【タイトル】307
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/01 01:58:20

2000年12月28日 13:00 東京ビッグサイト西4ホール主催者事務室前 

「……こうなってしまうと、案外、清々してしまいますね」 
 スーツ姿のスタッフは、目の前に広がるリノリウムの床を眺めていた黒い戦 
闘服に身を固めたスタッフへと歩み寄る。 
「危機管理の賜物だ。狙われやすく、仕掛けた時の効果が高く、それでいて手 
薄な場所……。そんなウィークポイントを切り捨てたに過ぎない。当然の判断 
と言えば、当然の判断だろう」 
 そう言いながら戦闘服姿のスタッフは、微動だにせず静まり返った西4ホー 
ルを睨み付けるように眺めていた。 
「……ま、これまでに蓄積されてきた『予備費』のほとんどを放出することに 
よって、警備費の増額部分なんかをここで稼ぎ出す必要もなくなった訳ですか 
ら……」 
 軽く嘲りの匂いを漂わせる笑みをこぼすスーツ姿のスタッフ。 
「……最後だから……こそか……」 
 眼鏡の奥に隠されていた戦闘服姿のスタッフの鋭い目が、ふと懐かしみの色 
合いを帯びる。 
「そう。最後だからですよ。……あなたが願い、拡大し、収拾がつかなくなり 
つつあったトラブルにいつも翻弄され、泣かされた参加者が心の片隅の何処か 
で望み、それを是としなかった代表すら許さざるを得なくなっていた攻性の危 
機管理部門……。旧混対創生期……いや、あの警備隊が反乱の狼煙を上げた次 
の瞬間から、誰かが求め、それでいて否定し続けていた実力部隊……」 
 スーツ姿のスタッフの目が、何かをいわんやばかりにスゥッと細まり、戦闘 
服姿のスタッフの背中をとらえた。 
「……この最後の最後でか? すべてが終わろうとしている、今際の際になっ 
てか……?!」 
 唸るようにこぼした戦闘服姿のスタッフの中から、彼が飼い慣らしている筈 
の怒りが首を擡げ、周囲の空気を震わせる。 
「……最後だから……いや、残すべきものを、受け継ぐべき者たちに、受け取 
らせるために。無に帰させるのではなく、大きな後退、迂回の一歩とするため 
に。この終わりを、本当の終わりとしないために……。そのために如何なる手 
段を用いようとも、万難を排して、無事に閉会させる必要がある……」 
 ふと、うつむき加減になるスーツ姿のスタッフ。そして、その顔には寂しげ 
な笑みが浮かぶ。 
「……だからか……。今はただ、やれることをやるしかない……。又、これを 
着けてしまったからにはな……。例え、権力の走狗とののしられようともな」 
 戦闘服姿のスタッフはそう呟くと、左腕に巻かれている腕章に手を沿えた。 

 しかし、彼らの哀しいまでの思いは、決して叶えられることはなかった。
.
【タイトル】372
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/06 03:17:20

2000年11月11日 都内某所にて録音されたテープ 

 カチッ、ザー…… 
「強力な執行能力を持つ危機管理のための新部署だと?! この期に及んで、 
いや、差し迫ったこの時期に何を言い出す?!」 
「大体、他部署の活動範囲に強力に介入し、あらゆる危機的事態の早期収拾を 
図ることを目的とすると言っても、各部署ともに59へ向けての体制構築が進 
んでいるんだぞ。これから調整を取ると言っても、そんな時間も余裕もないこ 
とくらい、いくらなんでもわかっていることだろう?」 
「恥を知れ、恥をっ! この統制論者っ! 表現の自由の守り手たらんと、我 
々がこれまで築きあげてきたものを、貴様らは最後の最後でぶち壊しにするつ 
もりか!!」 
「……あなた方は、この59を『本当の最後』にするおつもりですか……?」 
「……何だと?」 
「代表は今回の件を休止・休息と位置付けています。確かに、大きな後退とな 
り、企業系即売会によるシェア獲得競争と、現場の参加者の需要にこたえるオ 
ンリー系中小規模即売会の乱立。そして、会場や周辺産業を巻き込んでの動乱 
期へと雪崩れ込んでいくことになるでしょう。しかし、それを経てでもコミケ 
ットは復活せねばならない。……違いますか……?」 
 静寂。 
「……建前や事後予測はいい。下手をすれば本当にこれが最後になりかねない。 
雑誌で言うところの休刊状態にもなりかねない。そんな状況下で、参加者に対 
する押さえつけを強化するメリットがどこに存在する?」 
「そうだ。ここでコミケットを強権を持って萎縮させてしまっては、再び芽吹 
くことが困難になるとは思わないのか?」
.
【タイトル】373
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/06 03:19

