感情的経験の記憶

水無月 初香

 気付いた時には兄貴がいた。
 俺の兄、鮎瀬 綾一(あゆせ りょういち)はかなり甘い人間だと思う。
 特に人目を惹くわけでもなかったが、ガキの頃の俺は純粋に兄貴が好きだった。
 近所の友達よりも、たまに会う従兄弟達よりも、身近で親しい存在。
 親と接するよりも砕けていて、友達と接するよりも気軽で近い存在。だけど自分より早く生まれているだけで、誰よりも遠い存在。
 たった三年長く生きているだけで、奴には決してかなわない。どんなにがんばっても埋める事の出来ない時間の溝。誰よりも長い時間、誰よりも近くにいた人は、実は一番遠いところにいる。
 こんな気持ちに気付きたくはなかった。俺は、兄貴を一人の人間として好きなのだ。兄貴にとって、俺はただの弟でしかないのに…不毛な恋愛感情。

「ただいまあー。腹減った。母さん夕飯なに?」
 最終下校ぎりぎりまで部活に時間を取られ、帰る時間は七時をすぎる。
 今年で中学三年になる鮎瀬 友広(あゆせ ともひろ)は乱暴に靴を脱ぎ捨てて、母がいるだろうキッチンを覗きこんだ。
「お帰り。すぐ食べられるわよ。テーブルの鶏肉レンジで温めてなさい。今ご飯とお味噌汁持ってってあげるから。」
「はーい。」
 リビングのソファーに通学鞄を放り投げて、ダイニングに向かう。
「友広。先に手、洗いなさい。どうせ泥だらけなんでしょう。」
「分かってるって。」
 言われるまで忘れていたのだが、一応そう言って、洗面所に行くのが面倒だからとキッチンで手を洗う。
「なあ、兄貴は。」
 皿に綺麗に盛り付けられた鶏肉のソテーを電子レンジに入れながら、ご飯と味噌汁を持ってやってくる母に尋ねる。
「綾一ならもう寝てるわよ。」
「えっ もう?」
「お兄ちゃん、明日早いんだって。」
 二番目の息子の前に夕飯を並べながら言う。
「なんだよ。せっかく兄貴の喜びそうなネタ仕入れてきたのに。ここんとこいつも早く寝てんじゃん。あいつ何やっての。」
「学校が遠いんだから仕方ないでしょ。ほら早く食べて。いつまでも片付けられないんだから。」
 そう言って会話を断ち切ると、さっさとリビングに行ってしまう。どうやら、これから贔屓の俳優がドラマに出るらしい。これだからミーハーは困る。
 ため息を一つつくと、目の前の食事に専念する。
 今日も話が出来なかった。綾一が高校に入ってからすれ違いが続いている。
 友広は部活で夜が遅く、中学が近くなので朝起きるのは遅い。それに引き換え、綾一は、えらく遠くに学校があるために、朝が早い。当然、夜寝るのも早くなる。一方が活動している時間には一方が夢の世界にいる。生活のリズムが違うのだからしょうがないのだか、すれ違いも三年がたつといいかげん嫌になる。
 唯一一緒にいられる休日も、互いに用事のない日というのが以外に重ならない。ここ最近二人だけで出掛けたのなんて、思い出すのが難しい。休日に隣の部屋から友達と楽しそうに騒ぐ兄の声を聞いて、意味も分からずイライラすることなど、茶飯事だ。
 十代も中盤になれば、自分の世界が一番になるのは至極当然のことなのだが、その中に自分の場所がないことが、友広の不満の種なのだ。
「おもしろくねーな。いいや、俺ももう寝る。」
「お風呂入れるから、面倒だからって入らず寝るんじゃないわよ。」
「はーい。」
 おざなりな返事を残して席を立った。


