〜見つめちゃいやん!〜






 じー・・・






 日曜日ののどかな昼下がり・・・
 オレはのんびりした気分でカップを傾けた。
 ほろ苦い味が口の中に広がる。
 やっぱりコーヒーはブラックだな、とちょっと通ぶってみるのもご愛敬。
 ここは通りに椅子やテーブルを並べた開放的なカフェテラス、夏が終わりを告げた初秋の日差しの中、カップル達は
 想い想いの会話に花を咲かせ、愛を語り合うそんな雰囲気の空間。
 当然、オレ、いやオレ達もそんな恋人達の仲間の一組・・・の筈なのだが・・・






 じ〜・・・・
 二つの瞳がオレの頬の筋肉の動き一つ見逃すまいと、じっと見つめてきている。
 何とも言えない、この異様な視線・・・
 心持ち、痛い・・・
 まあ非好意的な物でないのは事実だ。
 だからといって愛情の余り、オレをじっと見つめているというだけのものでも無い。
 オレはちょっとため息を付く。
 いや、これでその相手がストーカーか、追っかけなら話しは早い。
 単純に一発怒鳴って追い返せば事は足りる。
 だがその相手が、オレの今一番大切な人、正式に付き合っている女の子・・・平たく言えば「恋人」なのだから、
 ちょっと始末に困る。
 思わず、オレは目の前の女の子を見つめ返す。
 ショートでまとめたさらさらの黒髪。
 赤みを帯びたつぶらな瞳。
 どことなく少年のような容貌の少女。
 それが神楽坂潤。
 高校2年生にして、俳優の卵。
 そしてオレの「彼女」・・・なんだけれど・・・
 何だかおかしい?
 視線の色がいつもと違う・・・






 もう一回、オレはため息を付くと、ちょっと恨めしそうな視線を潤に向ける。
 すると、彼女は慌てて視線を在らぬ方向へと逸らす。
 右・・・
 隣のいちゃつくカップルが、特に男の腕に押しつけられた女の子の胸が羨ましい・・・なんて事言ったら、
 30m/Secで「怒の鉄拳」がすっ跳んで来るから止めておこう。
 オレが潤と同じ方向を向くと今度は左・・・
 そっちは壁だっての・・・
 次は上・・・
 「見上げてご覧夜空の星を」と言いながら肩を抱くにはまだ6時間以上早い。
 あきれ果てたオレがまた視線を元に戻すと・・・






 じ〜・・・
 また最初に戻っている。
 さっきからこの繰り返し。
 これじゃまるで土曜8時台にやっていたという伝説的なお笑い番組そのままだ・・・
 久しぶりのデ−トだと言うのにオレ達は一体何をやっているんだろうか?
 仕方なくオレは重い口を開いた。
 「それにしても今日は珍しいな、潤から誘ってくれるなんて・・」
 「えっ・・・あっ・・・う、うん、そうかな?」
 唐突に会話を振られた潤は少ししどろもどろしながら応える。
 何か隠しているな・・。オレは直感的に感じる。
 俳優などを目指している割に、潤は根が生真面目で嘘が付けないタイプなのだ。
 隠し事の類はすぐ顔に出る。
 いわゆる「純粋まっすぐ君」と言う奴だ・・・。
 とにかく「自分自身」を演じることがもの凄く下手なのだ。
 自分以外で有ればどんな役でも見事にこなしてみせるというのに・・・
 まあそう言うところが、オレにはとても可愛いのだけれどね・・・
 「いつもは学校とか、養成所とかで大変なんだろう・・・いつもはオレの方が誘ってるからね・・・」
 「・・・そう言えばそうだね・・・」
 と、何処か心ここに非ず、といった反応を返す潤。
 よく見ると、指先はすっかり空になったアイスティーの氷をストローで突っついている。
 「・・・こんな風にのんびりするのって久しぶりだよな」
 み、見事なまでに会話が噛み合わない・・・
 「うん。・・・ところでさ、耕治?」
 「ん?」
 「最初に会った時、私ってどんな風に見えた?」
 「なんだ、急に?」
 「・・・ちょっと、ね。気になったから・・・」
 唐突な問いかけにオレはちょっと腕を組んで夏休みの始まりの頃を思い出す。






 今年の夏の始まり・・・オレと潤が出会った頃・・・まだ潤が「男のコ」だった頃・・・
 「そうだな・・・変な奴だと思った」
 少しむっとした視線でオレを睨む潤。
 「・・・それだけ?『可愛いな』とは思わなかったの?」
 「普通の男だったら、男に向かってそんな事言う訳無いだろう。第一、男なら『可愛い』なんて言われても
 嬉しくも何ともない・・・」
 たとえ本当はそう思ったとしてもだ、とオレは心の中でそう付け加える。
 実際、当時の男の子の格好をした潤を見て「可愛いな」と思ったのは事実だし、多少ぐっと来る物はあって、
 「オレはノーマルだ!オレはノーマルだ!」と呪文のように心の中で繰り返しながら、バイトを続けていたのは
 ちょっと人には知られたくない過去なのだから。
 「ふーん、そう言うモンなんだ。女の子なら、女の子見ても『可愛い』って思うとき有るのにね・・・
 じゃあさ、私が『ウェイトレスの格好してみたい』って言ったときは?」
 「正直、逃げ出したくなった・・・」
 「こうじぃ〜・・・」
 潤は瞳をうるうるさせてオレの事を見る。
 「・・・これから一緒に働く同僚がそんな趣味を持った奴だって分かったら、大概の男はそう思うぞ・・・」
 うるうるうる・・・
 ・・・あ、頼むからそんな目でオレを見ないで・・・
 「ただ・・・遊園地にやって来た潤を見たときは、オレもう覚悟を決めたけれどね・・・」
 「覚悟?」
 「もうここからは引き返せないって・・・それだけ・・・可愛かったから」
 成り行きとはいえ、自分で言った言葉にオレは赤面する。
 逆に潤はにこにこ顔だ。
 「・・・そ、そうなの・・・可愛かったんだ・・・私・・・」
 「いや、その・・・これくらい可愛かったら、もう男の子でも女の子でも関係ないかなって・・・って
 何を言わせるんだ!」
 「耕治が一人で言ってるんだよ・・・」
 「あ、そか・・・」
 オレはちょっと頭を掻く。






