【タイトル】219
【 名前 】オイラも乱入希望
【 日付 】2000/08/27 22:13:20

2000.12.28 PM09:14 武蔵境グランダーハイツ 

「ったく、どいつもこいつも、直前に送ってくんじゃねーよ…」 
吉村正通は、「サークル解散のお知らせ」というタイトルが付けられた 
e-mailを読みながら愚痴っていた。今日までで既に13通目だ。 
いくら正通が主に活動していたジャンルが既に放映が終了して久しい 
魔法少女アニメだったとはいえ、散華してしまうサークルがこれほど 
多いとは正通の予想を遙かに超えていた。 
まぁ、コミケ後の覇権を巡って様々な同人誌即売会が火花を散らしては 
いたが、どの即売会にも既に終わったジャンルの居場所など無かった。 
「俺達のような弱者は、食い物にされる前に引退したほうが賢い、って 
ことか…」そう正通は呟きながら、マウスを動かしてファイルを開いた。 

『お兄ちゃん、お風呂あがったよ…って、何エッチなCG見てるのよ!』 
「失礼なことを言うな。これは今回、俺が初めて出す創作少年漫画の 
表紙のデータだ」 
『でもこのお姉ちゃん、パンツ見えてるよ』 
「…ほっとけ」 
正通は、奇しくも冬コミは長年の夢だった創作少年で申し込んでいた。 
初めての創作誌が出るのが最後のコミケとは縁起が良いんだか悪いんだか 
解んねーや、と当選通知に同封されていたアピールを読んで正通は苦笑 
したものだった。そして、いま正通の隣に座っている妹の琴美も生まれて 
初めて参加するコミケが「最後のコミケ」だった。 
正通と年齢が一回り以上離れている琴美は今年高校に入学したばかりで、 
一度でいいからコミケに行きたい、今回で最後ならなおさらだ、と半ば 
家出同然に田舎から5時間かけて都内の我が家に転がり込んで来ていた。
.
【タイトル】220
【 名前 】219 <sage>
【 日付 】2000/08/27 22:15

『お兄ちゃん、このパソコンってインターネットできるんでしょ?だっ 
たらジャンプのホームページ見せてよ!』 
そろそろ首でも絞めた方が琴美の将来のためだな、と正通は不穏な考えを 
抱きつつ、ブックマークを開いてgooで検索しようとした時、自動巡回 
ソフトがアクセスできなかったページのリストを画面に表示した。 
「あちゃー、2chまた落っこちてるよ。今日有明の方で事故が有った 
って話だから、どんな状態だったのか知りたかったんだけどなぁ」 
『2ちゃんねる、ってヘンなキャラクターが一杯居るとこだよね、確か。 
…オマエモンだっけ?』 
そんな放送禁止になりそうなキャラは居ない。 

『お兄ちゃんの漫画、見せてよ』 
「…いきなり何を言い出すかね、キミは」 
『だって、明日あたしもお兄ちゃんの本を売るお手伝いするんでしょ? 
なら、中身がいったいどんなのなのか知る権利が有るハズだよ』 
「何で?」 
『だって、未成年がエロい本売ったら逮捕されちゃうじゃない』 
「未成年に売るのはマズいかもしらんが、未成年が売るのは大丈夫だ。 
第一、さっきも言ったように俺の本は創作少年だ。エロ本じゃねぇ」 
『そお?表紙見てるとすっごい怪しいんだけどなぁ…』 
「それに、見せたくても新刊は会場直接搬入だから手元に無ェよ」 
実は、印刷屋に持ち込む前に原稿のコピーを取って居たのだが、それ 
を琴美に見せる気は起きなかった。表紙以上にパンツ満開だったからだ。 
「おら、画面に見入ってないでとっとと寝ろ。風邪引くぞ」 
そう言って、正通はむずがる琴美を無理矢理ベットに押し込めた。 
正通自身は、同じベットで寝るわけにはいかないので椅子寝だ。 
『明日、本、売れると良いね』 
「おう」 
琴美とそんなやりとりをしつつ、正通は部屋の電気を消した。 

…後日、正通はあの時なぜ琴美に自分の作品を読ませてやらなかったのか 
一生後悔し続けることになる。 
「お兄ちゃんの漫画、読みたかったな…」 
それが、西館における破滅的混乱の中、琴美が発した最後の言葉だった。
.
【タイトル】294
【 名前 】219
【 日付 】2000/08/31 02:52:20

2000.12.30 AM12:37 東京ビッグサイト西2ホール 

「はぁ、やっと新刊届いたんですか…じゃあ、これから取りに行きます」 
そう言いながらPHSの通話を切った吉村正通の口調には、端々に怒りの 
成分が含まれていた。それもこれも、朝早くに正通の自宅に掛かって 
きた1本の電話が原因だった。 
印刷所から掛かってきたそれはかなりしどろもどろで、要約すると 
”あなたの新刊は現在鋭意印刷中で、有明に届くのは昼過ぎになる” 
というものだった。 
「ったく、オフセなんて慣れねぇことはするもんじゃ無ェな」 
正通はこの日何度目になるか解らない同じ愚痴を言いつつ、目の前に 
置かれた「新刊販売は昼以降になります」と書かれたスケッチブックの 
頁をめくった。 

丁度「新刊販売、13:30から」という文言の横に今回の新刊の 
主人公の少女のカットを描き終えた時に、琴美が小走り気味に正通の 
スペースに帰ってきた。 
「おお、ナイスタイミングで帰ってきたな。俺は今から…」 
『お兄ちゃん!コミケって凄いよ!家の裏の田んぼよりも広い場所に 
たくさんの人がびっしりと詰まってるんだよ!それでね!…』 
琴美は一気にまくし立てる。無理もない。この会場内には琴美が住む 
田舎町の人口を遥かに超える人間が集まっているのだ。 
俺も昔はこんな風に興奮してたよなぁ、と正通は内心苦笑しつつも 
そんな気配を琴美に悟らせないかのように口が動いていた。 
「あー、解ったから田舎者まるだしの会話はやめてくれ、琴美」 
『ぶー、そんなこと言ってたらお兄ちゃんが買ってこいって頼んだ 
同人誌あげないからね』 
「すまん、前言撤回する。だからとっとと新刊よこせ」 
琴美は頬をぷうっと膨らませながらも、”にょ!っとパラダイス” 
という題名のデ・ジ・キャラット本を正通に渡した。 

