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19時間で分かる三国志
1 名前: 番組表 投稿日: 2002/09/13(金) 23:32
◇◆◇19時間連続ドラマ『19時間でわかる三国志・戦国時代』◆◇◆
       *∴。..゚゚:.。..。:゚・* 番  組  表 (上)*・゚゚:.。:*・゚゚・*

1:00 「プロローグ〜時代を背負う3人の猛者、ここに集結〜」
2:00 「黄巾の乱〜鎮圧に向かう官軍、そして義勇軍〜」
3:00 「董卓台頭〜連合軍結成、シ水関、虎牢関の戦い〜」
4:00 「曹操vs呂布〜中原の戦乱いよいよ混迷す〜」
5:00 「曹操の野望〜漢を迎え入れた曹操の台頭〜」
6:00 「官渡の戦い〜中原の覇権をかけて〜」
7:00 「三顧の礼〜臥龍世に降り立つ〜」
8:00 「赤壁の戦い〜裏で蠢く智略、謀略〜」
9:00 「新時代の幕開け〜劉備と孫権の台頭〜」
10:00 「天下三分の計〜劉備入蜀、ここに鼎立す〜」

◇◆◇19時間連続ドラマ『19時間でわかる三国志・戦国時代』◆◇◆
       *∴。..゚゚:.。..。:゚・* 番  組  表 (下)*・゚゚:.。:*・゚゚・*

11:00 「三国の攻防〜東西で交わされる三国の戦乱〜」
12:00 「忠臣死す〜そしてついに落つ奸雄〜」
13:00 「天に二日あり〜魏と蜀の成立〜」
14:00 「夷陵の戦い〜劉備、白帝城にて没す〜」
15:00 「出師の表〜蜀の第一次北伐〜」
16:00 「三国鼎立〜魏、呉の決戦〜」
17:00 「繰り返される北伐〜第二〜四次北伐の苦闘〜」
18:00 「五丈原の戦い〜秋風に巨星落つ〜」
19:00 「エピローグ〜晋への統一〜」

2 名前: 前口上その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:36
◇◆◇19時間連続ドラマ『19時間でわかる三国志・戦国時代』◆◇◆

       *∴。..゚゚:.。..。:゚・* 前  口  上 *・゚゚:.。:*・゚゚・*

『トーナメントで三国志や戦国時代に興味が出てきたけど、よーしらんわ』
という方々のために我々三戦板は、本日投票所にて、19時間連続大河ドラマ(?)、
『19時間でわかる三国志・戦国時代』をご披露申し上げようと思います。
一時間ごとに、三国志や戦国時代をダイジェストしたあらすじを読んでいただこうという試み。

                                   @  ∧@
   .∧_∧                          §ノ/リ | .∧
  .,<\@/ク、   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ∬(| ゚ー゚Vつ∬
  くノ ・∀・ ヽゝ < よろしくご笑覧くださいませ>   ∫ ○∧Åヘ\
 ノ=(~|!!y!!|~)=ゝ  \__________/    彡/(⌒)´∀`) \           
  く(U)廿(U)ゝ                         ∂ と`J   )つ∂

3 名前: 前口上その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:37
皆々様 さぁ、御注目!
『三国志』とは、これ如何に?!
そもそもそれは、古の中国を舞台とした、
熱き漢達の国取り物語でございます。
波乱万丈、群雄割拠の時代。魏・呉・蜀の三国鼎立。
華やかに戦場を駆け抜ける武将達!
知略の限りを尽くす軍師達!
手に汗握る、エンタテイメントが貴方をお待ちしております。

そんな『三国志』の流れが一時間毎に貴方の元に。
題して◆◆◆19時間で分かる簡単な三国志◆◆◆シリーズがまもなく始まります。
乞うご期待!御照覧あれ!

4 名前: 1:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:38
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第1-1話「プロローグ〜時代を背負う3人の猛者、ここに生誕〜」

さてそれなる時代は後漢。西暦150年を過ぎ様とする頃の、中国のお話です。

高祖劉邦が立て、武帝劉徹が興し、疲弊しつつも光武帝劉秀が再興させた漢帝国。
しかしながら、2世紀以上経てば、やはり内政は腐敗してくるというもので、
宦官が権威を持ち、対するように外威(皇后の血縁)は猛威を奮い、
国家としての見通しが立たなくなってきていました。
そんな中ようやく生まれし3人の男。名をそれぞれ曹操、孫堅、劉備と申します。
彼らこそが、今からの動乱の時代を作り上げる重要な人物でありました。

その3人の背景を少しばかり。
まずは曹操(そうそう)、字は孟徳(もうとく)
割によい家柄のお坊ちゃんだったのですが、少年時代から機知と権謀に長け、
しかも手の付けられぬような不良であったため、
放蕩無頼の生活を送っていたようです。
世間の評判は悪かったのですが、武術を嗜み、読書家でもあったようで、
人物批評の大家から「治世の能臣、乱世の姦雄」などと称されました。

5 名前: 1:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:38
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第1-2話「プロローグ〜時代を背負う3人の猛者、ここに生誕〜」

次に孫堅(そんけん)、字は文台(ぶんだい)
曹操と同じ155年に生を受け、容貌、性格共に非凡であったと言われます。
かの有名な兵法書「孫子」を書いた孫武の末孫だったようで、
後に「呉」を立てた孫策・孫権の父でもあります。
17歳の時に海賊退治に成功してから、呉群の役人に取り立てられ、
頭角を現し、名が知られていった人物でした。

最後に劉備(りゅうび)、字は玄徳(げんとく)
生まれは161年。かの漢の景帝の子、中山靖王劉勝の後裔であるとのことですが、
その根拠はいまいちなく、日々わらじやムシロを折る日々を送っていました。
儒学者として名高い盧植なる人物の元で学んでいましたが、
学業より付き合いを重んじていた節があり、当時から人望は高かったようです。
容姿的には、腕は膝まで届くほど長く、耳は振り返れば己で見える程…なんて話も。

そんな人物を中心に織り成す三国志の世界。次から本題どうぞヨロシク。
次回第2話「黄巾の乱〜鎮圧に向かう官軍、そして義勇軍〜」は2:00にお届け予定。
乞うご期待!

