俺のアニキ・内緒の個人授業 バーバレラ須藤
ことの起こりは、友だちに無理矢理押し付けられた一本のビデオだった。
その時、俺はもうアニキと……えと……とにかく、そういうモノには無縁の生活を送っていたから、興味がないって断っていた。けれど、中学生にも男同士のつきあいとかがあるわけで、そう何度も逃げることはできない。なにより、不自然だしね。
『どうだったーとか、明日、聞かれるんだろうな……』
なんて、ちょっと憂鬱な気持ちだった。鞄だけでなく、心も重い。そのせいか、帰り道は無口になって、アニキを心配させた。
「本当に……何もないのか?」
「うん。なんでもないよ」
妻に浮気を隠してる夫―――ってのは、こんな心境なんだろうな、と思ったりもして。アニキに優しくされればされるほど、俺の胸はずきずきと痛んだ。
□□□
とにかく、ぱーっと流して、内容だけ判ればいい。
明日聞かれたら、適当に印象に残ったとこを言って、皆に話を合わせればいいんだから。こんな時、部屋にビデオデッキがあって本当に良かったと思う。友だちの中には、夜中に茶の間で毛布を被って観た、なんてヤツもいたぐらいだ。
ビデオは市販のヤツで、箱書きもなにもない。背に貼ってあるラベルには、手書きの『授業』という二文字しかない。再生スイッチを押すと、思っていたより画像が粗いので吃驚した。タイトルのテロップは、ラベルと違っていた。
『隣のお姉さん〜内緒の個人授業』
タイトルだけで、なんとなく内容の想像がついて。テレビ画面に齧り付いているのが馬鹿馬鹿しくなった。けど、隣の部屋にアニキがいると思うと、ベッドでくつろぐ気にはなれない。居心地の悪い思いをしながら、画面を見つめた。
案の定、隣に住んでいるという、妙にかっちりしたとスーツを着込んだ女が、母親に頼まれて主人公の受験勉強を教えにやってくるという。そんな、説明臭い前置きがお座なりに流れて、女は昼間と同じスーツ姿で主人公の部屋に現れた。両親が不在なのはお約束だよな。
女は言う。
『私のコト、本当のお姉さんだと思っていいのよ』
男は首をふる。
『お姉さんなんて、いらない。僕が欲しいのは―――』
男に押し倒されて。スーツが乱暴に脱がされて、ブラウスのボタンが千切れそうになる。
『ずっと、好きだったんだ』
と、男が言う。
『お姉さんだって、僕のコト好きなんでしょう? だってほら、もうこんなに―――』
女は、抵抗をやめて開き直る。
『しょうがないコね』
女の手が、急に大胆になった。ビデオは無修正で、初めて見る女のアソコに、俺はちょっとだけ興奮した。けれど、それよりもっと気になったのは、二人のセリフ。
『そう、上手よ』
からかいと余裕を滲ませて。相手が興奮してるのを、あきらかに愉しんでいる、年上の女。
『感じるの? 感じてるの?』
焦りと興奮に荒い息を吐いて。相手の反応を伺って、余裕のない質問を繰り返す、年下の男。
(なんか……似てる……)
四角い箱の中で繰り返される言葉は、俺達と似ている気がして。なんだか、自分達を見ているようで、酷く恥ずかしくなった。
(だとしたら、俺ってすげぇ格好悪ぃかも)
それに引き替え、ビデオの中の女より、アニキの身体はずっと綺麗でもっとイヤラシイと思った。
(あん時のアニキ、すっげぇエッチだもんな……)
俺を呼ぶときの声とか、触ってくれる指の動きとか、イく寸前の息遣いとか。俺の頭の中は、いつの間にかアニキで一杯になって、腰の辺りに熱が集まってくる。
『……啓介』
名前を呼ぶ時の息遣いは、もっと切なくて。
『啓介……もっと……』
甘ったるい声で目の端を潤ませるアニキは、とんでもなく可愛くて。
『もう……あ……』
腰が揺れると、中がきゅうっとすぼまって。
「啓介?」
現実の声に、身体中が凍りつく。
「あ……ゴメン」
パジャマを擦り下げたみっともない格好の俺を見て、アニキは慌てて目を逸らした。その視線の先には、スイッチを切っていないビデオが映っていて―――。
「……なに、観てるんだ?」
「ち、違う!! そうじゃないんだ!!」
□□□
ビデオもテレビもついてない、音の無くなった俺の部屋で。俺は、呆れ顔のアニキの横でうな垂れていた。
訳を話すから、とアニキを引き留めたものの、何をどう話していいのかまるで浮かんでこなかった。ベッドに並んで座ったまま、アニキは3回目の溜め息の後、口を開いた。
「それで? コレはどこで手に入れたんだ?」
「……クラスの友達から借りた」
「中学生が、裏ビデオなんて……よく手に入れられたな」
