機動戦士ガンダム外伝−レジェンド・オブ・カノン−
どんなに心待ちにしていた事でしょう。
私は初めての宇宙空間の中で恐怖と戦いながら堪えていました。
訓練もしましたが怖い事ばかりです………
でも、これからは大丈夫です。あなたとだったら………
ね、祐一さん?
美坂栞の日記より
第19話「記憶」
<マゼラン級戦艦・ローザンヌ>
パッヘルベルを追撃するこのローザンヌは、各拠点からの情報が交錯する中、右往左往しながら航海を続けていた。パッヘルベル自体、新型な為にその存在が知られていないと言うのが、大きな要因となっている。
だが、サクセサーズの情報網も馬鹿にできないものがあり、ゆっくりと、だが確実にその存在を突き止め始めていた。
「………でね、その世話係の男が、アカネにちょっかい出そうとしてたところをルミの一撃で敢え無くダウンしちゃったのよ〜」
「ね、姉さん! そんな事までばらさなくても良いでしょ!!」
「………」
ここはあゆの部屋………のはずなのだが、中から騒がしい声が聞こえてくる。
それもその筈、あゆの他に三人も人がいるのだ。先日、配属されたばかりの三人娘があゆの部屋でくつろいでいた。その雰囲気はまるでアットホームな様相をていしている。戦艦の中とは到底思えない光景であった。
「あ、あの………」
「いいじゃない、アカネを護ろうとしたんだよね? ちょっとした武勇伝みたいで格好良いよ」
「お願いだから武勇伝って言わないで………乙女の沽券に関わるわ………」
「………乙女? ………姉さんが……?」
「何が言いたいのかなあ、アカネちゃ〜ん?」
「いえ、何でも………」
部屋の主であるあゆは、あまりの展開に、大いに口を開けながら呆然としていた。
それでもなんとか我を取り戻し、彼女達に話しかけようとするが、なかなか話すタイミングが取れないでいる。会話に途切れが無いので苦労しているのだ。
「そいえば、あゆちゃんってドクター・サロの研究所に居たんだよね?」
「う、うん………そうだけど?」
「実は私達もサロの研究所で育てられたんだよ」
「えっ! 本当!?」
あまりの事に思わず身を乗り出してしまう。語ったミズカ本人も、あゆの気迫のこもった表情に少し腰が引けている。二人はそのままキスができるようなぐらい顔を近づけていた。
「え、ええ。私達が引き取られたのはあゆちゃんが出ていった後だから知らないのもしょうがないよ。そういう私も、会った事無かったからね」
「そうなんだ………」
ミズカの言葉を聞き、明らかな落胆の色を見せる。
(7年前の出来事を知っていると思ったのに………)
心の中でそう呟いていた。
あゆが引き取られたのが7年前。今現在、あゆは17歳だから10歳の時に引き取られた事になる。その頃からニュータイプとしての資質が見られた為に、ドクター・サロによって半ば無理やりにその能力を開花させられる事になってしまったのである。
その時に使用した機械や薬物の影響からか、7年前の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているのである。
だが完全に抜け落ちているわけではなかった。
ほんの僅かな記憶のかけらを頼りに、あゆは記憶を取り戻そうとしているのだ。その事に目をつけたサロは、記憶を取り戻す事を約束する代わりに、今度は戦場へと駆り立てたのである。
営利目的のために。
記憶を取り戻す手立てが他に無いあゆにとって、選択の余地は無かった。ただ流されるままにその身を戦場に投じていったのである。
そしてあゆは皮肉な事に、戦闘を通して自分が持つニュータイプとしての能力を更に引上げる結果となってしまったのである。そして現在、あゆは特殊部隊『エンジェル隊』を任されているのだ。
「じゃあ、初めて会った時の不思議な感触は………」
彼女達と出会ったとき、確かに奇妙な感覚を憶えていた。
だとしたら同じ感性を持っていたから?
