【タイトル】599
【 名前 】流れ書き
【 日付 】2000/09/14 15:43:12

12/25 Mon. 16:08 埼玉県南部 JR某駅前 

「今日は本当、これのお客様が多いですよ」 
 女性オペレーターが苦笑しながら、男が差し出した注文票を受け取った。 
「そうでしょうね」 
「毎年この時期とお盆前は多いですけど、今年は特に……埼玉の片隅にあるここでも、お昼には行列が出来るほどですし」 
「それはそうですよ」 
 男は自嘲気味に言うと、コートのポケットから財布を取りだした。 
 そこには、弾丸が突き抜けることを許さないほどの紙幣がぎっしり詰まっていた――ただし、千円札だが。 
「いつもマンガがどうたらというイベントだって聞いてますけど、どういうイベントなんです?」 
 自分の職務をこなしながら、オペレーターは興味ありげに聞いた。 
「ただの、オタクの集まりですよ」 
「はい?」 
「オタクたちが自分の欲望を叶えようとして、失敗したイベントですよ」 
 なおも、男の自嘲気味な口調は変わらない。 
「今回で、最後なんですよ。 
 コミュニケーションを無視した自分勝手なバカオタクが暴走したせいで、今回が最後になったんです」 
「最後……ですか」 
 実感のない声で、女性は呟く。 
 それもしょうがない。彼女には、このイベントの持つ意味合いも、規模も想像が付かないのだから。 
「まあ……最後のお祭りを楽しもうと思いましてね」 
 千円札を一枚差し出しながら、男は言った。 
 既に、頭の中で計算は済んでいる。 
「なるほど……あ、新木場駅から国際展示場駅まで往復2日間、合計で920円になります」 
 千円札を受け取ったオペレーターは、チケット4枚を綺麗に揃え、封筒に入れた。 
「……えっと、はい、80円のお釣りです」 
 皿に封筒とお釣りを乗せながら、オペレーターはそれを差し出した。 
「どうも、お疲れさまです」 
 いつもしているみたいに声をかけて、男はゆっくりと自動ドアを開いた。 
 そして、男は傍らにある看板を一瞥した。 
『JTB 南浦和支店』 
「もう、ここにもお世話にならないんだろうな……」 
 感慨深げに呟きながら、コートから自転車の鍵を取り出す。 
 雪に霞んで見える駅の人影はまばらで、運転見合わせのアナウンスが遠くから聞こえてくる。 
 彼が幼い頃育った北国では常識的な大雪も、この地域では電車を止めるには十分だった。 
 ここを走っているJR武蔵野線など、この大雪が始まっていの一番に運転中止が決定された。 
 それどころか、都内の路線の多くも間引き運転などでダイヤは大きく混乱しているという。 
「絶対、何かが狂ってきてる……」 
 フードを被って、自転車の鍵を外す男。 
 深く、一つため息をつきながら、男は自転車にまたがった。
.
【タイトル】601
【 名前 】流れ書き
【 日付 】2000/09/14 15:44:12

12/25 Mon. 23:11 辻原家自宅・雅人の自室 

「……偉そうなことカマしてんじゃねぇよ」 
 パソコンの画面を見つめながら、雅人は舌打ちした。 
 それから間を置かないで、彼はキーを打ち込んでリターンキーを押した。 

ばよえーん > あ、俺そろそろ寝ます。コミケの原稿あるし。 

 文字が表示された瞬間、マウスカーソルが「退室」を押していた。 
「ふざけんなってんだ……」 
 乱暴にマウスを叩きながら、カフェオレを飲む雅人。 
 その目には、明らかに怒りの色が浮かんでいた。 
「何が『コミケは中止して当たり前』だよ……」 
 舌打ちして再びマウスを手にするが、まだ手の自由が利かないせいか、怒りのせいか、震えてカーソルが小刻みにぶれている。 
 そもそもの原因は、彼の先輩の発言だった。 
『コミケは終わっても当然』 
『商売目的なら終わったっていいんだ』 
『別の即売会に行けばいい』 
 雅人がコミケベテランと知ってか知らずか、先輩はチャットの中で派手に立ち回りを始めた。 
 そして、それに同意する者も多くいたが……彼らは、コミケに参加していない者……もしくはにわか参加者であった。 
 参加していない者はまだ良かった。 
 だが、にわか参加者の中には夏の「シャッター間際サークル突撃事件」に加担した者もいた。しかも、罪悪感もないのだから手に負えない。 
 雅人は、そんな彼らに苛立ちを隠すことなくチャットを出ていった。 
 ICQも切り、彼らとの通信手段を全て断つと、雅人は自分のHPの編集ページへと飛び、トップページの文をほとんど消し、 

『当サークルは、今回のラスト・コミケをもって解散し、ページも閉鎖いたします。長年のご愛顧ありがとうございました』 

 そう、書き換えた。 
 先ほどまでいた自分のチャットルームへのリンクも切り、コンテンツは一切が撤去されている。 
 既に決めていたことだったが、先ほどの発言を見て踏ん切りがついた彼の表情は、ある意味晴れ晴れしていた。 
「これで、いいんだよな……」 
 呟きながら、ウインドウを閉じる。 
 冬のサークル参加をしていない彼にとって、それは「コミケ・同人との別れ」を告げるものだった。 
『――これでいいんだ』 
 ため息をつきながら、雅人は回線を切った。 

