「おいしいんだおー♪」

選手控え室―――
試合開始を目前に、名雪は百花屋謹製『いちごサンデー』を満足げに食していた。
傍らで、その様子をしげとみつめる、秋子さんをはじめとする水瀬家の面々。

「ぱくぱくぱく…おいしいお〜♪」
「名雪…」
「なに？　お母さん？」

秋子はハンカチを取り出すと、イチゴサンデーを喰い散らす名雪の口元を拭きながらに語りかける。

「今さら落ち着いて行きなさいとか、ベストを尽くしなさいとか、行儀が悪いとか、寝坊をするなとか、
いい歳してぬいぐるみを抱いて寝るなとか、あまつさえそのぬいぐるみに名前をつけて恥ずかしくないのとか…言う事なんてなにもありませんから」

「じゅ…十分言ってるよ…それにいい歳してるのはお母さ―――ぐおっ！！」

何事か言いかけた名雪の延髄に手刀が一閃。
頭を抱え名雪は悶えた。

「…母親としてはともかく、ヒロインとしては…伝えられる事は全て伝えたつもりです」


『あんたヒロインやないやん！！』

誰もがそう突っ込みたかったが、床に蹲る名雪を見ると、口を噤む他なかった。

「ギャルゲーの実践者は現在一千万人を越えていると言われています。
　その中でもKanonこそは実践ギャルゲーの本家と言っても良いでしょう」

（いや…人気はともかく“実践”には向かないと思うんだけど…）

祐一は声にこそ出さなかったものの、全ユーザーの心の叫びを代弁した。

「その本家の頂点に立つあなたが、タクティクスの代表と立ち合う…その意味を知りなさい」

（しゅ…主役はボクだよ！！！）

と、心の中で愚痴るあゆ。

皆が秋子の言葉をじっと聞き入る…誰とも無く、ごくりとつばを飲む音…

「今なおKanonが、近代ギャルゲーの最終形であるという思いは変わりません」

秋子さんの言葉に『うんうん』と頷くKanonキャラの面々。
が―――次に秋子さんの口から出た、その言葉に一様は動揺した。

「水瀬名雪が、KEYの源であるタクティクスに仮に遅れを取ったのなら…
　KEYと言うブランドの立ち上げなど、何の意味も持たなかったと言う事です…その時は―――
看板を下ろしましょう」

その場にいた、KEYに関係する全てのキャラの顔が蒼褪める…正しく爆弾発言だった。
しかし名雪だけは、母のその言葉に、不適な笑みを浮かべながら―――

「同感だよ、お母さん♪」

「うふふ…」
（わが娘ながら、いい笑顔を見せますね…）


そして戦場へ―――


闘技場を前に、目を瞑る名雪の脳裏に数々の思い出が過ぎる…


限定版のパッケージは何であゆちゃんだけ？

通常版に入ってるのは何で私じゃなくて、舞さんのマウスパッドなの？

全年齢版は、ハードが18禁と同じなんだから、ユーザーサービスにもっと追加イベント欲しいんだおー！！

ドリキャス移植って全年齢版とまったく同じだよ…でも、声は結構お気に入りだったかな♪


瞼の裏に、いくつもの光景がよみがえっては消え…
ゆっくりと目を開くと、名雪は祐一達の方を振り返った。

「任せといてよ♪」

ガッツポーズをみせる名雪。その姿は一瞬後光が射したかのよう…
神々しいまでのその笑顔に、先程まで強張っていた祐一達の表情が“パッ”と明るくなった。


『KEYか！？　タクティクスか！？』

闘技場に現れた“もののふ”二人―――
アナウンサーが吼えた。会場が“ワッ”と湧き上がる。

『Kanon VS ONE！！　その代表者が2人ッ、今、雌雄を決しようとしていますッッ！！』

Kanonの眠り姫“水瀬名雪”に相対するは、だよもん星人“長森瑞佳”―――

「この試合のキャッチ・コピーを知ってる？　長森瑞佳ちゃん♪」

瑞佳を前に不敵に嗤う名雪。一方の瑞佳は―――

「知らないもん」

「ふふっ…鍵兵器VSタク槍って言われてるんだおー」

（か……ッ…勝てるよなゆちゃんッ！！！）

名雪の台詞に観客一同が唖然とする中、あゆ唯一人、名雪の勝利を確信した。


「始めいッ！！」

そして…因縁の…対決のゴングは鳴った―――


（つづくッ！！）


＜次回予告＞

ついに幕を切って落とした因縁の対決―――

「あの居眠り好きが眠らないつもりか！？」

名雪、いきなりの『マッハ頭突き』の構えに、驚愕の祐一―――

『こッ…これはいったい……！？』

距離を詰める名雪に、瑞佳の見せた謎の構え―――

「だおォッ！！」

果たして名雪のマッハ頭突きは、瑞佳に通用するのか―――！？

「KEYに対し、タクティクスは全てを伝えてはいないもん！！！」

次回“グラップラーあゆ！”―――『居た場所』もサービス♪　サービス♪