あゆはそう考えていた。
あゆは詳しい事は判らないが、自分が他の人間とは少し違う感性を持っている事に気がついていた。また、研究所の中には自分と同じような物を持っている人がほとんどだったのだ。
互いに引かれ合う人達もいた。事実、あゆも本当に解り合える友人がいたのだ。
(でも………)
だがそれも、研究所を離れるまでの話である。
外の世界に出たあゆは、人々の好奇の目にさらされる事になる。軍属に属するには若すぎる。尚且つ、少女であった事も起因しているのだろう。とにかく、あゆに対する人々の注目は並の物ではなかった。
そして更に注目を集める事となる。
初めての戦闘では、いきなり戦艦一隻を沈めたのだ。戦争のせの字も知らなかった若干14歳の少女が、だ。
人々は無意識に恐怖を感じてしまったのだろう。あゆへの風当たりは一気に強まっていったのである。好奇の目は、羨望・恐怖・嫉妬・侮蔑・憎悪、様々な物へと変貌していった。だが、その事にいち早く気が付いたのは、他でもないあゆ自身であった。
人間の汚さを見せ付けられたあゆは、徐々に心を閉ざしていく。そしてサロが気付いた時には、既に誰にも口を開こうとはしなかったのである。
(うぐぅ………エルさん………)
あゆにとって大事な人の名を呟く。口に出すと頭の中でその人物の笑顔が思い浮かんでいた。
エル・アーバイン。
あゆが唯一心を開いた人物であった。
一年戦争時の彼は戦闘で負傷した怪我が原因で、引退を余儀なくされていた。彼は類稀なるセンスを見せ付け、ジオンのパイロットの中でもエースとして称えられていたのである。
その後、現役を引退したエルは、冷静沈着な判断と明晰な頭脳を買われ、部隊のブレインとして活躍していたのである。
その彼に目をつけたのが、サロだ。
この頃のあゆは、塞ぎこんでしまって言う事をきかなくなってしまったのだ。戦闘訓練もボイコットする事がしばしばあり、サロも頭を悩ましていた。薬を使って言う事を聞かそうとも考えていたが、それでは脳内に悪影響を及ぼし、逆に悪化してしまうかもしれないからだ。
そんな時にエルの情報がサロの耳に届いたのである。
エルは持ち前の明るさと、人当たりのよさが定評で、部下からも絶大なる支持を得ていた。サロは、エルこそあゆの養育係にぴったりだ、と踏んだのである。
サロは早速エルとの面会を果たし、なるべくあゆに同情するような言い回しで言葉巧みにエルを説き伏せたのである。そして、エルは半ば騙された形であゆの養育係を買って出たのだった。
『こんにちは、月宮あゆちゃん』
『………』
『はじめまして。僕はエル。エル・アーバイン。ここにきて間も無いんだけど、よく解らないんだよね………よかったら、この辺を案内してくれないかな?』
『………』
『………ダメかな?』
『………』
『………』
エルと初めて会ったときも、あゆは口を閉ざしたままだった。それ程、あゆの繊細な心は傷ついていたのである。
だが、エルはめげる事無く、あゆと絶えず接してきた。誠心誠意、心をこめて。
何故エルがそこまでするのかは判らない。恐らくあゆに対し、感じ取るものがあったのだろう。それとも別の理由があるのか………それは誰にも判らなかった。
長い年月が過ぎ、あゆも徐々に心の殻を剥ぎ、エルと親しく接するようになっていった。
『あ、あゆちゃん、おかえり。きょうもご苦労様。疲れただろう?』
『………』
『そうそう、おやつにと思ってタイヤキを買ってきたんだ。一緒に……どうかな?』
『………』
『だめかな………?』
『………食べる』
『え?』
『タイヤキ、食べる』
『……ははっ、よしっ! ちょっと待っててね!』
『………ありがとう』
やがて、あゆとエルとの距離は急速に縮まり、お互いを深く理解するまでになっていった。
そして、頑ななあゆの心を開いてくれたエルに、仄かな想いが生まれ始めていたのである。
(あの頃が一番幸せだったのかもしれないね………)
微かに自嘲の笑みを零す。進んでしまった時間は元に戻す事は出来ない。どんなに楽しい事でも、どんなに悲しい事でも。あゆはその事を理解できるほど大人ではなかった。
