『おまえが来るかもしれないと…オレに教えたのは涼介だ…』
『涼介さんが…』
『認めてやる…。いいクルマだ…』
自分なりのけじめを着けたくて逢いに行った。
新しい車をやっと自分のモノにした事と、少しだけ近付けた涼介との関係が始まった事とを、どうしても確かめたくて。
連絡の取りようが無いからと涼介に電話を掛けて、バトルを匂わせながら二人の間を探ろうとまでした。
その後の、勝利を報告した時の涼介の訳知った微笑みを拓海は思い出す。
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残り度数の少ないカードを差込んでからポケットを探ってメモの端切れを取り出す。
慣れない市街局番を押しながら、頭の中で言葉を反復する。
―教えて下さい。
「はい」
唐突に聞こえた相手の声に、組立てた筈の言葉が揺らぐ。
―教えて下さい。
「…須藤ですが」
こちらの沈黙を訝しがり、声に凄みが効いてくる。
「誰だ、一体…」
「あっ、あの…藤原ですっ」
焦る気持ちが喉元まで出かかっていた言葉を詰まらせる。
「よくオレの携帯…、あぁ涼介か」
耳元で呼ばれた名前に顔が熱くなる。
まさか見えている訳では無いだろうが、クッと笑い声が聞こえた。
「何か用か」
気がつけば一桁の表示に慌てて、拓海は一気に捲し立てた。
「あの…須藤さんって涼、た、高橋涼介さんと親しくされてましたよね」
出来るだけ気を使った言い回しをしたつもりだったが、相手の反応は冷たかった。
「何が言いたい」
「聴きたい事が、あります」
「今、か?」
「あっ、あのテレカの残りもう無くて、直に掛け直しますから」
「…来い」
「え、」
「埒があかない話しなんだろ、どうせ」
「でも…」
言い淀む拓海を無視して、畳掛ける様に一段と大きな声がした。
「とにかく途中まで来たら、また電話しろ。清次を迎えにやるから。いいな」
デジタル表示が「2」に変ったところで、電話は切れた。
返事をする間も無かった拓海は、仕方無しに受話器を置いて、電話ボックスの扉を開ける。
「あ、オヤジ…電話入れとかなくちゃヤバい」
大した考えもなく出て来た手前、文太には声も掛けていない。
「ちぇっ」
握っていた取っ手を勢いよく引いて、未だ生温い受話器を取り上げた。
間延びした呼び出し音が切れ、代わりにうんざりした様な声が耳へ入って来た。
「はい、藤原とうふ店」
「俺だけど」
「…何だ」
「今日、ちょっと、これから走りに行くから…遅くなる」
「配達は」
「それまでには帰るよ」
「そうか」
勝手に納得したのか、文太は一方的に電話を終えた。
受話器を置いて、出て来たカードをひったくるように取り出すと、拓海は今度こそ全速力で踵を返した。
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陽が落ちてから大分走って、ようやく見知った風景が現れて来た。
折り目の付いた道路地図を助手席に放り投げ、拓海は安堵の息を吐く。
「もうすぐだ、もうすぐ…」
点灯信号の赤が心臓と同じ早さで点滅している様に思えて、やけに息が苦しい。
電話ボックスを見つけると、拓海は後走車が居ない事を素早く確認し横に付けた。
―話し中?
首を傾げながらフックに指をかけ、もう一度手順を繰り返す。
今度は、ほぼ2コールで繋がった。
「こんばんは、あの…藤原です」
「今どこだ」
「あの……」
辿々しく、自分のいる辺りを説明する。
「判った。そうだな…」
相手は全てを聞き入ってから、拓海にメモの有無を確認すると簡潔な説明で場所の指定をしてくれた。
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ぽつぽつと民家が並ぶ道路に拓海は車を停めて、聞こえてくるエンジン音に耳を澄ませる。
「よう、秋名の!」
ゆっくりと近付いて来た白いランサーから顔を覗かせているのは、以前のバトルを演じた相手。
あの時とはまるで印象の違う笑顔で、今は拓海に手を振っている。
飲みかけの缶コーヒーをホルダーに差し込みながら、拓海は慌てて頭を下げる。
そんな様子が気に入ったのか、清次は笑顔のまま窓越しに話し掛けて来た。
「このまま 京一のアパートまで誘導するぜ。ついて来てくれ」
「はい、あの、すみません」
「何、いいって」
拓海がキーを回し、ハチロクのエンジンが高い声をあげると「ほう」っと感心したように清次が目を見張った。
