ピアキャロットへようこそ!!2
〜After story〜

 

出会えてよかった

 

作:御巫吉良(KIRA・MIKANAGI)


いつものごとくPiaのバイトを終えて更衣室を出ると目の前を耕治が走り去ろうとしていた。

「あ、前田くん。今から帰るの?」

「ひ、日野森!」

ギョッとして立ち止まる耕治。
怯えたような態度にあずさは怪訝な表情で耕治を見やる。

(何をそんなに驚いてるのかしら?)

「せっかくだから一緒に帰る?」

「え、えーと……」

あずさの誘いに彼は困惑の表情を浮かべた。

「わ、悪い! 今日はちょっと用事があるんだ!」

「そ、そう?…」

両手を合わせて大袈裟に詫びる耕治に思わず、あずさは気圧されてしまった。

「じゃ、お疲れー」

「あ……お、お疲れさま…」

逃げるように飛び出していく耕治をあすさは呆然と見送った。

(どうしちゃたのかしら……いつもなら向こうから誘ってくれるのに……)

ちょっと膨れっ面で耕治の出て行った勝手口をあずさは見つめた。

(せっかく明日は二人ともフリーなのに……どこにも誘ってくれないの……?)

あの最悪の夏の出会いから1年近くが過ぎていた。
耕治とあずさは大学合格後、再びPiaキャロットへのアルバイトに復帰していた。
今では店内の誰もが認める恋人同士だった。

夏休みの頃同様に、二人揃って寮で暮している為、葵には、

「ラブラブよねー、新婚さんはいいわよねー」

と、からかわれる事が絶えない。

それでも仕事の後に一緒に帰ることは少なかった。
理由は耕治の方にあった。
今だアルバイトながら、耕治の将来を見込んでくれた店長と涼子さんに幹部教育と称した残業を受けているからだ。
それだけにたまに早く帰れる日は必ずと言っていいほど一緒に帰っていたのだが……

「あら? あずさちゃん、お疲れ様」

「あ、涼子さん。お疲れ様です」

あずさの前をマネージャーの涼子が通りかかった。

「あずさちゃん、前田くんと一緒じゃないの?」

「え?」

涼子の不思議そうな問いかけにあずさは答えに詰まった。

「今日は大事な用事があるとか言ってたから……さっき美奈ちゃんと一緒にお店を出たからてっきりあずさちゃんも一緒なのかと思ってたんだけど」

「え? 前田君とミーナが!?」

(大事な用事って……ミーナと関係があるの?)

「あ、あの……あずさちゃん。あたし、余計な事言っちゃったかな?」

涼子は心配そうにあずさの顔を覗き込むように見ていた。

「え? そ、そんな事ないですよ!」

「そう?……何か、深刻そうな顔してたから……」

「だ、大丈夫ですよ。それじゃあ、これで失礼します!」

「え、あ、さようなら……」

慌てた様子で出て行くあずさを涼子は先ほどのあずさのように呆然と見送った。



(どういう事なの……?)

寮までのいつもの帰り道。夜は薄暗く一人では恐怖を感じることもある道だったが、今のあずさはそんな事を感じる余裕はなかった。

(前田君もミーナも私に隠し事なんて……そんな事今まで一度も無かったのに……)

少なくともあずさはそう思っていた。あの二人はいつも自分に本音で接してくれているのだと。
言いようの無い不安を感じながらあずさは足早に寮へと戻った。
耕治の部屋を覗くが、明かりはついていない。まだ帰宅していないようだった。

(二人ともこんな時間に何をしてるの……?)

