その場所で マジェンダ藤原
耳を劈く轟音が身体を震わせて、また通り過ぎる。
一台、また一台と。髪の毛をすくい上げられながら、それでも微動だにしない慎一を庇うように淳郎は立つ。
半ば惚けた様に、それでも一つの影を見つけて慎一は泣き出しそうな瞳をしばたく。
「トオル…さ、ん」
横転したショックからは早々に立ち直って、大した怪我も無かったトオルは、ガードレールの向こうで数人の仲間達と食入る様に連中を見ていた。
バトルに負けた相手への眼差しにしては、恨めしそうな気配は微塵も感じられず。
ただ、その本当の気持ちを唯一判っていたのは、同じく数十分前にFDに千切られた淳郎だけだった。■■■■■
積み上げて来たものが、ほんの一晩で覆された。それを今更どうこう言うつもりは誰にも無い。
それでも今まで以上に「走り」に対しての意気込みを、各々が確かめた夜になったけれど。
明け方近くになってギャラリーも居なくなり、チームのメンバーさえも今は淳郎と慎一しか残っていなかった。
「帰るぞ。先に乗ってろ」
あの後、トオルに近寄る事すら出来ずに慎一は立ち竦んだままで。
傍らに立って様子を伺っていた淳郎も、漸く普段の顔色を取り戻した慎一に胸を撫で下ろして声をかけたのだ。
「あっ…。は、い?」
きょろきょろと辺りを見回して、もう自分達だけしか居ない事を知った慎一が慌てて淳郎の後ろを追いかける。
「淳郎さん、どこ行くんですかっ」
ゆっくりと振り向いて、僅かに驚いた表情を見せた淳郎が、にやりと笑った。
「何処へも行きやしねぇよ。ちょっと挨拶しに……」
「だっ、駄目ですよ!やばいですっ」
まるで淳郎が「お礼参り」に行くかの様に、慎一は必死になって腕を引っ張る。
その思い違いに苦笑って、淳郎は腕にかかった慎一の指をそっと握りしめた。
「大丈夫だって、別に挨拶しに行ったからって殴られる訳じゃ無ぇさ」
あっ、と小さく叫んだ慎一が自分の思い込みに頬を染めながら腕を退く。
「よう、アンタ」
声に振り返ると、長身のFD乗りが困ったふうに笑いながら立っていた。
「おう。さっきはどいうも」
じゃれ合っていると思われたらしい、その嬉しい勘違いに淳郎は声を和らげて応えた。
「悪い、っと。ちょっと話しておきたくて…」
その長身は、隠れる様に淳郎の背後に回った慎一にちらりと視線を投げて、淳郎に向き直った。
「さっき、上で聞かれた事なんだけど」
「あぁ」
「あれさ、実は殆どアニキの受け売りなんだ」
「アニキ…?」
何故だかやけに嬉しそうに話す、この男の「アニキ」とやらに興味が涌く。もちろん、たった一度のバトルで自分の弱点から何から暴かれた事への単純な驚きもあったけれど。
「凄い奴なんだろ?あんたのアニキとやらは」
「まぁな」
その余りにも誇らし気な態度に、つい吹き出しそうになって淳郎は辺りを見回す。どうやら、後ろで慎一も呆気に取られているらしい。
「どんな奴なんだ?その…あんたの」
すっと、視線が送られた先は3台のワゴン車の一番後ろ。スモークのかかった窓に薄らと映る影が揺れた。
「啓介。行くぞ」
開いたドアから降り立った、その男を見て淳郎は内心溜め息を吐いた。到底、こんな場所には居ない部類の優男。
しかし、眼が合うと一瞬だけ鋭い視線を投げて、直ぐさま人あしらいの良さそうな表情を作ったのを見てとって淳郎は口元を歪める。
― 絶対に喰え無ぇ野郎だ。■■■■■
