機動戦士ガンダム外伝−レジェンド・オブ・カノン−
私にとっては初めての艦隊戦。
そして出撃。
約束したんだよ、祐一と………
絶対、栞ちゃんと一緒に生きて帰ってくるって………
水瀬名雪の日記より
第22話「接触」
<11月4日 13時49分 名雪・栞交戦ポイント>
「来た! 落ち着いて、栞ちゃん!」
「は、はいっ」
「作戦通りに動けばなんとかなるよ」
「わかりました!」
ミズカたちが動き出したのを見計らって、名雪と栞も行動に移す。
緊張感が高まってくる。だれもが激戦を予想していた事だろう。
「左右散開!」
「了解!」
名雪達はミズカ達には向かって行かず、そのまま二手に分かれていった。名雪は右に。栞は左の方に。
つまり、わかり易く言えば。
「逃げた………?」
アカネが信じられないといった表情で呟く。
まさかこのような展開になるとは、夢にも思わなかったのだろう。
「ちっ………逃がしません………!」
忌々しそうに舌打ちをすると、名雪の逃げた方向に機体を向ける。
態勢を低く構えながら、スラスターを最大にまで解放した。機体が少し震えるような動作をすると、軌跡を残しながら追撃を始めていた。
「あ、アカネちゃん待って!」
ミズカが止めようとするが、すでにアカネのゲルググはミノフスキー粒子の濃い宙域に差し掛かってしまった為に、通信が届いていなかった。
不機嫌そうに眉を顰め、コンソール・パネルを軽く小突く。
「んもう………いつもおとなしい癖に、変なところで強情なんだから!」
レーダー等が役に立たない為に、追跡経路を自分で解析する。モニターに様々な情報がスクロールするのを、一字一句も見逃さずに自分の頭に叩き込んでいった。
「この逃走経路………何処へ逃げる気? まさか母艦に帰るつもり?」
それは有り得なかった。わざわざ母艦を危機に晒してまで帰頭することは、まさに愚行である。名雪達のもわかっている事だった。
それに致命的なダメージは負っていないはずである。
「行き当たりばったりに逃げている訳でも無し………なんか変だよ」
心の中で燻っている猜疑が、ミズカの中でどんどん膨らんでいく。やがて決意したようにレバーを持つ手が強まった。
アカネが向かって行った先を、凛とした表情で見つめる。
「何かあるね。アカネちゃんが心配だよ」
言うや否や、ミズカは加速を開始する。
シートに押しつけられる感触を味わいながら、先に飛び出していったアカネを追跡して行くのだった。
名雪は猛追してくるアカネに少し恐怖を感じていた。
ある程度の実戦をこなしている名雪でさえ。
「く………凄い気迫………」
唇をかみ締める。挫けそうになる心を懸命に抑えていた。
限界ギリギリまでスロットルを押しこむ。機体が悲鳴を上げているのが強く感じられた。
ジム・スナイパーの改良機とゲルググの改良機。
どちらも推進力は同じのようだ。なかなか差が縮まらないでいる。
「もう少し………わわっ!」
ロックオンされた事を示す警告音が鳴り響く。すかさず名雪は機体を左右に動かしながら、攻撃を回避していく。
「ちょっとは手加減してくれてもいいじゃない!」
うんざりといった口調で愚痴を零す。さすがにこの少しのミスも許されない状況の中では、弱音の一つも出てしまうことだろう。
その時、前方の暗闇に、何か光るものを発見した。
それはキラキラと太陽の光に反射しているようだった。
損壊したスペースコロニー。
巨大なゴミに成り下がった姿がそこにはあった。
「あれは………! よかった、見間違いじゃなかったよ」
安心した表情で廃コロニーを眼に焼き付ける。
名雪は前方にコロニーに方向修正し、アカネをおびき寄せるように追撃させる。
「いいよ………このままちゃんと着いてきてよね」
即座に栞と連絡を取ろうとする。心配だったミノフスキー粒子も、この辺りに来るとやや薄まっているようだ。名雪は自分の運の良さを実感していた。
「栞ちゃん、聞こえる? 手はずは整ったよ。ポイントT−36。………うん、お願いするよ。それじゃ」
一通り通信を済ませる。
再び前方の方に目を向ける。既にコロニーが肉眼でもはっきり見える位置まで接近していた。
名雪はそのコロニーを迂回するように、大きく方向を転換する。
その動きを見たアカネは不信感を抱きつつも、同じように方向修正を行っていた。
名雪がコロニーの裏に回り、姿を消す。アカネも慎重にコロニーに近づいて行った。
「コロニーに隠れるの? ………陰から私を撃つつもりですね」
アカネがモニターに表示されているセンサーを見る。
熱源反応。左手側に急に動き出す物体を感知した。
「そこですね!」
その反応したところに、近づく。ナギナタを抜き放った。
反応が近い。すぐそこまで接近していた。
「………え!?」
ライフルを構えていたが、MSの姿が見当たらない。焦ったように周りを見まわして見ると、そこにはMSの手から離れたビームサーベルがあるだけだった。その切先には眩い光が迸っている。
「しまった………!!?」
謀られた。
熱源センサーは、このビームサーベルの剣先に反応していたのだ。
「隙あり!」
「………!?」
振りかえるとそこには名雪のジムが迫っていた。ライフルを発射する。それこそエネルギーが切れるのではないかと思われる程にだ。
