ジオンによる奇襲作戦の傷跡は酷いものだった。
ジャブローにある格納庫のおよそ半数が灰塵に帰してしまった。
先日までの休日と打って変わり、俺達は忙しい毎日を送っている。
これからの事を気に掛けながら………
<火星衛星フォボス宙域>
太陽系第三惑星火星。
地球から更に離れた場所にあるこの惑星の宙域では、スペースコロニーの数もまばらであるため、ほかと比べても静寂の度合いが激しい。
こんな所に一人取り残されたら気がおかしくなっても不思議は無いほどに静かである。
だが、その静謐を打ち破る者たちがいた。
一筋のビームが闇を切り裂く。
続けて二機のMSが姿を現した。
このMS達だけだ。他には誰もいない。
凄まじいスピードで戦闘が繰り広げられている。
よく見れば二機とも同じMSであった。
リック・ドム2のようだ。
同じと言っても、カラーリングが違っており、一方は青、もう一方は赤いカラーリングが使用されている。
青いリック・ドム2は襲い掛かって来るバズーカの弾丸を横ばいに移動しながら避ける。
弾丸が切れるのを悟ると、一気に差を詰める。
だがそれはフェイクだった。リック・ドム2(赤)はすかさず胸部から拡散ビーム砲を放った。
リック・ドム2(青)は慌てて急停止すると、バーニアを吹かして上方向に回避しようとした。
だが、いかんせん差が縮まりすぎていたために、広範囲に拡散するビーム砲を避けきる事は出来なかった。
ビームの一部を脚部に受け、飛散する。
するとリック・ドム2(青)のコックピット内を、警告アラームがけたたましく鳴り響いた。
「あーっ、ちくしょうっ!! 負けたーっ!!」
MSのカラーリングと同じ青のノーマルスーツを着た男が、乱暴にヘルメットを脱ぐ。
どうやら演習だったようだ。
勝ったリック・ドム2(赤)が近づいてくる。どこかその動きが誇らしげに思えた。
「ふふふ……これで私の15勝13敗ね………さあ、何をお願いしようかしら?」
ふふん、と鼻を鳴らし、仏頂面の男に話しかける。
パイロットは、少しウェーブのかかったロングヘアーを持つ、美しい女性だった。
少し気の強い所があるようだ。
「言われなくても分かってるよ………まったく」
「なーに? ずいぶん不機嫌じゃない………あ、もしかして悔しいの?」
「ばっ! 馬鹿言ってんじゃない! なんで俺がおまえなんかに………」
「はいはい、そういう事にしときましょうね」
そう言うと、踵を返して戻ろうとする。
それを見た男は、慌てて女性を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待て、香里! 俺を置いてく気かっ!?」
「バランサーは壊れて無いんでしょ? じゃあ、それぐらい自分で戻ってきなさいよ」
「それはそうだが………だけど、冷たいじゃないか。俺達の仲だろう?」
「それとこれとは話は別物よ、潤? 私疲れてるから、そんな気にはなれないのよね………」
香里と呼ばれる女性と、潤と呼ばれる男が言い争い(?)をしていると、不意に通信が入った。
その音を聞いて、焦りの表情を浮かべる二人。
通信はオート受信になっていたため、勝手に繋がってしまった。
開いたと同時に怒声が聞こえてくる。
“北川中尉、美坂中尉! また無断で演習を行ったな!! 許可した覚えはないぞ!!?」
二人の上司らしき人物が、顔を真っ赤にし、怒りに震えていた。
その顔を見た二人は、顔を見合わせ、はーっとため息をつく。
これからどういう言い訳をしようかと、考えていたのだった。
地球の時間で言えば、深夜に近い頃。
基地に戻った二人だったが、予想通り上官のお小言が待っていた。
説教をする上官に対し、慣れた感じで聞いている。
どうやら常習犯のようだ。
上官の方もその様子を見てほとほと疲れてしまったのか、適当に注意して切り上げてしまった。
「ふう………やれやれだな………」
「私なんか肩凝っちゃったわよ………」
コキコキとすっかり凝ってしまった肩を回してほぐす。
「大体、あんな型にはまった演習で良いパイロットが育つかってんだよ………」
不機嫌そうに愚痴を零す北川。
香里は口にこそ出さなかったが、同じ心境であった。
彼ら、火星に駐屯している兵士および士官たちは、厳しい戒律によってまとめられている。それは連邦軍の戒律に比べても、かなり偏ったものだった。北川と香里はそんなジオンの体制にかなり辟易しており、少なからず反発を示してしまうのだった。
