フルメタル・パニック! Short Story






 Go Go テッサ♪

 

 

 Phase:6





 すっかり日も沈み幾分涼しくなった夏の夜だが、この旅館の一部屋は未だに常夏であった。

 もちろん向かい合ってリトマス試験紙で何やらチェックしながら食べている男と、それをにこにこして

 見ながら地元の料理を堪能している美少女と、ちょっと変わったカップルも熱々だった。

 それはさておき、話は数時間前――しかも場所もここでは無い所から始まる。

 太平洋上の孤島、メリダ島。

 ここはテッサ、宗介の所属する組織”ミスリル”の西太平洋艦隊の基地である。

 現在、部隊の戦隊長も兼ねているテッサが不在の為、副長を務めるマデューカス中佐が再編成の指揮を

 勤めながら、手元のある書類を見ながら今後の予定を検討していた。

 「ふむ、この分なら予定より早く仕上がりそうだな……」

 書類を机の上に置き、立ち上がり窓から見える海を見ながら少し冷えたコーヒーを一口飲んだ。

 「これで大佐殿も呼び戻せる……あの男の毒牙に掛かる前にな」

 宗介に限って言えば自らテッサに手を出す事はまずあり得ないのだが、我が娘のように心配しているマデューカス

 としては、彼女に近づく物は自分の眼鏡にかなった者でなければならないといつも思っていた。

 まして相手は彼女にとって部下、しかも傭兵の一兵卒に過ぎない……そんな男はマデューカスに取っては

 認める事が出来ない相手なのである。

 今現在、監視下にあるとは言え宗介の自宅で無い、しかも二人っきりで温泉旅行などはまるで新婚旅行を暗示している

 ようで、マデューカスはここ最近胃薬が常備薬になっていた。

 「彼女には私が選んだしっかりとした者と幸せになって貰いたいものだ」

 こんこん。

 「失礼します、中佐」

 「何かね?」

 「マオ曹長より定時連絡です」

 「ふむ、読んでくれたまえ」

 「は、はあ……」

 「どうした、何かあったのか?」

 「いえ、そう言う訳じゃなくて、その……」

 「かまわんから読んでくれ」

 「はっ、それでは……『今夜乙女の花開く』、以上です」

 「………………」

 「中佐殿?」

 「部隊全員に通達、ダナン緊急発進、作戦目的は……大佐殿の保護とサガラ軍曹の捕縛だ」

 「はっ?」

 「急げ! 最優先命令だ!!」

 「は、はいっ」

 振り向いたマデューカスの表情を見た通信士は、腰が抜けかけたのか這い蹲るように廊下を走っていった。

 「サガラ軍曹……私は女王陛下に誓って貴様を生かしては置かない」

 かなり私情が入った命令だが、今のマデューカスの言う事に逆らう愚か者はいないし、まして部隊のアイドルの

 一大事となれば普段の作戦より兵士たちの志気が異常に高かった。

 その様子を見ながらカリーニン少佐はただ苦笑いを浮かべていたが、気に留める者はいなかった。






 そんな脅威が近づいているとは全く気が付くはずもないテッサと宗介は、夕食も終わりお茶を飲んでいた。

 「こんな風に落ち着いての夕食なんて良いですね」

 「はい」

 「サガラさん、くつろいでいますか?」

 「はい、くつろいでおります」

 「サガラさん……」

 「は……」

 テッサのジト目に睨まれて宗介は、お膳の下で握っていた愛用のグロックを静かにホルスターに戻した。

 「全然くつろいでないですね、サガラさん?」

 「は、はい、申し訳ありません」

 宗介の態度にため息をついて、テッサは身を乗り出すように向かいに座っている宗介に顔を寄せた。

 「その……なんと言いますか、習慣というかその……」

 「事情は解ります、でも私たちは旅行に来ているんですよ?」

 「は、はい、それは解っているのですが……」

 「だったら、せめてこの旅行の間は普通の、その……」