「琴美、あそこから裏に回ってここの席に座っててくんねぇか?」 
『え?あたしもうちょっとそのへん廻ってたいんだけど…』 
「今さっき印刷屋から新刊届いたって電話が有ったから、今から 
新刊取りに行かなきゃなんねぇんだ」 
『えー、そんなの向こうのミスなんでしょ?向こうからこっちに 
届けに来てもらってもいいんじゃないの?』 
「届け先が多すぎて人手が足りねぇんだとさ、ったく…」 
事実、正通のスペースの周りを見渡す限りでも「新刊まだ来て 
ません」というサークルがあちこちに散見された。 
『…じゃあ、座っててあげるから早く帰ってきてね。あたしは 
お兄ちゃんの漫画が早く読みたいんだからね』 
「言われなくてもすぐ帰ってくる。心配だからな」 
『え…?』 
「お前が頓珍漢なことしでかすんじゃないか、ってな」 
『ぶーっ。お兄ちゃん意地悪ばっかり言わないでよー』
.
【タイトル】295
【 名前 】219 <194さんちょっとキャラ貸して下さい>
【 日付 】2000/08/31 02:58:10

「あの、私も見てますからそんなに心配しなくても大丈夫ですよ」 
不意に、正通の隣のサークルの女性が話しかけてきた。 
「え、いや、あの、その…」 
そう言いながら正通と琴美はあたふたしていた。そういう様を 
見ていると、同じ血が通っている兄妹だと感じられた。 
「…じゃあ、すみませんがよろしくお願いします。琴美も隣の 
お姉さんに迷惑掛けんじゃねーぞ」 
『あ、ついでだからオレンジジュース買ってきてよ』 
「キミは10歳以上も歳の離れた兄をパシリに使うのか…」 
『隣のお姉ちゃんの分も忘れちゃダメだよー。お兄ちゃんそういう 
とこが鈍いからいつまでたっても彼女ができないんだからね』 
「ば、馬鹿野郎!…すいません、失礼なことを言う妹で」 
「はは…」 
隣のお姉さん…日高トオコは苦笑いで答えるのが精一杯だった。 
先ほどの言葉が何故とっさに口をついて出たのかトオコには解ら 
なかった。隣に座る天真爛漫な少女の姿を、自らの双子の妹と 
重ね合わせたのかもしれない。そして、双子の妹−トキコは、 
今し方全身麻酔を受けるためにICUに入ったところだ、と 
母から電話が有ったばかりだった。 
「トオコが徹夜で漫画で頑張ったから、次は自分が手術で頑張る 
番だ、って言ってたよ、トキコは」そう快活に話す母だったが、 
その母も心の中で壮絶な戦いを繰り広げていたことをトオコは 
知っていた。トキコの手術の事前説明を受けた後、家に帰り着く 
なり涙をぼろぼろと流した母の姿をトオコは忘れられなかった。 
トオコの知る限り、母が涙を流したことなど一度も無かった。 
−手術の成功確率は50%。手術を受けなかった場合、もって半年− 
それが、担当医から告げられた冷徹な事実だった。 

『あのー、すいません。これ、いかがですか?』 
「…え?あ、ありがと」 
琴美から差し出されたお菓子をトオコは受け取った。箱には 
”ポッキー高原牛乳ミルク味”と印刷されている。 
『うちの地元限定のお菓子なんです、それ。お兄ちゃんが 
買ってこいってうるさくって。両隣のサークルに新刊と一緒に 
お菓子を配るのが俺の長年の夢だったんだ、って言うんですよ』 
その人いったい今までどういうジャンルに居たんだ?とトオコは 
首を傾げた。 
『それにしても、お兄ちゃん全然お菓子配って無いじゃない… 
まったく、口が悪いくせに肝心なとこでシャイなんだから』 
「ところで、あなたもしかしてコミケは初めてなの?」 
『あ、やっぱ解っちゃいます?』 
「そりゃあ、朝からずっと凄い、凄いって言い続けてるから」 
『だって本当に凄いんですよ!こんな沢山の人が集まってるのを 
見たのは生まれて初めてなんです!』 
琴美の言葉に熱がこもる。 
『それに、ここに居る人たちってみんな漫画描いてるんですよね』 
その言葉に、トオコはハッとする。同人誌即売会に参加している 
のは、漫画を描いて本にまとめたものを売ったり買ったりしている 
人間ばかりである。そんな当たり前のことが当たり前すぎて今まで 
忘れてしまっていた。 
『プロの漫画家の人も、お兄ちゃんみたいな普通の人も、ここでは 
みんな同じ土俵で戦えるんだ、って思うとすっごいワクワクする! 
やる気さえ有れば、あたしもコミケに参加できて、こんな一杯の人に 
あたしの作品を見てもらうことだって出来るんだ、って!』 
「そのコミケも、今回で終わっちゃうけどね」 
『…そうなんですよね』 
「あ、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなくて…」 
トオコは少しきついことを言ってしまったと後悔した。目を輝かせて 
コミケットの素晴らしさを語る琴美に対して、トオコはなぜか怒りを 
感じていた。それは、コミケに長年参加し続けることで、コミケが 
ただ素晴らしいだけの即売会ではなく、負の一面もまた持ち合わせて 
いることを知ってしまったことの証明でも有った。
.
【タイトル】296
【 名前 】219 <「長すぎます」って言われたよ…>
【 日付 】2000/08/31 02:59:15

『でも、お兄ちゃん言ってました。コミケは今回で終わる。しかし、 
俺達がいつまでも同人活動を続ける限り、漫画を描くことを諦めない 
限り、いつかまたコミックマーケットは帰ってくる。帰ってこないの 
なら、俺達がまた一からコミケをやり直せばいい、って』 
「それって、”同人誌即売会禁止令”?」 
『あ、それです。お兄ちゃんの一番好きな同人誌からの受け売りだ、 
って言ってました』 
トオコもその同人誌を知っていた。条例により同人誌即売会が禁止 
された世界で、即売会とは何だったのか、何のために今まで同人を 
続けてきたのか。そんなことを問い直す作品だった。 

