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小さな出来事    バーバレラ須藤  




「今、ここでさ」
 ふと、数字の点滅を見上げていた啓介が、振り返った。
「エレベーター停っちゃったら、どうする?」
 何かを期待するように、目を輝かせて。そんな啓介を微笑ましく思いながらも、涼介は意地悪く現実を突きつける。
「……緊急呼び出しのボタンを押す」
「なんだよ、それ」
 つまんねぇの、と唇を尖らせて。予想通りの反応に、苦笑いが漏れた。同乗していた初老の紳士も、ひそりと笑いをかみ殺す。瞳には、孫でも見るような優しさを滲ませて。
「もっとさ、こう、ワクワクするような事って考えられないの?」
「例えば?」
「えっと、そうだな……閉じ込められたのは、どっかのスパイが電源を切ったからで、このホテルのどっかで、機密文書かなんかを取り引きしてるヤツのパソコンにハッキングするためだとか」
「……」
「それとも、ずっと閉じ込められて酸素がなくなっちゃって……」
「それじゃ、死んじまうぞ?」
 エレベータが停って。
「だからさ、そこから脱出劇が始まるんじゃん!」
 初老の紳士は、啓介の冒険談も半ばで、名残惜しげに降りて行く。珍しい麝香の残り香に、彼の嗜みを感じながら、涼介はその杖をついて丸めた細い背中を見送った。
「今の人、さ」
 扉が閉まるのを待って、啓介が声を潜める。
「案外、スパイかもよ?」
 啓介の逞しい想像力に、涼介はとうとう笑いだした。
「お前……よくそこまで考えられるな」
「だってさぁ、披露宴なんて退屈だったんだもん」
 両腕を、うん、と伸ばすと、開いたコートの中からタキシードが現れる。黙っていれば、もっと人目を引くだろうに、と思うのは、兄としての欲目だろうか、と涼介は考える。それとも、恋人としての?
「そんな風に言うなよ」
「式は、感動的で良かったけどさ。俺、披露宴のまだるっこしい挨拶とか、嫌いなんだよね」
「確かにな。賓客が多すぎる」
「でも、どさくさに紛れて、アニキと写真撮れたからラッキーだった……おわ!」
 がくん、とエレベーターが揺れて。バランスを崩した啓介を受け止めようとした涼介は、視界を闇に奪われて、空を切った腕に舌打ちした。
「啓介!」
「だ、大丈夫。それよりアニキは?」
「俺は平気だ」
「緊急呼出のボタンって……見えねぇじゃん!」
「ジッポ、出せるか?」
「あ、うん」
 暗闇の中。ごそごそとポケットを探る気配がして、次いで、カチンという金属音の後に小さな炎が灯る。お互いの顔を確認して、二人は同時に安堵のため息をついた。
「ボタン……ボタン……と、これか?」
 赤いボタンを押して、応答を待つ。けれど。
「あれ? もしも〜し!」
「啓介」
「お〜い……え?」
「おかしいと思わないか?」
「なにが?」
「普通、こういった場合、非常灯が付くはずだ」
「あ、そういえば……」
 映画で見知っているシチュエーションでは、確かに緑や赤の非常灯が付く。
「真っ暗ってことは……」
「ああ。おそらく、外線の電源も切れてるだろうな」
「……」
 ゆらゆらとオイルの匂いを振りまく小さな炎を間に挟んで、二人はじっと見つめあった。
「これって……やばい、よね?」
「ああ。おそらく、俺達がここに閉じ込められていることは、誰も知らないだろう」
「……」
「普通、エレベーターには監視用のカメラが隠してあるもんだが……それも機能してるかどうか怪しいな」
「電源、切れちゃってるもんね」
「ああ。それに、例えカメラが機能してるとしても、ライターじゃ光源が少なすぎる。人影ぐらいは認識できるだろうが……いや、炎だけを捉えてると見た方が賢明だな」
「アニキ、さ」
「なんだ?」
「なんか……やばい方に物事考えるの、得意だよね」
「常に、最悪の状況を考えていた方が、いざという時に対処しやすいだろう?」
「そりゃ、そうだけどさ」
「啓介、ライターを消せ」
「なんで?」
「いつまでここに閉じ込められるか判らないからな。使えるものは温存しといたほうがいい」
「……」
 言われた通り、啓介はジッポの蓋を閉じた。途端に、二人を闇が包み込む。知らず、手探りで相手を確認したくなって、啓介は涼介のコートを掴んだ。
「停ったの、何階くらいだったっけ?」
 そのまま、腕を辿って肩を抱き寄せる。
「さあ……話に夢中になってたからな」
 安心させるように、涼介の腕も啓介を抱きしめる。
「あの人、何階で降りたっけ?」
「確か、9階だった」
「そっか……」
「座ろう」
「うん」
「……」
「……」
 沈黙が落ちて。啓介が、腕の中で身じろいだ。
「このまま……死んじゃうかな?」
 さっきまでの勢いが嘘のように。神妙な呟きが、耳元で漏れる。
「そんなことにはならないさ」
「そうかな?」
「ああ」
「……」
「……」
「でも……」
「うん?」
「アニキと一緒だから……それもいいかな」
「……バカ」
 くすりと笑いが漏れて。密閉された空間が、ゆるりと和む。
「ね、アニキ」
「うん?」
「キス、しようよ」
「……ああ」
 手探りで互いの頬に触れて。風変わりなゲームを楽しむように、くすくすと笑いながら二人は唇を重ねた。相手の唇の形だけで、記憶にある表情を手繰り寄せて。啄ばんで、舐めて、深く重ねて。湿った小さな音だけが、やけに耳に付く。
