『Summer continues』番外編
〜翼の行方〜
『人の縁の奇なるを思い知ること』 
其の二

覚えのある波動の方へと目を向けると、三人めがけて飛来してくるものがあった。
三人の目はそれが何であるかしっかりと視えていた。
「印!」
裏葉が鋭く警告を発した。
柳也と『雲影』がそれに答えるように動いた。
『雲影』は裏葉と神奈の前にたちはだかり、
柳也は飛来する印めがけて鋭く剣を振り下ろした。

きんっ

夜の静寂をうち破り辺りに響き渡るような鋭く高い音を立てて印と柳也の剣がぶつかった。
両者がぶつかると、柳也の剣は印を綺麗に切った。
切られた印は威力を失い消滅した。
「ほう・・・」
前方の闇から感嘆の声があがった。
「驚いたな・・・印を切ってしまう剣があるとは・・・」
印を放った瞬間に隠行が破れてしまったこを知っているのか、闇に姿を隠そうともせず、その男は夜の闇の中から現れた。
片手に抜き身の野太刀を下げた狩衣姿の若い男だった。
その男は柳也の後ろの方を視ると再び感嘆の声を上げた。
「大した式だな・・・それほどの式を此の現世(うつつよ)で打てる奴が、俺の兄上以外にいるとはな・・・」
再び男は柳也の後ろの二人を眺めた。
そして今度は歓喜と怨恨のこもった声を上げた。
「そこの小娘・・・・人にあらざる者だな。」
それはこちらに確認を求めるものではなく、断言に近い色合いを帯びていた。
その言葉に柳也達の身体に緊張が走った。
「見つけたぞ・・・」
その言葉とともに男はすざましい殺気を発すると同時に焚き火の裏葉達のほうへ素早く円を描くように手を動かすと印をとばした。

・・・牽制

柳也はその印をそう見た。
それにこの距離で印を放ったとしても裏葉には十分迎撃できる。
男の方もこの印に期待を込めている様子ではなく、印を放つとその結果も見届けず柳也との間合いを素早くつめてきた。
男は接近戦を挑むつもりらしい。
それは正しい判断のだと柳也は思った。
あまり離れて闘うと、術者の援護を受けた剣士と切り結ばなくてはならない羽目になる。
一人で闘うものとしては避けたい選択だろう。
それより、むしろ進んで接近戦に持ち込み相手に連携を許す隙を作らぬ事、その方がはるかに闘いやすいだろう。
しかし、それは柳也も望むところのものだった。

男の動きに会わせて柳也も間合いを詰め始めたとき、柳也の後方で力と力がぶつかり合う音がして裏葉が男の印を防いだ。
その音の残響が消えぬうちに、印の気配が柳也の横を抜け男の方へ飛んでいった。
男が印をかわすために後方へ鋭く跳躍したが急激な動きをしたために体勢が崩れた。
良し!柳也は自分が思い描いていたように事態が推移したことに満足しながら、柳也が鋭く踏み込もうとした矢先、柳也の目に円を描くように動いていた男の剣先が飛び込んできた。

まさか・・・

かすかな悪寒。
その剣先の動きが何を意味するのか判断できるより先に柳也は剣を正眼にたてて後方へ飛んだ。
柳也が後方へ飛んだのとほぼ同時に、男の剣先から印が放たれた。

ちっ
柳也は内心舌打ちしながらも自分の勘に従ったことに安堵していた。

その印は正眼にたてられていた柳也の剣にぶつかると、先ほどとは較べものにないくらいたやすく消失してしまった。
しかし、印は印、剣ではなく生身で受け止めていたら大変なことになっただろう。

男もこの印で勝負が決するとは考えてはいなかったらしく、柳也が剣で印を受け止めている間に、体勢を立て直すと、体勢を立て直しきっていない柳也目がけて踏み込んで太刀をふるってきた。

