遠野家のパティシエ試験

「…ということで、王女さまの今回のパティシエ試験の課題は、『野菜を使ったお菓子』なんだ。ちょっと難しい課題だけど、みんな頑張ってほしい」

 ある日。  遠野家の屋敷にアルクェイドとシエル先輩を呼び、秋葉と琥珀さん、そして翡翠も揃ったところで、俺はこの5人に向かってこう言った。

「は? どういうことですか、兄さん?」
「あはは。志貴、何言ってるのー?」
「遠野くん、まさかまた頭を打ったんですか?」
「ご気分がすぐれなければ、お休みになるのがよろしいかと」
「あー志貴さん、何だか悪巧みしてますねー」

 だいたいは、予想通りの反応。
 まあ、こういった状況は何回も経験している俺だ。ここからしっかりと議論を優位に運んでいく。遠野志貴の腕の見せ所といえば見せ所だ。

「いやね、昨日たまたま王女さまに会って、そこでお菓子を作って欲しいって頼まれたんだ。せっかくだから、ここはみんなに協力して作ってもらおうと思って」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 5人の表情は、変わらない。
 まだまだ説得は不充分のようだ。
「何か質問はないかな?」
 すかさず、秋葉が手を挙げてきた。
「…兄さん、初歩的な質問で悪いのですけど」
「なんでも聞きなさい」
「王女さまって、誰のことですか?」
 いい質問だ。
「朱い月の王女さまだ」
 俺がこう答えると、みんなの視線が一斉にアルクェイドに向いた。
「わ、わたしじゃないわよ」
 アルクェイドは慌てて首を振る。
「うん。確かに俺が会ったのはアルクェイドなんだけど、ここにいるアルクェイドではないんだ。俺たちとは別の世界に住む、朱い月の王女さまなんだ。あ、ちなみに本来なら姫と呼ぶべきだろうし、元ネタなら女王さまなんだけど、このSSでは間を取って王女さまっていう呼称で統一させてもらうよ」
「……」
「……」
 琥珀さんや翡翠は、一様に無表情。やはりこの二人には少し難しいか。

「…つまり、こういうことでしょうか」
 ここで、シエル先輩が口を挟んだ。
「遠野くんは夢の世界で真祖の王女に会って、野菜を使ったお菓子作りを頼まれた、というわけですね」
「そう、その通りだよ先輩!」
 さすがはシエル先輩だ。
「ですが、これは遠野くんの夢の話でしょう? 遠野くん自身が解決しないといけない問題ではないのですか?」
「そうよー。そもそも、なんでわたしたちがお菓子を作らないといけないのよ?」
「だって、ちょうど5人いるしさ」
 そう。こういう設定では、お菓子は5人で作るものと決まっている。
「ですが兄さん、5人といっても私たちはとても…」
「その点は大丈夫だ」
 俺はまず、秋葉をビシリと指差す。

「赤いし」
「わ…私は赤くなんかありません!」
 いや、自分では気付いてないかもしれないけど、もう秋葉の髪の毛は真っ赤っ赤だ。

「へっぽこハーフがいるし」
「誰がへっぽこハーフよ」
 確かにアルクェイドはハーフじゃないし、元ネタのあの娘も本当は両親とも日本人なんだけど、こういうジャンルでいいと思う。

「メガネっ娘もいるし」
「ど、どうしてわたしが、あの三年目に入ってからすっかり目立たなくなった地味なキャラと一緒なんですかっ!?」
 だからその辺がです、先輩。

「演技派の小悪魔もいるし」
「うふふ。この役どころはちょっと嬉しいかもしれませんねー」
 琥珀さんは小悪魔というより大悪魔だな。

「そして最後に…」
 サッと翡翠にアイコンタクトを送る。
「関西人」
「…な…なんでやねん…!」
 顔を真っ赤にしながら、おずおずと裏拳を差し出す翡翠。
(…偉いぞ、翡翠)
 主人の要望を瞬時に読み取り、忠実に実行する。
 その巧拙はともかくとして、こういうところ、翡翠という娘はまさにメイドの鑑だと思う。

「…ということで、だ」
 このままではキリがないので、話を押しきりにかかることにした。
「何が『ということで』よ」
「舞台は完璧に整った」
「どこが完璧なんですかっ」
「王女さまに満足してもらうために」
「誰も満足してもらおうとは思ってません」
 強硬に反発するアルクェイドと先輩と秋葉。
「…まあまあ、いいじゃありませんか」
 いいところで琥珀さんの助け舟が入った。
「志貴さんも楽しそうにしているんですし、ここは一つこの話に乗ってみるのも面白そうじゃないですか」
「たしかに、兄さんの頼みというのなら…」
「ま、楽しめたらいいか」
「ふう、仕方ありませんねー」
 どうやら不承不承ながらも、みんなの心は一つになったようだ。