考えれば考えるほど深みにはまっている事にあずさは気が付いていなかった……


「お姉ちゃん」

「ミーナ?」

妹の声に振り向いたあずさは表情を凍りつかせた。
妹が寄り添うその男の顔が見えたから。

「お姉ちゃん、ゴメンね。美奈もお兄ちゃんの事好きなの。だからお兄ちゃん取っちゃうね」

いつもと変わらぬ無邪気な笑顔で平然と言う妹の発言に耳を疑った。

「ミーナ、何を言ってるの! 前田くんは私の恋人よ!」

「お姉ちゃん、いつまでそんな事言ってるの?……証拠だってあるんだよ、ホラ」

美奈は耕治に絡めた左腕を外すと手の甲をあずさに向けた。
その薬指には銀色に輝く指輪があった。

「これ、お兄ちゃんから美奈への贈り物なんだよ」

「!!」

嬉しそうに宣言すると、美奈は耕治に再び抱きつく。
あまりの衝撃にあずさは言葉が出ない。

「それじゃあ、お姉ちゃん。美奈たちもう行くね。早く結婚式を挙げたいの。よかったら出席してね」

再び無邪気な笑顔で言い放つと二人はあずさに背を向けて歩き出した。

「待って、二人とも! お願いだから待って!」

あずさの声に二人はまったく反応せずに歩み去って行く。

「私を置いて行かないで!!!!」


「はぁ!」

あずさはベッドから跳ね起きた。
一瞬、状況を把握出来なかった。
周りを見渡すと朝日の差し込む見慣れた自分の部屋の風景だった。

「ゆ……夢?」

ぐっしょりと汗まみれになっている事も忘れてあずさはホゥ…とため息をついた。

(どうしてあんな夢見たんだろ……あの二人を疑ってるの?)

あずさは自己嫌悪に陥っていた。恋人を疑うばかりか、自分の妹まで疑ってしまっていることに。

(考え…過ぎよね……)

無理やり結論付けて、あずさはようやく汗まみれの自分に気がついた。

(シャワーでも浴びて、頭を冷やそう……)

あずさはおぼつかない足取りでシャワー室に入った。



シャワーを浴びたら、少しは落ち着いた。
気分転換に散歩でもしようと考えて、外出用の服を着ると隣のドアの音が聞こえた。

(?……前田くんなの?)

物音は確かに隣に住む耕治の部屋からだったが、こんなに静かに開け閉めするのは聞いたことが無い。
不審に思ったあずさはそっと窓から廊下の様子を窺って息を呑んだ。
隣の部屋から出てきたのは……耕治と美奈だった。
二人は物音を立てないようにそっと廊下を出て外出して行った。

(ど……どういう事?)

動揺を必死に抑えながらあずさは考えた。時刻は朝の9時半。
二人とも午前中は非番だが、こんな朝早くからしかも忍び足で出て行くなど……普通では考えられない。

『お兄ちゃん取っちゃうね』

「!!」

夢の内容が再び頭を支配した。
あずさは何も考えずに部屋を飛び出した……



ここは駅前。時刻は10時過ぎ。今日は土曜日とあって割合と人は多い。
そんな中を仲睦まじい様子で歩く耕治と美奈……そして少し離れた場所で物陰に身体を隠しながら付いて行くあずさの姿があった。
あずさは自分のやってることがあまりにも情けない事だと自覚していたが、それでも行動せずにはいられなかった。

(もう、あれこれ考えるのは嫌! 二人には悪いけどハッキリさせたいの……)

楽しそうに笑顔で会話をしながら歩く二人。
あずさの瞳から見ても立派な恋人同士に見えた。


二人はやがて、一軒の店の前に止まると、何か会話をしてから店へと入っていく。
あずさは、そのお店を見てまた呆然としてしまった。
そこは高級貴金属の宝石店だったからだ。
再び夢で見た光景が思い出すあずさ。
しかし、考えを振り払うようにあずさは首を振った。

(駄目よ、早とちりかも知れない。ちゃんと確かめてからでないと……)

そっと物陰からガラス越しに二人の様子を窺う。
幸い店はガラス張りになっていて、店内の様子は離れていてもわかった。
しばらく物色をしていた二人だったが、やがて美奈がショーケースを指差して耕治に何かを言った。
耕治もそれに答えて店員に声をかけた。店員hそれに答えてショーケースから商品を取り出した。
美奈が店員から受け取った商品は……指輪だった。
美奈は指輪を眺めていると、やがて……自分の薬指にはめた。左手の。

照れくさそうに、しかし嬉しそうに微笑む美奈の顔を見て……あずさはその場を走り去った。



あずさはそのまま部屋に戻った。さすがに途中で息切れしてそこからはおぼつかない足取りで歩いて部屋まで戻った。
何も考えられなかった。ただ、指輪をはめて幸せそうに微笑む美奈の顔だけが浮かんでは消えた。

(……いつからあの二人は付き合ってたのかな……)

まるで他人事のようにそう思った。

私に隠れてずっと付き合ってたのだろうか?
いつまでも恋人気取りの自分を内心笑っていたのだろうか?