6 名前: 2:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:39
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第2-1話「黄巾の乱〜鎮圧に向かう官軍、そして義勇軍〜」

権威を振りかざす宦官、それに依存する皇帝、そして対立派閥となる外威。
腐敗するのが当たり前と言わんばかりの政治背景の中で、
いつの時代も人心を魅了するのは宗教であるといえるでしょう。
ご多分に漏れず、この時代も「太平道」なる宗教が流行っていましたが、
184年、ついに教祖張角が立ち上がりました。
「蒼天已死、黄天当立」のスローガンのもと、信者数十万が
己の欲のままに武装蜂起し、暴挙を行い始めたのです。
仲間の目印は頭につけた黄色い布、それ故、人は彼らを「黄巾賊」と呼び、
ただひたすらにその悪逆さに怯えました。

ようやく政府も立ち上がり、将を立て後一歩の所まで教祖張角を追い詰めるも、
更に宦官に惑わされる悲しき政府。
将として活躍していた盧植を罷免し、董卓(とうたく)を立てますが、
結局董卓は何もしないまま、張角は病死、うやむやのまま黄巾賊の中核は壊滅してしまします。
しかし、ここで問題になったのは、頭を失った残党!
奪略を覚えた残党共は、そう簡単に沈静化する気配を見せませんでした。

7 名前: 2:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:40
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第2-2話「黄巾の乱〜鎮圧に向かう官軍、そして義勇軍〜」

さて、そんな黄巾の残党処理に曹操、孫堅、劉備も加わっていました。
曹操は既に官軍として一個部隊を率い、孫堅は官軍の将である朱儁の配下として参加し、
そして劉備は自らの義勇軍を率い、それぞれ戦に参加していました。

三国志演義では有名な1シーン、桃園の誓いを交わした関羽、張飛を従えた劉備。
「我ら三人同年同月同日に生まるるを希わず、願わくば同年同月同日に死なん」
桃畑にて、義兄弟の契りを交わした3人の初陣ともいえる戦であり、
他にも劉備見込んだ馬商人の出資にも助けられ、この黄巾賊討伐では手柄を立てるに至りました。

おかげで、曹操、孫堅、劉備ともに昇進したかに見えたのですが、
劉備は一役人の座を自ら排し、また流浪の旅へ。

そんな中、朝廷において霊帝が死去したことにより、またしても権力争いが勃発!
どうなるのでしょうか漢帝国は!
次回第3話「董卓台頭〜連合軍結成、シ水関、虎牢関の戦い〜」は3:00にお届け予定。
乞うご期待!

8 名前: 3:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:40
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第3-1話「董卓台頭〜連合軍結成、シ水関、虎牢関の戦い〜」

霊帝の死去により、朝廷内では外威(皇后の血縁)vs宦官という権力争いが勃発します。
結局、外威は宦官に、宦官は外威が要請した援軍に滅ぼされ、
権力争いをしていた両者共がいなくなってしまうという結果となるのですが、
ここで、命からがら逃げ出した宦官の一部が
即位したばかりの少帝とその弟を連れて、都を脱出しようとしていました。

そこにタイミングよく現れたのは野心家董卓!
董卓は、連れ出された少帝と弟を強引に自軍に迎え、そのまま都入り。
その上で、権力を得るために軍事力が必要だと考え、
丁原の養子である豪傑、呂布(りょふ)に目を付けました。
「赤兎馬(せきとば)」なる駿馬を与えられ、誘い込まれた呂布は養父を裏切り殺し、
以後董卓を父と仰ぐこととなるのです。

都を乗っ取り、更なる権力を!と考えた董卓は少帝を廃し、弟を新皇帝としてしまいます。
ここに後漢朝最後の皇帝「献帝」が誕生することとなりますが、果て無きは董卓の野心。
黄巾騒ぎが治まったと思いきや、またしても暴挙!繰り返される暴挙!

9 名前: 3:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:41
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第3-2話「董卓台頭〜連合軍結成、シ水関、虎牢関の戦い〜」

ここで立ち上がったのは曹操。反董卓の旗を掲げた曹操は、
地方の長官や有力者に檄文を飛ばした上で、連合軍を一念発起します。
連合軍の盟主となったのは名門袁家の御曹司、袁紹(えんしょう)。
絶大なる勢力を誇っていた董卓も、流石にこの一大勢力には恐れをなしたのか、
住人一人残らず連れて、都を洛陽から長安に移します。
そして洛陽の城内外百里を全て焼き払うことによって、連合軍を迎え撃とうとしました。

そんな中、曹操は先陣を切って兵を進めましたが、あえなく敗退。
他に積極的に動いた孫堅も、敗退。
連合軍とはいえ、烏合の衆だった集団は、ここで空中分解してしまいます。
しかし思わぬところで董卓は討たれます。討った男は義理の息子である呂布でした。
女の色香に騙された呂布はまたしても父と仰ぐ人物を裏切ったのです。

そして董卓が亡くなった後もやはり権力争いというものは続くのでした。
次回第4話「曹操vs呂布〜中原の戦乱いよいよ混迷す〜」は4:00にお届け予定。
乞うご期待!

10 名前: 4:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:41
◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第4-1話「曹操vs呂布〜中原の戦乱いよいよ混迷す〜」

反董卓連合が空中分解した後、各将各地で勢力争いを繰り広げ始めました。
男なら夢見る天下統一。そんなこんなで力を付け出したのは曹操でした。
しかしここで一つの事件が起こります。
徐州(地名)陶謙(とうけん)の配下が、曹操の父を殺害してしまったのです。
激怒した曹操は、そのまま徐州に大軍を率い攻め入り、
陶謙は孤軍包囲される結果となってしまいました。
そこへ援軍依頼を受けてやってきたのは、劉備。
でも圧倒的な兵力の前に撃破されてしまいます。
ところが、曹操軍内部で裏切りが発生し、救われることとなりました。
信頼していた部下達がなんと呂布についてしまったため、撤退を余儀なくされたのです。

さてそうして救われた劉備は、病を理由とした陶謙に
徐州を譲られることとなりました。ついに手にした一州。おめでとう。
しかしそれもつかの間、結局曹操に負け追われた呂布が、
今度は劉備を頼って徐州に入ったのです。
裏切りの呂布。せっかく敗戦の将ながら迎え入れた劉備を裏切ってしまいました。

11 名前: 4:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:42
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第4-2話「曹操vs呂布〜中原の戦乱いよいよ混迷す〜」