 四六時中一緒にいたのは幾つの時までだろう。友広が小学三年の頃には、個人部屋があてがわれ、それぞれの世界を持っていたと思う。それでも今よりずっと長い時間一緒にいたし、今より互いが分かっていた。こんなに長く話をしない時が来るなんて、思いもしなかった。綾一の隣には常に自分がいると信じていたのだ。
「俺って異常なのかな。ブラコンの自覚はあるけど…最近ちょっとヤバイかも
しんない。」
 綾一はどんどん先へ進んでしまう。自分はそれの後を追いかけるだけ。学校に入るのも、自転車に乗るのも、習い事を始めるのも、みんな綾一が先だった。
 綾一に置いていかれのが嫌で、なんでも真似をした。だけど、三年の年月には勝てない。友広が追いつこうと躍起になっても、綾一は進むのをやめない。否、年月を追い越す事はどんなにがんばっても不可能なのだ。友広の前を綾一は歩き続けてどんどん進んでいく…先に大人になってしまう。もう、友広には理解できない綾一の世界を築いているのだろう。そう考えると、悲しくなった。
 置いて行かれたくない。一緒にいたい。
 それだけが、友広の行動理由だった。


 隣の部屋から大きな音がする。それが、弟が部屋に鞄を投げ入れた音だということは容易に想像がついた。部活で疲れているのか、少々機嫌が悪いようだ。
 友広は機嫌を損ねると、いつも大きな音を出して憂さを晴らすのだ。これは綾一だけが知ってる、昔からの癖の一つだった。
「ご機嫌斜めだな。」
 すねたような顔が目に浮かぶ。表情の豊かな友広はそんな顔も可愛い。それは身内の贔屓目ではないと思う。顔の造形は似ているのに、どう考えても自分より可愛い顔をしているのだ。十五にもなるのに、友広の顔から幼さが抜けない。
 顔の造りも、くるくると変わるその表情も、かなり大雑把な仕草も、綾一は気に入っている。
 今はそんな事も言えるのだが、昔、綾一は友広が嫌いだった。
 いつもちまちま後ろをついてまわって、友達と遊ぶ邪魔をされるのが嫌だったし、友広の失敗の肩代わりをするのも嫌だった。一度、友広が割ったティーカップを片付けていたら、母に綾一が割ったのだと勘違いされて、こっぴどく叱られた時には、家出してやろうかと半ば本気で考えた。
 男兄弟は生存競争が激しいのか、それとも、競争意識が強いのか、友広は綾一のやる事を真似したがった。綾一が自転車に乗るようになったのを見て、自分も乗るとわめきだし、早朝、綾一の自転車を使って勝手に練習して、いつの間にか乗れるようになっていた。だから、綾一の方が先に進んでるように見えて、年齢的には友広の方がずっと早いのだ。だから、綾一は止まるわけにはいかなかった。止まれば必ず追い抜かれる。それは恐怖だった。
 しかし、その感情は年を経るごとに姿を変えていった。
 追いつこうと必死に頑張る友広の仕草に、その強い意思の宿った瞳に、本来弟に抱いてはいけない種の感情を覚えたのだ。互いの為を思うなら、表に出してはいけない。今までのように一緒にいては、自分を保つ自信がなかった。遠方の学校を選んだり、休日に出かけたりして、友広との距離をとったのはそんな自分の弱さからだった。


