とらいあんぐるハート2 仁村 知佳SS
澄みきった秋空の下
written by YOU


じゃーーーーー かちゃかちゃ

夕食の後、知佳と耕介はキッチンで後片付けをしていた。
そう広いとは言えない流し台、二人くっつくようにして立っている。
ふと、知佳が、ご機嫌に鼻歌をならしている耕介に話しかけた。

「ねっ、お兄ちゃん。今度の日曜日、お弁当よろしくね」

洗剤のついたスポンジを手に耕介を覗きこむ知佳。
その知佳の言葉に、耕介も手を止めて、知佳の方を見た。

「おう。体育祭だったな。みなみちゃんもだっけ?」
「うん。みなみちゃんも、だから、薫さんも。さらに美緒ちゃんの運動会も同じ日だよ」
「じゃあ、一杯お弁当つくらないとな」

そう言って知佳に笑顔を向けると、耕介は再び皿洗いにとりかかった。

「手伝うよ〜♪」

知佳も、そう言うと再び手を動かし出す。

「いいよ、いいよ。知佳はじっくり体調整えとけ。で、今年も応援団か?」
「うん。あとね、今年はリレーにでれるの♪ 最近すっごく調子がいいから、1種目くらい
大丈夫だろうって谷沢先生が」

今度は洗剤の泡のついたお皿を手に、嬉しそうにそう言う知佳。
体育の授業こそ適度に参加しているものの、1日中外で行われる体育祭では体への負担が大きいため、
知佳はいつも応援役しかやらせてもらえていなかった。
恐らく競技に参加しても大丈夫ではあるのだが、何かあったときに体育祭をぶち壊して
しまってはと配慮してのことである。
応援役といっても、知佳の学校の体育祭では伝統的に学ランでの応援団がつくられ、一種の花形
ではあるのだが・・・

(やっぱり、普通に参加したかったんだな・・・)

嬉しそうにはしゃいでいる知佳を見て、耕介も自分のことのように嬉しくなって笑顔を漏らす。

「こけるなよ」

楽しそうにそういう耕介の言葉に、

「大丈夫だよ。これでも私、足早いんだから」

知佳はそう言って濡れた手でガッツポーズを取る。

「よし、じゃあ、応援に行くか」
「ほんと?!」

耕介の言葉に、知佳は文字通り飛び上がる様にして喜んだ。
身を乗り出す様にして、再び耕介の顔を覗き込む。

「ああ、去年は知佳の方にだけ応援に行くのは悪いかなと思ったけど・・・
 まっ、今年はいいだろ」

そう言ってにっこりと笑いかける耕介。

「えへへ」

知佳も、そんな耕介に照れたような笑みを返すのだった。


じゃーーーーーかちゃかちゃ


しばらくの間、再び水音と食器の擦れる音とだけがキッチンに響く。

「でも、良かったな、知佳」

ふと、思い出したような、それでいて感慨のこもった耕介の一言。
知佳にとって、学校行事に、それもリレーに参加できるというのがどれほど
嬉しいかを、耕介は耕介なりに理解しているから。

手を止めることなく発せられたその一言に、

「うん♪」

笑顔で返す知佳の声が、水音をかきけすようにキッチンに響いた。




そして当日。
朝日が昇ってからしばらくした頃。キッチンに耕介の姿があった。

「よし、これで完成。これが美緒で、これが知佳で、これが薫で、これがみなみちゃん」

ラストに、くし形に切ったオレンジを詰めて、菜箸を手に耕介が独り満足げに、テーブルに並んだ
お弁当箱を見下ろしていた。ちなみに、お弁当箱といっても、みなみの分はお重につめてある。

「おはよー、お兄ちゃん。お弁当、ごくろう・・・さま・・・」

その声に振り向くと、キッチンの入り口のところにパジャマのままの知佳の姿があった。

「おはよう、知佳・・・ってどうした、顔真っ赤だぞ」

笑顔と共に挨拶を返す耕介だったが、良く見ると知佳の顔がやたらと赤いことに気がついた。
視線もどこかぼーっとしているように見える。
耕介は、手にしていた菜箸を置くと、知佳の方へと歩み寄っていった。