 ちょっと照れ隠しで、オレは話題を無理矢理変える。
 「ところで、潤。文化祭の準備の方は順調なのか?」
 数週間前に潤から電話で聞いたのだが、彼女は今度、演劇部が文化祭で公演する舞台の主役に抜擢されたらしいのだ。
 たかが文化祭の出し物だろう、と高をくくっていたオレだったが、色々聞いてみると潤の通っている高校は、
 日本中でも演劇が盛んな事で有名で、演劇コンクールでは全国大会の常連、しかもそこからは何人ものプロの
 役者を排出していると言うことで、文化祭の公演ともなると他校や県外、果ては劇団の関係者までもが多数訪れる
 と言う、文字通りの「公演」と呼べるほどの本格的な物だったりするのだ。
 その主役と言うことは、潤の入れ込みの具合も良く分かる。
 実際、数日前まではオレがデートに誘っても、文化祭が終わるまでは、ちょっと・・・と言う感じで、
 まともに相手にもして貰えない状態だったのだから・・・
 ところがどういう訳か、今朝いきなり潤から電話が有り、オレ達はこうして呑気にお茶などをすすっているという訳だ。
 実に不自然きわまりないシチュエーション。
 何かあると考えるのが普通だろう。
 案の定、潤の反応も予想どうり歯切れが悪い。
 「えっ、文化祭?・・・じゅ、順調だよ・・・とっても・・・本当だよ・・・」
 怪しいなんてレベルでは無い。
 思いっきり不安になるような返答だった。  
 オレはちょっと頭を抱える。
 「なぁ潤・・・何か心配事があるのならオレにちゃんと話してくれよ。オレならいくらでも相談に乗るから・・・」
 「そんな・・・耕治が心配するような事は無いよ・・・」
 「そうか?それなら良いんだけれど・・・でも、本当にこうしてのんびりお茶なんて飲んでいてもいいのか?」
 「大丈夫だよ、本当だってば・・・私だってたまには息抜きしたいもん・・・」
 と、ふぅとため息を付く潤。
 彼女は視線をオレの背後の町並みへと向ける。
 はぁ〜、絶対何か悩んでいる顔だよこれは・・・
 仕方なくオレは潤の横顔を見つめるしかない。






 すると潤の顔に、あれっと言う表情が浮かんだ。
 オレも何事かと思って彼女の視線の先を追うと、表通りの方で潤に向かって小さく手を振る人物が居た。
 オレはちょっと目を凝らす。
 短めの髪、ジーンズにポロシャツというラフなスタイル。
 身長は余り大きくはない。せいぜい155センチ位だろう。
 一瞬、小柄な少年かと思ったが、どことなく潤に雰囲気が似たところがあるのでもう一度よく見ると、その人物は
 どうやら女の子の様だった。
 「耕治、ちょっとごめん」
 そう言うなり潤は店の表まで小走りに駆け出すと、自分よりも小柄な少女にぺこりと頭を下げた。
 それから何事か楽しげに会話を始める。
 「『類は友を呼ぶ』かな?」
 一人取り残されたオレは、多分それが演劇部の仲間だろうと見当を付けた。潤の方が少し腰が低い様に見えるから
 きっと「先輩」なのだろうな・・・
 そんな事を考えながら潤が残した荷物に目を向けると、ふとバッグの中から顔を覗かせている丸められた冊子の
 様な物が目に止まる。
 雑誌では無い。
 表紙の感じからするとあまり紙質が良くない。コピーを手作業で製本した様な物だ。
 恐らく今度の公演のシナリオなのだろう。
 らしいと言えばらしいな、とオレは一人で納得する。
 たまには息抜きしたいと口では言いながらも、潤はやはり舞台のことを忘れた訳では無く、研究に余念がないのだ。
 こうなって来るとオレは俄然今度の潤の公演のことが気になった。
 良く考えたらオレは潤がどんな役を演じるのかすら教えて貰っていない。
 不思議なことにこの件に関しては潤のガードは異様な程に堅いのだ。
 オレはどうしても好奇心には勝てず、心の中で潤に「ごめん」と謝りながら、そっと脚本に手を伸ばした。
 そのままオレは飲みかけのコーヒーを口に含みながら、表紙を開く。
 いかにもという手書きの文字がページの中で踊っている。
 所々朱で書き込みがあるのは、潤自身の手になる物なのだろう。
 やっぱり研究熱心なんだなぁ〜、とオレは感心しながら文章を目で追う。






