A Wedding Gift


作者 ひろの





「しまった…寝坊した」

祐一はいつもの学校までの道のりを走っていた。

名雪は陸上部の朝練でめずらしく早く家を出ている。

(昨日はいろいろあったからなぁ・・・)

頭ではぼんやりと考えながらも、全力で足を進ませる。

梅雨時のどんよりとした空は今にも雨を降り出させそうで、朝から憂鬱な気分になる。

「間に合うかな…」

祐一は呟きながら、学校前の長い坂を駆け上がった。

















そのころ、三年のとある教室。

「あら、名雪。今日は早いのね」

のんびりと教室に入ってきた名雪を見つけて、香里が驚いた声を上げた。

「あら?祐一は?」

その横に見慣れた恋人の姿がないことに気付いて香里が不思議そうな顔をする。

「わたし、今日は朝練だったから・・・」

「ああ、そう・・・」

香里は少し残念そうな顔をしたが、自分がそんな顔をした事に気付いて赤面した。

名雪はそんな香里を不思議そうに見てから、思い出したように

「そういえば香里、昨日祐一とデートだったんだよね?なにかあったの?」

と聞いた。

香里が一瞬硬直して、あきらかなつくり笑顔で名雪のほうを振り向く。

「…別に?なにもなかったわよ?」

わざとらしく右手を大きく左右に振る。何故か左手を隠すように腰の後ろに回した。

あやしい。

名雪がさらに問いただそうとしたとき、祐一が教室に飛び込んできた。













「セーフ…」

汗だくになって机に倒れ伏す祐一。

「おう、香里、おはよう」

机に突っ伏しながら軽く右手をあげる。

「おはよう・・・」

少し苦笑を浮かべながら、香里も挨拶を返す。

その左手が後ろに隠されているのを見て、祐一は軽くため息をついた。

「香里・・・どうせ朝のHRでわかることなんだぞ?」

「気持ちの問題よ、気持ちの!」

香里は顔を真っ赤にしながら祐一につめよる。

「ねぇ、それってどういう───」

話がわからない名雪が問いただそうとしたとき、

「HRはじめるぞー、席につけー」

担任の石橋が入ってきて、教壇に立つ。

「ほら、名雪。席につきなさい」

香里にうながされて名雪は渋々自分の席に着いた。



















「それじゃ、出席をとるぞ。相川────」

「はい」

「ん、相沢────」

「は〜い・・・」

祐一が呼吸も整わないまま、息と一緒に吐き出すように返事をする。

「あ〜・・・相沢」

「は?」

名雪が、間の抜けた声を発する。

石橋が何を言っているのかわからなかったからだ。

それは他の生徒達にしても同様だったようで、ぼそぼそと話し声が聞こえる。

名雪は、ちらりと祐一を見た。

祐一はしかし、まったく気にせずに、かえって面白そうな顔でその様子を見ている。

名雪はそんな祐一を不審がりながらも、間違いを指摘しようと声を発しかけた。








「はい・・・」








そのとき、呟くような返事が聞こえた。

クラス中の視線が、返事の主に集中する。

その先にいるのは、香里。

真っ赤な顔でうつむいている。

クラス中の生徒が呆けたように香里を見つめる中、石橋はマイペースに出席をとっていく。

どういうことか理解できないままに、とりあえず呼ばれたら呆けた返事を返していく生徒達。

やがて石橋はのんびりと連絡事項を告げたあと、教室を出ていった。
















石橋が部屋から出たと同時に、名雪が香里のところに、北川が祐一のところに走っていく。

そしてほぼ同時に、二人の左手を持ち上げる。

持ち上げられた左手の薬指には、鈍く輝く銀色の指輪。













しばらくの間をおいて。

「「「なに〜っ!?」」」

教室から大音量で生徒達の叫びがもれだした。

たまたま前の廊下を歩いていた他のクラスの生徒が驚いて足を止める。










香里は真っ赤な顔で視線を逸らし、祐一は右の人差し指で頬を掻いている。

北川は口をぱくぱくとさせ、名雪はぽかーんと口を開けたまま固まっている。

クラスの他の生徒達の反応も似たようなものだ。

全員、固まったまま動かずに香里と祐一を凝視している。
















結局、一時限目のライティングが始まり、教師が渇を入れるまで、動く者はだれひとりとしていなかったという。



























とにもかくにも、放課後。

「だから、結婚式とかはやってないの。やったのは籍入れだけ」

下校途中、名雪に結婚式に呼ばなかったことについて文句を言われた祐一の返答である。

「え〜?なんで〜?」

「金がないから」

実際祐一がバイトをしてためた貯金は、全て指輪で消えてしまっている。

現在の祐一の財布はほぼスッカラカンなのだ。

「香里のお母さんとか、何も言わなかった?」

不満そうな顔で香里に話をふるが。

「べつに…こだわらない人だから…」

さらりとそう返されてしまう。











「香里は…それでいいの?」

祐一に聞こえないように小さく囁くと、香里は不思議そうな顔で名雪を見た。

「何が?」

「だから…結婚式。ウェディングドレスとか…着たくなかった?」

