「転勤?」

「うん・・・今度ね、父さんの転勤に付いて行く事になったの。」

「そうなんだ・・・・いつ頃なの? ユキちゃん今年受験じゃなかったっけ? 」

「確かにそうだけど・・・あんまり受験は関係ないわね。だって、行くのは二週間後。場所はニューヨークなんだもの。」




PIA☆キャロットへようこそ!2 SS

#01

『I Wish』


Written by kain




「ニュ、ニューヨクぅ? なんでいきなり海外に行く事になったんだよ? ユキちゃんのお父さんの会社って外資系だったっけ?」


 あ、耕治さんってばやっぱり驚いてる。
 まあ、無理ないわよね。私だって昨日父さんから聞いた時には吃驚したもの。


「何でも、事業拡張に伴い海外事業部で新しいプロジェクトを開始するんだって。で、そのプロジェクトに父さんが責任者として選ばれたらしいの。」

「で、ユキちゃんも付いて行くの? お父さんに。」

「仕方無いわ。只の中学生の私が一人で暮らして行けるとは思えないし、何より父さん家事なんて何も出来ないんだもの。私が一緒に行かなかったらプロジェクトがどうこう以前に仕事出来無くなっちゃうわ。」


 そう、実際にアタシの父さんに何度か家事をさせた事があるから言えるんだけど・・・新築の家が3日で人外魔境になるわね。もしやらせれば。

 それに・・・父さんを一人になんて出来ないしね、アタシのたった一人の家族なんだもの。


「そっか・・・それで今日は何だか浮かない顔してたんだ。」

「・・・うん、いつ言おうかと思ってて・・・ゴメンね、折角のデートなのに。」


 そう、ともみ達に感付かれない様にやっとの思いでセッティングしたデートだったのに・・・ツイてないわよね、全く。
 でも、耕治さんも同じように思ってくれてたのが少し嬉しいかな。


「いいよ、気にしないで。そんな話の後だもんね。デートどころじゃないよね。」

「ううん、お兄さんそんな事無い。お兄さんとのデート楽しみにしてたし、楽しいよ!」

「そう? そう言ってくれると嬉しいな。でも、何年ぐらい向こうにいるの?」


 う゛・・・やっぱりそれは訊かれるわよね・・・・。
 どうしよう・・・ちゃんと言った方が良いのかな? それとも・・・判らないって言っておこうかな?


「ユキちゃん・・・どうしたの?」


 アタシが考え込んでると耕治さんがアタシの顔を覗き込んでくる。

 やっぱりちゃんと言おう。耕治さんに嘘付きたくはないものね。


「何でもない。えっと・・・向こうに何年いるかだっけ?」

「うん、そう。・・・やっぱり転勤になる位だから、一年は確実にかかるよね?」

「・・・三年・・・・どんなに早くても三年はかかるんだって。」

「早くて三年って・・・・もし時間がかかったら?」

「五年か・・・それ以上。」


 長いわよね、早くても三年、長いと五年以上。
 ただでさえ遠距離恋愛は成立し難いって言うのに、これじゃ別れましょうって言ってる様なものじゃないの〜!
 ちょっと父さんの会社を恨みたい気分。

 耕治さん・・・考え込んでるなぁ。

「・・・もうともみちゃん達には言ったの?この事。」


 あれ? 話を逸らした・・・のかな? ま、アタシもあまり聞きたくない話題だったし耕治さんに併せちゃおうっと。


「まだ言ってないの。この間大ケンカしたばっかりなのにこんな話したら・・・ホントに絶交かもね。」


 ハァ。自分で言っててちょっと悲しい。
 ともみ達がそんな子達じゃないって思ってるのに信じ切れない自分がイヤ。
 まだあの事引き擦ってるのかな? 我ながら女々しいわね。・・・って私は女の子か。


「ともみちゃん達なら大丈夫だよ。ちゃんと話をすれば判ってくれるよ。」

「うん・・・そう思ってはいるんだけど、いざ電話するとなるとなかなか・・・ね。」

「そうか、やっぱり普段仲が良い分色々考えちゃうのかな?」

「・・・うん、でもどうせ明日学校で会うんだし、その時にちゃんと言うつもり。」

「それが良いと思うよ。二人共良い子だからね。」

「うん♪ それじゃこのお話はこれでお終い。後はデートを楽しんじゃおうっと♪」

「そうしますか。それじゃ取り敢えずここ出ようか。ユキちゃん何処か行きたい所、ある?」


 行きたい所かぁ。映画は見たし、食事も今済ませちゃったし・・・久しぶりにゲームセンターにでも行ってみようか。
 うん、あんまり遠出出来る時間でもないし、ゲームセンターでいいよね。


