グラップラーあゆ!
〜倉田佐祐理 VS 川澄舞〜   作:えぬ

(前回までのあらすじ)
「1シナリオ完全燃焼主義」を掲げ、数々の死闘を乗り越えてきたアストロKanon
その前に、久瀬率いるビクトリー生徒会が立ちはだかる。
そしてそのメンバーには、かつて倉田佐祐理の友人であった、川澄舞が含まれていたのだ!
川澄舞の瞳に宿るのは、倉田佐祐理への憎悪のみ…!
狂気のデスマッチ舞踏会をくりひろげる舞に、佐祐理はひとつの決意を心に秘めて、ロッカールームに降りていったのだった…



『さあ倉田選手、ベンチの奥に消えたまま、まだ登場しませんが…なにか秘策があるのでしょうか…?』

「佐祐理、遅い…。まさか、逃げ出した…?」
 舞は静かにつぶやくが、その表情は怒りに満ちている。

 するとそのとき、地面に穴があき、エレベーターが地下から上がってくる。
『さあ、ようやく倉田選手が戻ってきました。が…』
 佐祐理のコスチュームを見て、一瞬絶句するアナウンサー。
 しばらく間をおいてから、マイクを握り締めて叫ぶ。

『Yシャツ! 倉田選手のコスチュームは、真っ白なぶかぶかYシャツ一枚だあッッ!!』


「うおおおっ!」
 騒然とする場内。
「すてきでござるよ、佐祐理さん!」
「目をあけていられないほどの萌え…あの純白さが佐祐理さんの信条なんだな!」
 ずず黒い観客たちの歓声が響くが…

「でも、それにしては佐祐理さん、険しく淋しい顔してるよ」
 ベンチで見守る名雪の表情はさえない。
「そうですね。まるで、死出の旅に出るような…」
 言いかけて、栞ははっとして名雪と顔を見合せる。

「「死に装束!!」」

 真意を理解したアストロKanonの面々は、次々に叫ぶ。
「佐祐理さんは、死に神にとりつかれたんですよ!」
「やめて〜っ」
「せっかく試合の流れが変わってきたのに、なぜまた親友同士が殺し合わねばならないんだよっ!」

 しかし、そのベンチの声も佐祐理と舞の耳には届かない。

「九星剣円陣……!!」

 舞は静かに剣を振り上げる。
 その指示のもと、ビクトリー生徒会の面々が舞の周囲を回転し始める。

「すごい回転…中心にいる川澄舞さんの姿が見えないです…」
「まさか佐祐理さん、あの中に飛び込む気?」

 バットを構え、目を閉じる佐祐理。
「花の都に乙女あり 二十にしてはや心朽ちたり すでにして道ふさがる なんぞ白髪をまたん……」

 その脳裏に浮かぶのは、いままで闘ってきた仲間のこと…

(月宮あゆさん。あなたのどんな屋台にも金を払わない姿は、真の食い逃げ道を見たような気がします!)
(水瀬名雪さん。あなたの寝ボケっぷりがともすれば、殺伐とした戦いの中で救いになっていたことは確かです!)
(天野美汐さん…いまわしい過去をふりすてようと努力する美汐さん。ヒロインの花道を歩きたいということがあなたの信条でしたが、あなたの歩いてきた道はすでに花道だったのかも知れませんね)
(美坂香里さん、あなたはKanonの良心ですね。そして女性というものはかくも美しくもえさかるということを十分に見せてもらいました!)
(美坂栞さん…あなたは一見気弱に見えても、やはり香里さんの妹です。ここいちばんのときに発揮されるパワーはやはりKanonの原動力です!)
(最後に沢渡真琴さん…早くよくなってください。あなたは責任感の強い人です…ですけどあせって退院しようとしないでください。今は症状を完治させることがあなたに課せられた最高の責任かもしれません!)

「倉田佐祐理、この世に生を受けて18年。これほどの友情を得たことは至上の幸せでした!!
さらば熱き血潮の我が素晴らしい友よ!!」

 戦友に心で別れを告げる佐祐理。
 しかし。

「うぐぅ〜〜〜!」

 佐祐理の足首に向かって、あゆがものすごい形相でつっこんでくる。

 ドガッ!