「兄貴っ! 家出るってどういう事だよっ」
 椅子を回転させて振りかえると、丁度ドタバタと足音を響かせて、友広が2階の綾一に部屋に駆け上がってきたところだった。
「どうしたんだトモ、突然。母さんに聞いたのか?」
「誰から聞いたのかなんて関係ない。問題はなんで兄貴が家を出るのかってことだ。」
 たった今聞いたばかりの情報が信じられず、全身で怒りを露わにしている。
「俺の行きたい学部が地方の校舎だから、もし志望校に入れたら、そういう事になるって話なんだ。」
「でも・・・そんな大事な話、俺聞いてない。」
 兄が一人でこの家を出る事を、本人から話してもらえなかったことが悔しくて、口調が駄々をこねるような言い方になる。
「今日明日の内にいなくなるって訳じゃないし、まだ半年は先の事だから友広には話してなかったんだよ。それに、受かるかどうかも分からないだろ。」
 いじける仕草が妙に可愛い。もっと近くで見ていたくって、うつぶせた頭をぐりぐりとかきまわした。
 小動物をかまうみたいなその行動が気に触ったのか、振り上げた手で綾一の手をはたく。
「家から出なくちゃ通えない大学なんて、受からなければいいっ!」
 言い放って上げた顔には、涙が流れていた。見られたことで悔しさが倍増し、綾一を突き放して距離をとると、荒々しく扉を閉めた。
「・・・泣かせちまったな。別にあいつを泣かせたい訳じゃないんだけど、こればっかりはあいつの為なんだ。」
 独りごちて椅子に戻ると、閉じられた参考書を開く。夏休みも終わった今、そろそろ気を入れて勉強しなければ受験に間に合わない。
 地方大学受験を考えたのは、友広との距離をあけるためなのだ。これ以上一緒にいれば、友広が自分の醜い欲望の犠牲になってしまう。避ける為に失敗は許されない。
 机についた肘で頭を支えるようにうつむく。口から溢れた小さなため息は、心を映すように苦い。
 巡る思考を遮ったのは、弱々しいノックだった。
 椅子を軋ませ振りかえると、その気配を察知したのかノックと同じ位弱々しい声が聞こえる。
「ごめん。・・・俺、言っちゃ行けない事言った。兄貴が行きたいって思ってるの分かるのに・・・もう言わないから、ホントごめん・・・じゃ、おやすみ・・・」
 声がやんですぐ、隣の部屋の扉の閉まる音がする。
 泣き出しそうなのをぐっと堪えるような細い声。あぁ、もう泣き喚いて我侭を言う子供ではなくなっているのか。壁一枚向こうにいる愛しい存在の、その成長を少し寂しく思った。直に、兄を必要としなくなる時がくる。それまでに離れてしまわなければいけない。自分の勝手な独占欲で、友広の未来を縛り付けてしまう前に・・・・・・


 今まで当たり前だった世界が急激に変わり始めた。自分の傍にずっといると信じていた兄がいなくなるのだ。
 その話は、母の口から初めて聞いた。彼女にしてみれば、友広の進路に口出
ししたついでだったのだ。事も無げに聞かされたその話は、綾一の肯定により決定事項だと気付いた。綾一の言葉が全てじゃない事も、その口ぶりから察しられた。
「俺の前から兄貴がいなくなるなんて嫌だ。」
 綾一が家を出る事がなぜこんなに堪えるのだろう。ブラコンの自覚ならある。しかし友広は気付いてしまった、自分のこの感情が兄弟愛などというレベルをすでに越えてしまっている事に。
 それに気づいた時、堪えていた涙があふれてきた。この思いは絶対に届かない事がわかっているのだ。
 現に兄は、弟から逃げようとしている。
 それは間違いない。そうでなければ説明がつかない。違うと否定しようとしても、否定要素がでてこない。だいたい、『志望校』という理由が嘘臭い。綾一の学校は名の知れた大学の付属校なのだ。そこに入りたいからと、高校を決めたのではなかったのか。他校受験をする理由がどこにあるのだろう。
 そうまでして逃げようとする程嫌われているのか? 自分は離れたくないと思っているのに。
 涙など、散々泣き喚いた昔に枯れたものだと思っていた。それぐらい久しぶりに泣いた。


 一件の騒動の後、幸か不幸か綾一の予備校と友広の塾とで、今まで以上に時間がかみ合わなくなっていた。お互いが気まずいまま、時間だけは容赦なく過ぎていく。
 友広は机に噛り付いて勉強した、そうしている間だけ何も考えずに済むのだ。
 志望校の最終選択で、迷わず綾一の通う高校に決めた。後を追う事で、少しでも近づこうとするように。
 二学期は逃げるように過ぎ、慌ただしい正月も過ぎた。気がつけば、綾一の試験日が間近に迫っていた。
 地方大学を受験する綾一は、暫く当地でホテル住まいとなる。結果の出る六日後には自宅に帰ってくるだろう。その一週間後に友広の試験がある。
 友広は兄貴に負けたくないと、生来の負けず嫌いを発揮して頑張った。そうする事で、自分を示したかった。追いかける努力が傍にいる資格だと、そう思ったのだ。