「そ、そう?・・・お、お兄ちゃんに会えて嬉しいからだよ、きっと」
「そんなわけあるか。・・・ちょっと額出して」

その言葉と共に、耕介の手が知佳の額へとのびてくる。
その手から逃げるように、知佳はおぼろげな足取りで後ろずさった。

「だ、大丈夫だよ。それより、ほら、朝ご飯準備しないと」

ごまかすようにそう言って自分の胸の前で手を振る知佳だったが・・・
そんな知佳に後ろからすっと額に手が回された。

「こりゃ今日は休みだな」

その言葉に、額に回された腕を払うようにしてビクッと振り返る知佳。
そこには、いつものトレーナーに、いつもの髪型(要はぼさぼさ)の真雪が、
立っていた。

「だ、大丈夫だよ! さっき解熱剤打ったから、学校着く頃には下がってるし!」

赤かった顔をさらに赤くして姉に反論する知佳。
今度は、耕介の手が後ろから額に回された。

「知佳・・・」

熱を確認した耕介は、そのまま言いくるめるように後ろから抱き締める。

「行くっていったら行くの!」

知佳はそう言って軽く力を発動させ耕介の腕から脱け出すと、そのまま廊下へと
続くドアへ向かって駆け出した。

「「知佳っ!」」

二人の呼びかけを無視して、知佳はダイニングを後にしようとドアのノブに勢い良く手を伸ばした。
が、まるで自動ドアかのようにすっとドアが開き・・・

「おは・・・きゃあ・・・」

そこに現れた自称「世界のオペラ歌手」の朝の挨拶は、悲鳴へと変わるのだった。



視界に入ってきたのは、毎日朝と夜に見ている自分の部屋の天井だった。

(私・・・)

無言のままそっと横を向いた。
額に載せていたと思われるおしぼりが、枕の上にずり落ちて行く。

(お兄ちゃん・・・)

視線の先には、ベッド脇に持ってきた椅子に座って本を読んでいる耕介の姿があった。

「お兄ちゃん・・・」

ささやきのような知佳の呼びかけに、耕介は本から視線をずらすとすっと知佳の方に向ける。

「気分はどう?」

優しい表情で問いかけてくる耕介。
そう言いながら、知佳の横にずり落ちたおしぼりを拾い上げた。

「ん〜、多分大丈夫」

知佳は、そのままの姿勢で、耕介の手の動きを追うように視線を動かしながら答える。

「私・・・?」
「心配したぞ。ゆうひとぶつかったまま気失っちゃうから」
「そっか・・・」

そう言うと知佳は再び天井に視線を戻した。

「今、何時?」
「・・・3時」
「もう体育祭終わっちゃうね」
「また、来年があるさ」

知佳は天井を見つめたまま淡々と口を開き、そんな知佳に、耕介は優しい口調で答えていた。

「楽しみにしてたのにな・・・」

「・・・」

「折角お兄ちゃんが応援に来てくれるって言ってたのにな・・・」

「・・・」

「リレー、出たかったな・・・」

「・・・」

口に出して言うと、ますます思いが溢れてくる。
目にたまった涙が焦点を狂わせ、徐々に天井がぼやけていく。
やがて、ツーっと滴が頬を伝い、枕に小さな染みを作った。
その涙が呼び水となったのか、後から後から流れてくる涙が、染みを少しずつ大きくして行く。

