【タイトル】311
【 名前 】稚拙ながら
【 日付 】2000/09/01 15:53:20

2000.12.29 pm1:34 とあるサークルスペース前 

「最後のコミケットか」 
五月はしみじみと思った。 
18の夏にサークル参加するようになって5年になる。 
その間とてもいろいろな事を学び、とてもいろいろな楽しみを知った。 
とても充実した同人ライフだったと思う。 

しかし、「それ」が現れるようになってからの2年は五月にとって苦痛だった。 
「最後だって言うのにこの人は変わらないんだな」 
五月は自分のスペースの前で意味不明の言語を発する物体をぼんやりと眺めていた。 
うかつにも本の中で自分のサークルが、女性一人だということを書いてしまってから「それ」は現れるようになった。 
スペースの前に立ちはだかり、自分の好きなアニメやゲームの事ばかりを早口でまくしたてる。 
いくら苦情を言ったところで、彼の脳は理解することができないようだ。 
2年の間にジャンルを変える事3回、サークル名を変える事4回、ペンネームを変える事2回… 
それでも彼は五月の前に現れるのであった。 
ついには先日、自宅にまで訪れてきた。 
その時は警察を呼ぶと言って危機を免れたのだが、まさかそれでも懲りずにここに現れるとは思わなかった。 

「¥7え9ヴぃ’裸で($+<&4エッチな^@:・」 
理解不能な言葉と共にスケブが差し出された。 
かろうじて聞き取れる単語から察するに裸の娘を描いて欲しいらしい。 
私は彼にスケブは描かないという事をいったい何度伝えただろう? 
呆れるのを通り越して疲れ果てた五月だったが、次の瞬間にふと気づいた。 
「そっか…最後なんだし我慢しなくてもいいんだ」 

五月は男の差し出されたスケブを受け取ると、にっこりと笑いながら 
それを男の顔に叩き付けた。 
「帰れ、厨房が」
.
【タイトル】342
【 名前 】311
【 日付 】2000/09/05 01:40:20

2000.12.30 pm12:36 とあるサークルスペース内 

男は怯えたような、泣きそうな顔をして走り去っていった。 
目の前が一気に開けたようだ。 
私はこんな事で何を悩んでいたんだろう? 
ばからしい、本当につまらない事だった。 

パチパチパチパチ。 
隣のサークルの女性が拍手してくれている。 
「やるじゃない」 
綺麗な女性だ。五月は純粋にそう思った。 
年齢は自分より上だろう。27,8ぐらいか。 

「あ、すみません。お騒がせしてしまって」 
「いいのよ、あーゆー輩にはあのくらいやらなきゃわかんないんだから」 
女性は楽しそうに微笑んでいる。 
「言葉が通じないなら行動で示さなきゃ」 
「そうですね」 
五月も微笑み返す。 
「こんな事ならもっと早くこうしておけば良かった」 
「でも、ここで騒ぎを起こしたりして次回のコミケ開催が危うくなったら嫌だ、と思って我慢してきたのよね」 
五月は驚いた。なぜそこまでわかるんだろう。 

「小紅あずさよ」 
女性が右手を差し出す。五月も右手を差し出し握手する。 
「あ、私は…」 
「飛鳥五月さんよね」 
「え、どうして」 

「やっぱり覚えてないか。私は忘れた事はなかったんだけど」 

「3年前の冬コミでもこうしてあなたのサークルの隣になったのよ」 
あずさは鞄から1冊の同人誌を取り出した。表紙には”ニャンと!パラダイス”と題名が書かれている。 
紛れも無く、3年前に五月がこのジャンルで出した最後の同人誌だ。 
「あの時初めてあなたの本を読ませてもらってね。とっても感動した。 
なんて言うか、作品に対する愛がすごく感じられた。 
私はそれ以来ずっとこのジャンルで参加し続けているの。 
今の私があるのもこの本のおかげ。この本は私の宝物よ」 
「そうだったんですか…」 
「最後のコミケットでまた五月さんの本が読めてうれしいわ」 