もとは袁術(えんじゅつ)なる人物が、徐州を狙ったことから始まるのですが、
劉備の元に身を寄せていた呂布が、劉備が戦いに出向いてる際に
徐州を乗っ取ってしまったのです。
更に呂布は、その袁術と手を結び、劉備を打ち負かしてしまいました。

単身落ち逃げた劉備は曹操を頼りました。
曹操はこれに呼応し、長きに渡る包囲の末、城を水攻めにすることによって
ついに呂布は生け捕られます。
そして縄で結わえられた呂布は、曹操に仕官を申し出ましたが、
これまでの行為ではもはや信用されず、そのまま処刑の運命に。
三国志の世界でも屈指の豪傑も、その己の行為に敢え無い一生を終えるのでした。

またここに呂布が落ち、ここら一体の戦いで結局は敗北を喫した袁術も落ち、
天下争奪杯のメンバーも段々と限られてくるようになりました。
次回第5話「曹操の野望〜漢を迎え入れた曹操の台頭〜」は5:00にお届け予定。
乞うご期待!

12 名前: 5:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:42
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第5-1話「曹操の野望〜漢を迎え入れた曹操の台頭〜」

さて、呂布を処刑するよりも少し話しは遡るのですが、
曹操は、いざこざの中洛陽に身を潜めていた献帝を迎え、
許(きょ)なる地に都を定めて、そこに移り住みます。
つまり皇帝直属の臣となり得た曹操は、自分に刃向かう集団を
逆賊として討伐することが出来るようになったのです。

ここで天下争奪杯の有力候補をご紹介。
まずは北に勢力を持つ袁紹、中原の曹操、荊州の劉表(りゅうひょう)
揚州の孫策(先の孫堅は死亡、孫策(そんさく)は息子)、そして劉備。

勢力的にはまだまだな劉備でしたが、曹操に気にいられ、
食事に招かれたり、同じ輿に乗ったりできる仲になっていました。
あの曹操に「天下を手にする者は、君と余だ」なんて台詞まで言わしめたり。

ところがこの時、実は劉備はある一大事な計画に参加していたのでした。

13 名前: 5:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:43
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第5-2話「曹操の野望〜漢を迎え入れた曹操の台頭〜」

それは、曹操暗殺計画。
天子とは名ばかりで、全てを曹操に仕切られる献帝は、劉備にその暗殺を依頼したのです。
仲良さげに付き合い、隙を伺うも、なかなか機会の訪れぬまま、
劉備は曹操より遠征の命令が下されてしまいました。

計画が発覚したのは遠征に出たその後すぐ!劉備以外の関係者は処刑。
それを知り、身の危険を感じた劉備はさっそく北の袁紹と手を結びますが、
ものすごい勢いでやってきた曹操に、根城をあっという間に囲まれてしまいます。
無理を悟った劉備は、一目散で単身逃走してしまい、
後に残された妻子と、義兄弟関羽は曹操に捕われてしまうこととなりました。

関羽という人材に惚れ込んでいた曹操はこれを喜びます。
やむなく関羽は曹操配下として身を置く事に、そして劉備は先に手を結んだ袁紹の元に。

次回第6話「官渡の戦い〜中原の覇権をかけて〜」は6:00にお届け予定。
乞うご期待!

14 名前: 6:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:43
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第6-1話「官渡の戦い〜中原の覇権をかけて〜」

覇権争いと言う意味で、ここ暫く袁紹と対峙していた曹操ですが、
続く二回の戦では、勝利を収めることが出来ました。
だがあくまで局部的なものにすぎず、戦局は以前、袁紹有利でありました。
兵力、物量どれをとっても上回る袁紹。
曹操軍は新兵器にて対抗するものの、あまりの力の違いに退却も考え出します。
しかしそこを思いとどまらせたのは軍師荀イク(じゅんいく)でした。
「今こそ、天下分け目の戦いである」と。

そしてここに大きな動きが生じます。
なんと袁紹軍参謀の許攸(きょゆう)が、度々献策を拒否されたのを理由に
袁紹に見切りをつけ、重大な情報を持って曹操軍に投降してきたのです。
その投降を疑う者もいましたが、
「袁紹軍の兵糧庫は烏巣(地名)にあり、備えもしていないのと同然」という情報により、
急遽、烏巣襲撃は決定したのでありました。
兵糧がなくなれば、軍の息の根を止めたも同然です。

15 名前: 6:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:44
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第6-2話「官渡の戦い〜中原の覇権をかけて〜」

さっそく烏巣を襲撃しようと行動を起こした曹操は、自ら軍を率い、
その夜の内に行軍を開始します。
烏巣兵糧庫襲撃は見事成功でした。
その事実を知った袁紹は、慌ててそちらにも兵を送りますが、既に時は遅し!
兵糧庫の番をしていた淳于瓊(じゅんうけい)という人物が破られると、
それらを守りに行った筈の張コウ(ちょうこう)と高覧(こうらん)はそのまま曹操に投降。
これをきっかけに袁紹軍は総崩れとなって、壊滅的なダメージを受けてしまいます。
袁紹はかろうじて黄河を渡って逃走するに至りました。

またその後も、再度復讐戦を展開しようした袁紹ですが、途中病のため、死んでしまいます。
これにて、曹操は華北統一の展望を切り開くに至りました。
こうなると、次に狙うは南!
しかしその南でも、虎視眈々と北を狙っている人物はおりました。

次回第7話「三顧の礼〜臥龍世に降り立つ〜」は7:00にお届け予定。
乞うご期待!

