Another Kanon
「涙の先にある想い…」




  
  五時間目の授業中、見慣れない先生が教室に駆け込んできた。
  扉を開ける音にあたしを含める大半の生徒が顔を上げる。
  やけに慌ただしく入ってきたわね。
  何かあったのかしら?
  そのまま担当の先生に何か耳打ちをする。
  担当の先生が驚いた顔をした。
  しばらくお互いに話し合っている。
  何かあったんだわ。
  担当の先生は名雪と相沢君を呼び、なにかを告げる。
  !?
  二人の顔が目に見えて強張るのがわかる。
  けど、すぐにわかりました、と言って荷物をまとめ、教室を出ていった。
  二人が出て行くと担当の先生は授業を再開し始めた。
  しばらくざわついていたクラスメートも各々の机と向き合う。
  けれど、あたしはそうすることは出来なかった。
  二人とも随分と慌てて出ていった。
  ただ事ではない。
  嫌な予感がする。
  身内に何かあったとか?
  まさか、秋子さんに!?
  まさか、ね…
  そんなこと、無いわよね。
  あの秋子さんに限って……
  自分の想像に苦笑しつつ、黒板に意識を戻す。
  とにかく、二人の代わりにノートを取らないと。
  あたしに今出来る事は何も無いんだから…
  本当は先生に問い詰めたいところだ。
  でも、この先生に聞いてもどうせ、詳しいことは知らない。
  帰りのHRにでも石橋先生に聞いてみよう。
  そして、あたしは知ることになる。
  秋子さんが交通事故にあい、病院に運ばれた事を………
  先生は大雑把な事しか知らないらしく、何を言っているのか良く分からなかった。
  ただ一つわかった事。
  それは秋子さんの容体が思わしくないという事だった。
  今すぐ電話して二人に尋ねたい。
  愕然とした中、その思いだけだ大きくなる。
  けど……
  名雪たちのショックの方が大きいはずだ。
  今はそっとしておくべきよ。
  頭の冷静な部分が囁く。
  そうよね。
  明日……明日二人が来たら………
  二人が………来たら聞いてみよう。
  家に帰ってからもすぐに教科書を開いた。
  気を紛らわせたかった。
  けど、ふとしたことからぼんやりと空を眺めてしまう。
  そんなことを繰り返しながら昼を過ごしていった。
  夜の闇は人を不安にさせる。
  ずっと真っ暗な世界が続くんじゃないかって思った事もあったっけ。
  今日は早く寝よう。
  そう思い、お風呂から出てすぐにベットに潜り込む。
  いつもなら、まず寝る事の無い時間だ。
  これじゃあ、名雪ね………
  苦笑しながら目を閉じる。
  最近、何故か家の中が騒がしくもなってきている。
  そのせいもあってか、その日は寝付けなかった。

  夢を見ていた………
  白い壁。
  真っ白なシーツ。
  銀のパイプで作られたベット。
  その上で笑う女の子。
  その隣りには同じ位の女の子が立っていた。
  殺風景な部屋の中、女の子たちの笑い声が響く。
  でも、
  あの子は……あの子は……
  
  
  
  今日はいつもより早く目が覚めた。
  早めに布団に入ったせいかしら?
  続いている不安は、昨日よりは落ち着いている。
  今はまだ息を潜めているようだ。
  でも、不安はすぐに強くなる。
  一秒でも早く学校へ行こう。
  行って名雪たちを待とう。
  名雪たちはどうせ遅刻寸前で駆け込んでくるだろうけど……
  不安に押されるようにあたしは家を出た。
  時間はまだ大丈夫なはずなのにあたしは駆け出していた。
  
