1. 【タイトル】211
    【 名前 】名無しさんi286 <sage>
    【 日付 】2000/10/12 15:05:20

    2000年12月28日 14:24 東5ホール内 

     静かな、空間。 

     敷き詰められた机。その上に並べられた椅子。静かに吹き抜ける風が、島端の机に貼られたブロック案内表示の紙を揺らす。机に貼られたシールは、やがて訪れる『サークル』という名の主を、穏やかな時の中で待っている。 

     遠くから歓声が聞こえる。西4のコスプレ広場で行われている、設営反省会の喧噪が聞こえてくる。設営部の頭はまだ総本部にいる筈だから、今は前座で盛り上がっているのだろう。微かに届く楽しげな笑い声が、耳に心地よい。 

     でも、こんな空気を噛みしめることが出来るのも、これが最後。 

     笹島遥、東*ホール長。C59唯一の、女性ホール長だ。今までのホール長が、今回限りの新しい部署--メアリ対--へ異動となったため、ホール長補佐を長く務めてきた彼女に、最後のお鉢が回ってきた…といったところだろうか。 
    「……ホントに、最後の最後…よね。役なんて欲しくないって、ずっと思ってたのに」 
     ぽつりと呟く。寂しげな微笑み。両手を前で組み、その場に立ちつくす。 
     ……天井から漏れる日の光が、肌に心地よい。願うことなら、この天気は明日 
    明後日の本番の日にとっておいてほしかったのに…コミケットの神様は、つくづく 
    最後まで意地悪なんだね。…思うとおりにならないから、また楽しい…なんて言葉が頭をよぎったが、流石に今回ばかりは不謹慎だと思ったのか、軽く頭を振った。 

    「遥さん、こんなところに居たんだ…」 
     不意に、背後から声。振り返らなくても、遥はそれが誰だか、声だけで解った。 
    「澤さんか…どうしたの、設営終わったあと姿を見かけなかったから、バックれちゃったのかと思ってたよ」 
    「……それは、酷いです」 
     一瞬、むっとした声になった彼女が可笑しかったのか、ついクスクス笑いを 
    漏らす遥。 
    「大丈夫、澤さんがそんなコトするなんて思ってないし、いまの怒った返事でどれだけ本気でスタッフするつもりがあるのかは、解ったから」 
     言葉を切って、遥がゆっくりと、優しい微笑みをたたえ、振り返る。 

    「最後のコミケットに、ようこそ」

    【タイトル】212
    【 名前 】名無しさんi286 <sage>
    【 日付 】2000/10/12 15:06:20

    2000年12月28日 14:28 東5ホール 

     平穏に終わることだけを、ただ、願う。 

    「でも、今回は前日設営、随分と早く終わりましたね〜」 
     澤由希、遥と同じ東*ホールのブロック担当は、のんびりと言葉を紡いだ。 
    「前日設営じゃなくて、設営、ね。設営部の上の人、呼び方にこだわってたから…。 
     ま、最後のコミケってことで、一般のお手伝いさんが増えたからかな。でも、多す 
     ぎて終いには飽和状態だったけどね」 
    「はい。私なんか、机2本と椅子を10脚ぐらい運んだら、仕事なくなっちゃい 
     ました。ちょっと寂しかったです」 
     てへへ、と笑いながら、人なつっこい顔を向けてくる由希。赤の他人だったら、 
    流石に疎ましいと思うのだろうが…二人はこれでそこそこ長いつきあいだったりする。 
    漫研の先輩後輩という間柄をスタートとして、片手で足りない程度のつき合いを続けている。 
    「だから、お手伝いの人が増えたっていうのは、時短の主な理由じゃないですよね」 
    「だとしたら、やっぱりあれよね『代表が遅刻しなかった事』かな……って」 
     代表が----の下りを見事にハモられて、遥が思わず苦笑いを浮かべる。 
    「だって、ガレリア側のシャッターが開いたのって、今回10時きっかりでしたし…」 
    「…ま、最後ぐらい予定通りに事が運ぶコミケットがあったって良いじゃない」 
     苦笑いを浮かべたまま、遥が答える。どうせ、オンタイムで事が運ぶのは、今日 
    までだ。搬入が始まれば、そのオンタイム進行だって不可能に近いだろう…という 
    言葉は、流石に飲み込んだ。 
     そして、由希はまだ知らない。爆発物が設営作業中に見つかったと言うことを。 
    最早、最後のコミケットの平和は表層だけのものとなっていた。否、それも何処まで取り繕えるかは、甚だ怪しい 
    「…澤さんは、確か今日と明日だけだったよね、スタッフするの」 
     ゆっくりとした口調。嫌な方向へと思考が流されないよう、出来るだけはっきりと。 
    「はい。クウガでサークル取れてましたので、二日目はお休みです。…ホントは何時も通り売り娘さんに任せるトコなんですけど…最後の時間は、自分のサークルで立ち会いたいんです」 
     ただ笑顔だった由希の顔が、引き締まった微笑み--ほんの少し、哀しみを落とした--になる。そんな彼女を、目を細めて見つめる遥。帰れるサークル…それは同人世界のマイホームなのだろう。全てはそこから始まり、全てはそこで終わりを迎えるのだ。 
    サークル活動を止めてから数年。自分の家を手放し、沢山の家と家とを繋ぐ『場』を守る事に専念してきた遥にとって、そんな由希のことが、少し、羨ましかった。 
    「……ちゃんと楽しんできなさいよ? 二日目…閉会宣言の拍手、とびっきり大きなものに出来るよう、私達も楽しみながら頑張るから」 

