【タイトル】464
【 名前 】同人ゲーマー1
【 日付 】2000/09/08 21:04
「ふぁ〜ぁ」
火屋武史は、大きなあくびをしながら行きつけのゲーセンへ入っていった。最近、仕事が立て込んでいたためゲーセンに訪れるのは一週間ぶりである。普段なら何か新しく入荷したゲームはないものかと店内を一巡するのだが、今日は早々に店内奥へと向かう。そこには、コミュニケーションノートが置いてあり常連達が歓談できるスペースが設けられている。大型筐体の角をまがると、いつものメンツが揃っているのが目に入った。
「ち〜っす」
火屋が近づきながら声をかけると全員がそちらへを顔を向けて挨拶を返す。
「あ、おひさです」
「こんちゃ〜」
火屋は、その集団におさまると同時に話しだした。
「とんでもない事になったな」
「まったくですよ。今もその話をしてたんです」
「このメンツやからそうやろうと思ったわ」
今、ゲーセンの一角に集まっているのは男女七人。この七人、いわゆる同人ゲーマーである。この内、火屋を含めた五人はサークル活動をしており、昨日、準備会から発送された「緊急アピール」を受け取っている。
「これ、ほんまなんですよね」
ショートカットの女性、多恵子が手に持っていた緊急アピールを火屋の目前にかざす。
「ああ、昨日の夜、知り合いのスタッフに確認したけど間違いないそうや」
残念そうな面持ちで火屋がこたえる。
「コミケが活動休止ですか・・・」
「まいったなぁ」
「ショックでかいわ」
それぞれ落ち込んだ声で心中をはきだし、意気の上がらぬ会話が続いた。
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【タイトル】465
【 名前 】同人ゲーマー2
【 日付 】2000/09/08 21:08
「みんな暗い顔して何話してんすか?」
通夜のように沈んでいた七人に、常連の一人が発した明るい声がかかる。彼は普通のゲーマーで、当然、同人誌など知らない人間である。
「ちょっとな。コミケがなくなるもんでどうしたもんかと話ししとんや」
火屋の返事を聞いて、彼は少し考えてから合点がいった。
「あああ、コミケね。火屋さん達が毎年2回東京へ行ってまうやつ。あれ、無くなるんすか」
「次で最後や」
「そら、ご愁傷様で。それはそうとちょいいいすか。昌君、あの対戦格闘やねんけどな・・・」
コミケがあろうとなかろうと関係ない彼は大して興味を示さず、七人の一人、昌にゲームのについて話しかけてきた。昌がそちらの会話へと移ったのを契機にコミケ休止に関する話題は終わり、火屋と多恵子、そしてもう一人の男性、城山幸司以外は店内に散っていった。
火屋は、タバコに火をつけ紫煙をひとふきすると、城山に向けて言葉を発した。
「また、居場所が無くなるな」
「そうやな」
二人は目を合わせることなく隣り合いそのまま黙ってしまう。それぞれの思いにふけるように。
火屋と城山は共に20代後半。この店の常連になる前からのつき合いで知り合ったのはとあるゲームオンリーイベント。そのイベントはRPGや対戦格闘が流行る以前から開催されていたアーケードゲーム主体の即売会で、シューティングゲームやアクションゲームの同人誌を作るサークルやゲーマーが集まる同人誌即売会だった。
火屋と城山はどちらも、同人誌界においてはマイナージャンルとされるシューティングゲームやアクションゲームの同人誌を作り続けている。だが、彼らが住んでいる関西のイベントでは、マイナーゲームの同人誌はほとんど手にとってもらえない。嗜好を同じくするゲーマーが参加する先のゲームオンリーイベントと、全国から数多くの同人ゲーマーが集まるコミケだけが、彼らにとって作品発表ができる場だったのだ。
しかし、そのゲームオンリーイベントは三年前に終了してしまった。
そして、今度は最後の場所であるコミケが無くなろうとしている。
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【タイトル】466
【 名前 】同人ゲーマー3
【 日付 】2000/09/08 21:11
「コミケがなくなるのは悲しいけど、即売会は他にもあるじゃないですか」
多恵子は二人が落ち込んでいると思い元気づけようとする。
火屋は、多恵子の言葉に笑顔で頷きながらも、自分がそれ以外の即売会に参加することはないだろうと考えていた。もともと、大阪の中之島中央公会堂で開催されていたボランティア系の中規模イベントを始まりとする彼にとって、現在盛況を誇っている企業系イベントは馴染めない存在なのだ。また、最近頻繁に開催されているゲームオンリーイベントも家庭用ゲームや対戦格闘ゲームが主流で浮いてしまう。一度、サークル参加したことがあるが、彼の同人誌を手に取る人間はほとんどいなかった。さらに、女子中高生のはしゃぎっぷりと、
机の上に延々と続く便箋とペーパーに辟易してしまった。それが悪いとは思わないが、自分の求めるイベントとあまりにもかけ離れている。
その思いは城山も同じで、彼も多恵子に対しては軽く笑いながら曖昧に返事するだけだった。