「イイ音させてやがる」
素直な感想が、つい口から漏れる。
「あの、もう行けます」
おずおずと話し掛ける拓海の声に我に帰った清次は、ニヤリと笑うと親指でGOサインを出した。
しばらく走って、清次の案内が無かったら到底見つけられないだろう、ありふれた町並の小さなアパートの前に止めさせられた。
「この、102号室だから」
開けた窓越しに清次が声をあげる。
「はい、あの…」
「オレはこっからは関係無いからこのまま帰る。じゃあな」
短いパッシングを残し、夜の闇へとテールランプが遠ざかって行く。
取り残された様な気分のまま、拓海はエンジンを切り、外へ出た。
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「で?」
勧められた椅子に座り、これしか無いからと出された缶ビールを前にしても、拓海は話を切り出しかねていた。
六畳程のダイニングキッチンと、その奥に自室といったありふれた造りのアパートの住人は、以前にも増して自分を諭すように話し掛けてくれた、それでも。
実際考えてみれば、突拍子も無い自分の話に耳を傾けてくれるのか……土壇場に立たされているのにも関らず、拓海は言い淀んでいた。
ましてや話をした所で一笑に伏されるか、怒鳴り付けられるかも知れない。
「あの…」
口を開こうとはするのだが、訝し気にこちらを見つめている視線を避けて、つい下を向いてしまう。
「まぁいい。だがな、覚悟は決めとけよ」
思いがけない言葉に、京一の顔を覗き込む。
「大体は予想がつくからな、ヤツ絡みの話は」
口元を歪めながら、ビールを飲み下している京一の笑っていない視線に急に心細くなる。
その時、玄関の方で短いチャイムが鳴った。
「開いてるぜ。入れよ、涼介」
まるでスローモーションの様にドアが開くと、そこには…涼介が立っていた。
「これは、何の冗談だ?」
「話があるのは俺じゃ無い。ココに居るお前の新しいコレだ」
小指を立てながらニヤついている京一を顰めた瞳で見つめたまま、狭い玄関から動こうとはしない。
―新しい…。
その言葉に拓海の身体が強張った。
「いいから来い。せっかくこの俺が話し合いの場所を提供してやってるんだぜ」
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壁の時計の音だけが響く部屋で、俯いた拓海を除いた2人が互いに睨み合っている。
そして最初に口を開いたのは、京一だった。
「お前等の間であった事には興味無いが…巻き込んでくれたのは確かなんだろ、おい」
と、拓海に向かって話し掛けた。
それを制するかのように、今度は涼介が酷く優しい声で拓海に話し掛けた。
「どうしたんだ?藤原。俺に話があるのなら、こんなところじゃ無くても出来ただろう?」
―こんな所で悪かったな。
苦笑いの京一の目線だけでの抗議を無視し、涼介は拓海の顔を覗き込んだ。
「オレ、知りたくて…」
俯いた姿勢はそのまま、拓海は絞り出すような声で話し出した。
「本当は構ってもらえるだけでイイとか思ってたんです。涼介さん、本気の人が居るみたいな事、聴いてたし」
ほぅ、と京一が片方の眉を吊り上げた。
黙れ、と涼介が手の甲で牽制する。
「でも、オレも凄っげぇ涼介さんの事、好きで…涼介さんも、オレの事…」
更に、京一が鼻白んだ顔で涼介の方を見る。
勿論、涼介は無表情のままで拓海の話を聴いている。
「でも何か、この間っから涼介さんの事、判んなくなって…」
一瞬、涼介の眉が顰められた。
「で、俺に相談ってか?」
賺さず、京一が話の先を促す。
「…須藤さんなら、涼介さんと凄ぇ親しそうだし、何かオレの知らない事とか教えてもらえるかなって」
「藤…」
涼介の声を遮る様に、大袈裟な音をたてながら京一が椅子から腰を浮かせた。
「いいぜ藤原。お前が知らないっていう涼介を拝ませてやる」
テーブルを回り込み涼介の手首を掴むと、京一は奥の部屋へ引き摺って行こうとする。
頑として動こうとせず抵抗していた涼介だが、2言3言耳打ちされると渋々立ち上がった。
そんな二人に慌てて腰を浮かしかけた拓海を、涼介は一瞥すると京一の後をついて奥の部屋に入って行く。
「涼、介さん?」
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薄暗い部屋の中で、2人の体格の良い影が重なる。
その影だけを、息を潜めて拓海は凝視していた。