 無事合格通知を手に戻ってきた綾一は、その足で新居を決めてきたという。荷物が纏まり次第引っ越すと告げる顔は晴れやかで、見ていると少し腹が立つ。
 言葉を交わすとやつあたりをしてしまいそうで、怖くて何も話さず部屋に篭った。
 何かに追い詰められている気がして、落ち着かない。試験の期日が迫っている事と、綾一が合格したことで焦っているらしい。綾一の引越しが決定された事も、友広を抑圧する理由の一つだろう。階下で賑わう母の声がさらに追い討ちをかけた。
 英単語が頭に入っていかない。古語なんてやってもいないし、漢字も自信がない。やろうと思えば思う程、焦って頭がついていかない。
「終われば楽になれるのかな。・・・だけど、まだ始まって欲しくない。
 泣いても、笑っても、後数日ですべてが終わるんだ。もう、後はなるようにしかならない。」
 始まってしまえば、三日で終わるのだ。運が良ければ、二日で終わる。そうやって自分を誤魔化したが、今の自分の不安の正体が試験なのか、兄の引越しなのか分からない。自分が発した言葉で、何を誤魔化したいのかも友広には分からなくなっていた。


「ただいま。」
 疲れきった声が玄関から聞こえる。どうやら友広が帰ってきたようだ。
 ここ最近友広の様子がおかしい。受験勉強で疲れているといえばそれまでなのだが、本命校の合格通知を手にした後も気力が浮上する様子がないのが気にかかる。
「お帰り、トモ。」
 部屋の前を素通りしようとした友広を、中から呼びとめる。声を聞きつけて、綾一の部屋の扉を開くが、そこから中へ進もうとはしない。
「合格おめでとう。まさかお前が俺の後輩になるとは思わなかったけどな。」
 久しぶりに聞いた兄の声は、それまでの気まずさを感じさせない。いつもと変わらない声だった。
「お前の結果聞いてから行けることになって良かったよ。安心した。」
 その場に凍りついたように動かない友広に気付き、綾一が訝って視線を向ける。
「どうした? 第一志望だったんだろ。その割に嬉しそうじゃないな。」
 綾一をじっと見つめる友広の目に、歓喜の色が見られないのだ。
「兄貴、明日家出るんだろ。」
 友広は目の前に詰まれたダンボール箱を暗い瞳で凝視する。
「案外、荷物少ないんだな。」
「ああ、向こうに永住するわけじゃないからな。必要最低限の物に絞ると案外少ないんだよ。」
 向こうに送る荷物は、衣服と書物、後は身の回りの雑貨が少し。人が一人生活するには少な過ぎる。
「他の物は向こう行ってからそろえるつもりなんだろ? 向こうで荷物が増えると、帰ってくる時大荷物だよな。それとも、荷物が少ないのはもう帰ってこないから?」
「友広?」
「ああ、そうだ。さっき母さんが買い物行ったよ。合格祝いと、兄貴の引越しパーティだって。」
 兄に不審な目で見られ、自分の失言に気付く。誤魔化そうと無理やり話題を摩り替えた。
「今日の夕飯は豪勢らしいよ。」
「ああ、それじゃあ当分帰ってこないな、あの人は。」
 取り合えず話しを合わせて相槌を打つが、友広の様子が気になる。明かに変なのだ。睡眠不足の疲労感に、絶望感が垣間見える。
「なあ、友広。本当にお前どうしたんだ? まるでこの世の終わりみたいな顔して。さっきの言い方だって変だ。まるで俺が二度と戻って来ないみたいな言い方だったぞ。いくら俺が出不精でも、盆暮れ正月位には帰ってくるさ。」
「じゃあ、たまには戻ってくる気あるんだ。」
 冷えた視線に心臓を抉られたような感じがした。綾一の言葉が嘘である事を、少なくとも気持ちの整理ができるまでは帰る気がない事を、見透かされているようだ。
 友広はドアノブを握っていた手を離し綾一の部屋に入ると、後ろ手にドアを閉めた。一歩づつ自分と綾一との距離を詰める。物理的な距離と一緒に、心の距離も縮めようとするかのように。
「俺、なんか分かるんだ。兄貴、もう戻らない気でいるだろ。・・・でも、やなんだ。そんなの、俺の我侭だって分かってるけど。やだよ・・・」
 俯いたままの顔をあげると、瞳のぎりぎりの所に涙を浮かべていた。掠れた声は、涙を堪えているからだろう。
「なんでそんな遠くの大学なんて行くんだよ。」
「おいおい、小さい子供じゃないんだから、んな顔で見るなよ。」
 上目遣いに綾一を見つめて駄々をこねるのは、小さい頃からの友広の癖だ。そうやってよく、綾一にすがりついていたのだ。綾一は昔からこの顔に弱い。こうして頼まれると、嫌だと言えなくなる。
「俺、兄貴と離れるのやだ。」
「嫌だって言われてもな・・・」
 ストレートな物言いに、綾一が苦笑する。友広はそれをじっと見ながら、手を伸ばす。
「ずっと言わないつもりだったんだ。兄貴に嫌われんのやだったし。・・・でも、兄貴が行っちゃうんならそれも良いかなって・・・」
 伸ばされた手は、小刻みに震えていた。
「友広・・・?」
 指が頬に触れると同時に、顔が近づいてきた。アッと思ったときには、口唇が離れた後だった。
 慣れない仕草だったが、それは確かにキスだった。
「友広っ!」
「気持ち悪いって思っても良いよ。俺、そういう意味で、兄貴が好きだ。」
 肩口に額を擦りつけるようにして、友広がしがみついている。これも、小さい頃からの癖で、綾一にしかやらなかった。
 昔は自分に纏わり着く友広をうざったく思っていたが、いつからか、自分にしか甘えない友広が可愛く思えてきたのだ。そしてそれが、特別な感情になったのは綾一が中学の時だった。友広が自分に親愛の情を向けているのは知っていたが、子供の感情で好きなんだと思っていたから二人の間に距離を置いた。しかし、その友広が自分を好きだと言う。それも、自分と同じ恋愛感情で。
「本気、なのか。」
「証拠が見たい?」
 そう言うと、友広は自分のシャツをその場に脱ぎ落し、綾一のシャツのボタンに手をかける。全てを外して合わせを開くと、素肌を密着させるように抱きついた。
「分かるかな、俺の心臓。」
 首に回した腕に力を込める。綾一の背に合わすように、友広は少し背伸びをして互いの心臓の位置を重ねた。
「冗談だったら、こんなに早く動かないよ。」
 合わせた肌から熱が伝わる。フル稼働で脈を送る鼓動。心臓がオーバーヒートしそうだ。
「友広・・・」
 小さく震える自分より一回り小さな身体を腕の中に閉じ込めると、強く抱きしめる。そのまま、傍らのベッドの上に友広の体を引き上げた。