香里は少し思案した後、微笑みを浮かべて前を歩く祐一の背中を見た。

「まぁ、ね…あたしも、そういうのに憧れないではなかったけど…」

そして左手を持ち上げて、その薬指に光る指輪を見る。

「これを買うために祐一がバイトで大変だったのを知ってるし…」

それは名雪も知っていることだ。

高校2年の春から、先月まで、それこそ必死で祐一は働いていた。

何が欲しかったのかは聞いても教えてもらえなかったけど、今はわかる。

「それに…」

香里はそこで言葉を切り、祐一を見て頬を少し赤く染めた。

「祐一があたしのそばにいてくれる…それだけで、十分。これ以上なにかを望んだりしたら、罰が当たっちゃうわ」

そういう香里の顔は幸せそうだったが、名雪はどこか釈然としない物を感じていた。











「ん?どうしたんだ、二人とも?」

「なんでもないわよ」

香里はそういうと、少し駆け足で祐一の隣に並んだ。

名雪はその二人を後ろから見ていた。

祐一に選ばれた香里に、祐一の横に並ぶ香里に、嫉妬したのはいつだっただろうか。今でも、名雪は祐一が好きだ。

だけど、それと同じくらいに香里を好きでもある。

好きな人には、幸せになってもらいたい…

ましてや、好きな人と好きな人の恋なら、祝福してあげたい。

そう考えられるようになったのは、そう昔の事じゃない。

結婚式の話を出したときに香里が一瞬浮かべた少し寂しそうな顔が、名雪の頭に残っていた。

「…名雪?どうした?」

祐一が不思議そうな顔でこっちを見ている。

「…ううん。なんでもないよっ」

名雪は笑みを作ると、祐一達を追いかけた。


























「…う〜ん……」

机に向かいながら、名雪はうなっていた。

勉強しているわけではない。

香里のあの一瞬の表情が、頭から離れないのだ。

「名雪?どうしたの?」

突然かけられた声に名雪が振り向くと、秋子さんが立っていた。

「ううん、なんでも…」

言いかけた名雪の脳裏に、閃くものがあった。

思い出したのは、母の部屋のタンスにしまわれたもの。

決まったのは、名雪から、祐一と香里への、結婚のお祝い。

二人への、プレゼント。

「お母さん!ウェディングドレス、貸して!」




























「はぁ?今日の放課後?」

「うん。開いてるよね?」

昼休み、名雪が唐突にそう聞いてきた。

「いやまぁ、開いてるっちゃ開いてるが…」

「じゃあ、3時くらいに家に帰ってきてよ」

「はぁ?なんでだ?」

「いいから!わかったね、3時だよ!」

めずらしく強い口調でそれだけを言うと、名雪は席に帰っていった。

「なんだ?一体…」

祐一は首を傾げながら、次の授業の準備を始めた。













そして、放課後。

「香里ー、商店街よって…」

名雪に言われたとおり、3時まで時間を潰すことにした祐一は香里を誘ったが、すでに香里の姿はなかった。

「あれ?香里は?」

傍らのクラスメイトに話しかける。

「美坂さんなら、さっき水瀬さんと一緒に帰ったよ」

彼はそう言うと、さっさと帰っていってしまった。

じゃあせめて北川でも…と思いその姿を探したが、北川もすでにいなかった。

「なんなんだ?本当に…」

















適当に商店街をぶらつく。

「一人で商店街なんか来ても面白くも何ともないな…」

いつもならこのあたりであゆの突撃があるのだが、今日はそれもない。

「つまらん…」

祐一は憮然とした顔で、商店街をうろついていた。










「…そろそろ3時か…」

腕時計を見ながら呟く。

「拷問のような時間だった…」

なぜか今日に限って誰にも知り合いに会わなかったのだ。

男一人で商店街を歩いていても面白いわけがない。

ゲーセンにでも行けば良かったのだろうが、前述のとおり祐一の財布の中身はほぼ空に近い。

「早く帰ろう…」

祐一は足早に水瀬家を目指した。
























「ただいま〜…」

玄関に入った祐一はそこにある大量の靴を見て、いぶかしげに眉根を寄せた。

「あゆたちが来てるのか?」

とりあえず靴を脱ぎ捨て、家に上がる。








「祐一、お帰り〜。はい、これ」

するとリビングから名雪が出てきて、祐一に白い服を手渡した。

「それに着替えてきてね〜。下で待ってるから〜」

そういうと、名雪はまたリビングに入っていってしまった。

「なんなんだよ…」

わからないことだらけで少し腹を立てながら、祐一は手に持った白い服に着替えるために自分の部屋へと向かった。








「ってこれ…タキシードじゃないか…」

名雪に渡されたのは、真っ白なタキシードだった。

鏡に映る自分の姿を見て、我ながら似合わないな…と苦笑する。

ただ、サイズはあつらえたようにぴったりだ。

「なんでこんな服に着替えなくちゃいけないんだ?」

祐一はぶつぶつと文句を言いながら階段を下りていった。













リビングの前に立つと、かなり多くの人間が中にいる気配がした。

(今日はなんかあったっけ…?)