16 名前: 7:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:44
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第7-1話「三顧の礼〜臥龍世に降り立つ〜」

南で曹操の虚を突こうとしていた孫策でしたが、あえなく暗殺され死亡します。
計画は実行されぬまま、孫策の後は孫権(そんけん)が継ぐこととなりました。
また彼の名門袁家は、袁紹病没後、後継者争いを繰り返す内に結局滅亡してしまい、
曹操の勢力はいよいよ大きなものとなってきました。

一方袁紹の元に身を寄せていた劉備でしたが、官渡の戦いの後、
曹操に追われた彼は荊州の劉表を頼ります。
バラバラになった妻子、義兄弟も集結し、7年もの間、新野(地名)にて
安穏とした生活を送っていた劉備は、ようやく人材を集めるために動き出しました。

さてそれが有名な三顧の礼。劉備自らかの人の草盧を訪ねること三度に渡り、
その熱心さ故に自分の元に招くことに成功するのです。
その男こそ諸葛亮(しょかつりょう)、字は孔明(こうめい)。後に蜀にて采配を振るう人物でした。

彼は曹操の絶大なる勢力に対して「孫権と手を結んだ上で、荊州益州を支配できれば拮抗できる」
と主張し、所謂「天下三分の計」という案を世に送りました。

17 名前: 7:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:45
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第7-2話「三顧の礼〜臥龍世に降り立つ〜」

さて天下争奪杯の最有力候補とも言えるようになった曹操ですが、
華北を制定した後、当然のように南征を開始しました。ここで狙ったのは、荊州の劉表。
しかしここで劉表が病没します。後継者争いの末、次男劉(りゅうそう)が後継ぎに。
家臣達の勧めもあって、曹操に降伏することで、荊州を守る道を選びました。

降伏の意向を知るより早く大軍を率いて南下してきた曹操は、その途中劉備の守る城へと進軍します。
曹操の大軍に為すすべのない劉備は、ここに民衆十万人までをも引き連れた大退却戦を開始!
漢水を目指し行軍するも、劉備を慕う民衆のため、遅々として進みません。
そんな中、曹操は精鋭の騎兵を率いて猛追し、ついに当陽の長坂で劉備軍に追いついきます。

混乱し、妻子と離れてしまう劉備でしたが、趙雲(ちょううん)の決死の働きにより、子供は救われました。
また迫る曹操軍を張飛の一喝が食い止め、その間になんとか九死に一生を得ることができたのです。

次回第8話「赤壁の戦い〜裏で蠢く智略、謀略〜」は8:00にお届け予定。
乞うご期待!

18 名前: 8:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:45
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第8-1話「赤壁の戦い〜裏で蠢く智略、謀略〜」

ようやく落ち逃げた劉備の元に、孫権の参謀魯粛(ろしゅく)がやってきました。
友好関係の締結、そして孫権の元に身を寄せては如何かとの申し入れをしてきたのです。
さっそく喜んだ劉備は、孔明を使者として遣わします。

孫権の元へと赴いた孔明は、熱弁を奮い、自尊心を刺激するような演説を行い、
曹操との開戦を促しました。
孫権の臣下には、曹操軍の圧倒的な武力、兵力の前に降伏論を唱える者もいましたが、
結局魯粛や周瑜(しゅうゆ)が開戦を主張し、孔明の説得は見事に成功するに至ったのです。
こうして孫権と劉備は手を結ぶことと相成りました。

こうした背景の元、曹操軍と孫権軍は対峙し、赤壁(地名)の地にて遭遇することとなります。
曹操はとある献言により、何隻もある船同士を互いにくっつけていたのですが、
それを見た孫権の臣下、黄蓋(こうがい)が提案をします。
「敵の多勢に、長期戦は不利。身動きできぬ船の状態を、一気に火攻めするのが上策か」と。

この提案は聞き入れられ、火攻めの為、曹操を欺く計画が立てられたのです。

19 名前: 8:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:46
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第8-2話「赤壁の戦い〜裏で蠢く智略、謀略〜」

参謀である周瑜は、まず黄蓋に偽りの投降の手紙を書かせ、曹操へと送らせました。
「戦が始まったら、真っ先に孫権を裏切り、曹操の元へと駆けつける」そんな内容でした。

曹操は密かにこの投降にうそ偽りがないかを正しますが、ここで見誤り黄蓋の投降を信じてしまいます。
孫権軍内部では、ここで一芝居打っていたのです。
作戦会議上で、勝ち目がないからやはり曹操に降伏しようと黄蓋に言わせ、
更にはそれが元でと、血まみれになるほど彼を打ち据えたのです。

そして、決戦の日。それは火計を使うのにもっとも適した風が吹くだろうと予測された日でした。
開戦と同時に黄蓋は、枯草や柴に油をしみこませ、それを幕で覆い隠した船数十艘を
曹操のもとへ突撃させます。
それらは一瞬で火がつき、風のお陰で燃え広がり、なかなか逃げ出せぬ中酸鼻を極めました。
そこへ劉備軍が追い討ちをかけるように攻撃を開始、流石の曹操も大敗を喫したのです。

次回第9話「新時代の幕開け〜劉備と孫権の台頭〜」は9:00にお届け予定。
乞うご期待!

20 名前: 9:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:46
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第9-1話「新時代の幕開け〜劉備と孫権の台頭〜」

赤壁の戦いの後、天下争奪杯は曹操、孫権、劉備の三人のものへとなっていきました。
ここで問題となったのは「荊州」の所有権。
劉表亡き後、曹操も一時撤退し、空家状態となった地へ
三者三様の駆け引きが始まります。

孫権は赤壁勝利の末に、この荊州全域を手中に治めるつもりでしたが、
現実として曹操が反撃を狙い、襄州に潜んでいる状態だったので、
とてもじゃなく手を出せませんでした。
ところが、その隙をついて劉備が荊州の四郡をウマウマとさらってしまいます。

これに対して孫権は考えあぐねた後、自分の妹を劉備に嫁がせることによって
婚姻関係を結び、荊州四郡を手に入れようとしました。
そして劉備にその地を守らせ、曹操の侵略を防がせようと考えたのです。
更に周瑜は西の益州(蜀)に目を付け、馬超(ばちょう)なる人物と手を結ぶことで、
曹操へ対抗しようと考えました。
しかし劉備も蜀の地を狙っていたのです。「天下三分の計」に蜀は必要でした。

21 名前: 9:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:47
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第9-2話「新時代の幕開け〜劉備と孫権の台頭〜」

そんな折、劉備にとっての朗報が舞い込みました。
蜀を狙っていた周瑜が病の末、亡くなったというのです。

またその頃、蜀と呼ばれるその地では、漢中の宗教結社「五斗米道・ごとべいどう」の
首謀者張魯(ちょうろ)の侵入に手を焼いていました。
それに対し、曹操がその討伐に向かうのですが、
途中馬超がそれを自分達を討伐するものと勘違いし、一念発起の上、潼関へ挙兵します。
しかし曹操の計により、仲間内で裏切りを発生させられ、馬超は破られてしまうことに。
馬超は敗走し、張魯の元へと訪れました。

さてそんな曹操は213年、魏公となりました。漢室の臣からの脱却です。
曹操の勢いに、もはや内部では誰も意見を述べることすら出来なくなっていました。
曹操58歳。人間権力を持つと変わるもんです。

次回第10話「天下三分の計〜劉備入蜀、ここに鼎立す〜」は10:00にお届け予定。
乞うご期待!