「お前、自分が何をしてるのか分かってるのか。」
「兄貴こそ、めっちゃヤバイとか後悔してない?」
 綾一の下に組み敷かれた友広の躰は、緊張で震えは収まっていないが、強気な視線で弟は兄を煽る。
「兄貴とキスしたかったからしたんだ。それに、触って欲しいと思うし、抱かれたいと思う。欲しいものは兄貴だけだ。だから、後悔なんて絶対しない。」
 他に何もいらないと言う友広の瞳の奥に、暗い闇が消えずに残っている。ここ最近の友広に宿っていた闇は、どうしようもなく煮詰まった、綾一への愛情だったのだ。
 伸ばした指で、綾一の耳朶に触れる。そこから顎を伝って頬に触れると、両手で顔を挟み自分の方に引き寄せた。掠めるようにキスをしかけ、舌先で口唇をなぞる。その動きに触発されて、友広の舌を綾一が舌で絡めとる。じゃれるように舌をからませながら、つたない動きの友広の舌を誘導する。
 口唇を合わせ、貪るようにキスを深くする。
 丹念にキスを施した口唇を離すと、酸素を求めて友広が荒く呼吸を繰り返す。
 大胆に誘ったとは思えないほどの初々しさがたまらない。
「望み通り、抱いてやるよ。」
 今だ呼吸が整わず、言葉を発する余裕もない友広の口唇を、再び塞ぐ。熱を持って、紅くぽってりと熟れた口唇は、強引な綾一のキスを受け入れて歓喜に震えた。 


