【タイトル】121
【 名前 】春画変態
【 日付 】2000/09/28 00:59:11

流れ書きさんの112から思いつきました。 
池袋大惨事の捕らえ方が若干違うかもしれませんがそのあたりはご了承を。 
しかし長いな。続くし。 

2000.10/19 Sun. 05:36 池袋サンシャイン 

 その日、秋葉原はインポートマート下のバスターミナルに並んでいた。 
秋葉原有鷺、コミケットスタッフでもある彼は、友人の島氏と共に今日の 
イベントで新たな作家を開拓するべく、朝から並んでいた。 
 朝5時にサンシャインに着いたときには既に長蛇の列。同人誌即売会 
最大の敵のひとつ、徹夜組だ。 

「秋葉原さん、えらく並んでますよね。やはり僕たちも徹夜するべきでは 
なかったですかね?」 
「いかんに決まっておるだろうが。だいたい最近は徹夜組に対する 
ペナルティもあるのだから、どっちが先に入れるのかは分からんぞ。」 
「やはりそうですかねぇ。」 
彼らも朝5時から並んでいるのだから、五十歩百歩だと言えるが。 

 そんな会話をしていたが、秋葉原は会場に着いた時から 
漠然とした不安を感じていた。何かは分からない、しかもわずかな 
ものではあったが、どうしても拭いきれない不安であった。 
「島君、何かちょっと変じゃないか? …いや、何かはよく分からん 
のだけど、なんかこう、んん、なんかうまいこと表現できんのだが…」 
驚いた顔をして島も答える。 
「秋葉原さんもですか?僕も何か変な感じがありますねぇ。 
正体は分からないんですがね。」 
「いや、どうもおかしいよなぁ。」 
 島と共に列を観察してみるが、漠然とした雰囲気の差以外は 
見て取ることが出来なかった。


【タイトル】122
【 名前 】春画変態
【 日付 】2000/09/28 01:00:18

 島 学。熟練の買い子である彼は秋葉原の後輩だ。大学近くのゲーム 
センターで島が積んでいた同人誌の山を見て、秋葉原が「うぅむ、 
\18,000ぐらい?」と言ったのが島と秋葉原との出会いだった。 
 一般で入場し、決してイリーガルな手段を使わないにも関わらず、 
自分好みの大手を次々としかも我が手でゲットする。 
そんな島の買いこみ技量は、インターネットと、人の網をフル活用して 
得られる情報力によって支えられていた。 
 的確に人の流れを見切り、最大に効率的なルートを縫っていくことで 
大量の同人誌をゲットしていくのだ。 

「そこに流れる、人の気を見切らなければ最大効率のルートは 
見つけられないんですよ。」そんな彼の言葉を秋葉原も信じていた。 

 そう、サンシャインに渦巻く人の「気」。 秋葉原と島がその 
違和感の正体に気がついたのはほぼ同時、朝6時半頃だった。 

「…島君も気付いたか?何か変だと思ったが、そう、 
殺気のようなものが漂ってるのよ」 
「秋葉原さん気がつきましたか?多分ですがね、並んでる人の視線が 
何か違います。それも、限られた数ヶ所ですがね。」 
「限られた場所が?そりゃ何か変だな。どこが?」 
「あのあたりと、あそこと、…あそこも違いますかね?」 
「ん〜?確かに変だよなぁ?……?」 
秋葉原が島に耳打ちする。 
「奴ら、何持ってるか分かるか?」 
「無線機のようですねぇ。 
 秋葉原さん、ここのイベントって無線機持ちこんで良くなかったですよねぇ?」 
「無線機?だとすると、あれは…ん〜と、430と1.2のデュアルバンドじゃないかなぁ? 
 いや、持ちこんじゃいかんのだけどね。あ、隠したな。」 
 こちらの視線を感じたのか、無線機をカバンの中に入れてしまった。 
「?」 