 しばしの静寂・・・
 数ページを読んだ時点でオレは思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
 思わず目が点になる。
 「な、なんだこりゃぁ?」
 やがて先輩との話を終えた潤がオレの目の前に戻ってくる。
 「誰だったの?」
 「演劇部のひかる先輩・・・部長さんなんだ」
 「ふーん・・・」
 とオレは何気ない風を装って、潤の顔を伺う。
 潤もふっとオレの視線に気付く。
 二人の目が合う。
 オレはさっとシナリオを取り出した。
 「神楽坂くーん、こ・れ・は・なーにかな?」
 びくっ!
 潤の身体が見事なまでに反応する。
 コイツのこう言うところは見ていてホントに飽きない。
 「・・・あっ・・・そ、そのっ・・・耕治・・・それ読んだの?」
 「隅から隅まで・・・」
 見る見るうちに潤の顔が真っ赤になって、下を向いてしまった。
 オレはちょっと拗ねた様な顔でため息を付く。
 「・・・潤・・・オレ達のことみんなに自慢したのか?」
 二人の思い出。
 二人だけの大切な記憶・・・
 今思い返すとちょっとだけ照れくささを伴う、夏休みの出来事・・・
 オレは何となく裏切られたような気分になった。
 「違うよ!それだけは違うったら!」
 「ホントに?」
 「ホントに、ホント!」
 「良いよ、信じてあげるから・・・
 それにしても、この話は一体何なんだ?」
 「・・・ひかる先輩が書いた脚本・・・」
 「そんな事じゃない。ストーリーの方だ」
 潤は、「はぁー」と大きなため息を一つ付くと、重い口を開く。
 「ゲームなの、元ネタは・・・」
 「げ、げーむ?」
 「耕治、アクセントが変・・・」
 「そんな事はどうでも良い、これがゲームだって?」
 オレはちょっと呆れ返る。
 男の子のフリをした女の子と、彼女に好かれている事を知りどぎまぎする男の子・・・
 このシナリオにある主人公二人のやり取りって、オレと潤のこの夏の思い出にそっくりなのだから・・・
 「私も最初驚いたんだよ、シナリオ読んでいて・・・でも、一度プレイしてみてって、ひかる先輩からソフト借りて
 プレイしてみたんだけれど・・・」
 「その通りだったって?」
 潤は無言で頷く。
 「それで、『この役はどーしても潤ちゃんじゃなきゃダメっ』って・・・ひかる先輩、このゲームの大ファンで、
 もの凄い入れ込みようだったから、そう言われたら何も言えなかったの・・・」
 そりゃそーだ、とオレは納得する。
 世界中何処を探したってこのヒロインを演じるのに潤ほど適役な子はいないだろう。
 何しろ潤は「経験者」なのだから・・・
 「それでさっきオレに色々と聞いていたのか?」
 「うん。男の子のフリをしていた私って耕治から見た時、どんな風に見えたのかなって?」
 結局、デートと言いつつも今日のことは潤にとっては演技の勉強以外の何物でもない。
 らしいと言えば本当にらしいが、ちょっと腹に据えかねる物があるのもまた事実だ。
 「どうせなら最初からきちんと話してくれれば良かったのに・・・」
 「・・・ごめんなさい・・・正直に言うのが・・・その・・・凄く恥ずかしかったから・・・」
 潤はしゅんとして肩を落とす。
 こうなると流石にオレもこれ以上は怒る気になれない。
 「もう良いよ・・・でもオレもそのゲームちょっと興味が出たな。一体なんて言うタイトル?」
 「『ウィザーズ・ハーモニー』だよ」
 「ふーん」
 「そう言えば耕治『サターン』持ってたよね?」
 「ああ、最近はちょっとほこりを被っているけどね」
 「じゃあ丁度良いよ。今ここにあるから」
 潤はそう言うと、バッグの中からCDケースを取り出す。
 「これ、ひかる先輩から借りたのなんだけれどね・・・」
 「良いのか?」
 「もう今度の公演に必要な部分は終わったしね・・・でもちゃんと返してよ」
 「分かってるって」
 と言うことで、オレはその日からちょっとの間、「ゲーマー」となる事になった。
 そして問題の女の子の名前は「セシル・ライト」といった。






 オレは家に帰ると早速、サターンにディスクをセットする。
 同時に軽快なテーマ曲が流れ出す。
 今となってはさして珍しくもないが、発売当時(1995年12月)では珍しかったヴォーカル付きのOPだ。
 オレはその間にざっとこのゲーム、「ウィザーズ・ハーモニー」のマニュアルに目を通す。
 舞台は「剣と魔法の世界」、いわゆるファンタジーなのだが、このゲームは冒険が主題ではない。
 主人公はプレイヤーキャラの「ルーファス・クローワン」以下、皆魔法学校に通う10代の少年少女達で、
 学園生活を続けながら「ウィザーズ・アカデミー」と呼ばれるサークル活動を行い、自分たちの能力を高めていく。
 その過程で様々な事件に出くわし、人間関係が変化すると言うのが本筋だ。そして上手くいけば「卒業式」に
 意中の女の子から「告白」して貰えるという訳だ。
 とりあえずオレはプレイを開始する・・・・2時間後、見事に「玉砕」した。
 問題の「セシル」どころか誰も卒業式に来てくれなかった・・・
 オレは訳が分からず潤に電話する。
 「一体、どんな風にプレイしたの?」
 「まんべん無くみんなと仲良くした・・・」
 「・・・やっぱり・・・」
 受話器の向こうで潤が嘆息するのが分かる。
 「耕治って、本当にそう言う人なのね・・・」
 「どういう意味だ?」
 「・・・いいのよ、最初から分かってた事だから・・・いい、耕治、誰か一人に絞ったら他の女の子には
 嫌われちゃいなさい。絶対に他の女の子と仲良くしないで」
 「オレのポリシーには反するな」
 「良いじゃないゲームくらい・・・それとセシルには誕生日のプレゼントに気を使ってあげて。彼女が一番喜びそうな
 物を選んで」
 「ひょっとして潤の願望か、それ?」
 「知らないっ!」
 へいへい。
 とにかくオレは潤の言うとおりにプレイした。
 そして・・・
 オレは「事実は小説よりも奇なり」という言葉が本当だという事を実感した。