『…でも、お兄ちゃんも同人誌に人生賭けるのもいいけど、早く 
お嫁さん貰ってきて欲しいんだけどなぁ。せめてチャトランが 
生きてるうちにお嫁さんを紹介してあげたいんだけど』 
「…チャトラン?」 
『家で飼ってる猫なんです。お兄ちゃんが子猫の頃から可愛がっ 
てて、今でもお兄ちゃん以外の人が触ると怒っちゃうんですよ』 
子猫物語が公開されたのは15年近い昔の話だ。 
『あたしが名付けたらしいんですけど、全然覚えてなくって。 
お兄ちゃんは”俺様が苦心して考えた名前がパーになった”って 
散々グチってた、ってお母さんから聞きました』 
二人は、クスクスと笑いあった。 
『あ、お姉ちゃん!お客さんお客さん!』 
「あ、ありがと!…すみません、300円になります!」 

東館での買い物を済ませた一般参加者が順調に西館に流れてきて 
トオコのサークルも何人か人盛りが出来ていた。 
話し相手を失った琴美は、手持ち無沙汰に頬杖を付いてぼぉっと 
していた。 
『ヒマだからお兄ちゃんにちょっかい掛けてみっか』 
琴美は胸元のポケットから携帯電話を取り出し、正通に電話を 
掛けてみた。 
『ありゃ、全然繋がらないや。えい、えい』 
何度掛け直そうと、電話は一向に繋がらなかった。
.
【タイトル】432
【 名前 】219 <続きは現在まとめ中>
【 日付 】2000/09/07 21:20:20

2000.12.29 PM04:16 池袋 

『うわぁ、これがサンシャイン60?すっっっごい高いね!』 
吉村琴美は、どこまで視線を上に向けても頂点が見えない高層建築物を 
目の当たりにして歓声をあげていた。 
「おいおい、見上げるのもいいけど足滑らせて転ばないように気を 
付けろよ」 
知らず知らずのうちにぐいぐいと背を反らしてゆく琴美の姿を見て、 
兄の正通は声を掛ける。ここ数日の降雪により、足元は5cm程度の 
雪が積もっていた。 
「…それにしても、俺はJR上野駅のパンダ像の前で待っているように 
言ったはずだぞ。なぜ池袋に着いちまうかねこの娘は」 
『だって、新幹線から降りて”ヤマノテセン”っていうのに乗ろうと 
したら人がドバーって乗ってきて、電車の中でギューって押されて、 
気が付いたら池袋って所で終点になっちゃって、何だか解んなくなっ 
ちゃったからお兄ちゃんに電話して…』 
琴美の声のトーンが徐々に落ちていく。まずい、言い過ぎた。 
正通は琴美の頭を鷲掴みにすると、乱暴に琴美の髪をかき回した。 
『ちょ、ちょっと…い、痛いよ』 
琴美の声にいつもの元気さが戻った。少々無理矢理ではあるが、 
気をそらせることに成功したようだった。 
『でも、何で上野の、それもパンダさんの前で待ち合わせなの?』 
「家出娘は、両手で鞄を抱えながら上野駅パンダ像の前で人を待つ 
ことになっているんだ。それが東京のオキテだ」 
『お兄ちゃん、言っていい?…ヘンだよ、それ』 
一瞬の間をおいて、琴美はクスクスと笑う。スペイン坂の階段を 
登るたびに、降り積もった雪を踏む音で足下がキュッキュと鳴った。 

坂を登りきると、目の前には銀世界が広がっていた。 
『うわぁ…』 
「東京にだって、ここみたいに雪景色が綺麗な場所が有るんだ」 
池袋駅から歩いて来る途中「東京の雪は汚い」とグチグチと 
こぼしていた琴美は、今見える景色に考えを改めたようだった。 
『…で、これがお兄ちゃんの言ってた”見せたかったもの”なの? 
あたしは、あそこにあるアニメイトに行きたいんだけど』 
「いや、琴美に見せたいものはこの先に有る」 
ふと見ると、雪景色の中にうっすらと一本の足跡が残っていた。 
「先客が居るのか…」 
正通はそう呟くと、前へと歩きはじめた。 
『ねえ、この先に何か凄いものがあるの?あの建物?』 
「池袋ワールドインポートマート、そしてその裏にある池袋文化会館… 
”コミックレヴォリューション”という、コミケに次ぐ規模の同人誌 
即売会が開かれていた所だ」 
『へえ、コミケ以外にもコミケって有るんだ』 
「キミねぇ…確かにうちの田舎でも”なんとかコミケ”ってのは有る 
が、アレはコミケとは別物だ。つーか何でもかんでも一緒くたに 
”コミケ”と呼ぶのはやめてくれ」 
『うーん、何だかよく解らないけどいいや。で、そのレボなんとかが 
どうかしたの?』 
正通は琴美の問いに答えずに先へと進んでいく。 
雪上に残る足跡の先に人影が見えてくる。どうやら女性のようだ。 
”先客”から少し距離を置き、正通はワールドインポートのそばで 
立ち止まった。 
「…終わったんだ」 
『え?』 
正通の表情は急に険しくなり、琴美が心配そうに覗きこむ。 
「コミケよりも一足先に終わったんだ、レヴォは。いや、終わら 
されたんだ。欲に駆られて暴走したあげくに勝手に大怪我こいて 
建物を破壊し尽くしていった馬鹿共のせいでな!」 

正通は、その時の光景を今でも鮮明に覚えている。 
文化会館4階にまで伝わってきた轟音と地響きを。 
何事かと様子を見に行った正通の眼前に現れた凄惨な光景を。 
階下へと向かうエスカレーターが巨人にもぎ取られたように崩れ落ち、 
鉄筋が所々むき出している破孔の底から響いてくる呻き声を。 
そして、Alpaを経由して文化会館2階へと急いだ正通が見たものは… 
「なぁ、琴美」 
『何?お兄ちゃん』 
「お前、目の前で人が血まみれで倒れていたらどうする?」
.
【タイトル】552
【 名前 】219@改め手動筆記人 <息抜きに始めたSSが知らん間にエラい事に(笑)>
【 日付 】2000/09/13 02:12:20