 幼児体型から抜けきれない友広の躰は、しなやかでどこもかしこも柔らかい。
 その色白い肌の上を滑る綾一の器用な指先が、肩のラインを辿って、鎖骨の窪みに到達する。
「あっ・・・」
 くすぐったいのか、身を捩じらせて抗う。綾一の舌がそこを丹念に責めると、友広の抵抗の意味が変わる。
「う・・・ んっ・・・」
 友広の躰が桜色に染まり、徐々に熱を帯びる。
「気持ち良いのか?」
 耳元で聞こえる綾一の声に返事を返す余裕もなく、首を上下に動かす事で、その意志を表わすしかできない。
「兄・・・貴、もっと・・・触・・・って」
 同じ所を行ったり来たりするだけの綾一の手をとると、その手を自分の胸におろす。
「今だけは綾一って呼べよ。」
 耳元で囁き呼び名を訂正すると、友広の手が導くままに手を伸ばす。
 辿りついたそこには、ひっそりと存在を主張する小さな粒がある。
「ここが良いのか?」
「やあ・・・っあ」
 導かれた胸の突起を、指で挟みこねる。そこから生まれる快楽に、友広の躰がびくびくと跳ねた。
 こね回されて紅くなった突起を口に含み、舌で嬲る。擦られて擦り剥けたのか、ひりひりと痛んだ。
「んっ・・・い・・・たい」
 痛みが新たな快感を連れてくる。
 口で乳首へと愛撫を施す間、綾一はあいた両手を滑らせ、友広のベルとのバックルに手をかける。揺るんだウエストから手を忍ばせると、友広の中心が頭をもたげているのが、布越しに分かる。
「もうこんなにしてるのか。そんなに気持ち良い?」
「あ・・・んっ もう・・・だ・・・めそ・・・」
 身悶える友広を全身で押さえつけ、張り詰めた中心を直に触って少し乱暴に扱く。
「やっ・・・あぁ はぁ・・・ん あぁっ」
 性急な手に煽られ、若い友広は綾一の手の中に熱を放った。
「早いな。」
 放出された熱い雫を滴らせた手をズボンから引き抜くと、友広に見せ付けるようにゆっくりとその手を舐めあげる。
「や・・・やだよ。そんなの・・・」
「なんだよ。何も舐めろって訳じゃないだろ。俺が舐めたいと思ったからそうしてるんだ。   あぁ、これを見てるのが恥ずかしいのか。」
 分かりきったことをあえあて口にすることで、友広の羞恥心を煽る。
「服が濡れて気持ち悪いだろ。脱がしてやるよ。」
 にやりと笑って、友広の服を、下着ごとずり落す。一糸まとわぬ姿を明るい部屋で晒されて、友広の肌が一層紅くなる。
「部屋、暗くしねぇからな。」
 膝裏に手をかけ強引に足を開かせると、その中央に顔を埋める。
 熱を放って力をなくした友広の中心を口に捕らえると、その全体を隈なくしゃぶる。
「あっ! んんっ・・・はぁ・・・あ」
 熱い口内で根元から先端までを舌で嬲られ、躰を巡る流れが、二度目の解放を望む。
「もう・・・だめ・・・イ・・・キそ」
「少し待てよ。」
 口内から中心を放すと、その根元を握り流れを塞き止める。
「や・・・やだっ! はな・・・し・・・てぇ」
 後は解放するだけだった奔流が、躰のなかへ逆流する。予想外の展開に友広の頭はパニックを起こして、綾一の下から逃げようと暴れる。
 力ない抵抗を深いキスで封じ込めると、その隙に利き手の中指で隠された後ろの蕾を軽く擦る。
「んんっ・・・・んっ」
 あげた嬌声は合わせた綾一の口内へ吸い込まれる。
 一度放った友広の蜜と、綾一の唾液で濡れそぼったそこは、思ったより簡単に中指を飲みこんだ。
 もぐらせた指で中を探り、状態を見て、指を増やして行く。
「やあ・・・っ! ねっ、早・・・くして、お願・・・い・もう・・・」
 せきとめられて行き場のない快感が神経を蝕み、発狂しそうになっている。
 三本目を飲みこんだ蕾は収縮を繰り返し、指を引き抜いた後もひくひくと動いて、綾一を誘う。
 ボタンとジッパーをおろした合わせから、張り詰めた自身を取り出すと、さっきまで指を咥えこんでいた所にあてがう。
「りょう・・・いち・・・」
 友広が甘く名を呼ぶ。力なく開かれた足の片方を肩に担ぎ上げ、友広の細い腰へ躰を進めた。時間をかけずに挿入する。
「とも・・・ひろ」
「いたっ・・・あ・・・あぁぁんっ!」
 抱え込んだ腰へ躰をうちつけるように、友広の身体を穿つ。
 友広の瞳から苦痛の涙がぽろぽろと零れる。無理は承知していたが、もう止められなかった。
「んっ・・・あ・・・はぁぁ・・・んっ・・・りょ・・・ちぃっ!」
 友広の声から苦痛の色が消え、甘い嬌声が口をついて出る。痛みで萎えていた中心が、再び力を取り戻していた。
「あっん・・・イ・・・ク・・・もう、だめぇっ」
 友広が極めるその瞬間に揺るんだ筋肉に力が入る。締められたそこの奥へ抉るように腰を進め、綾一もその最奧で果てた。


