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優しい旋律        マジェンダ藤原  




 澄みきった最後の一音が辺りの空気に吸い込まれ、やがて会場中から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
 演題はどれも聴き慣れたばかりの選曲で、それを思い掛けず弛まない表現力で奏で挙げた若きヴァイオリン奏者に、周囲と同じく涼介も惜しみない拍手を送り続け。
 舞台の上の華奢なソリストは、半ば放心状態で弦を見つめたまま佇んでいる。
 そこへ指揮台から降りた長身のコンダクターが近付いて何かを耳打ちをすると、直ぐさまバネ仕掛けの人形の様に慌ててお辞儀をした。
 思わず失笑しながら、涼介は隣に目をやってみる。
 出掛けから、とうとう席に着く頃まで気乗りのしなさを満面に現していた啓介が、今は盛んに手を叩いている。
 やがて涼介の視線に気がつき、慌てて手を止めた啓介は不貞腐れた様をつくり直した。
「来てみて良かったろう。啓介」
 含み笑いを噛み殺して訊ねてくる涼介に照れ隠しで舌打ちしながら、啓介は肘掛けに手をかけた。
「一服、してくる」
 耳元に掠めるように言い訳を残して勢良く立ち上がると、大股で通路に歩みだして行った。
「あぁ」
 鳴り止まない拍手の波に痺れを切らした啓介の不機嫌さが可笑しくて、つい口元が緩む。
「オフクロに感謝、かな」
 聞き取れない程の呟きが、早足に遠ざかる啓介の背中に向けられた。
― どうやって、お前の御機嫌をとってやろうか。
 久し振りに啓介を甘やかせる状況に、企んだ涼介の瞳が愛おしさを称えて笑った。

■■■■■

 桜色の絨毯を乱暴に踏み付け、ロビーの片隅に申し訳なさそうに設えられた喫煙コーナーに腰を下ろす。
 風潮とは言え、まるで見せしめの如く壁際に一列に並べられたソファと一つだけの吸殻入れ。その周りに集まってくる草臥れた年配者に混じって三本目の煙草に火をつけると、啓介は溜息と一緒に淡い紫煙を吐き出した。
「…つまんねぇ」
 いつの間にか聴き入っていた事は認めるけれども、何となく釈然とはしない。つい、自分が誘おうとしていた映画の方が何倍も楽しいのに、と子供じみた愚痴をこぼしたくなる。
 昨日の夜、念を入れて確認した涼介のスケジュールと快い返事。久々に二人で出掛けられるかも、と休みの日に珍しく朝食の時間に顔を揃えた母に浮き足立ったところを見つからなければ…。
 食卓に置かれた市民楽団の演奏会の招待状。地域に顔の広過ぎる両親は、体が幾つあっても足りない用事を極稀に押し付けてくれる。
 いつもなら、涼介の機転と啓介の逃げ足の早さで切り抜けるのだが…。
「今日は大丈夫だよな。啓介」
「えっ。う、うん」
 実のところ大して乗り気では無かったのだが、二階の自室に脱ぎっ放しの上着に入っている筈の、ゼミの仲間から貰ったチケットが頭を掠める。
 実際、上機嫌の母親を前にして反論できる程の度胸は、二人とも残念ながら持ち合わせていなかった。

■■■■■

「遅いな、啓介のやつ」
 小さな市民楽団の発表会とはいえ、マナーは何処も同じで。演奏が始まれば当然ホール内の出入りは一切出来なくなる。
 休憩時間の終わりを報せるベルが鳴り、続いて着席を促すアナウンスが流れても、隣の席は空いたままだった。
 仕方が無い、という風に肩を竦めて涼介は席を立つ。先の演奏を聴いて、少なくとも次の舞台に未練はあったが、扉の前に取り残された啓介を思うと落着かなかった。
 人の流れに逆らってロビーに出てみれば、ちらほらと立つ人影に啓介の姿は無くて。
「啓介?」
 足早に横切った喫煙スペースに視線を移して、誰も居ない事に不安を覚える。
― まさか、外に出て行ったんじゃ…。
 いつの間にか小走りになっていた涼介の後ろから、扉を震わせる程の音が響き始めた。

