あの凍てつくような冬から10年…
俺は学校を卒業した後、ニューヨークへ発った。
両親の仕事の都合もつかず、「こっちへ来ないか?」と誘ってきたからだ。
俺はあの街を離れたかったし、いい都合が出来たというわけだ。
みんな悲しんでいたが、引き止めはしなかった。
俺の気持ちを察していたんだろう。
俺にはもったいないぐらい、出来た人々だった。
すごく感謝している。

ニューヨークについて、すぐに言語の壁に行き止まった。
予想はしていたが、あれほど生活にストレスが溜まったことはなかった。
唯一の救いは、家に帰れば両親がいたことだ。
1年会っていなかったこともあり、家族の存在がどれだけ重みのあるものかわかった。


…あいつはもっと辛かったんだろうな


渡米してから1年目は大学へ行くため浪人。
言葉は3ヶ月で自然と話せるようになっていた。
特に将来は考えていなかったのだが、あるドラマを見ていたら政界というものに興味が湧いた。
そのドラマは政界を舞台にしたコメディドラマだったのだが俺に興味を与えるには十分な素材だった。
大学を卒業した後はニューヨーク市長の下で働いている。
大学院を出れば、もっと上の階級につけるのだが、今はまだ下っ端。
大学院へ行けるほど頭はよくないからだ。
でもいずれはアメリカ政治のほうに進むつもりだ。
だが、その前にやらなくてはいけないことがあった。

俺は10年振りにあの白い街へ戻ろうとしている。
10年経ち、決心がついた。
日取りは初めから決まっている…あの日だ。

行く前にまたお世話になろうと秋子さんに連絡をした。
10年前と変わらず、あの人は優しかった。
名雪はその時、仕事で留守。
半分残念、半分ホっとした、何話していいかわからないからだ。

今、俺は電車に揺られている。
窓の外を眺めていると、次第に白くなっていく景色。
10年前、同じように揺られていた時と同じ。
同じように不安でいっぱいだった時と同じ…

俺はみんなが今、何しているか知らない。
極力避けたかったんだ。
あの街のことを思い出さないように。

だが例外もいる、佐祐里さんだ。
あの人は父親と同じ、政治家になった。
元から出来もいいし、倉田議員の周りからの信頼も厚い。
佐祐里さん自身も頭が良いし、人を惹きつける魅力がある。
今となっては次期総理かとも噂されているほどだ。
それは海を跨いだ俺にも届くほどだ。
こっちでも何度か会ったこともあった。
佐祐里さんは俺が市の中枢部で働いていたことに、すごく驚き、そして喜んでくれた。
それは俺も同じこと、知り合いが同じ仕事をしていたことに喜んだ。
まぁ、核は違うけど。
数年振りに見た佐祐里さんは変わらないように見えて、大分変わっていた。
それは同業者だからわかる違いだ。
だが悪い意味ではない、いい意味でだ。
久しぶりに見た彼女は綺麗で、そして強かった。
何か吹っ切れたようにも見えたが、俺には深いところまではわからない。
今回戻ることは彼女とも相談して決めたことだ。

「そろそろ着く頃か…」

景色が見慣れたようで見慣れない、あの街の景色に近づいている。
あと数駅ってところか、降りる準備をしながらでも今日の予定を見直しておこう。
といっても、今日の予定は1つ、その為に来たんだ10年振りに…

そうこうしているうちに辿り着いた。
10年振りのこの街は冷たい風が迎えてくれた。
昔から変わらない冷たさだ。
何年経とうと寒がりは直らなかった、もう慣れたくらいだ。