 そう、漠然とした不安。しかし確実に何かが近づいてくる予感。 
 その不安が、まさかあのような惨事として実体化するなど、 
誰も予想することは出来なかった。 
 否、「奴ら」を除いては誰も。

【タイトル】123
【 名前 】春画変態
【 日付 】2000/09/28 01:02:20

2000.10/19 Sun. 08:40 池袋サンシャイン 

 次なる異変、これははっきりした形で訪れた。 
 サークル入場が始まってしばらく経てば、携帯電話を通じてホール内の 
情報が一般待機列にも流れてくる。 
「某ルゼはコピーのようだ」 
「○○、サークル入場?中の情報を集めてくれ」 
「まだ入場したサークルは少ない」 
「A**の導線はこのようだ」 
飛び交う情報に耳を傾ける島。その中で気になる情報が飛んでいた。 
「323は現れたが、新刊はまだ届いていない」 

「…秋葉原さん、聞きましたか?」 
「うむ、聞いた。このまま本がなければ平和なのだがな。」 
「信者の悔しがる姿が見えるようですがね。 
 しかしですよ。このままおとなしければ良いのですがねぇ。」 
「ん?…ということは、やはり何か違和感があるということだな。」 
「その通りですよ。ただ、なんとなくですがね、本が届くというのとは 
 何か違う気がするんですよ。」 
「へ?」 
「私もよく分からないんですがね。何かこう、ひっかかるんですよ。 
 新刊はないように思うんですがね。」 
「う〜ん、どういうことだ?」 
「不安の原因は、323じゃなくって別の所にあるって事ですよ。 
 その正体が分からないんでなんとも言えないんですがね。」 
「成る程なぁ…。確かに、不安は増してるが。 
 ああそうだ、ヤベさんはどうだろうかな。 
 電話で聞いてみてもらえん?」 
「分かりました。…あれ?」 
 何度か発信の操作を繰り返すが、アンテナが立っているにも関わらず発信できない。 
「この程度で使えなくなるとは軟弱ですね。 
 秋葉原さんのPHSでかけてみてもらえませんかね?」 
「うむ、ヤ…検索、発信と、…あら?おかけ直し下さい?アンテナは立ってるのに」 
 通じないことはよくあることだ。しかし、今日はいつもと違った。 
「…いつまでたっても発信できん。」 
「私もですよ。」 
 気になってまわりを見まわしてみるが、どうも皆同じ状況のようだ。 
数分前から、このあたり一帯で無線電話は全く通じなくなっているらしい。 
「アンテナがこけた?しかし、それにしては携帯PHS全メーカー使えないようだが? 
 全メーカーが一斉にこけた?そんなことが普通あるかな?」 
「そんなこと、ないはずですがねぇ。」 
「だよなぁ?携帯各社って、確か独自網だったしな。」 
「変ですよねぇ。」 
「ちょっと、ヤベさんの所まで直接行ってくるわ。」 
「ヤベさんでしたら、上の間の列の、4ブロック目ぐらいだったと思いますよ。」 
「りょーかい。」 

 秋葉原は上の列を探しに行った。文明の利器に慣れてしまった 
現代人、PHSや携帯電話が使えないと途端に探すのが難しくなる。 
苦労してようやく探し出したヤベさんも、やはり携帯が通じないらしい。 
「秋葉原さんおはようございます〜、さっきから携帯が通じないですよ〜」 
「ヤベさんもですか、ウチもなんですわ。コンダラも通じないらしいです。」 
 コンダラとは、島のハンドルである。 
「コンダラおにいちゃんもつながらないですか〜、このあたり一帯全滅ですね」 
「そうみたい。…ん〜、妨害でもされてるのかな?」 
「妨害ですか?そんなことありますかね〜」 
「いや、他の可能性もありますけど…なんか変ですよね。」 
「あ〜秋葉原さんも思いますか?、何か変なんですよね〜。」 
「ううん、こっちもか。いったい何があるんだ…」 
 独り言のようにつぶやく。

