機動戦士ガンダム外伝−レジェンド・オブ・カノン−
時に、私の中の狂暴さが膨れ上がる。
それは、何故だろうか?
戦争が楽しいから?
武器を持つのがうれしいから?
………本当の私は一体どれなんだろう………?
水瀬名雪の日記より
第26話「必然」
<11月6日 7時16分 相沢祐一>
「くそ………! どこなんだ、一体!」
カノンのセンサーを最大限にまで広げ、あゆのゲルググJの居所をつきとめようと躍起になっている祐一の姿が在った。
先程からあらゆる所を探し回っているが、一向に発見できずにいる。
それも仕方の無い事だ。
この膨大に広がる宇宙の中の、たかが1機のMSを探すことは、予想以上に辛いものなのだ。
だが、今の祐一にはそう言っていられる余裕など無いのだ。
自分が、何故だか判らないが、逢いたいと切望している少女の姿を見るまでは、死に物狂いで探すつもりなのである。
そして、それがどんな結果を生むのか。
祐一の心の中は、期待と不安。そして、恋慕にも似た感情が沸き起こっていた。
「どこだ………。どこに………っ!!?」
鋭く短い発信音が響く。
MS反応。
間違い無い。前回のデータと同じゲルググの反応だった。
「………みつけた!!」
祐一が滅多に見せない、子供のような表情で歓喜した。
幸いにもゲルググJも真っ直ぐこちらに向かっていた。
これならば、数分もしない内に合流する事ができるだろう。
祐一は、俄然やる気が出てきた。
「う………」
再び、祐一の脳裡に一瞬だけゲルググの様子が映し出されていた。
だが、嫌な感じは全く無い。むしろ心地よさまで感じている。
祐一には、近づいてくるゲルググが喜んでいるように思えていた。
「うぐぅ………なんだろ、この感じ………」
一方、あゆの方も奇妙な感覚に囚われていた。
痛痒いような、ちくちくするようなざらざらするような、変な感触があゆの頭の中を駆け巡っている。
あゆにとっては、少々乱暴に頭を撫でられている。
そのようなイメージであった。
「この感じ………エルさんにも似ているよ」
あゆがぽつりと呟く。
涙が出そうになっていた。
心の奥の方に閉じ込めたエルとの充実した日々。それが今、充実感と幸福感となって蘇っていたのだ。
「あれれ………? 変だな。泣く事なんてなんにも無いのに………」
はらはらと、止め処も無く涙が零れ落ちる。
悲しみの涙ではない。久しぶりに流した、喜びの涙であった。
しばしその余韻に酔いしれる。
だが、
そのひとときが、油断となって現れるとは、あゆ自身、夢にも思わなかった。
バシュウウウ!!!
タタタタタタタタタンッ!!!
「………!!?」
いきなり襲いかかってきた、ビームと実弾の嵐に、先程の余韻など吹っ飛んでしまった。
近づいてくるのはジム・コマンド2機と連邦カラーのザクIIの、計3機であった。
何時の間にか忍び寄っていたのである。
目を丸くしながら、襲いかかってくる攻撃を見つめている。
「そんなっ!?」
今、目覚めたかのような反応をしながら、コントロールスティックを握り締める。
攻撃に転じられる………わけが無い。
スラスターをフル稼働。
回避運動を起こす。
ガガガガガガガガンンッッ!!!
「あうっ!」
避けきる事はできなかった。
左の脚部に、マシンガンの弾丸がまともに当たってしまった。
受けた衝撃を緩和しきれず、コックピットのあゆのところに衝撃が伝わる。
あゆの幼げな顔が苦痛に歪む。
「バランサーをやられるなんて………!」
無数の弾丸を受けた左足は、無残にも破壊されて行った。
「うぐ………油断したよ!」
バランスを崩されたゲルググは、ガクンと機体の運動性が落ちる。
思うように動かない機体を、なんとか動かしながら、あゆは機体の修正プログラムを打ち込んでいく。
「でも………」
ダメージを受けたゲルググを見て、勝ちを確信したのだろうか。
迂闊に懐に飛びこんでいこうとするジム・コマンド。
「………ボクはここで堕とされるわけにはいかないんだよぉ!!」
スラスター全開。
片方の足が無いにも関わらず、ジム・コマンドの下方に回りこむ。
「いっちゃえ!!」
素早く照準合わせ。
間髪を入れずにトリガーを引く。
その早さは、まさに熟練のパイロットのようであった。
ババババババババババッッッ!!!!!!
