- 60 名前:カレー屋さん
投稿日:2000/09/23(土) 23:20
- とりあえずsageでやってみよう。問題あったら指摘お願いしマス。
『えー、嘘、終わってほしくなーい!』
『終わるって言っても、休止宣言なんでしょ?』
『青春でした』
『最近の買い専ってガラ悪ぃーから。徹夜だとか、ダミーサークルだとか、列とかも。
ほら、前の夏コミ、『ヒッターダッシュ』、けが人まで出したじゃない』
『今まで続けられたって事が奇跡なんすよ。米沢さん、今まで良くやったって感じす』
『別に、レヴォもあるし。どうせコミケの後釜狙ってる企業もあるだろうし』
「インタビューされる側も危機感が無いわ」
TVを見ていた洋介はビールをひとくち啜って、そう毒づいた。
「コミケが終わるってことは、他のイベントかて終わる可能性があるってことに、
いいかげん気付っちゅうのに……」
「まあ、関東だけでも月に何十とあるからね、オンリー入れたら」
洋介の顔を見ずに、机に向かったまま佐和子はそう返した。
「みんなそっちに戻るだけのこと、なんじゃないの?」
「せやけど、ウチら、どうすんの」
「んー」
洋介の質問に生返事で答えて、佐和子は手を休めずにペンを走らせている。
「このジャンルやってきて三年目、やっと前のコミケで300出て、狂喜乱舞しとったやん」
「んー」
「他のイベントやったら、オンリーでもええとこ100行くか行かんかやで。
在庫もこんだけあるし」
洋介はあぐらをかいた足をのばして、テレビを支えている段ボール箱をつついた。
「まあ、俺等がプロデビューしたときにお宝同人誌ゆうて、ハケさせるしかないか」
「ふふふ」
関西育ちの洋介には相づちで笑ったことくらいすぐに分かる。
洋介は面白くなさそうに、苦いビールを飲み干すと、腰を上げた。
- 61 名前:カレー屋さん
投稿日:2000/09/23(土) 23:23
- 「電話使うで」
「ん」
洋介は電話機のジャックを抜くと、テレビを消し、その隣のパソコンラックの後ろへ顔を映した。
「いいかげん、ここの下宿から離れへんのかいな、お前」
腕を伸ばす。モデムの接続口まであともうすこしだ。
「んー、家賃安いし」
「……TVとパソコンと、クーラー入れたらブレーカー落ちる二間の下宿に
女の子が住むっていうのが理解できへん」
「未だに親と同居してるアンタよりマシ」
「……」洋介はそれ以上何も言わず、パソコンの電源を入れた。
「あー、そうだ。アンタ、そのえっち臭い壁紙、直して返ってよー」
「なんや、ほったらかしやったんかいな」
「8月からずっとそのまんま。妹来たときに思いっきり引かれたんだからね」
「フォトショップとイラストレータだけしか使えんていうのも問題やと思うけど……。
せめてホームページくらいは作れるようになりーや」
パソコンを買うのに付き合ったのは洋介だが、彼女の今の状況を見ると、
せっかくの高いスペックのこのマシンを値切った甲斐もないというものだ。
(まだ続く)
- 62 名前:カレー屋さん
投稿日:2000/09/23(土) 23:29
- 「あー、あと、この原画も取り込んどいて、立ち上げたついでに」
佐和子は書き上がった原画で洋介の背中をつついた。
「へいへい」
洋介はそれを受け取ると、マウスをかちかちと鳴らしながら、
ディスプレイの画面を切り替えていく。
「……それ、弥勒みさきの夏に売ってたやつでしょ」
胸の部分や、股間の部分しか覆われていない半裸の少女の絵が、蠱惑的に画面からこちらを見つめている。
「おお、ダンセー向けに興味を示さなかった佐和子さんとは思えぬ発言やね」
「列整理もヘタなくせにあれだけ客あおって騒動おこしたら、いやでも知るわよ」
弥勒みさき、ヒッターダッシュというサークルの漫画家だ。
