機動戦士ガンダム外伝−レジェンド・オブ・カノン−
私には妹が居る………いえ、居たのよ。
いままで忘れようとしていたのに、なんで今ごろ………
結局、私は運命に弄ばれる女なのかしら………?
美坂香里の日記より
第27話「交錯」
<11月6日 7時32分 佐祐理隊交戦ポイント>
数十分前に始まってから、予想も出来ないほどの激戦が繰り広げられている。
佐祐理、栞、舞、真琴、香里、ハラルト、ハインツ。
各軍のエースとも言える存在達が、一堂に会しているのだ。
これほど豪華で、壮絶な戦場は滅多に見られないだろう。
「舞」
「………何?」
佐祐理がG・リファインとくっつくようにする。
所謂、『ふれあい回線』と言うやつだ。
佐祐理は、舞との単独回線を開くと、舞に呼びかける。
「ここを舞と栞さんに任せても良い?」
「………何をする気なの?」
舞が怪訝な顔を見せる。
ミノフスキー粒子の影響で、モニターには佐祐理の顔は映し出されていないが、その声色は真剣さが感じられた。
「佐祐理は一気にフォボスの方に行きます」
「佐祐理、まだそれは危険」
「わかってます。でもこのままじゃ埒があかないから………流れが変わってしまう危険性があります」
確かに佐祐理の言う通りだった。
既に連邦軍の戦力は、消耗が激しくなっている。長時間の戦闘に疲れが出始めているのだ。
それは、サクセサーズにも言える事なのだが。
だが、このまま戦っていても、無駄に戦力を失うだけである。
いくら数で上まっている連邦でも、そんな事態は避けたいところであった。
「………判った。でも、一人ではダメ………」
「うん、判ってるよ、舞。進行中の艦隊に合流するから安心して」
佐祐理が一度決めた事は何があっても曲げない、と言う頑固さがあるのは充分承知であった。
故に、舞は渋々ながらも承諾するしか無かった。
佐祐理は、舞に心配を掛けないように、笑いながら声を掛けた。
その優しげな声に、舞もへの字に曲げていた唇を緩める。
「油断しないで、佐祐理」
「フフ………舞もねっ」
二人は軽く手を合わせながら、お互いの健闘を祈る。
そして、意を決した佐祐理は、ジム・カスタムをフォボスの方向に向ける。
「舞、祐一さん………見ててください。佐祐理は頑張りますよ!」
ジム・カスタムのカメラアイが光を発する。
次の瞬間、スラスターの光を靡かせながら、蒼いMSが闇を切り裂いて行った。
「あいつ! フォボスに行く気ね!」
佐祐理の動向に気がついた真琴が大声をあげる。
「ハインツ!」
「了解!」
真琴の意を汲み取り、すぐに佐祐理の追撃に向かった。
ハインツのザクIIが、マシンガンを構える。
黒光りする銃口をジム・カスタムに向けた。
「………!!」
だが、ハインツの視界が別の物体によって遮られる。
いきなりの事に、思わず仰け反ってしまった。
「佐祐理の邪魔はさせない」
その物体、G・リファインが、おもむろにザクの頭部を掴む。
そして間髪を入れずに、力を加える。
グシャアッ!!!
金属のひしゃげる音がした。
G・リファインがザクの頭を握り潰したのだ。
金属の破片がそこら中に散らばっていく。
「ぬう!! カメラ・アイをやられたとは!!」
コックピット内を、ハインツの絶叫が木霊する。
カメラを潰されたため、ほとんどのモニターにはただ砂嵐が映っているだけであった。
「なっ………!? ハインツ!」
真琴は信じられない表情で、動かないハインツのザクを見つめる。
「真琴さん! ヤツはただ者じゃないですよ!」
「そんなの………見りゃわかるでしょ!!」
瞬時に危険を察知した真琴は、両肩の砲門を舞に向ける。
折畳式のメガ粒子砲を、砲撃モードへ展開させる。
そして発射。
「………」
だが、舞は光の軌跡を冷静に判断し、回避していく。
相手の攻撃が止まったのを確認すると、手元のトリガーを引いた。
G・リファインのバック・パックが開き、中から無数の小型ミサイルが発射された。
ミサイルは扇状に展開しながら真琴達の方に向かっていく。
「! そんな単調な攻撃なんか当たらないわよ!」
ミサイルは若干、追尾機能が搭載されているのか、曲線を描きながらネッツーキの追いすがる。
だが、真琴の言う通り、ミサイルは一つも当たらずに爆散を繰り返していった。
「ふふん、だから言ったで………」
「甘い」
「え!?」
真琴は油断していた。
まさか、G・リファインが爆発の際に接近していた事など、思っても見なかった。
G・リファインの手元には巨大な光の剣が握られている。
真琴の背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
ザシュッ!!