速い!
柳也は若者の踏み込みの速さと斬撃の速度に驚いていた。

柳也は、あれだけ強力な印を放つ者がこれほどの身のこなしをするとは思っていなかったのである。
柳也の心には驚きが満ちていたが、身体は若者の剣撃に対して正確に反応していた。
ギンッ
夜の静寂を(しじま)を破るような音が辺りに響いた。
男は鋭く放った一撃がたやすく受け止められるのを見ると、すぐに剣を引き、立て続けに斬撃を浴びせてきた。
筋は良いがまだ荒さがあるな・・・
柳也はそんなことを想いながら襲いかかってくる斬撃を磨きのかかった体捌きと正確な防御でかわしすか受け止めるかしていた。
柳也の剣の腕は長年かけて培ってきた実戦での剣術に加え、知徳法師のところで正規の剣術を習っていた。
その腕はもはや並び立つ者はほとんどいない境地へと達していた。
暫くのあいだ剣がぶつかり合う高く澄んだ音か辺りの静寂をうち砕き続けた。
しかし若者の放った最後の斬撃は柳也がかわした方向へと斬撃の軌跡が変化した。

なにっ!
柳也は声にならない驚きを発した。
あまたの戦いに参加し色々な相手と切り結んできたが、それははじめてみる剣筋だった。

ガツッ

柳也の驚きとともに重く鈍い音が辺りに響いた。
「柳也!」
「柳也様!」
二人の女性が叫び声をあげた。
「大丈夫だ。」
柳也がしっかりとした声で答えた。
男の放った必殺の斬撃は柳也の剣の鍔(つば)近くの剣の根でしっかりと受け止められていた。
男の方もこれには相当驚いたのか、大きく後方へと飛び退くと距離を取った。
「・・・驚いたな・・・道綱や道満以外にも、これほどの者がまだいたとはな・・・」
呟くように男が言った。
しかしその身にまとう殺気はいささかも衰えてはいなかった。
(道満?道綱?)
柳也には聞き慣れぬ名である。
「何故に我らを襲う?」
柳也が男に尋ねた。
「さあ・・・特に誰をねらっているわけではないからな・・・」
男はいささかの隙も見せることも無く、こともなげに言ってのけた。
「何じゃそれは!」
後ろの方から神奈が怒りの声を上げた。
無理のない話である。
男の言いぐさは“相手かまわず”という風にとれなくもない。
しかし柳也の感想は違った。この男には何らかの目的がある。
少なくともこの男の剣はそれを物語っていた。
「敵が誰かも分からぬくせに敵を追うのか?」
柳也が男に尋ねた。
「仇を追っている。」
男が答えた。
「我らには、そなたに恨みを買わねばならないような覚えはない。」
「そなた達にはないが、そなた達の仲間にある。」
男の声に冷たい者が混じってきていた。
「我が思い人の仇、我が母の仇、我が父の敵、我が妹の仇・・・それらをはらすまで、我が無念は消えぬ・・・そなたらは何者だ?特にたき火の近くにいる小娘・・・人にはあらざる者のようだが。」
神奈が人でないことを見抜かれている。
まさかと思ったが・・・この男いったい何者か?柳也の背に冷たい者が流れるのと同時に、
彼の心には警戒の念が広がっていった。
「それを聞いて何とする?」
警戒をあらわに柳也が訊いた。
「聞いてから決める。」
「ならば答えられぬ。」
「そなたら・・・朝廷にあだなす者か?」
・・・・柳也達は返答に困った。
「答えられぬのか?」
男の声が一層低く冷たくなると同時に殺気の強さが増していった。
「我らは朝廷にあだをなした事はない。」
柳也が毅然と言い放った。
「ほう・・・ならば答えよ・・・何者だ?」
「そなた朝廷の者か?」
朝廷の者ならば、答えてやるわけにはいかぬ。
朝廷には藤家の息のかかった者がたくさんいる。
この男も藤家とつながっていないとは言いきることはできない。
「ならばどうする?」
「我らを追うてきているのならば、捕まってやるわけには行かぬ。」
「そうか・・・朝廷に追われる身の覚えはあるのだな」
男の声とともに辺りの温度が下がったように柳也には感じられた。
男の殺気が高まると同時に柳也の方の緊張感も増していった。
「ああ」
柳也は油断を見せぬように短く答えた。
