・・・・・・皆が見送る中、男塾から旅立つ七瀬。
「塾長、教官、そしてみんな!あたし、きっと日本一の乙女になってみせるわ!!男塾魂で!!!」
こうして「漢」七瀬は、「乙女」七瀬留美になったのであった。
「フレー、フレー、ナ・ナ・セーっ!!フレー、フレー、ナ・ナ・セーっ!!」
「みゅー!!」
『うるさいの!』
男塾名物「大鐘音」のエールが鳴り響く中、立ち上がる七瀬。
「そうよ、あたしは負けるわけにはいかない。あんたとは背負っているものが違うのよ。」
もう七瀬にダメージは感じられない。むしろその眼光はより鋭さを増している。
「な、七瀬の奴、男塾から来てたのかよ・・・。」
「・・・確かに私たちとは背負っているものが違います・・・。」
今まで七瀬に対し行なってきたことを思い出し背筋が寒くなる浩平と、何故か疲れたようにつぶやく里村茜。
「男塾・・・。なつかしいですね。」
ポツリとつぶやく秋子。
「秋子さん、男塾と昔何かあったんですか?」
それを聞きとめた祐一がたずねる。
その返事として秋子は頬に手を添えるいつもの微笑を浮かべながら、
「フフフ・・・企業秘密です。」
とだけ答えた。
「なんやあんた、あの男塾出身だったんかいな。ウチもあそこには昔世話になったで。」
「え!?あんたも男塾塾生だったの?」
思いがけない発言をする晴子に、思わず問いただす七瀬。
「ハハ、ちゃうちゃう。なんでウチがあんなムサくるしい所、行かなならんねん。世話になったいうのはな・・・・・・。」
再び男塾塾長室。
「じゅ、塾長はこの神尾晴子の事をご存知なのでありますか!?」
江田島のあまりの剣幕に驚きつつも、質問する飛行帽。
「・・・そうか、貴様はまだ赴任してくる前で知らんのだな。あの忌々しき『菊一文字事件』のことを・・・・・・!!」
「お、男塾菊一文字事件!?」
「あれは10年前の春・・・塾生たちが花見をしておった時のことよ。」
〜10年前〜
男塾校庭に咲く桜で花見に興じる男塾塾生たち。
そこへ、一人の女が現れる。
「なあなあ、ウチもまぜてーな。こう見えても結構いけるクチなんやで。」
其処は悲しきかな万年女日照りの男塾塾生、断る者などいるはずもない。
「ほらほら、もっと景気よく飲まんかい!」
「そーれイッキ、イッキ!」
女の前で情けない姿は見せられない。
その女に勧められるままに酒を飲み、次々と酔いつぶれてゆく塾生たち。
・・・そして女以外に目を覚ます者がいなくなったとき、女は真の目的のために動き出した。
「ククク、よう寝とるよう寝とる。」
含み笑いを漏らしつつ、インスタントカメラを取り出す女。
そして・・・・・・・・・。
パシャァ!パシャァ!
なんと酔いつぶれた塾生のフンドシを脱がし、その尻を次々と撮影しだしたではないか!
「カカカ、硬派で鳴らす男塾塾生のケツの写真や。そのテの本に、エエ値で売れるでえ。」
女の目的は、塾生たちのベルサイユな写真を撮ることだったのである。
「これでしばらくの間は酒代に困る事はあらへんな。ナハハハハハハ!!」
そして全てのケツをそのカメラに収めると、女はその場を去っていった・・・・・・。
・・・そしてそれからしばらくの間、男塾塾生たちは彼らとは違った意味で男を極めんとする者たちから背後を狙われるハメになるのであった・・・。
「・・・あの事件のおかげで我が男塾の将来有望な若者達が、幾人も新宿二丁目に行くはめになってしまったわい。」
遠くを見つめるような目をしながら語る江田島。
「で、その女を当塾は追わなかったのでありますか?」
「いや、むろん八方手を尽くして捜したがすでに行方をくらませていた。」
「そして我々がもう諦めたころ、このようなものを送ってきたのだ。」
そして机から一通の手紙を取り出す。
そこには、
『「逃した魚は、人魚やで・・・・・・・。」神尾晴子』
とあった・・・・・・・・・。
「・・・シシシ、あの時は稼がせてもらったでェ。おかげさまでいい酒も飲めたしなぁ。」
そのときのことを思い出したのか、笑いが漏れる晴子。
「あのタコみたいな塾長のケツも撮っとけば、もっとエエ酒飲めたかな?カカカカカ!」
「あの話は、そーゆーことだったのか!?」
思わずツッコむ往人。
「が、がお・・・。」
自分の「おかあさん」のあまりの所業に、絶句してしまう観鈴。
と、思わず誰もが引いてしまうような話に対し、感情を高ぶらせている者たちがいた。
それは無論、
「あ、あの女が俺達の先輩達を・・・。」
「七瀬ー!先輩達の無念を晴らすんじゃーい!」
男塾の面々と、
「親兄弟は許せても、塾長を・・・そして男塾を辱めるヤツは絶対に許さない!!」
七瀬である。
「許さない、てどう許さへんいうのや。あんたの攻撃なんて、ウチにとってはAIRのエロシーン程も効かんのやで?」
余裕の晴子。
「う、うるさい!そんなこと言っていられるのも今のうちだけよ!」
強がってはみたものの、自分の攻撃が晴子に通用しない事はたった今痛感したばかりである。
(く、そうは言ってもどうすれば・・・。ああもう!酒をかけられたおかげで酒くさくて考えがまとまらないじゃない!)