「知佳・・・」

耕介がそっと指で頬を拭っても、知佳の目からは堰が切れたように涙が溢れ続けている。
さらには、感情の堰も切れかかっているようで・・・

「なんでこんな時に限って熱が出るの?」

「折角、最近調子良かったのに・・・」

「もう嫌だ、こんな体!!」

知佳は涙を流したまま興奮してまくしたてた。
言葉と共に、少しずつ空間が揺れ始める。

「知佳っ!!」

耕介は、横になったままの知佳を半ば抱えあげるようにして抱き締めた。
空間だけでなく、知佳の体も震えるように揺れている。
その揺れを感じながら、

「大丈夫だから」

そう言って、耕介は知佳の頭をそっと撫でる。

「・・・ひっく・・・ひっく・・・」

嗚咽を残す知佳の頭を、耕介はしばらくの間無言で撫でつづけていた。
それに安心させられたのか、知佳もやがて落ちつきを取り戻しだした。

「興奮しすぎたんじゃないかって・・・」

依然として頭を撫でたまま、耕介がそっと話しかける。

「えっ?」
「谷沢先生が電話でそう言ってた」
「そう・・・」

知佳は、耕介の胸に額をおしつけるような姿勢のまま頷いた。
が、ふと思いついたことに、はっと耕介の顔を覗きこむ。

「じゃあ、楽しみな日に限って熱を出しやすいってこと?」
「そ、そういうことになるかな・・・」
「そんな〜〜」

そう言ってへにゃへにゃした表情を浮かべる知佳。
そんな知佳を見て、耕介はふっと笑ったあと、ポンっと知佳の頭に手を乗せた。

「大丈夫だろ。成長するにつれ体の調整機能が働くようになるって言ってたから」

耕介はそう言って笑顔を浮かべる。

「そう言えば、前に谷沢先生がそう言っていたような・・・」

「ってことは、知佳はまだ成長してないってことだな」

今度は先ほどとは違い、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる耕介。
そんな耕介に、

「お兄ちゃんのいぢわる・・・」

知佳はそう言うと、布団にくるまるようにして耕介に背中を向けた。

(拗ねちゃった・・・)

耕介は知佳の後頭を見ながら、困って頬を掻いた。
が、そんな耕介を助けるかのように、ある音が聞こえてくる。

ぐ〜・・・っ

「お、おかゆくらい作ってくるな」

ここで笑ったら本当に拗ねてしまうと思った耕介は、必死に笑いを抑えると、そう言って
知佳の部屋を後にした。

「・・・・・・」

知佳はというと、顔を真っ赤にして何も口にすることができずにいた。
もちろん、振り返ることもできずに、そのままの姿勢で扉の閉まる音を聞いた。



「いっただきま〜す」

知佳も含めた皆の元気な声がダイニングから聞こえる。
その日の夕食。テーブルに盛られたご馳走に、皆の箸がのびていた。

「知佳ちゃん、もう大丈夫?」
「うん、もう全然平気。心配かけてごめんね、みなみちゃん」

知佳も、もういつもの調子を取り戻して元気に食事をしている。
初めは知佳に遠慮してか控えられていた体育祭&運動会の話だったが、
やはり今日はその話題を避けて通ることはできないらしく、やがてテーブルは
その話題で持ちきりとなった。

「へ〜、みなみちゃん100m走1位だったんだ」

知佳も笑顔で会話に参加してはいるが・・・時折見せる寂しげな表情を耕介は
見逃していなかった。

「ごちそうさま。私、念のため部屋で休んでるね」

しばらくして話が区切れたところで、知佳はそう言って席を立った。

「知佳ちゃん?」

そう声をかける愛に笑顔を返してからダイニングを後にする知佳。
そんな知佳を送り出したダイニングは、しばし気まずい静寂に包まれた。
普段の知佳なら、そういうことまで考えて、無理してでもその場に居つづけそうな
ものであるが。
それだけに一層、知佳の落胆のほどが、皆に伝わってきた。

「ったく、あいつは、たかが運動会くらいで・・・」

真雪が毒づくが、その言葉にいつもの冴えは感じられない。
なんだかんだ言っても妹を溺愛している姉である。

「本当に楽しみにしてましたものね」
「可哀相に思わないことも無いのだ」

そう皆がうつむき加減で話しをしている時だった。

「うちに、えー考えがあるんやけどな♪」

その言葉に皆が発言の主−ゆうひ−の方に目を向ける。
ゆうひは、皆の注目が集まった事に満足そうに頷くと、にんまりと笑った。

「あんな、・・・」




「土日、ですか?」

それは、体育祭騒ぎの開けた週の水曜日、もう見慣れた各種の計測器の並んだ一室、
海鳴大学付属病院の遺伝子病棟の診察室、で定期診察を受けた後のことだった。

「うん、もし予定が空いてるなら、そこで検査入院してもらいたいんだけど」

知佳と向かい合う形で座っている谷沢は、そう言うと答えを促す様に軽く首を傾げた。
谷沢は、知佳とリスティの主治医であると同時に、この分野では日本でも指折りと言われる
名医である。倫理観・道徳観にも優れた人物で、知佳や耕介、真雪はもちろん、リスティさえ
信頼している。
そんな谷沢の突然の話に、知佳はしばし戸惑いを覚えた後、土日の予定を頭の中で確認した。

「大丈夫ですけど・・・」

本当は耕介とデートくらいしたかったという思いから語尾を濁す。
そんな知佳の思いを知ってか知らずか、谷沢は、

「悪いね・・・」

申し訳なさそうにそう言ってから、カルテに何かを書きこみ始めた。

「私、・・・調子悪いんですか?」
「いや、そんなわけじゃないんだけど・・・、この前の日曜日のこともあるしね。念のためだよ」

書きこみを終えたカルテを後ろに控えている看護婦に渡しながら谷沢が答える。

「はい、今日の診察は終了。お疲れさまでした」

谷沢はそう言うと立ちあがって診察室の扉を知佳のために開けた。
知佳も、それに続くようにして立ちあがる。

「ありがとうございました、先生」

ぺこっとお辞儀をすると、谷沢の開けてくれた扉を通って廊下へと出る。

(今日はお兄ちゃんが迎えに来てくれるって言ってたよね・・・)