「では、敢えて問いましょう。今のコミケットが現体制の手に負える状態でし 
ょうか? 場の継続維持だけに目を向け、問題の先送りと身内庇いを続け、追 
認に追認を重ねた結果が、腫瘍で膨れ上がったような今のコミケを生み出した 
のではないのですか? 今、ここでメスを入れなければ、眠りの中で腫瘍に呑 
まれ、緩慢な死を迎える結果を招きかねないと言うことを、何故、お認めにな 
らないのですか?」 
 再び静寂。 
「しかし、それでは問題を切り捨てるだけ切り捨て、後へと繋ごうともしなか 
ったあの連中と同じレベルに落ちてしまう。……私は、私にはそれが耐えられ 
ない……」 
「よく言われる。時には先鞭を打ち、時には追従するように同様の規制を導入 
し、それに対する批判を受け止めもせず、それを外部に、そう、あなたの言う 
あの連中に肩代わりさせてきた……。いや、よしましょう。今はこんなことを 
言っている時じゃありませんしね」 
「だけど、押さえつけが芽を手折るかもしれないと言うのには一理あると思う 
けど、その辺はどうなの?」 
「手折る必要のある芽とて存在します。大きく育ちすぎ、枝が幹にとっての重 
しとなったコミケットに、剪定の時期が訪れただけだと私は考えます」 
「しかし、その批判は誰が受け止める? その代償は? コミケットが再始動 
した時、それは新しい火種になりかねないのではないか?」 
「一緒に剪定……切り捨てればいいのですよ」 
 暫しのざわめき。 
「切り捨てるだと?」
.
【タイトル】374
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/06 03:21

「そうです。復活の時、非難されるべき部署は存在しない。準備会はその反省 
から『再びあのようなことがなきよう、あり方を改める』とすればいいのです。 
かつて、アドミニストレーターを切り捨てた時の一面のように。今まで辿って 
きた道を、少しだけ早足で辿ってみせるだけとでも言いましょうか? もっと 
も、あのようなことと称されることになるであろう事態が、どのような事態に 
なるかは皆目見当もつきませんが、少なくともこれまで以上の危機がコミケッ 
トに訪れるであろうことは……皆さんとて、薄々お気づきになっているはずで 
す」 
「……あえて汚れ役を引き受けると言うんだな?」 
 ドスの利いた声が響く。 
「そうです。無論、それを引き受けることを是とするスタッフ……そして、元 
スタッフやベテラン民兵が多少なりとも居、そして、この計画への参加を承諾 
してくれています。彼らはこれまでの問題とともに、これまでのコミケットに 
殉じる覚悟を持って結集しています。放っておいても彼らはやるでしょう。現 
状で進んでいる外部の計画を盾に取るなり、利用するなり、それに乗じるなり 
して」 
 再びざわめき。 
「お前たちはクーデターでも起こすつもりか?!」 
「民衆……いや、サークルや一般参加者による暴動よりは数倍マシでしょうし、 
もっとも、今回の新設部署は現準備会に反旗を翻すものではありません。それ 
はスタッフ腕章を戴く者としての最後の一線でもあります。それに……準備会 
なくしてコミケットは成り立たない。その状況が崩壊して困るのは……ここに 
ご列席の皆さんではないのでは……? 最後、最後と悲壮感を募らせていても、 
同人界の何処かでそれなりの地位と権威、はたまた権力を持って君臨し、同人 
界のエスタブリシュメントたらんとするお歴々。青春の、いや、人生の貴重な 
時間のほとんどをあそこに費やし、心から尊敬され、敬愛されるべき表現と仲 
間のために殉じられた皆様方……。ちがいますか?」 
 ……長い沈黙。
.
【タイトル】375
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/06 03:25