暗がりにも白く浮き上がる涼介の輪郭が、京一の頭部の影で見えなくなった。
―嘘、だろ。
静まり返った部屋の中に淫らな口付けの音が響き出した時、涼介の膝が突然折れた。
肩で息をしている涼介を、そのまま後方に有るベッドへと座らせると京一は小さな声で呟いた。
「手前で脱げよ、あっちにも見えるようにな」
瞑っていた瞼を薄く開き、涼介は溜め息を吐き出しつつも、それに従う。
紗の入った黒いシャツのボタンに指をかけ、一つ一つを自らの手で外していく。
シャツの下は相変わらずの素肌で、それが痛ましい程に仄白く浮ぶ。
更に無言でベルトに手をやりスラックスも足元に落としてしまうと、それで?と言わんばかりに京一の顔を見上げた。
「次は、適当に口でヤってもらおうか」
京一の低い声に、その両手を伸ばし目の前のワークパンツのジッパーを降ろしにかかる。
相手の言いなりになっている従順な涼介の一挙一動に、拓海の目は釘付けられる。
次第に辺りの空気さえ、熱を帯びてくる様な錯覚。
初めて見る他人同士の場面に、暫く呆然としていた拓海の耳に自分を呼ぶ京一の声が聴こえた。
「藤原、来な」
その声に弾かれた瞬間、拓海の瞳が挑む様な光を宿した。
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片方が動けば、もう片方も負け時と昂りを更に埋め込む。
決して緩くは無い涼介の中で、京一と拓海の互いが緻密に擦れあう。
先端の感覚は、涼介の内壁よりも互いの熱で疼いていた。
京一の手が拓海の双玉に伸び、擦り合せるリズムを導いていき、拓海も自ら京一の舌を絡めとり無言でその動きに同調して行く。
深々と埋め込んだ方が内部で揺すりはじめると、もう一方が涼介の縁ぎりぎりで、注入出を繰返す。
腰だけを高々と挙げ、異なる振動に身体の内側から翻弄されながら、涼介の膝は自らを支える力を無くして崩れる。
その様子を伺っていた京一は、隣の拓海の動きに容赦の片鱗も見られないと判ると、軽く舌打ちして頃合いを見計らった。
尋常で無い眼差しには目線だけの合図等届くはずも無く、2人を呑込ませたままの白い身体に容赦なく覆い被さろうとする拓海の腰を片手で抱え込むと、そのまま一気に涼介から引き抜いた。
「うっ」「ひぁっ」
互いの昂りが擦れあって同時に呻く。
未だ肩で息をしている拓海は「邪魔するな」という目で京一を睨み返す。
「そう焦るな。涼介の事も考えてやれ」
視線を涼介に戻した拓海は、裂けて血が滲んだ花弁を凝視した。
途端に、不安げな目を京一に向けてくる。
―こいつ、本当に判かって無ぇのか。
「大丈夫だ、これくらいじゃ涼介はイか無ぇよ」
拓海の手を取って、涼介の背中から腰へ、腰から双丘へと触れさせる。
知った箇所を指が辿る度、攣れた様に反応を始める涼介の身体をみて、なっ?と言うように拓海に流し目を向けると、京一は一旦ベッドを降りた。
「今度は挟み撃ちといこうぜ」
ベッドの前方に上がり直すと、涼介の汗で濡れた前髪を掴んで顔を起こす。
「涼介。銜えてみろ」
半ば放心状態の朱色の唇に勃ったものを捩じり込む。
「おい、腰も起こしてやれ」
顔を上げた拓海にそう言うと、京一は涼介に奉仕させている己に意識を集注させた。
朱色混じりの白濁とした滴りが、開かれた白い内股を伝っている。
それを見つめながら、拓海は京一に託された下半身を両腕で起こす。
一瞬、びくりとした涼介の身体を抱え上げ、滑る窪みに舌を這わせた。
中途で放り出された刺激を乞うように、涼介のその部分が微かにヒクついているのを見て取ると、そっと指で押し開き、蕾に自分の紅い昂りをゆっくりと捩り込む。
覆い被さった拓海の目に入った光景は、僅かに震えながらも、その唇で京一を銜えている涼介の姿だった。
「ん、ふぁ…ぁん」
苦し気に肩と胸で呼吸をしている癖に、洩れている喘ぎは拓海の耳にも熱く響いて来る。
「涼、介さん…」
押し寄せる嫉妬と沸き上がる快感とで目の前が霞みそうになりながら、愛しい淫らな想い人の名前を拓海は呟いていた。
■■■■■
「あの…俺、配達あるんで、帰ります」
「あぁ、気をつけてな」
煙草の煙りを吐き出しながら、京一は俯いたまま出て行こうとする拓海を痛まし気に見下ろしていた。
「藤原、涼介の中には誰も居ないぜ」
丸めた背中に、言わなくてもいい一言が突いて出る。
「……知ってます」
聞き取れない程の声で拓海は呟いた。
―あの人以外は、でしょう?