     だから、最後の瞬間まで守り、見つめ続けてみようと思う。 

    「はい。あ、でも、一日目の閉会宣言もそれに負けないぐらい大きなものに出来るよ う、私も頑張りますよ」 

     皆で築き、その様々な憧憬を内包した 
              コミックマーケットという、小さいけど、大きな世界を。


    【タイトル】213
    【 名前 】名無しさんi286 <sage>
    【 日付 】2000/10/12 15:07:20

    2000年12月28日 17:25 東*ホール・サークル受付 

     何時も通りだと、思ってた。 

    「お疲れさまー」 
    「お疲れさまでーす!」 
     遥が自分の居場所に戻ると、そこは既に臨戦態勢が整えられていた。 
    「えーっと…ファックス良し、電話…良し。通話確認はもう済んでる?」 
    「あ、電話の方は済んでます。FAXは、総本部から確認送信するって--あ、来た 
     みたい」 
     大きな作動音を立てながら、FAXが紙を吐き出していく。手に取る遥。 
    「『館内各地区長・ホール長通達……29日の目標…』」 
     遥の読み上げる声に、一瞬静まりかえるスタッフ。 
    「『夏コミに引き続き、スタッフによる『にゅ』『にょ』の使用禁止。今回はそれに 
     加え『ぴょ』『にはは』『ぶいっ』の使用禁止』」 
     静寂が破られ、思わず爆笑し出すスタッフ。 
    「やっべ、これ今日の目標だったら、俺もう破っちゃってるよ〜」 
    「でもさ、今日だったら使って良いって事じゃないかぴょ? にははっ」 
     笑い合う、馬鹿だけど頼もしい戦友達のおふざけに笑みをこぼしつつ、遥は続きを読み上げる。 
    「……『恙なく、全ての人が楽しいコミケットの進行』」 
     再び、笑い声が止んでいく。真剣な眼差し。 
    「…甘いお題目…全ての人が楽しいコミケットなんて、所詮は絵空事なんだけど… 
     私達がそれを信じて頑張らなきゃ、コミケットは歩いていけないんだよね。大変 
     だけど……頑張ろう、よろしくっ」 
     親指を突き上げる人、諸手をあげて拍手をする人、微笑みながら頷く人…。此処にいるのは大なり小なり、コミケットを真剣に好きな人たちだという事を、遥は痛感する。前日のこんな時間まで、本番を迎えるために仕事を続けることが出来るのは、 
    即ちそういうことなのだと。 
    「えーっと、今いる外周ブロック担当は18:00に見本誌部屋集合ってことだから宜し 
     く。残った人は館内張り付き隊と交代するか、見本誌箱用の郵パック作りね」 
     遥の言葉に、受付に集まっていたスタッフが動き出す。 


    2000年12月28日 19:05 東ホール2階、とある控え室 

    「米沢代表が、連れて行かれた」 
     唐突な館内総統括の言葉に、その場にいた全員が語る言葉を失った。 
    「だ、誰にですかっ!? いったい何処へっ!?」 
     総毛だった地区長が、椅子を倒しながら立ち上がる。 
    「……警察に事情聴取だ。今回ばかりは身代わりが立てられなかった…例のサン 
     シャインの件以降、警察も厳しいらしい…身代わりも立てられなかったよ」 
     暖房の入っていない控え室の空気が、さらに幾分下がったように、遥は感じた。 

     その場に集められたホール長以上の責任スタッフは、それ以上誰も口を開かなかった。重い、空気。全館放送が、残っているサークル参加者の速やかな退出を促すメッセージを伝えたが、それが終わると、再び重苦しい沈黙が続く。 
    「……前回の発火騒ぎの時も、取り調べは長時間に及んだ。我々は、代表抜きで…最後のコミックマーケットを開くしかない…それだけの覚悟を、持っていて欲しい」 
     総統括の言葉が、全員の希望を飲み込んでいく。せめて当日までに帰ってきてくれれば、という思いは、もはや空しいだけだと言うことなのだろうか。 
     決して一枚岩ではない準備会。それを緩やかにまとめていた、代表の不在。それがどんな事態をもたらすのか…。 

     もはや、それは祭りではなかった。這い寄る混沌。際限なき悪夢。何が起きるのか誰にも解らない。 
    「こんな最後……誰も望んでないのにっ……!!」 
     遥の短い呟きが、冷たい空気の向こうに白く浮かび…消えていった……。 

    −−− 
    駄文失礼。何時もageだけだと失礼かな、と思ったので 
    お目汚しながら書いてみました。 
    多少なりとも整合性合わせようとして、ヘタレに 
    磨きをかけたけど…文書くって楽しいね(懲りろ少し;

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