「朝廷に背くまつろわぬ者、土蜘蛛だな・・・」
男は冷え冷えとした声でそう呟くと、再び剣を八双に構えた。
その殺気にもその剣先ににも並々ならぬ覚悟が見受けられた。
「ちがいます。」
柳也の後方から凛とした声が挙がった。
「神奈様は土蜘蛛ではありません」
裏葉だった。
「そなた、土蜘蛛の一味でもないのに土蜘蛛を知っているのか?」
男が裏葉に聞いた。
柳也も男からの注意を向けたままだが、裏葉に先を促していた。
「土蜘蛛とは、まつろわぬ者達のことですね。 皇家に・・・ひいてはこの国を治める。天津神・国津神達に刃向かう者です。 私達は皇家に刃向かったことなど一度たりともありませぬ。」
裏葉はきっぱりと言い切った。
土蜘蛛それはこの国を治める皇家に、ひいては皇家に統治を委ねた天津神達に背く者達。
しかしその存在は歴史から隠蔽され、その事を知るものはほとんどいない。
皇家の人間ですら、知らぬ人間が多くいる。
知っているのは陰陽師の名門として面々と続いてきた賀茂氏・後は伊勢等の太古の御代から続く由緒正しき神社位である。
ひょっとすると密の霊山高野にもあるかもしれないが、質量で劣ることは間違いなかった。
ともかく土蜘蛛のことを知っているのはそのどれかに属していたことを意味した。
「女・・・土蜘蛛のことなどどこから聞いた?」
土蜘蛛のことは世間一般的にあまり知られていないはず、それを知っていることはどう考えても不自然である。
男が話の出所を聞いたのは無理からぬ話である。
「京の都にいたころ、陰陽寮の方に知人がおりましたから・・・そのお方から。」
「陰陽寮に知り合いだと?誰だ?」
男は驚いたように聞き返した。
「賀茂、賀茂保憲殿です。」
「忠行様だと!?何故だ?どうして・・・・」
「わたしはかつて京の都で、あるやんごとなき方にお仕えしておりました。
 その時に何度か賀茂様の所への使いに行ったことがあります。
 その折りに知己を得ました。」
それは柳也も神奈も始めて聞く裏葉の過去だった。
「そうか、保憲様の知り合いなのか・・・」
男はそう呟くと同時にその身にまとっていた殺気が急速に薄れていった。
「忠行様だけではありません、泰子様や桐子様とも見知っています」
「何!叔母上や、桐子ともだと・・・!?」
更に男は驚いたようだった。
「叔母上・・・・・?」
裏葉はその男が呟いた言葉をそっと呟くと暫く思案顔になった。
そしてすぐに答えを得たようだった。
「鷹久・・・安倍鷹久殿ですか?晴明殿の弟殿ですね」
「なっ・・・なぜそれを・・・」
裏葉のこの言葉に、その男はかなり驚いたような顔をした。
柳也も同じように驚いた顔をしたが、その後に警戒するような顔をになった。
神奈の社殿の焼き討ちを画策したのは藤家だが、その藤家に抱き込まれた形ではあるが、協力していたのが『宮廷陰陽寮』。
そして、そこの天文博士、陰陽博士でもある陰陽寮の頭・・・従四位下に除せられている男の名は安倍晴明といった。。
希代の陰陽師であり、宮廷陰陽寮の長でもある男であった。
宮廷陰陽寮、神奈抹殺片棒を担いだ所である。
晴明自身が神奈のに対して何か思うところがあるとは考えられないが、時の政権の長から下命されたら否とはいえ無いことも、宮仕えをしたことがある柳也には分かっていた。
しかし男の身分が判明すると逆に柳也の方が男に警戒し始めた。
そして鷹久の方も、警戒の念が完全に消えたわけではないようだった。
「その娘は人であるまい。その事だけは確かだ。何者か聞きたい。」
男は刀を下げはしたがさやに収める前そう尋ねてきた。
「それを聞いて何とする?」
逆に警戒し始めた柳也が鋭く聞き返した。
先ほどと同じ台詞ながらその言葉に込められた威力は全く違っていた。
男も其の言葉にそっと刀の柄を握りしめていた。
「神奈様は確かに人ではありません。神奈様は・・・・」
そこまま裏葉が言葉を続けようとしたとき、
「裏葉!」
柳也が鋭く裏葉の名を呼び、その先の言葉をかき消した。
「鷹久様に神奈様のことを話しても、大丈夫でございます。」