【タイトル】124
【 名前 】春画変態
【 日付 】2000/09/28 01:03

 列に戻っても、携帯電話とPHSは不通のままだった。 
ホールからの情報が途絶えたまま、散発的にデマが飛び交う。 
レヴォ準備会が携帯の妨害を行っている、 
スペイン坂までの列は会場後一時間経つまで入場させないなど、 
分かる人間が聞けば苦笑するしかないようなデマばかりだが、 
一般待機列の不安と怒りは高まる。 
 列を管理するスタッフも正確な情報が入ってこないらしく、 
「それについては分かりません、申し訳ありませんが列で待機してください」 
を繰り返すばかりだ。 

「島君、どうも怖いな。」 
「そうですね。これは絶対何かありますね。」 
「どうも、スタッフ間の連絡網も機能していないらしいな。 
 何か意図的な妨害が行われている気がしてならん」 
「意図的な妨害?!もしそうだとして、何の為に?」 
「いや、それが分からんのだが…。 
 ただの愉快犯ならまだ良いが、これは絶対なにかある。 
 …島君、万一のときは、逃げろよ。」 
「それを乗り越えてこそ熟練の買い子ですよ、と言いたいところですがね、 
 今回はマジに怖いですね。」 

 そう、熟練した者たちの不安。それは迫り来る惨事への、警告だった。

【タイトル】125
【 名前 】春画変態
【 日付 】2000/09/28 01:04:20

2000.10/19 Sun. 10:08 池袋サンシャイン 

 携帯電話も、PHSも、そして無線機も通じないまま、列の再整理が始まった。 
一応はスタッフの指示に従うものの、一般参加者列の怒りは隠せない。 
 スタッフに詰め寄り、理不尽な質問と怒りをぶつける参加者。 
そんな状況が各所で見られた。 
「落ちつけば良いものを…。スタッフを責めても早く入れる訳ではないのに。」 
 今日は一般として参加しているが、コミケットではスタッフとして理不尽な怒りを 
受ける立場にあるだけに、秋葉原の目にはその姿が哀れに見えた。 
しかしそれだけではなかった。悪意のようなものを感じ取ったのだ。 
「…?」 
 手助けしてあげたい気はあるが、越権行為だという気持ちがそれを押しとどめる。 

 その時だった。列の数カ所でざわめきが起こり、波紋の如く広がっていった。 
「323がAirの新刊を出す!」 
「限定コピー600部」 
「混乱を避けるために、この列を入場させない」 

 それは、欲望と、利害と、独占欲と、怒りと、そして殺気の波紋となって、 
恐るべきスピードで広がった。 
「秋葉原さんッ!走ってくださいっ!」 
 島に急に腕を引かれ、一瞬後、後ろからものすごい勢いで押された。 
秋葉原は安全なルートを見定めようとした。しかし、そんなものは、ない。 

「走るな!落ちついて!落ーちーつーいーてー!」 
秋葉原は押されつつ、早足で進みながらも、とっさにしかしゆっくりと、 
腹の底から喉を開くようにして叫んだ。 
 そんなものが何の役に立たないと知りながらも。 

 10秒も経たないうちに、階段の所で列が潰れた。 
将棋倒し。踏み越えて進もうとする「群れ」。 

 …階段で、二層目の将棋倒しが完成したところで、入場列の惨事は止まった。 

 骨折21名、うち重傷者2名。緊急搬送6名、うち一時的に意識を失ったものが2名。 
それすらも、ホール内で起こった惨事に比べれば、はるかにましだった。 

 そう、それが後にセカンドジェノサイドと呼ばれた、 
池袋大惨事のほんの一部であった。 

「本当は、その時にはもう同人界最終章はとっくに始まっていたんだ。 
 自分の手が血に染まって、ようやく気がついただけだ」 

 …続く