小さい頃から真琴の面倒を見てくれた美汐。
真琴のお母さんみたいな人だ。
いつも優しくて、時には真剣に怒ってくれる。
だから真琴は美汐のことが大好きだ。
これからも美汐と一緒に暮らしたいな。
<連邦軍工場前>
「結構似合うじゃないの」
ジオン軍少尉・沢渡真琴は、同じ部隊の部下であるハラルトの格好を見て感嘆の声をあげていた。
ハラルトはあらかじめ持ってきた連邦の服に着替えていた。
はたから見たら全く判らない。
「………あんまり嬉しくないです……」
「なによーっ、せっかく誉めてあげてんのに」
興味深そうに見つめる真琴に対し、ハラルトの表情は未だに沈んでいた。
真琴はそんな事お構いなし、と言った感じでハラルトの手を引っ張った。
「ほら!着替えたらさっさと入るわよ!」
「判りましたからそんなに引っ張らないでください!」
意気揚揚と乗り込もうとする真琴。
真琴によって引きずりまわされるハラルトの後姿には哀愁すら漂っていた。
「その格好ならまずばれる事は無いしね。後は………」
立ち止まり、ハラルトの方に向く。
「さあ、さっき教えた通りやってみなさい!」
「……マジでやるんですか?」
「あったりまえでしょ!!いいから、ほら!」
「わ、わかりました」
緊張しているのか、胸に手を当て落ち着こうとしている。
深呼吸までしている。
「早くしなさいよぅ」
「は、はい」
真琴にせかされ、覚悟を決めたように目を瞑る。
そして、
「ま、ま、『真琴、行こうか?』」
「『うん!おにーちゃん♪』」
ハラルトは(心の中で)鼻血を噴き出していた。
彼にとっては相当のダメージだったらしい。
なぜかうずくまっている。
「?どうしたの……?」
真琴が不思議そうに顔を覗き込んでいる。
「い、いえ………何でも無いです………」
「そお?なんか顔色悪いけど」
「だ、大丈夫ですって!ほらほら!!」
元気よく腕を振って見せる。
真琴は怪訝な顔をしていたが、納得したようだ。
どうやら二人は兄妹と言う関係で潜入するらしい。
「早く行こう!『おにーちゃん』!」
ハラルトは貧血になったかのように、よろめいてその場にひざまずいてしまった。
(俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ俺は正常だ!!!!)
念仏のようにぶつぶつと呟いている。
女性に対して免疫の無いハラルトにとっては、悪魔の囁きに等しかった。
「もー!遊んでないでさっさと来る!!」
奇怪な行動をするハラルトに業を煮やしたのか、有無を言わさず連れていった。
「待って!まだ心の準備が………!」
「時間が無いのよ。遅れたら美汐にしばかれるのよ?それでもいいの?」
「………頑張ります」
よほど美汐のお仕置きが嫌なようだ。
昔嫌なことがあったのだろうか。
そのまま二人は工場の中に入っていった。
ハラルトはさり気なく繋がれた手を見て顔を赤くしながら入っていった。
二人が歩いていると工場の前の前にガードマンが居るのを確認した。
ハラルトは慌てずガードマンに敬礼をすると男のほうも敬礼をした。
どうやらジオンということはばれていない様だった。
第1段階クリアである。
「おや?見ない顔だな……あ、お前新米だな?」
近くに来るといきなり声をかけられた。
「ええ。数日前、こっちの方に異動させられたんですよ」
無難に答えるハラルトであったが、内心ドキドキであった。
「大変だな、こんな時期にジャブローに異動なんてなー」
「はは、全くですね」
少々笑顔が硬いようだが、怪しまれていないようだ。
ふと男が真琴の存在に気がつく。
「あれ?この娘どうしたんだ?」
ハラルトはビクッと肩を振るわせた。
しかし真琴の方はと言うと、にこにこと余裕の笑みを浮かべていた。
「はじめまして。これから私の兄がお世話になります〜」
ぺこり、と男に対して頭を垂れる。
「こいつはご丁寧に。……で、どうしたんだいお嬢ちゃん?」
そういって真琴の頭をなでる。
真琴は子供扱いされたせいで内心キレかかっていたが、なんとか押さえていた。
「実は、私MSにすっごく興味があって………『おにーちゃん』と一緒に工場の中を見学したいなー、って思ったんですぅ〜」
ハラルトは『おにーちゃん』攻撃にかなりのダメージを受けていたが、多少なりとも免疫ができたのか、倒れることは無かった。
「えっ?見学って、この中をかい?」