はっきりと言いきった。
「何故分かる。」
柳也が詰問口調で裏葉に詰め寄った。
柳也にしてみれば宮廷陰陽師の一人である鷹久が敵でないと考えることの方が無理に感じられた。
「晴明殿が本気で神奈様を捜していたのであれば、私たちが逃げおおせることは出来なかったでしょう。」
それは暗に晴明という男の実力を裏葉が知っているということを意味していた。
「晴明殿はことある事に、いい加減な護摩祈祷などで宮廷の政に口出しをし、利権を得、権勢を振るおうとしていた高野山が邪魔だったのでしょう。ここ数年高野山の政治への介入は目に余るものがあると聞いています。藤家も宮廷陰陽師もかなり目障りに思っていたことは事実でしょう。」
「だから高野討伐に、神奈達を出汁にしたというのか?そんなことが許されるものか!」
柳也の舌鋒は衰えることを知らなかった。
「どう言うことだ?」
一人蚊帳の外だった鷹久が再び警戒の念をあらわに聞き返してきた。
それも当然のことだろう。
身分がばれたとたん、手のひらを返したように激しく警戒されれば、そこには何かあると考えるのが世の常だろう。
しかも鷹久にしてみれば、鷹久だと分かったとたんに警戒されるのだから、それはすなわち彼と敵対関係にあるもの、「土蜘蛛」という風に思考を進めても何ら不思議ではなかった。
柳也の反応に呼応するように鷹久も警戒の念を再び強め、二人は殺気と闘気をみなぎらせ始めた。
そして二人が打ち合おうとする寸前、
「柳也殿、鷹久殿、動くな!」
裏葉が鋭い声をともに言霊をとばした。
(しまった・・・)
鷹久は後悔したがもう遅かった。
二人は裏葉の言霊に完全にその動きを止められていた。

鷹久は先ほど名を呼ばれたときに返答をしていたことを思い出していた。
(縁が通じていたか・・・しかしそれにしてもこの言霊の威力、まさに兄上並だな・・・しかし、どうしてこの男の動きまで止めるのだ?)
男は不思議そうに目の前の男を眺めていた。
ここが人生の終焉の地になるとは不思議と思えなかった。

裏葉は二人の動きをとめると、神奈備命への襲撃と、高野で行われた翼人への仕打ちに関して話した。
そしてそれが藤家の野心で行われたこと、その手先として宮廷陰陽寮があったこと。
そのために鷹久殿が疑われたのだということを・・・・
そして自分は元々都の宮廷に使えていた女房の一人で、花山法皇に使えてたこと、法皇が実権を奪われ、隠居に追いやられたときから既に、神奈備命追補の計画があったこと、そしてそれを知った花山院から頼まれて神奈備命の所に使わされたこと、その時に簡単な陰陽師手ほどきを晴明殿から受けていたことなどを始めて話した。