  教室に入ったのはあたしが一番始めだった。
  特にやることも無く、そのまま教科書を開く。
  そう言えば、宿題をやってなかったわね。
  いつもは家に帰ってからすぐ終わらせるのに……
  改めて自分が動揺していることを自覚する。
  ちょっとおかしい。
  一人笑いをなんとか抑え、宿題に取り掛かる。
  そうしているうちに少しずつ教室に生徒が入ってくる。
  いつも挨拶を返す。
  変わりの無い日常。
  だけど、そんな日常が苦しいと思う人がいるなんて…
  誰が気付くだろう?   「おはよう」
  考え事をしていると、聞きなれた明るい声する。   「北川君・・・」
  「ちょっといいか?」
  「なに?」
  「ここなんだけどさ……」
  そういって教科書を広げてくる。
     北川くんにしては珍しい。
  「どうしたの?」
  「何が?」
  「北川君が聞いてくるなんて…」
  今日は吹雪でも起こるんじゃないの?
  「まあ…、オレだってたまには……な」
  「ふ〜ん、いいけどね」
  「すまん。恩に着る」
  「お昼一回ね」
  「おいおい…」
  「冗談よ」
  改めて教科書のページを確認する。
  あら? ここってこの前の範囲じゃないの。
  「昨日。先生が解説してたわよ」
  「昨日は午前中はずっと寝てたんだ」
  「自業自得ね」
  「そんなこと言わないでくれよ。美坂」
  頼むからその情けない声は止めて欲しいんだけど。
  「わかったわ」
  一通り宿題も終わった所だ。
  「ここはね………」
  それからしばらくの間、北川君の復習に付き合う。
  それにしても……
  「わからないところ多くない?」
  かれこれ三十分ほど教えている。
  もう何分かしたら予鈴が鳴るだろう。
  「ここんとこ、やってなかったんだ」
  「そうなの?」
  テスト前にやりなさいよ……
  「まあ、後は自分でやってみるから、いいや。」
  「いいの?」
  「もうぐ予鈴なりそうだしな」
  「北川君がいいなら、構わないけど…」
  「わかんなくなったらまた教えてくれ」
  北川君はそのまま机に戻り、問題と睨めっこを始めた。
  北川君に教えていたほうが今のあたしには楽みたいだけど・・・
  まあ、せっかく本人がやってみると言ったんだからその意見を尊重することにした。
  あたしは時計を見る。
  予鈴まで後……少し。
  二人はまだ来ていない。
  教科書を眺めながらドアの方をちらちらと見てしまう。
  我ながら、落ち着きが無いわね。
  「美坂……」
  不意に、北川君の声がする。
  「何?」
  振り向くと北川君が教科書を睨んだままの姿勢で続ける。
  「あのさ、無責任な事かもしれないけど………」
  いつもは感じさせないいたわりの混じった声で、
  「大丈夫だよ。きっと………」
  …………
  「うん………」
  北川君も昨日から自分に言い聞かせてきたんだ。
  今までの行動は全てこの一言を伝えるためだったのかしら?
  北川君らしくないわね……
  そんなセリフに驚くあたしもあたしらしくないけど……
  がらがら。
  静かにドアが開く音。
  その音にあたしの意識はドアに再び向けられる。
  そこにいたのは……
  「相沢君?」
  「よお」
  少し疲れた顔で歩いてくる。
  名雪は? 名雪は何処?
  待っても名雪が入ってくる気配はない。
  今日は…相沢君一人なの?
  「名雪は……?」
  そう声をかけられずにはいられなかった。
  「休み」
  相沢君はそっけなく返しながら席に着く。
  そのまま空を見上げる。
  その姿は少し疲れているように見える。
  「今日もぎりぎりだな。相沢」
  北川君はいつもの口調で話し掛ける。
  「そうだな」
  「水瀬さんはどうした?」
  あたしとの会話を聞いてなかったのかしら?
  「休み」
  さっきと同じように答える。
  「そうか…」
  北川君はそう言ってまた教科書と睨めっこを再会する。
  名雪……
  大丈夫よ……ね。
  今日の相沢君は気の抜けたように静かだった。
  きっと、名雪がいないからね……
  久しぶりに一人で昼食を食べた。
  と、言っても、購買のパン一個だけど。
  北川君は相沢君を引っ張るように学食へ連れていった。
  相沢君は嫌がっていたけど、
  そりゃ、そうよね。
  あたしだって、あの騒がしいところにいたくないわ。
  授業が終わると相沢君はふらふらと教室を出ていった。
  あたしは見ているだけ、
  本当は相沢君に言いたいことがあった。
  名雪のこと。
  名雪があなたをどれだけ待ち続けてきたのかを。
  でも、あの後ろ姿を引き止めることは出来なかった。
  その夜もあたしは夢を見た。



  真新しい制服に身を包んだ女の子が部屋の中でくるくると回っている。
  その顔は満面の笑顔を浮かべている。
  その前には優しげな笑みを浮かべている女の子。
  しばらく回る女の子を眺めていたが、不意に腕を組んで二、三語言う。
  女の子をその動きを止め、膨れっ面で不満を表わす。
  しばらくの間、二人の問答が続く。
  でも、それはすぐに二人の笑いに変わっていった。
  女の子は笑っていた。
  楽しそうに、嬉しそうに。
  女の子は笑っていた。
  優しそうに、温かく。
  あんな風に笑ったのはいつの頃からかしら?