「はい〜」
「うーん……ちょっとなあ………時期が時期だしなあ」
男は渋い顔をしている。
真琴はすかさず次の作戦に出た。
「お願いします〜。どうしても見たいんですぅ〜」
「でもね、お嬢ちゃん。中は危険がいっぱいだし………」
「お願いします〜(うるうる)」
真琴の瞳が潤む。もちろん目薬だ。
「「うっ!!」」
男は真琴の演技にすっかり騙されていた。
なぜかハラルトも騙されていた。
真琴は性格はどうあれ、かなりの美少女である。
その真琴が顔を少し紅潮させ、瞳をうるませている。
この攻撃に耐えられる者は、この場所に居なかった。
「わ、わかった。今回だけだぞ、お嬢ちゃん?」
とうとう男が折れた。
真琴は顔を上げると目も眩むような笑顔を見せた。
もちろん演技である。
「あ、ありがとうございますぅ〜」
「いやあ〜、ははは。これくらいお安い御用だよ」
真琴の笑顔を見て、男は鼻の下を伸ばしていた。
その光景を見ていたハラルトはなぜか面白くなかった。
「ほ、ほら!早く行くぞ、真琴!」
先に中に入っていくハラルトを慌てて追いかけていった。
「あ、待ってよ〜。『おにーちゃん』!」
不意打ちだったのか、ハラルトは足がもつれて壁に頭をぶつけていた。
「………さっきから何やってるのよ、あんた」
「………何でも無いです」
当てた所が少し赤くなっている。
「(ヒソヒソ)でも少尉、凄いですね。あんな演技ができるなんて思いませんでしたよ」
「(ヒソヒソ)あれ全部、美汐がシナリオ書いたのよ」
ハラルトは驚愕の表情を浮かべていた。
美汐があの台詞を考えたかと思うと、信じられないという気持ちになっていた。
「真琴も時々美汐の事がわからなくなるわ………」
「そうでしょうねえ………」
などとしみじみ思ってしまう二人であった。
「さて、とりあえず中に入れたわね。MS格納庫を探さないと………」
「あ、待ってくださいよ」
気持ちを切り替え、先に進む真琴。
ハラルトは慌ててその後を追っていった。
しばらく歩いていると、二人が探していた目的地に着いた。
そこにはかなり多くのMSが製造・整備を受けていた。
その数にしばし呆然としていたが、ふと我に帰ると二人は軍人の顔に戻っていた。
「かなり多いわね………ほとんどジム…戦闘機………新型は無いみたい」
「この前の青いジムはいないですね」
青いジムとは、祐一のジム・カスタムの事であろう。
「うん………他の格納庫も見てみたいけど、そんな時間は到底無しね」
真琴が突然近くに居たメカニックの男を呼ぶ。
怪訝な顔をしながら近づいてきた。
「なんか用か?」
「あのぅ〜、一年戦争の時に使ってたって言われる地下水路ってまだあるんですか?」
遠慮がちに切り出す。
しつこい様だがこれも演技だ。
「ああ、あれね。もう被害が酷いんで修復されてないんだよ。今はもう使われてないよ」
「なるほど〜。ありがとうございました〜」
男が去っていったのを確認すると、おもむろに髪飾りから小型無線機を取り出す。
金属探知機にも反応しないタイプだ。
「もしもし、こちら偵察隊。応答願いまーす」
しばらく経ってから返事が返ってきた。
"はい、こちら天野大尉……真琴ですか?"
「そうだよ。確認し終わったから報告するね」
真琴はMSの数、工場の内装、その他の格納庫の数、進入経路などを報告した。
"……判りました。それではすぐにジャブローから離脱してください。貴方達の最初のポイントから南に200m先に戦闘機が用意してあります。地面の下に隠されてますから気をつけてください。作戦が始まるまでそこで待機。作戦開始してから離脱してください"
事細かに脱出のプロセスを説明する。
「わかった。美汐も気をつけてね」
"もちろんです。………ところでハラルトは居ますか?"
「え?ハラルト?うん、いるよ。変わる?」
"お願いします"
真琴はハラルトに無線機を渡す。
ハラルトはまさか自分にお鉢が回ってくるとは思ってなかったために、大いにうろたえていた。
「……もしもし、ハラルトです」
"ハラルト、今回はご苦労様でした。貴方のお陰で偵察も無事に終わりそうですね"
ハラルトに労いの言葉をかける。
その言葉にハラルトは、ただ単純に感動していた。
「あ、ありがとうございます」
"真琴も貴方が居たお陰で失敗せずに済みましたしね"
「え?それってどういう意味ですか?」
"さあ、どういう意味でしょうね?"