その時、晴明殿から裏葉にはかなり陰陽師としての素質があることがわかり、晴明殿がしきりにその才や、女性であることを悔やんだというのはまた別の話。

裏葉は元々、何かあったときは神奈を連れて逃げてくれるようにと言われていたこと等を話した。
それはそこにいる誰もが始めて知った裏葉の過去だった。
陰陽寮は元々神奈を出汁(だし)にする気など無かったが、藤家が一挙両得をねらって出汁(だし)にした。
裏葉が話を全て終えたとき神奈は妙に神妙な顔をしていたがその事に誰も気付くことが無かった。
裏葉は二人の諍いを止めるのに気を取られていたし、柳也と鷹久も互いに互いの行動に対して神経をとがらせていたからである。
鷹久はその全てを聞き届けると、自分が今宮廷陰陽寮とも賀茂家とも関係なく動いていると言うと刀を鞘に収めた。
柳也もそんな事情があることを知ると文句を言うこともできなかった。
裏葉はしきをしまうと、鷹久を焚き火の近くまで招いた。
もう警戒はしていないようだった。
そんな様子を見ていると柳也は、未だに一人で警戒している自分が愚かしく思えてきた。
柳也が坐るとその右隣に鷹久が坐った。
おそらくは敵意のないことを示したかったのだろう。
そして鷹久は旅に出た理由を話し始めた。
高野での出来事、そこでの土蜘蛛との一連の抗争で、思い人と妹のように思っていた娘を失ったことを、そして幼き日父を殺し母を連れ去ったのも、その一族だということを話した。
両手を固く握りしめ、その手は白くなっていた。
その手が彼の苦しみとと悲しみを言葉以上の雄弁さで語っていた。
鷹久は自分の話が一段落し、辺りが落ち着いたのを見計らったように質問を発した。
「結局、この娘はいったい何者なのだ?人にあらざるものであることくらいは分かるが・・・・」
鷹久は神奈の方を指差しながら、尋ねた。
鷹久が神奈達をおそったのも神奈の持つ人とは異なる気配故だからだった。
鷹久でなくとも疑問に思うのは無理の無いことだろう。
その質問に対して神奈が即答した。
「余は翼人じゃ」
どうだ驚いたか!といわんばかりに答えたが、以外にもその答えは神奈の予想した反応を引き起こさなかった。
「翼人・・・?」
鷹久はまじまじと神奈を眺めた上で、何事かを考え込んだ末に信じられないと言った表情で柳也に確認を求めた。
「翼人とは、花山法皇らが崇拝していた翼人信仰の翼人のことか?」
「そうだ。」
柳也の答えによって、鷹久の顔には驚きが広がっていった。
それはそうだろう。
最後の翼人である神奈は死んでいることになっているし、そもそも翼人の存在そのものが今やもはや伝承のものとなりつつあったからだ。
特に数年前の夏の一件から、翼人のことはありとあらゆる所から抹消され続けていた。
「肌はびろうど、目は瑪瑙・・・と歌われているあの翼人か?」
男が確かめるように
「そうじゃ」
神奈が誇らしげに胸を張って言った。
骨張っていた昔とは違い、今はそれなりにふくよかになった胸なので、多少の見栄えはした。
男は再びまじまじと神奈を観察していた。
何となく納得のいかないと行った表情だった。
柳也には鷹久が何に引っかかっているのかが、分かりすぎるほどよく分かった。
黙って立っている分には神奈の美少女ぶりは天津人と言ってもかまわないだろう、口を開いても、その声は玲瓏とした何処までも澄み渡る空のように綺麗な声であることも確かに事実だ。
しかしその綺麗な声で綴られてでてくる言葉は・・・・・何というか・・・・おおよそ、その外見で抱いた想像というか、予想というか、希望というか、願望というか・・・、あるいは単に夢想と言うべきなのかもしれないが、そういったものをものをうち砕くのに十分すぎる破壊力と衝撃力をもった言葉使いしか出てこないのである。
それさえなければ、神奈を翼人と言ってもあっさりと信じて貰えただろうが・・・
翼人と信じたいが、信じたくない。
男はそんな葛藤の最中にいるものと柳也には想像ができた。
しかし鷹久は無理矢理にも納得してみよう試みたようだったが、どうしても出来なかったらしく、言ってはならぬ確認の言葉を発してしまった。
「翼人であるならば翼があるだろう?翼を見せてくれないか?是非見てみたい。」
柳也にしても、その問いは至極当然の質問だと思うった。
そしてこれも柳也にしてみれば、至極当然のように怒りが入り交じった声起こった。
しかし鷹久にしてみれば、それは以外の方からやって来た。
「神奈様に肌を見せよ!とは何という仰せでしょうか?、いみじくもおなごに、しかもこのような場所で、
 背の君でもないような方に肌を見せろとは、賀茂様や泰子様はいったいどんな教育をしたのですか?」
怒りもあらわに鷹久にくってかかったのは、裏葉だった。
その剣幕に男はたじろぎ、前言を詫びた。
その姿を言葉で表すならば、平身低頭まさにこの言葉の生き見本と化していた。
「それはそうと、都の宮廷陰陽寮の陰陽師がいったいこんな所まで何の用だ?」
柳也は先ほどから疑問に思っていたことを口にした。
宮廷陰陽師といえば、柳也の身分随身から較べれば天と地ほどの差がある。
宮廷陰陽師の長ともなれば従四位下・・・一位が太政大臣、二位が左右の大臣、三位が大納言、参議等・・・それよりちょっと下という地位である。
さすがに普通の陰陽師はそこまで高位ではなかったが、其の多くは殿上(でんじょう)を許される身である。
柳也の授かった身分などは正八位衛門大志・・・まさに木っ端役人。お話にならないほど身分に差があった。
それほどの地位を持つものが何故がこんな所に?男の話しぶりからすると、どう考えても翼人追捕(ついぶ)の手のものでは無いことは先ほど明らかにされたが、そうでないのならば、何故こんな所にいるのか、謎は深まるばかりだった。
「何だお主ら知らぬのか?」
鷹久は柳也の質問に対して意外そうな顔をした。