(ん?酒・・・?そうよ、こいつの弱点は、まさに酒だわ!よおし、目にもの喰らわせてやる!!)
「さあて、それじゃあそろそろあんたのケツも撮らせてもらって、また美味い酒でも飲もうかな!」
「史上初めて男塾を卒業した女のケツ、これは青天井で売れるでェ。シシシ。」
いやらしい笑みを浮かべ、新しい一升瓶をかかえて七瀬に迫る。
「あんたに勝ち目はないのや。このウチこそがAIRの、いや、ギャルゲー界真のヒロインや!」
いやなヒロインだなーと周囲の皆が思う中、七瀬に襲い掛かる晴子。
「うたうなら地獄でうたいなさい。男塾の教科書には死という文字はあっても敗北という文字はないのよ!!」
またしても正面から向って行く七瀬。
ガシィィィィィィン!!!
交差する両者。
「まずいな・・・晴子さん。」
何かを見て取ったのか、つぶやく聖。
そして・・・・・・。
「う、うごああああああ・・・・・・・!!」
試合前、酒の肴にと食べていた「こてっちゃん」を嘔吐する晴子。その表情は先程とは違い、苦悶に歪んでいる。
そして・・・・・・。
バタン。
「うおおおお!やったー、七瀬ー!」
「さすがは七瀬じゃー!」
湧き立つ男塾一同。
『ダ、ダウーン!神尾晴子まさかのダウーン!!一体あの一瞬の間に何が起こったというのでしょうか―――ッ!!!』
選手控え室モニター前にて。
「あうーっ、美汐、なんであのオバサン倒れちゃったの?さっきは全然平気そうだったのに・・・。」
前回のときとはあまりにも違う晴子の苦しみように、疑問を口にする真琴。
「・・・あの神尾晴子さんはアル中と言ってもいいほど大量のお酒を毎日飲んでいます。」
「それも私達ぐらいの歳の頃からずっと。」
「そんな人に対して、七瀬さんのパンチ力での肝臓打ち・・・。」
「そんな酷なことはないでしょう。」
七瀬が打ち込む瞬間をしっかりと見ていた美汐が真琴に説明する。
「いえ、それだけじゃあ、あの神尾晴子にはあんなにも効かないわ。」
その横でモニターを見ていた美坂香里がそれに付け加える。
「あの一撃は、本来鉱物にしかないといわれている『プルッツフォン・ポイント』をも正確に打ち抜いていたのよ。」
〜プルッツフォン・ポイント〜
この世に存在する全ての物体は分子の集合によって成りたっている
その中でも鉱物は特異な構造をもち、その分子集合体の凝集力の一番弱い箇所に衝撃を与えると
その分子間の連鎖反応により極めてたやすく物体は破壊される。
この物体の臍(へそ)とでもいうべき箇所は学術的にはプルッツフォン・ポイントと呼ばれる。
例えば地球上で最強の硬度をもつダイヤモンドにおいてもそのプルッツフォン・ポイントを見極めれば鑿(のみ)の一撃で
一瞬にして粉ごなにすることも可能である。
しかし物体のこのポイントを見つけることは至難の技であり、
先に例をだしたダイヤモンドのカット職人でも30年近くの修行が必要という。
・・・再び地下闘技場。
「さすがは七瀬、『大威振八連制覇』で月光が一度見せただけの技を更に進化させた形で使おうとは・・・。」
「フ、今ほどヤツが敵でなかった事をありがたく思った時はねえぜ。」
七瀬の一撃を見ていた桃と呼ばれた鉢巻の男と頬に六条の傷がある男が七瀬を讃える。
「どう?もう一撃あんたの肝臓にある『プルッツフォン・ポイント』に打ち込めばもうあんたの大好きな酒も飲めなくなるわよ。」
先程とはうって変わって圧倒的に優位な立場に立った七瀬が、晴子に対し暗に降参をうながす。
「・・・ナハハ、そらかなわんなあ。それじゃあ酒が飲めなくなる前に、宴会芸でも披露するとしようかな・・・。」
フラフラと立ち上がった晴子はそう言うと上着を脱ぎ捨て、上はブラジャーだけという格好になった。
『おおーっと!?こ、これはもしかして掟破りのお色気シーンに突入かー!!?』
その場の男性陣(特に男塾一同)の期待とナニが膨らむ中、晴子がおこなった宴会芸とは、タコ踊りと腹踊りであった。
パチン、パチン!