重厚なビームマシンガンから放たれた、無数のビームの弾丸は、寸分違わずジムの機体を叩いていった。
ジム・コマンドが光に変わった。
「まだっ!」
落とした事も確認せずに、モニターを凝視する。
そう、まだ敵は全滅した訳ではないのだ。
すぐさま辺りを見まわす。
「そこだね!?」
ザクの姿を捕捉する。
そして発射。
だが、すんでのところで上手く掻い潜られていった。
「当たらなかったの!?」
思わず声を張り上げてしまう。
自機の足が失われている事を失念していたようだ。
バランサーの修正不足で、照準が僅かにぶれてしまったのである。
あゆは気が付いたが、既に後の祭りだった。
モノアイを鈍く光らせたザクが、目の前に近づいていたのだ。
「しまっ………!!」
ザクが灼熱の斧、ヒートホークを高々と振り上げる。
真っ直ぐ、コックピット狙われていると直感したあゆは、咄嗟に身を横にずらした。
次の瞬間、ヒートホークが振り下ろされた。
ザシャアアアッッ!!!
なんとかコックピットへの直撃を防いだあゆであったが、全てを避けるのは不可能だった。
避けた時に、右腕を溶断されてしまった。
ゲルググの腕が離れていく。
切断面からは、いまだにバチバチッという火花が散っていた。
そして、一撃で仕留める事ができなかったザクは、さらなる攻撃を加えようとする。
「いい気に………ならないでよっ!!」
あゆが吼える。
満身創痍の機体が、その声に呼応するかのように、あゆの操縦に従った。
再びヒートホークで攻撃しようとするザクのコックピット目掛けて、左手に持っているビームマシンガンを突き刺した。
マシンガンは意とも簡単に、ザクの装甲を貫き、コックピットを破壊する。
「落ちて!」
そして、そのままトリガーを引き絞る。
至近距離からのビームを受けたザクは、踊りながら宇宙の塵になっていった。
だが、あゆの方も無事では済まなかった。
無理な状態で放った為、ビームマシンガンの銃身が持たなかったのだ。
使い物にならなくなったマシンガンをそのままにし、残った腕でビームサーベルを抜き放つ。
「ボクには………」
右足のアポジモーターを吹かす。
そのまま慣性で180度回転。
同時にサーベルを腰だめに構える。
そして、振りかえった先には、残ったジム・コマンドの姿があった。
そのジムも、あゆと同じようにビームサーベルを構えながら突進してくる。
「………逢わなくちゃいけない人がいるんだよ! だから、邪魔をしないでー!!」
ハンドレバーを思いっきり押しこむ。
その動きに合わせて、ゲルググJがビームサーベルを全面に押し出した。
と、全く同じタイミングでジム・コマンドもサーベルを押し出してくる。
ズスッッ!!!!!
ザンッッ!!!!!
………勝負は一瞬で付いた。
ゲルググJはジムの横薙ぎを受けて、頭部を物の見事に寸断されていた。
ジム・コマンドは………ゲルググJの突きを、コックピットに受けていた。
「はあ………はあ………はあ………」
勝負は、あゆの方に軍配が上がった。
主を失ったジム・コマンドは、ぴたりと動きを止めたまま、ふわふわと宇宙を漂っていた。
ここで爆発が起こらなかったのは、あゆにとっては最大の幸運だっただろう。
もし、核融合炉でも破壊しようものならば、至近距離にいたあゆも生きてはいなかった。
あゆの機転が、自らの命を救ったのである。
「………よか……った。たすかったよ………」
既にボロボロの機体と同じく、あゆもまた、疲労がピークに達していた。
そのままふっと意識を失ってしまった。
「………」
その時、あゆの乗るゲルググJが、何者かに掴まれていった。
「これは、手ひどくやられたものだな………おい! 大丈夫か!?」
ガンダム。
NT2カノンだ。
ようやく追いついた祐一の眼に飛び込んできた光景は、あまりにも凄まじい物だった。
眼の前に浮かんでいる4機のMSたち。ジム・コマンド、ザクII、ゲルググJ………。
だが、どれも動く事は無かった。
祐一は動かないゲルググJのハッチをこじ開ける。
金属の扉が、軋みながら開かれていく。
「………! この子、か?」
ハッチの奥に、気を失いながら坐っている、少女を見た。
自分が切望していた人物が、自分と同い年か、年下の少女だとは努々思わなかった。
「くっ………こんな年端もいかない子供まで戦争に駆り立てるなんて!!」
ぎりり、と歯軋りをする。
改めて、戦争の残酷さを感じるのだった。
「だが………こんな娘が、ひとりで3機も堕とすなんて………」
信じられない。