帰りに甘味処かケーキ屋でもよってもらおうかなどと考えながら、
知佳は、もう何度通ったかわからない廊下を、受けつけへと歩いて行った。




そして土曜日。学校を終えた知佳は、迎えに来た真雪の車で、病院へと直行した。

「忘れ物ないな」
「うん、検査入院も馴れっこだしね」
「じゃあ、また明日」
「うん」

真雪に見送られて病院の中へと入っていく。
本人の言っているとおり、もう手馴れたものであり、てきぱきと入院手続きをとると、
いつものように順番に検査を受けて行った。
いくつかの検査を終えたところで、ベッドに入る。
といっても、検査が終わったわけではなく、種々の検査用のコードがつながれ、
一晩中データがとられるのだ。

「じゃ、おやすみ、知佳ちゃん」

顔なじみの看護婦が、明かりを消して部屋を去って行く。
明かりの消された部屋には、カーテン越しにかすかな月の光りが射しこんで来ていた。
それ以外の光りといえば、計測器のインジケータやランプくらいである。
聞こえてくる音も、計測器の微かな作動音。
もう慣れたはずなのだが、それでもやはり気持ちのいいものではない。

(皆、楽しんでるころかな・・・?)

土曜の夜は、次の日が休みであるため、さざなみ寮のリビングが賑やかな時である。
土日がつぶれてしまったことをうらめしく思いつつ、知佳はゆっくりとまどろみへと
落ちて行った。


日曜日とはいえ、病院の朝は早い。
運ばれてきた朝食に、改めて耕介のありがたさを感じつつ、知佳の日曜日は始まった。
朝食後、2,3の検査をこなし、ちょうど10時を時計の針がさそうかというころになった。

「今回の検査入院はこれで終了」

プリントアウトされてくるデータを受け取りながら、谷沢がそう言ってにこっと笑った。
そんな谷沢の言葉に、知佳は驚きの声を上げる。

「えっ? もう終わりなんですか?」

いつもなら、今日の午後まで検査があるはずである。
もちろん、早く終わることは嬉しいのだが、午後までの検査を覚悟していたため、
ちょっと拍子抜けでもある。

「そうだよ。送ってあげるから、早く着替えておいで」
「えっ、そんな、悪いですよ」
「ちょうど、近くに用事があるからね。遠慮は無用。表で待ってるから」
「そうですか。ありがとうございます」

そう言うと、知佳は病室に着替えに戻った。
パジャマから普段着に替えると、荷物をまとめて、退院手続きを済ませて病院の表に出る。
しばらく待っていると、職員用の駐車場の方から、谷沢の運転する白いセダンがやってきて
知佳の前に止まった。
知佳は、助手席に乗ると、シートベルトをして、小型のボストンバッグを膝に載せた。

「発進していいかな?」
「はい」

スムーズな加速と共に、さざなみ寮へと向けて車は走り出した。

「次の信号、左です」

知佳のナビゲートの元、車は順調にさざなみ寮へと近づいていく。
やがて、2階建てのその建物が見え出した。
と、

「知佳ちゃんに謝らないといけないことがあるんだ」

ハンドルを握って前方を見つめたまま、谷沢が口を開いた。
そのまま、寮の前に車をつけるためにアクセルを緩める。
坂道であるため、アクセルの緩められた車は減速しだした。

「えっ?」
「検査入院、別に無理に行う必要は無かったんだ」
「えっ?」

2度目の知佳の驚きとも疑問ともとれる声(実際その両方だったのだろう)があがるのと、
谷沢がブレーキを踏んで車を完全に停車させるのとはほぼ同時であった。

「さっ、着いたよ」

そう言ってエンジンを停止させる谷沢。
疑問の表情を浮かべて自分を見ている知佳を無視するようなかたちで、谷沢は車から降りた。
仕方ないので、知佳も納得いかない思いを抱えたまま助手席から出る。
そこで、知佳は3度目の声を上げるのだった。

「えっ?」

車が止まっていたのは、さざなみ寮のちょうど真ん前。門の前に横付けする様に止まっていた。
車から降りるまでは、谷沢の言葉に気を取られて気づいていなかったのだが、その門には、
運動会で使われるようなアーチ状のゲートが取りつけられていた。
いや、運動会で使われるようなというのは正確では無いかもしれない。
というのも・・・