「そいつのアニキが大学生で、ビデオ屋でバイトしてるんだ。それで、こういうのが簡単に手に入るからって……」
「それで? 今まで、どれぐらい借りたんだ?」
「借りたのは、これが初めてだよ」
「初めて?」
「うん。で、でも、俺が自分から借りたんじゃないんだ」
「……」
「だって、俺にはアニキがいるから。興味ないって、いつも断ってたんだ。昨日も、そうやって断ったら、友達の一人が『お前、本当はホモだろう』って……そしたら、皆が笑いだして……」
「なるほど。それで、売り言葉に買い言葉で借りてきたってわけか」
頷いた俺の頭を、アニキの手が撫でてくれた。髪に触ってる指が気持ち良くて、俺は、そっとアニキに凭れた。パジャマ越しのアニキの胸は、やっぱり暖かくて気持ちが良くて。石鹸のイイ匂いを嗅ぎながら、目を閉じた。
「啓介」
「うん?」
「……もう……終わりにしてもいいんだぜ?」
「え?」
「俺達の関係が、どれだけ不自然か……今回のことで、はっきりわかっただろう?」
俺は吃驚して顔を上げた。
「ち、違うんだ! さっきのは、そんなんじゃない!」
たぶん、アニキは完璧に誤解している。
「だって、お前、ビデオ観ながら……」
ああ、やっぱり。そうじゃない。そうじゃないんだ。
「それは……その……アニキが……」
やっぱり、言わなくちゃいけないのかな。
「俺が?」
怪訝そうに眉を顰めて。アニキは俺の『言い訳』を待っている。それが、どんなに恥ずかしくて格好悪いことかも知らずに。けど、それを今言わなかったら、全部が終わっちゃうような気がした。そんなのは、絶対に嫌だった。だから俺は―――。
「……アニキ、怒んない?」
「え?」
「絶対、怒んないって約束する!?」
「……ああ」
俺は、ちょっとだけアニキから離れて座り直した。もしもアニキが怒りだしても、すぐに逃げられるように。
「あのね」
「……」
「……ちょっと、似てたんだ」
「似ていた?」
「うん」
「誰と」
「……俺達と」
アニキは呆気にとられたような顔をして、ビデオと俺とを交互に見比べていた。恥ずかしくて、申し訳なくて。俺は、それ以上何も言えなくなった。アニキは、ちょっと考えるようにビデオのラベルを見つめていた。そして、いきなり立ち上がると、ビデオをデッキに入れてスイッチを押した。
「あ、アニキ、何するの?」
「ビデオを見る」
「え!?」
「それで、どこがどう俺達に似てるのかを、お前に説明してもらう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! やだよ、そんなの!」
俺達は、テレビの前でちょっとした揉み合いをした。そうしている間にも、ビデオは再生を始めていて、絶対に知られたくなかったタイトルテロップをアニキに見られてしまった。
「……ずいぶんと、判り易いタイトルだな」
くすりと笑ったアニキの声に、俺はむちゃくちゃ恥ずかしくなった。
「ねぇ、もうやめようよぉ」
「説明してくれるんだろう?」
ベッドを背に座り込んで。アニキの腕の中に掴まったまま、俺はもう一度ビデオを観る羽目になった。こんな風に抱っこされてテレビを見るなんて、小学生の時以来だ。画面では、主人公の母親が女に家庭教師を頼んでいる。さっきと同じに、世間話をする風を装って唐突に。
「本当に、全部観るの?」
「ああ」
もうすぐ、男が女を押し倒す。ああ、やっちゃった。
「ずいぶんと、乱暴だな」
「……うん」
「啓介とは、大違いだ」
「え?」
「お前は、ボタンを千切ったりしないじゃないか」
「そうだけど」
男が、女の胸にむしゃぶりついてる。その、がっついた感じが、自分とダブって恥ずかしくなった。
「これも、違う」
「ほ、本当に?」
「もっと触り方がデリケートだし、舌の使い方も違う」
「……」
開き直った女が、これ見よがしにレクチャーを始めた。男は、鼻息を荒くして身体中を弄っている。
「ああ、これも違う」
「……」
「こんな初歩的なことは、啓介はとっくにマスターしてる」
「……」
「それに、この男。指の使い方がおざなりすぎる」
「……」
「啓介の方が、もっと恥じらいがあって……ああ、この女、声が煩いな」
「……俺も、そう思った」
「演技なのが見え見えだな」
「……アニキは、違う、よね?」
「当たり前だ。……このビデオを見て、よく俺達と似てるなんて思ったな」
「だって、年上と年下だろう? それに、俺、いつも夢中になっちゃって、気がついたらアニキのこと押し倒しちゃってるし……」
「……」
「それに、俺、この女に興奮したんじゃないもん」
「じゃあ……なにに興奮した?」