「もし……もし、やるとしてだ……、一体、どうやって……」 
 年老いた男の声。 
「ここにおわす皆々様方の黙認と協力。そして、ちょっとばかりの演技力があ 
れば、事足ります。東1ホール主催者事務室に集っておられる皆様方は決して 
お飾りではないのでしょう? あの瞬間から、鎮守の森の長老集会は終わって 
いるはずですから」 
「……では、具体的に中身を説明してもらおうか」 
「かつて廃案となった有事・犯罪対処のための即応部隊たる公共安全担当構想。 
そして、それに次いで登場した危機管理幕僚機関……いや、コミケットと言う 
体制の公安組織たる総本部別室。それらを基盤とし、代表命にて設けられる攻 
性の危機管理・危機対処部門。準備会が再び保有することとなる体制暴力装置。 
そして、外部から声高らかに求められるスタッフ内部に対する自浄のための機 
関。それがこの総本部安全管理室計画の骨子です。皆さんはすべてが終わり、 
時代が評価を下したときに日和ってくだされば、それで結構です。……それで 
はご決断を……」 
 ガチャ! キューッ、キュルル 
「……ありがとうございます。どうか、我ら死すべき運命の者たちに。全ての 
参加者の前衛たらんとする我らにご理解とご協力を賜れますよう……」 
 椅子が引かれ、人々が立ち上がる音 

 ちっぽけなカセットテープは、血塗られた選択へと駒を進められる瞬間をこ 
のように記録していた。
.
【タイトル】393
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/07 03:35:20

2000年11月13日 23:33 首都高速11号台場線芝浦JCT付近 

「実務5回以上。準備会内での経歴調査・事前の部署責任者級による面接あり。 
開催までに120時間以上の合宿を含む部署集会あり。欠席は認めるが、携わる 
作業を限定し、場合によっては開催前にスタッフ登録を抹消する。この条件で 
よくもあれだけの人数が集まりましたね」 
 運転席でハンドルを握る男……長谷川宗佑は、後席で書類の束に目を通して 
いる男……穂波英彦へと声をかけた。 
「半分程度は……権力バカだ。強権の甘い匂いに誘われて、ホイホイと寄って 
きたような連中だ。……それならそれで使い道はあるし、ある種、こうなるこ 
とも予想済みだった……」 
 穂波はそう言いながら手にしていた書類を仕分け始める。 
「でも、穂波さんは安管には来ないんでしょ?」 
「最初は案を提出した俺が、安管の総統括にと言う話もあった。しかし、俺よ 
りも適任がいたんで、そちらにお願いすることにした」 
 仕分け終わった書類を幾つかの封筒に納め、アタッシュケースへと収める新 
城。 
「それが……笹倉さんだった訳ですか……」 
 長谷川のその問いに、穂波は言葉を返さない。ただ、流れ行く車窓の外へと 
目を運ぶ。 
「極めて苛烈な言動。威圧感と言う打撃力をもつ容赦なき対応。豊富な情報。 
そして、危機管理に対する素養。確かにうってつけと言えばうってつけですが、 
よく戻ってくる気になったもんですね」 
「……復讐……なのかもな……」 
 穂波は口の中に漏れ出たその言葉を、ゆっくりと咀嚼するように呑み込んだ。
.
【タイトル】394
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/07 03:36

「何か?」 
「いや、笹さんにとっては、リターンマッチなんだろう。もっとも、それ以外 
の色々な……そう、色々な思いもあって引き受けてくれたんだろうけどな」 
 取り繕うように笑みを浮かべる穂波。 
 やがて2人を乗せた車はレインボーブリッジへと差し掛かる。 
「……しかし、まだ、足りない……」 
 そう言い放った穂波は、まるで仮面を取り払うように険しい顔付きへと変貌 
する。その手には、何かを待つように握りしめられる携帯電話。 
「痛烈なまでの一撃。そして、その光景の記憶こそがすべてを変える。膿を絞 
り出すための切り口を開け、膨れ上がった腫瘍をさらす。西の一件は、その扉 
をあけるノック……いや、狼煙としては最高の部類だったと言えるかもしれな 
い……」 
 そんな穂波の脳裏には、開いたシャッターから溢れ出し、膨れ上がる人波が 
ちらつく。 
「厳しく叱り、嫌われることを嫌った連中が結局、足元を見られた。ならば、 
再び厳しく叱る父親役が登場しなければならない。……なぜなら、そこに叱ら 
れるべき者がいるからだ。それが家長たるコミケット準備会に求められている 
ことだと俺は考える」 
 ピリリリリ、ピリリリリ 
 静寂に包まれようとしていた狭い車内に、携帯電話の呼出音が鳴り響いた。 
「穂波です……はい……はい……決定ですね…………ええ、わかっています。 
まだ、公開時期ではない……。了解です。ではいずれ、あちらからお話が来る 
と思っても……はい、わかっております。それでは、又、何かありましたら、 
よろしくお願いいたします」 
 深く溜息をつきながら電話を切る穂波。 
「……どうしたんですか……?」 
 溜息の音に振り返ることなく、運転席の長谷川が穂波に問い掛けた。
.
【タイトル】395
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/07 03:37