だが、現実に3機の連邦のMSは、撃墜されているのだ。
祐一はその現実のギャップを、複雑な顔をしながら考えていた。
「これが、ニュータイプってやつなのか………?」
自分が否定しつづけていた、ニュータイプの存在を、僅かだが感じ取るようになっていた。
祐一は散っていった同じ連邦所属のパイロット達に、しばし黙祷を捧げる。
「………はは、俺はどっちの味方なんだろうな?」
ふと、自分が行っている行動を思い出す。
祐一が今助けようとしているのは、サクセサーズ軍のパイロット。祐一の敵なのだ。
味方を3人もやられ、敵は今こうして生きている。
だが、味方をやられた事に、なんの感慨も沸かなかった。あゆが敵という考えも浮かばなかった。
ただ、目の前の少女を助けたい、という想いだけだった。
「俺は………軍人失格だな」
自嘲するかのように、薄い笑みを浮かべる。
ばれたらMSから降ろされるな、などと思いながらも、カノンのコックピット・ハッチを開ける。
軽いステップを踏みながら、あゆのところまで泳いでいった。
「………この娘が、もしかしたら俺の記憶に関係があるのかもしれない………」
◇
<同日 7時27分 倉田佐祐理隊>
祐一があゆと接触した頃、佐祐理たちの攻防も熾烈を極めていた。
乱戦になっている。
もはや収拾がつかないほどに。
「戦況は!?」
「………判りません! 連絡系統が混乱してて………」
「泣き言は要りません! 戦況報告は基本中の基本です! 今すぐ!!」
「は、はっ!! やってみます!」
秋子が緊迫した声を張り上げる。
それに答えるマイクの返答は苦しいものだった。
佐祐理は度重なる攻撃に疲労を感じ始めていた。
いくら新型のジムに乗っているからとはいえ、ネッツーキやザクをいっぺんに相手するのはきついのだ。
だが、泣き言は言っていられない。
指揮官である自分が尻尾を巻いて逃げるなど、許されるはずが無いのだ。
「サクセサーズの新型がこれ程の物とは………!」
マシンガンを片手に、ジグザグに動きながら近づいてくるハインツのザクIIを、モニターに捕らえる。
ネッツーキばかりに気を取られている場合では無くなった。
「………やらせない!」
「いや、やられるんですよ! 貴女は!」
横に滑りながらマシンガンを掃射するハインツのザクを、佐祐理は追いすがる様にライフルで応戦する。
フルオートで発射される弾丸は、容赦無くザクに襲いかかる。
若干、ダメージを負わせるが、あまり効果は無かったようだ。
「これで終わりっ!」
真琴がネッツーキの両手首から出されたビームサーベルを掴んだ。
そして、金色に輝くメガ粒子を放出。剣の形に形成された。
二刀流のようにしながらジム・カスタムを狙い始めた。
両肩のメガ粒子砲を放ちながら、近づく。
攻撃は最大の防御。
その言葉を如実に示すかのように、接近してくるネッツーキに対し、確実な攻撃ができなかった。
「く………!」
佐祐理は咄嗟に肩に装備されたサーベルを抜く。
真正面に現れたネッツーキの斬撃を、そのサーベルで受けた。
ガジュウウン!!
ジジジ………ジジ……!
鍔迫り合いの格好となる。
だが、ネッツーキが2本に対し、ジム・カスタムは1本のビームサーベルで受けているのだ。
力の差は歴然である。
「その状態で何時まで堪えられるのかなあ?」
「………!」
まるで子悪魔のような笑みを浮かべる真琴に対し、佐祐理の表情は焦りが見えていた。
二つの灼熱の剣が、唸りをあげてぶつかり合っている。
だが、その均衡も徐々に崩れようとしていた。
ネッツーキの腕に、更に力が加わってくる。
(頭部のバルカン砲は既に空っぽ………どうするの、佐祐理!?)
佐祐理の頭の中で、様々な考えがよぎっていく。
その時であった。
『佐祐理………後ろに下がる………っ!!』
「舞! ………判った!」
遅れてきた舞の通信が入った。
その舞の助言通り、ジム・カスタムが後退を始めた。
「………わわっ!」
真琴が勢いで前につんのめってしまう。
その隙に、舞の駆るG・リファインが閃光のように突進してきた。
「ちいっ! させるかよ!」
「落ちやがれ!!」
真琴に向かってくるG・リファインを落とそうと、2機のザクが前に立ち塞がった。
舞は、チラリと見ながら、静かに大型のメガ・ビームサーベルを抜く。
「あのガンダムもどき………他のとは違う………!?」
野生の勘とでも言うのだろうか。
真琴は、舞に対し何か嫌な感覚をおぼえる。
「………斬る………!」
舞の気合いと共に、サーベルの長さと光量がぐんと増していく。
そして。
ザッンッ!!!
