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デザートはベッドの上で    バーバレラ須藤 




 サービス隊との同乗を断った涼介は、当然、啓介のFDで帰宅するはずだった。
 ここのところ、プロジェクト始動のために過密なスケジュールをこなしてきた。そのせいか、第一戦のまずまずの滑り出しに気が弛んだのかも知れない。バトル後の余韻を残す身体に掻き抱かれるのも悪くないが、今はとにかく休みたかった。
「栃木を攻略するつもりなら、お前の耳に入れておきたいことがある」
 今後の対策をより強化するために、必要な『睦言』を聞けるかも知れないという目算もあって、 涼介は、久しぶりに会った『愛人』との一夜を選んだ。
「ゆっくりしてきなよ。俺、藤原と帰るから」
 道に不案内な『相棒』のことのあり、啓介は快く頷いてくれた。弟の心遣いが嬉しくもあり、頼もしくもあり。
「あいつも、ちったぁ大人になったじゃねぇか」
 からかいの言葉に、苦笑いで応えて。涼介は、眠りに落ちてしまいそうな身体をシートに沈めて、バックミラーに映る啓介を見送った。ほんの少し、寂し気に肩を落とし、FDへ戻っていく背中を愛しく思いながら。
(明日、帰ったら――)
 そう、涼介はひとりごちた。



    □□□



 涼介が高崎にある自宅へ戻ったのは、昼を少し回った頃だった。
 この時間、家に居るのは啓介1人のはずだ。涼介は、コートを脱ぐのももどかしく、まっすぐ弟の部屋へ向かった。けれど。
「啓介? いないのか?」
 ノックに応えがなく、ドアを開けたが主の姿がない。もしや、と思って自分の部屋に戻ったが、そこにも姿は見えなかった。出かける前はきちんとしていたはずのベッドが乱れ、啓介がこの部屋で夜を過ごしていたことが知れる。
(相変わらずだな……)
 涼介が家を開ける夜、啓介は置いてきぼりの無言の抗議として、シーツを乱していく。夕べ見せた気遣いも、啓介にとっては精一杯の空元気だったらしい。そうとわかれば、なおさら顔が見たい。
 着替えを済ませ、階下に降りたが気配も感じない。FDはガレージに停まっていた。出かけたとしても、そう遠くじゃない。
 このところお預けを食らわせていた分、うんと甘やかしてやろうか。
 それとも、夕べの情事を匂わせて、少しだけ意地悪をしてやろうか。
(……遅いな)
 楽しい企みも、当の本人がいないのでは話にならない。二人分の紅茶も冷めてしまった。雑誌のページを手繰るのにも飽きて、涼介は居間を後にした。
 夕べ手に入れた情報を確認する前に、仮眠でもとろうかと自室に戻る途中。ふと思い立って、啓介の部屋を覗く。いくら窘めても片付かない、雑多な物に囲まれた部屋に足を踏み入れる。使われた跡のないベッドに触れると、熱のないシーツが主の不在を雄弁に語る。枕に染みた整髪料とコロンの淡い残り香に、溜め息がもれた。
 馴染んだ匂いに、緊張がゆるゆると解けていくのを感じながら。
 涼介は、そっと目を閉じた。