 ぴろりろりろりろりっ 

「ん?」 
 突然、電話が鳴り始める。 
 既に他の家族は寝ていたため、雅人が自分で取るしかない。 
「はい、辻原ですけど」 
『――こちらはNTT、キャッチホンサービスです。ただいま、1件、の、メッセージを受け取っています』 
 キャッチホン2独特の電子合成音声が流れて、電話が切れる。 
「何だよ、こんな時間に……」 
 普通、こんな時間に電話をかけてくる人間はいない。 
 常識的にもそうだし、友人達には携帯の電話番号を教えてあるからだ。 
 メッセージの取り出し操作をして、受話器を耳に当てる。 
『――あ、永瀬と申しますけど』 
「永瀬?」 
 訝しげに名前を呟く雅人の脳裏に、一人の少女の顔が浮かんだ。
.
【タイトル】600
【 名前 】流れ書き
【 日付 】2000/09/14 15:44:19

 男の名は辻原雅人。 
 齢19歳にして、既にコミケ歴11年を数えている。 
 小さい頃……青森から埼玉の浦和に引っ越してくる移動中に、親から借りて読んでいた「L○GIN」という雑誌が、そもそものきっかけであった。 
 それにはコミケの紹介が書いてあり、様々なサークルの紹介などもされていた。 
 幸いにも、そのころは今のように同人誌以外のものを誇張するという風潮はなく、ただ純粋にコミケというものの存在を伝えていた。 
 雅人は、その記事を見て身震いがする思いだった。 
 ――自分の好きなゲームの本がいっぱいある。 
 ――自分の好きなアニメの本がいっぱいある。 
 ――本屋で買えない面白そうな本が、いっぱいある。 
 アニメが好きだった彼にとって、それは『まだ見ぬ楽園』と呼ぶにふさわしい場所だった。 
 なけなしの小遣いをはたいて、雅人は朝早くから晴海へと向かっていた。 
 地図もなく、方向もわからない中で、幾度も道を尋ねていく。 
 少し遠回りしながらも、雅人はどうにか晴海の会場へとたどり着き、喜び勇んで中へと入っていった。 
「すごいやっ!」 
『まだ見ぬ楽園』が『楽園』に変わる瞬間だった。 
 自分の好きなアニメの本が、買い切れないほどある。 
 それだけで興奮して、はしゃぎたくなった。 
 実際はしゃいでしまい、スタッフから怒られたこともあったが、彼が求める本を見つける十分な場所だった。 
 ……最後に、帰りの交通費まで使い切ってしまったというところが、やっぱり子供だったのだが。 
 それから、彼は幾度もコミケに足を運ぶことになる。 
 高校受験期はさすがに参加しなかったが、小学5年からほぼ毎回フル参戦というスケジュールを組んでいた。 
 やがて、彼も読むだけでは飽き足らなくなり、サークル参加を決意する。 
 中学三年、某魔法陣アニメに始まり、以後アニメ・ゲーム系多岐に渡って参加していった彼は、高校卒業間近にあるジャンルへと移った。 
 彼の長年の夢であった、創作少年系。 
 そして、美少女ゲーム系。 
 ……それが、全ての歯車を狂わせ始めていく。 
 美少女系のジャンルには、様々な狂信者達がいた。 
 彼らには同人誌の理念など通じず、自分たちの欲望と「ファンとしてのステータス」のためなら、他の参加者などどうでもいい。いわば「客」であった。 
 それは、サークルにもどんどん現れ始めていく。 
 いわゆる「客」と「商売人」の関係が、いわゆる「3日目ジャンル」でだんだん転移していったのだ。 
 サークル・スタッフのことを考えない一般参加者。 
 一般参加者・スタッフのことを考えないサークル。 
 彼はサークルをやっていく中で、その「誤った参加者」たちと出会っていく。 
 最初は良かれと思いやっていたことが、彼のことを悩ませ、蝕み、ついには脳溢血という重病まで引き起こさせた。 
 幸い軽い脳溢血で済んだものの、そのジャンルが嫌になった彼は、20世紀最後の夏コミを「一日目以外」欠席した。 
 体の自由が利かない中での、一日目参加……それは、アニメへの郷愁がなせる技だった。 
 参加したその日のうちに、彼は美少女系への訣別を決意していた。
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【タイトル】603
【 名前 】流れ書き
【 日付 】2000/09/14 16:19

../test/read.cgi?bbs=doujin&key=966795175&st=601&to=601&nofirst=true >>601 
>>ばよえーん > あ、俺そろそろ寝ます。コミケの原稿あるし。 

これ、コミケにサークル参加してない彼の逃げ口上。
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【タイトル】604
【 名前 】流れ書き
【 日付 】2000/09/14 17:44:12