 西日が校舎の中までも赤く染め上げている、そんな夕暮れ時。
 ルーファスはふと、魔法学科の回廊で足を止める。
 その時、彼は「ウィザーズ・アカデミー」の新入部員勧誘のため学内を必至に走り回っていたのだが、そこで
 見かけた小柄な少年の後ろ姿に何かを感じたのだ。
 これは上手く言葉で説明できない。
 とにかく「何か」を感じたとしか言い様がない。
 「ねぇ、君?」
 ルーファスは躊躇うことなく声をかける。
 「はい?」
 くるりと振り返る少年。
 赤みを帯びた長い金髪と赤い瞳が印象的な美少年だった。
 これなら充分女の子でも通用するよな・・・
 ルーファスがそんな事を考えながら、ちょっとの間彼を見つめていると、振り返ったその顔には不思議な表情が浮かんでいた。
 戸惑っているのか?
 それとも喜んでいるのか?
 恥ずかしがっているのか?
 どうも良く分からない。
 ただルーファスの辛気くさい顔を見て、彼は笑った。
 「センパイ、新入生の勧誘ですか?大変ですね」
 屈託のない、人なつっこい笑顔。
 ルーファスもつられて笑う。
 「そうなんだよ。このままだとウチのアカデミー、人数が足りなくて潰れそうなんだ」
 「はぁ・・・で、どんなアカデミーなんですか?」
 少年が尋ねるのを聞いて、彼は自分が活動内容はおろか、アカデミーの名前すら言っていないことに気付いた。
 「よくぞ聞いてくれた!その名は『ウィザーズ・アカデミー』!この『スキル&ウィズダム』創設時からある、
 由緒正しきアカデミーなのだ!」
 ルーファスの演説にちょっぴり不安な顔をする少年。
 「・・・何だか凄い所みたいですね。ボクに務まるかなぁ〜」
 「心配するな、このオレが付いている」
 どんと胸を張ってみせるルーファスを、その少年は眩しいような視線で見つめる。
 「ん、どうかしたのか?」
 「えっ・・・い、いえっ・・・そのっ・・・センパイ、ボクの耳を見ても何とも思わないんですね・・・」
 言われて彼は改めて少年の耳を見る。
 実は今まで気付かなかったのだが、少年の耳は異様に尖っていて長い。いわゆる「エルフ耳」と言う奴だ。
 「あ、君はエルフだったのか・・・確かに珍しいね」
 もっともこの学校ではワーウルフやら有翼人、はては吸血一族まで仲良く暮らしているのだから、それ程違和感を
 憶える物ではない。
 ルーファス自身、特に気にもならない。
 「でもそんな事気にする奴はここにはいないぞ」
 「そう・・ですか?」
 「オレだって気にならないさ・・・」
 ルーファスの言葉に少年はにっこりと微笑んだ。
 「・・・ボク、ここに来たばかりでまだ分からない事だらけなんですよ。これからよろしくお願いしますね、センパイ」
 「ああ、任せておけっ・・・って、入ってくれるのキミ?!」
 「ええ、センパイも面白そうな方ですしね」
 「はははっ」
 ちょっと苦笑する。
 「あ、ボク、セシル・ライトって言います」
 セシル・・・確か男でも女でも有る名前だが、今目の前にいる少年の容姿にはとても似合っていて可愛い名前だ。
 「オレは、ルーファス。ルーファス・クローワンだ。これからよろしくな、セシル」
 こうしてルーファスとセシルとの一年が始まった。






 セシルは何もない虚空に瞳を凝らした。
 脳裏には燃えさかる炎が幻影(イメージ)されている。
 その幻影(イメージ)は次第に明るさを増し、ある言葉が心の中で徐々に具体的な「単語」として形成されていく。
 熱く!熱く!
 もっと明るく!!
 その輝きが頂点に達した時、我知らずセシルの唇は言葉を発している。
 「フレイム・アロー!」
 その瞬間、セシルの掌から放たれた輝きは地面を打ち、鮮やかな炎が舞い上がる・・・筈だったが、現実には
 ただくすぶる雑草が有っただけだった。
 「あ・・あれ?」
 セシルはがっくりと肩を落とす。
 「結構良い感じだったんだけれどなぁ〜」
 「そんな事はないさ、まだ魔法の修行を始めて3ヶ月だから、上出来だよ」
 ルーファスはそう言いながらセシルの肩に手を置く。
 ふっとセシルの顔に笑顔が浮かぶ。
 屈託のない、無邪気な笑顔が。
 それを見ながら何だか今日のセシルは嬉しそうだな、とルーファスは思う。
 普段、ルーファスがアカデミーの他のメンバーの指導をしたり、一緒に練習をしたりするときはセシルはいつも
 不機嫌で、練習の成果も殆ど上がっていない。
 流石にこのままじゃ、来週に行われる「魔導検定」じゃ不合格になるぞ、と危機感を抱いたルーファスは今週、
 付きっきりでセシルの指導をしていたのだった。
 するとどういう訳か、セシルはずっと上機嫌で魔法の方もぐんぐんと上達していく。
 全く現金な奴だな、とルーファスも内心苦笑するが、後輩の進歩には悪い気はしない。
 「セシル、そろそろ疲れたろう?今日はもうこれで終わりにしよう」
 「えっ、でも・・・」
 心底残念そうな表情を浮かべるセシル。
 「無理は禁物だ・・・それにさ、今日セシル誕生日だろう。渡す物が有るんだよ」
 その言葉にセシルの顔がぱっと輝く。
 「センパイ、ボクの誕生日憶えていてくれたんですか?」
 「アカデミーのマスターとしてはメンバーの誕生日を憶えているのは基本さ。それに最近セシルは頑張っているからね、
 ご褒美さ・・・」
 そうして二人は部室へ戻ると、ルーファスは、ほらとセシルに20センチ四方くらいのラッピングされた箱を手渡す。
 「開けても良いですか?」
 「ああ」
 箱を開けた途端、セシルの顔が嬉々と輝く。
 「・・あっ・・・イチゴのケーキ・・・」
 「セシル甘党だったろう?そう言うの好きかなとおもってさ・・・最初は、武道着とかリストバンドとか、男らしい
 のにしようかと思ったんだけれどね・・・」
 ふっと無言で佇む、セシルにルーファスはちょっと不安げな視線を向ける。
 「どうした?ケーキ嫌いだったか?」
 「い・・・いえ、そんな事無いです!大好きです・・・ただ・・・」
 「ただ?」
 セシルは俯いたまま、ぽっと頬を赤く染めてもじもじとしている。
 それから意を決したようにルーファスの顔を見つめて口を開いた。
 「・・・その、センパイ。もし、・・・もし宜しかったら一緒に食べません?ちょっと量が・・・」
 「ああ、別に良いよ。でもセシルって結構小食なんだな・・・そんなんじゃ大きくなれないぞ・・・」
 実際、セシルは男の子としては随分と小柄で身長は160センチもない。
 ルーファスと並ぶと彼の肩の辺りにやっと頭が来るという程度だ。
 そのせいかルーファスは、何となくやんちゃな弟を見るような目でセシルを見ているところが有る。
 「良いんですよ、もう諦めてますから・・・」
 それからもちょっと口の中でぶつぶつと言いながらもセシルはケーキを切り分けると、紅茶を入れてくれた。
 もちろんそれはイチゴジャムを一垂らししたロシアンティー。
 セシルは甘党と言うよりはむしろ「イチゴマニア」なのだな、とルーファスは感心する。
 二人はそれからしばしとりとめのない会話を交わし、ケーキと美味しい紅茶を楽しむ。 実に満ち足りた午後。
 夕日が町並みを染める頃、二人は連れだって校舎を後にする。
 と言っても、「スキル&ウィズダム」は全寮制なので、行き先は同じ。
 セシルとルーファスは肩を並べて町並みを歩いていく。その途中、ついでに夕食の材料を市場で買い求る事も忘れない。
 「セシルって、自炊派なんだ」
 両手一杯の野菜や果物を抱えたセシルを見ながらルーファスは感心したように言う。
 「・・・おかしいですか?」
 「いや、・・・ちょっと以外だなと思って・・・」
 「そう言うセンパイは、外食派ですか?」
 実際、ルーファスが買ったのはパンと総菜の類で、調理の必要がない物ばかりだ。
 「オレ、家事、苦手なんだよ・・・」
 「センパイ、ちゃんと食べています?バランスは考えた方が良いですよ」
 「うーん、・・・そう言われるとあまりちゃんとした物食べていないような・・・」
 セシルはクスリと笑う。
 「今度、何か作りに行ってあげますよ。ボク、こう見えても家事は得意なんですよ」
 「そうだな・・・そのうち頼んでみようかな?」
 「本当です?」
 くりくりっとした瞳を輝かせて言うセシルに、ルーファスは一瞬、どきりとする。
 「・・・冗談だ・・・」
 「なーんだ・・・」
 ちょっと残念そうに俯いたセシルだが、ふと歩みを止めた。
 どうしたのかとルーファスが振り返ると、彼はじっとショーウィンドの中を見つめている。
 ルーファスもセシルの視線を追ってみる。
 そこはこの商店街でも一軒しかない洋服屋の前だった。
 そしてショーウィンドの中には鮮やかなピンク色のドレスが置いてある。
 ひらひらとしたフリルと言い、大きく背中の開いたデザインと言い、まるでおとぎ話の中に出てくるお姫様が
 着るようなデザインで、一体誰が、どんな時にこんなの着るんだろうか?と思わせるような代物だ。
 ルーファスは思わずセシルの顔をのぞき込むとため息を付いた。
 ・・・真剣な瞳・・・
 コイツ、本気で欲しがってるぞ・・・
 「セシル・・・欲しいのか?」
 少年はこくりと頷く。
 思わずルーファスは数歩後ずさる・・・
 「あ、・・そのオレ、セシルがそう言う趣味でも気にはしないから・・・全然気にしてないから・・・」
 言動不一致も甚だしいが、生理的な反応はどうも押さえが効かない物らしい。
 それを見て一瞬、きょとんとしていたセシルもちょっと慌てる。
 「あっ!セ、センパイ!ち、違います!ボクじゃないですよ・・・そ、その・・・あ、母さん!そう、母さんのですよ!」
 「でもこれ、若い子向けなんだけど・・・」
 「あ・・・そう、そう、ボクの母さん、凄く若作りなんです!
 もういやんなっちゃうんですよ・・・あ、あはははは・・・」
 乾いた笑い声が虚ろに響いていた。