「なんかさ、キスしてる時の音って、アレに似てるね」
 一筋の光源もない暗闇では、ちっとも目が慣れてくれない。それでも、独りではないという安心感から、精神だけは闇に慣れる。
「あれ?」
 啓介の手が、肩から胸へそろりと降りてくる。
「ココ舐めてる時と、同じ音しない?」
 膨らみをやんわりと握られて、涼介は慌てて腕を引き剥がした。
「啓介!」
 けれど。
「それとも……こっちかなぁ」
 もう片方の手が、床に座り込んだ涼介の足の間に潜り込む。
「啓介、いい加減にしろ」
 闇の中で、ふふふ、と啓介が笑った。
「真っ暗って便利だね。アニキが怒ってる顔、全然、見えないよ」
「……」
「今、本当に怒ってる?」
「……ああ」
「じゃ、やめたっと」
 啓介は、あっさりと涼介から手を引いた。流石にこの状況では、悪戯にも限界があるらしい。なにしろ、いつ非常灯が付くともしれないのだ。いくら、高橋家が定宿にしているホテルでも、そんな不祥事はもみ消せない。 ことりと肩に頭を凭れて。大人しくなった啓介の肩を、そっと抱き寄せた。
「でもさ」
「うん?」
「やっぱり、似てるよね?」
「……また、その話か?」
「だって、暇なんだもん。アニキ、触らせてくれないし」
「……」
「ね、似てるよね。先っぽ銜えて、舐める時の音がさ」
「……お前、わざと音立てるからな」
「アニキだって、その方が興奮するじゃん」
「……」
「太腿の内側が、ぴくぴくって痙攣してさ。先っぽからじわ〜って」
「啓介、いい加減にしないと……」
「ゴメンゴメン……ああ、でも唇で扱いてる時は、もっと音が大きいか」
 屈託のない分析に耳を傾けながら、涼介は呆れたようにため息をついた。
「やっぱり、穴の周り舐めてる時の方が、似てるかも」
「……」
「たまに指先だけ入れて擽ると、あんな音するよね?」
「知るか!」
「あ、そうか……アニキには聞こえないよね」
「……」
「あと、指で広げて舌先を捩じ込むとさ……ああ、同じ舌使ってんだから一緒か」
「結論は出たか?」
「うん、すっきりした」
「じゃあ、少し黙ってろ」
「……」
「……」
「アニキ」
「……なんだ?」
「ひょっとして、興奮した?」
 ぱん、と頭を叩くと、それを合図にしたようにエレベーターの電源が戻った。眩しさに、二人は思わず顔を顰めた。
「いきなりだなぁ……」
「とにかく、緊急ボタンを押せ」
「平気じゃない? エレベーター動いてるし」
『お客様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?』
 ノイズ混じりの問い掛けに、啓介はぎょっと振り返り、涼介は素早く応えを返した。
「大丈夫です。事故ですか?」
『それが、原因が判らないんです』
「判らない?」
 二人は、顔を見合わせた。
『主電源が落されたようで、先程まで全館内が停電状態で……大変、ご迷惑をおかけしました』
「いえ。大事はありませんでしたから」
 涼介の答えに、安堵を滲ませた挨拶が換える。エレベーターが、ようやく到着し、二人は停電の余波に騒めくロビーを歩きだした。
「ひどい目に遭ったな」
 どさりとソファーに座り込み、啓介は早速煙草を取りだした。苛々と煙を吐き出す様子を見るかぎり、相当我慢していたらしい。あの狭い空間で、吸いたいと言い出さなかったのは、涼介を気づかってだろう。
「主電源が落ちたとは……随分、不自然だな。ここのセキュリティは、それほど甘いはずはないんだが……」
「やっぱりさぁ、スパイかなんかがやったんじゃないの?」
 解放された安心感からか、啓介の冗談口が戻っている。
「その話は、もういい」
「ちぇっ」
「車を回してくる」
「あ、俺が行こうか?」
「歩き煙草は感心しないな。……一服したいんだろう? ここで待ってろよ」
「さんきゅ」
 片手で拝むようにウィンクをした啓介に、くすりと笑って。コートのポケットを探っていると、腕が誰かにぶつかってキーを取り落とした。
「あ、すみません」
 キーを拾おうとして屈んだとき、ふわりと鼻を掠めた香りに、はっと顔をあげた。
「いや、失敬。こちらも不注意でした」
 見上げると、先程エレベーターであった紳士が、帽子を少し持ち上げて会釈を返していた。
「……貴方は」
「いや、先程は、とんだ災難でしたな」
 有無を言わせず、老人はもう一度、帽子を持ち上げた。
「では、失礼」
 エントランスを通り抜けていく、老人の小さな背中をぼんやりと見送って。先程は持っていなかった、小さな革の鞄に気づく。
「啓介」
「ん、なに?」
「俺達が閉じ込められていたのって、どれくらいの時間だった?」
「えと……15分か20分くらいじゃない?」
「……」
「それがどうかした?」
 真っ暗な闇の中。杖をついた足の不自由な老人が、9階から非常階段を降りる姿を想像して―――。
(まさか、な)
 頭に浮かんだ想像を振り払って。
「いや、なんでもない」
 涼介は、ぎゅっとキーを握り締めた。



END.....

……趣味に走ってしまいましたm(_ _;;)m
あんまり色っぽくないですけど、たまにはこんな兄弟の日常もいいかな、と。
初老の紳士は、藤村俊二さんあたりを想像していただけると嬉しいです。
リクエスト通りじゃなくて、すみませんでしたιι




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