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涼介が思っている程、子供ではない啓介…。そんな二人がぎこちなくも相手を想いなおす一日。


―クリスマス・イヴは傍に居てくれた人を、全て思い出す仕組みになっている。


■■■■■


「アニキ、今日さ」
 FCのドアに手をかけた際、玄関からガレージまでついて来ていた啓介にジャケットの裾を引張られる。
「何だ、啓介」
「あの、さ…」
 不安気に覗き込む薄茶色に言いたい事の全てを浮かべて、啓介は言い淀む。
 尖らせたその口元を、そっと掠め取り微笑んで。
 そうしてから、次の言葉を待ってやった。
「…去年みたいな事、もうナシだぜ」
 探る様な瞳に、ほんの一瞬、瞼を伏せて。
「何、だったかな」
「ドタキャン」
 少しだけ上気した顔を膨らませた啓介の瞳が抗議している。
「あぁ、大丈夫だ」
―もう何も無い。だから。
「心配するな」
「うん」
 訝しげに、それでも信じようとしながら啓介は頷く。
 だが、上着のポケットに突っ込んだままの両手は忙し気に動いている事だろう。
 それは言いたい時に物が言えない、そんな時の分かりやすい、癖。
「啓介」
 観念はしたものの、未だ何か言いた気な唇にゆっくりと近付いて、丁寧に歯列まで舐る。
 すっかり大人しくなった啓介を見て、今度こそFCのドアを開ける。
「今日は早くに上がれるんだ」
「本当?」
「俺がその為だけに、今まで泊まり込んでいたのを知ってるだろう?」
 途端に緩むその表情に心が少し痛んだ。
「ん、いってらっしゃい」
 破顔したまま柔らかい唇を押し付けられて、更に痛みは深くなる。
―済まない、啓介。
 声に出来ない謝罪は、心の奥にしまい込んだ。
 

■■■■■


 人気の無い実習室に微かに漂う香り。
 準備室の扉を開ければ、そこには…。
「いらっしゃってたんですね」
 かけた声が震えていなかっただろうか、
「あぁ、高橋か」
振り返った顔に安堵の気配だけを感じて、少しだけ安心する。
「飲むか?…っと、珈琲だったっけ」
 途中まで差し出されたカップを戻されそうになって慌てて腕を伸ばす。
「いえ、頂きます」
 そうか、と再度差し出されたカップにそっと口をつける。
 相手も同じ動作をするのを目で追いながら、熱いカップの縁に息を吹き掛けた。
「いつまで、ですか」
 ほろ苦い液体を一口だけ飲下し、目の前の「友人」に訊ねる。
「今日一杯」
 カップに口をつけたまま、それだけ言われる。
「急な話でしたよね」
「そうだな」
 静かな部屋に落着いた声が低く響いた。
「ま、親父の策略にまんまと嵌ったわけだからな」
 似たような境遇の彼には痛いほど判る。
 約束された将来だって不安が無い訳ではない。
「精々、スネをかじってくるさ」
 そびやかした肩に、指を置く。
 一瞬固まった相手の表情が、寂しげに笑っている。
 屈んで近づくと、小さく吐かれた溜め息の後に唇が迫って、重なった。
 吐息が徐々に湿って、互いの舌がゆっくりと絡み合い出す。
「止せよ」
 聞き入れられはしないと知っている、半ば呆れた声。
「嫌、ですか。今更だと?」
 知らないうちに唇を噛み締めていた。
「…汚したくないんだ」
「えっ」
 ついと、カップを取上げられ。
「これ、で」
 微笑みながら軽口でかわされて。
 乱雑な机の上に傾げながらも、器用に置かれた二つのカップ。
 だが、一度離れた手は、直ぐには戻って来なかった。
 重なった資料の束を捲ったり、本の背表紙を触ったり。
 戸惑いは十分に判る。
 身体を、そう何度も交わしたわけでは無かった。
 むしろ幾度かの反故も有った。
 相手の心情を考えれば、決め予ている態度も当然の事だろう。
 けれど、今日だけは。
「大した意味は、ありませんから…」
 試薬の入った瓶を触りながら次の言葉を捜しあぐね。
 その指を遠慮がちに掠め取られて、ホッとする。
「いいんです」
「…駄目だ」
 視線を逸らして呟かれ、今朝の決心を揺るがされる。
「高橋…」
 耳元で呼ばれて、小さく頷く。
「行けなくなるだろう?」
 戸惑いがちに這われた首筋に沿って熱が上がる。
 行くな、とは言えない。言うつもりも無い。
 ただ昨日まで傍にいた温もりが、ひとつ消えてしまうのが少し惜しい気がするだけだから。
 そう、自分に言聞かせて……。