2000.12.29 PM04:21 池袋ワールドインポートマート前 

(../test/read.cgi?bbs=doujin&key=966795175&st=432&to=432&nofirst=true >>432から続き) 
『…そ、そんなのその人を助けるに決まってるじゃない!』 
なに当たり前のことを聞いてるの?とばかりに琴美は即座に言い返す。 
「できるのか?いざ目の前に血まみれの人間が倒れていたとき、実際に 
助けに動くことが出来るのか?この手が血に染まることを恐れずに!」 
正通は半ば叫ぶように言い放ち、琴美の腕を強く握った。 
『そ、そりゃあ、目の前に血だらけの人が居たら怖いよ。でも、だから 
こそ助けてあげなきゃいけないんじゃないの?自分が何もしなかった 
せいで人が死ぬとこなんて、あたし、絶対に見たくないよ!』 
顔を真っ赤にして琴美は反論する。琴美がそう言うことは解っていた。 
実家で飼っている猫たちが病気になった時、徹夜で看病をしていたのは 
いつも琴美だったからだ。そして、居間からすすり泣く声が聞こえて 
きた時は看病していた猫が天に召されてしまったということであり、 
俺たち家族は眠い目をこすりつつ琴美を慰める言葉を考えながら居間に 
向かうのが常だった。 
『ねぇ、一体ここで何があったの?ただ同人誌売ったり買ったりしてた 
だけなんでしょ?何で”暴動”とか”血まみれ”とか、そんな物騒な 
ことが起きるの?ねぇ、何で?』 
「確かにここで売っていたのはただの同人誌だ。でもな…」 
そう言いかけたところで正通は口を閉じる。きっと琴美には解らない。 
ただの同人誌に同人誌以上の価値を見いだしている人々が居ることを。 
欲しい同人誌を入手するためならば手段を問わない人々が居ることを。 
それは説明されただけでは理解できない、体験によって初めて理解できる 
感覚的なものだった。長時間行列に並び、あと一歩という所まで前進した 
時に目の前で完売してしまったときに感じる敗北感と、直前の人間に対す 
る筋違いな憎しみと、あと少し早く並んでおけば良かったという後悔とを 
一通り経験して初めて解る感情だった。 
だから、きっと琴美には解らない。我ながら兄バカだな、と正通は思った。 
「…その、同人誌を手に入れることに血眼になる奴等も居るんだ」 
『だったら、また今度買えばいいんじゃない!今すぐ買おうとして大けが 
しててもしょうがないじゃない!』 
「そうやって自分の欲を抑制できるような奴等だったら、そもそも事故 
なんて起きなかったさ」 
これも予想していた通りの返答だったな、と正通は苦笑した。
.
【 名前 】手動筆記人 <AIRクリアしたよ。みちる萌え>
【 日付 】2000/09/13 02:14

その事故の全貌を知る人間は未だ誰もいない。しかし、もしも2ch同人板 
に書かれた情報を全面的に信じるならば、そのきっかけは開場直後に 
入場待機行列中の誰かが携帯電話を掴みつつ叫んだ一言だったという。 

「何いッ!?ミツミのAIR突発本が文化会館2階に有っただとぉッ!?」 

今回"Cut a dash!"が配置されていたのはワールドインポートマート 
4階A2・3ホールであり、普通に考えればそんなことは有り得ない 
と切って捨ててしまえる情報だった。しかも、よりにもよってAIRだ。 
「逝ってよし!」級のガセネタといっても過言ではなかった。 
…だが、そうは考えなかった人間が居た。 

文化会館4階から当日封鎖されているはずの、階下に向かうエスカレーター 
へと急ぐ人影。当然、その行動はスタッフによって制止される…が、その 
後ろに続いていた数百人にものぼる暴走集団を制止することは不可能だった。 
スタッフの怒声は集団の中にかき消され、やがて聞こえなくなった。 
欲深きハメルンの笛吹きに率いられた鼠たちは獣の詩を高らかに奏でながら 
エスカレーターを駆け下りてゆく。そして、エスカレーターは膨れ上がって 
ゆく欲に耐えかねたかのようにきしみ、ゆっくりと崩れ墜ちていった。 
その懐に哀れな咎人たちを抱えながら。 

死人が出なかったことだけが奇跡だった、と言われた惨劇はこうして 
幕を閉じた。そして、その奇跡は文化会館2階で同時発生した惨劇に 
対しても起きていた。 
たまたま文化会館2階に配置されていた正通の友人が言うには”奴等は 
俺が戦国大名なら褒美を取らせたくなるほど見事に密集隊形を保ちつつ 
高速戦術機動を行っていた”と賞賛していた。もっとも”奴等は直後に 
俺のスペースを蹂躙して個人誌も荷物もわやくちゃにして去って逝き 
やがったから、全員市中引回しの上磔獄門だ”と湿布が貼られた頬を 
さすりながら憤慨していたりもするのだが。
.
【タイトル】556
【 名前 】手動筆記人 <そろそろここにちゃんとメルアドいれたほうがいいのかな?>
【 日付 】2000/09/13 02:17

文化会館2階へと急いだ正通が見たものは、延々と続いてゆく亡者の葬列 
だった。誰もがどこかしらに傷を負い、血を流して座り込んでいた。 
ガラスの壁面は、前衛芸術のように所々を紅く彩りながら砕けていた。 
葬列は館内へと延び、先に行くにつれて赤の色彩が強くなっていく。 
その終点には何もなかった。血の赤だけがそこにあった。 
そして… 

「売ってやがったんだ…」 
『え?』 
「あいつら、同人誌を売ったり買ったりしてやがったんだ。すぐ側に 
怪我人が山のように倒れてるのに、あいつらは見えないふりをして 
自分たちの即売会を続けてやがったんだ…」 
認めたくなかったのかもしれないけどな、と正通は心の中で呟いた。 
自分たちではない、極一部の馬鹿者達のせいでレヴォが終わってしまう 
ことを認めたくなかったのだ。だから、彼等とは関係がない振りをして 
いれば、そもそも彼等など最初から居なかった振りをしていれば、 
自分たちは楽しい祭の中に居続けることが出来る。終わらない夢から 
醒めずに夢を見続けることが出来る、と… 
「もっとも、俺も大きなことは言えないんだけどな。俺は何も出来 
なかった。そこにぼーっと立ってるのが精一杯だったんだ…」 
正通もまた信じられなかったのだ。たかが同人誌即売会で流血の惨事に 
まで至ってしまったことが。 
夏コミにおいても大惨事に至りかねない事件が起きていたことは正通も 
知っていた。しかし、3日目の西館に行っても事件の残滓はどこにも 
見られなかった。後日、復旧した2ch同人板を見て初めて知ったほどだ。 
それに、正通は彼等を助けると彼等と同類になってしまうのではないか、 
と心の奥底で怖れていた。彼等と同じ周りの見えない、ルール無用の 
悪党に堕ちてしまうのではないか、と…
.
【タイトル】558
【 名前 】手動筆記人 <続きはまた明日>
【 日付 】2000/09/13 02:19