「おそれ多くも紀宮内親王殿下がコミケット59に御行幸あそばれることにな 
った」 
 いきなりふらつく車体。 
「……しっかりしてくれ。まだ、それに、こんな所で死にたくはないぞ」 
「ま、マジすか? 何処からそんなネタが?」 
「宮内庁職員。旧華族。神社本庁と縁の深い者。右翼の活動家。それなりの筋 
の公務員。左よりなコミケットだって周りを突っつけば、意外とこんな類も出 
てくる。とりあえずはコミケットを憂い、皇族方に並ならぬ親愛と忠義の情を 
持つそんな筋からのリーク……と言うことにしておこうか」 
 一瞬、そう言った穂波の口元に笑みが浮かんだようにも見える。 
 一息おき、電話を手に取る穂波。 
「穂波です。例の件、確定です。……。はい、そうです。おそらく、規模拡大 
の強い要請があると思います。……。ええ、そうです。とりあえず、翌朝一番 
で統合警備保障の首都圏営業本部の石田さんと言う方と、東日本警備サービス 
東京本社営業部営業第2課の高岩課長に連絡してください。恐らく、リクエス 
ト以上の答えがもらえるはずです。……やだなぁ、ちょっとコネがあったと言 
うか、繋ぎが取れただけですって。……。はい、では」 
 電話を切り、懐へと戻す穂波。 
「……穂波さん、ちょっとだけ聞いていいですか?」 
「なんだ?」 
「大体、話の流から、どう言う状況になっているかは読めます。ただ、なんで 
その2社を……? いや、単純な興味からなんですが……」 
 長谷川は腫れ物でも触るような口調で、穂波へと問い掛けた。 
「……両方とも略すとトーケイになるからさ……」 
「は?」
.
【タイトル】396
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/07 03:39

「それは冗談としても、統合警備保障は警察OBや自衛隊OBを多々抱えこん 
でいる、そっち方面にも強い会社だ。東日本警備サービスは、今でこそ垢抜け 
た社名だが、88年までは東日本管財警備保障と言って、60年代から70年代にか 
けて成田空港の応援警備にも参加した筋金入りの警備屋だ。無論、ここにも警 
察OBだの自衛隊OBだのの正社員がうようよしている。それに……統合警備 
は『凶悪化する犯罪や深刻化する災害にも対抗しうるサービスを』をスローガ 
ンに、高度警備システムの構築を進めている。事実、ここだけの話だが、幾度 
となく統合警備の関係者がコミケットスタッフや東貿クリエイティブ警備部の 
職員としてコミケットに参加し、高度警備体制の参考と実習の場としている。 
対して東日本警備サービスは、いまだに成田警備時代の装備・資機材を保有し、 
何時でも運用できる体制を維持している……。そして、今回は2社のそれらを 
引っぱり出すに値し、向こうもそれを呑まざるを得ない状況に発展している… 
…と、言う訳だ……」 
 淡々とそう答えた穂波は、冷ややかな笑みを満面に貼りつけて見せた。 
「……事態はそこまで悪化しているんですか……?」 
「イエスともノーとも言い難いな。ただ、既に始まっている。それだけは言え 
る。……無論、わかっているとは思うが、他言無用だ。いいな?」 
「……別室管理事案……ですか……。どうして、どうして穂波さんは、安管で 
はなく、別室を選んだんです? あなたは、誰よりも笹さんの横にいたかった 
筈だ。一緒に現場を……いや、最前線を駆けたかったはずでしょう?」 
 長谷川は思わず振り返った。 
「……盾と矛だ。どちらが欠けても駄目なんだ。だから、俺は……」 
 そう答えた穂波は、まるで何かから目を逸らすように、窓の外に見えてきた 
東京ビッグサイトを見つめているだけだった。
.
【タイトル】397
【 名前 】字並べ屋 <sage>
【 日付 】2000/09/07 03:58

えー、とりあえず、ここに参加されている諸氏のネタを勝手にひっぱらせてい 
ただいております(汗)。 

妄想(1)、妄想(2)を書き込まれた方の両書き込みから新部署ネタを。 
ネギピロ氏からは統合警備保障の設定を。 
三文文士氏からは緊急アピールと紀宮殿下来場ネタを。 
Jr氏からは東日本警備サービスの設定を。 

他、意識せずとも流し込んでいたり、意図的に明らかにはしてはいないものの 
ネタに組み込んでいる事柄もあります。 
それらネタを拝借した方々をはじめとする先達の皆さま、そして、このスレッ 
ドを立ててくださった方に、心より感謝し、その末席に加われたことを光栄に 
思います。 
あと……長ったらしくて、くどい私の書き込みを耐えながらも読んでくださっ 
ている方にも、心よりの感謝とお詫びを。 