ファンの間では一冊千円の同人誌に2万の値がつき、限定本はネットオークションで
十数万で売れたという伝説も残っている。イベントでは毎回行列ができ、前回のコミケでは
行列に押されてけが人まで出てしまった、最大手の漫画家だ。
「あんたも列んで、よく買えたわね」
「いや、CD焼いて貰っただけ」
佐和子の顔がますます呆れたものに変わる。
「しかし、やっぱりこういうエロを描いてかんと、やっぱり売れんねんで、今の時代」
「言っとくけど、あたし、エロなんて絶対描かないからね」
機先を制して佐和子が言うと、洋介はやれやれと首を軽く振って、ディスプレイの壁紙を消去した。
「やおい同人誌は好きなくせになぁ……」
「だからってやおい描いてるわけじゃないじゃない」
「寸止めホモな」
「寸止めっていうなー!」
「大体このジャンルでホモかエロに転んでないん俺等だけとちゃうんか」
「いいでしょー、それで300売ったんだから!」
「俺のおかげやと思え」
「字書きが何をエラソーに!あたしの挿し絵なかったらあんたなんてファンレターもこないわよ!」
「あーっ、お前、サイッテーやな、そう言うこという絵描きが多いから……」
モデムのがりがりと割れた音が鳴り終わると、洋介はメールをチェックする。
「あっこら、勝手に人のメール見るな!」
「あ……ごめん、ついいつもの癖でやってもーた」
(まだ続く……)
- 63 名前:カレー屋さん
投稿日:2000/09/23(土) 23:35
- だが、次の瞬間、洋介は画面の端をちらと見て驚いた。「え?」
「あーっ、だから、見るなって!」
「いや、お前、70通もメールくんのか?一日に」
「んなもの、来るわけ無いじゃない」
「いや……今、72件、メール読み込んでんねんけど」
洋介は画面を指さした。佐和子がその部分をのぞき込むと、なるほど確かに、
『72通のうち三通目を読み込み中』と描かれてある。
「スパムか……」
洋介の表情が変わった。
「スパム?」
「いやがらせメール」
「いやだ、わたしのパソコンにウイルスなんて入ってるの!?」
「いや、そうじゃなくて……」
洋介は受け取ったメールを次々と開封しないで破棄していく。
「うわー、メールボックス満杯まで入れてるわ。ようやる……」
「治るの?」
「いや、だから……」
『声明文』と書かれたタイトルのメールを消すだけの話しだ。
だが単調な作業に紛れて、問題のないメールも入っているから厄介この上ない。
「あ、まっちーからだ」
やっと作業が終わりつつある中、受信欄には、洋介も知っている名前が差出人の手紙が多くなってきた。
「……とりあえず、こんなもんかな。まあウイルスとかは入ってないと思うけど、念のため、な……って、おい」
洋介の隣から顔を出した佐和子は、彼からマウスを奪うとメールの開封欄を押した。
「あのー、顔近づいてるんですけど」
「離れてよ」
「お前いいかげん俺が男やってこと忘れてないか?」
「襲う勇気も無いくせに」
「……」
佐和子の一言に洋介はいたく傷ついたらしく、それ以上何も言わないで、彼女から身体をずらした。
「……うそ」
佐和子は画面を見たまま、そう呟いた。
「ん?」
「さっきのメール、まだ残ってる?」
「いや、全部消した」
「……こういうメールだったみたい」
まっちーと署名のあるメールには、最初にこう記してあった。
『へんなメール届いたんだけど、そっちはどうよ?
こういうの。
タイトル:声明文
名前:オタむぎ茶 投稿日:2000/09/23(土) 23:29
コミケを終わらせた張本人、369を殺す』
それはあきらかに、ただの悪戯書きのように見えた。
だが、佐和子には、何か不吉な前兆のように見えてならなかった。
(今夜はこれでおしまい……ここに登場する人物・団体名は実在のものと
関係ないですので)