 その翌日、ルーファスがちょっと気になって件のお店に行ってみると・・・
 丁度、例のドレスを梱包して貰っているセシルの姿があった。
 ルーファスはこのままやり過ごすべきか、はたまた声をかけるべきかしばし逡巡するが、結論を出す前に
 店を出てきたセシルと鉢合わせする。
 思いっきり気まずいタイミングだった。
 「あ・・・せ、センパイ?!」
 「やぁ・・・・き、奇遇だね・・・」
 セシルは慌てて綺麗にラッピングされた箱を後ろ手に隠そうとするが、大きな箱がセシルの小さな身体で隠しきれる
 ような物ではない。
 ただあたふたと箱をお手玉するような格好になっただけだ。
 「それ・・・お母さんのなの?」
 「あ、そ・・その実はそうなんです。そうなんです。ボクの家、凄い田舎なんでいつも送ってるんですよ・・・」
 く、苦しい・・・とは思いつつも、ルーファスはあえて追求はしない。
 「そうなんだ、セシルはお母さん思いなんだ・・・・」
 「いえ、そ、そんな事・・・有るかも・・・・」
 「じゃあ、何か拙いみたいだから、オレもう行くね・・・」
 ルーファスはくるりときびすを返す。
 「あ、それとセシル・・・」
 「は、はい!」
 「今日のことはみんなには内緒にしておいてやるから・・・オレは今日セシルには会わなかった。このお店にも
 来なかった・・・それで良いな」
 「はい・・・・センパイ・・・」
 「何だ?」
 「・・・ありがとうございます」
 「気にするなよ・・・じゃあな」
 ルーファスは軽く手を振るとそのまま立ち去った。
 セシルはしばしの間、その姿をじっと見守る。
 その瞳には安堵とも不安とも違う、何か熱い物が秘められていたことにルーファスはまだ気付かなかった。