    □□□



 車で出れば良かった―――。
 そう思ったのは、家からずいぶんと離れたマーケットに辿り着いた時だった。馴染みの酒屋が臨時休業とはしらず、軽装で出てきてしまったことも悔やまれた。けれど、ようやくに目当てのワインを手に入れられたので、その苦労も報われた。
 甘過ぎず、ほんの少し渋みのある、赤。
 酒に強くないはずの涼介が、珍しく量を過ごしたこの銘柄が食卓に上ったのは、先月の母の誕生日だった。ラベルに印された名前を覚えるよりも、コルクをとっておいた方が確実だと教えてくれたのは、当の涼介だった。乾いてしまったコルクに鼻をつけると、それでも微かに甘い匂いが残っている。二人きりで飲める機会が、こんなに早く訪れるとは思ってもみなかった。
(二人で飲みたかった、なんていかにもで嫌らしいし。……なんて言って誘おうかな)
 考えても、気の聞いた言葉なんて浮かんでこない。
 ただ、初戦に勝ったお祝い―――きっと、それで十分だろう。
 目の辺りをほんのりと染めて。ベッドの上で、けだる気にくつろぐ愛しい人を想像して。予定以上に増えてしまった荷物を抱えてなお、啓介の足取りは軽い。
 涼介の好きなワインと、涼介の好きなチーズと、涼介の好きなサラダと、涼介の好きな―――。
 早く、帰ろう。涼介が帰ってくる前に、支度を済ませてしまおう。
「あっ!」
 玄関に、きちんと揃えられた涼介の靴。
「うっそ……アニキ、もう帰ってンだ」
 慌てて靴を脱ぎ捨てて、がさがさと賑やかな音をたてて台所へ駆け込んだ。戦利品をテーブルに置いて、
「アニキ、居るのか!?」
階上へ声をかけたが、応えはない。二段抜かしで階段を昇り、ノックをするのもそこそこにドアを開けたが、そこに涼介の姿はない。ノートパソコンに触れても、ひんやりと冷たい。他の作業をした形跡はないし、上着はハンガーにかかったままだ。
(どこ行ったんだろ……)
 首をかしげて。着替えをしようと自室に戻った啓介は、ベッドの上の人影に気付いて、ひゅっと息を飲んだ。
(……マジかよ)
 足を忍ばせて覗き込んだ安らかな寝顔は、まぎれもなく兄の涼介だ。おそらく、帰宅して着替えを済ませた後なのだろう。
(待ちくたびれて、寝ちゃったんだ)
 夕べの自分と同じように。
 否―――同じじゃない、と啓介は思った。
 夕べは、バトルの後の程よい興奮と身体の奥に燻った熱を持て余し、せめて残り香に甘えようと兄のベッドに潜り込んだ。同じ時間。他の男に触れているであろう指を思い出しながら、自身を慰めてなお、なかなか寝つけなかった自分とはあきらかに違う。
(疲れてんのに……無理するからなぁ、アニキは)
 嫉妬とか、恨み言とか。そんな子供っぽい我が儘なんて、言うつもりはない。プロジェクトにかける涼介の思いがどれほどのものか、自分が一番よく知っている。それだけに、休んで欲しかった。
 バトル開始直後の急な呼び出しに応じて、姿を現したあの男――須藤京一の家へ寄る、と聞かされて、正直ほっとしていた。悔しくないといえば嘘になるが、自分では勢いに任せて涼介の身体を労ることなどできない。一度触れてしまうと、余裕も気遣いもなくなってしまう自分を、啓介は知っている。
 けれど、『彼』ならば―――。
 そう思えばこそ、快く送り出せた。そしてその判断は、どうやら間違いじゃなかったようだ。薄く浮かんでいた目の下の隈も、綺麗にとれている。
(ワイン……なんて、必要なかったな)
 せめても、と用意した小道具の出番はなくなりそうだ。残念だけど、これでいい。
「……ぇすけ……」
「えっ?」
 寝言に名を呼ばれ、思わず応えてしまった。遅ればせながら口を押さえると、ふぅっと長い睫が開く。
「……啓介? 帰ったのか」
「あ、悪ぃ。起こしちゃったな」
「どこへ行ってたんだ?」
「うん……ちょっと買い物」
 半身を起こした涼介が、小さく欠伸をかみ殺す。
「そういえば、少し腹が減ったな……」
 何気ない呟きに、啓介の顔がぱっと綻んだ。
「アニキの好きなの、いっぱい買ってきたよ」
 差し出された両手が、待切れずに涼介の身体を引き起こす。それへ、嬉し気に微笑んでみせて。
「楽しみだな」
「ワインもあるよ。こないだ、おふくろの誕生日に飲んだのと同じやつ」
「ああ、あれは旨かったな」
 手を引かれて階下へ降りながら、嬉し気に弾む背中を見つめる。
「カチャトーレと、生マッシュルーム入りのサラダと……チーズも買ってきたんだ」
「なにか手伝おうか?」
「いいよ。俺が用意するから、アニキは座って待っててよ」
 疲れてるだろう、と振り返った頬に不意打ちのキスをして。
「そんなにされたら……お返しを用意しなくちゃいけないな」
 囁きに染まる頬へ、もう一度唇を押し当てた。
「……御褒美、くれるんだ」
 首筋に甘えた唇が問いかける。せっかちな手に、そろりと腰の丸みを撫でられて。
「その前に……ワインを飲ませてくれるんだろう?」
 やんわりと窘めて、涼介は、ほんの少し拗ねた背中を台所へ送りだした。



 そう、たっぷりと腹ごしらえをしよう。
 御褒美はきっと、デザートに相応しく甘いはずだから。



END.....

ちょびっと『七年目の浮気シリーズ』(須藤家の食卓掲載)の冒頭部分と繋げてみました。




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