そして、事件が起こる。
エルと楽しく話した、最後の刻………
そしてエルの死に顔………
「………あゆちゃん?」
「!?」
いきなり声を掛けられる。今までもやが掛かっていた画面が、急速に鮮明になっていくような錯覚を覚えた。
「どうしちゃったの? いきなり黙りこんだりして………」
「え…あ………」
「もしかして具合が悪いんじゃないの!?」
「……そういえば少し顔色が悪いです………」
突然黙り込んでしまったあゆを不審に思ったのだろう。三人揃ってあゆの顔を覗き込んでいた。皆、心配そうに見つめている。
「少し疲れてるんじゃないの? あ、今日はもう休んだ方が良いよ」
「だ、大丈夫。全然そんな事無いよ………」
「だ〜め! これから大変になるんだから、今の内の休んでおかないと」
「でも………う……」
「………」
尚も反論しようとしたあゆだったが、ミズカに凄い目で見られ言葉に詰まってしまう。それほど真剣な目をしていた。
「………そんなに思い詰めてもエル大尉は戻ってこないよ、あゆちゃん」
「!!?」
ミズカの口から漏れた言葉に愕然とする。思わず顔を上げ、ミズカの顔を凝視した。
「………どうして、その事を………」
「………」
ミズカは質問に答えず、ただ首を振る。その表情は悲痛な面持ち、そのものだった。
「隠しても判る………あゆちゃん、とても辛そうだよ」
「な………」
うめき声をあげる。心を見透かされてしまったのだろうか?
「目を見れば判るよ。今の貴女は悲しい目をしている………気持ちは判るけど、このままずっと悲しみを背負ったまま生きていくつもり?」
「………」
「………そんなの悲しすぎるよ。気持ちは判るよ………痛いほど良く判る………」
「あなたに………あなたに何が判るって言うのさ!!?」
あゆは立ち上がり、自分でも驚くほどの大声を張り上げる。その声は悲鳴に近かった。
だが、ミズカは興奮したあゆに驚きもせず、淡々と言葉を紡いでいく。
「………私達もあゆちゃんと同じような目に遭ったからね………いやでも判るようになるんだよ………」
「え………?」
ミズカの思わぬ言葉に、あゆの怒りがすっと無くなっていく。逆にミズカ、そしてルミとアカネは沈んだ顔になる。今にも泣き出してしまいそうなほど暗い表情だった。
あゆはいやな思い出を思い出させてしまった罪悪感に囚われる。だが、ミズカは顔を上げ、尚もあゆに言い募った。
「でもね、いつまでも過去に縋っては生きていけないんだよ? 嫌な事があっても、辛い事があっても前に進んでいかなきゃ!」
「………」
「エル大尉の事は大変だと思うけど、乗り越えていかなきゃ………あゆちゃんが潰されちゃうよ」
「………るさい」
「? あゆちゃん………?」
「うるさいっ!」
あゆの肩に手を掛けようとしたミズカの手を振り払う。
「あゆちゃん………」
「なんだよさっきから………知った風な事ばっかり言って!!」
悲しげな表情のミズカを、鋭い眼光で睨みつけながら叫ぶ。その目には大粒の涙がたまっていた。
「ボクのこと何も知らないくせに………ボクの気持ちなんかちっとも判ってないくせにっ!! 偉そうな事言わないでよぉ!!」
居た堪れなくなったあゆは、そのまま部屋を出ていこうとする。
「待って! あゆちゃん!!」
「来ないで!!」
出ていこうとするあゆを止めようとしたが、何もかも拒絶しているあゆには届かなかった。
「来ないでよぉ………」
先程まで激しい怒りを露にしていたあゆが、一転して弱々しい口調になっていく。
後ろ向きなので表情を窺い知る事は出来ないが、その様子は今にも泣き出しそうであった。いや、もう泣いているのだろう。
追いかけようとしていたミズカ達の足も、止まってしまった。あゆの周りが絶対不可侵の領域になってしまったような、錯覚を覚える。
「………」
バタン………
悲しげな眼でミズカ達を一瞥し、静かに扉の向こうに消えていった。
あゆが居なくなった後の部屋は、異常なまでに静まり返っていた。誰一人として口を開こうとは、しなかった。ただ、静寂のみが支配していた。
