今からでも止めようと思えば止められるんじゃないですか?」
「その必要はないわ」
「留美、さん?」
 潤の提案を留美は一蹴した。
「ここで止めるより、直接お見合い会場に乗り込んで、ガツーンとやるべきなのよ!」
「要するに、当日会場でお見合いをぶち壊しにするってわけだね」
「つかさちゃんその通り」
「な、何か怖いです」
「何言ってるの美奈ちゃん。これはオーナーと涼子だけの問題じゃない。ピアキャロット全体に関わる大問題なの。情けは無用よ」
 葵もこぶしを握り締めて熱血状態になっている。
「ボクもさんせ〜い」
「及ばずながら、私もお手伝いします」
 つかさと歌鈴も同調した。
「もちろん、耕治クンもやるわよね?」
 葵が耕治に振ってきた。
「え? 俺は………」
「や・る・わ・よ・ね?」
「………はい」
 逆らった場合の身の危険を感じた耕治は同意した。
 そもそも手段はどうあれ何とかしなければ、という思いはあった。
「あ、あはは、私もやります」
「美奈もです」
「あ、ボクも」
「私も、参加します」
 様子を見ていたあずさ、美奈、潤、早苗も覚悟を決めたのか、賛同の意を示した。
「ありがとう、みんな。涼子は幸せ者ね〜」
 礼を言う葵の横では留美が頷いている。
 祐介も、葵や留美達を止めるのは無理だと判断し、仕方ないか、と言った表情を浮かべている。
「あの、おれ、3日後はちょっと用があって参加できないんですけど」
 1人黙っていた哲弥が不参加の宣言をする。途端に、葵と留美の表情が変わった。
「哲弥クン、キミは涼子を見捨てるの?」
「そ、そんな、おれにだって予定が――――」
「薄情者は出てけーーーっ!!」
「出てけって、留美さん、ここおれの部屋――――」
「「問答無用!!」」
 半ばトランス状態になっている葵と留美には何を言っても通じず、哲弥は部屋から追い出されてしまった。
 ドンドンドン!
「開けてくださいよぉ」
 哲弥はドアを強く叩くが誰も出てくれない。
 ドンドンドン!!
 ……ガチャ
 なおも強く叩いていると、少しドアが開いた。
「あ、耕治さん」
 耕治はわずかの隙間から手を伸ばすと、1つの鍵を哲弥に渡した。
「あの、これって?」
「とりあえず俺の部屋にいろよ。眠くなったら寝ていいから」
「あ、ありがとうございます」
(でもやっぱり入れてはくれないんですね)
 哲弥は耕治の心遣いに感謝する気持ち半分、やはり追い出された恨めしさ半分の心境だった。
 耕治にしてみれば、背後から葵と留美の視線をひしひしと感じており、これが精一杯だったのだが。

「それではこれより、『オーナーの魔の手から涼子を救え作戦』の本会議に入りたいと思います」
 葵が開会宣言をした。
「質問」
「はい、潤クン」
「3日後ってことですが、学校は日曜だからいいとして、お店の方はどうするんですか?」
「当然休みだよね、お兄ちゃん?」
 留美が笑顔で祐介の方を向く。
 しかしその笑顔には『逆らったらどうなるかわかってるよね? お兄ちゃんのあ〜んなことやこ〜んなことを愛理お義姉ちゃんにばらすからね』といった意味が含まれているのを祐介はわかっていた。
「ああ。その日は臨時休業ということにするよ」
「いいんですか?」
「いいんだよ」
 美奈の問いには留美が答えた。
 場の主導権は、完全に葵と留美に握られている。
「あの、本店のメンバーは私と留美さんだけですけどどうするんですか? やっぱり本店の他の人たちにも協力を頼むんですか」
「それは無理だと思うな」
「どうして、お兄ちゃん?」
 今度は留美が質問する側に回った。
「本店の店長は親父が兼任してるんだから、本店のスタッフが総出で頼んだところでそれなりの理由を説明できないんじゃ、許可は下りないだろう。許可が下りたとしても、本店と中杉通り店が同じ日に休みになると、親父にかぎつかれる危険性が大きい」
「ということは、本店のメンバーはやっぱり私と留美さんだけ、か」
 歌鈴は少し残念そうだった。
「それで、場所はどこなんですか?」
 あずさが根本的なことを質問した。
「三島デパートだそうです」
 泰男と涼子の会話を聞いていた歌鈴が答えた。
「三島デパートって、どこにあるんですか?」
 美奈には聞いたことのない場所だった。
「横浜にある、かなり大きいデパートだよ。ちょっとした大ホールや高級レストランなんかもあるんだよね」
 意外にもつかさが答えた。
 彼女は、以前このデパートのホールで開かれたコスプレイベントに参加した経験があるのだ。
 その後も会議は進んでいった。

 一方、こちらは耕治の部屋。
(うわ〜っ、耕治さんってこんなの読んでるんだ。……………すごい)
 哲弥はベッドの下から発見したHな雑誌に見入っていた。

 夜はふけていく。




次回予告
 潤 :特別企画『GO! GO! ウェイトレスでパラパラを踊ろう』
    担当は、役者志望の神楽坂潤でお送りします。
    内容は名前そのまんま。流行に乗っただけの無謀極まりない企画です。
    そもそもこの曲でパラパラは踊れるんでしょうかね? ……ま、いっか。
    これをマスターすれば、君もあの人のナイトになれる!
    次回、Muchos Encuentros 第5話『ナイトさまっ』。お楽しみに
耕 治:よ〜し神楽坂、俺が見本を見せてやる。
 潤 :耕治には無理だよ。
耕 治:何でだよ?
 潤 :耕治のはパラパラっていうよりラジオ体操みたいだったじゃない。
耕 治:う、うるさいっ。そもそもSSなんだからどう踊ってるかなんてわかんないだろ。
 潤 :ああっ、禁句だったのに。


あとがき
 こんにちは、最近『超気合』という言葉がマイブームな笛射駒です。
 祐介の奥さんが愛理になってますが、これはいろいろ考えました。
 今回の話の中で、留美は祐介の奥さんの母親が苦手、ということにしようと思いました。
 そしてそれは、どうせなら『Pia1』にも登場した人物にしようと。
 となると『Pia1』のヒロインの中で母親が登場するのは3人。
 そして、この中で留美が苦手としそうなのは……ということで愛理が選ばれました。
 もっともサターン版をプレイしてない方には無意味になってしまうのですが。
 ただ、愛理になったことで、ちょっと問題が生じたわけですが……
 その辺も次回で解決できれば(強引なフォローとも)、と思います。
 ちなみに笛の書く『Piaキャロット』のSSはすべて、1も2もサターン版をもとにしています。
 ゲームボーイの2.2ですが、当面は無視する方向になります。ご了承ください。
 それでは、お付き合いいただきありがとうございました。

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