それでは、又、次の書き込みにて……。 

#ああ、もちろん、私も琴美ちゃん萌えっす。
.
【タイトル】435
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/07 23:57:20

2000年11月18日 15:00 統合警備保障奥多摩研修センター グランド 

「いーち、にっ! いち、に、そーれっ!」 
「いーち、にっ! いち、に、そーれっ!」 
 山間のグランドにランニングする一団のかけ声がこだまする。 
「所長、なんでうちがうちの特機と一緒にクライアントの研修まで受け持つこ 
とになったんですか?」 
 奥多摩研修センターで指導担当を勤める不破光輝は、グランドを駆ける統一 
感のない姿をした一団と、彼らを追いかけるように走る統警特機隊の姿を目で 
追いながら、横に立つセンターの所長である大林公一に尋ねた。 
「……クライアントからのたってのご希望。あとは……実験かな?」 
 大林は鼻で笑う。 
「実験?」 
 ランニングの一団から目を離し、大林を見やる不破。 
「これからうちが請け負っていくこととなる特機。そのユーザーニーズが拡大 
した時、うちは嫌がおうにも隊員を用意し、要望されている現場に送り出さな 
ければならない。例え、それが補助にしか使えないようなヒヨッコであろうと 
も、その頭数に揃えて出さなければならない訳だ。だとすれば、その補助要員 
を促成栽培であろうとも、送り出さなければならない。これはそのためのテス 
トケースだ。……もっとも……」 
 そこまで言って、意味ありげな苦笑いを浮かべる大林。 
「……もっとも?」 
「他社の警備員の初任教育をアウトソーシングする事業計画があるとか、一時 
期、国内でも流行った特殊部隊養成学校ゴッコと似たようなことを、うちの上 
が計画しているとか言う、まことしやかな噂もあったりな……」 
 その答えを聞いた不破は、大林にならうように苦笑いを浮かべるしかなかっ 
た。
.
【タイトル】436
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/07 23:59:20

2000年11月18日 18:45 統警奥多摩研修センター 第2体育館 

 そこの床には、疲労困憊し、へたり込んでいるコミケットスタッフたちが貼 
り付いていた。非常に稀な数名がふらつきながらも立ち、よくても腰をおろし 
ている。 
「な、なんでラペリング降下の実習なんて……」 
 黒いジャージを汗でぼとぼとにした長谷川宗佑は、息を切らしながら奇跡的 
にも立ち続けていた。 
 ラペリング降下……ロープを使って高所から降下する技術……に使ったロー 
プが、体育館のキャットウォークから垂れ下がり、風に揺れている。 
 その下には、見慣れた便利社の机と椅子。そして、段ボールの中に古新聞を 
詰めた模擬梱包と多数のマネキン。 
「……緊急時には迅速な立体機動が要求される可能性がある……。1−4エス 
カレーターや2−4エスカレーター、場合によっては西4階トラックヤードへ 
のスロープ、パルテノン大階段がなんらかの理由で使用できなくなった場合、 
大人数が西4階地区から迅速に西1・2地区へ移動する最短経路は?!」 
 教官役の統警社員たちの中に立っていた笹倉匡重は、肩で息をしながらも長 
谷川を一喝した。 
「……笹さんは、アトリウムや西1・2地区外周のトラックヤードに、僕らを 
降下させるつもりなんですか……?」 
「その可能性もある。……ならば、最悪に備えるだけだ」 
 笹倉は長谷川の肩をバンッと叩いた。 
「19時まで休憩! その後、南棟の第3講義室で雑踏警備に関する基礎と、諸 
君らの経験を踏まえた勉強会を行う! 遅刻した者は東日本の装備を着けて、 
グランドを5周させる! ありがたく思え!!」 
 陸自の富士教導団上がりの教育担当が、怒声にも似た号令をかけた。 
 へたり込むスタッフたちの脳裏には、センターで最初に見せられた東日本警 
備サービスの甲種警備服と呼ばれる乱闘服。そしてその装備品の重そうなイメ 
ージがよぎっていった。
.
【タイトル】437
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/08 00:00:20