12/26 Tue. 03:11 デニーズ南浦和店 

「で、用事って何だよ」 
 クランベリースカッシュを口にしながら、雅人は女性に悪態をついた。 
「ねえ、相変わらず同人誌やってんの?」 
「当たり前だろ。俺、同人が大好きだったんだからさ」 
「そうだよねー。あんた、中学のときから『同人誌、同人誌』って言っていたし」 
「そういう永瀬はどうなんだよ」 
「あたし? あたしは……まあ、一度足洗ったけどね」 
 苦笑して、女性――永瀬佳織は言った。 
 ポニーテールに縁なしメガネ。 
『変わらねぇなあ』 
 と言って、雅人はポニーテールを引っ張ると、佳織は彼の胸に軽く拳を当ててじゃれ合った。 
 中学時代の雅人にとって、唯一の同人友達だった佳織。 
 だが、受験で情緒不安定に陥った雅人から、佳織は離れていった。 
 卒業してから、4年ぶりの再会――もう会えないと思った雅人にとっては、どこか不思議な感覚があった。 
「でも、やっぱり戻って来ちゃった。ジャンルもすっかり変わったけどね」 
「今、何やってんだ?」 
「うーんとね、創作少年」 
「……は?」 
「どう? 意外でしょ」 
「意外も何も、お前幽遊とオリジュネだったろ?」 
「うん。でも、なーんか創作がしたくてね。んで、あんたは?」 
 そう言って、佳織はストローで雅人のことを指した。 
「俺は、今はアニメと創作少年。ちょっと前まで、美少女系にいたけど……」 
「どうしたの?」 
 鬱屈そうな雅人の表情に、佳織は優しく問いかけた。 
「……あんなの、同人じゃねえよ。自分の欲望だけが満たせればいい、バカな狂信者どもがたくさんいるしよ……」 
「……何か、あったの?」 
「何か、どころじゃねえよ……」 
 雅人はスカッシュを再び口にすると、前のジャンルであったことをゆっくりと話し始めた。 
「自分勝手なんだよ……なにもかも。 
 自分のことしか考えてないから、しっかり考えてるサークルは損をする。いくら良質の本を作ろうとしても、権力を持っている奴が仕切ればそいつの独壇場になる。それに、一般は一般でハチマキやら何やらで変な格好をしてるし、隣のサークルに迷惑かけてんのに気付かない。 
 それがどんどん飛び火していったんだよ……あるゲームがきっかけになって、それはもっと酷くなった。増加するダミーサークルに徹夜組、鉛筆書きでン千円ふっかけるバカサークル、『前に倣え』な、バカ参加者…… 
 その結果が……あの事件だ。人が潰され、サークルも破壊された……」 
「……あの事件ね」 
 佳織が、ゆっくり頷く。 
「あんなの、俺らが一緒に行っていたときのコミケと…… 
 ……晴海のコミケと、違ぇよ」 
『晴海のコミケ』 
 その言葉に、佳織は強く反応した。
.
【タイトル】605
【 名前 】流れ書き <sage>
【 日付 】2000/09/14 18:38

 晴海……「旧・東京国際展示場」。 
 元々は「晴海国際貿易センター」と「東京国際見本市会場」の二つの会場だったのだが、コミケが巨大になるにつれ、その2つの会場を全部使用するまでに至った会場だ。 
 今では南館を除き撤去され、その姿はもう見る影もないが…… 
 今のコミケとの何よりの違いは「平和」だったということだ。 
 何より、今まで使用した会場での末路というものは悲惨なものだった。 
 都立産業会館・台東館では、参加者が起こしたボヤ騒ぎにより追い出された。 
 川崎市民プラザでは、コミケ準備会の分裂の余波により使用不可になった。 
 幕張メッセでは、猥褻図画摘発と会場からの申し出で使用不可になった。 
 このような中で、円満に去ることが出来たのは晴海……そして、大昔の四谷・太田・横浜だけと言える。 
 準備会も遊び心を凝らしたり、一般参加者もサークル参加者も、スタッフたちも共に遊んでいた……そんな、空間だった。 
 80年代後半から90年代前半の参加者にとっては、まさに「聖地」だった。 

「……懐かしいよね、晴海」 
「今のビッグサイトなんかとは、まったく違う……もし、あの時の気持ちをみんな忘れなかったら、きっとコミケだって中止には……」 
「違うよ」 
 言葉を続けようとする雅人を止め、佳織はまた苦笑した。 
「え?」 
「あの時の気持ちを持った人がいっぱいいても、きっと無理だったと思う……今のコミケって、新しい人が10万単位で参加してきてるんだもの。その人達にとっては、昔より今が大事なのよ」 
「けど」 
「辻原。あたしたちは、もう昔の人間なのよ」 
「…………」 
「認めたくないけど……所詮、昔のことを引きずってる人間なのよ。 
 あたしだって、辻原と同じことを思ってる。けど、認めるしかないんだと思う」 
「永瀬……」 
「でも、辻原の言うこともわかるから。あたしも昔のコミケが好きだったしね。今のコミケはコミケらしくないと思うし」 
 明るい口調に変わり、佳織は笑顔でココアを飲んだ。 
「だけどさ、どうしても吹っ切れねぇんだよ……今回、ああいう奴らのせいでコミケが終わるかと思うと」 
「だめよ、もっとポジティブに行かなきゃ。じゃないと、最後のコミケだって楽しめないわよ?」 
 そう言われて、雅人は苦笑いしながらクランベリースカッシュを口にした。 
「……それも、そうだな」 
「でしょ? じゃないと、あんたらしくないって」 
「お前にそんなこと言われるとはな」 
 4年の月日が経って……そして、離れた人間とは思えない会話。 
 雅人はそれに、懐かしさを覚えた。 
「えへへっ。あ、それでだけどね、用事用事」 
「あ、そうだったな。で、用事って?」 
 さっきまでの思い雰囲気が嘘のように、雅人は明るく受け答えた。 
「んーとね……冬コミまで、暇?」 
「ああ、暇だけど?」 
「だったら、ちょっと頼んでもいいかなあ」 
「な、何だよ」 
「ちょっと、原稿書いてくれない?」 
「……は?」
.
【タイトル】606
【 名前 】流れ書き <sage>
【 日付 】2000/09/14 19:28:50