 飛び出そうとした足を払われて、倒れこむ佐祐理。
「あゆさん…」
「バカだよ佐祐理さん! 命を的にしてまで舞さんとの勝負に義理立てする必要がどこにあるんだよ!」
「…生きながらえても同じことが言えるかもしれませんよ」
 静かに衣装を正し、再びバットを握る佐祐理。
「生きるも地獄…そして、死すも地獄…」

「佐祐理さん、あまったれんじゃないわよ!」
 たまりかねて、香里が叫ぶ。
「過去はどうあれ現在の舞はあなたの友達じゃないわ! あれは狂人よ! さあ、きかせてもらおうじゃない! なぜ舞が狂人みたいにあなたを狙うのか! そして私たちアストロKanonの結束を捨ててまで子羊みたいに、なぜ素直に的にかけられているそのワケを…! どうなのよ、言ってみなさいよ佐祐理さん!!」
「い…言えません…たとえ、アストロKanonを退団になったとしても…」
「さ、佐祐理さん、あなたって人は! 舞の手に掛かる前に私の手でブチ殺してあげるわっ!
「待ってください、香里さん」
 興奮した香里を、バットで制する美汐。
「佐祐理さんが話せないのなら、私がお話します。文句は言わせませんよ倉田佐祐理さん…
いやさ! マジカルさゆりん!」


 ドーン!!

「悪いとは思いましたが、あなたと舞さんの関係があまりにも異常だったので、調べさせてもらいました。相沢祐一さんを倒し、舞さん自身の人生を狂わせた魔物は、実は舞さん自身が作り出したものだったんです!! そしてこれほどまでに悲劇のキレツを深めたのは…舞さんがいまだにその真実をしらない…いいえ…その魔物を作ったのがマジカルさゆりんである、という嘘を固く信じきってしまったということなんです!!」

 ビーン!!

「青雲の志を抱いて、学校に魔物退治に出かけた舞さん…しかしすぐにガラスを割り、停学生活を強いられた…そしてその停学生活のなかで舞さんの性格はみにくくゆがめられていったんです」

 なけなしのお金を使い、祐一のもとに公衆電話をかける舞。
『祐一…助けて欲しい。学校に魔物がでるの…』
『バカもの! 魔物はおまえの気の弱さからくるものだ! いいか! おのれの力で魔物の壁をくだいてみろ! そうすればおまえはもうひとつ大きくなれる!!』
 そんなところに、電話の向こう側から聞こえる友人の声。
『あははー。祐一さん、このシューティング、また一周してしまいましたー。佐祐理、とっても楽しいですー!』
『祐一…本当に魔物が出たの…祐一…!』
 しかし電話は、無情にも切られてしまう。

「相沢さんとしてみれば、舞さんに一人立ちしてもらうために、そんなに冷たくあたったのでしょう。そして佐祐理さんには、自分が舞のほうを好きだという負い目から、必要以上に大事にしたのでしょう。ですが、そこまでして舞さんを追い詰めるべきではなかった!」

『むごい…むごすぎるしうち…! 佐祐理とは一緒に遊んでも、私の手助けはしてくれないなんて…赤の他人でも…いや犬畜生でもこれほどまでにむごくはない…! 私に…魔物といっしょにのたれ死ねというの…? そんなことでなぜ私だけがこんな仕打ちをうけねばならない…!?』

「もうすでにふつうの精神状態を保つことが出来なくなった舞さんは…今まで疑うことのなかった相沢さんへの信頼と愛情が、疑惑と憎悪に変わっていったんです。佐祐理さんにはあくまでやさしく自分には冷たかったこと、そして学校に行くといったときあまりにもスンナリ許されたということ。それらもろもろのことが積み重なり、自分は相沢さんに疎んじられていると思いこんだんです。その疑惑が疑惑を呼び…以前小耳に挟んだことのある、佐祐理さんが実はマジカルさゆりんであるという風聞があながち嘘ではないと思いこみ始め…ついには自分が闘っている魔物が、佐祐理さんが作り出したものだと確信するまでになってしまったんです!」

『そう…魔物を作り出したのは佐祐理…。佐祐理は私と祐一を引き離すために、魔物を学校に放ち…私のいない間に祐一の心を操った…。騙されるほうも騙されるほう…祐一も、佐祐理も、許さないから…!!