腰を左右にひねりながら手をプラプラさせる様はまさにタコ。
グニグニ、ウネウネ。
顔こそ書かれてはいないが、気持ち悪いほどにうごめく腹。
・・・・・・ワハハハハハ!!
晴子の芸に、東京ドーム地下闘技場はその史上初めて笑いに包まれた。
「にょはははははは!ねえ美凪、あのオバサンおもしろーい!」
「・・・・・・師匠。」
大うけのみちるに、素晴らしい宴会芸を披露する晴子に対し目を輝かせて弟子入りを決意する遠野美凪。
「・・・それがあんたの答えってわけね。いいわ、これからあんたを万年禁酒デーにしてあげる!」
地下闘技場を大爆笑に包んだ晴子に、闘いを汚されたと感じた七瀬が怒りの表情で突進して行く。
「・・・ハ、もしやあの舞こそが・・・!いかん、七瀬殿!引き返すんだー!!」
何事かに気が付いたのか、額に「大往生」と刺青のある男が大声で七瀬に叫ぶ。
しかし大爆笑の中で、その声は七瀬に届く前にかき消されてしまった。
「どりゃあああああああ!!」
とても乙女とは思えぬような雄叫びをあげながら晴子にとどめのレバーブローを打ち込む七瀬。
晴子はもう観念したとでもいうのか、避ける素振りさえ見せようとしない。そして・・・
ズドム!
先程よりも強烈な一撃が晴子の右わき腹に炸裂する。
が、しかし・・・・・・。
(あれ?手ごたえがない・・・。なんで?)
「ナハハ、ウチの痛いところをマッサージしてくれるんか?さすが乙女はやさしいなァ。」
前の一撃と寸分たがわず同じ場所を打撃したというのに、今度は何故かまったく効いているようには見えない。
「ど、どうして?」
「そんなエエ子には、ご褒美やらんとあかんなァ!」
ごつん!!
ケツだけ星人の母親も真っ青の凄まじいゲンコツを七瀬の頭頂部に喰らわせる晴子。
「な、なんで・・・・・・。」
バタン。
先程までの大爆笑が嘘だったかのように静まりかえる地下闘技場。
『な、なんと勝利まちがいなしと思われた七瀬留美、二度目のダウーン!これはいったいどうした事だ――ッ!!!』
「・・・あれこそはまさしく『愚・礼志の舞』。まさかこの現代に使い手が残っていようとは・・・。」
感心したように呟く秋子。
「な、なんですか、その『愚・礼志の舞』というのは!?」
ただのタコ踊りと腹踊りだと思っていた祐一がたずねる。
「ええ、『愚・礼志の舞』というのは・・・。」
〜愚・礼志の舞〜
中国隋の時代。
時の皇帝、煬帝の大陸最強の男を決める御前試合において決勝戦まで勝ち残った拳法家、愚・礼志は
決勝で富炉零須という異国の技の使い手、錯・羅馬と闘うこととなった。
錯・羅馬に勝利するためには相打ち狙いで心臓を貫くしかないと考えた愚・礼志は
古代インドの秘技、ヨガを応用し心身共にタコになりきることで極限まで体を柔軟にし、
内臓の位置を移動させるという信じがたい舞を生み出した。
この舞により、心臓を貫かれ息絶えた錯・羅馬に対し、左胸は貫かれても心臓は貫かれず生き残り闘いに勝利した愚・礼志は
大陸最強の名声と巨額の富を手に入れたのであった。
なお、400戦無敗、現代最強の格闘家といわれるヒクソン・グレイシーがおこなうヨガ式呼吸法を用いたパフォーマンスは、
この大陸最強の拳法家、愚・礼志にあやかったものであるという事は賢明なる読者諸兄には説明する必要もないであろう。
〜鍵戦略新聞社刊「現代日本の宴会芸に残る中国拳法真実の姿」より〜
「て、あんたなんでそんな事知ってるんだーっ!?」
「フフフ・・・企業秘密です。」
「恐るべし神尾晴子、よもや『愚・礼志の舞』までをも使いこなそうとは・・・。」
緊張した面持ちで言葉を漏らす雷電。
「ど、どうすりゃあいいんじゃ。もう七瀬には打つ手がないってことか!?」
七瀬のピンチに平静でいられない学帽の男。
「落ち着け富樫、七瀬はどんなピンチに陥ろうともただの一回だってタイマンで塩をなめた事はねえ。」
学帽の男を諭す桃。
「アイツは確かに女だが俺達の内の誰よりも男塾魂に溢れたヤツだ。それがある限り、七瀬に負けはねえ!!」