「ゲームセンター♪ 久しぶりに行ってみたい♪」

「了解。それじゃ行こうか。」


 そしてアタシは耕治さんと並んで喫茶店を出る。何気に腕を組んじゃったりして♪


「ユ、ユキちゃん。あの・・・せめて腕組むんじゃなくて、手を繋がない?」


 あ、耕治さんってば照れてる〜。こういう所は何か可愛い。
 私より四歳も年上なのにそんな気がしないのよね。


「駄〜目。折角一ヶ月振りのデートなんだから甘えさせてよね、こ・う・じ・さんっ♪」






 で、今はデートの日から一週間後の土曜日の夜。場所はキャロットの寮の耕治さんの部屋。
 そしてメンバーはアタシ・耕治さん・ともみ・紀子・葵さん・涼子さん・あずささんの計七人。

 何でこんな事になったかと言えば、何の事はないアタシのニューヨーク行きの送別会なんだけど・・・。  誰よ? ともみ達にお酒飲ませたのは・・・?


「ユキちゃん、大丈夫?」

「え? うんアタシは平気。実は父さんの晩酌に付き合ってるからお酒には結構強いの。」

「そうなんだ・・・でもどうしようか? 二人共まさかこんなに酒癖が悪いとは思わなかったし。」

「取り敢えずは嵐が過ぎるのを待つしかないわよねぇ。」


 そう、アタシと耕治さん、あずささんの三人は部屋の隅でコソコソビールを (あずささんは烏龍茶ね) 飲んでるんだけど・・・。
 葵さんがともみ達にお酒を勧めてて、それを涼子さんが止めてたのは覚えてるんだけど、気が付いたら涼子さんも酔っててともみ達もものの見事に酔っぱらってたのよね。

取り敢えず・・・もう夜も遅いし、何とかお開きにしたいんだけど・・・。

「前田君、明日って確か涼子さん達は朝番よね?そろそろ止めた方が良いんじゃない?」

「俺もそう思う。・・・それじゃ、俺が葵さんを部屋に連れて行くから日野森は涼子さんを部屋に送って・・・ともみちゃん達を預かってもらえると嬉しいんだけど、駄目かな?」

「まあ、仕方ないわね。貸し一つよ、前田君。」

「悪いな、日野森。それじゃユキちゃんはともみちゃん達を日野森の部屋に連れて行ってくれるかな?」

「了解。ともみ達送ったらちゃんと掃除しに帰ってくるからね。」

「あ、私もそうしようか?」

「日野森も明日は早番だろ? 気にしなくて良いからゆっくり休んでくれよ。」


 そういうと耕治さんはまだまだ飲み足りなさそうな葵さんを宥めつつ、部屋に送っていく。

 耕治さんってホント優しいのよね。・・・・・・不安になっちゃう位に。

「ユキちゃん、ほら行くわよ。何時までも前田君見送ってないで。」

 あ、いっけない。つい浸っちゃったわ。
 うう、あずささんったら『しょうがないなぁ』って感じで笑ってる〜。
 は、恥ずかしいなぁもう。とっととともみ達をあずささんの部屋に放り込んでこっちに帰ってこようっと。


「は〜い、すぐ行きま〜す。・・・ほ〜ら〜、ここで寝ないでよ二人共〜。」





「あ、お帰り。二人共大丈夫だった?」

「何とかね〜。でも多分明日は二日酔いだと思う。」


 二人を送って耕治さんの部屋に戻ってくると耕治さんがもう部屋の掃除を終わらせていた。

 むぅ、手早いなぁ。折角お手伝いしようと思ったのに。


「初めてお酒飲んだんなら仕方がないよ。あ、コーヒー入れたんだけど、飲む?」

「うん、飲む。やっぱお酒ばっかり飲んでるのも何だし。」


 ベッドに腰掛けて耕治さんが入れてくれたコーヒーをゆっくりと飲む。
 アタシの送別会だった筈なのに何か単なる宴会になってたわよね。・・・シメっぽくなるよりは良いけど。

 耕治さんもカップを持ってアタシの横に座る。何か良い雰囲気よね。


「ユキちゃん・・・まだちゃんと言った事は無かったよね。」


 ?? 何を言った事が無いの? よく判らないんだけど、耕治さん。


「この一週間、考えてたんだ。俺はユキちゃんの事をどう考えてるのか。」


 ・・アタシがずっと訊きたかった、でも怖くて訊けなかった・・・質問。

「初めはともみちゃんの友達としか思ってなかったんだ。だから・・・ともみちゃんと同じ、妹みたいな子だったんだ。」


 やっぱり・・・そうだよね、中学生なんて妹にしか見えないよね・・・・。


「でも、あの時かな。ユキちゃんがずぶ濡れになって俺の部屋に来た時、俺に泣きながら縋り付いてきた時、思ったんだ。この子を護りたい。この子の側にいてあげたいって。」


 えっ? ホントに? 本当にそう思ってくれてるの、耕治さん?