「だから、原稿」 
「ちょ、ちょっと待てよ。スペースは?」 
 いたずらっぽく笑う佳織に、雅人は呆れたように聞き返す。 
「もちろん取ってるわよ」 
「どこでさ」 
「創作少年」 
「何を書けってんだよ」 
「あんたの書きたいもの」 
 雅人は、矢継ぎ早に答えを返してくる佳織にたじろきながら頭を掻いた。 
「書きたい物って……今、そんなの別に無いし」 
「ないならそれでもいいけど、でも、作品を書かないままコミケを去るなんて、なんか寂しくない?」 
「確かに……それはそうだけど……」 
 雅人の煮え切らない返事に、佳織はむっとしながら鞄からノートを出すと、何かをすらすらと書いて雅人にすっと差し出した。 
「うん?」 
 そこには、メールアドレスと電話番号、さらには住所まで書かれていた。 
「原稿出来上がったらここに送って。原稿制限は用紙50枚で内容は自由。印刷とかはあたしがやるわ。あとは……辻原のやる気次第、かな」 
「どうして……俺に?」 
「え? だって、ねぇ……辻原って、あたしの最初の相方だしさ。最後のコミケぐらい、一緒に本出したかったし……前に作ってた本も、結局ポシャっちゃったしね」 
「ああ……」 
 過去に、二人は一緒に本を出そうとしたことがあった。 
 いつもは正反対のジャンルを選んでいた二人が、偶然一致するジャンルにはまったのだが、それも雅人の情緒不安定によって自然消滅してしまったのだ。 
「4年越し、か」 
「まあ、時間も経ったし、もう昔のことはいいかなって思ったのもあるけど」 
「あの時は済まなかったな……自分自身、どうしていいかわからなかったし」 
「そんな、いいのよ」 
 それから、二人の話は中学の頃の話へと移っていった。 

「悪かったな、おごらせて」 
「あたしは職持ってるからねー。学生で金欠のあんたにおごらせるのも悪いと思ったし」 
「余計なお世話だ」 
 じゃれ合い、つつき合いながら、デニーズのドアをくぐる二人。 
「……うわっ!」 
「きゃっ!」 
 その瞬間、強い風が二人の顔に吹きかかった。 
 例年の暖冬が嘘のような、鋭く冷たい冷気。 
 そして、大粒の牡丹雪も弱まることなく降り注いでいる。 
「……これでコミケ開催できるのかよ」 
「ま、大丈夫でしょ。コミケには超能力者が来てるんだしっ」 
「そういえば、そう言ってたら93年のコミケなんて晴海上空だけ晴れてたよなぁ」 
「でしょ? まあ、最近はパワーが弱まってたみたいだけど、最後ぐらいは晴れてくれるわよ」 
「そうだな」 
 雅人と佳織は笑い合いながら、傘を開いた。 
「んじゃ、ここまでか」 
「そうね。滑って転んで、手を怪我しないよう、気をつけるのよ?」 
「俺はガキかっての……んじゃ、またな」 
「またねっ」 
 手を振って、二人はお互い逆の道を歩き始めた。
.
【タイトル】40
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp >
【 日付 】2000/09/21 22:55:12

12/28 17:08 某南U和駅・駅前コンビニ 

 がしゃこんっ……がしゃこんっ…… 
 紙が、どんどんコピー機から排出されてくる。 
 雅人は5枚単位で手に取ると、ページ組みごとにしっかりと揃えていった。 
「……はぁ」 
 とは言っても、揃えるのにも一苦労。 
 1枚4頁ではあるが、全部で60ページだから15枚。それが200部分あるのだから…… 
「どーやって持ち帰れってんだよ、これ」 
 もちろん、こういうことになる。 
 計3000枚。 
 うずたかく積まれた紙を見ながら、雅人は大きくため息をついた。 
「よお兄ちゃん! 今回も頑張ってるねぇ」 
 その声に後ろを向くと、ローソンのエプロンを着た男性がにこにこ笑いながら立っていた。 
「あ、店長さん……すいません、なんかずっと独占しちゃってて」 
「なあに、いいってことよ。いつも通り、トナーも満タンにしてるからよ」 
「あ、ありがとうございます」 
「それに、紙が無くなったらいくらでも言いな。まだまだ店の奥にストックがあるからよ」 
「いいんですか?」 
「もちろん。あんたはうちのお得意さんだからねぇ……っと、客だ客だ。兄ちゃん、がんばれよ!」 
 そう言うと、店長はカウンターに戻って並んでいた客の接客を始めた。 
 雅人はそれを見て苦笑しながらも、心の中で店長に礼を告げた。 
 同人誌制作活動を始めて以来5年間、和人はずっとこのコンビニでコピー誌を印刷していた。 
 最初は店長にも煙たがられたものだが、毎回夏冬居座ることで結局お得意様になってしまった。 
 今では、ジュースを差し入れて貰ったりしているぐらいだ。

【タイトル】41
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/21 22:56:10

「つかーれったじぶーんーをほめてあげたいっ……」 
 昔流行った歌を歌いながら、雅人はふらふらと出てきた紙束を揃え続けていた。 
 朝10時から印刷し続けて、もう7時間が過ぎている。 
 まるで、無限に続く作業にも思えてくるが、別に雅人にとっては辛い作業ではなかった。 
 本を作ることを楽しんでいるからこそ、コピーをし続けているのだが…… 
「眠ぃ……」 
 流石に原稿徹夜明けとなれば、気力も続くわけがない。 
「寝てぇよー……」 
 弱音を吐いて、コピーに突っ伏そうとする雅人。 