■■■■■


 ソファに薄く積もった埃を白衣の裾で拭き取りながら二つの身体が沈み込んだ。
 頼り無げに合わされる唇と掴まれた腕のぎこちない強さが、その人の「らしさ」を思わせる。
 触れてくるだけの唇を、こちらから絡め取り、深く併せて。
 触れてくるだけの指先を、引き込んで、導き入れ。
 声は出来るだけ起てず、洩れる呻きで相手に伝えて。
 捲れた白衣が背中の露わになった箇所を擦る。
 糊の効いた繊維の感触が徐々に早足になる。
 滑る音だけが、全てだった。
「…ひっ」
 引き攣れる内部に減り込んでくる熱さを受入れながら、頭を振る。
「……綺麗だ、高橋」
「ん、」
 胸元から聞こえる呟きに、身体とは違う甘い震えが走る。
 微笑んで返そうとするが、ブラインドの開いた大きな窓から目の眩む様な西日。
 それが溢れて、部屋中の全てが一色になっていた。
 目を細めると頼り無気な視覚が、更に滲む。
「嫌いになりそうだ」
「え、」
 小さな、聞き取れない声。
 そっと耳を寄せて、もう一度、と頬を摩る。
「オレンジ色…嫌いになりそうだ」
 その顔を見ようとするけれども、逆光の中のその人は輪郭さえぼやけて。
 繋がっていない部分が空気に溶けて消えてしまうとでもいう様に力任せに抱きしめる。
 そうしてから、小刻みに揺らされた身体が紐解かれた。


■■■■■


 弛緩した身体を重ねたまま 雫をこぼした表情を舌先で緩められ。
 緩く目を瞑ったまま、乱れた髪を弄ばれ。
「高橋、お前さ。一体、何から逃げて来た?」
 傾けていた顔の横で囁かれる。
「……何を?」
「…いや」
 含んだ苦笑を、そのまま向けて覗き込まれる。
 爪先で顔の輪郭を辿られながら、最後に聴いた声は…
「本当に忘れられなくなる、な」
独り言の様に漏らされた。


■■■■■
   

 たった一台分の隙間があるだけで、そのガレージはひどく寂しくなる。
「バレたら、アニキ怒るかなぁ」
 キーチェーンの付いた財布とは反対側のポケットから、一枚のカードをそっと抜き出す。
 玄関先に落ちていたそれを、気がついたら咄嗟に押し込んでいた。涼介の目に触れる前に。
 文面は普通のクリスマスメッセージ…だが、どうしてもそのままにしては置けなかった。
 差出人を啓介は知っている。
―友達だって言ってた。1っこ年上だって言ってたよな。でも、学校辞めたって聞いた。そして、アニキが寂しそうに笑うのも見てた…。
「約束、だからな。アニキ」
 決して届く筈のない問いかけを、啓介は何も無い空間に呟いた。