 俯いてしまい語尾も小さくなってしまったテッサの姿に、宗介は立ち上がると自分の鞄に持っていた武器等を

 体から外してしまい込んだ。

 この行動はテッサの沈んだ様子を気にして宗介なりに気を遣ったのだが、その実精神的にはかなり張りつめていた。

 後にこの緊張感が宗介にとって、人生最大にて一大事になるとは思いもしなかった。

 「サガラさん……」

 「これで普通の旅行になります」

 「はい!」

 宗介の行動にテッサは嬉しくって元気を取り戻すと、いそいそとタオルとか着替えとか入浴に行く準備を始めた。

 「それじゃあサガラさん、温泉に入りましょう♪」

 「了解です」

 返事をする宗介の首には、すでにタオルが掛かっており、準備OKだった。

 部屋を出て露天風呂に向かうテッサは子供のようにはしゃいで、宗介にいろいろ話しかけて楽しそうだった。

 そんな様子を廊下の角から覗いている人影二つ、浴衣をきたメリッサとクルツである。

 「むふふ〜、準備はOK、クルツ?」

 「もちろん、仕掛けはばっちりさ」

 「それじゃ近くで見守るとしましょうか♪」

 「ただ単に飲みたいだけじゃねぇのか?」

 「行くわよ、あっ、そのお盆忘れちゃダメよ♪」

 「へーへー、少しは人の話を聞いてくれよ……」

 お酒を飲めるせいかご機嫌のメリッサの後ろを、お盆に載ったお銚子を落とさないようにクルツは付いていった。

 そして、海の中を全速航行しているダナンの中でマデューカス中佐は怪しく目眼を光らせてモニターを見つめていた。

 「大佐、早まったマネをなさらずに、ご自分を大切になさってください」

 ブリッジの男性クルーたちもその呟きに無言で頷き、次の言葉にみんなの瞳には炎が燃え上がった。

 「サガラ軍曹、ここに戻ってきた時はアーバレストの代わりに弾道ミサイルで打ち出してやろう……ただし、

爆薬200kgと一緒にな」

 ちなみに世界の平和を守るのがお題目のミスリルだが、ダナンの乗員たちのほとんどはテッサの為にがんばっている

 所が、本来の目的と微妙にずれているの事に気が付く者はいない。

 私設ファンクラブのような人員を乗せて最新鋭の潜水艦は一路、目標の日本近海まで進んでいった。

 嫉妬の炎が満載のダナンは冷たい海の中で、艦内のエアコンが冷凍庫よろしくフル稼働していた。






 「ふぅ……ちょっと熱いですね」

 「は、はい」

 「サガラさん?」

 「あの……やはりこう言うのは拙いかと……」

 「『郷に入っては郷に従え』と言いませんか?」

 「いや、それはその……」

 「そもそも、温泉に来てお風呂に入らないのはおかしいです」

 「はぁ……」

 確かにテッサの言う事はもっともである、だが二人っきりで混浴と言う状況に、宗介の頭から冷静さが抜け落ちていた。

 水着の時もそうだが、裸で向かい合って入浴している事に宗介は顔を赤くしてテッサの方を見ないようにした。

 「それにしても星が綺麗ですね」

 「はい、晴れているのでよく見えます」

 「こんな風に星空を眺めるって……露天風呂って面白いですね」

 「はい、普段なら方角を知るために見上げたりしています…………テッサ?」

 「はいなんですかサガラさん?」

 「い、いや、その何故すぐ隣にいるのですか?」

 「問題が有りますか?」

 「え、い、あ、あの、別に……」

 「じゃあ構いませんね♪」

 「は、はぁ……」

 正面にいたはずのテッサはまずは宗介のとの距離を物理的に縮めてから、じっと彼の横顔を見つめる。

 ますます緊張感が高まる宗介の顔は大量の汗が流れ始めた。

 そんな二人を岩陰から酔っぱらっているくせに気配を消してデジカメと徳利を片手覗いている野次馬が二名いた。

 「いいわよ〜テッサ、その調子よ〜」

 「あ〜あソースケの奴、どうやら年貢の納め時か?」