群れた車の陰から、一台分のエンジン音が聴こえた。ワゴンの横からゆっくりと鼻先を出したトレノが走り出そうとしている。
そこに居た全ての視線を集めて、その小さな車体の窓が下がる。
「お先に失礼します」
ドライバーの容貌を改めて見た淳郎の感心した様な溜め息とは逆に、慎一はきつい眼差しを向けて見送る。
恨みがましいまでの視線。それに気が付いた啓介が淳郎の顔を覗き込んだ。
「同い年、くらいだろ?」
屈託なく指した先を振り返って、慎一の顔を見つけながら淳郎は体を退いた。
「だろうな」
前を睨み続ける慎一に、二人の会話など耳に入ってはいない。
「御執心じゃん」
既にテールランプの灯りを残して走り去ったハチロクに、顎を向けて笑う。
「まっ、色々とな」
「ふぅん」
向かい合って意味深気な会話を交わしながら、啓介は淳郎の肩に腕を伸ばす。
「おい…」
馴れ馴れしさにも厭味がなくて、淳郎も不本意ながら受け止める。
「あんまり睨むなよ。こいつに勝ったのは、オレだぜ?」
肩越しに話し掛ける啓介の言葉に、慎一が驚いて、こちらを見上げたのが判る。
「何だよ、あんた!その態度」
少しだけ震える声で抗議する、その慎一の表情が簡単に浮んで淳郎は苦笑した。
「なにが?」
面白そうに続ける啓介の身体が一層擦り寄って、淳郎の胸に重なる。
「ど、どけよっ」
背中に慎一の手が当たって、肩に啓介の上背が迫って、さすがに淳郎も困惑し出す。
前後からの応酬に置き場のない身を動かす事も出来ずにいた、そのとき。
「いい加減にしろ」
口に出しかけた言葉が、そっくりそのまま、ワゴン車の横に佇んだ影から聞こえた。
途端に離れた温もりに淳郎は安堵の溜め息を吐く。
「じゃあ、な」
「あぁ…」
拳で軽く肩を叩かれて生返事をかえした淳郎は、仕方なく難しい顔を向けたまま頷いた。■■■■■
「さっきの人…、何かよく判らないけど凄そうでしたよね」
奢られた缶コーヒーを握りながら、慎一が呟いた。
「あぁ…、ヤる、な。彼奴は」
缶のプルタブを引き上げながら、淳郎も答える。
いつもの「場所」に戻った道に安心しながらも、あの「熱」を惜しんで。一旦、車を降りれば差程の対抗心も薄れる、そんな走り屋に出会えた事が只単純に嬉しかった。
まるで、今ここには居ない「相棒」の様に。
「そう言えば、さっきの…」
小さな呟きが、淳郎の意識を戻す。
「あん?」
言い難そうな慎一を見つめながら、淳郎は黙って次の言葉を待った。
「…何か、引っ掛るんですよぉ。あのFDの人の笑い方」
不貞腐れた言い方に、その意味を教えてやりたい衝動を抑えて、淳郎は残りのコーヒーを一気に呷った。
「放っておけよ、もう逢わない奴の事なんか」
― そう、もう二度と。
接点の無さを少しだけ口惜しがりながら、飲み干した缶をゴミ箱に投げ入れた。
「行くか?」
肩に置かれた手に、慌てて慎一は頷く。腕の時計は既に朝を指していた。全開で走り抜けた後の、そのままの小気味良いエンジン音を上げながら淳郎のGTは峠を後にした。
助手席に坐る慎一の欠伸を噛み殺した横顔に上機嫌になりながら、淳郎はステアリングを握り締めた。初戦勝利。その日、一つのホームページに書き込まれた文字が、これからの伝説の幕開けになった夜。
この夜の啓介は「小悪魔」の本領を発揮する間もなく、涼介に召喚されてしまいました。
すっかり「SSR」話と化してしまいまして、すみませんm(_ _;)m
監視付きの「浮気」は難しかったです〜(笑)
●TOP●