さて、今回の目的地に行くとするか。
気乗りはしないが、ここまで来たんだ。
10年も逃げてた、ここいらでケリをつけないとな。

目的地は駅から大分離れている。
交通機関を使えばすぐだが、ゆっくり歩いていこう。
久しぶりのこの街を懐かしみながら…

10年振りなのに、まったく変わらない街並。
商店街、通学路、学校、並木道、公園…
昔のままに俺を迎えてくれた。

少し寄り道をしてしまったが、ようやく着いた。
この街に帰ってきた理由…

「…霊園。」

ここに最後に来たのはアメリカへ発つ前。


…あゆから逃げる前だ。



あの日から…



『…ボクのこと忘れてください。』

『なにを言ってるんだ、あゆ!』

『ボクのこと……忘れてください…』

『そんなことできるわけないだろ! 俺はおまえが好きなんだ! 7年前、初めて会ったときから…』

『だったら、なおさらだよ!』

『…なに!?』

『ボクの命はもう長くないんだよ…』

『!?』

『今、この瞬間もボクは病院のベッドの中で死を待ってる。』

『なに言ってるか全然わかんねぇよ! おまえは俺の前にいるじゃないか!! ちゃんと存在してるじゃないか!!!』

『今、祐一くんの前にいるボクは、ボクであってボクじゃない…』

『じゃあ…一体なんなんだ。』

『これは…この体は、本当の"ボク"の願い。祐一くんに会いたい想いのカケラ。』

『…これは夢なのか?』

『祐一くんにとっては現実。ボクには夢。これはボクが見てる夢であり、現実でもある』

『それが"想いのカケラ"?』

『…でもカケラにも限界があるんだよ』

『限界?』

『うん…それはもうすぐ訪れる。』

『どういうことだ?』

『ボクは消える。キミの前からも、この現実からも…』

『それは…』

『そう…ボクはもうすぐ死んじゃう、ボクではなく"月宮あゆ"が。』

『………』

『だから忘れたほうがいいんだよ。』

『なんでだ!』

『ボクはいなくなる。でも祐一くんは?』

『………』

『ボクが枷になるのはつらいよ。今ならまだ間に合うよ。』

『枷になんかならない!』

『祐一くんは、なんで7年前のことを思い出せないかわかる?』

『………いや』

『カケラの"力"だよ。』

『カケラはなんでもできるのか?』

『ボクが真に願えば。』

『なら!』

『ダメだよ、寿命は変えられないよ。』

『……く』

『ね、お願いだからボクのこと…』

『いやだ! そんなことしたら、あゆがかわいそうじゃないか!!』

『ボクは大丈夫だよ。』

『でも…』

『なら、選択肢を2つあげるから選んで。』

『選択肢?』

『1つは"ボクを忘れる"、もう1つは"拒否"』

『…拒否?』

『カケラを拒否するんだよ。そうすれば祐一くんが願うとおりになる。』

『なら…』

『でも』

『?』

『でも、そうすると祐一くんの記憶も戻る。』

『それに問題がでもあるのか?』

『祐一くん』

『なんだ?』

『最近、夢を見ない?』

『夢?』

『うん』

『見るには見るが、断片的で朝起きたら何も覚えていない。』

『起きた時…気分はいい?』

『汗をすごく掻いてて、あまりいい気分ではないな。』

『祐一くんの見ている夢は記憶の断片なんだよ。』

『あれが?』

『そう、ボクの寿命が短くなるにつれ、カケラの力が無くなってきてる。だから祐一くんの記憶は甦ってるんだよ。』

『………』

『祐一くん言ったよね? いい気分ではないって。』

『…ああ』

『その全てが拒否した時点でやってくるんだよ。』

『どういうことだ?』

『なんで、ボクが祐一くんの記憶を消したかわかる?』

『いや』

『それは、祐一くんにとって酷くつらいからだよ。』

『そんなにか?』

『うん、現に記憶を消す前の祐一くんは酷かった…生きた人形みたいだったよ、今のボクといっしょ。』

『………』

『だから、ボクはやめてほしい…』

『あゆ…』

『さあ、選んで。』

『…わかった。』

『じゃあ……これに祐一くんの決めたほうを願って。』

『これは…天使の人形じゃないか。』

『これが、想いのカケラ。』

『これが?』

『祐一くんが言ってくれた願いのかなう人形。』

『媒体…なのか?』

『難しいことはボクにはわからないけど、多分そうだと思うよ。』

『これに願うのか?』

『さっきの2つだけだよ…それ以外のことを願っても無理だと思うから。』

『わかった。』

『じゃあ、もうすぐお別れだね。』

『………』

『ばいばい…祐一くん』

『俺の…俺の願いは――――』


+   +   +   +   +   +   +   +   +   +   +   +   +   +   +   +


そして俺は拒否を選んだ。
俺は覚えてないが、その後の俺は凄まじかったらしい。
秋子さんに聞いた話だと俺は、あの切り株のところで倒れていて、ずっとうなされていたらしい。
意識が回復しても狂ったようにうわ言を呟き、精神科にまで連れて行かれたみたいだ。
それは1週間続き、秋子さんと名雪が交代で看病してくれたそうだ。
あの2人にはとても感謝している。
下手したら精神が崩壊して植物人間になってもおかしくはなかったそうだ。
きっと忘れていた記憶が一気に甦り、脳が把握しきれずにいたんだろう。