「そして復讐のために、舞さんは復学を決意します。停学はいつしか解け、学校に戻った舞さんの心には…もはや佐祐理さんと、佐祐理さんにまんまと騙された相沢さんへの恨みしか残っていなかったんです!」

 キシャーン!!

 美汐にすべての過去を明かされ、うなだれる佐祐理。

「今…考えると、祐一さんは気の毒なくらい佐祐理に遠慮していました。そして一方、舞は佐祐理を純粋に思う気持ちから自分自身でシナリオから身を引いてくれました。ふたりとも…理由こそ違え、佐祐理のことを大事にするあまり…こんなことになってしまったのは確かなんです!」
「だからといって佐祐理さん、あなたが死んでいいという法はないわよ!」
 しかし佐祐理は静かに首を振る。
「佐祐理が今あるのはあの人たちふたりの犠牲の上に立っているからです! そんなふたりに佐祐理は、死をもってしか報いる手立てが思い浮かばないんです!」
「バカよあんた! 死を考える前になぜ、舞に真実を伝えることを考えないの? どうして腹を割って誤解を解こうとしないの? 腹をくくるのはその後でもいいじゃない!?」
「……その通りですよ、香里さん。だけど、真実を伝えることは…そのまま舞には死刑宣告となるんです」
「わからないのよそのあたりが! 誤解を解くことがどうして舞の死刑宣告になるの!?」
「舞は佐祐理と祐一さんへの恨みだけで今まで生きてきました。真実を伝えることは、そんな舞の生きる支えを根こそぎ奪うことになるでしょう。と同時に、舞は今まで犯してきた罪の大きさにおののき、その罪を清算する手立てとして…自らの命を絶つでしょう! 佐祐理は若くして人生の辛酸をなめさせられたまま、舞を死なせたくないんです!」
「だからって…あなたはその真実を抱いたまま死んでいくっていうの! 偽善者めいたことをほざくんじゃないわよっ! 
それぐらいの真実を知ってオタオタと死ぬような女だったら、もともと大した女じゃないのよ!」
「佐祐理はですねえ…この学校に入学してからいつも舞に教えられ、守られ、そして助けられてきたんです。それは今でも間違いじゃなかったと確信しています! 舞は佐祐理を倒すことで…憑き物のような憎悪のうろこが落ち…以前のような舞に戻るはずです! 
あの情けに熱く燃え盛るような正義感を五体にみなぎらせた…昔の親友・川澄舞に!!」

 そのとき。
「佐祐理…未練…。ここまできて命が惜しくなったの…?
モタモタせずに死地におもむけ…!!」

 舞の催促に、佐祐理はうなずき、再び戦地に向かう。

「佐祐理さん!」
 あくまで佐祐理を止めようとする香里を、美汐が制止する。
「行かせてあげましょう、美坂さん」
 美汐は笑って、佐祐理の肩に手を置く。
「案外とバカな人ですね、佐祐理さん。あなたもやはり私たちと同じく、要領よく生きることのできない女性だったってことです」
「これは…?」
「屋久島の縄文杉を削って作った特製のバットです」
 天然記念物を破壊してつくったバットを佐祐理に手渡して、美汐は微笑む。
「佐祐理さん。絶対に生きて帰ってきてください。たとえ○○○になっても、あなたがアストロKanonの一員であることに変わりは無いんですから」
 放送禁止用語を交えた美汐の励ましに、佐祐理は元気よくうなずく。
「はい。見ててください! 倉田佐祐理、アストロKanon入団以来の集大成をお見せしますよ!」

 美汐のバットを構え、再び戦地に赴く佐祐理。
 しかし。
「うぐぅ〜〜!!」
 再びあゆが、佐祐理のアキレス腱を狙って突進してくる。
「ボクにはこういう方法しか思いつかないけど…! ボクの目の黒いうちは…どんなことをしても佐祐理さんを死なせないよ〜!」

 ドガッ!!

