献 立 バーバレラ須藤
「あ、今のコーナー、もう一回見せて!」
啓介は、ポテトチップを摘んだ手を振りあげた。
「お前も、気がついたか」
「何か変な感じが……あ、ここ!」
涼介は、一時停止ボタンを押し、画面を食入るように見つめる、啓介の熱心な様子に目を細めた。 プロジェクトが指導して間もなく。珍しく机に齧り付いた啓介に、つきっきりで指導した甲斐があったと涼介は思う。
「……おい」
その目を見張る成長ぶりが、嬉しくもあり、頼もしくもあり―――。
「おい、お前ら!」
「遅かったな」
「あ、おかえんなさい」
闇色とキャラメル色の瞳が、同時に振り返った。
「人の留守中に、何やってんだ!?」
京一は、両手に下げたショッピングバッグを、乱暴にキッチンのテーブルに載せた。
「何って……あれ、約束してたんじゃないの?」
きょとんと目を見張った啓介は、甘えていた肩から顔を上げた。
「いや」
風呂に入ったのか、いつにも増して艶やかな黒髪を掻き上げる。
「それで、今日の献立は?」
涼介の問いかけに、京一よりも啓介の方が反応した。
「俺、もう腹ぺこで死にそぉ! 京一、何作ってくれるの?」
ベッドから、狭いキッチンへ移動する。
「お前らなぁ……」
「ごめんね」
ショッピングバッグを覗くふりをして。ちらりと上目で覗き込まれ、喉まで出かかった文句も言えなくなる。
「……しょうがねぇなぁ」
替わりに、未だベッドの上で寛ぐ涼介を睨む。案の定、確信犯の朱い唇は、楽しげに笑っていた。
「何を食わせてくれるのか、楽しみだ」
珍しく上機嫌の涼介に舌打ちし、頭の中でメニューを素早く書き換える。丼物で手早く済ませようと思ったが、それでは涼介がうんと言わないだろうし、なにより啓介の胃袋は満足してくれない。
(ホールトマトが安売りしてて助かったぜ。ナスとニンニク……と、こないだのオリーブは残ってたか?)
買ってきた物と、残り物の折り合いを付けよう。冷蔵庫を開けた京一は、覚えのないワインと、棚を占領した白い箱に首をかしげた。
「なんだ、こりゃ」
「あ、それケーキ!」
箱を引きだそうとした手を止めて。京一は、怪訝そうに眉を顰めた。
「ケーキだぁ?」
「そう。誕生日だからね」
「……誰のだ?」
「アニキの」
「はぁ?」
「今日、アニキの誕生日だよ。……もしかして、忘れてたの?」
呆れ顔の啓介に、京一は鼻白む。
「忘れてたんじゃねぇ。……知らねぇんだよ」
「え?」
「いいから、あっち行ってろ。狭ぇんだから」
ぽんと尻を叩いて、啓介を台所から追い出した。
□□□
ワインは、軽めの白。
それを頭に入れて、トマトベースのパスタとサラダを用意した。急拵えとはいえ、我ながら出来た献立だと思う。涼介は何も言わなかったが、満足していたようだ。その証拠に、珍しくワインの量を過ごしている。大皿に盛ったパスタのほとんどを平らげてなお、残りのケーキをぱくついていた啓介は、早々にベッドに潜り込んでいた。
「何だ、腹が膨れて寝ちまったのか?」
「ここのところ、大学のレポートに掛かり切りだったからな」
片付けを終え、部屋に戻った京一のグラスに、涼介が残り少ないワインを注いでくれた。指には、啓介から贈られた銀のリングがはめてある。華奢な作りだが、涼介の長い指に良く似合っていた。それを目で追っていたのに気づいて、涼介がこれ見よがしに振って見せる。酔ってとろりとした瞳に、苦笑いで応えた。
「……飲み過ぎだぞ」
「主賓は、俺だぜ?」
指輪をはめた右手が、そろりと京一の腿を撫でる。
「それで? 俺に、なにを強請るつもりだ?」
そのまま、ワークパンツのボタンを外し、勿体ぶるようにジッパーを下ろしていく。
「さぁ。……なにを貰おうかな」
下着の上から、形をなぞって。
「そんな所を探ったって、何も出てこないぞ」
朱い唇から洩れたワインの吐息が、京一の鼻先を擽る。
「それは……試してみなくちゃ、解らないだろう?」
舌舐めずりに呆れて、ベッドの上の寝顔を伺う。その横っ面を、思いもかけない力で引き戻された。
「勝手に動くな」
「……」
「俺はまだ、貰った『包み』を開けてないんだぜ?」
言いながら、京一のシャツをたくしあげる。みっしりと筋肉の浮いた胸を撫で、しこりに歯を立ててくる。
「……おい」
「ん?」
「愉しいか?」
「ああ、愉しいね」
ついと身体を離して、ようやく涼介は服を脱いだ。四つん這いになって、京一の股間に顔を埋めてくる。蛍光灯に照らされて、滑らかな背中がうねるのを、京一は黙って見下ろしていた。