「そうじゃ、今の俺達にできる事は、七瀬の勝利を信じて応援する事だけじゃ!!」
それに応じた松尾が、再び男塾名物「大鐘音」の音頭をとる。
「フレー、フレー、ナ・ナ・セーっ!!フレー、フレー、ナ・ナ・セーっ!!」
またしても地下闘技場を震わせる程の七瀬へのエールがこだまする。
しかし、七瀬は仰向けに倒れたままうつろな目をしているだけだ。
「ムダやムダや。ウチのゲンコツはただのゲンコツやない。」
自分のゲンコツを見ながら語る晴子。
「ウチは毎日毎日アホな事する観鈴にゲンコツを打ち込んできた。」
「そのおかげで、ウチのゲンコツはまさに岩!」
「本気のコイツ喰らって立ち上がってきたモンはおらん。」
そして地に倒れた七瀬を見下ろす。
「さあて、それじゃああんたのケツ、いただくでえ!」
いつの間にやら手に「写ルンです」を構えた晴子が七瀬に近づく。
緊張と期待に包まれる闘技場。
が、今まさに晴子が七瀬に触れようとしたとき、焦点の合わない七瀬の目に飛び込んで来たものがあった!
「闘」
の1文字である。しかしそれはなんと紙の上にではなく、富樫の胸にドスで書かれたものであった!
「フ、すまねえ七瀬。お前の事を疑っちまって。だが今の俺は固く信じる!お前の勝利を!!」
「この『闘』の1文字が見えたのなら立て!そして日本一の乙女になる為、この闘いに勝利するんじゃー!!!」
その瞬間、七瀬は立ち上がり晴子に拳を放つ!
「・・・へ?」
ドガァ!
完全に不意を突かれ、吹っ飛ぶ晴子。
「ふふふ、あれを見せられたらおとなしく寝てなんていられないわ。」
新たな闘志に燃え上がる七瀬。
倒れ、仲間の応援によって起き上がるたびにその力強さは増してゆく。
「あれこそはまさしく『血闘援』・・・なんと見事な・・・。」
またしても感心したように呟く秋子。
「け、『血闘援』!?」
自分の胸にドスで文字を書くという狂行を目の当たりにして動揺を隠せない祐一。
「『血闘援』というのはですね・・・。」
〜血闘援〜
江戸時代、生命と名誉を賭けた御前試合などで肉親や友人などが声を出して応援できぬため胸に”闘”の一文字を刻み、
身をもって闘士と苦しみを同じくし、必勝を祈願するという応援の至極である。
その起源は遠く鎌倉時代に伝わった中国の兵法書『武鑑』にあるという。しかしその胸の傷字は一生残る為、
これをするにはよほどの覚悟と相手を思う気持ちが必要であることは言うまでもない。
〜民明書房刊「武士魂」より〜
「再びまたこのように見事な『血闘援』を見ることが出来ようとは、思ってもいませんでした。」
「なんでまたあんたそんな事知ってるんだよ!?い、いや、それよりも『再びまた』ってどういう意味だ―――ッ!!?」
「フフフ・・・企業秘密です。」
「こ、このバケモンが・・・。」
必殺のゲンコツをまともに喰らっても反撃してきた七瀬に対し、恐怖を感じる晴子。
「あたしは一人で闘ってるんじゃない。男塾のみんなも共に闘ってくれているのよ!」
さらに攻撃を繰り出す七瀬。
それを喰らいつつも、やはり致命的なダメージは喰らわない晴子。
これは長期戦か・・・と皆が考え始めた頃、七瀬に変化が起こった。
「あ、あれえ?なんだか気持ちよくなって・・・?あ、足もとが・・・?」
顔を真っ赤にさせ、千鳥足になっている七瀬。
「カカカ、ようやく効いてきたみたいやなァ。あんた、さっき思い切り酒かぶったやろ?」
「ウチの酒は普通のヤツやない。濃縮アルコール度数999.98%の銘酒『翼人ころし』や。」
なんとも罰当たりな酒を飲んでいた晴子。
「よ、翼人殺し!?」
恐れおののく神奈。
「わ、わたしが呪われてたのって、もしかしておかあさんのせい?」
またしても「おかあさん」の行いに対してショックを受ける観鈴。
「こいつはなあ、空を飛んでいる翼人がその酒気を浴びただけで空から落ちてくるといわれるほどの逸品や。」
「それを頭からかぶったあんた・・・効き目が遅すぎるくらいやで。」
ふらふら〜〜〜バタン!