 「星空を見ながら初体験……ロマンチックよね〜」

 「姐さん、顔真っ赤だぜ」

 「うるさい、早く酒持ってこいっ……ひっく」

 「はぁ……でも、今の内に……にやり」

 密かに持ち込んだもう一台の小型カメラで、向こうを撮りながらメリッサの写真も納めているクルツだった。

 「サガラさん……」

 「はい」

 「答え、聞いても良いですか?」

 「は、あの……」

 「どんな答えでもいいんです……だからっ、聞かせてください」

 テッサの真剣な瞳に宗介は言葉を失う、そしてそのまま息をするのも忘れたかのように見つめ合った。

 お風呂の熱気に当てられたのか、それとも緊張の為なのか、二人の鼓動はどんどん高まっていく。

 時同じくしてダナンは目標海域に到達、弾道ミサイルの発射態勢にあった。

 「解っているな伍長、これは今まで行ってきた作戦の中でも重大な作戦だ」

 「サー、理解しています、この身に代えても必ずや任務を遂行します」

 「よし、では逝ってこい」

 「……中佐、なんか語感が違うような気が?」

 「気のせいだ、成功を祈る」

 「サー!」

 燃える瞳でモニター越しに敬礼するヤン伍長が画面から消えると、マデューカスは遠い目をする。

 「良い伍長だった、二階級特進を申請しておこう……」

 作戦云々より、未だ弾道ミサイルを有人で射出した事がないし、かなりのGがかかるので普通は気絶、

 最悪はマデューカスの言葉通りになってしまうであろう。

 しかし今のダナンの中にそれを気づく者がいても止めようとする者はいなかった。

 「中佐、全準備完了しました」

 「うむ、ではこれから極秘奪還作戦及び極悪犯罪者捕縛作戦を開始する!」

 「「「「「イエッサー!!」」」」」

 ダナンの男性隊員の嫉妬と燃える伍長を乗せ、ミサイルは海中から巨大な水しぶきを上げ、発射された。

 ちなみにこの時、すでにヤンは気絶していたため、テッサの柔肌を見る事ができなくて男泣きをしたのは

 別の話である。






 好奇心が勝るメリッサとクルツが覗く中、二人は見つめ合ったまま沈黙していた。

 テッサは唇をきゅっ結んで、ただ自分の気持ちに決着がつくその時を待った。

 宗介はテッサを見つめたまましきりに考えていた、それは己を見つめ返すと言っても過言ではない。

 目の前にいる少女は自分にとってどんな存在なのか?

 ただの上官? 学校のクラスメイト? それとも……。

 口をへの字に結んだまま汗をだらだらと流し真剣に考えた、そして素直に思った事が心に浮かんだ。

 湯の流れる音と鼓動の音が支配した露天風呂で、宗介は一回瞬きをしてからゆっくりと口を開く。

 「テッサ」

 「は、はい」

 「自分は……」

 「はい」

 「じ、自分は……はっ!?」

 「サガラさん?」

 「テッサ!」

 「きゃっ!?」

 いきなり自分に覆い被さってきた時、テッサは勘違いをした。

 (こ、これが答えですか、サガラさん!?)

 (そ、そんなお風呂でなんて……で、でもこれがそうならわたしは……)

 身も心も任せると決めたテッサは目をぎゅっと閉じて宗介の背中に手を回して抱きついた。

 「二人とも、お姉さん感激よ〜」

 「まさか宗介の奴がなぁ……でも、初体験が露天風呂とはまた……」

 「クルツ! 急いで赤飯の準備!」

 「えっ、今から?」

 「え〜い、早くおしっ!」

 「うい〜っす、全く人使いの荒い……ん?」

 「お〜、そこよいけっ!」

 この場所で異変に気が付いたのは宗介とクルツだった、そして宗介はテッサを抱えて湯船の中に、

 クルツはメリッサを置いてきぼりにして逃げ出した。

 少し前から飛行機のような音が聞こえ、すぐに雷鳴のような音が上空で聞こえたと思ったら、

 何か巨大な固まりが露天風呂に落下してきた。

 どっぼ〜んっ!!