そのうち、多恵子のサークルの相方である女性が現れたので、彼女等はラストコミケの発行物について相談するためゲーセンを後にした。
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【タイトル】467
【 名前 】同人ゲーマー4
【 日付 】2000/09/08 21:14
有線の音楽とゲームのBGM。耳に慣れたゲーセン特有の喧騒をバックに二人は静かに話しだした。
「昨日、眠れへんかったわ」
火屋が小さなあくびをしてから話す。
「なんやお前もか。俺もなかなか眠られへんかったで。緊急アピール読んだあと色々考えてしもてな。せやけど、お前と一緒ってのはイヤやな」
「そらお互い様や。で、ネットつないだんやけど、その手のサイトはどこもコミケの話ばっかりやった。まったく気分転換にならん」
「そらなぁ全国のオタク大騒ぎやで。2ちゃんの同人板、サーバーダウンしたらしいで」
「やっぱり。全然アクセスでけへんかったからな。そいや多恵子ちゃんとこの掲示板もあかんかったわ」
「あ〜、彼女んとこは対戦格闘系の中堅サークルやからな。ファンの女の子のヒステリックな書き込みで溢れてたそうや。お前が来る前、『レス大変や〜』って泣いてたわ」
「イタっ(笑)。人気もんは大変やな」
「ちっとは俺らも見習わなあかんな。のう、弱小サークルさん」
「まったくですわ、ピコ手サークルさん」
二人は同時に苦笑した。
「で、眠らんと考えてなんかでてきたんか」
火屋が薄く笑いながら聞く。
「さてさて。別に答えをだそうと考えてたわけやないからなぁ。お前はどやねん?」
「そろそろ潮時かと思とる。ええ歳やしな」
「お前から、ええ歳なんて言葉が出てくるか〜。でも、そら理由にならんで、言い訳や」
「そうかもしらんけど、分かりやすいやろ」
「それマジで言うとるんか?」
城山の表情から笑いが完全に消えている。僅かだが語尾には怒りを含んでいるようだ。火屋は少し驚いた。
この程度の軽口の応酬はいつもやってることだ。怒るほどのことでもない。
「冗談や冗談。マジにとりなや。つーか、お前いらついとるな」
「ん、あ、そうやな。すまん」
自分が意味もなくいらついている事に気付いた城山は、気を落ち着けようとタバコを取り出した。
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【タイトル】469
【 名前 】同人ゲーマー5
【 日付 】2000/09/08 21:16
城山が数回タバコを吸うのを待って、火屋が口を開く。
「ま、いらつく気持ちもわかるけどな。コミケがなくなったら俺らどうしようもないからな。で、マジなところでは俺もなんも考えつかんわ。ただ、やめるのにええ機会かなとは実際に思うんや」
「ふむ。しかしやな、お前昔言うとったやないか、『即売会があるから本を作るわけやない。俺らが作った本があるから即売会はあるんや』って」
「あた。そんな昔の発言よう覚えてるなぁ」
火屋は、してやられたという表情を見せながらそう言った。そして、何かに気づいたような素振りを見せてそのまま考え込んでしまった。妙な沈黙に絶えかねた城山は少し躊躇した後、決まりが悪そうに言い放った。
「あ〜、実はな、それ聞いた時、不覚にも感動してしもたからな」
以外な発言に驚いた火屋は思考をとめて城山の方をじっと見るが、恥ずかしさから城山は視線を明後日に向ける。火屋は、「そうか」と答えながら、これをネタにからかえるな、と心の中でにやついた。
「で、己の発言についてはどうなんや。今なんか考えてたんやろ」
「はは、俺も若かったな。正直言うて、その当時ほどの情熱、今では持ってないわ。・・・ただ」
「ただ? なんやねん?」
「そうやねんな。即売会があるから本を作るわけやないねんな。俺らが作った本があるから即売会はあるんや。
ははは、いやー、自分で言うたこときれーに忘れてたわ」
「おのれは!!」
城山の怒声がゲーセン内に響き渡る。声の大きさに自らも驚いてあたふたする城山に店内の視線が集まるが、何事もないと分かると皆ゲームに戻っていった。腹を抱えて笑う火屋を、城山が小突いて話しを再開する。
「いや〜、面白かったで」
「黙っとれ。かー、最悪や。それで、自分の発言を思い出した火屋さん、いかがでっか」
「おう、感謝しとるで。そやそや、面ろいゲームがあってその本が作りたかったら作りゃええねん。コミケが無いからって本作ったらあかんわけやないもんな。こんな事にも気が付かんとは、俺も歳くったなぁ」
「歳の問題やないと思うが。それにしてもえらい開き直りよったな」
「情熱が若者の特権なら、開き直りは年寄りの特権やで。ま、俺は同人誌作るのが好きやちゅうこっちゃ」
そこまで言った後、火屋はニヤリとイヤな笑みを顔に浮かべる。
「いや〜、今度は俺が感動させてもうたで」
「黙れ!!」
ゲーセン内に再び怒声が響き渡る。
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