 こつん 

 突然、頭に軽い衝撃が走る。 
「こらっ、ちゃっちゃと作業する!」 
「……遅かったな」 
 雅人が振り向くと、佳織が大きいバッグを抱えながら立っていた。 
「ま、ちょっと前日設営が長引いちゃってね。それより、どう? 進んでる?」 
「ああ。とりあえずお前が切った台割どおりに面付けして、コピーしてるぜ」 
「どれどれ?」 
 そう言って、佳織は印刷された紙を1頁分ずつチェックし始めた。 
「ふんふん……ちゃんと指定通りにやってるわね。マンガもちゃんと順番通りだし」 
「当たり前だろ? 面付けとか、お前に仕込まれたんだからな」 
「あはは、師匠として鼻が高いわ」 
 中学時代、コピーも何も知らなかった雅人に技術を叩き込んだのは、他でもない和人だった。 
 実際、同人歴は雅人より佳織のほうが長かったりする。 
 幕張・晴海の1つ前、東京流通センターの頃に、パソケットなどに参加していた父親に連れられてきたのだ。 
「さてと……コピーはあとそれだけ?」 
「ああ。これが終わったら……どうやって持って帰るんだよ。外はアイスバーンだって酷いだろ」 
「それならご心配なく」 
 そう言うと、佳織は先ほど雅人にぶつけた携帯電話のボタンをプッシュし始めた。 
「?」 
「……あ、あたし。コピー本作ったんだけど、ちょっと量が多くて。この天気だから迎えに来てくれる? ……あ、OK? ありがとっ。お礼に、コミケで何か買っておくから。それじゃーねー」 
 と、佳織はニコニコ顔で電話を切った。 
「どこに電話したんだ?」 
「あたしのお父さん。コミケだったらまかせろって、車出してくれるって」 
「…………」 
 親子揃って、筋金入りだ。 
 雅人はそう思いながら、排出された最後の一枚を手に取った。

【タイトル】42
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/21 22:57:12

12/28 18:08 コンビニ前 

「すいません、わざわざ来ていただいて……」 
 店長に渡された袋で仕分けした紙を積みながら、雅人は佳織の父・篤志に頭を下げた。 
「あ、いいのいいの。せっかく二人が頑張って作ってる同人誌なんだから、俺もちょっとは協力させてもらうよ」 
「でも、今日お仕事は?」 
「コミケ準備休み♪」 
「…………」 
 こうあっさり言い切るあたり、やはり本物だと雅人は思った。 
「佳織もコミケ準備で早退したからねぇ」 
「は?」 
「局を午前中に出て、そのまま設営行ったんだってさ」 
「……根性ありますね」 
 やっばり親子と言うべきか。 
「うーん……まあ、これも俺が佳織を同人に染めちゃったからなんだろうけどね」 
 苦笑いしながら、篤志は最後の包みをトランクに積み込んだ。 
「でも、昔のまま変わらずにいてくれて……よかったよ」 
「え?」 
「あ、何でもない何でもない。こっちの話だから」 
 手をひらひらさせながら、苦笑する篤志。 
 その時、缶を数本持った佳織がコンビニから小走りでやってきた。 
「お父さん、辻原、あったかいの買ってきたよ」 
「お、サンキュ」 
「ありがとな」 
 缶入り汁粉を二人に手渡した佳織は、座席に座るとかたかた震える手でブルタブを開けた。 
 そして、一口こくんと汁粉を飲む。 
「はぁ……あったかーい」 
「お前、それだけ厚着してまだ寒いのか?」 
「しょうがないでしょ? 寒いものは寒いんだから……」 
「あはは、雅人くん。佳織ってパソコンやってるときにはどてらとか着てるんだよ」 
「ちょ、ちょっとお父さん!」 
 怒ったように叫んで、佳織は運転席に座った篤志の頭に缶をぶつけた。 
「ほ、本当のことでしょ!?」 
「言っていいことと悪いことがあるわよっ!」 
 そんな親子のじゃれ合いを見て、雅人は苦笑しながら佳織の隣に座った。 
「ほんと、二人とも変わらねぇなあ」 
「……ちょっとは変わったもん」 
「ま、そういうことにしときますわ」 
 佳織のポニーテールを引っ張りながら、雅人はからかい気味に呟いた。 
「ちょっとぉ……」 
「冗談だって」 
「それじゃ、そろそろ行こうか」 
 篤志はそう言うと、ドアを閉めて車を発進させた。