五月は驚きを隠し得なかった。自分の描いた創作物によって、そこまで他人に影響を与えられるなんて。 
それは懐かしい感覚でもあった。 
同人誌を作り始めた頃、初めて作った同人誌、わずか30部のコピー本が完売したときの感動。 
感想の手紙を貰って感涙していたあの頃…。 
どうして忘れてしまっていたんだろう。 
印刷はオフセになり、部数は300部に増えても、本を出す目的は変わらなかったはずなのに。 
『たくさんの人に自分の作品を見てもらいたい』 
当時の感情を思い出し、五月は僅かに目を閏わせた。 
辛い事もあったけど、同人誌を作っていて良かった。 
五月は今、心からそう思えた。
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【タイトル】468
【 名前 】311
【 日付 】2000/09/08 21:15

あずさは、五月の新刊を読み終えパタリと本を閉じる。 
表紙には”にょっと!パラダイス”と題名が書かれている。 
「良かった、また五月さんの本を読めて。次の本も期待してるわね」 

五月は僅かに表情を曇らせる。 
「…実はこの機会に同人を辞めようかと思っていたんです」 
あずさが五月を見つめる。 
「続けていくのも辛い事が多くて、この際だからコミケットと一緒に最後を迎えるのもいいかなって…。 
でもそれは間違いだって気づきました。コミケットは今回限りで無くなっちゃうけど、私の情熱まで失っちゃいけないんだって。一人でも私の作品を読んでくれる人がいる限り、私は描き続けます。いつまでも」 
五月の表情からは迷いが取れ、晴々としていた。 

「あの、それでもし良かったら、次の本にゲスト依頼してもいいですか?私もあずささんの本がとっても気に入っちゃって」 
「五月さんにそう言ってもらえるなんてとってもうれしい。喜んで描かせてもらう事にするわ」 
後に二人は合同サークルとなりコミケ終焉後も活動を続け、ついには壁大手へと成長していくのだが、それはまた別の話…。
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【タイトル】472
【 名前 】311
【 日付 】2000/09/08 21:43:05

「ごっめん、お待たせー。遅くなっちゃった」 
五月のスペースに元気な声が響く。 
「やっぱり最後だからって事でどこのサークルも気合入っててね。新刊、既刊、てんこもりで持って歩くだけでもたーいへん」 
大きく膨れた手提げ袋と共に、少女が五月のスペースに入ってくる。 

「あ、この子星崎みなもっていいます。友達の妹でいつも売り子を手伝ってもらっているんです」 
五月がみなもをあずさに紹介する。 
「どーも、こんにちは」 
「よろしくね」 
みなもは五月より5つも年下であるが対等な話し方をしてくる。 
しかし素直な明るい性格もあってちっとも嫌な印象を受けない。 
友達のように接してくるみなもを五月は好ましく思っていた。 

手伝いは午後からの約束なので、買い専門であるみなもは五月のサークルチケットで入場して朝から買いに走っていた。 
五月が頼んだ分も買ってきてくれるので助かっているのだが。 

みなもはさっそくスペース内で、同人誌を整理し始めている。 
「えっと、薄荷屋とUGOと謎の会と…あ、そうそう、323とか西館の大手が軒並み午後からの販売になってるみたい。何かあったのかな?」 
「まあその辺は別にどうでもいいんだけど…。あれ、頼んどいた本は?」 
「ん?どこ?」 
「ほら、いつもは魔法少女で出してるけど、今回初めて創作でスペース出してるとこ」 
「ああ、あそこは何か搬入トラブルとかでまだ販売してなかったみたい。また見てくる?」 
「そうなんだ。んーそれじゃ、私お昼買ってくるんで、ついでに自分で見てくる事にする」 
「私はここで売り子やってるね。買ってきた本も読みたいし。うーん、やっぱ篤見さんの描く絵はかあいいねぇ」 
言ったそばからみなもは本に夢中になってる。 
「ちゃんと接客もしてよ」 
「はーい、いってらっしゃいー」 
五月はみなもに任せて、スペースを出た。 
この時の五月の選択が、後々に五月自身に大きな影響を与えるとは誰も知るはずが無かった…。
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【タイトル】22
【 名前 】311改めしーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/09/20 15:12:04