「みんなで協力して、おいしいお菓子を作ろうー!」
「「「おー!」」」

「…よ、よっしゃー、がんばるでー…!」
「関西弁はもういいぞ、翡翠…」



「さあ、まずは何を作るかなんだが…」
 とりあえず、みんなを厨房に集めて、作戦会議。
「野菜を使ったお菓子ということで、何かいい案はあるかな?」
「ねえ、志貴。どうして野菜を使わないといけないの?」
「王女さまは、野菜嫌いなんだ。だから大好きなお菓子と一緒においしく食べられるレシピが必要なんだ」
「へえ、わたしは別に野菜は嫌いじゃないんだけどな。彼女とわたしじゃ、ちょっと嗜好も変わるのかな。でも野菜を食べないと魔力が弱まるなんて、あの番組もムリヤリな設定をしたものね」
「そもそも野菜嫌いをお菓子で治そうなんて、文字通り甘ったれた考えですわ。もっと厳しく野菜は野菜として食べさせないと、今後の躾のためにもよくありません」
 お菓子の題材から完全に脱線して、あの番組への勝手ないちゃもんをつけているアルクェイドと秋葉。
「そうですよ。野菜をたくさん食べたいなら、カレールーで煮込むべきだと思います」
「天一(天下一品ラーメン)のこってりスープにも、野菜がたっぷりです」
 先輩も翡翠も、これから作るものがお菓子であるということを少しは考慮して欲しい。
「…パンプキンパイなんか、いいんじゃないでしょうか」
 ここで、琥珀さんが的確な発言。
「野菜のお菓子の定番ですし、ちょうど季節も10月の末ですから」
「おお、それだ!」
 こういうときの琥珀さんは本当に頼りになる。っていうか、今回は琥珀さんしか頼りにならないのだが。
「よーし、今回のテーマはパンプキンパイに決定だ! アルクェイドと秋葉はパイ生地の準備、先輩と翡翠はかぼちゃの調達を頼む!」
「かぼちゃカレー…」
「天一秘伝のこってりスープ、決め手はふんだんに使ったカボチャ…」
 それは本当なのか、翡翠?



 材料の調達が終わって、調理に入る。
 実を言うと、今回のお菓子作りは、王女さまの課題をクリアするという目的だけではなく、もう一つの目的があった。
 それは、いつもいがみ合っている彼女たちを「お菓子作り」という一つの目標に結束させ、真の親睦を深めさせるということ。
 それに、こうやって女の子達がわいわい騒ぎながら料理をする姿をみるのも、なんとも微笑ましいではないか。

 シャキン!
「あ、手が滑って包丁がシエルのところに飛んじゃった」
「…狙ってやりましたね、吸血鬼さん」
「ヘンな言いがかりはやめてよね。妹の方を狙ってたのが、本当に手が滑ってそっちに飛んだだけなんだから」
「あら、珍しいですわね。真祖の姫君ともあろうお方が、そこの教会の犬と同じような姑息な闇討ちをしようなんて」
「秋葉さん。今のセリフは聞き捨てなりませんね。わたしを侮辱することは、教会を侮辱することと同じだとは考えたことがないのですか?」
 …微笑ましいではないか。

「姉さん、かぼちゃの裏ごしが終わったんだけど」
「へえ、どれどれ」
 …あ、こっちはまともそうだ。
 琥珀さんが翡翠に料理を教えているというのも、珍しくないように見えて珍しい取り合わせだ。
「ねえ、裏ごしの終わったこの皮の部分って、どうするの?」
「うん。それはもういらないから捨てていいわよ」
「じゃあ、裏ごししたこっちの身の部分は、どうするの?」
「うん。それももういらないから捨てていいわよ」
 …どうやら琥珀さんは、絶対に翡翠の手が加わった材料を使用するつもりはないらしい。
 確かに、あのコールタールのような黒いものが、かぼちゃだったのかどうかここでは判別がつかないけれど。



 チーン。
 というわけで、オーブンのタイマーが切れた。
 いかにも美味しそうな香りを漂わせながら、パンプキンパイがオーブンから取り出される。
「幸せな気分になりますようにー」
 仕上げに琥珀さんが、焼きあがったパイの上に魔法の粉をふりかける。
 …まあ、どんな魔法の粉かは聞かないほうが得策だな。