いぶかしがりながら、リビングのドアの取っ手に手をかける。




 かちゃ…



軽い金属音とともにドアが開く。

そこにいたのは…














「香里…か…?」

祐一は少し呆然としながら目の前に立つ女性を見つめた。

鮮やかな白色のウェディングドレスに身を包んだ香里。

手には色鮮やかな花で作られたブーケを持っている。

ウェーブのかかったロングヘアーを包むのは透明感のある生地で作られたヴェール。

ひかれた赤い口紅が、普段から大人っぽい香里をさらに大人びて見せている。

「…祐一?」

香里に呼びかけられて、その姿に見惚れていた祐一は我に返った。

「お前…そのドレス…」

「秋子さんが貸してくれたの。…似合うかしら?」

「あ、ああ…」

祐一は照れくさそうにしながらも、目の前の花嫁から目を離さずに答えた。















「まったく、うちの愚息にはもったいないですよ」

後ろから聞こえてきたそんな呟きに、祐一は自分の耳を疑った。

聞き飽きるくらいに聞き慣れた声。

しかしその声の主が、こんな所にいるはずがないのだ。

そういい聞かせながら後ろを振り向くと、そこにいたのははたして、祐一の予想通りの人物だった。

「───親父!?」

「私もいるわよ」

父の影からひょっこりと姿を現したのは、

「母さんまで…二人ともどうして…アメリカにいるはずじゃ…」

「名雪ちゃんが知らせてくれたのよ。まったく、『結婚する』って連絡だけよこして、それっきりなんだから…」










「祐一君、そういえば君のご両親と私は一回も話をさせてもらっていなかったよ」

香里の後ろに立つ人物に、祐一はもう一度驚かされた。

「お義父さんに、お義母さん…」

そこで祐一は改めて部屋を見回した。

壁には花が飾られ、白いテーブルクロスのかけられた丸いテーブルには知り合いがのきなみ着席している。

全員が正装をして、花嫁と花婿に注目していた。













「あゆ…」

「祐一くん、久しぶりだね」

「栞…」

「お姉ちゃんを、よろしくお願いしますね」

「真琴…」

「なに神妙な顔してるのよ…似合わないわよ」

「舞…」

「祐一…おめでとう」

「北川…」

「…美坂が幸せなんだったら、俺はそれでいい…」

「佐祐理さん…」

「おめでとうございます…祐一さん」

「天野…」

「相沢さん…お幸せに」






祐一は胸の奥から熱い物がこみ上げてきそうになって、顔をそらすように香里を見た。

香里もまた、泣きそうな顔になっている。

そして祐一はその傍らに立つ、青い髪の従姉妹にその視線を向けた。

「名雪…」

「どう、かな?私からの、結婚お祝い」

照れたように笑みを浮かべる名雪を、祐一は抱きしめた。

「ありがとう…名雪…」

「…幸せに、なってね、祐一…香里も…幸せにしてあげてね…」

「ああ…絶対、だ…香里は絶対に、幸せにしてみせる…」

名雪は一筋の涙をこぼすと、そっと祐一に口づけてその腕から抜け出した。

「香里が、待ってるよ。祐一」

「名雪…」

「香里も、ね。祐一を、幸せにしてあげてね」

「ええ…もちろんよ…」

はっきりと答えてから、香里は目の前に立つ親友を抱きしめた。












祐一の唇が、香里のそれと重なる。

今更、誓いの言葉などいらなかった。

このキスが、永遠の誓い。