『七瀬留美、三度目のダウーン!!未成年の七瀬にとっては初めて体験する種類のダウンでありましょう!立ち上がる事ができるかー!?』
「立て〜!立つんじゃ七瀬〜!!」
「お前の負けは男塾の負けなんじゃー!!」
今まで酒に酔った事などない七瀬にとって、このダウンは数多の修羅場で喫してきたものの中でも最もつらいものであった。
(だめ・・・立てない・・・。所詮あたしなんかが乙女になるだなんて無理だったのかな・・・。)
(ごめん、みんな・・・教官・・・塾長・・・。)
(赤石先輩、あたしは乙女にはなれませんでした・・・。)
あきらめかけた七瀬の目に、「男塾の魂が込めてある」と江田島から授かった自分の着ている制服が映った。
(もうあたしにはこの制服に袖を通す資格もない・・・。ん?なにこれ?)
酒に濡れ、透けた制服の裏側に何事か刺繍で字が縫ってあるということがかろうじて見える。
今までとても大事にしてきた制服だけに雨に濡らした事もなかったため、気付くこともなかったのだ。
それを最後の気力を振り絞り読む七瀬。
(・・・・・・こ、これは!!!)
「散々てこずらせよってからに。この、小娘が!」
やっと終ったとばかりに、「愚・礼志の舞」で移動させた内臓の位置を戻す晴子。
「あのままじゃ、酒を飲む事もできへんからな・・・。」
祝い酒をあおる。
「さあて、それでは今度こそあんたのケツ、いただくでえ!」
またしてもどこからともなくとり出した「撮りっきりコニカ」を手に構え七瀬に近づいていく晴子。
そして自分の勝利を確信している晴子が七瀬にあと1メートルまで近づいたそのとき!
七瀬の両手が動き、己の左右のおさげを掴むとなんと思い切り引っ張りだしたではないか!!
「・・・・・・・て、
ぎゃああああああああああ!!!」
七瀬は気付けのために、己で己のおさげを引っ張ったのだ!!!
「ひっ!!」
突然鳴り響いた七瀬の凄まじい悲鳴に度肝を抜かれる晴子。
その一瞬の隙をついて!
「あたしの名は元男塾1号生筆頭にしてクラス人気投票統一王者、七瀬留美!!!」
気合を込めた名乗りと共に、無防備な晴子のレバーに起き上がりざまの一撃を放つ!
ドゴオォン!!
今までの闘いなかで最も大きな炸裂音が地下闘技場にこだまする!!
そして・・・
ポトリ。
晴子の手から、「撮りっきりコニカ」が落ちる。
「な、なんであの酒くらって未成年が立ち上がれるんや・・・・・・。」
ドサッ。
顔面から地面に倒れこむ晴子。
もはや立ち上がりそうな気配はない。
小坊主に目で促す秋子。
頷く小坊主。
「勝負あり!!勝者、七瀬留美!!!」
ワアアアアアアアア!!!
