哀愁漂う名鉄ローカル線巡り(2) |
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いよいよ廃線へ
岐阜県の美濃地方で地域の足を支えている会社のひとつの名鉄が営業していた谷汲・揖斐(本揖斐支線)・八百津・竹鼻(大須支線)の各線は、
いずれも本線系の支線からさらに分かれた枝線であり、ローカル線ならではのゆったりとした時間が流れる路線でした。
田舎や自然の中を走る列車の風景は旅行で訪れる人には旅の趣があっていいものがあるが、営業している側(名鉄)にはかなり荷が重かったようで、
これまで一生懸命努力を重ねてきましたがついに降参ということで、新世紀に入ったばかりのこの年の初秋をもって残念ながら涙の引退(廃線)となってしまった訳です。
当初の目的は名古屋に行く予定だったが〜
そもそも、今回の日帰り旅行は名古屋のガイドウェイバスの体験乗車と街の散策の予定だったのですが、これといった決まった時間もなく結構時間には余裕がありました。
そこで、米原でこちらの方に写真を撮りに来ている知り合いの人に電話をしたら、「レンタカーを借りてちょうど関ヶ原にいるところで、これから谷汲の方へ行くつもり」だとか。
それなら、僕らも合流させてもらおうってことになったわけです。結果としてはこれはこれでよかったと思います。
レンタカーで本揖斐へ
米原より普通列車に乗って約20分で関ヶ原に到着し、知り合いの人達と合流する。今回のレンタカーはMAZDA Demioです・・・・ん?よく考えてみたら、今回の同伴者のリンドバーグ+氏が持つ車と同じではないか(本人は苦笑)。
しかし乗せてもらう身で言うのも何ですが、このサイズの車で5人乗りはちょっと狭いようです。まあ、向こうは本来なら3人での旅の予定だったのでこのクラスを借りたのですからわがままな発言は禁物ですね。
さて、我々の車は関ヶ原駅前を出発して、国道365号〜県道53号〜
県道216号〜国道417号〜国道303号(詳しくは市販の地図を見て下さい・・・・僕は地図を見ながらこの記事を書いてますんで〜^_^;)を経由して名鉄揖斐駅(写真上)に到着。
やはりというべきか、廃線を惜しむファン達が十数名ほどおり、駅舎などを熱心に撮影していました。そして、黒野から列車が到着した時には列車の客もあわせて数十名の規模になっていました。
中には家族で記念撮影(写真下)ってシーンも見られました。
列車で谷汲へ向かう
ここ本揖斐から谷汲まで、僕はみんなと別ルート=列車で向かうことにしました。ちょうど折り返しの黒野行きが停車しており、この列車で谷汲線との分岐駅である黒野まで向かいます。
当日は残暑が厳しく、冷房のないこの電車(名鉄750形(写真))は窓を全開にして自然の風で熱さを凌ぎます。本揖斐から10分強で乗換え駅の黒野に到着し、谷汲行に乗り換えました。
先ほどの本揖斐支線よりもこちらの谷汲線の方が人気のようで、車両は2両編成(先ほどは1両単行)でしかも満員です。外の暑さと車内の人の熱気によって、車内はサウナ状態に・・・・・
それでも、河川沿いを進むので水の景色と周辺の高い木々による木の陰が初秋の気持ちよさを呼んでくれているような気がしました。
食後は名古屋へ
満員の乗客を乗せたまま谷汲に到着し、ここで知り合い達と再合流して昼食を取り、谷汲線の沿線で撮影することにしました。ちょうど列車が俯瞰気味に撮影できる川沿いでみんな想い想いの構図で走行写真を撮れたようです。
撮影したあと、僕たちは大垣駅でレンタカーを借りていた知り合い達と別れて、一応本来の目的地である名古屋まで向かいました。停車中の大垣始発の新快速に乗車して約40分で金山に到着し、そこから中央西線に乗り換えて大曽根へ。
日本初のガイドウェイバスに乗車
大曽根駅のホームへ降り立つとガイドウェイバスのホームと高架橋がはっきりと見えます。いまから、日本初のガイドウェイバスに乗車します。バスのりば・・・というか乗車ホームは高架橋の3階に位置し、2階はコンコース(乗車券類の発売)になっています。
とはいいいつつも、鉄道と違って乗車方法はバスと同じなので、後(中)扉から乗車し、前扉から下車するときに運賃を支払います。僕たちも早速来たバス(名古屋市バス(写真上))に乗車して、初めてのガイドウェイバスの旅を体験することに〜
大曽根を発車したバスは高架上に設置された専用の走行路を床下に設けられた誘導用車輪が進路をコントロールして進みます。したがって、運転手の運転操作をよく見ていると、ハンドルは軽く手を添えているだけで、前方を見ながらアクセルとブレーキを踏むだけです。
路面の状態もよく、駅(停留所)以外での停車がないため、乗っていてもかなり快適です。
僕たちはガイドウェイの終点で降りましたが、バスはこの先のガイドウェイの終点で誘導用車輪を収納して、通常のバスとなって一般道を走行することになります。
※ いちおう、本日の旅日記はここまでです。 ※
あらためて岐阜へ
1日目の旅を見て、何かモノ足りないと思われた方!
そうです、そうなんです。実は廃線リストはまだあるんですよね。八百津線と竹鼻線が!