  相沢君はその日は早かった。
  あたしは教室に入ってきたときはもう席に着いていた。
  でも、その隣りの席には誰もいない。
  相沢君はずっと窓を眺めていた。
  その姿は痛々しく見るに堪えなかった。
  名雪も同じような状態なのかしら?
  相沢君に言いたいことがある。
  でも、今はそっとしておく方がいいのかな?
  ううん、言わないと、あたしが出来ることがあるなら、
  二人のために出来ることがあるなら、伝えなくちゃ。
  「相沢君」
  相沢君はこちらを向こうとしない。
  「相沢君っ」
  「……なんだ?」
  面倒臭そうにこっちを振り向く。
  やっとこっちを振り向いてくれた。
  内心ほっとする自分に気付く。
  これでほっとしちゃ駄目よ。
  まだ言いたいことがあるんだから、
  「名雪は…大丈夫なの?」
  「………」
  一瞬の沈黙がとても重く感じる。
  「どうなの?」
  「わからない」
  奥歯を噛み締めているのがはっきりとわかる。
  相沢君の表情はとても辛そうだ。
  見ているこっちが辛くなってくる。
  「相沢君。名雪を助けてあげて…」
  震える唇をやっとのことで動かす。
  その言葉とともに何かがあふれてくる。
  名雪………!!
  目を閉じると泣き続ける名雪の姿が浮かぶ。
  誰にもすがりつこうともせず、
  寂しそうに一人で泣き続ける名雪の姿が………
  名雪に聞いた事がある。
  そう………
  あれは名雪の家に始めていったときのことだ…

  「秋子さんと二人で寂しくなかったの?」
  二人で住むには大きすぎる家だと思ったあたしは名雪に聞いた事がある。
  「あっ、ごめん」
  言ってから失言だったと思って謝る。
  「ううん。別にいいよ。」
  名雪は気にしてないよと言って微笑む。
  「お母さんがいるから……」
  名雪はそう言っていた。

  今思えば、あの笑顔の中にほんの少しだけの寂しさが隠れていた気がする。
  ずっと名雪の笑顔を見てきた今のあたしはそう思う。
  あの頃は本当にお母さんが好きなんだなって思ったんだ。
  でも本当は違う。
  潰れるくらいの寂しさも秋子さんが支え続けたから大丈夫だったんだ。
  秋子さんがいたから大丈夫だったんだ。
  秋子さんだけじゃない。
  あれから二人でアルバムを見たわ。
  写真の中で笑う男の子と女の子。
  男の子は照れくさそう…
  女の子は本当に楽しそうに笑っていた。
  この頃からかな? 名雪は相沢君の事を話してくれたっけ。
  相沢君の話をする名雪の顔をとても楽しそうだった。
  思い出の微笑みの中に秋子さんと幼い相沢君の姿が見えた。
  相沢君との思い出も名雪を支えていたんだ。
  でも、今、秋子さんが……
  だから、だから……
  「お願い。名雪を、名雪を支えてあげて…」
  唇だけでなく、声まで振るえ始めてる。
  「あの子、ずっとあなたを待っていたの」
  「ああ」
  「ずっとあなたを好きだったの」
  「ああ」
  「あなたとの思い出も支えにずっと待っていたのよ」
  「………」
  「秋子さんだけじゃない。あなたもいたのずっと……」
  「………」
  「名雪のこと、好き?」
  「………ああ」
  「本当に?」
  「ああ」
  「だったら、お願い。名雪を支えてあげて。
   今度はあなた自身で、誰かの思い出ではなく、あなた自身が支えてあげてっ」
  それは懇願だった。
  目頭が熱い。
  涙が込みあがってくる。
  声がもう出せない。
  「ありがとう……」
  相沢君は笑った。
  それはガラス細工のように壊れやすく儚くてものに思えた。
  相沢君はまた空を見上げた。
  また、何かを考えているみたいだ。
  あたしは机に突っ伏した。
  涙があふれてくる。
  伝えたいことは言ったわ。
  後は、あたしは祈ることしか出来ない。
  ばればれだとわかっていたが、あたしは隠れるように泣いた。