不意を突かれたアカネは、碌に回避する事ができず、左腕を被弾してしまった。
「ううっ!」
着弾の振動でコックピットが激しく揺さぶられる。だが、アカネはそんな事は関係無いかのように、反撃に転じていた。
距離をとる為にライフルを撃ちまくる。
名雪も深追いはせず、反転し再びコロニーの上方へ迂回して行った。
アカネも後を追う。
「一発当てたからと言って!」
コロニーの裏側では、名雪が後ろを向いて逃げているところだった。
「ちょろちょろとネズミみたいに逃げてばかり………!!」
頭に来ているのか、既にアカネは冷静な判断ができなくなっている。
ただ名雪を堕とす事だけを考えていた。
「堕ちなさい!」
照準を合わせ、発射。常に正確な射撃だったが、名雪もコロニーの外壁を上手く利用し、ビームを回避している。
そして、すぐ後ろをアカネが追ってきている事を察知した名雪は、後ろをチラリと見ながら手に持っている物を離した。
手から離れた物体は、そのままアカネの方に向かっていく。
「! 何………!?」
自分に向かってくる黒い物体
頭にザラッとした感覚を憶える。何時でも対処できるよう、身構えた。
物体をモニターで拡大する。
それが何なのか理解した時、アカネの顔が驚愕に彩られた。
「まさか、グレネード!!?」
栞のG・リファインが持っていたハンドグレネードだ。
その一つが、何時の間にか名雪の手に渡っていたのだ。
「!」
気付いた時、名雪が後ろを向きながらアサルトライフルを構えていた。
狙いは、グレネード。
アカネはそう思った。
「くっ!」
コントロールスティックを力任せに引き寄せる。同時にフットレバーを思いっきり踏みこみ、緊急停止用のアポジモーターを最大まで噴出させる。
次の瞬間、ゲルググは直角に上昇し始めた。
だが、僅かにライフルから放たれた閃光が、グレネードを捕らえていた。
ガガーーンッ!!!
激しいまでの爆音と閃光を、辺り一面に撒き散らしながらグレネードは爆発した。
ゲルググはその衝撃に撒き込まれ、アカネは成すすべなく吹っ飛ばされる。
「………動いてっ、お願い………!」
態勢を直そうとするが、爆発の影響でオートバランサーがおかしくなってしまった。
もうまともに動く事ができない。
ピピッ、という軽い警告音。
「やああああ!」
気合いの入った声と共に、栞のG・リファインが突っ込んでくる。
サーベルを一閃。まともに動けないゲルググの両足を切断した。
脚部が火花を散らし、爆散する。
(終り、ね………)
半ば諦めたように目を瞑るアカネ。
静かに自爆スイッチに手をかける。
そして、まさに押そうとした瞬間、声が聞こえた。
「アカネちゃんに何てことするのっ!」
アカネの敬愛する姉の姿が目に焼きついた。アカネの表情に明るさが広がっていく。
ミズカはライフルで威嚇しながらアカネに近づいていく。
アカネの傍に寄ると、回線を開く。
「こっぴどくやられたみたいだね?」
「姉さん………助かりました」
「いいよ………それよりここから撤退するよ。ニューデリーが落とされたみたい」
「ニューデリーが………!?」
僅かに眉を顰め、驚く。他人からはほとんど表情が変わらないと思われているが、これでも充分驚いている部類に入る。
「うん、このままじゃローザンヌもどうなるか判ったもんじゃないからね。無理はしないに限るよ」
話を続けながら攻撃を避けていく。
「それにアカネちゃんだって、そんな機体じゃ戦えないからね」
「………そうですね」
「それじゃ、さっさと離脱するよっ」
「了解です………」
ミズカは動く事のできないアカネのゲルググを担ぐ。
去り際に発光弾を発射し、名雪達の目を欺きながら戦線を離脱していた。
名雪達が気付いた時には、既に誰一人として残ってはいなかった。
「………はあああぁ〜」
名雪が思いっきりため息をはく。
緊張の糸が一気に切れた。
「行っちゃった………いや、行ってくれたのかな?」
「………そうですね」
二人とも声に覇気が無い。既にグロッキー状態だった。
と、だれている所にMSの反応があった。
二人ともビクッと体を震わす。まさか、また舞い戻って来たのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
そして現れたのは………。
「二人とも大丈夫………?」
舞だった。
二人ともコックピットの中で器用にコケていた。
そしてガバっと起き上がり。
「遅いよ〜!」
「遅いですよ〜!」
「???」
半分泣きながら舞に迫る。
その妙な気迫に、舞の方も思わずたじろいでしまった。
この後、無事母艦に戻った二人であった。
<11月4日 13時46分 祐一・交戦ポイント>
コロニーの破片、MSの残骸、小隕石。様々な物が無重力の中を漂っている。
祐一は来ては通りすぎる残骸を気にしながら、眼は目の前の敵に向いていた。
「さあて………どう出る………」
祐一のその呟きが合図だったかのように、二機のゲルググが動き出した。
祐一もまた、その動きに合わせてライフルの照準を合わせる。
先に仕掛けてきたのはルミの駆る、B型ゲルググだった。不気味にモノアイを光らせながら突進してくる。その動きは俊敏で、普通のゲルググの機動性を遥かに凌駕していた。
(こいつ……プロだ!)