大歓声に包まれる地下闘技場。
お祭り騒ぎの男塾一同。
「うおおおお!七瀬ーっ!お前の勝利じゃー!!」
「お前こそ俺達の誇りじゃー!!」
大歓声の中にたたずむ七瀬。
「フ、あの人の前でだけは絶対に情ない姿をさらすわけにはいかないわ。」
そう言う七瀬の制服裏には、
「わしが男塾塾長江田島平八である」
という、まさに男塾の魂が刺繍されていたのであった。
「お、おかあさん、しっかりして!!」
倒れ伏した晴子に駆け寄る観鈴。
「・・・・・・ウチなら大丈夫や。・・・なあ、あんた、なんで最後の一撃、『プルッツフォン・ポイント』をはずしたんや?」
観鈴に抱きかかえられながら、七瀬に問う晴子。
「あんたが本気で最後の一撃を打っとったなら、ウチはこうしてはおれんはずや。なあ、なんでや?」
七瀬はそれには直接答えず、
「あの事件があった10年前・・・・・・丁度そこにいる観鈴さんを引き取った頃じゃないかしら?」
「まだその頃10代だったあなたには、それはとても大変なことだったでしょうね・・・。」
10年前のことについて語った。
「ま、まさかあんた、観鈴のために金が必要だった事が解っとって・・・!?」
「いいおかあさんね・・・・・・。大事にしてあげなさいよ。」
そう言い残すと七瀬は闘技場から去っていった・・・・・・。
「お、おかあさん。わたしのために・・・。」
感極まり、晴子に抱きつき泣き出す観鈴。
「なに、どうせ殆どは飲み代に消えたんや。あんたが気にすることあらへん。」
照れくさいのか、そっぽを向きながら答える晴子。
(七瀬留美、ウチの完敗や。あんたこそホンマもんの乙女や・・・・・・!)
「な、七瀬ー!なんて漢らしいんだー!!」
「俺はなんてちっぽけな男だったんだー!!」
「兄貴と呼ばせてくれー!!」
七瀬のあまりの漢ぶりに感動の涙を滝のように流す、浩平・祐一・往人の男性主人公達。
「七瀬、お前の男塾魂、確かに見届けさせてもらったぜ。」
「ただ強いだけではなく、全てを包み込むやさしさをも兼ね備えている・・・。これぞ漢の中の漢・・・いや、
乙女の中の乙女、七瀬留美だ!!」
七瀬の優勝に対する確信をまた新たなものとする男塾一同。
・・・・・・選手用通路を戻っていく七瀬はその中ほどで歩みを止めると、突然そこにしゃがみ込んだ。
「く〜!き、効いたわ・・・。」
七瀬は持ち前の根性で今にもまた倒れそうなその身を奮い立たせていたのである。
「勝負が決まったあともその場で寝ているなんて情けない姿、あいつらに見せるわけにはいかないじゃない・・・。」
再び立ち上がり歩みだそうとするが、緊張の糸が切れてしまったため立ち上がることが出来ない。
そんな七瀬に差し出される手があった。
「七瀬、カッコ良かったぜ。」
「あ、赤石先輩!!」
そのゴツイ手の持ち主は、七瀬に「日本一の乙女になれ」と言ってくれた2号生筆頭、赤石剛次であった。
赤石は七瀬の手を掴み立たせるとそのまま肩を貸し、共に歩き始めた。
「せ、先輩!大丈夫です!先輩の手を煩わせるわけにはいきません!」
「フ、俺にはあまり大丈夫そうには見えねえがな?」
七瀬が恐縮するのを無視して、そのまま七瀬を支え進む赤石。
「自分が絶体絶命の危機に瀕しているにも係らず、敵に対して情をかける・・・まさに乙女にしか成し得ない業だ。」
「七瀬、お前はもう立派な乙女だ。これからも頑張れよ・・・!」
厳しかった先輩の暖かい激励の言葉に号泣する七瀬。
「ありがとうございます!!あたし、必ずやこの大会に優勝して日本一の乙女になってみせます!!!」
そして地下闘技場には、七瀬と晴子の闘いを讃える拍手と歓声がいつまでも鳴り響いていた・・・・・・・・・。
「塾長!七瀬留美が見事神尾晴子を打ち破ったそうであります!!」
「うむ、ご苦労。また何か動きがあったら知らせてくれ。」
「ハ!」
報告を終え、塾長室から立ち去る飛行帽。
江田島一人となった塾長室に、その声が響く。
「神尾晴子がいるということは、あの女もまたいるということであろう。フフ、七瀬、そのまま死んでおった方がまだ楽だったかもしれんて・・・!」
不穏な発言をする江田島。
「しかしこのジャム、相変わらずうまいのう。」
そう言いつつ江田島が懐から取り出し食べているジャムは、鮮やかなオレンジ色をしていた・・・。
―グラップラーあゆ! 乙女VS人魚 完―