22 名前: 10:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:48
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第10-1話「天下三分の計〜劉備入蜀、ここに鼎立す〜」

「五斗米道の張魯を討伐に、この益州(蜀)まで曹操が来る」
これを聞き、いずれ益州も攻略されるだろうと考えた劉璋(りゅうしょう)の元へ、
張松(ちょうしょう)法正(ほうせい)の二人がある進言をしました。
それは同じ劉姓を持つ劉備に張魯を討たせ、この益州に迎え入れた上で、
曹操と対峙させよう…そういったことでした。
さっそくその意見を取り入れる劉璋でしたが、実はこの二人、
既に器量のない劉璋を見限っており、劉備を迎えて主君として仰ごうと企んでいたのです。

内々の計画を法正より聞かされた劉備は一旦は、同姓劉璋を討つことを躊躇いますが
部下の強い意見により、蜀を奪うことに賛同します。
そしてまずは張魯を破ろうと、軍を整備し、蜀に入りました。
だがその張魯討伐も直ぐには行わず、一番に始めたのは、人心の獲得という作業でした。

その時、劉備の元へ孫権より救援依頼が舞い込みます。
曹操が再び、孫権を攻撃し始めたというのです。

23 名前: 10:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:49
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第10-2話「天下三分の計〜劉備入蜀、ここに鼎立す〜」

孫権を助けに行きたいので、兵を貸して下さいと劉璋に依頼する劉備。
ところが劉璋は承諾したにもかかわらず、まともな兵士、軍備を与えませんでした。
「曹操」を討つための依頼なのに!と劉璋の本末転倒を劉備は怒ります。

そうこうしている内に、張松・法正の計画も劉璋にバレ、
劉璋と劉備の関係は、一気に悪化してしまい、そのまま戦への流れとなりました。
人心の獲得に努めていた劉備の元へ、寝返る者もおり、
劉備軍は徐々に充実していくのですが、蜀の都、成都の包囲は一年も続きます。
そこへ孔明の策により、張魯に失望した馬超が劉備軍に帰順すると、
劉璋はこれ以上の無理を悟り、成都を開城しました。

今の今まで流浪を重ねてきた劉備だったのですが、
ここへきてようやく確固たる本拠地「蜀」を得たのです。

次回第11話「三国の攻防〜東西で交わされる三国の戦乱〜」は11:00にお届け予定。
乞うご期待!

24 名前: 11:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:50
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第11-1話「三国の攻防〜東西で交わされる三国の戦乱〜」

さて、ここで劉備が手にしていた荊州の地の認識が、問題となりました。
孫権「もともと荊州は我が領土であり、貴君に貸していたものだ。蜀を得た今返して貰おう」
劉備「これより涼州を狙うので、そこが平定出来た暁には荊州を与えましょう」
「貸している」という認識の元に「与えよう」という返答では、両者に亀裂も入りましょう。
孫権は出兵を決意します。勿論それに対して劉備も軍を動かし、両軍は対峙しました。

しかしよく考えると、今両軍で激突して利を得るのは曹操なのです。
ここで一度代表者による会見は行われるのですが、失敗。
そんな中、曹操は漢中に侵攻し、張魯を破ります。
劉備はそのまま曹操が益州に侵攻してくることを恐れ、孫権に和解を申し入れました。
結果として荊州を分割して、両者に分けることで落ち着きます。

劉備は蜀に戻り、曹操も一旦漢中から引き上げますが、
孫権は曹操の虚をつこうと、合肥なる地へと進軍を開始しました。

25 名前: 11:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:50
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第11-2話「三国の攻防〜東西で交わされる三国の戦乱〜」

手薄となった合肥を攻める孫権でしたが、これまた曹操の作戦に乗せられ混乱に落ち入ります。
この時の兵力、呉軍十万に対して魏軍800!
この戦いによって魏軍兵士である張遼(ちょうりょう)は世間にも名を轟かせます。
呉軍でも精鋭100人で魏軍に夜襲をかけ、成功させたりと、
両軍とも相手の隙を伺いますが、結局孫権は包囲され、
周泰(しゅうたい)の決死の働きにより、命からがら逃げおおせるという状態でした。

その後1ヵ月、魏と呉はにらみ合いましたが、勝敗は付かず、
結局双方和睦して引き上げることとなります。

次の年、曹操はついに「魏王」を名乗り、魏を国として称しました。
しかし勢いのままに蜀に進軍してこない曹操の様を「内部に問題あり」と見た者が、
劉備に漢中攻略を進めます。劉備は出兵の準備を始めました。

次回第12話「忠臣死す〜そしてついに落つ奸雄〜」は12:00にお届け予定。
乞うご期待!

26 名前: 12:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:52
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第12-1話「忠臣死す〜そしてついに落つ奸雄〜」

蜀軍と魏軍は漢中を巡り、定軍山にて激突します。
守備に力を入れていた劉備に、曹操は結局攻めあぐね、撤退を決意してしまいます。
劉備は漢中を手にしたこの219年、自らを「漢中王」と称しました。
まさに曹操に対抗した呼称であると言えましょう。

そんな背景の中、劉備は荊州を守らせていた関羽に、
魏の樊城を攻略するように命令を出しました。
折りしも続いていた長雨。自然を利用出来れば、それは大きな力となります。
関羽は樊城を水攻めにしました。魏にとって、これは大ダメージ!
何故ならば、魏が本拠地とする都、許と荊州は近く、
これ以上関羽の力を強大にはしたくなかったのです。

ここで魏の司馬懿(しばい)が曹操に進言しました。
「長江以南を孫権に与える条件で、関羽の背後をつかせましょう」
曹操は、ようやく赤壁以来の仇である孫権と手を結ぶことを決意し、
すぐさま使者を派遣したのでした。

27 名前: 12:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:52
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第12-2話「忠臣死す〜そしてついに落つ奸雄〜」

さっそく孫権は、呂蒙(りょもう)陸遜(りくそん)らに関羽の背後を突かせ
更に日頃あまり関羽をよく思わない部下を寝返らせました。
そこへ曹操が攻撃をかけると、戦局は完全に逆転、
関羽は西方の麦城に立てこもるも、結局捕らえられ、
その息子関平(かんぺい)と共に、首を落とされたのでした。
荊州の大部分は孫権の手中に収まり、
「荊州・益州を支配する」という孔明の構想は大きく崩れます。

それからまもなくした頃。220年に入って直ぐの頃。
ついにあの奸雄と謳われた曹操が病没します。
一代の英雄、天下統一を果たせぬまま、ここに幕を閉じるのでした。

しかしまだまだ天下争奪杯は続きます。

次回第13話「天に二日あり〜魏と蜀の成立〜」は13:00にお届け予定。
乞うご期待!