「………私、酷い事言っちゃったかな………?」
ややあって、ミズカがポツリと言葉を漏らす。悲壮のオーラを纏ったまま。
ルミとアカネが自分達の姉の方を見る。
あまりに痛々しい姉の姿を見ていると、二人の心にも詰まる想いがこみ上げていた。
「そんなこと、無いですよ………姉さん………」
「そうだよ。あゆの事は深深と根が張っちゃっているし………一筋縄でいく問題じゃないよ」
「でも………」
なんとか姉を励まそうとするが、あまり効果が無く、ミズカの顔も沈んだままだった。
「………これは、あの娘が自分で解決しなければならない問題です………。私達にできる事は、あの娘の為にきっかけを作ってあげることだけです。後は………あの娘自身の力で乗りきらなくては………」
アカネがポツリポツリと噛み締めるように話し続ける。普段は滅多に自分の主張を言わないアカネが喋っているのを、ルミは心底驚いたように見つめていた。
だが、すぐに真顔に戻ると、アカネの言葉を引き継いだ。
「そう、アカネの言う通りよ。姉さんはあの娘にきっかけを作ってあげたじゃない! 後はあゆに託すしかないのよ。だから、姉さんは気にしないで。私達も気にしない。いや、むしろ感謝したいぐらいよ………私達の代わりに姉さんが言ってくれたんだから………」
「ルミちゃん………」
言い終わってから照れくさそうに鼻を掻いているルミを、ミズカは眩しそうに見ていた。
まさか妹達に励まされるなんて………
自分の妹の成長を、嬉しく思うのだった。
「そうだね………でも、あゆちゃんに一言謝らなきゃ。いくらなんでも唐突すぎたもん。その事は謝らなきゃ、ね?」
「まあ、姉さんがそうまで言うなら止めはしないけど………」
「………少し責任感が強すぎます………」
「ふふっ、そうだね。でもこればっかりはどうしようもないよ」
ミズカがおどけたように頭を掻くと、誰とも無く笑い声が溢れてくる。
お互いの顔を見ながら笑い合う姿は、なかなか不思議な雰囲気を醸し出していた。
もう、ミズカの表情に悲壮の色は無くなっていた。
ルミとアカネは心底ほっとする。そして、手間に掛かる姉に心底頑張って欲しいと願っていた。
「じゃあ私、あゆちゃんに謝って来るね。まだそんなに遠くに行ってないと思うし」
ミズカがおもむろに立ち上がる。
「それでは私達も姉さんに付き添いますか?」
「………ですね」
「え〜、付いて来ないで良いよ〜。なんか恥ずかしいよ〜」
「馬鹿ねえ。こんな面白そうなイベント見逃すはず無いでしょ?」
「………そうです」
「二人とも邪魔はしないでね………」
ミズカはこうなると彼女達が一歩も引かない事を知っているので、諦めた表情で釘を刺した。だが、本当にわかっているのか。甚だ心配な長女の姿がそこにはあった。
「ひどいよ、ミズカさん………」
そのころあゆはとぼとぼと通路を歩いていた。闇雲に歩いてきた為に、自分が今何処に居るのかもわかっていなかった。
泣きながら歩きつづけ、そして悩み考えている。ずっとそんなことを繰り返していた。
『………そんなに思い詰めてもエル大尉は戻ってこないよ、あゆちゃん』
『………気持ちは判るけど、このままずっと悲しみを背負ったまま生きていくつもり?』
『でもね、いつまでも過去に縋っては生きていけないんだよ? 嫌な事があっても、辛い事があっても前に進んでいかなきゃ!』
『エル大尉の事は大変だと思うけど、乗り越えていかなきゃ………あゆちゃんが潰されちゃうよ』
あゆは部屋を飛び出した後、ずっとミズカの言葉を心の中で反芻していた。あの時ミズカに言われた事が気になっていたのだった。
(それじゃあ、ミズカさんはエルさんの事を忘れろって言うの!? そんな事出来る訳無いじゃない………)
エルとの思い出を大切に思っているあゆにとって、忘れると言う事は何においても堪え難いものだった。
(エルさんの事、何も知らないくせに………エルさんとボクの事、何も知らないのに、なんであんな酷い事言うの………?)