 あゆのタックルに、再び倒れこむ佐祐理。

「バ、バカなことを…」
「そうだよ! ボクはバカだよ! でもこうでもしないと、佐祐理さんに憑いた死に神は落ちないよ!」
「だけど、佐祐理は行かなくては…」
「佐祐理さん、ボクはキミの足をへし折ってでも、あそこには行かせないよっ!」
 バットを振り上げ、佐祐理の足をたたき折ろうとするが。
「わかってあげてください、あゆさん」
 その手を、美汐が止める。
「わかってるよ! 佐祐理さんは舞さんに…」
「そんなことではないです。あなたが一番分かっているでしょう。腹をくくった人間の心の中には、他人はふみこめないということを。舞さんという存在は、佐祐理さんにしてみれば避けて通れない存在なんです。命を的にし全力で戦ったときには、結果はどうあれ佐祐理さんはさらに一歩全身できるでしょう」
「だからって、死んだら元も子もないよ!」
「信じましょう。佐祐理さんの並外れた生命力と克己心を…!」
 美汐に諭されたあゆは、佐祐理にバットを手渡す。
「生きて帰ってきて、佐祐理さん…。ファンを泣かせちゃいけないよ。ボク、やっぱりそう思うよ…」

(人は苦境に立ったとき、初めて人の情がわかるといいますけど…佐祐理ほど…人の情を一身に受けた果報者はいないでしょう…)

「敗れて死すともぶざまな戦い方は断じてすまい!!」


 ドーン!


 何度も気勢をそがれた格好のビクトリー生徒会陣営。
 しかし舞の指揮の元、再び円陣が回転をはじめる。

『九星剣円陣ものすごい地響きをたてて大回転!!
 その砂塵の舞う様はまさに唸りをあげる大渦潮〜〜っ!!』

 その様子を、静かに見守る久瀬。
「この円陣がとかれたとき…川澄さん倉田さんのいずれかが息絶えるときだ…。いや、いずれかじゃなくて2人とも消えてしまったほうが…いいな」
 久瀬は立ちあがる。
「川澄さん! 渡しますよ、地獄へのパスポートを!!」
 運命の矢が放たれる!

『いった〜っ 悲劇、舞と佐祐理・親友の死闘、ここに幕は切って落とされた〜っ!!』

「佐祐理…今こそ引導をわたしてあげる…覚悟…!
 不気味な回転が消え、ビクトリー生徒会の面々が一斉に空中に飛び上がる。
「空に舞い上がったのは舞を入れて七人…! 一体どのような手立てで攻めてくるの? そしてその中で舞たちの攻撃をどうやってふせげばいいの?」

「き、来た!」

 人間ナイヤガラ!!!

 屋上から勢いをつけて飛び降り、剣撃の威力を増すという技を応用した、ビクトリー生徒会、最大の秘技!
 上空から降り注ぐ生徒会のスパイクが、佐祐理の体を蹴る!
 蹴る!
 蹴る!

「うう…」
 満身創痍になりながら、それでも舞を目指す佐祐理。

「死んじゃダメだよ、佐祐理さん!」
「あなたの体をかけめぐるアストロKanonの血をとめないで!!」

「行かなくては…暗い青春をあゆませた舞へのつぐないのためにも…
そしてアストロKanonの血を燃えたぎらせ…1シナリオ完全燃焼するためにも!!」

 ついに舞のもとにたどり着く佐祐理。
「行きます! 倉田流魔法超奥義!! くるりんステッキ!」
 最後の決着をつけるために、ジャンプする佐祐理!
「川澄流奥義…月面斬り…!」
 それを上空から迎え撃つ舞!
 体勢は圧倒的に舞が有利!
 たまりかねた天野美汐が叫ぶ!

「きたない、汚いですよ舞さん! 佐祐理さんの体力を衰えさせて襲いかかるなんて、それじゃ闇討ちじゃないですか! 舞さん! 
あなたも自分で作った魔物と同じ穴のムジナですよ!!」


!!


「……」
「………」
 舞と佐祐理の激突は、相打ちに終わった。

「佐祐理さん!」
 慌ててかけより、佐祐理を助け起こす栞。
「大丈夫です! 佐祐理さんは生きてます!」
 しかしそこに、同じく地面に激突した舞がふらふらと歩み寄る。
「…とどめを…とどめをささないと…佐祐理…」

 パチン!