28 名前: 13:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:52
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第13-1話「天に二日あり〜魏と蜀の成立〜」

曹操亡き後、その息子曹丕が魏を継ぐこととなりました。
その年の10月、曹丕は献帝から帝の証である禅譲を受けます。
つまりここに約200年続いた後漢王朝は滅び、
「魏王朝」が誕生することとなったのです。

そして劉備はその情報を「献帝が殺害された」という誤情報として受け取ります。
これは今まで「漢王朝を立て直す為」という名目で
天下統一を目指していた劉備にとって、これは大きな痛手でした。
群臣はこぞって、漢王朝の再興をはかるためには、もはや劉姓を持つ
劉備が皇帝の位に付いて、漢の正当を継ぐべきだと進言します。

こうして魏帝が誕生した次の年、蜀帝もここに誕生するのでした。
ただあくまで名目は「曹丕に簒奪された漢王朝の復興」でした。

献帝はというと、一度も帝としての権威を持つことなく、
234年にその生涯を終えます。

29 名前: 13:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:53
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第13-2話「天に二日あり〜魏と蜀の成立〜」

蜀(自らはその国を漢と称していましたが、歴史書では魏が正当とされている為)
を立て、その帝としての地位を得るにまで劉備ですが、
先の戦いで関羽を討ったことに対して、孫権への憎しみを大きくしました。
天に対する国賊という観点から言えば、討たねばならないのは魏なのですが、
どうしても劉備は呉を討ちたがります。
反対意見を言うものを、遠征軍から外してまで呉討伐に乗り出しました。

ところがここで、劉備にとってまたしても痛い出来事が発生しました。
関羽と同じく義兄弟の契りを交わしていた張飛までもが、
今度は味方によって討たれてしまうのです。
劉備に和睦を申し入れようとした孫権。
しかし劉備は怒髪天を付いた状態なので聞き入れようとはしません。

ここに蜀と呉の大戦が始まろうとしていました。
次回第14話「夷陵の戦い〜劉備、白帝城にて没す〜」は14:00にお届け予定。
乞うご期待!

30 名前: 14:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:54
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第14-1話「夷陵の戦い〜劉備、白帝城にて没す〜」

蜀との開戦を決意した孫権でしたが、魏と蜀の板ばさみになることを恐れました。
で、どうしたかというと、なんと魏に臣従を誓い、手を結ぼうとしたのです。
魏側としても驚きの内容でしたが、呉に対して少し無茶な品々を要求し、
どう応じるかということで判断しようとしました。
孫権は「西方から劉備軍が迫り、領民が危機に晒されている現状で、迷う必要はあるまい」
あっさりと貴重な品々を贈ることで、魏と提携を結ぶに成功します。
そして孫権は「呉王」の位を魏帝・曹丕より承ることとなりました。

破竹の勢いで長江を下り夷陵へと進軍してきた蜀軍でしたが、
呉王孫権は、総司令官にまだ若い陸遜(りくそん)を起用し、防衛を任せます。
陸遜は秘めたる策ゆえに、蜀軍がいくら挑発しようともなかなか動こうとしません。
呉軍内部でも、そんな陸遜を臆病者呼ばわりする者がありましたが、
対峙するは半年。蜀軍に疲れが見えた頃です。

陸遜はようやく攻撃を命じました。

31 名前: 14:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:54
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第14-2話「夷陵の戦い〜劉備、白帝城にて没す〜」

この時の劉備の布陣は、長江沿い七百里にも渡って、
細長く陣営を連ねるという兵法の定石を無視した陣形でありました。
一見全面をカバーしたかのような陣形ですが、
一点一点が非常にもろいのは誰が見ても明らかです。
これに対して、陸遜は火攻めの奇襲を行った上で、総攻撃をかけました。

混乱する劉備軍。川の流れの逆らいも手伝って、逃げるに逃げられません。
なんとか味方の助けもあって、劉備は夜陰の中、白帝城まで逃れますが、
そのまま病の床に伏してしまいます。

223年春、死期を悟った劉備は、後事を孔明に託し、そのまま没しました。
一介のわらじ売りから皇帝にまでなった男。63年の生涯でした。

その後、蜀の皇帝の位は、息子劉禅(りゅうぜん)が継ぐことに。
次回第15話「出師の表〜蜀の第一次北伐〜」は15:00にお届け予定。
乞うご期待!

32 名前: 15:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:55
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第15-1話「出師の表〜蜀の第一次北伐〜」

劉備の意志を継ぎ、劉禅を支える事で、今までの恩に報いようとした孔明。
蜀の存亡はこの男の双肩へとのしかかることになりました。
そしてその頃、一度は提携を結んだ魏と呉でしたが、魏は呉を狙い、
呉も魏を狙い、両者にらみ合いの日々を続けていました。

それを尻目に、孔明は日頃の二つの憂いを解決しようと動き出します。
一つは呉との関係を修復し、国内政治の安定をはかること。
一つは度々反乱を起こし、悩みの種になっていた、
蜀の南方の異民族を征討すること。
どちらともに言えるのは、魏との戦を想像して立てられた計画に
必要な事項だったといえることでしょうか。
孔明はここまでを計画どおりに進め、国力を高めます。

また魏では曹丕が没し、その子曹叡が後を継ぎました。
皇帝交代で少なからず体勢が崩れた魏に対して、
ここに呉、蜀が動きました。

33 名前: 15:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:55
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第15-2話「出師の表〜蜀の第一次北伐〜」