「だから、ちゃんと伝えたいと思う。・・・俺はユキちゃんの事が、好きだ。」

「でも、アタシもう居なくなっちゃうわよ? それでも良いの?」

「うん、待ってるよ。帰ってくるのを。」


 耕治さんの言葉・・・凄く嬉しい。ずっと待ってた言葉だもの・・・でも・・・。


「ともみなら・・・・信じられるんだろうな、その言葉。」

「ユキちゃん?」

「でも、アタシは駄目・・・素直じゃないし、知ってるから。お互いが離れている距離と時間が長ければ長い程、人は近くの人を求めるの。」

 耕治さん・・・ゴメンね、ホントに嬉しいんだよ。耕治さんが待っててくれるって言ってくれて。
 でもね、あれだけ仲が良かった父さんと母さんだって父さんが仕事で忙しくなって・・・母さんと一緒にいる事が段々無くなって・・・最後には離婚したの。

 だから・・・耕治さんの言葉は信じたいの。でも信じられない、信じるのが怖いの。


「ねえ、ユキちゃん。何があったのかは俺には判らない。だから、俺に言える事は一つしかない。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「俺の事を、信じて欲しい。俺にはそれしか言えないよ。」


 アタシも信じたい・・・ううん、信じなきゃいけないんだよね。本当に好きな相手の言う事だったら。

 でも・・・アタシは・・・言葉だけじゃ・・・判らないよ。

 信じたい・・・後悔はしたくない・・・だから・・・。


「ねえお兄さん。アタシのお願い・・・訊いてくれるかな?」

「・・・ああ、俺に出来ることだったら。」


 その言葉を聞いてアタシは覚悟を決めた。

 良いよね・・・耕治さんになら・・・。

 アタシは立ち上がるとゆっくりと服を脱ぎ始める。
 最初はスカート・・・ホックを外しファスナーを降ろすと、ストンと下に落ちる。


「ユ! ユキちゃん!?」

「アタシは・・・言葉だけじゃ、信じられない。・・・ううん、言葉だけでお兄さんを繋ぎ止めておける自信がないの・・・だから・・・。」


 耕治さんの言葉は無視してブラウスのボタンを外す。
 
ちょっと・・・ううん、かなり恥ずかしいけど・・・もう決めたの。頑張れアタシ。

 自分を励ましながらブラウスを脱ぐと耕治さんに向き直る。


「・・・だから・・・だから・・・」


言い淀むアタシを耕治さんは・・・優しく抱き締めてくれた。


「・・ホントに良いのかい? 俺なら・・・」

「ううん、さっきも言ったけど・・・アタシがして欲しいの。そうすれば・・・信じられる。離れてても頑張れるから。」


 そしてアタシが瞳を閉じると・・・

チュッ

 軽い、優しいキス。

 そして身体が浮き上がる感覚。
 耕治さんに抱き上げられてるんだ・・・アタシ。

 ゆっくりとベッドに降ろされる。そしてもう一度キス。

 今度は深く・・・激しいキス。




 耕治さん・・・・大好きだよ・・・。




 耕治さんの部屋で思いを確かめ会った日から一週間が過ぎて、アタシは今空港にいるの。
 父さんは先に乗ってるって言って搭乗口に行っちゃったから今はアタシ一人。


「もうすぐ・・・10時か。・・・・・耕治さん遅いな・・・。」


 ともみ達と一緒に見送りに来てくれるって言ってたのにな。
 でも、ともみ達もまだ来てないし。・・・来てくれるよね。


「ゴメ〜ン。ユキちゃ〜んお待たせ〜。」


 ともみと紀子が走ってくる・・・あれ? 耕治さんが居ない・・・?