だが、そのおかげで記憶は戻った。
17年前の事故。
あゆが、あの樹から落ちたこと。
1週間過ぎ、俺の脳内では機械のようにあの事故のことだけが繰り替えされていた。

記憶が戻り、すぐに病院へ行った。
そこで見た現実。
この前までいっしょにいた、あゆとは別人だった。
体は痩せ細り、顔は死んだように白かった。
絶望とはこのことを言うのだろう。
記憶が甦った時よりも苦しく、悲しかった。
俺のせいだ。

担当の医者や看護婦に話も聞いた。
医者は、大津さんといって年配で、この病院でもかなりの実力者らしい。
大津さんは俺のことを知っていた。
17年前の事故の現場で、血まみれのあゆと俺を見た数少ない人物だ。
その時からずっと、あゆの担当をしていたらしい。
いや、志願したといってもいい。
手術を行ったのもこの人で、意識が戻らなかったことをとても悔んでいた。
後で看護婦から聞いた話だが、俺と同じで精神的に、かなり"きて"いたらしい。
本人も「自分の力を過信していた。」と俺に謝罪してきた。
俺には、その謝罪を受ける資格は無かった。
逆に俺を叱るべきだ。
でも、大津さんは俺に対しては責めなかった。

その時、大津さんから聞いた事実。
あゆ本人が言ったとおり命は長くなく、あと1週間持つかわからないそうだ。
その話を聞いた時から、ずっと俺は病院へ通った。
学校には行かず、ずっとあゆのそばにいた。
名雪は酷く心配し、秋子さんは目をつむってくれた。
学校には、まだ完全ではないから休養すると、秋子さんが言ってくれたそうだ。
俺は最後まで、あゆのそばにいなくてはならなかった。
せめてもの償いとして。

病院へ通い始めて4日目。
自販機に行こうとした時に香里らしき人物を見た。
何か引っかかっるので、あとをつけていった。
香里は個室に入っていった。
俺はその部屋の前のプレートを見た。
『美坂栞』
そう書いてあった。

俺には一時期、学校の昼休みに中庭で会っていた少女がいた。
その娘は、風邪で学校を休んでいる、と言った。
風邪で休んでるのに学校に来るなんて変な話だが、気にはしなかった。
その娘は、自分のことを【美坂栞】と名乗った。
そして、クラスメイトの香里も【美坂】と名乗った。
気になって彼女に問いただすと「妹なんかいない」と返してきた。
詮索しても意味が無いので、その話はそこで終わった。

しかし、俺の目の前には【美坂栞】と書かれたプレートの部屋に【美坂香里】が入っていった、という現実が突きつけられた。
俺がそんなことをしていると、ドアが開いた。
そこから出てきた香里は酷く驚き、すぐにドアを閉めた。
俺は香里の様子を見て、関わってはいけないと思いその場を立ち去った。
もともと、あゆの部屋とは階が違うので2度と近寄らなかった。
俺だって何故ここに通ってるかなんか説明する気にはならないし、香里だってそうだろう。
嫌でも知ってしまう時は、きっと来るだろうし。

そして通い始めて6日目、運命の日だ。
その日の夕方、あゆの様態が激変した。
心電図が表す数値がどんどん下がっていった。
そしてあゆは息を引き取った。
大津さんの言うとおり1週間以上は持たなかった。

あゆの親はもういない、他界したそうだ。
葬式はせず、病院に任せ火葬をした。
その時立ち会ったのは、俺、名雪、秋子さん、大津さんの4人。
とても静かだった。
こうなるとは、わかっていたとはいえ俺の心には穴が開いたようだった。

俺の心が安定するまでには時間がかかった。
一応学校にも行き、いろんな人々に励まされて、少しずつ回復していった。

回復時に一番、頑張ってくれたのは名雪だった。
あんなに好きだった部活も辞め、四六時中、俺についていてくれた。
俺が元に戻った時すごかった。
それこそ精神崩壊のように喜怒哀楽が一気にでていた。
そんな名雪がすごく愛しかった。
名雪が俺に好意を持っていたことはずっと知っていた。
でも、いとこ以上の関係にはならなかった。
なれなかったんだ。