  その夜もあたしは夢を見た。
  校庭に佇む私服の女の子。
  その横には制服を着た男の子。
  二人とも木の傍に座って話している。
  相沢君と…知らない女の子…
  (あの子は誰?)
  知らない。
  (栞でしょ?)
  栞なんて子、あたしは知らないわ
  (あなたの妹よ)
  あたしには妹なんていないわ。
  (あの子は一生懸命に生きているのよ)
  知らない。あたしはそんな子知らない!!
  (いつまで逃げるつもりなの?)
  知らない。知らない。知らない。


  目覚めは最悪だった。
  額に手をやるとぬるっとした感触。
  体中がびっしょり汗をかいているのがわかる。
  体がだるい。
  全身を支配する疲労感。
  何もしたくない。
  目覚ましの音が聞こえてくる。
  うるさい…
  あたしの思考と裏腹に目覚ましは鳴り続ける。
  鳴り響く機械音。
  はあ、仕方ないわね。
  動く事を拒否する体に鞭を打ちながら必死に手を伸ばす。
  しばらくして、なんとか目覚まし止めることに成功した。
  なんでこんなことだけで疲れるのよ。
  夢のせい?
  なんで夢を見ただけでこんなに疲れるの?
  夢なんかいつもは気にしないのに…
  だめね。
  相当気が滅入ってるみたい。
  でも、起きないと……
  学生一人の気分で学校は休みにはならないんだから……
  でも……こういう時は休みになって欲しいわね。
  起き上がるのにありったけの気力をこめる。
  「ふう……」
  じっとしているとまた気が滅入ってくる。
  そう感じたあたしさっさと着替え、顔を洗う。
  そして、そのまま家を飛び出す。
  空を見上げると黒と灰色が交じり合った雲から雪が降っている。
  周りには色とりどりの傘の花が咲き乱れている。
  生徒の騒ぎ声が鬱陶しい。
  笑い声が、うらやましい。
  そんな中、あたしは一人歩いている。
  それがやけに似合っていると思い一人苦笑する。
  らしく、ないわね……

  「………」
  「………」
  「静かだな」
  「ええ…」
  「こんなに静かだったんだな。教室って」
  「そうね…」
  あたしも知らなかったわ。
  ガタ
  「何処行くんだ?」
  「電話」
  これで何度目かしら?
  「そうか……」
  「………」
  もう何度もかけようと思うのに…
  「………」
  ガタ
  「やっぱり、やめるわ」
  「そうか…」
  やっぱりやめてしまう。
  「………」
  「………」
  「………」
  「なあ」
  「なに?」
  「いつまでこうしているんだ?」
  「さあ? 下校時間までじゃない?」
  「そうか…」
  「………」
  「………」
  「ねえ」
  「なんだ?」
  「いつまでここにいるつもりなの?」
  「さあ? 美坂が帰るまでじゃないか?」
  「わざわざ、あたしに付き合う必要はないのよ」
  「オレが好きでやってるんだ。気にするな」
  「わかったわ」
  実際。今のあたしに誰かを気遣うなんて出来ない気がする。
  ごめんなさいね。北川君。
  「………」
  「………」
  「なあ」
  「なに?」
  「大丈夫だよ。きっと」
  何が?…とは聞く必要はない。
  もう何回も言っている台詞だ。
  「………」
  そして、あたしは沈黙を保ち続ける。
  あたしだって、大丈夫って思いたい。
  いえ、今だって思ってる。
  けど…
  その度に浮かぶ小さな女の子の幻。
  その笑顔を見る度に押し寄せる感情の波。
  これは何?
  あの子は…誰?
  「………」
  教室の小さなスピーカーから声が流れる。
  最終下校時刻を知らせる放送だ。
  「…帰るか?」
  「…帰りましょうか…」
  二人で席を立つ。
  「………ねえ」
  「なんだ?」
  「あたしたち、何やってるのかな?」
  さっきからずっと思っている疑問。
  あたしたちは何をやってるの?
  何をしたいの?
  北川君は何かを言おうといた。
  でも、途中で止めて、
  「…………さあな」
  そう肩をすくめたのだった。