2機のザクの間を、光が走った。
あっと言う間に、ザクが分断されていた。
「なっ!」
真琴が驚愕の声をあげる。
真琴だけでなく、ハインツもハラルトも表情が驚愕に彩られている。
「あれがMSの機動性なの!? まるでMA(モビル・アーマー)じゃない!!」
凄まじい程の推進力だ。
舞のG・リファインは、加速を続けながら再び戻ってくる。
よく見ればG・リファインの腰から足にかけて、ブースターのような物がとり付けられていた。
そこから、大容量の推進剤がばら撒かれているのである。
「………付属のブースタ・ユニットか!?」
ハラルトの叫び声が響く。
舞の登場によって、戦況はがらりと様相を変えていった。
「舞!」
「舞さん!」
佐祐理と栞が、心強い援軍に声を掛ける。
一振りで、2機のザクを斬り倒した舞に、頼もしいもの感じていた。
そして、その登場によって、佐祐理、栞らも活気付いてきたのである。
「たかだか1機のMSで、戦況が大きく変わるとは思わない事ね!!」
真琴が憎々しげにG・リファインを見つめながら叫ぶ。
真琴の様子を知ってか知らずか、ネッツーキと距離を取った。
「………ユニットを切り離す」
舞が手元のパソコンを操作し、既にエネルギーの無くなったブースタ・ユニットを切り離した。
ガキンっと言う音を立てて、ユニットがG・リファインから離れていく。
機体が軽くなった。
「もう好きにさせない………」
コックピットの中で、舞が静かに、それでいて激しいまでの闘志が漲っていた。
コントロール・スティックをしっかりと握る。
そして、おもむろにフットレバーを踏み込み、加速を開始した。
(舞さんが来てくれた! これだったら………)
栞が先程までとは雰囲気が違っていた。
舞いの登場が、栞の不安を緩和してくれたのだ。
表情にゆとりを持ち始めていた。
「………!!?」
だが、その表情もすぐに厳しい物へと変貌していく。
モニター反応に赤い光点。明らかに仲間の反応ではない。
「………! 敵機が来ます!」
栞が声を張り上げる頃には、もうすぐ近くまで接近されていた。
MS09R2。リック・ドムIIである。だが一般機のような黒のカラーリングではなく、真紅に彩られた機体だった。
一目でカスタム化されているのが判る。
再び栞の小さな胸の中で、緊張が大きく膨らんでいった。
「なかなかどうして………連邦も捨てた物ではないわね」
ドムのコックピットの中。
香里が戦況を冷静に見ていた。
攻撃範囲内まで近づくと、手に持っているバズーカを構える。
「まずは手始めに………!」
栞のG・リファインに狙いをつける。
「! 狙われている!?」
そう感じたと同時に、バズーカが発射される。
リック・ドムのバズーカは、対艦用に威力を設定されている代物だ。
MS程度がまともに当たってはひとたまりも無い。
栞は迷わず回避に転じた。
「お返しです!」
難なく回避した栞は、機体を固定しながらビームライフルを構える。
そして発射。
だが、上手い具合にゴミの後ろに隠れ、ライフルの直撃を防いでいた。
香里も逃げてばかりではない。
すぐさま攻撃する。
腰のウェポン・ラッチからマシンガンを取り出す。
バズーカと合わせて、無照準に発射していた。
「その心意気は良いわね………けどっ!」
空になったバズーカを放り投げ、ヒートサーベルに手を伸ばす。
そして急接近。
「なっ!」
「わき腹ががら空きなのよ!」
虚を突かれた感のあるG・リファインの土手ッ腹。コックピットの下側に蹴りを叩きこんだ。
「きゃああああ!!!」
「………えっ?」
一瞬、MS同士の接触によって、回線が共有される。
その時に聞こえてきたG・リファインに乗るパイロットの悲鳴を、香里は確かに聞いた。
「この声………まさか………!」
香里の顔に冷静さが失われていった。
それは、栞も同様であった。
「そんな………この声は………」
「まさか、栞………なの?」
「おねえ……ちゃん?」
美坂香里と美坂栞。
離れ離れになった二人の、再会であった。
続く
<MSデータ>
・その20 RX−82−03/MK(Bst) 舞専用G・リファイン(ブーストモード)
頭頂高・18、0m/本体重量・60、8t/ジェネレーター出力・1590kw/スラスター推力・238000kg/装甲材質・ルナ・チタニウム
武装・メガビームサーベル×1、60mmバルカン砲×2、簡易小型ミサイル×18
G・リファインに、高速移動用ユニットを取りつけたもの。
一撃離脱の戦法を、さらに確実にする為に舞が発案した物である。
このブースタ・ユニットのおかげで、短時間で目標に接近でき、尚且つ素早く離脱できるのである。
だが、このユニットは諸刃の剣でもあり、高速移動中はパイロットに膨大なGが掛かる為に、精神が強く、体力のある者しか使いこなすことは不可能である。
カスタム「26話が何とかできました」
栞「今回は戦闘シーンが多かったですね〜」
カスタム「結構、良くできた方かな〜………って思うですけど。どうです?」
栞「ダメですね」
カスタム「うぐぅ………即答………」
栞「だって、私が出てないし」
カスタム「………」