 夏合宿・・・「ウィザーズ・アカデミー」の一行は海に来ていたが、みんなが泳いでいる間も、セシルは決して
 水着にすら着替えようとはせず、ずっと浜辺を散歩していた。
 ルーファスは結局、一人で寂しそうにしているセシルに付き合って1日中、浜辺で過ごすことになった。
 そして合宿から帰った日、街は夏祭りで賑わっている。
 夕暮れ時、縁日をぶらぶらとしていたルーファスは、やはり一人きりでいるセシルと出会った。
 「あ、センパイ!」
 「なんだ、セシルも一人か?」
 少年はこくりと頷く。
 「・・・寂しい奴だなって、オレも一緒か・・・」
 ルーファスは苦笑する。
 するとセシルはちょっと恥ずかしそうにもじもじとする。
 「どうした?」
 「あの・・・センパイ、これから花火大会でしたよね、一緒に行きませんか?」
 「オレは構わないぞ」
 「・・・でもセンパイ、ボクなんかと一緒で本当に良いんですか?」
 「オレもどうせ一人だからね。男同士でも一人でいるよりはよっぽどましだからな」
 少年はにっこりと笑った。
 やがて完全に日が暮れ、空が紺色に染め上げられると、雷鳴のような響きとともに炎の花が一輪、二輪と咲き始める。
 それから数旬遅れて響く、人々の歓声。
 花火大会が始まっていた。
 赤
 緑
 青
 黄色
 大きな花
 小さな花
 瞬く星と競い合うように原色の炎が瞬間的に夜空を染め上げ、見上げる人々の頬を照らす。
 「綺麗・・・」
 セシルはほうっとため息をつきながら空を見上げている。
 ルーファスはその横顔を見ながら、ちょっとだけ微笑んだ。
 こうしていると女の子と一緒に居るみたいだな・・・
 何故だかそんな気になってしまう。
 ふっと我に返るとセシルがじっとルーファスの顔を見つめていた。
 「センパイ?ボクの顔、どうかしました?」
 「いや、何でもないよ・・・これで一緒にいるのが女の子ならもっと良かったのになって思ったんだ・・・」
 たちまちセシルの顔がぶすっとむくれる。
 「・・・センパイ、そんなにボクと一緒が嫌ですか?」
 「そう言う訳じゃ無いよ・・・オレ、セシルと一緒だと結構楽しいんだ」
 「・・・そうなんですか?」
 セシルはちょっと俯く。
 その頬が心持ち紅いのは花火の照り返しではないのだろう。
 「・・・でもさ、セシルって一人でいること多いよな・・・」
 「そう・・ですか?」
 「何かアカデミーのメンバーと一緒にいると拙いことでもあるのかい?
 もし何かあるのならオレにだけ話してくれないか?一応これでもアカデミーのマスター何だからな・・・」
 「そんな事無いですよ。みんないい人ですよ・・・ただ・・・」
 「ただ?」
 「・・・ボク、他の人と接するのが苦手なんですよ」
 「オレもか?」
 セシルはルーファスの言葉にまじまじと彼の顔を見つめる。
 ふっとその視線がそれた。
 「・・・センパイは・・・特別なんです・・・」
 ルーファスは一瞬、どきりとする。
 何なんだよこれは・・・
 その微妙な表情の変化をセシルは見逃さない。
 「あっ・・・センパイごめんなさい。なんか変な事言っちゃって・・・」
 「うん・・・何か言ったのか?オレ花火の音で良く聞こえなかったんだけれど・・・」
 我ながら苦しい言い訳だなと思いながらも、ルーファスはそれ以上は追求しようとはしなかった。
 セシルもそのまま無言で空を見上げた。
 大空の大輪の花はまだ彩りを衰えさせようとはしない。
 「・・・センパイ、そろそろ帰りましょうか」
 「そうだな・・・」






 宝石屋の店主が拾った「呪いのダイヤ」を、瞳をきらきらとさせながら見つめるセシル。



 大昔の戦争の最中、生き別れとなった恋人同士が精霊となって巡り会う事が出来た時、笑顔から思わず涙をこぼすセシル。



 台風の後、街の復興を手伝うはずが、かえって騒ぎを大きくしてしまったとき、落ち込んだルーファスを
 懸命に励まそうとしたセシル。



 星空を眺めているときに、いきなり降ってきた隕石に腰を抜かさんばかりに驚いたセシル・・・



 ルーファスはいろんなセシルの表情を見てきた。
 だがそのどれにも不快な記憶はない。
 セシル・・・人見知りの激しいシャイな少年。
 セシル・・・ルーファスにだけ心を開いた、孤独な少年。
 セシル・・・一緒にいると何となく心が落ち着く少年。
 ルーファスにとってセシルは不思議な存在となっている。
 だがそんな二人の関係を一変させる「事件」が起きたのは年も押し迫った冬休みの最中、
 冬期合宿に出かけた雪山の温泉だった。
 その日、ルーファスは突如合宿に押し掛けてきた、先輩にして超魔導師(笑)の「ディル・マース」に振り回され、
 へとへととなって露天風呂へと向かっていた。
 道すがら腹の虫が抗議の叫びを上げ続けているが、既に日付が変わっているような時間帯ではそれを黙らせる手段はない。
 彼に出来るのはただディルに呪いの言葉を口の中で投げかけ続けながら、重い体を引きずって歩くことだけだ。
 「ホントに何でこんな事になっちゃうんだろうか?」
 ルーファスはからりと扉を開けると脱衣所へ入る。
 ふっと目が合った。
 赤いつぶらな瞳・・・
 次の瞬間、絹を引き裂くような甲高い少女の悲鳴が露天風呂に響きわたった。






