「今日は・・・と」
大学の講義もさっさと終わったので俺は街に繰り出していた。
すでに原稿も上がっていたからだ。
七月の中旬。最後の難関期末試験を乗り越えれば晴れて夏休みだ。
試験は瑞希特製ノートがあるため、難なく切り抜けられそうだ。
しかも持ち込み可の科目が多い。
はっきり言ってほとんど試験勉強をする必要が無いということだ。
つまり俺は久しぶりにフリーな時間を手にしたのだ。
「は〜、良い天気だ〜」
普段気にする事の無い天気まで気にしてしまう。
「ふ〜、生きているって素晴らしいなあ」
何と言っても原稿が仕上がっている、この事が大きい。
街でちょっとしたショッピングを楽しむことにした。
そこで俺は見慣れた奴を見かけた。
天上天下唯我独尊。
傍若無人、世間知らず。
ちょっと太い眉毛が特徴の大庭詠美だ。
取りあえず挨拶をしておくのも悪くないと思った。
「よっ、詠美」
「あ、・・・・・」
一瞬明るい表情になるが、すぐに暗く戻る。
「どーした?」
「な、なんでもないわよ!!」
どうやら何かあったらしい。
こいつは単純だからすぐにわかる。
「よしよし、お兄さんが聞いてあげようね☆」
「ちょっと、どこに連れていくのよ!!」
「はいはい、良い娘だから」
そのまま詠美を近くのサテンに引きずっていく。
「どーゆーつもりよ」
やはり表情が冴えない。
「何があったんだい?詠美ちゃん」
「な、なんでも無いわよ」
「学校の事か」
ピクッ。
水の入ったグラスを持っている詠美の手が止まった。
「図星か・・・」
「か、関係ないでしょ!!」
「もしかして、試験か」
またもや動きが止まる。
わかりやすいな〜〜。
「正直に言ってみな。力になるから」
「うう〜〜」
「拗ねてもダメ」
「今度の試験でね・・・」
「ふむふむ」
「赤点とったら、8月7日から14日までみっちり補習なの・・・・・」
目がぷよぷよになっていた。
「ほー、そいつは・・・って!!夏コミじゃないか!!」
「そーなのよ!!」
つまり補習になった場合、こいつは夏コミに参加できないと。
「ったく、しょーがない奴だ」
しかも今回はユニットを組んだから、詠美一人の責任じゃない。
「は〜〜、わかったわかった」
俺のスケジュールが比較的楽なのが幸いした。
「え?」
「俺が勉強をマンツーマンでしっかりと見てやる」
「ええ!?」
「赤点とっても良いのか?」
「それは、困るけど・・・・・」
「よし、決定!今日から来い」
「ええ!!」
「さっさと来いよ」
一人固まっている詠美を置いて、俺は伝票を持って席を立った。
「お、お邪魔します・・・」
言われた通りにちゃんと来た。
意外と素直な奴だとちょっと感心。
「勉強道具一式はきちんと持ってきたか?」
「・・・うん」
「良し、じゃあ始めるぞ」
それようにコタツのテーブルを出して向かいに詠美を座らせる。
「うん・・・」
こーして俺と詠美の赤点対策が始まった。
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「そこは、このXの数値をYに代入して・・・」
「え、えっ?」
「違う、それは・・・・・」
「うみゅ〜〜〜」
「泣き言言ってないでさっさとやる!!」
「だって〜」
「ええい、やれ!!」
こんなドタバタが連日続いた。
何せ頭の中身に漫画しか詰まっていない詠美。
基礎の基礎から教える必要があった。
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「吉田松陰はどの事件で処刑された?」
「え、えっと・・・大化の改新?」
「違う!!安政の大獄だ!!」
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「この文で、inとtoの違いは?」
「え、えっと・・・・・うみゅ〜〜」
「inの場合だと、成功するって意味になって、toだと受け継ぐって意味になるの!!」
「う、うん」
「しっかり覚えておけ!!」
「は〜い」
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「く〜〜」
「寝るな!!」
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「お腹空いた〜」
「この問題が終わってから!!」
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こうして悪夢のような試験期間が終了した。
「で、どうだった?」
「ギリギリ・・・セーフだった」
「よっしゃーー!!」
俺は全身で喜びを表した。
これで詠美は無事夏コミに出られる事となった。
「せ、世話になったわね!!」
「そう言う場合は“ありがとうございました”だ!!」
「うう・・・」
「ほれ、言ってみなさい。詠美ちゃん」
「・・・・・・・・ありがとぅ」
まあ詠美がきちんとお礼を言ったから良しとした。
これで俺達二人に障害は無くなった。
「なんか食べていくか」
「うん・・・」
今はこの喜びを分かち合いたかった。
そんな時、向こうから良く知っている奴がやって来た。
「あ、和樹」
「よう、瑞希」
「あんた、知ってるの?」
「何が?」
「あんた、英語T、追試になっていたよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・え?」
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8月12日にだった・・・・・・・・・・
この後、千堂和樹がどうなったのか、知る者はいない。
めでたしめでたし