そうなると普通はほされてしまうと思われるのだが、彼らはそこいらのパイロットとは一線を画すほどの腕前を持っているのだ。
いわゆる、エースパイロットである。
確実に戦果を上げてきているために、上官たちも無下には出来ないのであった。
「考え方が古いんだよな。時代はどんどん変わってるってのに………」
「まあまあ………良いじゃない、お咎め無しなんだから」
香里が未だに愚痴っている北川を宥める。
手馴れたものだった。
「それよりも………ほら、最近連邦を裏切ってこっちに来た人………えと、何だっけ?」
「………久瀬、って奴の事か?」
「そう、それそれ。その人がジャブローを叩いたんですって」
「マジ!?」
「ええ。詳しい事は分からないけど、なんでも奇襲攻撃で九つの拠点を潰したらしいわ」
身振り手振りを交えながら熱演する。
北川は興味深げにその話を聞いていた。
「なんかそこら中で盛り上がって“救世主”とかって呼ばれてるし、こっちが引いちゃうわよ………近日中にビッグイベントがある、とかって言ってたけど」
「ふーん………」
「まあ、私達には余り関係ないか………政治の事は上に任せる事だしね」
「ま、そうだな」
根っからの職業軍人のような会話をする二人だが、何か起こりそうな雰囲気を肌で感じ取っていた。
「そんな事より………ほら、早く部屋に戻りましょうよ。………その後は、ね?」
「………少しは加減してくれよ?」
香里は余程嬉しいのか、北川の手を引っ張りながら自分達の部屋へと向かう。
手を無理やり引っ張られているために、少しつんのめりながら歩いていった。
薄暗く、誰もいない廊下を歩いていると、右手のドアが少し開いていること気付く。
その中からは電灯の光が漏れていた。
「………あれ?」
「どうした?」
香里は怪訝そうな顔をし、そのドアの前で立ち止まった。プレートには『特別資料室』と書かれてある。
「変ね………普段は誰も入れないようにロックしてあるはずなのに………」
少々気にかかったのか、空いているドアの隙間に顔を突っ込み、中を覗き込む。
北川も同様に覗き込んでいた。
部屋の中には一生懸命、ディスプレイに向かい、何かを打ちこんでいる人物の背中が見えた。
背格好から見ると、かなり若い男性のようだ。頭の金髪がかなり特徴的である。
「………あの後姿は………」
「誰だ………?」
香里の見覚えのある人物だった。香里は恐る恐る声をかける。
「あの………エル・アーバイン大尉でしょうか?」
「!? 誰だ!!」
体を硬直させて、はじかれた様に振り向く。
その顔は焦りと驚愕に彩られていた。
そのエルの慌てぶりに、香里達の方も驚いてしまった。
「あ、驚かせるつもりでは………私、美坂香里中尉です。そしてこっちが………」
「同じく北川潤中尉です」
「あ、ああ………僕はエル・アーバイン大尉………よろしく」
ぎこちない握手を交わしながら、お互いの顔を見る。
「こんな所であの『金狼』にお会いできるなんて………光栄ですわ」
「………なんか恥ずかしいな、その呼ばれ方………第一、もう僕は実戦から遠ざかってるしね」
「そんな事ありませんよ、色々な人材を育て上げる手腕は素晴らしいじゃないですか」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
照れくさそうに頭を掻く。
見た目では判断できないが、エルは一年戦争時にその容姿と、活躍によって部下達から『金狼』と呼ばれ、憧れの対象となっていたのだ。
更にその若さ故に、敗戦後もジオンの立て直しを図るための重要なパイロットとして期待されていたが、軽度の神経障害のために実戦を引退せざるを得なくなってしまったのである。
それ以来、後方支援に回り、パイロット時代の経験を元に有望な人材を育て上げることによって、ジオン軍再建に貢献していたのであった。
「ところで、さっきから何をやっていたんですか?」
「え、ああ………ちょっとね………」
北川の問いに、言葉を詰まらせてしまう。
なぜか焦っているエルに対して、?マークが浮かんでいる二人であった。
「………大した事じゃないんだけどね、調べ物をしてたんだ」
「はあ………そうなんですか」
いまいち分からない香里であったが、そんなに気にする事でもなかったので、あいまいな返事で返していた。
北川もそんなに興味はなさそうだった。