東から呉が、西から蜀が、魏を挟撃できる局面が到来したのです。
ここ数年で国力武力を整えていた孔明は、ここぞとばかりに
自ら軍を率いて、魏征討の遠征に出かけることとしました。

しかし心残りは、新帝劉禅。後の世に暗愚とまで名を残した劉禅です。
そこで孔明は「出師(すいし)の表」と呼ばれる上奏文を劉禅に残します。
それは劉備に対する敬慕と忠節の念と、劉禅に対する訓戒とを綴った文章でした。
そして出陣!北伐へ!!
東西からの挟撃を目論んでいた孔明ですが、司馬懿の活躍により、
魏蜀両軍の戦いへと形を変え、街亭の山のふもとにて激突します。

だがここで孔明が目をかけてきた馬謖(ばしょく)が失態を犯しました。
あれほど布陣するなと言われていた山上に布陣を張り、
それが元で、蜀軍は敗退。一斉退却するはめになってしまうのです。
次回第16話「三国鼎立〜魏、呉の決戦〜」は16:00にお届け予定。
乞うご期待!

34 名前: 16:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:56
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第16-1話「三国鼎立〜魏、呉の決戦〜」

蜀の北伐は先の街亭の戦いで、大きな痛手を受けたことにより一時頓挫します。
しかし一方では蜀と同盟を結んでいた呉が、また動きを見せました。

呉の周魴が投降すると偽って、魏の軍事トップの曹休(そうきゅう)に近づいたのです。
もちろんこれは計略です。
周魴は曹休の目の前で髪の毛を落とし、自分の心意気を見せ付け信じさせました。
司馬懿がそれを疑うのですが、計略は成功。
曹休は完全に包囲されるも、後一歩の所で逃げおおせます。
ところが曹休は敗戦のショックからか、結局病の前に没してしまうのでした。

きっかけは盟約の履行…からではなかったのですが、
「どちらかが魏と戦うときには、もう一方がその背後をつく」という
呉、蜀の同盟条約の面目も果たした戦いにもなりました。
もちろん呉はそれを高らかと文書として劉禅に送ります。
アピールも忘れていませんでした。

35 名前: 16:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:56
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第16-2話「三国鼎立〜魏、呉の決戦〜」

次の北伐を視野に入れた孔明は、体制の建て直しをはかりました。
まず信賞必罰をきっちりと明言し、行います。
そして采配を振るう者として、部下の責任を自己の責任として扱いました。
この厳粛な態度は、全兵の敵愾心を大いに沸かせる結果なり、士気を挙げました。

さて時間は少し先に行きますが、229年。
ついには孫権が群臣の勧めに従い、皇帝を称することとなります。
唯一無二の人であるはずの皇帝が、三人並び立つ事態となったのです。
こうしてここに国家として「魏」「呉」「蜀」と三国並び立つことと相成りました。

蜀内部では、これに反発し直ちに同盟を破棄すべきだという意見もでますが、
魏と対峙するにおいて、同盟から得られる利益は捨てがたいものでした。
止む無く、素直にお祝いの使者が派遣されました。

次回第17話「繰り返される北伐〜第二〜四次北伐の苦闘〜」は17:00にお届け予定。
乞うご期待!

36 名前: 17:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:56
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第17-1話「繰り返される北伐〜第二〜四次北伐の苦闘〜」

魏の曹休の軍を呉が包囲し、打ち負かしたという知らせと合わせて、
そのために魏が守る漢中の防御が手薄になっているという情報は
孔明を喜ばせました。
孔明は再び、劉禅に上奏文「後出師の表」を奉り、
魏を叩くための遠征を計画します。

まず228年、魏の所有である陳倉(地名)を包囲します。
あらかじめ防御のための城壁を築かせていたために、
蜀軍はなかなか手出しが出来なかったのですが、
敵兵千に対して味方兵数万という、兵力の違いを前に、
多少の無理を押してでも、攻め入ろうとしました。

しかし相手も防戦必死です。
結局二十余日の押し問答的な攻防を繰り返した挙句、
知らせを受けた魏の援軍が迫ってきた為に、
蜀軍は陳倉からの退却を余儀なくされました。

37 名前: 17:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:57
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第17-2話「繰り返される北伐〜第二〜四次北伐の苦闘〜」

次に229年、蜀の孔明は陳式(ちんしょく)を派遣して
武都・陰平(地名)を攻撃させました。
それに対して魏は軍を率いて迎え撃ちますが、
孔明自ら別軍を率いて、この後方を討つことに成功します。

そして231年、またしても祁山(地名)に出兵することとなった蜀軍。
今度は蜀軍の悩みの種であった、兵糧の輸送に着目し、
木牛(物資輸送の一輪車)を使う作戦に出ました。
魏と蜀は対峙し、一端は蜀軍有利に見えましたが、
続く長雨と、後方で補給を担当していた李厳(りげん)が
兵糧供給の任務を全うすることが出来なかったのとで、結局退却することとなりました。

各地での戦果は多少あったものの、北伐自体は成功したと言えません。
兵力の差は確実!何故孔明はここまで魏に執着するのでしょうか!
次回第18話「五丈原の戦い〜秋風に巨星落つ〜」は18:00にお届け予定。
乞うご期待!

38 名前: 18:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:57
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第18-1話「五丈原の戦い〜秋風に巨星落つ〜」

やはり呉も蜀も何とか魏を落とそうと必死でした。
234年呉は合肥新城を包囲しますが、簡単に敗戦し引き上げてしまいます。

同年蜀も五度目の北伐を行い、魏と対峙、
漢の再興を願う蜀と新勢力としての天下統一を目指す魏。
諸葛亮にとって、最大のライバルであっただろう司馬懿との決戦でした。

長期戦に備え、孔明は屯田政策を採るのですが、
更に徹底した持久戦を持って、司馬懿は動きません。
女物の服を贈ることで、自尊心を傷つけようとしたり色々な挑発も試みます。
それでも、司馬懿は動きません。

ある日、司馬懿は孔明からの使者対してに、その日常生活の様を聞きました。
激務にも関わらず、食事睡眠をあまり摂っていない状態だと分かると、
その死期を悟り、一人ほくそ笑みます。

39 名前: 18:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:58
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
第18-2話「五丈原の戦い〜秋風に巨星落つ〜」