 その舞を止めたのは、美汐の平手打ちだった。
「これ以上女を下げないでください、舞さん…! 女は引き際が肝心です」
「……」
「いいんですよ、美汐さん」
 佐祐理は立ちあがり、舞に対し体を差し出す。
「さあ舞、気の済むまで存分にやって。それで昔の舞に戻れるなら…」
 しかし舞は。
「鼻持ちならない…そんなやさしさの押し売りは」
 と吐き捨てた。
「舞さん、あなた…!」
 美汐が舞を止めようとするが、舞は続ける。
「いい、佐祐理? やさしさを他人に押し付けないで。それがたとえ命をかけていても、見かえりを願うようなやさしさなんて、ただの偽善…。やさしさなんかで人は救えない。よけいに相手をみじめにさせることもあるってことを忘れないで…」
「わ…わかります! よくわかります!」
(どういうこと…? 舞さんの殺気が消えてる…それよりも、力強さの中に人を包み込むような柔らかさを感じる…)
 背を向け、去っていこうとする舞に、佐祐理は声をかける。
「舞! 死なないで!」
「どうして…私が死ぬ必要があるの? たとえ祐一を倒したのが私の作った魔物だったにせよ…私が祐一を倒したのは、浮気者には死をという鉄則に従ったまでのこと…。私が死ぬ理由はない…」
「うぐぅ、くさってるよ…。頭のてっぺんから足のつま先までくさりきってる…」
 怒りに打ち震えるあゆだが、佐祐理は否定する。
「いえ! ほんのすこしだけ! 昔の舞が帰ってきたような気がする!」




「川澄さん…?」
「久瀬、傷口を洗いたい…いい?」
「ああ。だけど、すぐ戻って来るんだよ」
 舞は闘いの場を離れ、奥のロッカールームへ立ち去る。


『さあ、一度目の惨事は避けられましたが…まだまだアストロKanonとビクトリー生徒会との死闘は続きます!』


 しばらくして、舞がロッカーから戻ってくる。
「さあ、出番だぞ、川澄さん」
 久瀬の声にうなずいて、舞は剣を手に再び戦場へ向かおうとするが。
「おや川澄さん、得物が違うんじゃないか?」
 舞が手にしたのは、いつもの西洋剣ではなく、ただの竹刀だった。
「これでいい…」
 久瀬の疑問に、舞は答える。
「今度の闘いは私が新しく生まれ変わるための出発…過去をすてさる門出にふさわしい号砲を、この竹刀で叩き出したい…」
 久瀬に背を向け、戦地に向かう舞。
 その背中には、いままで背負ってた怨念が消え去っていた。

『さあ、ここで登場した川澄舞、倉田佐祐理と2度目の対峙!』

 竹刀をさげたまま、悠然と構える舞。
 佐祐理も木刀を構え、立ち向かう。
 舞の額から、流れ落ちる汗──。

「少し…息ぐるしい。天井を、あけて欲しい…」
「わかったわ」
 香里の合図で、ドームの天井が開く。
「……」

 ドームから吹き込むさわやかな空気が、うすれゆく舞の気力をふたたびよみがえらせる…。
 生死を越えて澄み切った舞の瞳は、いったいなにをみつめているのか…!

「舞さんの構えから、邪念が消えている──」
「舞さんもまた、1シナリオ完全燃焼主義に目覚めたんですよ」
「どん底から這い上がってきた舞は、これまで以上の強敵よ、佐祐理さん…」
「負けないで、佐祐理さん…!」

「行きます」
 佐祐理が一歩踏み出す。
「──!」
 舞が目を見開く。
「やあーっ!」


!!


 勝負は一瞬だった。
 舞のすばやい剣撃が、佐祐理の木刀を遥かかなたへと弾き飛ばしていた。
「……」
 佐祐理はその行方に目を向けることもなく、仁王立ちの舞をただ見つめる。
(あのときの…やさしくて強かった、舞…)
 そして、満足げな表情で言った。

「佐祐理の…佐祐理の負けです!」

「うおぉぉっ!!」

 大歓声に包まれる、ビクトリー生徒会陣営。

「うぐぅ…負けちゃったよ」
「川澄舞…敵ながらあっぱれね」
 負けても悔しさのないアストロKanonの面々。
「さあ、勝ち名乗りだよ、川澄さん」
 名雪が舞の手を取ろうとする。
「舞さん…?」
 しかし手を取った瞬間、そのままへなへなと尻もちをついてしまった。