【タイトル】98
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/26 17:26

「ふぅ……」 
 渋滞の列を見て、篤志は小さくため息をついた。 
「雪道にみんな慣れてないのかねぇ、スリップ事故だなんて」 
 先ほど通り過ぎた電光掲示板には、事故渋滞の文字が煌々と表示されていた。 
「ちょっと時間かかっちゃうね」 
「雅人くん、親御さんには連絡しなくて大丈夫かい?」 
「あ、大丈夫です。俺もう門限ないですから」 
「へえ、あのコミケ嫌いだった親御さんが許すなんてねぇ」 
「その代わり、今は母親に動物グッズ買ってこいって言われてますけど」 
 苦笑して、雅人はシートに身を預けた。 
「んじゃ、認めてはもらっているんだね?」 
「ええ。まあ、昔に比べれば」 
「それはよかったじゃないか」 
「それに比べて、あたしん家は両親が……だからねえ」 
「よかったじゃないか、理解がある親で」 
「ありすぎもいい所よ……」 
「あはは、確かにそうだねぇ」 
「他人事みたいに言わないでよ! お父さんのこと言ってるんだからね!?」 
「あ、そうだったの?」 
「そうよっ!」 
 やっぱり、親子だよなぁ。 
 雅人はそう思いながら、二人の顔を見比べた。 
「そういえば、今雅人くんは何のジャンルやってるんだい?」 
「あ、えっと……」 
「あたしと同じジャンルよ」 
「なるほど、創作少年か……あれ? 確か、前はパロディやってなかったっけ?」 
「はい。今も少年マンガのパロディやってますけど、メインは創作です」 
「そうなんだ。ちなみに、どのくらいジャンル変わった?」 
「んと、一時期はアニメからコンシューマに行って……」 
「美少女ゲームに行ったんでしょ?」 
「ぐはっ!」 
 言いよどんでる雅人を遮るように、ぼそっと言う佳織。 
「へえ、メジャーどころに行ったんだね」 
「でも……すぐ出てきましたよ、あそこからは」 
「え?」 
「俺、あそこには合いませんでしたから……」 
 ため息をついて、雅人はぼそっと口を開いた。 
「あんなの、異世界ですよ」

【タイトル】99
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/26 17:27:19

1999.08/15 Sun. 11:08 東京ビッグサイト 

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」 
 雅人はで売り子をしている同級生にそう言うと、足取りも軽やかにスペースから出ていった。 
「行ってらっしゃい〜」 
 普段だったら昼頃までいた雅人だったが、この日ばかりは別だった。 
 雅人が最近ハマったゲームの同人誌が、今回のコミケで初めて出るのだ。 
 とは言っても、2ヶ月前に発売したばかりのゲームなので、初めてなのも当たり前なのだが。 
 人混みを掻き分けて、雅人がさらに人混みの中に入っていく。 
 普段のコミケだったらまだ通れる余地があったのだが、目的のジャンルに近づくにつれて、まるで壁のように掻き分けるのも困難になっていった。 
 仕方なく、雅人は入口付近のほうへ戻って、通路を辿っていくことにした。 
「列に2列でお並び下さい! 危険ですので、他のサークルへ行く方々の妨げにならないようにしてください!」 
 スタッフの怒号が、ざわめきなどとともに飛び交っている。 
 何だと思いながら、雅人はサークルリストと天井のブロックナンバーをちらっと確認した。 
「……ここだな」 
 そう言いながら目をやった場所には、雅人が今まで目にしたことがない光景が広がっていた。 
 島にもかかわらず、いくつも延びている列。 
 他の一般参加者が通れないほど、ひしめき合っている通路。 
 さらに、今まで嗅いだことのないキツい異臭。 
「うわぁ……」 
 多少違和感を感じながらも、雅人はその混雑を見て、ゲームの人気さを感じ取った。 
 そして、自分がチェックしたサークルを捜していると、そのサークルの最後尾プラカードがちらちらと動いていた。 
 雅人がそこに並ぶと、大体20分ぐらいしてスペースへと辿り着いた。 
 期待して、本を開く雅人。 
 が…… 
『な……何だよ、コレ!』 
 その本を見た雅人の目が、見開かれる。 
 ゲームのストーリーをなぞっただけのマンガ。 
 どこかで見たようなストーリーのマンガ。 
 キャラに動きも表情もないイラスト。 
 腑に落ちないものを感じながら、雅人は他のサークルも見ていった。 
 だが、多くのサークルがありながら、雅人はそのジャンルの本を一冊も買うことはなかった。 
 どれも「楽しくない」と感じたからだ。 
 本当にゲームが好きなら感じられる「好き」というオーラ。 
 だが、どの同人誌からもぞんざいさを感じた雅人は、どれも買おうとはしなかった。 
 たちが悪いのになると、ストーリーを無視したものまであった。 
「売れればいいな」というトークのある同人誌までも。 
 それは雅人を失望させるのに十分ではあったが……まだ、これで終わりというわけではなかった。

【タイトル】112
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/27 16:13:20

2000.10/19 Sun. 10:55 池袋サンシャイン 

 それからも、雅人の行くイベントは御難続きだった。 
 自分が面白い本を作ればいいと思って参加したオンリーイベントなどで蘊蓄野郎に巻き込まれたり、隣にハチマキやキャラの法被を来て奇声を上げているサークルに運悪く遭遇したり、果てには両横がダミーサークルということまで経験した。 
 だが、その度に「次があるさ」と思って、雅人は懲りずにサークル参加を続けた。 
 夏コミが終わってからも「せっかく応募したんだから」と、Cレボで最後の本を刷って参加しようと決めていた。 
 それが、トドメになるとも知らずに。 

