I Love You
作者:Kazy
投稿:10/8/99
掲載:11/5/99
加筆・修正:
「あたし、お店をやめるわ。」
その言葉は、いつものキャロットの、いつもの休憩中の、いつものあたしから生まれた言葉・・・あたしの、
ささやかな決心・・・
「な・・・、葵?頭でも打ったの?」
涼子はあたしのそんな決心に全然気づいてないみたい。
「あ、葵さん。昨夜飲み過ぎたんじゃあ・・・」
耕治君も、あたしのこと結構知っているはずなのに気づいてないわ。
・・・結局、他人に自分の気持ちを分かってもらうというのは、不可能じゃないかしら?
その事に気がついてしまったあたしは、二人に背を向けると自嘲的な笑いを浮かべると仕事に戻った。
・・・・・・
・・・・・・
仕事が終わって9時になると、涼子が心配そうに話しかけてきた。あら、耕治君も一緒みたい。・・・何だか2人とも、
すごい剣幕・・・
「ちょっと葵、ちゃんと説明してよ。」
「そうですよ葵さん。訳も聞かずに“はい、そうですか”ってわけには行きませんよ。」
あたしは、少し興奮気味の2人を制して、静かに言ったの。
「あたし、自立したいの。」
「?」
「・・・???」
2人とも凍っちゃったみたい。無理もないか。あたしが“自立”してない筈ない、って言いたそうだもんね。
でもね、私はそんなに出来た女じゃ無いの。
だから始めるの、何もかも無いところから・・・。
「自分でもう一度、やりたいこと、やるべきことを考え直したいの。今のまま、過去に引きずられていきたくないしね・・・」
「葵・・・」
「葵さん・・・」
あたしは、何も言い出せない2人を残して背中を向けた。
帰り道。
1人の夜道かこんなに静かで・・・寂しいんだってことに今更気づいた。でも、あたしの心の中は丁度あの日から
こんな感じだったかもしれない。
(過去・・・かぁ。)
あたしは少し空を見上げて瞳を閉じる。
(裕介さん・・・)
あの人は行ってしまった。あたしじゃない人の元に。
森原さんっていう元気でキレイな人だった。どことなく自分と雰囲気が似ている・・・そんな気持ち。
けれども・・・そう、彼は彼女を選んだの。
そして残されたあたしは、誰にも自分の気持ちを言うことなくして時間を過ごしている。
時々、幸せそうな笑顔を浮かべる彼を見ると、あたしの身体が千々に乱れるような思いになってしまう。
過去を忘れて今を生きたい。
そんな気持ちから、キャロットを出ようと思ったの。
・・・・・・うぅん。それだけじゃない。
裕介さんにたいする気持ちは、殆ど整理がついたの。
そりゃ、はじめはすっごく落ち込んだけど、恋ってそういうものでしょう?
・・・・・・
けど、彼に対する気持ちが整理ついたのに、あたしは別な男性のことで苦しんでいる。
裕介さんにそっくりで、優しい男性・・・前田君。
最初は弟みたいな感じだった。
年下で可愛くてそれでいて一生懸命な所が・・・。
でもその内彼の姿がだんだんと似てきた事に気がついたの。
私がずっと好きだった人に・・・。
彼は・・・あたしが裕介さんの結婚の話を聞いて落ち込んでいるのを、涼子と同じぐらい早く気づいてくれた。
そして、バイト中もずっと一緒だった美奈ちゃんと何とかしたみたいで、あたしの心配をしてくて、よく遊びに来てくれた。
パチンコとかショッピングとかにも嫌な顔せず一緒に過ごしてくれるとすごく安心して満たされた気分だった。
それに、本当に裕介さんに似てるの・・・。
容姿も、物腰も、雰囲気もどことなく似ている。
一番似ているのは、その優しさ・・・。
その誰にも向けられる優しさ・・・。
前田君の優しさはあたしだけに向けられない。
だからかこそ気づいてしまった、分かってしまった。
あたしは前田君優しさが怖い。
ううん、彼を失うのが怖い。
だから、その優しさが、美奈ちゃんから離れていったように、いつかあたしの元から離れていってしまうのが怖い・・・。
でも・・・。
あたし・・・。
どうしたら・・・。
部屋に帰ってからもその事が頭から離れないあたしはベッドに寝転がったまま
天井をぼーっと見つめていた。
今日は眠れないと思った。
ちがう。
あたしは待っているのよ、彼が、前田君が来るのを・・・。
やっぱりと言うか、何て言うか、とにかく前田君はあたしの部屋にやって来た。
「すいません、こんな時間に・・・」
「いいのよ、入って。」
部屋に入ると彼、落ち着きがなさそうにきょろきょろと見回してる。
「どうしたの?」
「い、いやぁ、葵さんの部屋に入るの、初めてで・・・」
「それで?・・・感想は?」
あたしは少しいたずらっ子のような視線を彼に投げ掛ける。
「ははは・・・ビールの空き缶が転がっていると思っちゃいました。」
「・・・・・・」
「ご、ごめんなさい!」
「・・・いいの。あ、お酒ね、今は止めてるの。」
やっぱり驚いた顔をしてる。
あたしがお酒を飲まないことなんて想像できないんだわ。
少しの沈黙が重苦しく流れていった。あたしは彼と目を合わせないように、見慣れた自分の部屋を再発見するように
あちらこちらに目を泳がせる。
すると・・・
「葵さん・・・オレのせいですか?」
「!」
一瞬、矢で身体を射られたような感じがした。絶対に誰も気づく筈ないのに・・・どうして?