  今日はついに相沢君も来なかった。
  担任が電話をかけても誰もでないそうだ。
  二人がいない事がこんなに淋しくなるなんて知らなかった。
  授業中、あたしは両手を組んで祈り続けた。
  何に?
  決まっている、相沢君と名雪に、だ。
  名雪…
  気付いて、あなたの傍にある想いを…
  相沢君…大丈夫よね。
  あなたなら…あなたなら……
  でも、だんだんと何を祈っているのかわからなくなって…
  何をしているのかがわからなくなった…


  夢。
  夢を見ていた。
  全てを包む夜の闇。
  降り続ける雪の結晶。
  ベンチに座る男の子。
  頭とコートに雪を積もらせ、じっと座っていた。
  目を閉じて物思いにふける。
  その男の子に近づく影。
  影は女の子。
  男の子と同じようにその長い髪の毛に雪をまとわりつかせていた。
  女の子が何かをささやく。
  そのささやきに反応して、男の子はゆっくりと目を開け、そして、微笑む。
  女の子も微笑む。
  その瞳に涙を浮かべ…
  そして……


  また、夢…
  このところ良く見るわね…
  でも、今のはいい夢ね。
  あたしの願望、かしら…
  時刻はもう真夜中。
  家には誰もいない。
  静かね…
  誰もいない家。
  誰もいない空間。
  こんなにも淋しいものなのね…
  あたしはまた目を閉じた。
  でも、眠くはない。
  寝付けない…
  あたしは起きて、カーテンを広げる。
  シャッ
  真っ暗な闇の中に浮かび上がる白の景色。
  それに重なるように降り注ぐ雪。
  まだ………降ってるんだ……
  この街では珍しくない風景なのにあたしはじっと見据える。
  闇に夢の中の景色が浮かんだからだ…
  あたしがじっと見続けた。
  じっと…じっと……
  その景色が現実になる事を願って……
  すっと…ずっと……
  いつしか眠ってしまうまで、ずっと……
  今度は夢を見る事はなかった。