祐一は思う。並のパイロットではない。祐一の経験がそう判断した。
「もらったわ!」
ロックオン。カノンのコックピットが警報を発する。祐一はすかさずフットレバーを踏み込み、スラスターを解放する。カノンは光芒を引きずりながら上昇していった。
すぐ下をビームが通過する。
「甘く見るなよっ」
「甘いのはそっちだよ!」
「なにっ!?」
カノンの側方にある隕石の破片から、あゆのゲルググJが姿を現した。既に照準を合わせている。発射。そして二発目、三発目と撃っていく。無数の光の弾丸がカノンに襲いかかっていった。
「くっ、そうそう当たるかよ!」
初弾はなんとか避ける。だが、避けきれないと判断した祐一は、一瞬だけサップスを起動させた。カノンのカメラアイが光を放つ。祐一の判断は正しかった。二発目は体を捻って避け、三発目はビームライフルを放ち、相殺させた。なんとか無事のようだ。
あゆ達は余計に攻め込んだりしない。が、祐一には休む暇もなかった。
姿の消えたあゆを探す。その時、先程も感じた妙な感覚が蘇ってきた。
「真上か!?」
言葉より先に行動に移していた。無照準でビームライフルを撃ちまくる。何本もの光の矢が掛け上がって行く。
「うぐっ!」
上手く回りこんだと思っていたあゆだが、祐一の驚くべき反応を見せられ、大いに焦っていた。光弾があゆに襲いかかる。だが、あゆも負けてはいなかった。
「失礼な人だよっ!」
最初のビームを、自分の持つビームマシンガンを盾にして防ぐ。マシンガンは爆発し無くなってしまったが、その間に態勢を立て直し、AMBAC機動とアポジモーターを駆使しながら避けていた。それだけでなく、ビームの間を切り抜けながらマシンガンを放つ。
「くそ、なんて反応だよ!」
祐一が吐き捨てるように呟く。
襲いかかるビームマシンガンの弾丸を避ける。数発、ゴミに当たって弾ける。その弾幕に紛れて、あゆが一気に接近してきた。
ゲルググJとNT2カノン。互いにビームサーベルを抜き放つ。
「あああっ!!」
「おおおおっ!!!」
光の放流が走る。あゆと祐一の力は互いに拮抗していた。
キィイィン………
火花が散る中、突然二人の脳裡にも不思議、と言うか、奇妙な感覚が走っていた。
「うあ………なんだ、これは………」
「うぐぅ………頭が割れるぅ………!」
そして、それはルミの体にも同じくおこっていた。
「な、なによ、これ………急に頭が………」
何時の間にか戦いが止まっていた。祐一もあゆもルミも、全員が同じように頭を抱えている。
周りの風景も、様相が変わっている様にも思えてくる。祐一にとって、こんな違和感は今まで経験した事がなかった。もちろん、あゆとルミも経験した事は無かっただろう。二人ともどうして良いかわからない表情でうずくまっている。
「………!?」
眉間に皺を寄せて、堪えていた祐一が急に表情を一変させ、顔を上げる。
少女の声が聞こえた。
悲しそうな声、苦しそうな声………負の感情が全てない混ぜになったような声。
スピーカーからの声ではない。直接、脳髄に響いてくるような、そんな声だった。
「これは、女の子の声………?」
空耳か?