五月はチェック入りのマップを見ながら、目的のサークルを探して歩いていた。 
まだ人手は衰える事がなく混雑した会場内を人ゴミにもまれながら進んでいく。 
しばらくして休憩のためにやや空いている壁際に辿り着いた。 

「‘*@(%‘J>ハ=~」 
背筋に寒気が走った。 
今聞こえた声。聞き覚えがある、もう忘れたい声。 

それは間違いなく、スケブを叩き付けてやったあの厨房の声だった。 
その男の姿を見つけ、五月は足が震え出すのを感じた。 
男は何人か仲間らしい人たちと共に五月の方をちらちら見ながら話し込んでいる。 
「構うもんか。まだ付きまとってくるならまた追い返してやる」 
五月は男達を無視して歩き出した。 

と、不意に男達とは反対の方向から腕を掴まれた。 
「えっとぉ、サークル『Love4U』の五月さんでしょ」 
男はなれなれしく話し掛けてくる。男は何が可笑しいのかヘラヘラ笑っていた。 
「そうですけど…。あの、離してもらえますか」 

男が合図すると先ほどの男達がやってくる。こいつも仲間だったらしい。 
「いいじゃない、ファンなんだから。サインしてよ。ずっと本買ってあげてるんだし」 
これだ。自分を何様だと思っているのだろう。 
『買ってあげてるんだし』 
サークル参加者も一般参加者も同じ平等な参加者のはずだ。 
そこには『〜あげてる』等という感情は存在しない。 
もちろん、買ってくれる人に五月は感謝したい気持ちでいっぱいだが、 
お客様気分でコミケットに来るような厨房には、売りたくはないし読んで欲しくもない。

【タイトル】23
【 名前 】しーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/09/20 15:14

「離さないと怒りますよ」 
「いいじゃないのサインぐらい。あとついでに絵も描いてよ。ほらエアのキャ、ウギャ,アイタタタ!!」 
男が最後まで言う前に、五月は男の腕をひねり上げた。 
男は惨めに地面に這いずくばる。 
五月の周囲を囲んでいた男達が一歩引いた。 
「イタタタ、ちょ、ちょっとなにすんだ、離せよ」 
イタイのはお前の頭の中だ、と思いつつ、五月は男を開放してやった。 
すぐに五月から離れて、仲間の中に逃げ込む。 

「何すんだ」 
「ひでぇな暴力かよ」 
「ちょっと頼んだだけなのに」 
「いい気になってるんじゃないか」 
「ヘタレ絵のくせに」 
「スタッフ呼べ!スタッフ!」 
「いや、警察だ!」 

男達は五月を遠巻きにして勝手な事を言い合っている。 
最後までこんな厨房に関わらなくてはいけないのか。 
スタッフが来たら取り調べのためしばらく拘束されるかもしれない。 
あそこの本買いに行きたかったな…。 
五月にはそれだけが心残りだった。

【タイトル】24
【 名前 】しーな <shiina@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/09/20 15:16