わずかにからかいが含まれていたが、ハラルトには気付かなかったようだ。
"………真琴のこと、これからもよろしくお願いします"
「え…あ、はい……」
"それでは"
無線が切れる。
ハラルトは何か釈然としなかったが、今の彼にはわからなかった。
真琴はそんなハラルトを不思議そうに見つめていた。
◇
<ジャブローより少し離れた湖>
無線が切れた後、しばし美汐は物思いに耽っていた。
やがて決心したかのように顔を上げる。
「皆さん、聞いてください」
美汐の言葉にざわめきが一瞬で静まった。
ここにはハインツ、フィレンツェンの他に2,3人のパイロットが居た。
「今から1時間後、作戦決行です」
「ですが他のものは離脱してください」
おおっ、と辺りがざわめく。
皆、突然のことで呆然としていた。
そんな中、ハインツが手を上げ、発言を求めた。
「なんですか、ハインツ?」
「理由を教えてください」
唐突に切り出す。
回りくどいことはしない、彼の性格をよく表していた。
美汐は黙っている。
やがて口を開いた。
「この作戦ははっきり言って危険です。そのようなリスクを負ってまで付き合うことはありません」
「理由になっていません」
何とかごまかそうとした美汐であったが、ハインツには通用しなかった。
「さすがハインツですね。手厳しいです」
「………教えていただけますか?」
「………」
美汐は無言で立ち上がる。
「………"足止め"です」
「足止め、ですか…?」
ややあって。
「少しだけ話をしても良いですか?」
皆に確認を取る。
否定する者は居なかった。
しばしの沈黙の後、
数日前のことである。
「ジャブローに侵攻……?」
「そうだ」
美汐は珍しく驚きの表情を表していた。
話している男は恐らく美汐の上司であろう。
その二人が今話している。
「それは私の部隊だけで、という事ですか?」
「そうだ。残念ながら、我が軍に余計な戦力を割くことはできん」
「………理由をおっしゃって下さらないと、こちらも納得がいきません」
珍しく怒ったような口調になっている。
しかし男はそのような美汐の感情に気付きもしなかった。
「今ジオンは再建に向けて動いていることは知っているな?」
「はい」
「だが、事はそうそう上手く運ばないのだ。連邦の方も一部だがこちらの動きに感づいてきているらしい」
「………」
「後わずかの時間で準備が整うのだ。その為に敵の本部の足止めをしてもらいたいのだよ」
「"足止め"ですか………」
美汐は困惑したように俯く。
「そうだ。連邦が混乱している間に事を進めたいのだ」
「………」
「天野大尉。これはギレン閣下(注1)のご意志でもあるのだよ。ジオン再興のための」
「ギレン閣下の意志………」
その言葉は美汐の胸に深く突き刺さっていた。
美汐が現在ジオンの軍人をしているのも、ひとえにギレンの存在があったからであろう。
「………了解しました。天野美汐大尉、ジャブローに向かいます」
「うむ、健闘を祈る。この作戦が成功した暁には、君の二階級特進は間違い無いだろう。頑張ってくれたまえ」
美汐は敬礼をすると退出していった。
話し終えた美汐はどこか晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「………皆、ここまでついてきてくれて、ありがとうございました。私はここに残りますから全員離脱してください」
その言葉を聞いて全員立ち上がる。
美汐はその光景を黙って見ていた。
「さて、作戦まで40分しか無いぞ。最終点検終わらせようぜ!」
「ああ、そうだなあ」
「…え!?」
ジオンパイロット達は何事も無かったかのように持ち場に戻っていった。
美汐は余りの事に呆然となっていた。
「姉御」
「フィレンツェン………なぜ皆、逃げないのですか!?私のわがままに付き合わされているんですよ!」
理解できない、といった表情でフィレンツェンを見つめる。
フィレンツェンはただ優しい目で美汐を見つめていた。
ハインツも近づいてくる。
「姉御、俺達はあんたに惚れ込んで付き合ってきたんだぜ?ただの何でも無い上司だったら、さっきの話の途中で逃げちまってるさ」
美汐はじっとフィレンツェンの話を聞いている。
「上の奴らなんか関係ねえ。俺達は"天野美汐"の兵隊なんだよ。それだったらあんたに従うのは当然だろう?」