「……アニキの方が、ずっといいなって」
「俺と、比べたのか?」
「……」
「今、俺がお前とこの男を比べたみたいに?」
アニキの声が、耳に近付いてくる。
「俺と比べて、俺のことを考えて……興奮した?」
囁きが耳に吹き込まれるぐらい、唇が近付いたのが判る。
「……教えろよ」
「え?」
「この女と、俺と……どんなふうに違う?」
「……」
「ほら」
「アニキは……もっと優しくて」
「うん、それから?」
「イジワルで」
「……」
「わ、悪い意味じゃないよ!?」
「……続けて」
アニキは俺を腕の中から解放して、立ち上がった。
「アニキの身体は、もっと綺麗で……」
俺の手を取って、ベッドの毛布をめくりあげる。
「肌だって綺麗で……その……」
ベッドの上に座ったアニキは、パジャマのボタンをゆっくりと外し始める。
「アニキは……えと……」
パジャマが肩を滑るように落ちて。俺は、思わず唾を飲み込んだ。
「……」
ズボンと下着を、ギリギリまで引き下げて。アニキはぱたりとベッドに倒れこんだ。
「啓介」
「え?」
「脱がせてくれないか」
「あ、うん」
俺はアニキの両足を抱えて、ズボンを引き下げた。アニキは、されるがままで、俺の反応を愉しむように微笑っていた。
「後は?」
「え、なにが?」
アニキの体に見蕩れていた俺は、びっくりして顔を上げた。
「他に、どんなところを比べた?」
「え……あ……アニキの足は……」
「俺の足は?」
「細くて、長くて……」
立てた膝から、内股の足の付け根までそっと撫で降ろす。
「全然、毛深くなくて……」
そこに触れると、アニキの膝が、ぴくん、と震える。手招きされて身体を寄せると、アニキの指が俺のパジャマのボタンを外し始めた。
「指だって、長くて細くて……アニキに触ってもらうと、すごく気持ちが良くて……それで……」
アニキの右手が、するりとパジャマのズボンに滑り込む。
「それで?」
左手が器用に動いて、俺を裸にする。現れた右手は、しっかりと俺を握っていて―――。
「俺、恥ずかしくなるんだ」
「恥ずかしいだけか?」
「すごく……ドキドキする」
「……」
両腕を、ゆるりと俺の首に回して。アニキはほんの少し照れ臭そうに微笑って言った。
「……おいで」
その後。
俺はアニキにキスをした。何度目かのキスの後、アニキが言った。
「ほら、俺達はあの二人とは全然違うじゃないか」
意味がわからなくて。俺が理由を聞くと、アニキはくすりと笑った。
「あの二人は、キスなんかしなかっただろう?」
「あ!」
「相手なんて、誰でも良かったのさ」
「……」
「ほら。俺達とは、全然、似ていない」
俺は嬉しくて。
いくつも、いくつもアニキにキスをした。
唇と、頬と、首と、胸と、お腹と―――アソコに。
アニキは、上手だよ、と褒めてくれたけど、やっぱりあの女とは全然違っていた。
気がつくと、ビデオは終わっていて。
俺達と全然似ていない二人は、砂嵐に飲まれてどこかに消えてしまった。
□□□
翌日。俺は、例のビデオを友達に返した。
「それで、どうだった?」
「……別に」
「それだけ?」
「本当は観てないんじゃねぇの?」
「見たよ」
「じゃあ、どんな風だったか言ってみろよ」
俺を囲んで、にやにやと笑っていた友達に、俺は言ってやった。
「まず、女が下品。スーツ着てたときのがまだマシ、かな。とにかく、全然感じてないくせに、声がやたらと煩い。肌も汚なかったな」
「……」
「男は……指使いが全然なってないし、気持ちが入ってないのが見え見え。そのくせ、腰の使い方が慣れすぎ。あのオッサン顔で、高校生の役ってんだから笑っちゃうよ」
「……」
「まぁ、こんなとこかな?」
ひらひらと手を振って、俺は友達の固まりから離れようとした。けれど。
「ちょ、ちょっと待て、高橋!」
ガクランの襟を掴まれて。俺は思わずひっくり返りそうになった。
「うえっ、なんだよ!」
「お前、さ。ひょっとして……」
「……もう、ヤっちゃてる、とか?」
いつもは訳知り顔の悪友達が、ほんのりと頬を染める。それへ、にやりと笑って見せて。
「ったり前じゃん」
「……」
「ああ、もう離せよ」
呆然と見送る視線を、心地よく感じながら。ちょっと煙たそうに眉を顰めて見せる。
「これから、くだらねぇビデオなんて俺に押し付けるなよ。……それと」
皆の顔を見回して。俺は、朝から考えていた決めゼリフを言うのを忘れなかった。
「俺、そういうの、間に合ってるからさ」
END.....
えっと、今回のテーマは『でき過ぎの恋人を持った見えっ張りな中坊』(笑)
●TOP●