思い出すとまた目頭が熱くなってくる。何故、ミズカはあの時、エルの事を言い始めたのか、それが判らなかった。
ふと、あゆの脳裡に話している時のミズカの悲しげな表情が浮かんできた。
(なんであんな悲しい顔で話してたの………? ミズカさんにはなんの関係も無いのに………)
思いがけず考えた事だった。何時の間にか足は止まっていた。
(そう言えば、ボクもミズカさんの事何も知らない………)
ミズカの好きな事もミズカの好きな食べ物もミズカの宝物も………そしてミズカの過去も、何も判らなかった。
もしかしたら自分と同じように、大切な人を無くしてしまったのだろうか?
色々な考えがあゆの頭を通りすぎていく。
(ボクは何にも知らないのにミズカさんを責めてしまったの?)
段々、あゆの中の罪悪感が膨らんでいく。
ミズカに対する怒りは、既に風化を始めていた。
(どうしよう………ボク……)
あゆは今、板ばさみとなって思考の渦に取りこまれようとしていた。
『ねえ、あゆちゃん』
ふと、エルの声があゆの中で蘇る。
あゆは思い出した。
悩んでいる時、困っている時は何時もエルの言葉によって元気付けられていた事を。
気が付くと、周りの風景が非現実な色合いを帯びてくる。
あゆには空中を漂っているような、奇妙な感覚を感じ始めていた。だが、不思議な事に焦りや怖さは全く無かったのである。
視界がはっきりしてくると、目の前に懐かしいエル・アーバインの姿が在った。
エルはただにこやかに、あゆは懐かしそうにお互いを見つめていた。
『あゆちゃん、どうしたんだい?』
「………ミズカさんとケンカしちゃったんだよ………だけどボク、どうしたら良いのか………」
『あゆちゃんは、どうしたい?』
「………ミズカさんに謝りたい。だけど酷い事言っちゃったから………許してくれないかも」
『大丈夫だよ』
「え?」
『君は強い子だろう? 失敗を恐れてはいけないよ』
「でも………」
『自分の事をわかってもらうなら、まず相手の事も受け入れないと。お互いの気持ちがすれ違ったままになってしまうよ』
「………」
『判ってあげようと努力する事が大切なんだ。心をこめて相手の人と接すれば必ず報われるよ』
「………うん」
『………あゆちゃんは、どうしたい?』
「………」
『………』
「………ミズカさんに謝りたい……ううん、謝ってくるよ」
『………』
「そうだね。ボクは怖がっていたよ。エルさんに言われて判った。でも、それじゃ何もできないんだよね………」
『あゆちゃん………』
「今ミズカさんに謝らないと、一生後悔する事になるよ………ミズカさんに傷を残してしまうなんて絶対嫌だもん」
『………よくできました』
「え………?」
エルの姿が段々ぼやけてくる。
「エルさん?」
『成長したね、あゆちゃん』
「そんな事無いよ………エルさんが居ないと、ボク………」
『……もう僕……はい…みたいだね………』
「え? 良く聞こえないよ………」
エルの声が段々遠ざかっていく。
『………………がんばれ……あゆ………』
「うん、ありがとう。エルさん」
眩しいほどの白があゆの網膜に焼き付いてきた。一瞬、眩しさに瞼を閉じる。
「あれ………?」
再び瞼を明けた時には、何の変哲も無いいつもの通路が目に飛び込んできた。しばし夢見心地で虚空を見つづける。
なにか変な幻覚でも見ていたのだろうか?