「でも………」
「でもも、かかしもねえよ。俺達がいいって言ってんだからそれでいいじゃねえか」
フィレンツェンが後ろを振り向く。
「なあ?ハインツ」
「………」
ハインツは無言で美汐の前に立つ。
「美汐さん。私達を信じてください。なんでもかんでも自分で背負わないでください」
「ハインツ………」
「私達に分けてください。今のままでは確実に潰れてしまいます。………そんな貴女を、私は見たくありません………」
ハインツの真摯な目を見ていた美汐は、急に気恥ずかしくなった。
自分が恥ずかしかった。
仲間を信じられない自分が。
そう思えば思うほど、皆に対して申し訳無い気持ちが広がっていった。
「………ありがとう、皆」
美汐にもう迷いは無かった。
「私、吹っ切れました。皆の気持ち、受け取りましたから」
「そうそう。それでこそ俺達の隊長さんよ」
フィレンツェンが豪快に笑う。
「私、他の人達に謝ってきます」
そう言うと、すぐさま駆け出していった。
美汐の後姿を二人は、感慨深そうに見つめていた。
「姉御ももうちょっと柔らかくなりゃいいのになあ」
「まあ、そこがまた良いんじゃないでしょうか」
ふと、フィレンツェンがハインツの方を向く。
「………良いのかい?ハインツ。お前さん、好きなんだろ?」
「………」
「早く言っておかねえと後悔するぜ?」
「………大丈夫です。絶対生きて帰りますから」
「………そうかい。ま、俺には関係のない話だけどな」
言いながら、ハインツの肩に手を置いた。
何時の間にか、手にウィスキーのボトルを持っている。
「まだ時間があるからな。……一杯、どうだ?」
「………二人で飲むのも久しぶりですね」
二人で笑い合いながら近くの切り株に座った。
その後、時間ぎりぎりまで杯を交わしていた。
そして、時間。
「それでは、行きます」
美汐の号令で一斉に動き出した。
美汐の乗るケンプファーのコックピットハッチが閉まる。
同時にモノアイが光り輝いた。
フィレンツェン、ハインツ以下の者は、全員ハイ・ゴッグに乗っている。
これから地下水路を通って進入するからだ。
ケンプファーには防水加工されたコンテナに収納されている。
「………作戦開始!」
続く
<MSデータ>
・その7 MS−18E ケンプファー 主なパイロット・美汐
頭頂高・17,7m/本体重量・43,5t/武装・ショットガン×2、ジャイアントバズ×2、シュツルムファウスト×2、ビームサーベル×2、60mm機関砲×2、チェーンマイン×1
強襲用に分類される特殊MS。ドムの延長にある地上での高速ホバリング走行での強行偵察、攻撃などを目的に作られた。
姿勢制御バーニアと共に大推進のスラスターで高い運動性を示した。
サイド6の事件の時に作られた物の設計図を元に、数台作られた。
チェーンマインは小型炸裂弾を幾つも繋ぎ合わせたものである。
・その8 MSM−03C ハイ・ゴッグ 主なパイロット・ハインツ、フィレンツェン
頭頂高・15,4m/本体重量・54,5t/武装・クロー×2、ビームカノン×2、魚雷×4、ハンドミサイル・ユニット×2
ゴッグの全面改修を行った水陸両用MS。
ゴッグの水中での巡航速度と、ズゴッグ並の地上での運動性、格闘戦能力を両立するために後のグリプス戦役で活躍することとなるTMS(トランスフォーマブル・モビルスーツ)に繋がるような一種の変形機構の発想の萌芽が見られる。
武装は基本的にゴッグと同じく、内蔵式のメガ粒子砲、魚雷の他、外付けでミサイルランチャーの装備が可能である。
(注1)
ギレン閣下………ギレン・ザビのこと。
ジオン公国の実質的な指導者。IQ240という記録の残されている天才であり、
ファシズム・ジオンの中核である人物であった。
自分の父であるデギン公王をソーラ・レイで焼き殺し、自分の妹であるキシリア・ザビに殺される、という因果応報を絵に描いたような物であった。
はい、第7話完成です。
前回MS出すとか大口たたいてたくせに、今回最後のほうしか出せませんでした………
うぐぅ、自分の能力の無さをまざまざと見せ付けてしまいました。
しかも、余計に長いし。
次回は絶対確実に、MSの戦闘があります。
楽しみにしていた方、次回まで待っててくださいね(^^;
それではー!