2000年11月20日 00:54 明大前アパート「富岳荘」 

 長谷川宗佑が自分の部屋へと戻ったのは、既に日もかわり、1時間が経とう 
としていた頃だった。 
 ドアには鍵がかかっていない。窓からは煌々と灯りが漏れ出ている。 
「……ただいまぁ……」 
「あ、おかえり」 
 明るい出迎えの声が部屋の奥から聞こえる。 
「なんだよ。もうちょっと灯り落とせよ」 
 疲れからか、はたまた本当にまぶしかったのか、一瞬、目の眩みかけた長谷 
川は、部屋の真ん中で布地を広げたまま、パソコンのモニターに向かっている 
水城かなめへと視線を運んだ。 
「縫い物している時は、手元が明るくないと危ないんだよ」 
 そう答える水城の顔は、妙に神妙だ。 
「……って、かなめ、縫いもんなんてしてないじゃん」 
 長谷川は、部屋の大部分を占拠している布地の山を、ジト目で見やった。 
「んー? 今は編集。入稿直前だしぃ」 
 パソコンのモニターの上では、ちょっと見慣れたDTPソフトや、グラフィ 
ックツールとして名を馳せてしまったフォトレタッチソフトが立ち上がってい 
る。その脇には、進みもまちまちな原稿用紙が散乱している。 
「……コス縫いも原稿も自分ちでやれよ……」 
 自分の疲れた身体を思い出したように、部屋の隅っこにへたり込む長谷川。 
「だって、うちの部屋、狭いし。うちのパソコン、ここのより重くってさぁ」 
 そう答える水城の顔には、不敵とも言える挑戦的な笑みが浮かぶ。 
「……毎回、それじゃあ、俺がたまんないっての……」 
 長谷川はずるずると身体を這わせながら、台所の冷蔵庫へと近寄って行く。 
 ガチャリ 
「……えらく、中身が、寂しいんですけど……」 
 哀しそうな瞳で水城の背中を見つめる長谷川。
.
【タイトル】438
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/08 00:02

「あ、ごちそうさま〜」 
「…………」 
 あっけらかんとした水城の返答に、哀しげな瞳を更に潤ませる長谷川。 
 そのまま長谷川は、のたうつ蛇のように這いつつ、布地の山を迂回しながら 
水城の背中へと近寄った。 
「ちょ、ちょっといきなりなにすんのよ!」 
 抗議の声を上げた水城の背中には、おぶさるような長谷川の姿があった。 
「……人の体温って、いいなぁ……」 
 水城の背中に、長谷川の重みが更にのし掛かる。 
「……いきなり、何言ってんのよ……」 
 ちょっと困惑したような、それでいて微笑みが浮かぶ水城。 
「……おまえさぁ、今回、配置どこだったっけ……」 
 長谷川はやや朦朧としがちな声で、密着している水城に質問する。 
「……んー、西2ホール。2日目だよ」 
「……そうかぁ……。……顔出せたら……顔……出すわぁ……」 
 長谷川の重みが、水城の背中にずしりとかかる。 
「ん、重たいってば。……ちょっと、作業できないじゃない。ねぇってば!」 
 いささか、その重みに耐えられなくなってきた水城が振り返るように長谷川 
の顔を見ると、背中の重みの原因はすっかり眠り込んでいた。 
「ったくもー……」 
 水城は諦めたような笑顔を浮かべながら、自分の肩に掛かる長谷川の手に、 
自分の手をそっと重ねた。
.
【タイトル】532
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/12 05:20:20

2000/11/22 19:08 新宿・某カラオケボックス 

 やや狭めのそのボックスの中には、数人の男女が身を寄せあうように座って 
いた。 
 その前にはマイクも持たずに立つ男が1人。 
「いいか。表現府たるべきコミケットは今、その理想と理念の場を権力に明け 
渡そうとしている。しかも、準備会はこの期に及んで右傾化を開始した。我々 
は、この表現の自由に対する挑戦と、敗北と瓦解への第一歩を看過していいも 
のだろうか?」 
 青白く、眼鏡をかけた男は、居並ぶ男女に熱弁を振るっていた。 
「そも、反権力・反権威・自由表現主義に基づき、権力化と表現に対する規制 
行為を否定していたコミケットは、相次ぐ修正と追認主義の横行、さらには準 
備会機構の官僚化によって、内部に権力構造と検閲・表現規制の体制を生み出 
した。彼らは組織防衛と言う大義名分を盾にとってはいるが、その根本部分か 
らして、自ら同権とおいている他の参加形態に対する裏切りを行っている。こ 
れまでも我々はその問題点を指摘し、重ねて改善を要求してきたが、ここにき 
て……そう、理念に対する敗走のこの段になって、彼らは体制による暴力を導 
入するに至ったわけだ。先ほど配布した資料を」 
 男の言葉に資料を手繰る居並ぶ男女。 
「総本部安全管理室。名目上は昨今、頻発するコミケットでのトラブルに対し、 
その要員とリスクを検討して防止と対処の案を提示すると共に、会期中に発生 
したトラブルに即応し、その被害の拡大を阻止し、参加者の危害防止に努める 
とあるが……実際には、これは準備会の私兵集団であり、その暴力の矛先を他 
のすべての参加者に向けるべく、準備されつつあるのだ」 
 居並ぶ男女の中から手が上がる。 
「……会長はこの情報をどこから?」 
 男……会長は、手を挙げた気弱そうな青年を一瞬睨み付けると、勝ち誇った 
ような笑みを浮かべて答えた。
.
【タイトル】533
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/12 05:21