二人は最高の幸せをかみしめながら、長い長い口づけをかわした。











かけがえのない友人が、父が、母が、いっせいに手を叩く。

その数は、実際にはそれほど多いものではなかっただろう。

しかし二人には、世界中が二人の結婚を祝福してくれているように感じられた。

















その日、一つの結婚式が行われた。


それは牧師もいない、誓いの言葉もない、小さな結婚式。


だけど、最高の、結婚式。



──────────────────────────────────────────────────
 あとがき
ヒロノ:おおおおお終わったーッ!!現在時刻は4:45。
ヒロノ:22:08からですから、ぶっ通しで6時間ってとこですか…疲れた…
ヒロノ:挨拶が遅れまして…おはこんばんちは(古)ヒロノです。
ヒロノ:今日のゲストはヒロイン、美坂香里嬢です。
香里:最初と最後のギャップがすごいわね…
ヒロノ:ぐあ!いきなり批評から入るんかい!?
香里:最初はラブコメっぽい始まりなのよね(無視)。
ヒロノ:うう…そのとおりや、最初はラブコメにするはずだったんや…
香里:…もはや どこが? ってかんじね。
ヒロノ:おげはぁっ!
香里:これ、前回広めるっていったとろろ系(前作「約束」のあとがき参照)じゃないんじゃない?
ヒロノ:おぐふっ!
ヒロノ:ぐはぁ…書きたかったのは「「「なに〜!?」」」のところまでだったねん…
ヒロノ:それでオトしても良かったんだけど、短すぎるって事で続きを書いたら…
香里:重くなった、と。
ヒロノ:うう…オチのイメージも浮かんでないのに書き始めたのが間違いやった…
香里:行き当たりばったり…こういうところに性格ってでるわよね。
ヒロノ:うっ…うっうっ…
香里:しかも最終校正直前まで意味不明のエピソード付きだったんでしょ?
香里:美坂ファンクラブ(非公認)との戦いとか、美坂父・洋祐(仮名)との剣道勝負とか…
香里:あれがあったらさらに意味不明になってたわよね…
香里:しかも直前に消したもんだからつなぎ目が不自然になってるし…
ヒロノ:(爆死)
香里:…あら?泣きながら気絶してる…
香里:…それじゃ、帰るわ。じゃあね。

ヒロノ:(復活)うう…あの娘は鬼っ子や…
…とりあえず、二作目です。書きたかった香里のSSなんですが…出来はいまいちかも。
こんなもん送ってええんやろか…内心かなりドキドキです。
寝不足でナチュラルハイな頭で書き上げた作品なんで、所々あやしいところが…
かなり修正は入れたんですけどね…
作業中のバックミュージックはセリーヌ・ディオン「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」でした。
…話がシリアスモードになっていったのって、これのせいかも。
ラブラブが書きたかったのに…。


そういえば…

結婚って、成人するまでは両親の許可が必要なんですよね…
祐一がどうやって海外の両親からの許可をとったかは、秘密です。

 
感想・批判等ございましたら、
ICQの #96601511 Hirono へどうぞ。
Outlookが不調なんです。ごめんなさい。 
それではまたお会いしましょう。    

2001.1.25 高石「ボクはここにいてもいいんだろうか?」ヒロノ

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