『…でも、お兄ちゃんは助けたんだよね、結局』 
そう言って、琴美は正通の袖を引っ張る。そこには、幾分目立たなく 
なってはいたが、べっとりとした染みの跡が残っていた。 
『お兄ちゃんっていつもそうだから。口では嫌がってても、結局は 
助けてくれるから。あたしが宿題で困ってた時も、チャトランが 
屋根から降りられなくなっちゃった時も、今日、無理矢理家出して 
来ちゃった時も…』 
「じゃあ、俺は心を鬼にしてチミを田舎に強制送還したほうがいいん 
だろうな、琴美のためにも」 
『あ、今のナシ。だから許して、ネ?』 
琴美は慌てて腕をばたばたさせながら答える。正通は苦笑した。 
正通には琴美を強制送還させる気など元から無かった。 

「…まぁ、俺も自力で正気に戻った訳じゃなかったんだけどな」 
『正気、って?』 
「俺のそばに、やっぱり呆然と立ってる奴がいたんだ。スタッフの 
腕章を付けてな。で、俺は何だか腹が立ってそいつに向かって叫んで 
やったんだ。”貴様、それでも誇りあるCレヴォスタッフか!” 
ってな。しかもステレオで」 
『ほへ?ステレオ?』 
「俺のすぐ後ろにおっかねぇスタッフが立ってたんだ。全身黒づくめで 
グラサン掛けてて。そんなのが館内全部に響くくらい大声で怒鳴るもん 
だから、俺も思わず目が覚めた、ってわけだ」 
『そんなおっかない人と同じことが言えるなんて、お兄ちゃん凄いよ』 
琴美は何だかよく解らない理由で兄を誉めた。 

結局Cレヴォは急遽中止となり、東京消防庁のレスキュー部隊が大挙して 
出動してくる騒ぎとなった。そして、池袋ワールドインポートマート及び 
池袋文化会館は以降同人誌即売会への貸出は一切行わない、ということが 
決定された。 
Cレヴォ準備会は、今までの規模を維持できるだけの大規模会場を借りる 
ために法人化すべきか、規模を縮小してでも今までのように個人主催で 
続けて行くべきか、で今現在も紛糾している、と正通は伝え聞いていた。 
サンシャインクリエイションは、早々にビッグサイトクリエイションと 
名を変えてサークル募集を行っていた。当然、サークル参加費は倍増した。 
その略称を口に出すと、山田君に座布団を全て奪われてしまいそうな気が 
したので作者は黙っていた。 
そして11月12日に届いたコミケット緊急アピールを読んだ人間は、一様に 
Cレヴォの事件のせいでコミケも終わることになってしまったのだ、と口々に 
噂した。実際にはコミケットが終わることは8月の時点で米沢代表と一部幹部 
の間で既に決定していたことだったのだが、それは一般人が知りうることでは 
無かった。 

『それにしても…』 
琴美は、正通の服の袖を持ちながら眉にしわを寄せた。 
『お兄ちゃん、ちゃんと服着替えてるの?漫画とかパソコンばっかし 
買ってて服にお金回してないんじゃないの?だからお兄ちゃんモテない 
んだよ。ユニクロでもいいからちゃんと服揃えたら?』 
「馬鹿野郎!この服はたまたまだ。俺だって替えの服くらいいくらでも 
持っている。みんなユニクロだけどな」 
そう言いながら2人はクスクスと笑いあった。
.
【タイトル】73
【 名前 】手動筆記人 <sage>
【 日付 】2000/09/25 02:17:20

2000.11.02 PM08:49 新代田・ラーメン四郎 

この日、吉村正通はスーツ姿で少々不機嫌そうにカウンターに座っていた。 
『いやぁ、こういう店に一緒に行ってくれそうな人ってあんた以外に 
思い付かなくってさぁ、にははっ』 
「そりゃ、四郎が食える奴なんて男でもそうは居ませんけど、だからって 
 いきなり会社に電話かけてくるこたぁ無ェんじゃねっスか、先輩?」 
『”先輩”なんて肩肘張らずに、昔どおり”晶”でいいよ、にははっ』 
正通の隣に座っていた先輩−六角晶−は、そう言いながら正通の肩を 
ぱしぱし叩いた。ダークグレーのワンピースに身を包んだ晶の姿は 
最前線で活躍するキャリアウーマンそのものであり、更に全身から 
”大人の魅力”とでも呼ぶべきオーラがふんだんに発散されていたが、 
小脇に抱えた”とらのあな”のロゴ入りの手提げ袋が彼女の魅力を 
ことごとく台無しにしてしまっていた。 
「じゃあ、晶さん…」 
『なに、吉村? にははっ』 
「…その”にははっ”ての、やめてもらいませんか? 俺とみりんとの 
 ときめき想い出ダイアリーが台無しになりそうなんスけど」 
『そう? 喜んでもらえるかと思ったんだけどなぁ』 
晶は平然とした表情で言い放つ。 
「そんな、うちの妹と同じこと言わんといて下さい。それでなくても 
 この前実家に帰ったときに”お兄ちゃん、待ってたにょー!!”って 
 言われてえれー落ち込んでるんスから」 
途端に店内に笑い声が響きわたった。 
『ひゃーっはっはっは、こりゃ傑作だわ。あんた絶対血が呪われてるよ』 
晶は笑いながら正通の肩をばんばんと叩く。正通は迂闊なネタを振って 
しまったことを後悔しつつも”この人は相変わらずだなぁ”と安堵した。 
自らがオタクであることを全く隠そうとしないのも、他人が周りに居ても 
全く気にすること無く大声で笑ったりするのも、全ては晶の底抜けなまでの 
大らかさが根本にあった。

【タイトル】74
【 名前 】手動筆記人 <sage>
【 日付 】2000/09/25 02:18

「お客さん、ニンニクは入れますか?」 
カウンター越しに店長さんの快活な声が掛かる。ラーメン四郎の注文方法は 
少々特殊で、出来上がり直前にトッピングの量や味の濃淡を聞かれるのだ。 
「じゃあ、ヤサイ多めで」 
正通はそう答える。普段の注文は”ヤサイニンニク”なのだが、今日は連れが 
居たため少々遠慮した。 
『じゃあ、あたしはヤサイカラメアブラニンニクで』 
しかし、その連れが晶だったことを失念していた。 
「こ、この人は…」 
『…ニヤリ』 
正通は、自分の迂闊さを呪った。 