そんな二人の様子を見ていたエルは、安心したようにため息をつくと、そのまま今日は終りとばかりに部屋の電気を消して自分の部屋に戻っていった。
「エル大尉って、なんかイメージと違ったなあ………もうちょっとクールな感じを予想してたんだが」
「随分と少年っぽい感じだったわね」
イメージとかなりかけ離れていたために、しばし呆けていた二人であった。
◇
<ジャブロー・兵舎>
襲撃から五日が経った。
第6小隊の面々は、ようやく馴染みの兵舎に戻り、戦闘の疲れをとっていた。
一部の人間を除いて………
「し、死ぬ………」
「ゆ、祐一、しっかりしてよ。もうすぐ部屋だから、ゆっくり休もう、ね?」
MSデッキから死にそうな顔で出てきた男がいる。
祐一だ。名雪も一緒に付き添っている。
今までずっと、カノンに乗り続けていたらしい。
心配そうな名雪をよそに、おぼつかない足取りで自分の部屋に戻ろうとしていた。
「ぐ………うぷっ!」
突然、口元を押さえ、急いでトイレに駆け込む。
どうやら相当重症のようだ。
小一時間経って、ようやくトイレから這い出してくる。
出すものを出して少しはすっきりした顔になったが、まだ顔色が悪いままだった。
「大丈夫………?」
名雪が恐る恐る声をかける。
はたから見ると、ゾンビみたいな様相の祐一に、少々恐がっているようだった。
「………名雪、本当に大丈夫そうに見えるか………?」
「全然(キッパリ)」
「………」
いっそう、ぐったりした表情になる。
「わ、大丈夫? 傷は深いよっ!」
「名雪………ボケても突っ込めないぞ………?」
などと、阿呆なやり取りをしながら部屋に戻っていった。
その間、祐一は更に病状が悪化していた。
名雪に悪気はないのだろうが………
部屋に戻った祐一は、ベッドに倒れこむとそのまま動かなくなった。
名雪も一緒に部屋に入ってくる。
「ねえ、どうだった?」
「………うん? ああ………なんとか、乗りこなせる様になったよ。『サップス』も完成したし、そのうち名雪達もテストするんじゃないか………?」
一瞬で嫌な顔になる名雪であったが、この状態の祐一を見せられては気乗りしないのも無理はないだろう。
「わ、私は、今の機体で充分だよ、それにカノンは祐一かにしか乗りこなせないと思うよ?」
「大丈夫だ。『サップス』があるからお前でも乗れるはずだぞ」
「でもっ、でもっ!!」
必死で乗るのを拒否しようと、言い訳を続ける。
普段の祐一ならば名雪の言い訳など、一発で見分けられるのだが、憔悴しきっている今の状態ではそんな事を気に掛ける余裕もなかった。
「………それより、他の皆はどうしたんだ? 最近、姿が見えないんだけど………」
ふと、重要な事を思い出す。疲れてて忘れていたようだ。
「あ、えーとね………栞ちゃんは人手が足りなくてMSデッキでお手伝い。グラン大佐も会議に出てる。あと、倉田先輩は気分が悪いみたいで、部屋で寝てるよ」
「どっか具合でも悪いのか?」
「そうでも無いみたいだけど………後でお見舞いに行ってあげてね」
「ああ、分かってるよ………そう言えば、舞の姿も見えないな」
「私も最近、見てな………あ、そうだ、思い出したよ」
何か思い出したのか、ぽんと手を叩く。
「ずっと篭りっぱなしなんだよ。まるで修行をするような感じで」
「何処に?」
「射撃場」
◇
<ジャブロー地区・ジオン駐屯地>
「うそ………」
真琴は耳を疑った。一緒にいたハラルトも同様にだ。
無事アジトに戻った二人は、美汐の帰りを待ちながら息を潜めていた。
そこにジオン士官達が、この場を訪れのである。
「美汐達が捕まったって………うそでしょ?」
「事実だ。諜報部からの確かなる情報だからな」
「………」
士官の言葉に押し黙ってしまう真琴。
「………あの、それじゃ俺達は一体どうすれば良いでしょうか?」
「ハラルト! 決まってるでしょっ! 助けに行くのよ!!」
「そうですね、お供しますよ」
意気ようように立ち上がる二人だったが、目の前にいた士官に止められてしまった。
「駄目だ。君達にはこれから重大なプロジェクトに加わるために宇宙へ飛んでもらう。故に余計な事をしている余裕など無い」
ハラルトは士官の冷酷な態度の唖然としてしまった。
怒りを押さえながら不意に横を向くと、今にも爆発しそうな真琴が肩を震わせていた。
「………余計な事、って何よ………」
(や、やばい!)