舞がビームサーベルを真上に振り上げる。
その切先がネッツーキのメガ粒子砲の砲門を斬り落としていた。
「あうー!!」
「これで大砲はつかえない」
ネッツーキのコックピットが激しく揺さぶられる。
「くっ………なんなのよ、こいつは!」
苛烈な攻撃に、堪らず後退する。
「逃がさない」
舞が逃げようとするネッツーキに突進をかけようとする。
G・リファインのスラスト・バインダーが起き上がり、発光する。
追撃態勢に入った舞は、逃げるネッツーキを肉眼で捕らえながらスラストレバーを押し込んだ。
ネッツーキとG・リファインには、瞬間的な加速の違いに大きく隔たりがあった。
砲撃戦を想定するネッツーキでは、舞のG・リファインに対抗できるスピードを持ち合わせてはいなかったのである。
ましてや、ネッツーキは損傷している。追いつけない筈が無かった。
「真琴さん!! 後ろ!」
「………!」
他のチームとの交戦をしているハラルトが、真琴に危機を知らせた。
だが、助けにいく事は出来なかった。
自分も手いっぱいなのである。
「………ってい!」
「………そ、そんな! この私が………!」
ザスッッッ!!!!
真琴は最後まで言い切ることは出来なかった。
無情にも、G・リファインの大剣が、ネッツーキの胴体を横一文字に切り裂いていた。
機体は二つに分かれ、脚部が虚空へ流されていく。
胴体部分からは、激しく火花が散っていた。
パシュッッ!!
「………」
舞は、ネッツーキから小さな丸型の物体が射出されるの確認した。
緊急用の脱出ポッドである。
リニアシートを搭載しているMSである証拠に、綺麗なボールのような形をしていた。
「………この私が、なんて無様なの………!?」
ポッドの中では、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる真琴の姿があった。
あまりの悔しさからか、拳が白くなるまでに握り締められている。
ここが戦場でなくて、尚且つ指揮官でなければ、癇癪の一つや二つ起こしたい気分であった。
仲間の命を預かる立場である真琴は、僅かに残っている理性で、なんとか気持ちの昂ぶりを抑えていた。
「真琴さん! 大丈夫ですか!?」
ハラルトが、隙を見てポッドに駆け寄る。
そして、小さなポッドを抱きかかえるようにした。
「真琴さん、もう持たないです! 撤退を!」
「………こっちの残存機は?」
真琴の押し殺したような声に思わず目を丸くするハラルトだが、そんなことを気にしている場合でない事に気付く。
「無事なのは俺だけです。ハインツもボロボロにやられて………」
完全に形勢は舞達の方に傾いていた。
「くっ………仕方ないわ。ペルセフォネまで戻るわよ! ハインツも連れて行きなさいよね!」
「もちろんです! 行きますよ!」
返事を返しながら、ハラルトはビームの火線を避けながらハインツのザクを掴む。
逃げるのを察したのか、舞はすかさず接近しようとした。
「あんたには、良い物をくれてやるよ!」
ハラルトが舞に向けて自機の右腕を掲げる。
そして、小さな玉を射出した。
玉は舞の所まで来ると、細かく破裂し、目が眩む程の強い光を発し始めた。
「………! 閃光弾………!?」
咄嗟に手をかざす。
周りのモニターは、真っ白になってしまい、何も映さない状態であった。
数秒間程だったが、舞には長い時間に感じられた。
しばらくすると、閃光弾の効力が切れ、元の黒い風景に戻っていく。舞は、ハラルトの所在を確認しようとしたが、ザクが既に米粒程度に見える距離まで離されてしまった。
ブースター着用時ならば、追いつけない事も無いが、今はそれが無い。それに深追いをしてもしょうがない、とも感じていた。
舞は、仕方ないといった表情で、ザクの後姿を見つめていた。
「………しまった」
ふと気付いた事がある。
良く見ると、エネルギー残存量がほとんど空の状態だった。
調子に乗りすぎた為である。
(また祐一に言われる………)
前回も同じような過ちした舞は、帰ってきてから祐一にお小言をもらったのである。
少々直情的な部分があるのかは判らないが、後先を考えずに行動してしまうところがあるようだ。
「川澄曹長、どうする? このままフォボスを攻めるか?」
同僚のパイロットが舞に声を掛ける。