トッピングが完了したラーメンがカウンター上に置かれる。 
キャベツとモヤシを水煮したヤサイと脂身たっぷりの分厚い叉焼が上に乗り、 
うどんのように太くコシの有る麺が器から溢れんばかりに大量に入れられて 
いる。カウンターの向こうに目線を移すと、スープを濾す際に使う玉網には 
脂がつららのごとくぶら下がっており、店中には獣をまるごと煮込んだような 
臭いが充満している… 
ラーメン四郎とは、もはやラーメンを超越した別次元の食物であり、それは 
”至福”か”悪夢”かのどちらかにしか解釈できない極端な代物だった。 
ふと隣に目をやると、そこには”絶望”と銘打つべきオブジェが有った。 
正通が注文したのは「小豚」という、叉焼が少々多めで麺は普通(それでも 
他の店から見れば特盛クラスだが)のものだったが、晶が注文したのは 
「大豚W」という、麺も叉焼も未曾有な量が盛られた代物だった。 
しかもヤサイも大盛でトッピングしているため、標高が頭一個分にまで 
達していた。マウンテンのかき氷もビックリだ。 
『吉村、ボーっとしてると麺延びるよ』 
晶はこともなげに山を食べ崩してゆく。 
正通は少々呆れながら自分のラーメンを食そうとしたとき、晶の右手の 
人差し指に絆創膏が巻かれいることに気付いた。 
「晶さん、その指どうしたんスか?」 
『あ、コレ? …ちょっと、トーンナイフで刺しちゃってさ』 
「もしかして相変わらず蓋付けないでトーンナイフをペン立てに刺してる 
 んスか? アレ危険だからやめろ、って大学時代に俺も含めて周りから 
 散々言われてたじゃねっスか」 
『うん、そうだったね…』 
晶は一瞬箸の動きを止め、再びもの凄い勢いて麺をすすり始めた。 
「ったく、しょーがねェな、この人は」 
正通も、晶に遅れまじと食べ始めた。


【タイトル】75
【 名前 】手動筆記人 <sage>
【 日付 】2000/09/25 02:21:20

二人は閑散とした新代田駅ホームのベンチに座って電車を待っていた。 
『いやぁ、食った食った』 
晶は満足そうに自分の腹を叩いていた。 
「食った食った、じゃ無いっスよ。晶さん、俺の豚盗ったでしょ」 
正通はすっかり呆れていた。晶は正通がコップに水を汲みに行った隙に 
叉焼を二枚ほど強奪し、そのうえ自分のラーメンは汁一滴すら残さぬ 
までに完食してしまっていたからだ。 
『据膳食わぬは男の恥、って言うじゃん。にははっ』 
「晶さん、諺の意味が違います。それ以前に性別が違います。 
 つーか、その”にははっ”ての、いーかげんにやめい!」 
『ところで吉村、あんた冬コミ申し込んだの?』 
晶は正通の訴えを意にも介さず、唐突に質問してきた。 
「まぁ、もう俺にとってコミケは人生の一部みたいなもんですからねぇ」 
正通も戸惑うことなく即座に話題を切り替える。 
「…とはいえ、今回はいつものジャンルじゃ無かったりするんですけどね」 
正通は不適にニヤリと笑った。 
『へぇ、あんたのことだからハム太郎本でも作るのかと思ってたけど… 
 もしかして、あんたギャルゲー系にでも移るつもりなの?』 
「…移ったら何なんスか?」 
正通は少々ムッとした表情で答える。 
『あっちにあんたの居場所なんて無いよ。少なくとも、晴子さんが 
 悪魔号にまたがって観鈴んちの納屋に突っ込むような漫画を描いて 
 くるような人間なんて全く相手にされないよ』 
「違いますよ、スラムキングのコスプレをした晴子さんが、ドラゴン 
 騎馬軍団を率いてみりんの納屋に次々と突っ込んで来るんですよ」 
『なお悪いわ!』 
「…心配しなくても、AIR本とか作ったりはしませんよ。あの手の信者を 
 からかうのはエヴァで懲りましたし。つーか晶さん、いったい俺の 
 漫画を今までどーゆーイメージで見てたんスか?」 
『やぶうち優と漫☆画太郎を足して2で割ったような作風』 
「…いや、否定はしませんけどね。地獄甲子園は俺にとってバイブルですし」 
『しっかし、ギャルゲー系じゃないとしたら、一体どのジャンルに移ったの?』 
「…じゃあ、晶さんだけには教えてあげますよ」 
『え、なになに?』 
正通は、膝の上に置いていたソフトアタッシュケースを開き、中に入っている 
ノートパソコンを取り出した。 
『これって…シンゴパッド?』 
「だから、うちの妹さんと同じギャグ飛ばさんといて下さい。こいつはThinkPadX20…IBMが全世界に送り出した最新最強のモバイルノートパソコンっスよ」 
『で、それがどうかしたの?』 
「こうするんですよ」 
正通は電源キーを押下してサスペンドレジュームを走らせた。 

---------- 
#本日はここまで

【タイトル】110
【 名前 】手動筆記人 <sage>
【 日付 】2000/09/27 11:40:55

(前スレ#558からの続き) 

『あ…』 
ふと、琴美は離れたところに立っていた”先客”と目が合った。 
刹那、先客は深々と頭を下げる。 
『お兄ちゃん…』 
琴美は正通の脇腹をつつき、先客の方を指さした。 
正通は一瞬ばつの悪そうな、恥ずかしげな表情を浮かべたものの、 
すぐに表情を普段の無愛想なものに戻し、先客のほうに向き直して一礼した。 
琴美も兄に倣ってワンテンポ遅れてお辞儀をする。 
「…そろそろ帰るか」 
『うんっ!』 
正通はワールドインポートマートに視線を移す。 
コミケほどでは無かったものの、数多の思い出を与えてくれた会場。 
初めてサークル参加したときは2桁の冊数すら売れず、これなら魔法少女 
オンリー即売会のほうがよほど売れてた、と敗北感に打ちひしがれた。 
それでも懲りずに参加し続けてたら、エヴァの謎が何たらと蘊蓄を垂れる 
電波な客がやって来たので「ネルフに帰れこのボケ!」と言ってやったら 
殴り合い寸前の大喧嘩になった。 
コミックキャッスルファイナルの時は、元々空調がそれほど効かない会場 
設備と一般参加者の臭気との相乗効果で館内に光化学スモッグが発生し、 
それに巻き込まれて3日間寝込むハメになった。 
…ロクな思い出が無かった。 