  電話のベルがなる音が微かに聞こえる。
  その音にあたしの意識は覚醒し始めていった。
  ぼんやりと目を開けると白い光りが差し込んでくる。
  もう……朝?
  それにしても寒いわね。
  なんで、こんなに寒いの?
  次に目に飛び込んできたのは窓の景色。
  あれ?
  辺りを見渡すと、あたしは壁にもたれかかるような格好だった。
  なんで、こんなところに寝てるのかしら?
  ………あっ。
  昨日はなんだか寝付けなかったんだ。
  だから、雪を眺めてて……
  まだはっきりしない頭で考えてるあたしの耳に入ってくるのは電話のベル。
  さっきからずっと鳴り続ける。
  誰よ。こんな朝から…
  そういえば、家に誰もいない。
  はあ、仕方ない。
  あたしが出ないと…
  のろのろと部屋を出る。
  まだ寝ぼけているらしく、頭がぼ〜っとする。
  やっぱりなれないことはしない方がいいわ。
  あたしはそのままゆっくりと階段を降りていった。
  電話は今も鳴り続けている。
  なんとか電話の前まで辿り着く。
  ああ、体中の関節が痛い。
  あんな格好で寝てるから……
  頬をぱんぱんと叩いて気を引き締める。
  寝ぼけた声で出るつもりもないし、ましては今の気持ちを表わすような情けない声も出すつもりはない。
  そのまま受話器を取り、耳元に寄せる。
  「はい。美坂です…」
  「あ……」
  相手の驚いた声が返ってくる。
  いないと思ってたのかしら?
  「香里……?」
  受話器から弱々しい声が聞こえてくる。
  「香里……だよね?」
  「えっ?」
  今度はあたしが驚いた声をあげる。
  だって、この声は……
  「名雪? 名雪なの?」
  夢?
  「うん。そうだよ」
  しっかりとした声が返ってくる。
  違う。夢じゃない。
  「本当に名雪なの?」
  「本当だよ」
  「本当に本当?」
  「本当の本当の本当、だよ」
  「その間抜けなしゃべり方をするのは名雪に間違いないわね」
  「ひどいよ…香里」
  名雪の不平の声なんて耳に入らなかった。
  うん。名雪だ。
  この独特の話し方。
  間違いない。
  名雪だ。
  「どうしたのよぉ……こんな朝から…」
  目頭が熱い。
  どうしようにないくらいに、熱い。
  「あのね。あのね……」
  「……うん……」
  「香里……」
  「な……に……」
  「ごめん…ね。わたし…、もう大丈夫……だから」
  本当に大丈夫なの?
  声が震えてるわよ。
  あたしはその声を出す事が出来なかった。
  「大丈夫……だよ」
  「…ん………」
  「ありがとう…香里」
  視界が揺れる。
  瞬きする度に視界が霞んでいく。
  霞んで…霞んで……
  そして、何から溢れ出す。
  硬くなった頬を何かが撫でていく感覚。
  もう抑えられない。
  流れる続けるのは涙。
  とても嬉しい涙。
  止まらない。
  「それは…あたしなんかに…言うべきものじゃ…ないわ…」
  あたしはなにもしてないんだから…
  それはあなたのそばにいる人に言う言葉よ……
  「ううん…香里にはいうべき…だよ」
  名雪も泣いていた。
  あたしと同じように、でも、その顔に笑顔を浮かべているのがわかった。
  「だって…わたしの……わたしのために…グス……泣いて……くれるんだ……もん」
  違うわ。名雪。
  これはね…   この涙はね。あなたの為だけじゃないの。
  どちらかといえば、自分の為なのよ。
  「ねえ。名雪…」
  「なに?」
  「秋子さん……よく……なるわよね?」
  ずっと聞きたかったこと…
  誰からでもない。名雪にその答えを聞きたかった。
  「うん」
  しっかりとした答えが返ってきた。
  視界がより一層揺らぐ。
  「すぐにまた、会えるよね?」
  「…うんっ」
  よかった。名雪からその答えが聞けて……
  「ありがとう……名雪…」


  その後、相沢君と話した。
  内容は簡単だった。
  今日も二人とも休むとのことだ。
  まあ、いろいろあったのね。
  いろいろ……ね……
  「悪いな。香里」
  切る間際に相沢君はそう言った。
  歯切れの悪さを感じる。
  なんか相沢君らしくないわね。
  「これくらいお安い御用よ」
  「いや、それも含めてなんだが……」
  相沢君の声のトーンが少し落ちる。
  「迷惑かけた」
  そんなのこと……ない。
  そう言いたかった。
  けど、相沢君はそれだけを言うと電話を切ってしまった。
  あなたは教えてくれたわ。
  ありがとう……
  また、目から涙が流れる。
  とどめなく溢れ出る。
  こんなに涙ってあったんだ。
  あたしでも誰かの為に、自分の為に泣けたのね…
  ねえ。名雪……相沢君……
  あたしも……
  あたしも信じる事が出来るかしら?
  支えてあげる事が出来るかしら?
  あたしの大切な人を…
  逃げ出したあたしに…
  冷酷なあたしに…
  出来るかしら?
  あの子の前で笑えるかしら?
  あの子を見続ける事が出来るかしら?
  わからない。わからないけど…
  やってみよう。
  あたしは奇跡を見たのだから…






  でも………
  まだ……間に合うかしら?








  後書き

   読んでください、ありがとうございます。
   始めまして、トタケケナイトです。
   名雪シナリオで悩んでいたのは祐一だけではない。
   香里、北川もきっと悩んでいたと思います。
   いろいろな意味で、ね。
   そんな香里さんの心境を自分なりに書いてみました。
   北川はどうでもいいや。
   嫌いじゃないんだけどね。(笑)
   ちなみに初SSです。
   若輩者ですが少しでもお楽しみ頂ければ嬉しい限りでございます。


   もしよろしければ、ご意見のメールをください。
   皆様のご意見お待ちしております。
   感想、文句、苦情、脅迫文、批判、などなどのメールをお待ちしております。
   メールはこちらです。


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