秘め事 バーバレラ須藤
その夜。両親の不在を良い事に、啓介は愛しい兄のベッドに潜り込んだ。欲も焦がれもなく、ただ温もりを共有する眠りは、珍しくない。けれど。
「な…に…?」
「いいから」
うとうとと落ちかけた眠りを、涼介の手指に覚まされた。するりとパジャマの中に滑り込んできた愛撫を、心地よく受け止めながら。再び眠りに引込まれそうになった啓介は、びくり、と身体を震わせた。
「ここ……いいのか?」
笑いを含んだ声音に、眠気が飛んだ。
「ちょっ……ソコ…」
「……」
パジャマのシャツがめくられて。みしりと身体に涼介の重みがかかって。胸の上を、掠めるように、食むように唇が押し当てられる。さっきまで指先で弄んでいた尖りを、舌先で円を描くように舐られて。
「くすぐったいよ……」
熱を含ませた抗議に、涼介はくすくすと笑うだけで答えない。身じろいで。それでも逃げる気などない啓介は、まだしっとりと湿り気を残す涼介の髪に指を差し入れた。その感触を楽しむ余裕が、涼介の指と舌とで追い立てられ、少しずつなくなっていく。
こんなふうに、涼介から挑まれるのは初めてで、勝手がわからず途方に暮れる。ふいに、無性に涼介のお尻を触りたくなって。いつものように、手の平で鷲掴んで揉みくちゃにしてやりたくて。背中に回した手を、そろそろと腰へ降ろす。けれど、
「だめだ」
涼介の手が、やんわりと掴んでシーツに押し付ける。
「俺がいいというまで、お前は動いちゃいけない」
「でも…」
「いいと言うまで、俺に触るな。……いいな?」
「そんな……俺、我慢できないよ」
もじもじと身を揉む啓介に、苦く笑って。
「……しょうがないな」
「な、なに?」
「心配しなくていい……ちょっとした、趣向だと思えばいいから」
バスローブの帯で、両の手首をひと括りにされて。
「ちょ、マジかよ?」
くすくすと笑っていた啓介は、それをベッドに固定されて初めて、顔を引きつらせた。
「冗談、だろ?」
「そう……ただの、冗談さ」
パジャマを脱いだ涼介は、腰の上に馬乗りになって。啓介のパジャマのボタンを外し始める。見れば、涼介の昂りは腹につくほど張り詰めている。
「うわ…」
「うん?」
「アニキ、もうイっちゃいそうじゃん」
ズボンに手をかけられ、腰を浮かせれば、下着と一緒に引き脱がされた。
「知らなかったな」
手の平を舐めて、股間を湿らせる。
「アニキ、こういうので興奮しちゃうんだ」
半ば立ち上がりかけた啓介の上に、腰を降ろして腹との間で擦ってやれば、すぐに硬く容量を増してくる。
「ン……あぁ……」
うっとりと目を閉じた涼介は、口元に薄笑いを浮かべて。
「ね…」
忙しなく動く腰とは逆に、ゆるゆると身体が反り返っていく。
「あ……ああ……あ…」
乾いてしまった唇を舐めて、啓介はこくんと唾を飲む。
「も…いいだろ?」
涼介の下で啓介は濡れて。くちくちと音をたて始めている。
「アニキん中に……挿入れてよ」
手が動かせないことに焦れて懇願する啓介を、じっと見下ろして。
「……啓介」
「え?」
「お前は……生きている、よな?」
「なに言って……」
笑おうとした。けれど―――。
「痛っ!」
涼介の指が、乳首をつねる。
「痛いか?」
それは、明らかな『暴力』で。
「痛いよ……アニキ、やめてよ」
「そうか……痛いか」
この状況に似つかわしくないあどけなさまで滲ませて、涼介はにっこりと微笑んだ。
□□□
「やっ……うぅ……………………んん……」
新たな傷を増やそうと、涼介の歯に力がこもる。血が滲むまで続くその痛みを、啓介は涙を滲ませて耐えた。
「痛いか? そう……痛いよな?」
最初の噛み傷をつけた後に。
『今日、初めてヒトを切ったよ』
今夜の奇行の理由を、涼介がぽつぽつと呟くように告白した。
『もちろん、死体でね。身元不明の……変死体の……』
滲んできた血を嬉しそうに眺めて。
『若い男だったよ』
血を貪るように舐めとりながら。
『ちょうど、お前と……いや、俺達と同い年ぐらいで』
啓介が痛がる様を、嬉しそうに眺めて。
『腹を裂いて血が出て……同じ班のやつらが、何人か吐いて』
生きている証拠だから、と幼子を諭すように囁いて。
『だけど……俺は……ひどく興奮して』
声を聞かせてくれないか―――。
『白衣を着ていて、本当に良かったよ』
そう言って。目の前の啓介ではなく、なにか違う物を見るような目で虚ろに微笑った。
『授業が終わって、すぐにトイレに駆け込んだ俺を、皆は心配してくれたよ』
手は忙しなく自身を慰めていて。
『吐いたと思ったんだろうな』
啓介の腹の上に、何度も放った。
「アニキ……もう、解いて……」
「駄目だよ、啓介。傷に触るだろう?」
「じゃあ、アニキの中に挿入れさせてよ」
「傷が開くかもしれないぞ?」