「ご、ゴメンね。ともみ、寝坊しちゃって。」

「ともみちゃんったら待ち合わせに三十分も送れて来るんですよ? 間に合わないかと思いました。」


 ・・・辺りを見回してみたけど、やっぱり耕治さんは居ない。

 おかしいなぁ? ともみ達と一緒に来るって言ってたのに・・・。


「・・・お兄さんは来てないの?」

「ユキちゃん、お兄さんなんですけど。」

「あのね、お兄さん今朝急に店長さんに頼み込まれて朝からお仕事なんだって・・・ユキちゃんにってこれ、預かってきたんだ。」


 ともみが差し出したのは・・・花束。綺麗な紅薔薇の花束。


「・・・・そっか・・・それじゃ仕方がないか・・・あれ?これ・・・何?」


 花束の中にメッセージカードと・・・封筒?

 何なんだろ?この封筒・・・何の飾り気もない封筒だけど・・・。


「ユキちゃん、開けて見ようよ? お兄さんからのお手紙かもしれないし。」

「そうね、そうしよっか。」


 判らない物は開けてみるに限るわよね。うん。

 でもその前にメッセージカードをっと・・・・・。


 メッセージカードを見て、アタシは幸せな気分になっちゃった。
 だってメッセージカードには・・・

『〜一番大切な君に〜』

 耕治さん・・・少し気障だね。でも凄く嬉しい。

 さて、浸るのはこれ位にして封筒を開けましょうか。


カサッ。


 封を開いて中身を取り出してみる。中は・・・紙が一枚。でも便箋じゃないの。


 嘘・・・・これ・・・。


「ユキちゃん? 何だったの、その封筒?」


 ・・・・・ともみが話しかけてくるけどアタシは聞こえてなかった。

・・・耕治さん・・・・良いの?・・・・アタシ、これゼッタイに捨てないよ?


「ユキちゃん!? どうしたんです? いきなり・・・・?」


 紀子がそっとハンカチでアタシの頬を拭ってくれる。

 ・・・アタシ、泣いてる。だって・・・だって・・・

 アタシは二人に封筒の中身をそっと広げてみせる。


「うわ〜っ! お兄さん、思い切った事するね〜♪」

「・・・ユキちゃん・・・おめでとう御座います。でも、何時の間にこんな物を貰うような関係になったんです?」


 それを見た二人はかなり驚いては居たけど笑顔で祝福してくれる。


【10時30分発・ニューヨーク行きJAL269便に搭乗のお客様は11番ゲートへお急ぎ下さい。】


「あ、ユキちゃん、もう行かないといけないんじゃ?」

「ホラ。いつまでも泣いてない方が。お父さんが心配なさいますよ?」

「うん、ゴメンね。あまり話せなかったけど、もう行くね。」

「ううん。そんな事無いよ。ユキちゃんが帰って来るの楽しみに待ってるね。」

「ユキちゃんが帰ってくる迄、耕治さんが浮気しないように見張っておきますね。」

「うん、でもアタシ耕治さんの事信じてるから。浮気何かしないって。」


 そう、今のアタシは耕治さんを信じられる。あの日の事と、今日貰ったコレがあるから。


 花束に入っていた封筒の中身・・・それは、耕治さんの欄が全部埋めてある婚姻届だったの。

 耕治さん・・・どんな顔してコレ取りに区役所に行ったのかな? それを考えると少し可笑しい。
 アタシがあの後も時々不安そうにしてたから・・・・コレをくれたんだよね・・・。

耕治さん・・・大好きだよ・・・誰よりも大事で・・・大好きだよ。






でもね・・・・・・覚悟しててよ? アタシ本気にするからね、耕治さん♪



Fin




どうもkainです。

この作品はまいHPのキリ番ゲットのリクエストSSだったのですが・・・難しかったです。

苦しんだ末に何とか仕上がった作品ですが・・・今ひとつ出来が・・・(汗)


 こんな作品でも楽しんで頂ければ嬉しいです。


1999/11/12 kain
 

果報者の蛇足文(by 御巫 吉良)

kainさん、素晴らしいSSの頂き、ありがとうございます!

このSSは私がkainさんのHPで2000HITを踏んだ記念にリクエストさせて貰ったSSです。

ユキちゃんはセガサターン版で登場した脇役キャラでしたが、他のキャラには無いちょっとキツメの少女が印象的な娘でしたが、このSSでは彼女らしい、心温まるストーリーで良かったです。

このSSの筆者、kainさんは甘味処『紅玉亭』のHP主催者で、Piaキャロ2の他、Kanon、ToHeartのSSを執筆、公開しています。

まだこのHPを知らない方は是非、上記のリンクより御覧になってください!

また、このSSの感想をkainさんに伝えましょう!

☆感想はこちらまで☆

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