■■■■■


 結局、何処へも行く気にはなれずに、啓介は一日中を家で過ごした。
 作り置きされた食事を冷たいまま食べ、買い置きの煙草を2箱潰し、去年と同じ一日を。
「つまんねぇ…」
 自分のベッドの上で俯せたままウトウトとしていたその時、微かな音を聞きつけた。
「…アニキ?」
 勢いよく立ち上がり、慌てて部屋を飛び出す。
 冷たい空気の中に響いてくるエンジン音。
 玄関を出たところで、それは確実に涼介の帰宅を告げた。
 行き過ぎてガレージの方へと回り込む、白いFC。
「…アニキ」
 出掛けに交わした涼介との会話を思い出し、気恥ずかしさと嬉しさとで、胸が痛む。
 無理をさせた、我侭を言った、絶対にするまいと、あれ程自分で決めたのに。
「俺って、やっぱ駄目かも」
―アニキの事になると、全然頭動か無ぇんだもんな…。
 立ち竦んだまま、玄関先で待つ。
 すぐにでも抱きしめてしまいたい、と心だけは焦るのにどうしても足が踏み出せない。
 ガレージの方から、ゆっくりと歩いてくる涼介の微笑みに、やっと身体が動いた。
「アニキ」
「何だ。出迎えはここか?」
 えっ、と傾げた頬に触れられた唇。
「ガレージに来てくれるのかと待ってたんだがな」
 くすり、と笑われて涼介の言葉を反すうする。
「アニキ、それって、さ」
 腕を取られて、玄関のドアを開けながら囁かれた。
「寒いのは嫌だったか?」
 臆面も無く誘われて、一度に血が昇る。
 もどかし気に後ろ手にドアを閉める。
 何も言えず、その代わりとばかりにありったけの力で抱き締めた。
 様子を介しない腕が、戸惑い気味に応えてくれる。
「おかえり…アニキ」
 それだけ言えて、やっと安心できた。
 冷たい指が両頬にそっと触れられる。
 両手できつく包んで、唇に押し当てる。
―あぁ、アニキ、だ。
 覆い被さるようにして、全身でもう一度確かめる。
―アニキ、だ。
「啓介…」
 甘い声で名前を呼ばれ、しがみつく様に抱き締めていた腕を、そっと解かれる。
「部屋へ、行くか?」
 耳元に寄せられた温かい吐息に、深く頷く。
 靴を脱ごうとして屈んだ、その時。カサリと小さな音がした。
 慌てて身体を離してから、しまった、と思った。
「啓介?」
 押さえた手を掠めて、目敏くポケットから抜き出された。
「だ、駄目だよ!アニキ」
「どういう事だ?これは」
「…ごめん」


■■■■■


 宛名を伏せてベッドサイドに置かれた少し折れたカード。
 ちらちらと何度も目を向ける度に、立てられた爪で引き込まれ…。
 身体を解いてからも尚、無言のまま打拉がれる「らしくない」その態度を見かねた様に、涼介は無言でベッドから離れると窓際に佇んだ。
「啓介」
 強く名前を呼ばれて、そろそろと俯いていた顔を上げる。
 途端に、目に飛び込んできた色。
 その強烈さに眩んで、何度も瞬きをした。
「アニキ、まぶしい…」
 開け拡げたカーテンの端を握ったままの涼介を、掲げた指の隙間から覗き込んだ。
「…馬鹿だな」
 徐々に慣れてくる目に、それでも佇んだままの涼介は眩しくて、怖ず怖ずと手を伸ばす。
「オレ、アニキみたいに頭良くねぇもん」
―だから、さ。
 長くは続かない冬の光の中で手繰り寄せた身体を、決して離さないと言わんばかりに抱き竦めた。


■■■■■


「なぁ、アニキ」
 シーツを手繰り寄せながら、この一年ですっかり逞しくなった体躯がゆっくりと起き上がる。
 褐色の肌が包み込まれるのを、白い指で剥ぎ取った。
「ちょ、ちょっとアニキぃ」
 心許ない声を上げてずり落ちそうな布に手を伸ばす。
「何で隠しちまうんだ?」
「えっ、だって…」
 恥ずかしいじゃんか、小さく呟くその口元にそっと指を押し付ける。
「見せろ、よ」
 忙しなく瞬きをしながら、啓介の薄茶色の瞳が慌てる。
「なんかさ…」
「ん?」
「アニキ…いやらしく無ぇ?」
 自分で言ってから、ふいと顔を赤らめる。
 愛しそうに這わされた指を拒む事無く、受け止めている。
 教えなくては為らないのだろうか。いつか、この指先よりももっと重い…
 いや、比べものに為らない程のものを受け止め、背負わなくては為らない事を。
 今は、未だ何も知らないままでいて欲しい。
 そう思い続けてきた昨日までが遠く霞んで行く。
 見つめ返せば、意を決した強い瞳がそこにはあった。
 眩しくて、眩しくて…目が眩む。閉じてしまえばいい、けれど。
 もう、時間の許す限り見つめていたかった。
― 啓介、お前は知らなくていい。一年前に、あの色の中で俺が何を見ていたのか。
 喉につかえた言葉は、涼介の中で棘の様にいつまでも刺さったまま出てはこなかった。



END

 キーワードは「西日の色」…不器用な恋愛をしている二人を見守ってあげて下さいm(_ _)m

そして、この「お題」を思い付いたのが「1999年12月25日冬コミ東館でみた夕日」だった事は…内緒。って言うか初めて見たよ「館内に射込む夕日の朱」を(笑)




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