ハラルトは一気に冷静になった。
真琴がここで殴りかかったりしてしまうと、注意どころでは済まされなくなる。下手をすれば軍法会議にまで発展してしまうからだ。
なんとか押さえようとする。
「ま、真琴さん、押さえてください(ヒソヒソ)」
「………分かってるわよ」
真琴もその事はしっかり頭にあるようだった。
キッと士官の方を睨むと、トゲのある言い方で、
「どうしても救助には向かってくれないんですか!」
「拒否する。先程も言ったように我々には時間が無いのだ。明後日にはシャトルに乗り込んでもらう。言っておくが、これは命令だ。従わない場合は二人とも拘束する事になっているので注意してくれたまえ」
「「なっ!!」」
余りの横暴な辞令に、二人は思わず固まってしまった。
士官は何事も無かったかのように話を進める。
二人にはもう何も聞こえなかった。
話が終わると、さっさと出ていく士官を燃えるような目で睨みつけながら見送っていた。
二人とも一言もしゃべらない。静寂が辺りを包んでいた。
「………」
「………」
「………ねえ、ハラルト………」
「………なんですか?」
ギュッとハラルトの裾を掴む。
下を向いているので表情は分からないが、声がくぐもっていた。
ハラルトは真琴が弱気になっているところなど、見た事は無かったのでどうしたら良いのか判らなくなってしまった。
「………どうしよう………このままじゃ美汐たちと会えなくなっちゃうよぉ………ねえ、ハラルト………真琴、どうしたら良いの………?」
真琴は顔を上げてハインツに縋り付く。その瞳には涙が浮かんでいた。
真琴がはじめて人前で見せる涙だった。
ハインツはなんて声をかけたら良いのか、全くわからなかった。
………悲しみを和らげてあげる事も出来ないのか………
そんな思いが、ハラルトの頭の中を掻き回す。
悔しくて、悲しくて、どうしようもない気持ちでいっぱいだった。
そして無常にも時は刻々と流れていく………
「あと、二日………」
ハラルトはかすれた声でその言葉を口にした。
二人にとってはあまりにも絶望的な数字であった。
◇
<ジャブロー基地・通路>
兵舎から少し離れたところにある本部基地。
ここには様々な訓練施設がある。
祐一は舞の様子を見に行くために、射撃場へと足を運んでいた。
「しかし………ここの廊下って無意味に広いよな………」
少し足早に進みながら呟く。
確かに広い。トラック一台が軽々と通ってしまうほどの広さがあった。
このデザインを考えたのは連邦の上官なのだそうだ。
無意味な事に使うぐらいなら、もっと別な事に使え、と思ってしまう祐一であった。
「………ん?」
不意に視線を前のほうに戻すと、前方から囚人服を来た女性と、両脇を固めている黒服の男達が歩いてきた。
よく見ると女性の手には三重になっている手錠がはめられていた。
近づいてくる女性の顔を見る。見覚えのある顔だった。
(ケンプファーのパイロット………)
拘束されている女性、美汐も視線に気付き、顔を上げた。
しばし二人の視線が交錯する。
「………」
「………」
つい………
先に視線を逸らしたのは美汐の方だった。
そのまま祐一の横を通りすぎる。
が、すぐに立ち止まった。
男達も訝しげにしている。
ややあって、美汐が重い口を開いた。
「………なぜあの時殺さなかったのですか………」
「………」
「………答えられないの?」
「気が向かなかったから」
「………」
「………」
「………そう………」
それっきり何もしゃべらなかった。
業を煮やした男達は無理やり美汐を引っ張っていく。
祐一はその後姿を、見えなくなるまで見つめていた。
しばらく歩いた祐一は、射撃場のブースに辿り着いた。
本来ならこのような射撃場ではなく、シミュレーションルームで事足りてしまうのだが、先の襲撃事件のせいでコンピューターが使えなくなってしまったのだ。
コンコン。
「舞! 開けるぞーっ!」
しなくても良いノックを律儀にする祐一。
意外と几帳面なのかも知れない。
ドアがスライドして開く。
そこで祐一が見たものは………。
「な、なんじゃこりゃーー!!」
<MSデータ>
・その11 MS−09R2 リック・ドム2 主なパイロット・香里、北川
頭頂高・18,6m/本体重量・45,6t/武装・ヒートサーベル×1、拡散ビーム砲×1、ジャイアント・バズ×1、シュツルムファウスト×2
宇宙用MS、リック・ドムの後期生産型。
主な変更点はコックピットシステムなどのコントロール系、その他は基本的に前期型と同一の機体だが、肩部などに数箇所姿勢制御用のスラスターが追加されている。
香里機は赤、北川機は青のカラーリングを使用している。
どもども、カスタムです。
いかがだったでしょうか、今回は色々な人物が色々な事をしてくれたおかげで、かなり構成が大変でした。
どっかで矛盾が出なきゃ良いけど………
にわかに動き出してます。
あっちでもこっちでも。
それでは次回もお楽しみに〜。