…昔話が長くなったようだ。
ここを曲がれば、あゆの墓がある。
墓の代金は、秋子さんと大津さん、それに俺の両親が出した。
そんなに立派なのではなく、あゆに似て小さなやつだ。
俺がそう提案した。あんまり立派だと、あゆが気を使うからと言って。
代金は俺が少しずつでも返そうと思った。
だがそれを受け取る人はいなかった。
みんなの思いが嬉しかった、涙が止まらなかった。

角を曲がる、あゆの墓が見えた。
その小さな墓の前には、人がいた。
軽く膝をつき拝んでいた。
俺の足音が聞こえると振り向いた。

「…祐一さん。」

「秋子さん、来ていたんですか。」

「ええ、毎年この日には。」

「あゆの命日…」

「はい。」

10年振りに見る秋子さんは、やっぱり秋子さんだった。
髪を肩まで切った、秋子さんは10年前よりも若く見える。

「お久しぶりです、秋子さん。」

「お久しぶりです、祐一さん。」

「10年も連絡しないで、すみませんでした。」

「いいんですよ、わかってますから。」

「ありがとうございます。」

「そんなことより、あゆちゃんに。」

「そうですね。」

そうだ、このために俺は帰ってきたんだ。

墓の前には線香と多彩な花が。
菊でないところが、秋子さんの気遣いでもあるんだろう。
俺も用意しておいた、花と線香を供える。

「ヒマワリですか。」

「ええ、あゆの笑顔のように明るいですから。」

「よくありましたね、この時期に。」

「手に入れるの大変でしたよ。まぁ、背の高さは全然あゆじゃないですけど。」

「ふふふ。」

あゆ、俺はまだ答えは見つからない。
あの時あれを選んでよかったのか、どうか。
でも…もう逃げない。
おまえからも自分からも。
おまえは今、どこで何しているんだろうな。
本当に羽を手に入れたかもしれないな。
おまえは誰よりも、心が清く強いからな。

「ごめんな。」

「祐一さん。」

「そうですね、ありがとう…あゆ。」

見守っていてくれ、あゆ。
俺は間違っていたとは思わない。
おまえのことは絶対に忘れはしない。
他に愛すべき人が出来たとしても、あゆのことは忘れない。
これから先どんな苦難が待ち受けようと
おまえから受け取った天使の人形がある限り
俺は負けないから。

「…行きましょうか、秋子さん」

「ええ、名雪も会うの楽しみにしてますよ。」

「誰か、いい人はできたんですか?」

「気になるんですか?」

「そんなこと…いや、気になります。」

「ふふふ、いませんよ。心配するくらいです、あの子も28ですから。」

「そうですね、あははは」

「ええ、ふふふ」

つくづく、俺は弱い人間だと思う。
でも、見ていてくれよ。
俺が間違った方へ行きそうなら、道を照らしてくれ。
その光を目指して、一歩、一歩、ゆっくりでも歩いていくから。
俺は「さよなら」なんて言わない、絶対会えるさ。
どんな姿におまえが変わっても俺は見つける。
その時は「おかえり」って言わせてくれ。
その日まで待ってるから…





あとがき

はい、これがコンプティークの『かのうぉSSコンテスト』に応募して見事!
落選した作品ですぅ。はっはっは(泣
読んでみてどうですか、「こりゃあ選ばれないわけだ」と思ったでしょう。

でも本当に何が悪かったんでしょうか

1、設定
2、あゆシナリオの書き換え
3、2の会話が長すぎ
4、あゆを殺したから
5、意味不明に美坂姉妹を出したから
6、大津とかいうオリキャラの存在
7、祐一の優柔不断さ
8、オチがしょぼい

今、思いついたのはこんなカンジです。
大津さんに関しては、これをHTML化するまで忘れていたくらいの
ちっぽけな存在でした。ただの帳尻合わせのために名前を付けた人ですから。

一応、初のシリアスSSなんですけどね

まぁ、選ばれないで「自分は」いいと思っていたら
ただの自己満足ですからね。僕もまだまだのようです
感想、マジで待ってます

書いた日 2002/10/7 UPした日 2002/11/17

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!