「ふぅ……」 
 人の気は移ろいやすいもの。 
 隆盛を極めていたジャンルは早くも廃れ始め、その次の作品の同人誌へと皆が移行し始めた。 
 手に取って見てもらえることも少なくなり、また雅人自身もすでにやる気が失せていた。 
 今回で3度目になる「Cレボ」への参加だったが、雅人は既に次回申込書を捨て、またいつもなら参加していたオンリーイベントのチラシも、全て屑入れに捨てた。 
 何も、そのゲームが嫌いになったというわけではない。 
 もしろ、そのファンの輪に加わるのが嫌になったのだ。 
 異教徒・狂信者とも言うべきファンの群れ。 
 夏コミで訣別を決めていた分、その姿が雅人には滑稽に見えていた。 
 雅人のサークルを訪れるたび、その次回作を強引に奨めて、さらには「やる」と言って、金板を手渡す者もいたが、それもあえなく屑入れへ。 
 既に、雅人は別のジャンルへ移ることを決めていた。 
 昔のジャンルへと。 
「今日は早めに撤収するか……」 
 在庫もまったく捌けず、来る人々も話すことは新作ばかり。 
 ――こういうことがあるから、俺はプレイしたくないんだ。 
 心の中で吐き捨てながら、雅人は早くも手回りの物をしまい始めた。 
「よう、ばよさん」 
「あ、すーさん」 
 雅人のP.N.、ばよえーんを呼んだ男は、そう言ってスペースの前で立ち止まった。 
 すーさん……鈴木隆博。このジャンルに雅人が入ったころからいた、ある意味ジャンルの先輩だ。 
 人懐っこいせいか慕われやすく、雅人も幾度か隆博の世話になったことがあった。 
「どうだい? 売れ行きは」 
「さっぱりですよ。30持ってきて1冊も売れないんですから……このジャンルの他のサークルも、みーんな売れてませんよ」 
「そうかぁ……早かったな、流行が去るのも」 
「まあ、それがこういうジャンルの常なんでしょうけどね」 
 雅人はそう言って、苦笑いを浮かべた。

【タイトル】113
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/27 16:14

 隆博のほうはというと、すでにこのジャンルからは撤退し、今はコンシューマー系のアクションゲーム同人誌を作っている。 
 だから、こんなところで会えるとは、雅人は露にも思っていなかった。 
「すーさん、今日は本買いに来たんですか?」 
「いや、知り合いの手伝い。でも、知り合いも売れなくてさ。だから、ぶらぶらして見回ってるわけ」 
「なるほど。どうです? 帰りにDDRやってから一杯」 
「お、いいねぇ」 
「今日でここもやめるつもりなんで、その相談もありますけど」 
「まかせなさいまかせなさい、おにーさんが相談に乗ってあげるよ」 
 笑いながら、隆博はわざとらしく胸を叩いた。 
「ところで、新作ってどうなんです?」 
「あー、もうありゃダメだろ。自分の世界作りすぎてて、一般には追いつけないわ」 
「前ブランドの二の舞ってわけですか」 
「アキバとかじゃ、まだ初回限定版が山積みだぞ。ったく、あの在庫整理はどうするってんだよ」 
「また付加価値付ければ、また買ってくんじゃないですか?」 
「まったくだ」 
 二人はそのご当地ジャンルということも忘れ、誰彼はばかることなくそんな話を続けていた。 
 その時だった。 
「……? 何だ?」 
 突然、ホール中がざわめきたった。 
<――ぞ!> 
「……え?」 
<行けっ! 早く行かないと売り切れるぞ!> 
<突っ込めぇぇぇぇ!!> 
「!!」 
 その瞬間。 

 ガシャアァァァァァァァンッ!! 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」 
「うわぁぁぁぁぁ!!」 
 ガラスの破砕音。 
 女性の金切り声。 
 サークル参加者の悲鳴。 
 そして…… 
「おりゃあぁぁぁぁあ!!」 
 突っ込んでくる、一般参加者の群れ。 
 突然の、破局の始まりだった。

【タイトル】114
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/27 16:15:11

 入口は許容量などとうに超え、ドアは破壊され、回りのガラス壁も人の圧力によって破砕・あるいはひび割れを起こしていた。 
「やめろ! 潰すんじゃねえ!」 
「行け! 323のAir本を買うんだ!」 
 サークル参加者と、一般参加者のせめぎ合い。 
 さながら戦国時代とも言うべきだが、死兵と化した323ファンにサークル参加者たちが適う術はなかった。 
 次々とサークルは押しつぶされ、売っていた本も、人も、次々に目の逝ってしまった一般参加者の足蹴にされてゆく。 
「てめえ、本踏むんじゃねぇ!」 
「いいかげんにしろ、オラッ!」 
 そんな中で、雅人や隆博も他のサークル参加者と同じ、今いるスペースを死守しようとした。 
 たとえ興味は薄れたとはいえ、自分の作った本を踏まれるのだけは抵抗があった。 
「うるせぇ! どけっ!」 
「ぐあっ!!」 
 参加者の一人が雅人の顔面に肘を叩き込んだ拍子に、雅人は思わず倒れ込んでしまった。 
「やべ、ばよさんっ!」 
 それを見ていた隆博は、雅人の上に腹・肩・胸・顔といった急所を覆うように被さった。 
「す、すーさん……」 
 意識が朦朧としていた雅人だったが、本能的に机からこぼれた自分の本を片手でかき集めていた。 
 だが……その本は既に足跡が付けられ、表紙もボロボロに破かれていた。 
 悔しい。 
 許せない。 
 自分の瞳から溢れ出る、涙。 
 それが頬を伝うのを感じながら、雅人の意識は急激に遠のいていった。 

 雅人が目覚めたのは、病院だった。 
 そこには隆博の姿はなく、看護婦に聞いてもその名前の人は運ばれてこなかったということで、雅人は不安な夜を過ごした。 
 そして、次の日…… 