「『第1回さざなみ寮大運動会』・・・?」

ゲートに書かれた文字を読み上げる知佳。
そう、そのゲートはまさしく運動会で使われるものだったのだから。

「これって・・・」

そのゲートを見上げて茫然としている知佳のもとに、車の音を聞きつけた耕介がやってきた。
ちょっと身をかがめてゲートをくぐると、知佳の前までくる。

「おかえり、知佳」
「た、ただいま、お兄ちゃん。ねえ、これって、一体・・・」

今しがた耕介がくぐってきたゲートを指差す知佳。
耕介は、一応、知佳の指差す方を確認してから、何事もなかったかのように、

「ほら、こっち、こっち」

そう言って知佳の手を庭へと引っ張って行った。

「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん?」

訳がわからず、声をあげながら耕介の後をついていく知佳。
谷沢はにこにことしながら、そんな二人のさらに後ろをついていった。


「・・・・・・」

庭に入った知佳は、その情景をみて言葉を失った。
庭を飾り付けるどこからもってきたのか分からない万国旗・・・
窓辺に移動されたテーブルの上には、たくさんのおにぎりと色とりどりのおかず・・・
ジャージ、体操服などのめいめいの運動着に身を包んださざなみ寮の面々や望、さらには真一郎たち・・・

その光景を見て黙り込んでいる知佳に、耕介が口を開く。

「寮生の親睦のために、今年から運動会をすることにしたんだ」
「・・・・・・」

耕介の言葉に、知佳はうつむいて、言葉を返せなかった。

「提案したのは、ゆーひなんだけどな」

ばつが悪そうに付け加える耕介。
その言葉を聞いて、後ろからひょいっとゆうひが顔を出す。

「なんや、こーすけ君。こーすけ君が考えたことにしたらええって言うたのに」

胸が、熱くなった・・・

「もしかして、私のために?」

目も、熱くなった・・・

「いや、俺やゆーひが、学生時代を懐かしく思ってやりたくなったんだよな」
「こーすけ君、うちはまだ学生やー」

自分は、なんて幸せなんだろう・・・

知佳は、無言のまま、自分の前で漫才をくりひろげる二人に抱きついた。

「・・・ありがとう・・・みんな、ありがとう」

涙声で、でも、精一杯の声で、感謝の気持ちを伝える。
最初は驚いた表情を見せていた耕介とゆうひだったが、やがて優しい表情と眼差しで、
知佳が落ちつくのをそっと待った。

やがて、知佳は二人から離れるとそっと目を拭う。

「知佳ちゃん、早く着替えてこようよ」

みなみがそう言って知佳の手をとった。

「うん♪」

まだちょっと涙声ではあったが、元気良く頷くとみなみに引かれて家の中へと入っていく。
そんな二人を見送った後、耕介は谷沢の方へと歩み寄った。

「すいません、谷沢先生。無理いいまして」
「いえいえ、どうせ非番の日はやることありませんし。僕も楽しませてもらいますね」

頭を下げようとする耕介を手で制して笑顔を返す谷沢。

「先生は、そのままで?」
「いや、一応ジャージを持ってきました」
「実はやる気満々ですね」
「ばれましたか・・・」

そんな二人のやりとりに、寮の面々はどっと笑い声をあげるのだった。



普通の家よりは、広い庭ではあるとはいえ、普通に運動会を行える広さがあるわけもない。
それでも、寮の建物の周りもフルに使って、できる限りの種目が用意されていた。

「位置に着いて・・・よーい・・・」

ポンッ

リスティが空気を弾かせて鳴らした乾いた音が、青く澄み渡った空に響いた。
その日、さざなみ寮から歓声が絶えることはなかったという。




澄みきった秋空の下(完)

(後書き)
ふぅ、予想外に長くなってしまいました。
お初の方も、そうでない方も、こんにちは、YOUです。

ちかぼーの体育祭のお話、いかがでしたでしょうか?
なんだか無駄に長くなってしまい、あまり掘り下げができていない気もします(^^;
でも、ちかぼーへの愛だけは一杯つめてありますので(爆)

なお、ゲーム中では知佳は普通に体育祭に参加しているのかもしれませんが、
そこのところは目を瞑っておいて下さい(^^;

拙作に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
もしよろしければご感想など一言でも頂けると嬉しいです。

でわ〜☆

YOU

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