「いや………深追いする事は無い。それに栞も心配………」
「了解。じゃあ、俺達は美坂の援護に向かうよ。あんたはどうするんだ?」
「私は一旦パッヘルベルに帰頭する。整備しなおさないと」
舞はサーベルを腰のホルダーに着けると、パッヘルベルの方向を確認する。
他のパイロット達は、舞の指示通りに栞の援護に向かった。
それを見届けると、舞も再度スラスターを駆動させる。
派手に使ってしまったG・リファインを気遣いながら、パッヘルベルへと向かって行った。
◇
<同日 7時38分 栞・香里交戦ポイント>
2機のMSは微動だにせず、ただお互いを見詰め合っていた。
静寂が漂う。とても奇妙な雰囲気であった。
「………おねえちゃん、なの?」
「………」
G・リファインに搭乗する栞は、呆然とした顔で、目の前のリック・ドムを見据えている。
対する香里もまた、普段の冷静な雰囲気がなくなっていた。
「今の声! お姉ちゃんなんでしょっ!?」
「………な!?」
いつもの温和な栞からは考えられないほどの厳しい声。
その表情は、驚くほど必死であった。
その真剣な声に、香里はビクリと身体を震わす。
「………ほんとに栞なの?」
「お姉ちゃん! お姉ちゃんなんだね!?」
ぼそりと呟いた香里の声を、栞は聞き逃さなかった。
前に乗り出すように、香里のリック・ドムへ近づいていく。
もどかしそうにシートベルトを外すと、G・リファインのコックピット・ハッチを開いた。
その様子を見ていた香里も、構えていたマシンガンを降ろすと、栞と同じようにコックピットを開いていた。
お互いにコックピットから這い出る。
「………」
「………」
二人とも黙って見詰め合う。
だが、ヘルメットを被っている為に、二人の表情は読み取れなかった。
「………お姉ちゃんっ!!」
感極まったのか、泣き声を響かせながらコックピットを蹴り、香里の元へと泳いで行った。
「………栞……」
香里は呆気にとられた顔で、飛んでくる栞を抱き止めた。
泣きながら強くしがみ付く栞の背中を、優しく擦っていた。
栞が顔を上げる。
視線の先には、ヘルメット越しに見える、最愛の姉の姿が映っていた。
「………やっぱり、お姉ちゃんだ………! 嘘じゃないんだよね?」
「栞………良く生きて………」
二人は会話する為に、互いのヘルメットをくっ付ける。
そうする事によって、通信が可能になるのだ。
「お姉ちゃん、会いたかったよぉ………! 顔を良く見せて………?」
抱きしめ合いながら、再会を実感する栞と香里。
傍から見れば、恋人同士がキスをしているようにも見えた。
「二度と逢えないと思っていたのに………」
「お姉ちゃんこそ、なんでこんなところでMSなんかに乗ってるの………?」
「あなたこそ………」
この宇宙空間では確かに、感動的な再会の場面には、少々不釣合いな場所である。
しかも傍には、二人が乗っているMSが漂っている。
これほど奇妙な光景は無かった。
「………もうずっと逢っていなかったんだね。どれくらいたつのかな?」
「10年以上よ………栞と離れ離れになってからね」
「そっか………もうそんなに経つんだね………」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら話を続ける栞を、香里は、赤子をあやすように撫でていた。
「でも………何故、栞がMSなんかに乗っているの? これがどんなに危険なのか、判っているの?」
「えぅ………そ、それは………」
香里に突然、聞かれた為に、多いに慌ててしまう。
少し怒った表情を見せる香里に、栞はただおろおろするばかりであった。
だが、その困ったような表情の栞に、すぐに様相を和らげた。
「冗談よ………でもね。本当にMSは危険なのよ? どうして乗る気になったのかしら?」
一転して、優しげな声で語りかける。
栞も安心したのか、ひとつ息を吐きながら、喋り始めた。
「………私ね、守りたい人がいるの。でも、その人はMSのパイロットだったから………私も同じパイロットにならないと、守れないから………」
しどろもどろになりながら、必死に言葉を紡ぐ。
香里には、その栞の健気さが眩しく感じられた。
「そう………好きなのね? その人の事」
「えっ! ………う、うん」
香里の言葉に、真っ赤になりながら答える。