「スタッフはまだか!早く呼んでこい!」 
「その必要はない」 
突然五月を囲んでいた男の一人が空中を飛び壁に叩き付けられる。 
近くに長身の女性が立っていた。 
眼鏡をかけていて、全身黒づくめの服がとても似合っている。 
どうやら壁に叩き付けられた男は、この女性に投げられたらしい。 
「な、何だお前は!?」 
「ただの通行人さ」 
「関係ないヤツがこんな事、許さないぞ、訴えて…」 
黒づくめの女性は目の前の男に拳を一閃させる。 
男は鼻血を拭きながらその場に崩れ落ちた。 
「まだ騒ぐ者はいるか?」 
五月の周りを囲んでいた男達は身を翻して逃げ出す。 
が、その頭にコミケカタログがぶち当たった。 
あの分厚いカタログを投げつけたらしい。これは痛い。 
直撃を受けた男は起きあがることが出来ない。 
「コミケカタログは最後の武器だ。頼むからこれを使わせないでくれ」 
最早、逃げ出す事も出来ずに男達はその場にへたれ込んだ。 

そこに数名のコミケスタッフが駆けつけてきた。 
「遅いぞ」 
「すみません」 
「そいつらは強制退場だ。即刻追い出せ」 
「はい」 
「お前らみたいのがいるからコミケが終わるんだ。今後お前らはすべての即売会に立ち入り禁止だ。もし会場をうろついているのを見つけたらこんなものじゃ済まさんぞ」 
厨房達はグダグダ文句を言っていたようだがすぐにスタッフに引きずられて行った。

【タイトル】25
【 名前 】しーな <shiina@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/09/20 15:19:17

この女性もスタッフなのだろうか?それにしてはスタッフ腕章を付けていない。 
しかしこの女性に助けられた事は確かである。 
五月はお礼を言う事にした。 
「あのすみません、助かりました」 
「うん、大丈夫か」 
黒づくめの女性は五月の頭をポンポンと叩く。 
175cmはあるだろう女性にとって154cmしかない五月は子供扱いだ。 

「困った事があれば私に言え、面倒事は引き受けてやる」 
女性は名刺を差し出した。そこにはカワハラという名前と電話番号だけが記されていた。肩書きは何も無い。 

「もう行っていいぞ」 
「え、いいんですか」 
「いい、悪いのはあいつらだ」 

「あの、カワハラさんはスタッフなんですか?」 
「いや、ただのおせっかいな通行人さ」 
黒ずくめの女性はそう言い残して立ち去った。

【タイトル】26
【 名前 】しーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/09/20 15:24

カワハラはコミケスタッフではない。ただの一個人だ。 
だからこそ出来る事がある。 
そしてスタッフになってしまえば、出来ない事がある。 

さっきのような実力行使もその一つだ。 
スタッフとして実力行使を行えば、スタッフ総意の上での行為と思われてしまう。 
だからカワハラはただの一個人なのだ。 
いざというときには自分一人が責任を被り、犠牲となる覚悟は出来ている。 
それがわかっているからスタッフもカワハラを黙認してくれている。 
自分のような役割の人間が世の中には必要なのである。 
「もう少し早く気づいていれば、コミケも最後を迎える事がなかったのかもな。そしてレヴォもな…」

【タイトル】27
【 名前 】しーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/09/20 15:27

「本当にツライのは、その場に居ない事だ」 
カワハラの脳裏に決して忘れる事のない、嫌な記憶が蘇ってくる。 
レヴォのスタッフになってX年、入院した友人の見舞いの為に初めてレヴォに遅れて行った日の事件。 
今でもその光景が頭に焼き付いて離れない。 

自分が着いたときにはすでに事件は起こっていた。 
崩れ落ちたエスカレータ、押しつぶされる人々、流血、悲鳴、鳴咽…。 
参加者の悲鳴が今でもカワハラの耳に聞こえてくる。 
自分が事前にそこに居たところで防げたかどうかは分からない。 
だが自分が事件が起こったその瞬間に、そこに居なかったという事実はカワハラの心をギリギリと締め付けていた。 
「もうあんな思いはゴメンだ」 
レヴォで出来なかったこと、やらなきゃいけなかったこと。 
その為に自分一人の犠牲など、何の問題があるだろうか? 
二度と後悔しないためにカワハラは今日もイベントを周る。

【タイトル】181
【 名前 】しーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/10/04 11:41:20

