コツ、コツ、コツ…

 



 薄暗い屋敷の中を、一人の男が歩いていた。

 歩くたびに固い革靴が立てる音が、廊下に響き渡る。

 

 外は雨。

 降り続ける雨の音が窓を叩き、鳴り響く雷の音が空気を震わせる。


 
 再び、窓の外で稲光が光った。

 男の姿が一瞬だが、照らされてあらわになる。

 黒いロングコートを着た男。


 
 年の頃は18〜25といったところだろうか。

 短く刈られた金髪で、頬に大きな刀傷のようなものが一筋はいっている。

 稲光を反射して輝くのは、首から下げた銀の十字架。

 格好だけを見れば、神父様といっても通じるだろう。


 
 しかし、男にはそれを素直に受け入れさせない特徴があった。


 切れ長の、美しいアイスブルーの瞳。

 その瞳からは、何の感情も読みとることができないのだ。

 まるで、人を殺しすぎた暗殺者のように。

 まるで、大切な人が目の前で死ぬのを見届けたかのように。

 まるで───人形のように。




 そして何より、彼が左手に持っている物。

 ファンタジーのような男の格好、そしてこの屋敷に不釣り合いな、黒く重たい散弾銃。

 





 

 男はそのまま廊下を歩き続け、やがて一つの重厚そうな扉の前で足を止めた。

 ゆっくりと両開きの扉の片方を押し開いていく。

 
 部屋の中は、真っ暗だった。

 光一つない、闇。

 ただ一つ───その中で爛々と輝く赤い双眸を除いては。




 赤い双眸が、跳ねた。

 男に向かって、一直線に向かってくる。

 男は何の躊躇いもなく、銃口を向けて引き金を引いた。

 爆発音、閃光、そして悲鳴。

 その全てが、その一瞬で行われた。

 男の左半身に、なま暖かい鉄の味の液体が降りかかった。






 赤い双眸は、悔しそうに男を睨み付けている。

 男はその視線にかまうことなく、腰に下げていた懐中電灯をつけた。

 赤い双眸の持ち主が白い光に照らされ、怯えたように身をすくめる。

 銃弾がえぐり取ったのは、相手の右腕だったらしい。

 長い金髪を持った美しい女が、右肩を押さえながら男を睨み付けていた。

 長くのびた犬歯は、吸血鬼の証。





 
 その女を見た瞬間、男の脳裏にフィードバックした記憶があった。
 





 
 それは、10年以上も前のこと。

 早くに両親を亡くした男は、最愛の姉とともに二人で暮らしていた。

 当然生活は苦しかった。

 しかし、聖女のごとき優しさを持った姉といれば、どんな苦しみも耐えられる気がしていた。




 そんなある日の夜、彼の家に吸血鬼が現れた。

 吸血鬼は暴れる姉を気絶させると、腕に抱いて去っていこうとした。

 男は当然それを阻止しようとした。

 そして振るわれる細剣。

 赤く染まる世界で男が見た物は、高笑いをあげながら飛び去っていく吸血鬼と、その腕の中のぐったりした姉の姿だった。

 





 それから、彼は復讐の為だけに生きてきた。

 吸血鬼の伝承は調べ尽くした。

 教会に入り、化け物退治専門部署に抜擢されるまで、血のにじむような試練に耐えてきた。

 それは全て、復讐のためだった。

 最愛の姉をさらい、血を吸い尽くし殺したに違いない吸血鬼への、復讐。






 
 何匹の化け物を殺しただろう。

 吸血鬼は11匹だ。獣人は…もう覚えてすらいない。

 慈悲の心はなかった。

 化け物にかける慈悲など持ち合わせてはいない。

 全身は血に染まり、すでに感情も消え失せた。





 
 全ては、あの日の吸血鬼への復讐のため。

 最愛の姉の敵を討つためだけに、男は今日まで生きてきた。







 
 目の前にいる女。
 
 それは間違いなく、在りし日の姉の姿だった。





 
 「………なの?」

 女が男の名を呼んだ。

 姉以外知らないはずの、彼の幼名で。

 女はその顔に嬉しそうな笑みを浮かべると、男を抱こうとした。

 十数年来の生き別れの弟に、再会の抱擁を、と。





 
 男は無言で、その腹に銃弾を撃ち込んだ。

 驚愕した顔で、女が崩れ落ちる。

 男はその体に向けて、引き金を引き続けた。

 鳴り響く爆発音と閃光、そのたびに女だったものの体は跳ねた。

 やがて、散弾銃のトリガーが軽い金属音しか鳴らさなくなった頃、男は銃口を下ろした。






 
 足下に転がるものは、もはやただの肉塊になっていた。

 男はその塊に向けて、ぽつりと呟いた。

 「姉さんは、死んだんだ…殺されたんだ…10年前に、あの吸血鬼に…」

 男はしばらくその言葉を繰り返した。

 やがて、男は肉塊に聖水をかけると、屋敷を後にした。






 



 姉を殺した吸血鬼を、探し求めるために。  
  
 







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ふふふふふふ。
こんばんは、ひろのです。
いかがでしたか?
NBCに相応しくない、ダークにしてブラッディ、そしてホラーチックなこの作品。
我ながら、何だこれ…と思わせる作品です。
しかし、ある意味これは書きたかったテーマでもありました。

姉はきっと、殺されずに女吸血鬼になったのでしょう。
それは事実です。
それが彼女の意志か、それとも吸血鬼の意志かはともかく。
彼女は、吸血鬼としてこの10数年を生きてきたのでしょう。

10数年を、姉の敵を討つためだけに費やしてきた男。

その男が、吸血鬼として生きている姉を見たときに、どのような反応をするか?

それが、この作品の分岐点とでもいうべき場所です。
この男の選択は「認めない」───でした。
なかったことにするのです。
目の前にいるのはただの吸血鬼、姉などではない。
姉は、10年前に死んだのだ─────。

この選択は、あくまで一つの結果に過ぎません。
他の選択もあったでしょう。
あなたなら、どうしましたか?
それを考えて頂くのが、この作品のテーマです。

それでは。

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