そんな考えが浮かんでくるが、今のあゆにとってはどうでもいい事であった。
「ボク、エルさんの分まで頑張ってみるよ………」
あゆが静かに目を閉じる。
胸の内から、暖かいものがこみ上げてくる。大事な物を包み込むかのように、胸に手を当てていた。
「だから、絶対見ていてよね」
決意したかのように、顔を上げる。そこには悲しさも寂しさは無かった。晴れ晴れとした生命力あふれる顔が一杯に広がっていた。
踵を返し、ミズカのもとへ向かう為に走り始めた。
謝ろう。
その事だけが頭にあった。
「あゆちゃん、何処行っちゃったんだろう………?」
ミズカ達は飛び出していったあゆを懸命に探していた。
彼女達の住んでいる居住区は、予想以上に入り組んでおり、さながら迷路の様相を呈しているのである。
ミズカはルミとアカネの手を借りてあゆの行方を追っているが、一向に見つかる気配は無かった。
「あ、姉さ〜ん!」
「ルミちゃん、どうだった?」
手分けして探していたルミと合流する。
「ダメ。あんなに逃げ足が速いとは思わなかったわ。あゆの『あ』の字も見つからないんだもの………」
「そんなに遠くへは行ってないと思うんだけどね………」
「う〜ん」
二人が考え込んでいる内に、別のところを探していたアカネも戻ってきた。
「こちらにも居ませんでした………」
「アカネの方もダメだったか………どうする姉さん?」
しばし考え込むように目を瞑る。だが、良い考えが浮かばなかったのか、ばつが悪そうに頭を掻いていた。
「………とりあえず部屋に戻ってみようよ。もしかしたら戻っているかもしれないしね」
「それも一理あるわね。じゃあ、早く戻りましょうよ。また行き違いになっちゃうかもしれないわよ?」
「そだね」
彼女達三人は、足早にあゆの部屋に向かっていった。
「あれ?」
あゆの部屋に戻ってみると、扉の前で立っている小柄な少女の姿があった。その姿を見た三人は、嬉しそうに顔をほころばせる。
「あゆちゃん! 探したよ〜!」
「え!?」
ミズカの声にビックリしたように振り向く。ノックしようとした手が止まっていた。
ミズカは驚いて止まっているあゆの前に立つと、緊張した面持ちで、どう切り出そうか考えていた。
一方、あゆの方も、どういって謝ろうか考えあぐねていた。
「あ、あのねあゆちゃん………」
「あ、あの、ミズカさん………」
同時に切り出す二人。なんと間の悪い事だろう。後ろの方でルミとアカネが頭を抱えていた。
「えと………あゆちゃんの方からどうぞ………?」
「その、ミズカさん、なにか用があるんじゃ………?」
今度は何を遠慮しているのか、互いに譲り合っている。一向に話が進まなかった。
「はう〜………」
「うぐぅ………」
二人は俯いたり、視線をうろうろさせたり、手を組んでもじもじさせたりと、全然切り出す気配が無い。時間だけが刻々と流れていった。
いい加減、ルミはキレそうになっている。
そのルミから出るオーラを感じ取ったのか、ミズカとあゆは決意したかのように、顔を上げた。その眼は何時になく真剣なものがあった。
「「ごめんなさい!!!!!!」」
ゴガンッ!!!!
「「ふにゃ〜………」」
バタン
二人同時にノックダウンしてしまった。
一応、説明を入れておこう。
二人は至近距離で話しをしていたのだ。だが、緊張のあまり近すぎる事に気が付いていなかったのである。
そして二人が同時に頭を下げてしまった為に、手加減無しのヘッドバットを、お互いに食らわしてしまったのである。
二人はそのまま目を回して気絶してしまった。
「何やってんだか………」
「………ばかばっか………」
飽きれてものが言えない。
どうしようもなく不器用な二人を見ながら、これからどうやってこの二人を運んでいこうか、という事だけが頭の中で反芻されているのだった。
『ミズカさん、ありがとう………』
『あゆちゃん、ありがとう………』
続く
カスタム「はっ!? しまった!」
栞「どうしました?」
カスタム「今回、全然ガンダムっぽく無いかも?」
栞「そろそろ限界ですか?」
カスタム「どうしてそう、危ない事を言いますかね………」
栞「冗談ですよ」
カスタム「冗談に聞こえない………」
栞「でも今回はエルさんが結構、重要な役だったんじゃないですか?」
カスタム「エルはあまりにもあっさり死んだので、もっと活躍の場があっても良いのでは? というご意見が寄せられていたので………」
栞「でも本文中だとなんか生き返った様に感じてしまいますよ?」
カスタム「あれはあゆの精神世界という設定なんです。アムロとララァのような」
栞「なるほど」
カスタム「まあ、なんにしても、難しい事には代わり無いですね」
栞「私の活躍も期待してますよ」
カスタム「はいはい」