知らずのうちに笑いが込み上げてくる。
玄関のドアノブに手を掛け、ゆっくりと振り向いた拓海の顔を見て京一は驚く。
「オレ、大丈夫ですから」
―涼介さんの事好きですから。
目の前の京一を通り越して拓海は直接涼介に話しかけた。挑むようなそのきつい眼差しで。
「お邪魔しました」
踵を返して出て行った拓海に掛けてやろうとしていた言葉を飲込んで、京一はドアの鍵を閉めながら苦笑混じりに呟いた。
「結構、イイ性格してんじゃ無ぇかよ」
「…だろ?」
ベッドに突っ伏したままの涼介の声に思わず振り向く。
「何だ、起きてたのか」
「あぁ」
タオルを片手にベットまで戻ると、それを涼介に渡した。
ゆっくりとシーツの中で姿勢を変えようとしている涼介の腕を取って、動きを助けながら京一はこの茶番の切っ掛けを知りたがった。
「お前、あいつにナニかしたのか?」
「…今夜泊まるぜ」
「答えたらな」
昔から情をかける度、何度も臍(ほぞ)を噛んでいる京一は煙草を揉み消しながら涼介の返答を待った。
「身替わり…」
それだけ言うと、だるそうに涼介は目を瞑った。
「酷ぇヤツだな」
やれやれ、と肩を竦めて、京一は今更ながらにこの男の悪癖を思い知る。
「因果応報ってヤツか?」
「…して、された」
「って事は……」
―まだ他にも引っ掛かってる奴が居るって事か。
「弟、じゃあ無ぇよな」
ビクッと涼介の肩が震える。
「おい、そこまで不自由はして無ぇんだろ?」
「違う……まぁ、身内には違い無い、がな」
珍しく涼介が言い淀んだ。
「なぞなぞじゃ無ぇぞ。巻き添えになってやったんだ、俺に解る様に言え」
深い息を吐いて、涼介が目を開けた。
「…あいつのオヤジさんに、いい様にされた」
くわえた煙草が落ちそうになって、京一は慌ててフィルターを噛んだ。
「お、まえ…」
「変な勘ぐりは止せよ。俺から誘ったんだ」
―それはそうだろう、よ。
京一の心中を察したのか、シーツの下から含み笑いが漏れる。
「あいつ、知ってるのか?」
半ば涼介に呆れ、半ば拓海に哀れみを想い、京一は顳かみを押さえた。
「知らない、はずだ」
どうでもいい、とでも言いた気な台詞。
「…最低だな」
「あぁ、最低だ」
互いに苦笑混じりに呟き、二人は京一の吐き出す紫煙を見つめ続けた。
■■■■■
―あの人が誰かのものになるなんて、やっぱ無いって事なんだろな…。
閉めたドアを背にして、一歩踏み出した途端に足が震えた。
今さっき目の前に突き付けられたのは、下世話な噂と大差ない現実。
―本当だったんだ…。
それでも、自分と京一との間で何度も嬌声を上げながら果てた涼介への想いは褪せてない。
拳を握りしめながら、拓海は明るくなりかけた空を仰いで何度目になるか判らない溜め息をついた。
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「遅い」
吸い殻を投げ捨てながら、文太が呟いた。十二分に聴こえる程度の声で。
「…判ってる、直ぐ行くよ」
「倣っつき歩くのは構わねぇが…」
「直ぐ行くって言ってるだろっ」
聞きたく無い、と言わんばかりに横を向いたままの息子の頭を掴み、無理矢理に窓側へ拓海の顔を向き直させる。
「甘ったれてんじゃ無ぇぞ」
―バカやろう…と怒鳴ろうとして、拓海の薄らと浮んでいる泪に気がついた。
「……」
所在の無くなった手で拓海の頭を軽く小突くと、文太は何も言わずに店先に用意してあった豆腐の箱を積みにかかった。
■■■■■
ハンドルに凭れて半ば呆然としていた拓海は、急な車体の沈みにふと自我を戻す。
積み荷を終えた文太がハッチバックを閉めたのだ。
「オヤジ…」
さっさと店内に戻ってしまった文太に言いかけた言葉を飲み込むしかなかった拓海はまたしてもハンドルに凭れ掛かった。
いつもの様に水の入った紙コップが拓海の前に差し出される。
「行って来い」
「…うん」
低く唸るエンジンの音に目を一瞬伏せると拓海は真直ぐに視線を前方に向けた。
滑り出した車体が一つ目の角を曲り、テールランプの跡が伸びて行く。
「うん、か」
久し振りに聴く素直すぎる返事に、文太はその腕を組むと首を傾げた。
加えて最近知った世話好きの幼馴染みが仕入れて来た情報が、ざわざわと胸を騒がせる。
多少なりと関わりのある相手と、息子との接点…。
「まさか、な」
思い出した様に胸ポケットから煙草を1本抜き取ると、片手で風を避けながら火をつけた。
ゆっくりと、いつもの苦味を深々と吸い込む。
「…暫く大人しくしとくか」
誰にするとも無い言い訳を、歪めた口元から紫煙と共に吐き出しながら。
to be continue ……
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