 この空から来た突然の乱入者に、ひなびた温泉旅館は大地震と間違えるほど激震した。

 「ぶっ」

 「か、かなちゃん?」

 気が付いたとき夜の旅館で寝かされていたかなめはやけ食いして憂さ晴らしをしていた。

 ちょうど御飯をどんぶりでかっ食らっている時に大揺れだから、つい咽せてしまった。

 「な、なんなのよ、いったい……」

 「地震かなぁ?」

 そう言って窓の外を覗いた恭子は、いきなりカメラを取り出して写真を撮り始めた。

 「なにやってんの、恭子?」

 「凄いよかなちゃん! あれ見てよ!」

 「はぁ……ああっ!?」

 かなめの目に映ったのは犬神家のなんとかのごとく、足を天に向けてひっくり返っているASだった。

 しかも自分もよく知っているM9”ガーンズバック”だった。

 それを見た瞬間、かなめは橋を握りしめたまま、露天風呂に向かって走り出した。

 「あんのばかっ!」

 「かなちゃん?」

 確かに学校で起こった事ならば宗介のせいかもしれないが、これは完全な誤解である。

 階段を飛び降りて溢れたお湯で濡れている廊下を滑るようにたどり着いたかなめが見た光景は

 想像を超えていたため、思考がそこでショートしていた。

 そこに息を切らせて追いついた恭子がかなめの横から顔を覗かせて露天風呂を見て、顔を真っ赤にして

 手を当てたが、指の隙間からしっかりと見逃さなかった。






 お湯の無くなった湯船、そこに横たわるテッサ、覆い被さる宗介、二人とも素っ裸である。

 しかもテッサの表情が如何にも何か終わった後のように、潤んだ瞳から涙が零れ、赤く染まった頬と

 上気した体が艶めかしかった。

 さらに追い打ちを掛けるように、逆さまになったM9のカメラはしっかりとその様子をダナンに送っていた。

 鼻血を出して倒れる者が大多数の中において、ただ一人ダナンのブリッジでテッサより宗介の顔を睨みながら

 ぶるぶると震えるのはマデューカスだった。

 「…………」

 こめかみに浮かぶ血管が今の彼の心境を正確に表していた、しかも髪の毛が『怒髪天を衝く』ごとく

 逆立ち、帽子を弾き飛ばしていた。

 そしてすべての中心にいる宗介とテッサは動くに動けなかった。

 宗介は辺りを警戒しつつも自分の下にいるテッサを見ないようにしたが、入り口の所にいるかなめと目が

 合ってしまい現状がかなり切迫していることを認識させられた。

 (まずい、これは非情にまずい、それになぜここにかなめが、それになぜM9が?)

 一方テッサの方は湯船に沈んだ時に少し頭をぶつけたのでぼーっと見上げていたが、意識がはっきりした瞬間

 自分に覆い被さっている宗介を見上げ、お互い裸だと解って固まっていた。

 (サ、サガラさん……)

 相良宗介、人生の最大の決断がすぐそこまで来ていた。






 つづく。







 はい、ご無沙汰です。

 しかも続く事になりました、あはー。

 宗介は生き延びる事ができるか? テッサのウェディング姿は見られるのか?

 大逆転の目はあるのかかなめ? そしてマデューカスの意外な行動は?

 言い訳のできる状態にいない二人を暖かく見守るカリーニン少佐は?

 怒濤の大円団を目指してがんばれテッサ。


 


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