怒りは湧いてこなかった。涙も出なかった。ただ、それよりも自分の鈍さに腹が立った。

(ひょっとして……私がいつまでも『気が付かなかった』からあの二人は困っていたのかも)

そんな風にも考えた。
ベッドにうずくまったままいつしか日も傾き、夕方になっていたがあずさは何もする気が起こらなかった。

ピンポーン

チャイムが鳴った。
あずさは物憂げに顔を逸らした。

ピンポーン

「お姉ちゃん、いないの?」

美奈の声だった。
どんな顔をして会えばいいのかわからなかったあずさは居留守を決め込むことにした。が、

ガチャ

「あれ? 開いてる…?」

鍵をかけるのを忘れていた。
慌てて寝たふりをして誤魔化そうとする。

「あれ、お姉ちゃん寝ちゃってるの? 起きてよ〜」

肩を揺すって起こそうとする美奈にさすがに寝たふりを続けることが出来なくなったあずさは顔を上げた。

「ミーナ…」

「あ、ゴメンね。寝てるのに起こしちゃって…」

明るい表情で両手を合わせる謝る美奈。その左手には指輪は無かった。

「わ、なんか酷い顔だよ。早く顔を洗ってよ」

美奈はあずさの腕を引っ張って立ち上がらせた。

「み、ミーナ? どうしたの?」

いつにない強引な美奈の行動に悩みも忘れてあずさは驚きの声を上げた。

「今日は特別な日なんだよ、早く顔を洗って公園に行って」

「公園?」

「そ、公園♪」

美奈は飛びっきりの笑顔であずさを見つめた。

「美奈は準備をして待ってるからね。頑張ってきてね、お姉ちゃん!」

「え??」

困惑しながらも美奈の言う通りに顔を洗うと、そのまま美奈に背中を押されて部屋を出た。
ニコニコと笑顔で大きく手を振りながら見送る美奈をあずさは何度も見ながら言われるままに公園へと向かった……



あずさは公園へとたどり着いた。
日はすでに落ちて、あたりは外灯の明かりが照らしていた。
見たところ誰もいない。
キョロキョロと周りを見回しながら公園に入っていくと、

「日野森!」

突然の声に驚いて顔を向けると、木の陰に隠れていた男が近づいて来た。
声だけでわかる。耕治だった。
あずさは顔を逸らした。
まともに耕治の顔を見ていられなかった。

(…もしかして、私を振るためにここに呼び出したの?)

耕治は緊張の極致といった様子だった。
やはりあずさから目を逸らし、訳も無く、両手でグー、パーを繰り返していた。

「あーー! ひ、日野森、こ、これ!」

突然大声を上げてポケットから取り出した何かを突き出した耕治にあずさは反射的に身体を一歩引いた。
それは小さな箱だった。

「……これ、何?」

「あ、あの……だから、その……」

あずさの質問に再びうろたえる耕治。

「あ。開けてくれ!」

「?」

そっと受け取って包みを開けて…あずさは息を呑んだ。

「……指輪」

それは確かにあの店で美奈がはめて見せた指輪だった。

「ひ、日野森、結婚してくれ!」

「え?」

一瞬何を言われたのか判らなかった。

「あ、いや、俺たちまだ学生だし、今すぐってわけじゃなくて、その、婚約って形で、その……っと! 日野森?」

色んな意味でのショックにあずさはよろめいた。それを耕治がとっさに抱え込むようにして支えた。

「お、おい、どうしたんだ、日野森!」

「…どうして?」

「ど、どうしてって……もう俺たち付き合いだしてから一年近くになるし、本当は、こんなに焦らなくてもいいのかもしれないけど、俺、どうしても不安で……」

「不安?」

「俺、まだ自分に自信が持てないんだ。去年の夏、俺はPiaに遊び半分な気持ちで面接に望んだ。そんな中途半端な気持ちを日野森は一発で見抜いて言ってくれた。あれで少しは目が覚めたんだ。自分がどれほどいい加減な奴なんだろかって事が」

抱え込んだあずさの顔を目の前にして耕治は話し続けた。

「それから色々あって……日野森と付き合うようになった。だけど俺はその後も日野森にいい加減な俺を指摘され続けた…まあ、あれは叱咤激励って言うのかな? お陰でいい加減な俺でもここまでやって来れた……だけど、気付いたんだ」

真剣な表情であずさの瞳を見て耕治は言った。

「どうしてこんないい加減な俺を日野森は好きでいてくれるんだろうかって。その事を考えてから怖くなったんだ。日野森はいつか俺に愛想をつかして去ってしまうんじゃないかって。だから俺は……婚約して欲しいと思ったんだ。日野森を繋ぎ止める為じゃなくて、本当に、真剣に、日野森に相応しい男になれるように、ケジメをつける為に」

「今、言ったけど、これは日野森を繋ぎ止めたくて婚約して欲しいんじゃない。俺自身の決意を固める為なんだ。もう後には引けないって自分を追い詰める為に。だから俺に愛想を尽かしたら遠慮無く婚約は解消してくれても構わない。だから……婚約してくれ」