 ルーファスは自室のベッドの上に腰を降ろして、肩を落としてうなだれているセシルをじっと見つめる。
 いつもと同じ格好、同じ髪型、それなのにほんのりと上気した肌が色っぽく見えるのは気のせいだけではない。
 脱衣所でルーファスが目にした物。
 それはバスタオルだけの姿で胸を押さえてうずくまるセシルの姿だったのだ。
 その時、必死になって両肩を抱いた腕の隙間からは、隠そうとしても隠しきれない可愛らしい二つの乳房が覗いていた・・・
 「一体、どういう事なんだ?ちゃんと説明してくれよ」
 ルーファスは目の前のセシルに問いかける。
 セシルは応えない。
 「黙ってたら、何も分からんぞ・・・」
 「・・・センパイ・・・センパイはボクに・・・私にとって特別な人なんです・・・」
 「はぁ?」
 ルーファスは理解に苦しむという表情を浮かべてセシルを見つめる。
 セシルは意を決した様にきっと顔を上げると、ルーファスの顔を見つめる。
 その眼差しに一瞬どきりとする、ルーファス。
 「・・・私、ずっと、ずっと憧れていました・・・センパイに最初に会ったときから・・・」
 「それって、アカデミーの勧誘の時かい?」
 セシルは無言で首を振る。
 「1年前です・・・私、その時、『スキル&ウィズダム』の見学に来ていたんです・・・確か学祭の時だったと
 思います。その時、とても一生懸命で優しそうな目をしたセンパイを見かけて・・・」
 「・・・1年前の学祭というと・・・ディル先輩にこき使われて、ロクに飯も食えずに死にそうな目に
 あっていたんだっけ・・・」
 そこでふとルーファスは何かを思いだしたような顔をする。
 「・・・オレ、あの時、見ず知らずの後輩からお弁当貰った憶えがある・・・あの子って一体誰だったんだろう?
 あれから一度も顔を会わせないんだけれど・・・」
 「センパイ、そのお弁当箱ってひょっとして、ピンク色の・・・」
 「そうだ、ピンク色をして黄色いひまわりの絵が付いていた奴だ・・・いつか返そうと思って大切にしまって
 ある筈だよ・・・あのお弁当箱は・・・」
 それから小さく付け加える。
 「あの時の弁当、本当に美味かった・・・」
 「・・・センパイ、憶えていてくれたんですね・・・うれしい・・・」
 「えっ?」
 「それ・・・私なんです・・・」
 「セシル?」
 セシルはそっと目尻を拭く。
 「・・・私、本当は男の人と接するのが凄く苦手なんです。本当ならこんな風に顔を見ながら話す事も
 できないくらいなんです・・・でも、センパイとはあの時、ちゃんとお話が出来た・・・それ以来、私ずっと
 センパイに憧れていたんです。
 見ず知らずの私にも優しく接してくれる、センパイみたいになりたいってずっと思っていたんです」
 「それで男の子のフリを?」
 セシルはこくりと頷いた。
 「でもやっぱり男の人と話をしようとすると上手く出来なくて・・・それなら男の子の方がセンパイも気兼ねなく
 私と接することが出来るのかなって・・・側にいられるのかなって・・・
 でも、こんなのやっぱりイケナイ事ですよね・・・私、センパイやみんなをずっと騙していた・・・」
 「セシル・・・」
 ルーファスはちょっと考え込む。
 確かにセシルの取った行動は賢いとは言えないだろう。
 でも彼女に対して腹を立てているのかと言えば、そんな事は全然無く、むしろ、今ここでなけなしの勇気を
 振り絞って本当のことを話してくれたセシルを、何とか勇気づけてやりたい、力になりたいと思うだけだ。
 「確かに、セシルはバカなことをしていたと思うよ・・・でもそれで、セシル自身は今までの自分を変えることが
 出来たんだろう?
 だったら、オレはそれはそれで良いと思うよ・・・セシル自身にとっては良いことなんだと思う。
 ・・・少なくともオレはそう思うな」
 「センパイ・・・ありがとうございます!!」
 セシルは深々と頭を下げる。
 「おいおい、オレはそんなに大したこと言っていないよ・・・それに・・今日はもう遅い・・・セシルは
 もう寝た方が良いよ・・・」
 「はい・・・ところでセンパイ・・・もう一つお願いが・・・」
 「ああ、今日のことは誰にも言わないよ・・・いきなりこんな話をしたら、みんなパニックなりそうだからね・・・」
 「ありがとうございます。それじゃ、センパイ・・・お休みなさい・・・」
 「ああ、お休み、セシル・・・」
 こうして二人は二人だけの秘密を共有することになった。
 ルーファス自身も、その日からセシルを見る目が明らかに変わっていることに気付き始めていた・・・






 そして年が変わり、短い3学期が過ぎ、ルーファスは無事卒業を迎えることになった。
 堅苦しい式典が終わり、卒業パーティーが始まるが、ルーファスはどうもこういう雰囲気が苦手でテラスへと涼みに行く。
 室内はまだ春の初めというのにむせ返るような熱気だったが、ここは柔らかい風が頬を撫で、実に気持ちがいい。
 空を仰ぎ見るとそこは満天の星空である。
 そう言えば、セシルと二人で花火を見たあの夏の夜もこんな星空だったな、とルーファスは思い出す。
 今にして思えばあれは二人にとっては初デートだったと言えなくは無い。
 あれも良い思い出なのかな?
 「センパイ」
 背後で自分を呼ぶ声に、思考を中断されたルーファスは振り返った。
 そして一瞬、息を呑む。
 そこにいたのはセシルだった。
 だが・・・
 ルーファスの不思議な視線にセシルはちょっと俯く。
 「・・・変ですか、私?」
 「あ・・・いや、そんな事は無いよ・・・とっても、そうとってもよく似合っているよ・・・」
 懐かしい服だった。
 いつか洋服屋のウィンドウで見かけた、ピンク色のドレス・・・
 ひらひらとしたフリルと言い、大きく背中の開いたデザインと言い、まるでおとぎ話の中に出てくるお姫様が着るような
 デザインで、一体誰が、どんな時にこんなの着るんだろうか?と思わせるような代物・・・
 そうか・・・この服はこう言うときに着る物なのか・・・
 ふっとそんな考えが頭をよぎる。
 だがそれよりも何よりも、ドレスアップしたセシルはとても眩しく、そして愛らしかった。
 ルーファスは言葉が出てこない。
 「・・・良かった・・・実はここに来るまでに何人も男の人に声をかけられたんです・・・」
 「確かに、そうだろうな・・・今のセシル、本当に綺麗だ・・・男なら放っておかないよ、絶対に・・・」
 「でも・・・本当は、この格好、センパイに、ルーファス先輩だけに見て欲しかったんです。センパイ、
 今日で卒業だから・・・最後に女の子としての私を見て欲しかった・・・」
 セシルはすっと、一歩歩みを進める。
 その瞳は真っ直ぐにルーファスを見つめていた。
 「私・・・先輩のことが好きです。ずっと、ずっと、最初に出会ったときから
 ・・・もうこの気持、自分でも押さえられないんです!」
 ルーファスはしばし無言でセシルを見つめる。
 セシルの顔に次第に不安な影が浮かぶ。
 「センパイ?・・・何も、何も言って下さらないんですね・・・」
 セシルの声は震えていて、今にも泣き出しそうな物になっていた。
 「センパイ・・・やっぱり私、迷惑ですか?」
 そう言いかけた途端、ルーファスはぎゅっとセシルの身体を力一杯抱きしめる。
 息を呑むセシル。
 「違うよ・・・嬉しくて言葉が出ないんだ・・・オレもセシルの事好きだから・・・」
 「センパイ・・・」
 「違うよ・・・オレ、今度からはここの教官なんだ・・・これからはセシル達の先生だ・・・」
 「それって、まさか・・・」
 ルーファスは優しく微笑む。
 「オレがセシルを置いていける訳無いだろう・・・これからもセシルとはずっと一緒だよ」
 「私・・・私・・・嬉しい!!」
 セシルはルーファスの胸に顔を埋める。
 ルーファスはセシルの髪を優しく撫でていたが、その顎に手を当てると少し上を向かせる。