「俺、兄貴の印象変わりそう・・・もっと物事に甘い人間だと思ってた。」
 飛ばした意識を取り戻した友広が、シーツに包まったままの体勢で傍らの綾一を見上げる。
「そりゃ、お前。俺だって男だから。それに、煮詰まってたのは俺も同じだしな・・・」
「? 今なんか行った? 良く聞こえなかった。」
「いや、なんでもない。」
 はぐらかされた言葉は、なんとなく察しがつく。はっきりと告げられた訳ではないが、肌を合わせることで、綾一の心を少し感じる事ができた。綾一も友広も、想う心は同じなのだ。
「兄貴。俺、3年後に追いかけてくからな。」
 中学・高校と、追いかけっこのように校舎を入れ違っていたが、大学でやっと追いつける。同じ敷地にいられるようになる。
「分かった。待っててやるから、浪人なんてするんじゃないぞ。」
「しねーよ。兄貴が留年するのは大歓迎だけどな。」
 甘い余韻が恥ずかしくて、わざと軽口を叩く。
「それじゃ、決着は3年後だな。俺の返事はお預けにしておくから、それを励みに頑張るんだな。」
 抱いてしまったのに、決着なんて答えるまでもない。けれど、自分に追いつこうとジタバタする弟を見るのは結構楽しいから、まだ暫くはこのままにして置こう。
 隣で兄の決定に不服を唱える弟の頭を、ぐりぐりと撫でまわした。



           ――3 years after――


「一日早いけど、待ちきれなくって・・・」
 綾一が夜勤バイトからマンションに帰ってくると、部屋には明日来るはずの友広がいた。
 結局、実家に帰ることなく3年が過ぎた。その間写真でしか見なかった友広は背が伸び、あの頃残っていた幼さも形を潜めていた。しかし、持ち前の明るさと良く変わる表情は健在で、相変わらず可愛いと評した方がしっくりくる。
「約束の返事、聞かせてもらいにきたんだ。兄貴。」
「今日から綾一って呼べよ、罪悪感がいたいから。」
 あの時のように耳元でそう囁いて呼び名を訂正すると、友広の口唇にキスを落した。


                                End
 

                  :あとがき:
 
 この話は9割りが水無月んちの家庭事情です。違うのは主役二人の性格と 性別くらいです。(ちなみに母はそのまんまうちのおかんです。) 家庭環 境はほぼ現実だし・・・。(実の兄貴をネタにする妹・・・でも、彼のネタはまだ ある。っていうかまだ実の兄貴を使う気なのか? この妹)

 駄作、駄文にお付き合い頂きまして、ありがとうございます。こんなんで 良ければ、またお目にかかりたいもんです。

                                            初香


・・・これ書いたの(あとがき含む)いつだっけ・・・この頃まだネットも繋いでなくてホームページなんて夢の話だったのに。


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