耕治の独白をあずさは聞いて……

「ク……クスクスクス……」

「ひ、日野森?」

あずさは笑いを堪えきれなかった。
耕治はそんなあずさを怪訝な表情で見た。

「…ゴメンなさい。笑ったりして。でも、私も自分がおかしかったの」

「え?」

「…私ね、今日あなたとミーナがほこの指輪を買ってる所を見たの……それでてっきり貴方とミーナは付き合ってると勘違いしてたの」

「ええ!?」

あずさの言葉に耕治は仰天した。

「ご、誤解だよ! 美奈ちゃんには日野森の指輪のサイズを教えてもらう為に付き合ってもらっただけだよ! 指輪のサイズが日野森と同じだって聞いたから…」

慌てて弁解を始める耕治を見て少し悪戯心が芽生えたあずさは顔を耕治から逸らせた。

「ふーん、じゃあ昨日ミーナと一緒にどこへ行ってたの?」

「ええ!? そ、それは……日野森に婚約を申し込むことを美奈ちゃんに先に言ったんだよ。美奈ちゃんにとって、日野森は大事な存在だと思ったから、美奈ちゃんの許しを得てから申し込もうと思って……」

「で、昨日は前田くんの部屋で一夜を過ごしたの?」

耕治の顔面はサーと血の気が引いて青くなってしまった。

「い、いや、確かにそうなんだけど、美奈ちゃんが『お兄ちゃんの部屋に止まりたい』とか言い出したから…今日の買い物もあったし……で、でもやましい事は何もしてないから!!」

「アッハハハハハ」

あまりの耕治の慌てように遂にあずさは堪えきれずに笑い出してしまった。

「馬鹿ねえ…冗談に決まってるじゃない」

「え?……あ、からかったな!」

「キャ! ゴメンなさい!……でも、私も同じだったんだなあって、思ったら安心しちゃった」

「え?」

あずさは顔を戻して耕治の瞳を見る。

「本当は私も不安だったの。Piaみたいに可愛い娘がたくさんいる中でどうして私を選んでくれたんだろうかって。本当に私を好きでいてくれるんだろうかって。だから…恥ずかしいけど、ミーナにまで嫉妬しちゃったの」

「日野森…」

「私みたいに怒ってばっかりの娘より、ミーナみたいに甘えてくれる娘の方がいいんじゃないかって……でも、お互い早とちりだったみたいね」

「そ、そうだね……」

あずさは左手に持った指輪の箱を目の前に出した。

「指輪……はめてくれる? 貴方の手で」

「うん……」

耕治はそっと抱いていたあずさを放して、再び指輪の箱を受け取った。
そして指輪を取って、あずさの左手を手に取った。

「中指にしておく?」

「婚約なんでしょう? 薬指でお願い」

「うん……」

そっと指輪をあずさの薬指にはめる。

「綺麗……」

左手をかざしてあずさは指輪を見た。シンプルな銀色の指輪だった。
装飾はほとんどない飾り気の無い指輪だった。

「今は……それ位しか買えなかったけど、次はもっと良い物を贈るから…」

「ううん、私はこれが良いの……この指輪が私たちのお互いの本音を聞くきっかけになったんだから……」

耕治はいとおしげにあずさを見た。その視線にあずさも気付いた。
耕治はそっとあずさの両肩に手を添えた。
あずさはそっと瞳を閉じて顔を少し上げた。
耕治の顔が近づいて来る。

「貴方に会えて……本当に良かった」


おわり



あとがき

はじめまして、もしくは、こんにちわ。御巫吉良(みかなぎ・きら)です。
今回はいつもお世話になりっ放しのじろ〜さんへせめてものお礼にとこのSSを投稿させて頂きました。
うーん、途中でオチが読めた人は多いかな?
蛇足ですが、美奈ちゃんの言ってた「準備」とは『婚約おめでとうパーティー』です。
たぶん今ごろPiaの面々がパーティーの準備をしてオモチャ二人の帰りを待っているのでしょう(笑)
最後のセリフがどちらのモノかはご想像にお任せします。
もしよろしければ私のHPの掲示板または感想用フォーム等で感想頂ければ嬉しいです。
それではじろ〜さん、今後共よろしくお願いしま〜す♪

99/10/3作成  御巫吉良


こめんと

ちょ〜嬉しいっす♪

私のリクエストに応えてくれましてありがとうございます。

あずさが本命のはずなのに最近はかおりんやるみるみばかりかまっているじろ〜に取って

目覚めの一本なSSでした。

これのおかげで投稿をちょっとだけ押さえて、Piaキャロの他のSSも頑張って書き始めました。

本当にありがとうございます。


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