2000.12.30 am9:14 とあるアパート前 

昨晩から降り続いている雪は完全にアスファルトを覆い隠し、一面を銀世界に変えていた。 
「異常気象だな」 
真っ白になった道路を踏みしめながら誠が呟いた。 
雪は静かに降り続いている。 

ここ数年見た事もないような大雪に見舞われた東京はすっかり交通が麻痺している。 
「間に合うかな…。もし遅れたらこの程度の雪で止まってしまうヤワな交通が悪いんだ」 
二度寝してしまい遅刻した自分の責任を棚に上げ、誠はつぶやいた。 
彼の心にある棚は数え切れない。 

誠はアパートの扉の前にたどり着き、チャイムを押した。 
表札には「秋見 美優」と書かれている。 

ピンポーン。 
…ドタバタ 
「は、はい」 
「えと、誠だけど」 
「え、もうそんな時間?ごめんなさい、ちょ、ちょっと待って下さい」 
ドタバタ… 
予定では9時に迎えに来るはずだった。だがとっくに9時は過ぎている。 
どうやら美優も寝坊していたようだ。

【タイトル】182
【 名前 】しーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/10/04 11:43

しばらくして扉が開いた。 
「すみません。ちょっと準備に手間取っちゃって…」 
あわてて靴を履きながら美優が玄関から出てくる。 
「あ、足下」 
「え、きゃあ!」 
見事、美優は雪に足を滑らせ尻餅をつく。 

「痛たた」 
「足下、気を付けてって言おうとしたんだけど…、大丈夫?」 
誠が手を取って美優を立たせる。 

「すみません」 
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」 
「ごめんなさい、五月ちゃんが待ってると思うと慌てちゃって」 

二人は五月の高校の時の先輩だ。 
五月が高一の時、美優が高二、誠が高三だった。 

今まで通り今日も五月はサークル参加で、二人は一般参加である。 
元々は五月が同人活動しているのを知ったのが、この世界に入るきっかけだった。 
五月が熱心に同人誌を勧めてくるのを読むうちにどんどんハマっていった。 
二人ともそれまでもアニメや漫画などはそれなりに見る方だったが、 
同人を知ってからは一気にその世界に染まっていった。 

彼女がいなければ数多のすばらしい同人誌と出会うことがなかっただろう、と誠は思っている。 
五月には感謝の気持ちで一杯だ。五月のおかげで今の自分があると言ってもいい。 
その五月に感謝の気持ちを込めて、今日は差し入れなどを持っていこうとしていた。

【タイトル】183
【 名前 】しーな <shiina2ch@mail.goo.ne.jp>
【 日付 】2000/10/04 11:45

ひとつ心配な事もあった。 
最後のコミケという事もあって、五月は一番好きなジャンルで本を出すと言っていた。 
しかしそのジャンルは五月に妙な厨房をまとわり付かせることになった原因のジャンルなのだ。 
大丈夫だろうか…。 

「大丈夫ですよ」 
美優がにっこり笑って言う。 
「五月ちゃんは強い子ですから」 
誠は言葉に出していたわけではない。しかし美優は誠が五月の心配をしている事がわかっていたようだ。 
美優はときどきこのような勘の良さを発揮する。 
宇宙世紀に生まれていたらパイロットになっていたかもしれない。 
誠はふとそんな事を考えていた。 
いや、でも普段のボケっぷりじゃ無理かな? 

「何ですか?」 
「いや何でもない。じゃ、行こうか」 
「はい。…あ…」 
美優が突然、足を止めて振り向いた。 
そのまま虚空を見つめている。 
「どうしたの?」 
美優は空ではなく、もっと遠くの何かを見つめているようだった。 
「あ………終わっちゃう…」 
不意に美優の瞳から一筋の涙が流れた。 
雪は静かに降り続いている。 


その時の誠は気がつかなかったが美優の見つめている方向は 
今現在、最後のコミケットが開かれようとしている東京ビッグサイトの方向だった。