「どうしたの?」

「脈がない…! 死んでる…舞さんが死んでるよ〜!!」

「なんですってぇー!!」

 驚きに包まれるアストロKanonとビクトリー生徒会の面々。

「うぐぅ、わからない…わからないよっ!」
「どうして舞さんが死んだんですかっ!」

「腹を…腹を切ってる! かげ腹よ!!」

「かげ腹〜っ!?」

 疑問の声をあげる面々に、香里が説明する。
「昔の武士は…どんな悪いことをやっても殿様は殿様、殿様のやることは絶対で、非難めいたことを一言でもいえば、忠義に反する謀反人のレッテルを貼られたのよ。それでも…その謀反人あつかいされる覚悟で殿様に直訴する武士がいたの。忠義に反する詫びとして、前もって腹を切り、切り口をサラシで巻き…死線をさまよいながら殿様の前で悪いことを改めるようにいさめ…そしてしんでいったのよ!」

 香里は舞の腹のボタンをはずす。

「肝に銘じてとくと見なさい、久瀬さんっ!! 愚将のあなたにはもったいないほどの賢臣・川澄舞のかげ腹を!!」

 舞の腹を覆う、血に染まったサラシ!!
 そしてサラシの間から、一通の手紙が落ちた!
「こ、これは舞のわび状…!」
「!」
 わなわなと振るえる手で、香里はその手紙を読み始めた。


  わび状

今となってはなにを言っても空しく 自己弁護になるけど 語っておきたい
まず 祐一のことについては 祐一を倒した後 恐ろしいほどの不安におちいった
魔物を作ったのが自分ではないかという…不安である
事実を知るのが恐ろしく つとめて自分を正当化しようとし…
暴力という恐怖で周りの人々をしばり 口を封じる いわば狂気の世界をつくりあげた
はりつめた沈黙の中に私は ひとときのやすらぎを求めた いつかこのはりつめた沈黙がやぶられる日がくることを感じながら…
そして今日 天野美汐の投げかけた一言で…はりつめていた糸が切れ 真実の前で臆病だった私を暗黒の狂気の世界から 日のあたる正気の世界にひきずりだしてくれた
しかしながら私の狂気のために 多くの犠牲者をだしてしまった罪はぬぐいさりようもない
ここに一命を奉じておわびする
なお デスマッチ舞踏会をおしすすめてきながら それほどの成果をあげられなかったことは 勝負師として残念……
しかし最後は 死力をつくしてビクトリー生徒会のために戦いたい
久瀬 舞踏会も勝負のひとつ 正々堂々最後まで戦い 勝利をえんことをいのる……


「最後に……親友・佐祐理へ 友として……なにも…なにも…?」
 香里の朗読が止まる。
「ダメよ、後は血がにじんで読めない…」

「いいんですよ」
 しかし、佐祐理は首を振る。

「佐祐理にはわかります。舞が…舞が何を言いたかったのか…。満足したよね、舞! やすらかに眠ってください…!」

 舞の体を背負い、医務室へと運ぶ佐祐理。
 その姿は、本当に仲の良い友達の姿であった。
 アストロKanonとビクトリー生徒会の面々は、そんな2人の後ろ姿を、整列して見送る…

「生徒会戦士・川澄舞にたいし…黙祷!!」


花の都に乙女あり
二十にしてはや心朽ちたり
すでにして道ふさがる
なんぞ白髪をまたん!!!!



(つづく)


すでにバキネタという存在からも超越してしまったこのSS。
まあバキもアストロ球団も作者のキレっぷりがよく似たマンガだからいいでしょう、ということで。
会社や実家に嫌がらせの電話をしないようにお願いします。

ちなみに「伊集院球三郎はみさき先輩じゃないの?」という疑問もあるでしょうが、
それでは大門の設定を生かしきれなかったもので。
つまり、切腹と盲目の間でのトレードオフが生じ、今回は切腹を重視したわけです。
もっとも、どちらも真っ当なギャルゲーや野球マンガのネタじゃないような気もしますが。

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