胸や肩に散らばった血の滲む歯形を、気づかわしげに見下ろして。涼介は、ふっとため息を漏らした。
「平気だよ。血が出たら、アニキが直してくれるんだろ?」
精一杯の、いつも以上に屈託のない笑顔を浮かべて見せて。腰を浮かせ、啓介は昂りを押し当てた。その存在を、初めて意識したように目を見張った涼介は、くすくすと笑い出した。
「怪我人の癖に……しょうがない奴だな」
「だって、俺、アニキのこと好きだもん……死ぬまで、ずっと」
「死ぬ……まで?」
涼介の目の色が変化する。びくつく心を押さえながら、啓介は上ずった冗談口で言った。
「そうだよ。俺、アニキとエッチするたび、生きてて良かったなぁって思うんだ」
「生きて……?」
「だからさ……アニキの中に挿入れさせてよ。そんで、二人で気持ちよくなろう。ね?」
「……二人で」
「うん。だから、腕解いてよ。俺にも、アニキの身体に触らせてよ」
「……」
爪を噛んで。小さな子供が戸惑うような仕種で、涼介はじっと縛められた啓介を見る。
「『二人で』気持ちよくなりたくない?」
おずおずと。啓介を解放した涼介は、所在な気に視線を彷徨わせる。
「今度は、俺の番だからね」
腕の中に抱き締めて、啓介はようやく安堵のため息をついた。
「や……やぁ……もっとぉ……」
身体を揺すられ、いやいやをして。それでも、快感をだらしなく口元に浮かべる涼介を、ひどく愛おしく感じる自分がいて。
「愛してるよ、アニキ」
溢れてくる涙を、肩口に押し付けて誤魔化した。
□□□
翌朝、目が覚めて。
だるい身体を寝返ると、そこには身支度を整える涼介が居た。
「アニキ……?」
「今日は一限からだろう? 遅刻するぜ」
「あ、ああ」
見れば、自分はきちんとパジャマを着て。 くしゃくしゃになったシーツと、いつも通りシャツのボタンを一番上までとめて、一糸乱れず、といった風情の涼介とを見比べる。
(夢……だったのかな)
ならば。
「アニキ、さ」
「うん?」
「昨日の授業って、なんだった?」
「……ああ、やっぱり匂いが取れなかったか」
「え?」
「ホルマリンだよ。昨日は、人間を使っての初めての臨床実験だったんだ」
まいったよ、と苦笑いを漏らして。
「授業中は平気だったんだけどな。その後、トイレに駆け込んだよ」
「そ、そう」
「おかげで、昼飯を抜いた。まぁ、今に慣れるだろうが……啓介?」
「お、俺、ちょっとトイレ!」
涼介が目を見張る程の勢いで、シーツを跳ね上げて。啓介は、洗面所に駆け込んだ。そして―――。
(夢じゃ、なかったんだ……!)
パジャマをはだけた胸に転々と残る涼介の歯形は、血が乾いて赤黒い跡を残していた。
「啓介? 大丈夫か?」
軽いノックの音に、びくりと身体が竦む。
「だ、大丈夫。なんでもない」
掻き抱くようにパジャマの前を押さえて。あたふたと辺りを見回して、トイレのノブを回して水音を立てる。
「なんだ……気持ちが悪くなったのか?」
ドアの向こうの、からかうような声に、顔が引きつる。
「う、うん。格好悪ぃよな」
顔を作ってドアを開けると、同じように笑顔の涼介が立っていた。
「大丈夫さ。そのうち、慣れる」
「そうだよね」
「慣れてくれないと、俺が困るからな」
「え?」
「当分、臨床実験が続くんだ。匂いで嫌われたんじゃ、お前に抱いて貰えない」
「……」
「まさか……実験が終わるまで、俺に『お預け』を食らわせるつもりじゃないだろうな」
いつもと変わらない、艶めいた微笑みとくちづけを受けながら。ひと月、という時間を考える。
「俺、慣れてみせるから」
そう。きっと、慣れるだろう。
「悪いな」
兄の奇行は、そう長くは続かない。
「アニキが医者になるためだもん」
兄が血の匂いに慣れるのが先か。 自分が痛みに慣れるのが先か。
「それぐらい我慢できないほど、ガキじゃないぜ?」
それとも、あの奇妙な『行為』に身体が慣れるのが先か。
「アニキの役に立つなら、俺、なんだってしてみせるから」
ぎゅっと愛おし気に抱き締められて、腕の中にある暖かな温もりに、ああ、とため息がもれる。
ぴたりと合わさった胸の傷が、痛みに疼くのを感じながら。
啓介は祈らずにはいられなかった。
どうか、神様。
壊れてしまいそうな、この愛しい人の心を守って下さい。
そして、壊れてしまいそうな、俺の心を守って下さい。
この浅ましい身体が、あの快楽の味を覚えてしまうその前に。
END.....
果たして、リクエスト通りのSM仕立てになっているかどうか、激しく不安です(爆)
書き終わってみれば、血が全然流れていないし!Σ( ̄□ ̄;)
ううう、精進して出直してきますm(_ _)m
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