司馬懿のその推測は正しいものでした。
孔明はついにその年の八月、陣中で没します。時に54歳。
27年間に渡って蜀を支えてきた男は、秋風吹こうという五丈原に落ちたのでした。

総司令官を失った蜀軍は、密かに全軍撤退を始めます。
この動きは土地の者によって、司馬懿の元へも報告され、
ここぞとばかりに、魏軍は追撃を開始しました。
ところが、魏軍の攻撃を見た途端、蜀軍は旗を翻してこちらに来るではありませんか。
「諸葛亮が死んだ」ということ自体を計略だと考えた司馬懿は
その様子にさっさと撤退し、近づこうとしませんでした。
こうして二人の対決は終止符を打ちます。

さて今後、中心人物を失った蜀はどうなるのでしょうか!?魏は!?呉は!?
そして天下統一杯の栄光は誰の手に!
次回最終話「エピローグ〜晋への統一〜」は19:00にお届け予定。
ようやくラスト!乞うご期待!

40 名前: 19:00 その1 投稿日: 2002/09/13(金) 23:59
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
最終話-1「エピローグ〜晋への統一〜」

自ら手を下した訳ではないのですが、
司馬懿は諸葛亮を倒したということで、魏の中で更に権力を強めます。
ところがやはりと言うか、何と言うか。権力者は敵視される世の常々。
司馬懿を面憎く思ったグループのせいで、彼は政治世界から迫害されてしまいます。
もちろん司馬懿も黙って指をくわえてはおりません。
仮病を使い、人を欺き、余命幾ばくもない降りをした挙句にクーデター。
弾圧グループは斬られます。
魏王朝の中でも、司馬一族は揺るぎない存在に。

さて、孔明を失った蜀のその後はというと、
孔明に可愛がられた姜維(きょうい)が戦争、戦争!と攻めようとします。
途中までは、それを押さえるものもいたのですが、
その人物が死亡してからは、例年のように出兵し、
国力を疲弊させました。

41 名前: 19:00 その2 投稿日: 2002/09/13(金) 23:59
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
最終話-2「エピローグ〜晋への統一〜」

そして疲弊した所へ、魏は攻め入ります。
対する姜維が、蜀帝劉禅に援軍を要請するも、依頼自体が劉禅の側近に握りつぶされ
待てど暮らせど届きません。
しかしそうこうしている内に、城の中まで魏に討ち入られ、
劉禅は、もはやこれまで…と降伏を申し入れます。
こうして三国の一角である蜀。263年、ここに幕を閉じるのでした。

また魏王朝の命運も尽きかけていました。
司馬一族によって打ち立てられた「晋」が更なる勢力として台頭しますが、
ここからの筋書きは、魏が後漢に行ったことと同じことの繰り返しでした。
司馬炎(しばえん)が魏帝に、禅譲を迫ったのです!
魏王朝から晋王朝へ。
それは蜀の滅亡よりたった2年後の265年のことでした。

42 名前: 19:00 その3 投稿日: 2002/09/14(土) 00:00
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
最終話-3「エピローグ〜晋への統一〜」

残ったのは呉です。孫一族によって帝位は守られていました。
が、四代目として帝位に付いた孫皓(そんこう)は大変な暴君で、
呉はたちまち混乱へと陥ります。
それでも前線に出て戦っていた、陸坑(りくこう)存命中は、
晋もうかつには手が出せない状態でした。
だが、陸坑は病死!
晋にとって呉討伐の最大のチャンス!
晋は連戦連勝、城を包囲された呉は、結局降伏を申し入れることに。
280年、ここに呉の歴史を閉じるに至ったのです。

後漢末、群雄割拠にて始まった三国志ですが、
始めに天下争奪杯に名を連ねた人物は、
その目的を果たすことが出来ませんでした。

歴史は、以外にも司馬一族の「晋」により天下統一へ…。

43 名前: 最後に 投稿日: 2002/09/14(土) 00:01
 ◆◆◆19時間で分かる簡単(?)な三国志◆◆◆
   *∴。..゚゚:.。..。:゚・* 最  後  に *・゚゚:.。:*・゚゚・*

そんなこんなで長らくのお付き合い、どうもありがとうございました。
分かりにくい部分も多々あったでしょうが、
三国志に少しでも興味を持って頂ければ、これ幸い。

大陸は悠久。過去への思恋。
群雄割拠に精を磨く戦人達。
智略、謀略、波乱万丈!

それは壮大なエンターテイメント。
ためしに一度、三国志の世界をお訪ね下さいませ。

そして『三国志・戦国時代板』をこれからもどうぞヨロシク!!

44 名前: 無名武将@お腹せっぷく 投稿日: 2002/09/14(土) 00:10
19時間で分かる三国志:目次

>>1-3  「番組表および前口上」
>>4-5  「プロローグ〜時代を背負う3人の猛者、ここに集結〜」
>>6-7  「黄巾の乱〜鎮圧に向かう官軍、そして義勇軍〜」
>>8-9  「董卓台頭〜連合軍結成、シ水関、虎牢関の戦い〜」
>>10-11 「曹操vs呂布〜中原の戦乱いよいよ混迷す〜」
>>12-13 「曹操の野望〜漢を迎え入れた曹操の台頭〜」
>>14-15 「官渡の戦い〜中原の覇権をかけて〜」
>>16-17 「三顧の礼〜臥龍世に降り立つ〜」
>>18-19 「赤壁の戦い〜裏で蠢く智略、謀略〜」
>>20-21 「新時代の幕開け〜劉備と孫権の台頭〜」
>>22-23 「天下三分の計〜劉備入蜀、ここに鼎立す〜」
>>24-25 「三国の攻防〜東西で交わされる三国の戦乱〜」
>>26-27 「忠臣死す〜そしてついに落つ奸雄〜」
>>28-29 「天に二日あり〜魏と蜀の成立〜」
>>30-31 「夷陵の戦い〜劉備、白帝城にて没す〜」
>>32-33 「出師の表〜蜀の第一次北伐〜」
>>34-35 「三国鼎立〜魏、呉の決戦〜」
>>36-37 「繰り返される北伐〜第二〜四次北伐の苦闘〜」
>>38-39 「五丈原の戦い〜秋風に巨星落つ〜」
>>40-42 「エピローグ〜晋への統一〜」
>>43   「最後に」

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