「準備会内にも、我々の同志は多数いる。それは末端ばかりではなく、下北沢 
中枢にも浸透し、我々の活動を陰ながら支援してくれているのだよ。提供者の 
安全を確保するため、その詳しい素性までは言えんがな」 
 会長はそこまで言うと、質問した青年を再び睨み付けた。 
「話を続けよう。ここで私は一つの決意をした。従来の情報宣伝路線を修正し、 
新たなる時に禍根を残さぬよう、この準備会ファッショに対して徹底した武装 
闘争を敢行し、私兵集団・総本部安全管理室と、その成立を許してしまった準 
備会体制を断固粉砕せねばならないと!」 
 会長の目に、狂気の光が宿る。 
 凍り付く室内。 
「……会長、幾ら我々が正当性を主張した所で、戦線に投入できる戦力は少な 
すぎます。向こうの規模だけでも判明しない限り、その判断は危険ではないか 
と……」 
 会長に一番近いところに座っていた男が、そう諭すように言った。 
「少ないなら、少ないなりに、やりようはある。今までも、そうやって、ここ 
まできたのだ。そして……」 
 足下においてあったカバンに手を伸ばす会長。 
「……今回の我々には、これがある!」 
 そう言い放つと会長は、手にしたカバンを高く掲げて見せた。 
 一同の視線が、そのカバンに集中する。 
「……それは……?」 
 誰となく、質問……疑問の声が上がる。 
「……これか……。これはこのような事態に備え、外部からの協力によって用意 
を進めていた『最後の手』……投擲爆弾だ」 
 凶々しい笑みと、そこから湧き出したような笑い声を漏らす会長。 
「これを今回、もっとも混乱の予想される西2ホールに持ち込む。その場で我 
々は煽動工作を敢行し、その場に表れるであろう安全管理室や別室の犬共に、 
こいつを喰らわせてやるのだよ。それが駄目なら、そうだ、あのサークル辺り 
に投げ込んでやるのもいいだろう……使い道はある。いろいろとなぁ」
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【タイトル】535
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/12 05:22

「しかし、今回は例の皇族来場もあって、会場警備は今までの比ではありませ 
ん。どうやって、それを会場に持ち込む気なんですか?」 
 やせぎすの女が会長に問う。 
「簡単だ。そこにいる『まりも』くんのサークルを始め、いくつかの同志・シ 
ンパのサークルが今回、西2ホールに配置されているではないか。あとはいつ 
もの如く印刷会社に搬入員のアルバイトとして浸透させている同志に、その会 
社の段ボール箱にでもこいつらを詰めて、各拠点に搬入してもらえば事足りる 
ではないか……。こいつはあの連中が使った時限発火装置なんか、目じゃない。 
あのがらくたに較べれば、遙かに高等な芸術品だ。発見されて開封した途端に 
ドカンだ。それだけでも、どれだけの示威効果があると思う? ……さて、そ 
ろそろ時間だ」 
 仰々しくカバンを降ろし、腕時計を見る会長。 
「それでは、この辺にて今回の水曜会をお開きにしたい。それでは、又、次の 
水曜日に」 
 その会長の言葉を合図にするように、居並ぶ男女たちは席から立ち上がると、 
そのボックスを後にした。
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【タイトル】536
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/12 05:23:20

2000/11/22 20:08 新宿・歌舞伎町 とある路地裏 

「もしもし。丹波です。……ええ、至急……いや、緊急です。よく聞いてくだ 
さい、例の水曜会の連中、爆弾を用意し」 
 ゴッ! 
 電話をかけていた男……丹波和夫の手から、携帯電話がぬめるように滑り落 
ちた。そして、それを追うように地面へと崩れ落ちる丹波。 
「……ふんっ!」 
 バキッ! 
 ふみ降ろされた足の下で、雨に濡れた携帯電話が持ち主の頭蓋と同じく、砕 
けた。 
「……準備会の犬めぇ……。粛清してやるぅっ!!」 
 そして、水曜会の会長の手にした鉄パイプが、その血を流して倒れている丹 
波の頭部へと振り下ろされた。 