■■■■■

「あ、アニキ!」
 覗き込んだ化粧室の前で、啓介の声に呼び止められる。
「…啓介、こんな所にいたのか」
 安堵の息を小さく吐いて、涼介が肩を落とす。その横を通ってロビーの様子を覗き込んだ啓介が首を傾げる。
「あれ、誰も居なくなっちゃってるじゃん」
「第二部が始まったからな」
 振り向いて、小さく舌を出した啓介がバツの悪そうに頭を掻く。
「ごめん。急ごうよ、アニキ」
「もう無理だ。終わるまで入れないんだぞ」
「演奏、やっぱ聴きたかった?」 
 横に立って首を振る涼介の腕をいきなり掴んだ啓介が、化粧室に向き直った。
「啓介?」
 そのまま引き摺られる様にして、一番奥の個室に押し込められる。
「何のまねだ…」
 蓋を閉めた其の上に片足を乗せると、啓介は壁を指差した。
「ここさ、聴こえるよ」
 得意気に言うその先に涼介は視線を移しながら耳を傾ける。
 確かに結構な音量が漏れてくる壁を見つめて、涼介は苦笑混じりに頷いた。
 しかし、いつまでもこんな所に二人で居る訳にはいかない。後退りながら涼介は後ろにいる筈の啓介に声をかけた。
「もういい。出よう、啓介」
「アニキ、悪ぃ。オレさ…」
 後ろ手に鍵を閉めた啓介の声に強請る調子が含まれて。
「啓介」
 強く呼んだ名前が僅かに震える。
「この曲、オレ知ってる…」
 耳元で聞こえた呟きに驚いて、涼介は振り返ろうとした。が、首筋に生暖かい吐息を感じて身体が強張る。
「何考えてる…。行くぞ」
「ここで全部聴いちゃえば?」
 肩を押さえられて壁際に追い詰められた涼介は、それでも抵抗しながら鍵に手を伸ばす。
「激しいの、しないからさ」
 言いながら素早く涼介の手首を掴んで、それを捻ねりあげたと同時に壁から管楽器の音が鳴り響いた。
「けぃ……」
 片方の手を涼介の上着の胸元に滑り込ませると、未だもがく身体を壁に押し付ける。
「アニキは音を聴いてればいいんだよ。オレは……アニキの声、聴きたい」
 近付いた唇が涼介の抗議を塞ぐ。そのまま喉元まで這わされた舌の動きに、思わず上擦った息を吐く。
「止、めろ…啓、介」
 上目遣いの瞳に浮かんだ悪戯な彩は褪めない。むしろ、言われて更に増した様に見えた。
 返事の代わりに、忙し無くベルトを外しにかかる啓介の手が目的を成して大胆に動きだす。
「ふぁ…」
 屈み込もうとした涼介の膝を割って啓介の腕が這う。腰を退いた途端タイルの壁に直に触れて、その冷たさに白い肌が粟立つ。
「アニキ、鳥肌立ってる」
 退かした腕の代わりに、啓介の膝頭が内股に擦り付けられ。もどかしい程の摺れ具合に涼介の腰が遠慮がちに揺れる。
「んぅ」
 充分に反り勃った涼介を掌に握り締めて、啓介は耳朶を舌で弄んだ。
「縋り付いてよ、アニキ…もっと、さ」
 爪先立った頼り無い身体を啓介に預けながら、涼介は堅く閉じた瞼のまま自ら伸ばした手の先の指を、引掛ける様に上着に突き立てた。
 やがて、ゆっくりと上下する啓介の掌が滲んできた雫で濡れはじめる。
「聴こえる?アニキ」
 何度も頷く涼介の背後で聴こえている幾重もの楽器の音に合わせながら、啓介は一本づつの指に力を込める。
「っ、ぁあ、あ…」
 いつの間にか噛み締めていた涼介の唇も開かれたままになって。切れ切れに漏れ出す喘ぎが啓介の耳元で哀願の声色を絞り出す。
「ぇ、啓す…け、汚、れち…まぅ、どい…てくれ」
「未だ終わって無いよ…ほら」
 振り返れはしない筈の涼介に、鳴り続ける後ろの壁を目線だけで指し示しながら、弾ける寸前までになっている先端を指で絞り上げた。
「っつぅ」
 達し切れなさに焦れて、涼介は眉を深く顰める。啓介は素早く片手でジッパーを降ろし、熱り立った自分を涼介の股の付根に挟み入れた。
「ちょっと…動く、ね」
 絞めていた指を緩めて、啓介は腰を揺すりあげる。滑る二つの昂りは幾度も縺れながら擦れて。
「も…けぇ、すっ」
 先に熟していた涼介は、半ば崩れる様に啓介に凭れ掛かった。その身体を受け止めて、啓介はホルダーに手を伸ばし、ペーパーを勢い良く引き出した。
 幾重にも巻付けたそれを強引に引き千切りながら、涼介の先端に押しつける。
 それとほぼ同時に弾け散って、ぐったりとした涼介を支えながら、白濁が幾らか飛び散った掌で、今度は自ら包み込んだ。
「ぅく、っ」
 蓋を開けて、丸めた大量の屑を放り入れる。薄らと目を開いた涼介が啓介の肩に額を擦りあてながら呟いた。
「……終わっちまった、じゃ無いか」