「京一」
「うん?」
「気になるか?」
「ああ」
「そうだろうな」
突き出した尻の向こうには、啓介の安らかな寝顔がある。くすくすと笑った形のまま、唇が再び京一を銜え込む。らしくもない悪ふざけに舌打ちし、髪をつかんで引き剥がした。
「誰が、動いていいと言った?」
不満そうな顔が、京一を睨め付ける。それを、ふんと鼻で笑って。
「『玩具』ってのはな、スイッチが入れば動くもんなんだぜ?」
「う……わっ!」
有無を言わさず、涼介の体を裏返す。抱え込まれもがいていた身体は、啓介の寝顔を見て、ぴたりと動きを止めた。両腕をその枕元へつなぎ止めて、耳元で囁いた。
「こんな近くで声を出したら……本当に、起きちまうぜ?」
テーブルに置いたままのケーキからクリームを掬い上げる。それを、指で塗り込められて、涼介は唇を噛みしめた。
「何を……あ……」
動きを封じられ、手指に弱みを嬲られて。押し殺した息が上がってくる。
「や……きょ、いち……」
「嫌、じゃねぇだろ?」
からかうような囁きに、かっと身体が熱くなる。そう、本当は嫌じゃない。
「は、やく……あ……」
「涼介」
「……ん?」
「今日、誕生日だったんだってな」
「ああ」
「なんで、俺のところに来た?」
「……」
「俺に『おめでとう』とでも、言って欲しかったのか?」
「……さっきのパスタ」
「うん?」
「旨かった」
「そうか」
苦笑混じりの呟きに、笑みが漏れる。引き抜かれた指に、それと判るほど身体を震わせて。次いで、ひたりと触れた硬い感触に、思わず唇が緩む。
「涼介」
「ん?」
「……おめでとう」
「バカ」
くすくすと笑った唇を、大きな手が塞いでくれる。
それが、京一から初めて貰った、誕生日プレゼントになった。
□□□
「なんで、起こしてくれなかったんだよ!?」
拗ねた声に揺さぶられ、二人は目を覚ました。涼介は、ベッドの中で。京一は、ベッドの下で。
二人揃って泊まるときの常で、京一はベッドを明け渡していた。身体の節々が痛むのか、うん、と伸びをした京一は、抗議の声から逃れるように、のろのろと起き上がった。
「何処行くんだよ!」
「飯、喰ってくんだろ?」
「ねぇ、アニキぃ……」
「お前が寝て、いくらもしないうちにお開きだったよ。……俺も、久しぶりに飲み過ぎた」
「もしかして、二日酔い?」
「……ああ、そうらしい」
言いながら、涼介は眉を顰めて枕に沈み込んだ。寝起きの良いはずの兄の、ぐったりとした様子に、啓介はそれ以上の追究をやめた。
「京一、薬ある?」
「ああ、この中だ。勝手に探せ」
戸棚から取り出した救急箱を、テーブルの上に載せる。朝食のメニューは和食らしい。みそ汁の良い匂いを嗅ぎながら、啓介は薬を漁った。手頃なグラスが見当たらなかったのか、京一は夕べのワイングラスに水を注いでくれた。
「あれ?」
「うん?」
「指、どうしたの?」
「ああ、ちょっと切れちまってな」
「ふぅん」
啓介は、左手の中指に巻かれた真新しい絆創膏を、胡散臭げに見つめた。けれど、京一のポーカーフェイスは一向に崩れてくれない。
「あのさ」
「うん?」
「夕べ、本当に何もなかった?」
「何もねぇよ」
「本当に?」
「お前……仲間外れにされたと思ってるんだろ?」
にやにやと問い返されて、今度は啓介の方が返答に詰まる。
「な、仲間外れって……なんのことだよ」
「お前が、今考えてることだよ」
振り返った京一の両手が、やんわりと尻を掴む。
「ちょ、何すんだよ!」
振り払おうと身を捩ったが、両手がふさがっていて逃げられない。その上。
「……ずいぶん、愉しそうだな」
いつの間にか後ろに立っていた涼介の両手が、啓介のシャツをたくしあげる。
「アニキ!? わ、零れるってば!」
慌てる啓介の手から、薬とグラスを取り上げて。
「京一」
「あん?」
「朝飯のメニュー……変更してくれないか?」
涼介の提案に、京一は肩をすくめてガスレンジのスイッチを切った。
「疑った俺が悪かったってば! だから……ちょっ……うわっ!」
啓介の体を、ひょいと抱き上げて。
「先に喰ってるぞ?」
「ああ、すぐ行く」
京一が『朝食』をベッドに運ぶのを見送って、涼介は用意された頭痛薬を飲み下した。
END.....
サブタイトルは『須藤京一・お料理教室〜新鮮な高橋兄弟の美味しい召し上がり方』(笑)
果たして、リクエスト通りのメニューになりましたでしょうか?
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