「何を?」
今度は柳也が不振な顔をした。
「この先の峠で怪異が起こるのだ。鬼が人々を襲うらしい。行商や都に貢物を届ける者達がかなり被害に遭っている。この噂は結構有名な話だぞ。」
鷹久はそう言うと後を続けた。
「俺はその噂を聞いて、土蜘蛛の手がかりがあるかもしれぬと思い、この地までやって来たのだが・・・」
鷹久はそこまで言って柳也の顔色をうかがってみると、そこには予想以上に驚いた柳也の顔があった。
彼らは人通りの少ない道を歩いてきたのだから無理からぬ話だが・・・そんなことを鷹久が知っているわけがない。
「どうやら本当に知らぬらしいな。」
柳也の顔色を見て取った鷹久が面白そうに言った。
鷹久は柳也が驚いていることが単純に面白かった。
自分の必殺の斬撃を受け止めたときでさえこれほど驚かなかった柳也がこれほど驚いていることが何となく楽しかったのである。
とれなかった一本を取れたような気がしていたのだが、柳也はそんな風に鷹久が考えているとは全く理解できなかった。
「何でも国司が差し向けた討伐隊まで全滅したという話だからな、ひょっとすると近々都から陰陽師も含めた討伐隊が来るかもしれんな・・・」
更に驚かそうとしているのか、やたらと嬉しそうな顔をした鷹久が話を続けた。
このような態度を見ていると先ほどの殺気走った表情とは違い年相応の年齢に見えた。
「たちの悪い野盗共ではないのか?ここに来るまでにも何組か出会ったし、つい先ほども襲われた・・・」
柳也は安易に同意を示すことはせず、ごく当然の質問をぶつけてみた。
この辺りの街道は深い森縁や山のなかを縫うように走っている。
そのためか、もともと多くの盗賊達が辺りにいるので、柳也の考えもあながち間違っているとは言えないだろう。
「俺も始めはそう思った。」
鷹久はそう言うと後を続けた。
「だがな、運ばれている荷物の大半は残っているそうだ。消えているのは人のみ・・・普通の野盗がその様なことをするとは考え難い。」
鷹久の言うことももっともだった。
野盗は荷物が目当てが普通だ。
人目当ての野盗共がいないこともないだろうが、この辺りには人質として価値のある、都の貴族達が通ることはそうない。
しかも鷹久の話によると、どうやら無差別に人を襲っているような感じがある。
「人がする所行とは思い難いか・・・」
そこで柳也は軽く息を吐くと先を続けた。
「・・・それで鬼か。」
柳也の下した結論も、鷹久の下したそれと異なるものではなかった。
鷹久は柳也の意見に同意を示すように軽く頷いた。
「幸か不幸かここは鬼が住むと有名な大江山にも近いしな」
鷹久はそう言って笑った。元々大江山には行ってみるつもりだったらしい。
「その、鬼とはどのようなものじゃ」
柳也と鷹久の話が一段落したと見えたのか、神奈が好奇心という輝きに満ちた眼差しを二人に向けてきた。
「どういうものと言われても・・・・」
柳也と鷹久は互いに互いの顔を見合わせた。
二人ともこれが鬼だと示せるようなものは持っていなかった。
「この近くの大江山には酒呑童子と言う鬼がいるらしいが・・・」
「ではその鬼とはどのような者なのだ?」
神奈の疑問も当然だが、それをみたものは誰もいなかった。
当然返事もできなかった。
「知らぬ。」
鷹久が観念したように答えた。
「知らぬのか?」
「うむ・・・だが鬼とは人にあらざる者、人知を越えた恐ろしき力を持ちし者だから、見れば分かる。」
「人になく、人より力を持っているのか・・・・」
そこまで言って神奈は少し考えると、
「すると余も鬼か?」
と尋ねた。
このような反応は鷹久も予想していなかったのか、驚いたような顔をした。
その後を受け継いだのは裏葉だったが、どこか哀しい顔をしながら言葉を紡いだ。
「とんでもありません。一般に鬼には『頭に角有り、口大きく牙を持ち人を害して喰らう』と言われています。」
しかし裏葉も柳也も知っていた。
世間的には神奈も鬼と呼ばれる可能性があることを、そして彼女の母親は悪鬼と呼ばれることもあったことを・・・・
「そうか・・」
そう言うと神奈は鷹久の前まで行き、彼を呼んだ。
呼ばれた鷹久が神奈の方を向くと神奈が口を開いた。
「その鬼とやらがいるとして、その鬼がそなたの仇とは直接関わりなき者だった場合、そなたはそれを退治するのか?」
「ああ。そのつもりだが・・・」
鷹久は神奈が何を言いたいのか計りかねているようだったが、先を続けた。
「別に俺がやらなくとも、これだこのことをしたのだ、都から遅かれ早かれ討伐隊が来るだろう・・・」
「そうか。」
神奈はそう頷くと、
「よし!決めた。余は鬼見物に行くぞ!!」
「神奈!?」
「神奈様!?」
神奈は唐突にそう宣言すると驚きの声を上げる柳也達を無視して鷹久の方に向いた。
「我らも同行して良いか?」
「ああ・・・それだけ剣士や術師を断る理由は何もないが・・・・」
呆気にとられたまま鷹久はそこまで言うと、横にいる柳也や裏葉の方に目線を向け尋ねた。
「良いのか?」
「良くありません!」
裏葉は傲然と言い放つと、神奈に鬼退治の危険性をこんこんと説いて翻意しようとしたが、神奈はがんとして聞き入れなかった。
「余は絶対に行く。」
「何故にこざりまする」
「その鬼にあって見たい。ひょっとしたら、余と同じような境遇にあった者かもしれぬ。それならば余はそのものの力になってやりたいのじゃ」
「それに、・・・そなたらは余が知らぬと思って隠しているようじゃが、余の母上が悪鬼と呼ばれていたことも余は知っている。そのころはどのような意味を持つか分からなかったがな。」
哀しそうな顔をしながら神奈が言った。
もしそうなら余達でどうにかしたやりたいと・・・・・
結局その神奈の請願に柳也と裏葉が否といえるはずもなかった。
なんだかんだ言っても結局は神奈に甘い柳也と裏葉だった。