 ■■■■■

 先に扉を開けて出て行った啓介の洗い流す水音を聞きながら、涼介は閉めた蓋の上に坐っていた。
 汗の滲んだ額にかかる前髪を、丹念に整えながら腕時計を見遣る。
「今日は帰った方が、無難だな」
 この後の予定を思い浮かべて、溜め息を吐く。未だ性懲りも無く芯の疼きが遺る身体を抱えて、まともな食事など出来るはずは、無い。
 今朝から、幸いに母親のくれた偶然を使って、啓介の機嫌を損ねて煽った事は気付かれてはいないだろうけれど。
「ここまでに成ってくれるとは、な」
 込み上げる苦笑に、小さく肩を揺らす。
 最近の、何週間とあった擦違いの生活を、面と向かって拗ねる事の出来ない自分が歯痒くて。幾日も前から、肌を併せたいと焦がれる自分が浅ましくて。謀らず招いた結果が……。
 扉の外に幾人かの気配を感じて、涼介は見切りを着けた様に立ち上がりながら服の乱れを直し、鍵を開けた。

■■■■■

「おっと、失礼」
 楽屋口から勢い良く走り出して来た人影に軽く肩が触れた。振らつく身体のせいで涼介は危うくバランスを崩しそうになる。
「いえ、こちらこそ…」
 謝りの言葉を言いかけて、眼が合った相手の顔に複雑な表情が浮かんでいるのを見て、止めた。
「飯田さぁん」
 ロビーに膨れ上がっている一団から、声がかかる。目の前のその人が軽く手を上げて答えている。
「大丈夫かい?あんた」
 さり気ない囁きに、一瞬だけ戸惑って。
「そんな顔してると間違われるぜ」
 最後はにやりと笑って、背を向けた。向こう方から腕を振り上げている青年の横を通り抜ける啓介の長身が近付いて来る。
「アニキ」
 擦違い様に、啓介を振り返った男がちらりとこちらを見た。が、そのまま騒がしい輪の中に紛れてくれた。
 輪の中には第一部で観た、ソリストの青年が居て…。
 その暖かい人の輪を、涼介はぼんやりと見つめていた。
「アニキ?大丈夫…」
「あぁ。帰ろうか、啓介」
― 間違ってなどいませんよ。多分ね。
 隣に寄り添っている啓介を促して、ロビーの中央まで歩き出す。ざわめく人の輪を通り過ぎる際、涼介は男の横で丁寧に頭を下げ、出口へと急いだ。
 気付いた男は先と同じ笑い方と軽く会釈をしただけで、さり気なく人込みに向き直った。
 
■■■■■

 傍目にも上機嫌と判る、啓介の様子を眺めながら涼介は話し掛けた。
「機嫌、直ったな。啓介」
「アニキも、だろ」
 確信に溢れた啓介の言葉に、ぎくりと身じろいで、貼り付いた微笑みで取り繕う。
「どうして、そう思うんだ」 
「どうしてって、…何となくだよ」
 右折の補助信号を待ちながら、面映そうに啓介が答える。
「それだけか」
 漸く点灯した矢印に、握ったハンドルを切り返す。それでも未だ自分を伺っている涼介の視線に耐えかねて、啓介の照れた声が小さく言った。
「そっ。だってさ…」
 進行方向の車線に乗ったFDが、吹き抜けた音を響かせながら加速して行く。
「アニキもオレも、聴きたかったもん聴けたじゃん」
 だろ?と満足気な啓介の横顔が向いのガラスに映る。
「…それもそうだな」
 晴れ渡った秋空の下。11月の最後の日曜日。家に帰ったら、先ず父の書斎にあった筈のコレクションから今日の曲を探してみようか、と思いを巡らす。
 子供じみた自分の考えに少しだけ呆れて、それでも嬉しそうに涼介は密やかに微笑んだ。


finish♪


お題はクリアしておりますでしょうか?……甘々な話も、たまにはね(笑)因に我が家は親子でイダさんファンだ。




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