第2段は右の図の青と緑の2線が舞台になります。今回の旅もレンタカーと現地乗車のパターンになります。今回こそ完全に「哀愁漂う名鉄ローカル線巡り」となるのでしょうか?
大賑わいの谷汲線
1日目と同じく、まずは谷汲線から訪ねることにしました。道路のほうは前回とほぼ同じルートだったので迷うこともなく谷汲まで到着しました。今日は前回のような厳しい残暑ではなく、明らかにさわやかな秋らしいの天気になっていました。今日は廃止までいよいよ2日となったため、
廃線とともに廃車が確実と言われる旧型車両の最期の勇姿をファインダーに収めるようとする熱心なファンでごった返していました。列車の方も超満員の電車がピストン輸送する状態で、これぞフィーバーといった状態です。まるで、閑散として穏やかで静かな時間が流れていた谷汲
線の姿はどこにも見受けられません。普段と違ったこの賑やかな雰囲気が、谷汲線やオンボロ、そしてその沿線に住む人や自然たちへのはなむけの贈り物
となっているのかも〜と思いました。
沿線で少し撮影をしたあと、国道157号〜県道78号〜県道91号〜長良川左岸〜県道287号〜国道156号と進んで、みそカツの美味しいお店(やはり味噌は独特の味ですね)で昼食を食べました。さらに東に進んで、国道156号〜国道248号〜国道418号〜県道348号〜県道365号〜県道381号を経て、ついに木曽川渓谷の八百津に到着!
かつては電車が走っていた八百津線
つづいて訪問した八百津線は、今回廃止される中では唯一の非電化区間です。とは言っても、昭和50年代後半までは電車が走っていた=電化されていたのです。しかし、経費削減のため、軽快気動車と呼ばれる小型のディーゼルカーを投入して架線を撤去してしまったのです。
それ以来、完全なローカル線となってしまいました。そしてこのたび、谷汲線同様の運命となってしまったわけです。
地元では廃線を惜しむ地元の人達が、駅前の特設会場にて特産品の販売などをしていたため、さながら何らかのイベント会場のような雰囲気になっていました。
僕たちは駅前の駐車場に車を停めて、明日で廃止となる八百津〜明智間を乗車してきました。こちらは谷汲線とは違って結構地元の方が乗っておられたのがよかったです。ちょうど往復したころには陽が沈むところでした。
いよいよ竹鼻線へ
昨日は岐阜で1泊し、今日は最後に残った竹鼻線を訪ねることにしました。こちらの方は羽島市内の中州に広がる田園風景を走るローカルであるが、いままでの路線と違い都市用の比較的新しい電車が走っていて、とても明日廃線になるとは思えないほどである。そういたこともあって、沿線のギャラリーも予想したより少なくて、結構静かな最終日といった感じです。
と、ここまで書くと人が少なそうですが、後ほど聞いた話で昼から天気が悪くなって、かえってお別れ乗車に来られた方が増えたそうです。
「北アルプス」もさよなら
実はこの日、名鉄ではもう1つのお別れがありました。それは30年以上もの歴史を持つ唯一のJR線直通特急の「北アルプス」号の引退です。また大手私鉄では唯一の存在であった気動車特急の廃止でもあります。僕たちは名鉄線でも最も有名な犬山鉄橋の北詰へ、最期の勇姿を見るためには向かいました。
そして、いよいよ13時前の定刻にゆっくりとしたスピードで、数々の思い出のある犬山鉄橋を渡り、新鵜沼の連絡線に吸い込まれるように消えていきました。
右の写真("紀州路さん"提供)は新名古屋駅でのシーンです。
気分をかえて果樹園の中をドライブ
これで、いちおうすべての廃線予定路線の訪問も終わったので、あとはせっかく岐阜県まで来たので、ドライブがてらいろいろ見て回ることにしました。
鵜沼から国道21号〜国道41号沿いに走っていくと美濃太田機関区が築堤となっている道路沿いから眺めることができます。この時は写真のように165系や103系といったJR東海から引退した車両が保存目的で留置されていました。
もう少し国道41号を進んで、県道348号の方へ曲がって丘を登り切ると、一体に果樹園(美濃加茂市山之上町)がひろがります。ここでは、梨をはじめとする多くの果物が栽培されており、道路沿いに直売店も並んでいます。
その後は国道418号沿いを西に進んでいくと岐阜市内へ戻りました。
恐怖の梅谷越え
岐阜に戻ってくる頃には夕方になり、帰路にふたたび谷汲線を訪ねる頃にはすっかり日が暮れてしまいましたが、熱心はファンは雨の中じっと列車の写真を撮るためにがんばっていました。
その後、関ヶ原方面へショートカットしようと県道53号線を利用したのですがとても怖い思いをしました。この道はただでさえ狭く(離合困難)て勾配・カーブのきつい上に、夜や悪天時に通行は前方の視界が不良のため、かなりの恐怖感を感じます。
しかも、何故か存在しない対向車の灯りが見えたり見えなかったり・・・・・・ぎゃ〜〜〜〜まさに幽霊街道です(怖)。本当にこの道は危険なので慣れない人の通行はおすすめできません。
※ いちおう、1泊2日の旅日記はここまでです。 ※
補記
本文中に紹介したガイドウェイバスの詳しい仕様については、現在駅長も勉強中です。ある程度、調査して内容がわかった時点で「NR情報館」でご紹介したいと考えております。
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