あとがき
はじめまして、たけポンです。投稿ははじめてなので少々緊張しています。
AIRのSS「summer continues」シリーズの番外編です。

番外編を書こうと思っている頃は二つのお話を考えていました。これはその一つですが、まさかこんなに話が膨らんでしまうとは・・・全く予想していませんでした。膨らんだきっかけはFOGさんからでているゲーム『久遠の絆』の平安編を使おうと思ったときからでした。鷹久を出すところまではぽんぽんと決まったのですが、登場の仕方が・・・・難産でした。そのおかげで、今回生まれてはじめて戦闘シーンを書くはめになってしまいました。その手の技術は何も持っていないくせに、書かざるを得なかったので、書いてみましたがどうだったでしょうか?少しは戦闘シーンらしくなっていたでしょうか?筆力のなさを痛感させられます。今後の発展に期待していて下さい。

今回、裏葉の過去を少し書いてみました。
裏葉って一番謎ですよね。あれほど教養があって、機転も利く女房が何故あんな辺鄙な神奈の所へ?しかも仲の良い女房がいる様子もなく、新参者っぽいのに神奈のおそばにいる。しかも足は達者な方ですなんて、どう考えても出来過ぎ!!!それをどうにか整合させようとすると、裏葉は相当にやんごとない人つまり花山法皇位の人から、直接神奈のことをよろしく頼むといわれてやって来た女房としか考えようがなかったのです。しかもあの時代の女性で健脚って言うのも変な話です。つまり前もって足を鍛えていたのだ!という結論に至ったのです(我ながら安直)

感想などをくれると筆者は「鳥の詩」フルコーラスで歌ってしまうほど嬉しいです。
あと、本編に興味のある方はHPの方にあるので来てみて下さい。


最後に大江山の酒呑(天)童子の退治:これは源頼光(みなもとのよりみつ(らいこう))と四天王が退治しました。たしか歌舞伎にもこの手の話はあったはずです。それででてくるのは渡辺綱だったかな?←この辺の記憶はあやふや(^^;