 とりあえず、終わり良ければ、すべて良し。
 琥珀さんの奮闘と、みんなのそれなりの奮闘でできあがった努力の結晶。
「パンプキンパイ、完成ー!」
「おーっ!」

「で、完成したのはいいけど、これを王女さまのところにどうやって持っていくの?」
「そうですね。王女さまは夢の世界なんですから、概念以外のものを持ちこむことはできません」
「大丈夫、その辺は設定がうまいことできていて、俺たちは今夜、直接王女さまに会いに行けるんだ」
「今夜って、何か特別な夜なんですか?」
「朱い月が嗤う夜」
「なんだか、縁起が悪そうな夜ね…」



 というわけで、王女さまの城。
「おお、待ちかねておったぞ、遠野志貴」
 長い金髪を優雅に揺らして、朱い月の王女さまがやってくる。
「…で、その後ろにいる女どもは何者じゃ?」
「今回のパンプキンパイを作った、パティシエ達なんだ」
「ほう…まあよい。さっそく、そのパンプキンパイとやらを試食させてもらうぞ」

 早速、試食。
 5人とも、王女さまの口へと運ばれたパイの行方を、固唾を飲んで見守っている。
「…うむ。なかなかの出来じゃ」
 わっと、5人の表情が明るくなる。
「…だが、何かが足りぬな」
 むっと、5人の表情が暗くなる。
「なんか感じ悪いー。ただの裏の人格なくせにー」
「足りないのはあなたの味覚じゃないのかしら?」
「今からでも遅くありません! すぐにパイ生地をカレー味に変更しましょう!」
「こういうときはカウンターにある特製からし味噌を加えるとよろしいかと」
「薬の量が足りませんでしたか…ちぇっ」
 みんな口々に、とんでもないことを含めて言っている。
「具体的に、何が悪いのかな…?」
「うーむ、確かにパイ自体は良い出来であるのだが、このパサパサとした部分が歯の裏にくっついてしまうのじゃ」
「それだ!」
 さっそく、琥珀さんと翡翠に頼んで紅茶を持ってきてもらう。
 王女さまは、もう一度パイをかじり、そのあとティーカップに口をつけた。
「どう…かな?」
「うむ。水分を口に含むことで、パイの食べにくさが全く無くなった。しかもこの紅茶の香りがパイの香ばしさとマッチして、実に深い味わいになっておる」
「それじゃあ…」
「当然、合格じゃ」

「やったー!」
 苦労が報われて、喜び合うみんな。
 アルクェイドと秋葉など、調理中はあれだけいがみ合っていたのに、ハイタッチなんか交している。
「しかし…なぜじゃ」
 騒ぎの中、王女さまは俺一人に向かって問いかけた。
「どうしたんだい、王女さま?」
「おまえたち人間が、私のような真祖の者に、どうしてここまで一生懸命になれるのじゃ。人間にとっては敵かも知れぬ、この我らに」
「当たり前じゃないか」
「?」
「君が喜ぶ顔を、見たかっただけだよ」
 俺の言葉を聞いて、王女さまはあっけ取られた表情をする。
「別に…私は…喜んではおらぬ」
「あれだけ美味しそうにパイを食べて? あの特大のパイが、もう一切れしか残ってないじゃないか」
「……!」
 ほとんど空になった皿を指差され、王女さまの顔が一気に赤くなる。
 普段すましているだけに、こういう表情がなんともかわいく見えてしまう。
「俺はさ、王女さまにいろんな場所を見てほしいんだ。この城だけじゃなくて、もっと外の世界を見てほしい。そこでなら、君はもっといろんな表情ができる。今日食べたのよりも、もっと美味しいパイだって食べられるんだ」
「遠野志貴……」
「うん。アーネンエルベっていう近所の喫茶店なんだけど、パンプキンパイも美味しいけど、一番のお勧めはストロベリーパイなんだ。今度この城を抜け出てさ、一緒に──」

 ──ドクンッ。
 一瞬、鼓動が跳ね上がる。
 人一倍死に近い俺の体が、本能的に発する警告。
 恐る恐る振りかえると、合計10個の氷のような瞳が、俺の背中を射抜いていることを確認できた。

「…兄さん、あなたって人は」
「新しい女の歓心を買うために、わたしたちをさんざんこき使い」
「その苦労の結晶を、いけしゃあしゃあと『もっと美味しいパイがある』と切り捨てて」
「しかもそれを次のデートの口実になされるとは」
「そんな姦計、他の女の子は騙せても、わたしたちには通用しませんよー」

「………」


 ──走っていた。
 何のために走っているのかは解らない。
 ただ、逃げなければ、殺される。
 あれ、そういえばこういうの、どこかで覚えがあるような…
 …まあいいか。
 よくあることだし。




ということで、月姫のSSです。
ちなみにこのゲームをやりはじめたのは最近なんですけど、
今まで同人ソフトと多寡を括っていた自分に腹が立ちます。
ごめんなさい。

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