確かにそうかもしれないが、祐一は自然とその予想を否定していた。
確信は無い。ただ、何となくとしか言いようが無かった。
「俺は、この子の声を知っている………? いや、でも聞いた事が無い………!」
はっとした顔で、目の前のゲルググJを見つめる。
何故だかわからないが、ゲルググにその女の子のイメージが重なっていた。祐一の背筋にぞわぞわっとした感触が走る。
気が付いた時には、既にゲルググJに近づき、その肩を揺さぶっていた。
あゆは呆然とした顔でなされるがままになっている。
「君か!? 俺に話しかけたのは君なんだろう? おい、どうなんだよ!」
「あ………え………?」
混乱したように何も言えないあゆ。既に戦っている事など頭には無かった。
「何故話しかけた、俺に! 君は一体………!」
「あゆから離れなさいよ!」
我に帰り、声の方向に目を向けると、そこにはルミの駆るゲルググがライフルを構える姿があった。
照準を合わせられた時の警告音にも気付かなかったらしい。
それほど、あゆに気を取られていたのだった。
「………はっ!?」
と、あゆが自我を取り戻す。
「ボクは一体なにを………」
自分でも何をしていたのかわからない。
あゆは、ただ力なく立ちすくむのみだった。
「離れろって言ってるでしょうに!」
何時までもあゆから離れない祐一に焦れたのか、威嚇射撃をする。本当ならばさっさと撃ち堕としたいところなのだが、あゆが近くにいる以上何もできないのである。
ある意味、人質をとられているのと同じようなものだった。
もっとも、祐一にそのような事をする余裕はなかったが。
「うわっ!」
ビームがカノンの肩口を掠める。
思わぬ攻撃にあゆから離されてしまった。
その隙にルミがあゆの方に近づき、ゲルググJを抱きかかえるようにして、あゆを護っていた。
「頼む! 邪魔をしないでくれ!」
「ふざけた事を………あゆは絶対渡さないんだから!」
「くっ………話を聞けっ」
「訳のわからないことばっかり言って!」
なんとか近づこうとするカノンを、ルミのB型ゲルググが許すはずもない。凄まじい勢いでビームライフルを乱射し、カノンの行く手を阻む。
そこには精密さの欠片も感じられなかった。
小さい子供がむきになってあたり散らす。
そんな感じだった。
『ルミ、ルミ! 聞こえてるの! 応答してよ!』
スピーカーから女性の声が聞こえる。
ミノフスキー粒子の影響からか、やや通信が途切れ途切れになっていた。
「ねえ……さん?」
『ルミ? よかった、繋がったよ〜』
ミズカからの通信だった。
姉の声を聞いて、少し落ち着いたようだ。闇雲な攻撃は止まっている。
「ゴメン、ちょっとどうかしてたみたいで………」
『おちついた所で悪いんだけど、あゆちゃんを連れてローザンヌに帰還して。今すぐ』
「何かあった?」
『詳しい事は後で言うから。とにかく帰ってきなさい!』
「………わかった。今すぐいくわ」
『じゃあ、後で』
ブツッという音を残しながら通信が切れる。え
「あゆ! 聞こえたでしょ、帰還するわよ!」
「………」
「あゆ!!」
「………えっ! な、なに?」
「もうっ! いいから戻るのよ!」
訳がわかっていないあゆを引っ張り、2、3発ライフルを撃ちながら遠ざかる。
打って変わって正確な射撃に、祐一は少しも近づく事はできなかった。
「………こんな奴と長い間戦っていたら、こっちまでおかしくなっちゃうよ………」
ルミは呟くように言う。
何故だか判らないが、祐一に対し強烈な不快感と共に親近感がわきあがっていた。
気持ちいい事と気持ち悪い事。二つがない混ぜになったような感触。
姉や妹と接する時と同じような感じ。
ルミには神聖な姉妹との関係に、土足で入り込まれたような想いだった。
「こんなの………判らないよ!」
頭を振り、必死に忘れようとする。
だが、一度覚えてしまった感触は忘れるなど、できるはずも無い。
今のルミにできる事。それは一刻も速く、この宙域から脱出する事だった。
「とにかく逃げなきゃ………あゆ、いくよ!」
「う、うん………」
ある程度距離を離すと、180度回転し、カノン背を向ける。そして、ルミ達は全速で離脱して行った。
急速に小さくなって闇に吸い込まれて行く二機のゲルググ。
祐一はただ呆然と、その後姿を見つめるしかなかった。
続く
カスタム「はい、第22話完成しました〜」
栞「今回は時間かかりましたね」
カスタム「やっぱりニュータイプの表現は難しいと感じてます。最初はどうしたらいいか、全然書けませんでしたからね」
栞「まあ、なんにしても私が出てくれば文句はないです」
カスタム「あんた、そればっかですね………」