可愛らしい。
正に可憐、といった表現が相応しかった。
「………大事にしなさい。その人の事、離しちゃだめよ?」
「………うん!」
元気良く、はっきりと言い切った。
「ねえ………お姉ちゃん」
「………なに? 栞」
しばらく時が経つのを忘れて、抱きしめ合っていた二人だったが、突然栞が話を切り出した。
「お姉ちゃん………サクセサーズなの?」
「………」
「………お姉ちゃん」
「………ええ、そうよ。今はサクセサーズに所属しているわ………」
「そう………そうなんだ………」
「………」
栞にとって、姉からは聞きたくなかった答えだった。
香里も、言いたくなかったであろう。だが、正直に答えるほか無かった。
嘘をついても、傍に漂うリック・ドムが一番の証人である。すぐにばれてしまう事だった。
栞は、判っていた事だったが、違っていて欲しかった。そう思わずにはいられなかった。
しばし沈黙が訪れる。
「………やだよ」
「栞?」
「嫌だよ! お姉ちゃんもこっちに来てよ! サクセサーズなんか、やめちゃいなよ! そうすれば………そうすれば、私達は一緒にいられるのに!!」
「栞………」
栞は肩を震わせながら、香里に懇願していた。
悲痛な叫びが、何も無い宇宙に木霊していく。
だが、栞の願いとは裏腹に、香里の顔にはやりきれない寂しさと悲しさが漂っていた。
「ダメなのよ………栞、判って………」
「どうして………? 私のことが嫌いになったの!?」
「そんなわけ………そんなわけ無いじゃない!!」
声を荒げて否定する。
その、初めて聞いた香里の怒声に、栞は驚愕した。
「お、お姉ちゃん………?」
「そんなわけ、無いのよ。それだけは判って? でも………栞に大切な人がいるように、私にも大切な人が待ってるのよ………だから、ご免ね」
「お姉ちゃん………」
悲壮な表情の中に、並々ならぬ決意が、香里にはあった。
誰にも入りこめないような、そんな決意だった。
栞はそんな香里を見ると、少しだけ嫉妬を感じてしまう。
その『大切な人』に。自分でも身勝手だと思いながらも。
「でも………それじゃ私たち、このままじゃ………」
「………」
栞は口に出すものの、段々語尾が小さくなっていく。
栞は連邦。香里はサクセサーズ。
香里には、栞の言わんとする事が判っていた。
「栞、良く聞くのよ………もう、MSのパイロットなんか辞めなさい。これは私からの忠告よ………」
「………!!」
栞は驚いて香里の顔を覗き込む。
信じられないといった表情で自分の姉を見つめる。
香里は、耐える様に眼を瞑りながら、栞の身体を押しのけるようにした。
「さあ………この空域も危なくなるわ。早く逃げなさい………」
「え………? それってどういう事………?」
「………」
「………お姉ちゃん?」
「ご免ね………栞っ………!」
「!!」
香里は驚くべき行動に出ていた。
栞の身体を自分から引き離し、G・リファインの方に突き飛ばしたのである。
栞は突然の事に対処できず、ただ流されるままにG・リファインのコックピットまで飛ばされて行った。
「お姉ちゃんっ!! どうして!!」
栞が慌てて声を掛けたときには、既に遅すぎた。
素早い動きでリック・ドムに乗りこみ、再起動させているところだった。
リック・ドムのモノアイに光が灯る。
「栞! あなたは帰るべき場所に帰りなさい!」
「そんなっ………! 嫌だよ! お姉ちゃん!」
栞はなんとか姉を引き止めようとするが、願い空しく、香里は栞に背を向けた。
「お願い! お姉ちゃん、行かないで!!」
涙をぽろぽろ零しながら懇願する栞に、後ろ髪を引かれつつも、覚悟を決めてスラスターを解放し始めた。
「………私なんかと逢わなければ………こんな悲しい別れをせずに済んだのにね。運命と言うものは、こうも辛いものなのかしらね………?」
ふっと、口元を歪めて笑う。
極めて自嘲的な笑みだった。
「さようなら………栞………」
その言葉を残して、香里は何処へとも無く飛び去って行った。
「おねえちゃああああぁぁぁん!!!!!!」
栞の絶叫が木霊する。
リック・ドムが飛び去った後に残ったのは、スラスターが吐き出した光芒の名残だけだった。
それはあたかも、涙の粒のようであった。
続く
栞「滅」
カスタム「ぎゃああ!!!(死)」