 翌朝、丹波の死体は近くのゴミ箱を開けた飲食店の店主によって発見された。 
 そして、彼はコミケット準備会設立以来初の「殉職者」となった……はずだ 
った。
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【タイトル】537
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/12 05:24:20

2000/11/22 20:09 下北沢某所 

「もしもし? もしもしっ!?」 
 ガキッ! ザ、ザリザリッ! プツ プーッ、プーッ、プーッ、プーッ…… 
「もしもし! もしもし!!」 
 丹波和夫から電話を受けていた長谷川宗佑は、突然切れた電話の向こうに、 
相手であった丹波の返事を求めていた。 
「丹波さんからの電話が……」 
 困惑と焦燥の色をにじませる長谷川。 
「……しくじったか……」 
 その吐き捨てるような言葉とは裏腹に、穂波英彦は悔いても悔いきれないと 
言うように目を固く閉じていた。 
 しかし、そんな穂波の表情は背を向けている長谷川からは見えない。 
 数秒の沈黙の後、穂波は自らの携帯電話を手に取った。 
「おつかれさまです。総本の穂波です。……恐れ入ります。丹波がしくじりま 
した。……はい。詳細は追ってご報告します。で、申し訳ないのですが……は 
い。……ええ。スタッフ登録用紙の破棄、それでお願いします。では……」 
 携帯電話を切り、懐へと戻す穂波。 
「穂波さん、丹波さん……最後に爆弾って……。あと、登録の破棄って……」 
 丹波の最後の言葉、そして、それに続く異音、そして穂波の発した言葉が耳 
にこびりついて離れない長谷川は、まるで助けを求めるように穂波を見やった。 
「……わかった。すぐに録音MDを書き込み禁止にして、コピーを2本。あと、 
大至急、紙に起こしてくれ」 
 穂波は、そんな長谷川に振り返ろうともしない。 
「……穂波さん! 丹波さんは、丹波さんは一体……?」 
 長谷川の脳裏に、様々な想像が駆けめぐった。 

 そんな2人の持ち続けた希望は、翌日、完璧に粉砕され、長谷川は自らの想 
像の1つが正しかったことを思い知らされることとなった。
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【タイトル】554
【 名前 】字並べ屋
【 日付 】2000/09/13 02:14:20

2000/11/24 18:00 

 こうやってモノトーンの群の中に埋没していると、なんだか一昨日の電話と 
丹波さんの死ですら、現実でなかったように感じる。 
 しかし、目の前の棺の中には、多分、僕が最期の言葉を聞いたのであろう丹 
波さんが、静かに眠っている。 
 ふと、周りを見回すと、その中には見知った顔が並んでいる。 
 せめて通夜だけでも。誰もがそう言っていた。 
 みんな、それ以上は何も言わなかった。みんな、何かを言いたかっただろう。 
 でも、それを言うことは決して許されなかった。 
 みんなが、丹波さんが守ろうとしたものを守るため、じっと我慢していた。 
 そんな中に、穂波さんの姿はなかった。 
 丹波さんからの最期の電話の後、穂波さんは僕の顔を一度も見ようとせず 
に、あの整然とし過ぎた部屋を後にした。 
 ただ、窓の外から聞こえてきた、自動車のタイヤの空転する音だけが、穂 
波さんの気持ちを痛いくらいに教えてくれた。 
 それから、毎日のようにあった穂波さんからの連絡はない。 
 そんなことを考えている僕の横では、笹倉さんが目を赤く腫らせていた。 
 怒り。悲しみ。笹さんの目から、そんな感情がこぼれ落ちていた。 
 そんな笹さんの目が、じっと見つめている丹波さんの遺影の前には、色とり 
どりの腕章。 
 全部で8枚の、4年分にも渡るコミケットのスタッフ腕章、丹波さんががそ 
の腕に巻いてきた腕章たちが、花と共に棺に収められるため、その出番をまっ 
ていた。 

 ……僕は、穂波さんが荼毘に付される前の丹波さんの棺桶に、特別に出力し 
てもらった丹波さんのスタッフIDと、試し刷りで上がってきたばかりの59 
の腕章……丹波さんにとって9枚目の腕章を、その中に入れてきたことを、コ 
ミケット59が終わるまで知ることはなかった。
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