『お兄ちゃん、どうしたの? 何だか顔色が悪いよ』 
「いや、なんでもない。とっとと帰るぞ」 
『あ、お兄ちゃんそんなに急がないでよ。雪で転んじゃうよ』 
後ろで琴美が騒ぐのを無視して、正通は早足で立ち去ろうとする。 
しかし、思い直して立ち止まると正通は振り返り、心の中で呟いた。 

 ”さよなら” 

直後、正通は胸のあたりに衝撃を感じた。 
『…どうしていきなり立ち止まっちゃうかなぁ』 
琴美は急には止まれなかったらしい。 
「しかし、さっきは俺に急ぐなとか言っときながら、やけに早足に 
 なってなかったか、お前?」 
すると、琴美は指をすっと前に突き出した。 
『あたし、知ってるんだからね。あそこがアニメイトだってこと』 
勝ち誇ったように胸を反らす。何に勝ったのか謎だったが。 
「何でチミはそういうことばっかし詳しいのかね…」 
正通はがっくり肩を落とした。アニメイト池袋店はかつてK-Booksが 
入っていたビルを全館借り切り、日本最大のキャラクターショップとして 
生まれ変わっていた。 
『さぁ、とっとと行くよ! カイゼルスパイクのグッズを沢山買うんだから!』 
「せめてライジングインパクトにしてくれ…」 
かなり張り切り気味な琴美の後ろを、正通はとぼとぼと付いて歩いていった。 

『ところでさっきの女の人、もしかしてお兄ちゃんの知り合い?』 
琴美の質問はいつも唐突だ。 
「さぁ?レヴォのスタッフか何かじゃないのか?」 
『だよね、お兄ちゃんに異性の知り合いなんか居るわけないもん』 
「悪かったな、女の知り合い居なくて‥‥‥ああっ!」 
『わぁっ、いきなり大声出さないでよ』 
「あの人だよ!」 
『何が?』 
「さっき言ってた”おっかねぇスタッフ”って、今御辞儀してたあの人だよ!」 
『ええ!? 嘘、だって全然おっかなく無かったよ、さっきの人』 
「だよなぁ、イベントになると気が高ぶる人なのかなぁ」 
『何かスーパーサイヤ人みたいだね』 
「それは違うと思うが…まさか、あの人がカワハラキクコだったのかなぁ」 
『誰それ?』 
「チミは知らなくてもいい世界の人だ」 
『もぉーっ、いじわるしないでちゃんと教えてよー』 

スペイン坂を降りようとする直前で正通はもう一度振り返り、呟いた。 

”さよなら、そして、ありがとう”


【タイトル】187
【 名前 】手動筆記人 <handwrite@lycos.ne.jp>
【 日付 】2000/10/06 10:32:20

2000.11.02 PM09:37 京王電鉄新代田駅ホーム 
(../test/read.cgi?bbs=doujin&key=969006158&st=75&to=75&nofirst=true >>75より続き) 

『…これって、漫画の原稿?』 
「そうっス。そしてこいつをこうすると…」 
画面上のカーソルが動き、今まで白地だった場所にトーンが表示される。 
白さ溢れる原稿はみるみるうちに原稿としての体裁を整えていった。 
『へえ…』 
「こいつのおかげで、線画を描き上げてスキャナで取り込んでしまえば 
 あとは原稿の仕上げも編集作業も、いつでもどこでも行えるっつー 
 寸法っスよ」 
『少なくとも、台詞のネーム貼りは飛躍的に楽になりそうね。台詞が 
 吹出しに入らない、ってことで何度ネームを縮小コピーしたことか』 
「重たいロゴデザイン帳を抱えて図書館までコピーに行って、ロゴの 
 形にきれいに切って表紙に貼っていくような手間も省けますよ」 
『そういや漫研で会誌作ってた時、そういうことしてたねぇ、うちら』 
そう言って二人は笑いあった。 

『…でも、こういうのって何だか味気なくない?』 
晶はどこか不満げな表情を正通に向けた。 
「”努力を誉めて貰って喜ぶな。作品を誉めて貰って初めて喜べ”」 
正通もまた、不満げな表情を浮かべながら晶に言葉を返した。 
「そう教えてくれたのは晶さんですよ。どれほどの手間暇を掛けて 
 描いたところで、読者にとって作者の努力なんて全く関係ない。 
 作品が面白いか否か、それだけが評価基準だ…ってね」 
『そうだったね、吉村…』 
「それに、俺が読者に見て貰いたいのはあくまで”話”ですから」 
『今の読者で、ストーリーまでちゃんと見てる奴って居るのかねぇ』 
晶は自嘲的に呟く。 
「いますよ。人数は減ったかもしれませんけど、きっと」 
正通は自信がこもった口調で答えた。 
「…でないとやってらんないスよ。こんな酔狂なこと」 
正通の言葉を聞き、晶は笑みを浮かべた。 
『じゃあ、その酔狂な作品を読ませて貰えるかしら?』 
「あ、じゃあファイル名の末尾がページ数に対応してるんで、順番に 
 クリックして読んで下さい…ってエキスプローラーって知ってます?」 
『マシン叩き落とそっか?』 
晶は藤子不二夫A調の笑みを浮かべながら、ThinkPadを空中に持ち上げた。 
「すみません、言葉が過ぎました」 
『判ればよろしい』 
晶はパソコンを膝の上に戻し、正通の作品を読み始めた。