「オレ、葵さんに曖昧な態度で接して・・・美奈ちゃんのことで誤解したら・・・」
「・・・・・・」
あたしは何も言えなかった。今はただ、彼の心の中を知りたい気持ちでいっぱいだった。
「美奈ちゃんは、宿題の手伝いをしてたんです。それで、なつかれて・・・。はじめは変に意識しちゃったんですけど、
“お兄ちゃん”って呼ばれるようになってから、自分のいやな気持ちに気づいて・・・。海も一緒でしたけど、
バイトでも一緒でしたけど、オレ、やましいことをしてません。・・・オレずっと、葵さんのこと・・・」
「やめてっ!」
あたしはたまらなくなってそう叫んだ。今まで、“強い女性”として見せないようにしていた気持ちが昂ぶって、
もうあたし一人ではどうにもならなかった。
「どうしてっ?どうしてそんなに裕介さんと同じように話すの!?どうしてそんなに皆に優しいのっ!?どうして
あたしだけ見ていてくれないの!?」
殆ど絶叫ともいえるようなあたしの心はすべて彼のもとに飛んでいった。
もう・・・お終い。
本当は、笑ってお別れが言いたかったのに・・・。
だけど心の奥底にある本音が私の口からその言葉を吐き出させた。
どうにもならない彼への思いの丈を・・・。
あたしは彼と目を合わせないようにそっと立ち上がろうとする。
しかし彼の手があたしの手を掴んで自分の方に引き寄せる。
「葵さん、オレ、ずっと見てたんです。」
「?」
彼は座りこんだ姿勢から、その顔をあげると、あたしの瞳と彼の瞳が重なりあった。
「あ・・・」
あたしは、ただ何も言えなくなり、虚を突かれたように座り込んだ。
彼はあたしの手を優しく包み込むようにそっと握ったまま静かに話し出した。
「オレじゃ・・・ダメでしょうか?・・・確かに、葵さんの目や、他の皆からもそういう風に“皆に優しい”って思われた
かもしれません。けど、オレにとって葵さんは特別です!」
「・・・・・・」
「オレ、夏休みでいったんバイトを辞めるとき、葵さんに告白しようと思ったんです。・・・けど、葵さんのことを夏の間、
もっと知りあえたはずなのに、周りに流されてそういうチャンスを無くしたから、言えなかったんです・・・。」
知らなかった。あたし、てっきりあずさちゃんとか、美奈ちゃんとかつかさちゃんに・・・。
「オレは店長さんは違います。外見が似ていても、オレはオレの道があり、オレにだけ好きな人がいます。そして・・・」
彼は自分を抑えられないような様子で話し続けている。まるで、今までの気持ちを爆発させていたように・・・
「オレの“優しさ”はオレの周りにいる人にあげます。けど、“優しさ”以上の気持ちは、葵さん以外にはあげません!
・・・オレ、本気なんです・・・」
彼はそういうと元の通りに目を床に落とす。
あたしは無意識のうちに、彼の頬にキスした。
「あ、葵さん!?」
「ごめんなさい・・・」
凍りついた感情が溶け、あふれ出しそうになるのをあたしは一生懸命抑えた。
今、一番言わなきゃいけない言葉・・・
「信じて・・・いいの?」
あたしは涙を頬に伝わせながら聞く。
彼は大きく1回頷くと、あたしの涙を拭ってくれた。
「オレは葵さんしか見てない。葵さんには、優しさ以上のものをあげます。」
あたしは瞳を閉じる・・・彼の想いのすべてを受け入れるために・・・。
朝起きると、耕治は居なくなってた。
「???」
あたしはキツネに包まれて思いで起き上がると、テーブルに書き置きがあるのを見つけた。
耕治のものだった。
『今夜、涼子さんと一緒に行きます。お店のこと、ちゃんと教えてくださいね。耕治』
あ、そうだった・・・。“キャロット辞める”って言っちゃったのよねぇ。
久しぶりのオフの日。今日はやりたいことを何でもできそうな気がする。
そして2人に言わなくっちゃ。
キャロットは辞めないって。
キャロットを辞めると言ったときのあたしは過去に縛られ、今を見ようとしなかった、って。
そして耕治に言わなくっちゃ。
「愛してる」って。
Fin
Kazy
mailto:sohbi@saitama-j.or.jp
http://www.saitama-j.or.jp/~sohbi/html/door.htm