『池袋、真昼の惨劇』 
『マニアの祭りが血を生んだ』 
『精神異常者の集団? サンシャイン大破壊』 
 一般紙・スポーツ新聞各社の一面に、大きな文字が踊っていた。 
 さらにはニュースやワイドショーでも特別枠を組み、重軽傷者が運ばれた病院や名簿などが、幾度も繰り返し報じられた。 
 さらにはコメンテーターたちが行ったこともない即売会の異常さを煽り立て、世の中は同人誌に対して冷たい視線を向けるようになる。 

「違う……」 
 病室で呟きながら、雅人はまた涙を流していた。 
「こんなの、誰も望んでねえよ……」 
 外人コメンテーターが即売会を罵倒する様を見て、悔しくなっていた。 
 参加したこともない人間に、言われたくなんてなかった。 

 コミケの次回限りでの終了が、米沢代表による手書きのアピールで伝えられたのは、一ヶ月後、11月12日のことだった。

【タイトル】115
【 名前 】流れ書き <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/27 16:15:12

12/28 19:12 車中 

「……それで、鈴木くんはどうしたんだい?」 
 篤志は、ハンドルを握りながら雅人に尋ねた。 
「すーさんは、どこにも入院してなかったみたいなんです。 
 いくら名簿をTVで見ても、新聞で見てもなかったし……P.N.というわけでもなかったし……」 
 雅人はそう言って、ため息をついた。 
「無事だと、いいんですけど……」 
「連絡はとれてないのかい?」 
「あの人とは、即売会でしか会ってないんですよ。連絡先も、何も渡されてないんです。インターネットもやっていないって言ってましたし……」 
「じゃあ、それから会ってないんだ……」 
「ああ。でも……あの人だから、元気だと思うんだけどさ」 
 苦笑いする雅人。 
 死者は出てなかったのだから、その点は安心できるのだが。 
「そうだね、便りがないっていうのは、元気な証拠だと思うよ。 
 それで、雅人くんは美少女系をやめたんだね」 
「はい。もう、あんな所に居たくなかったですから……」 
「あたしだったら、最初の時点でもうやめてたな……つまらない本ばっかのジャンルなんて、いたくないもん」 
「でも、雅人くんは自分で本を作ってどうにかしようとしたって訳か」 
「無駄……でしたけどね」 
「そんなこと、ないと思う」 
 自嘲的に言う雅人を遮って、佳織は首を横に振った。 
「永瀬?」 
「あたしはそんな経験したことないけど、辻原はがんばろうとしたんだもん。そういう経験は、あたしはマイナスにはならないと思う」 
 微笑む佳織。 
 それを見て、雅人は思わず気恥ずかしくなった。 
「そ、そうか……?」 
「佳織の言うとおり。失敗も経験のうちって言うじゃないか」 
「だよね。それに、辻原はまわりに染められようとしなかったんだし。 
 この間も思ったけど、あまり自分を追いつめることはないと思うよ?」 
 ぽんっと、佳織は雅人の頭に手を置いた。 
「……なんか、手放しに喜べないんだけどな」 
「気にしない気にしないっ」 
「そそ、女の子に撫でられるなんて、そうあることじゃないぞ?」 
「撫でてないもん」 
 いい親子だ。 
「うりっ」 
 そう思いながら、雅人は佳織の頭を撫で返した。

【タイトル】116
【 名前 】流れ書き@オマケ <nagaregaki@excite.co.jp>
【 日付 】2000/09/27 16:16:20

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<東都新聞 2000年10月20日朝刊> 

「池袋サンシャインで暴動事件」 
 マニアの即売会、血の惨劇 

 真昼の歓楽街が、血と悲鳴に染められた。 
 十九日午前十一時半頃、東京都豊島区の池袋サンシャインシティ文化会館・ワールドインポートマートで、重軽傷者千二百名の暴動事件が発生した。原因は同日に開催されていた同人誌展示即売会「コミックレボリューション」で起きた流言によるもので、参加者の多くが文化会館のホールに殺到、破壊活動を繰り返した後、中にいた別の参加者と小競り合いを繰り返した。また、同時刻に重量過多によりエスカレーターが崩壊。同即売会は即刻中止となり、傷害による逮捕者も出た。被害者千人を超す惨劇は、マニアによる同人誌即売会で起きてしまった。 

 プレミア同人誌の流言が原因 

「人気同人誌作家による、人気ゲームの同人誌が出る」この流言が会場を駆け巡ったのは、事件発生からたった五分前だった。それを聞いた参加者の多くが文化会館へのエスカレーターに殺到し、同時に文化会館へと突入。同人誌を売っていた参加者をなぎ倒し、彼らは当のサークルへと向かったが、その本は存在せず暴動に発展。精神的に混乱していた加害者が多く、被害者の数は急激に増えていった。同時に、重量過多となったエスカレーターも崩壊。重軽傷者が多数出た。参加者の一人、武藤正洋さん(27)は「突然押し寄せられて、机を乗り越えられていった。やめろと言っても聞かず、どんどんやってきたのが怖かった」と述べている。 
 会場の池袋サンシャイン管理人は「誠に遺憾。以前から苦情が殺到していたのだが、このようなことになるとは」とコメント。サンシャイン側では、即日中止・封鎖と判断し、以降同人誌即売などに関連したイベントへの貸し出しは行わないと発表した。 
(中略) 
 なお、重軽傷者が搬送された病院は以下の通り。 

−重軽傷者名簿(敬称略)− 
<聖マリアンヌ医大病院>(中略)……辻原雅人(19) 
(後略) 
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手動筆記人さんの設定を使わせていただきました。変な所なとがあれば、ご指摘お願いします。 
つたない文で、申し訳ありません(^^;