【タイトル】188
【 名前 】手動筆記人 <handwrite@lycos.ne.jp>
【 日付 】2000/10/06 10:33

『…あんた、一体何考えてんの?』 
全ての原稿を読み終え、晶は腕組みしながら正通に尋ねた。 
「何って、この原稿読んでみて解りませんか?」 
正通は憮然とした表情を浮かべながら答えた。 
『そりゃ、あんたの言いたいことは解るけど…創作系なんてギャルゲー 
 以上に新規参入が難しいジャンルなんじゃないの?』 
晶は一気にまくし立てる。 
『あんた、自分も”魔法少女R”みたいになれるとでも思ってんの?』 
「いくら何でもそこまで夢見ちゃいませんよ、俺は」 
正通はそういってかぶりを振った。 
『最近の創作少年はペラい設定資料集や鉛筆書きのラフ本ばかり増えて 
 読み応えが無くなった、ってグチってたのはあんたでしょうが』 
「でも、”R”のおかげでストーリー重視の作品でも高評価を得ることが 
 出来る、と世間に認知されたんですよ。そうしてかろうじて出来た 
 道筋に続いていかなければ、道は絶えてしまうかもしれないんですよ! 
『その後に続いていくのが、吉村でなければならない理由は無いわ』 
晶は言下に斬り捨てた。 
「俺が続いてはいけない、という理由もまた有りませんよ」 
正通は晶の眼を真っ向から見据える。 
二人は無言のまま対峙し続けた。 

『…あんた、自分がやろうとしていることが限りなく無謀だ、ってこと 
 解ってんの?』 
先に静寂を破ったのは晶のほうだった。 
「同じことをダチにも言われましたよ。お前は平成の山中鹿之助か、って」 
『ああ、地幼年の作者の』 
「…晶さん、相変わらずギャグが難解すぎっス」 
その一言をきっかけに、二人を包んでいた気まずい雰囲気は一気に消え失せた。 
「第一、俺にだって同人の端くれとしての自負くらい有ります。同人なら 
 同人誌で自分の言いたいことを伝えなきゃ、何のための同人なんスか?」 
緊張が解けて気が緩んだ正通が本音を漏らす。 
『…そうだな、吉村。まぁ、頑張りな』 
晶はなぜか、どこかぎこちなく答えた。 
「今日、何だかんだ晶さんと話せて良かったですよ。俺、最近落ち込んでたんで」 
正通はそんな晶の様子に気付かずに話を続ける。 
『何で?』 
「晶さん…俺、先週居たんスよ‥‥‥池袋に」 
一瞬、空気が凍った。
【タイトル】189
【 名前 】手動筆記人 <handwrite@lycos.ne.jp>
【 日付 】2000/10/06 10:34

『…池袋、ってもしかして?』 
「もしかしなくてもレヴォですよ。幸い、巻き込まれはしませんでしたけど」 
『そう…』 
再び二人の間に気まずい雰囲気が流れた。 
「すいません、こんな話しちゃって」 
正通はそういって頭を掻く。 
『いいって、吉村もショックだったんだろうし』 
「そりゃショックでしたよ。血の海、なんてのを見たのは生まれて初めての 
 ことでしたからね。人のうめき声を聞いたのも、瓦礫と化した…」 
突如、激しい打撃音があたりに響いた。 
『吉村?』 
正通は自らの拳をベンチに向かって打ち下ろしていた。 
晶たちが座っているベンチがびりびりと揺れる。 
「…悔しいんですよ」 
正通は喉から絞り出すように、かろうじて言葉を紡いだ。 
「こんな事態になるまで、何もできなかった自分が」 
『…あんたのせいじゃないよ』 
晶はひどく悲しげな表情を正通に向けた。 
「いや、俺達のせいですよ。あいつらを…カッタに並ぶような奴らを 
 信者だの転売屋だのと異分子扱いして、のけものにしてきたから、 
 だから、あんなことに…」 
『いや、あんたは悪くないよ。だって…』 
晶はここで言葉を切り、ふと目線を遠くに向けた。 
『…いや、何でもない』 
直後、晶は意外な行動に出た。 
「…あ、晶さん?」 
晶は正通の背に腕を回し、上半身を引き寄せ、自らの胸元にその顔を埋めさせた。 
あまりにも突拍子も無い出来事に、正通は硬直したまましばらく動けなかった。 
晶は正通の耳元まで唇を移動させ、そしてこう囁いた。 
『あんたは、あんたの信じる道を行きな。少なくとも、あたしは応援するよ』 
正通の耳元は晶の息吹で揺れ、正通の鼻腔は晶の香りで充ち、正通の全身は 
晶の体温で包まれていた。そんな至福の状態であったため、晶の言葉は 
正通の脳に全く届いていなかった。


【タイトル】190
【 名前 】手動筆記人 <handwrite@lycos.ne.jp>
【 日付 】2000/10/06 10:39

『…いや、あたしとしたことがちと大胆なことしちゃったな、にははっ』 
晶は照れくさそうに腕をほどき、正通から離れた。 
「‥‥‥」 
正通は顔を真っ赤にして放心状態に陥っていた。 
『よ、吉村? おーい、気をしっかり持てー』 
晶は正通の眼前で掌を上下させる。 
「…晶さん」 
正通は、今夢から覚めたばかりのようにぼうっとした様子だった。 
『なに?』 
「…この、とらのあなの紙袋、持ってない方が晶さん綺麗ですよ」 
『な、何言い出すのよいきなり!』 
「つーか、この紙袋の中に何入ってんスか? さっき、紙袋が背中に当たった 
 とき滅茶苦茶痛かったっスよ」 
『…ひ・み・つ☆』 
「どーせ、またキャットファイトのポーズ集でも買ったんじゃないスか?」 
『”また”って、そんなもん最初から買っとらんわ!』 
そういって二人は笑い合った。 

「じゃあ、俺、そろそろ帰りますわ」 
正通はThinkPadを鞄にしまい、ベンチから立ち上がった。 
『うん、ちょっと長く引き留めちゃってごめんね』 
「まぁ、今日は色々話もできましたし、思わぬ役得もあったし」 
正通は先ほどのことを思いだし、再び赤面した。 
『自分で言ってて顔赤くしてちゃ仕方ないねぇ』 
晶はひやかすようにニヤニヤと笑う。 
「そういえば晶さんは、まだこの辺に住んでんスか?」 
『うん、いちおう実家だしね』 
「そうスか…じゃ、電車来たんで。今日はありがとうございました」 
『いや、こっちこそありがとうな、吉村』 
「じゃ、また冬コミで」 
正通がそう言ったと同時に電車のドアが閉まり、走り去っていった。 
晶は、電車が見えなくなるまで手を振って見送り… 

『‥‥‥いつから、そこに居たの?』 
晶は振り向くことなく呟いた。 
その口調は、今までとは全く違う冷酷なものだった。 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 

ども、お久しぶりの晶編の続きです。 
続き(というか晶編終章)は夕方あたりに。


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