 そして二人の唇が重なった・・・・様に見えたのだが、オレがいる位置では遠すぎる上に逆光で全然見えない!
 これじゃ潤が演じているはずのセシルの顔すらはっきり見えないじゃないか・・・
 オレはちょっとため息を付く。
 やっぱりもっと早く来て良い席を取って置くんだった・・・後悔してもそれこそ後の祭りだ。
 文化祭というからもっと閑散としていた物を想像していたのだが、現実には下手な劇団の公演を遙かに越える盛況で、
 立ち見客が表の通路にまで溢れ返っているくらいだ。
 まさに聞きしにまさる物だ。
 それに潤を含めて、あのルーファス役の子や他の出演者もみんな演技の質が高い。
 この舞台ならホントに金を取っても良いくらいだ、とオレは思う。
 少なくとも時間の無駄だったとは絶対に思わない。
 オレは満足感を胸に講堂を出た。
 と、その出口でふと1年生の子に呼び止められる。
 「あ、前田耕治さんですよね?」
 「そうだけど・・・君は?」
 「私、演劇部の物ですが、先輩から手紙を預かってきたんです」
 少女から受け取った封筒の中には「2時に講堂の裏で待ってます」とだけ書かれた便せんが入っていた。
 オレは時計を見る。
 1時45分。
 待ち合わせまであまり時間がない。
 オレは礼を言うとそちらへ向かうことにした。
 ただ疑問が一つだけ残る。オレはそれをちょっと尋ねてみた。
 「どうして君、オレが前田耕治だって分かったんだい?」
 女の子はクスリと笑って応えた。
 「先輩から聞いたんです。身長175センチくらいで、赤いバンダナしている人が居たらそれが間違いなく耕治さん
 だよって・・・」
 どうやら「赤いバンダナ男」という俗称はここでも有名らしい。
 絶対、潤には一言言ってやろうとオレは心に決めてその場を辞した。






 15分後、オレがご指名の場所へ行くと、そこには既に劇中のセシルの格好をした女の子が立っていた。
 だがオレとは丁度反対側の方を向いていたため、オレは背後から声をかける格好になっる。
 「やぁ」
 オレはいつも潤にする様に陽気に声をかけた。が・・・何だか様子が変だ。
 それに潤てこんなに小さかったっけ?
 今オレの目の前に居る女の子は随分と小柄で、オレの肩くらいまでしかない。
 せいぜい155センチと言った所だろう・・・
 と言うことは・・・彼女、潤じゃないのか?
 女の子は俺の声にふっと振り返った。
 その顔ににっこりと笑顔が浮かぶ。
 でもその振り返った彼女はオレの知らない少女だった。
 でもこの顔、何処かで・・・
 オレは記憶を探る。・・・そして思いだした。
 「・・・君は・・・確か・・・」
 「はい。初めましてですよね、耕治さん。私、演劇部の部長の『絹川ひかる』と言います。一度、耕治さんには
 是非お会いしたいと思っていたんですよ」
 彼女は先日、オレと潤がカフェテラスにいた時、現れた少女だった。
 だがそれよりもオレが驚いたのは・・・
 「オレのこと知ってるの?」
 ひかるさんは頷く。
 「あなたの事は潤ちゃんからいつも聞かされてます・・・でも本物を見ると、潤ちゃんの言っている事って
 嘘じゃなかったんですね」
 一体、普段潤はオレのことどんな風に言っているんだ?
 疑問というか、不安というか、オレはちょっとむずがゆい気分だった。
 「でも、ホントに格好良いですよ、耕治さん。これなら潤ちゃんがモデルにしたのも良く分かるわ」
 「ひかるさん?それって一体どういう意味・・・」
 とオレが言いかけたとき、慌てた風の誰かが息せきってオレ達の方へと駆けて来た。
 よく見るとそれは先ほどまで舞台でルーファスを演じていた子だ。余程慌てていたのかまだ舞台での衣装を着たままで、
 メイクすら落としてはいない。
 オレはその子の顔を間近で見て驚く。
 「あれっ、潤?!」
 「耕治っ?!」
 期せずしてオレ達は見つめ合う。
 「耕治・・・一体こんな所で何やっていたの?」
 「いや、オレ手紙で呼び出されて、てっきり潤からだと思ってここに来てみたら・・・」
 オレは視線でひかるさんを指す。
 「彼女がいたんだ」
 「先輩?」
 ひかるさんは両手を顔の前で合わせて潤に頭を下げる。
 「潤ちゃん、ごめん!私どうしても潤ちゃんが今回の演技のモデルにした耕治さん見てみたかったの」
 「オレをモデルにしたぁ〜!?」
 思わず、素っ頓狂な声を上げるオレ・・・
 だがそう考えれば、先日のデートのでの一件も納得が行く。
 潤は、今回の舞台の役を演じるに当たって、演技の参考のためオレを観察していたのだ。それがあの異様な
 視線の理由だったのだ。
 実際、今回潤が演じたルーファスは、オレと殆ど同じ体験をしているのだから、これ以上理想的なモデルがいる訳がない。
 オレは肩を落とす。
 「オレって今回、いい様に利用されているのね、みんなから・・・」
 「そんな事よりも耕治、私を助けてよ!」
 「助けるって何から?」
 「良いから、早く・・・」
 と潤がそこまで言ったとき、何処からとも無く地響きの様な音が近づくのが分かる。
 そして同時に黄色い歓声も・・・
 「・・・来たっ!」
 「来たって、何が?」
 と言いかけたオレにもその声ははっきりと聞こえた。
 「潤ちゃん〜!!」
 「潤様ぁ〜!!」
 「じゅんちゃぁ〜ぁぁぁん!!」
 追っかけ、グルービー・・・ファンの群・・・
 どうやら先ほどの舞台でのルーファスの演技で、女の子達がみんな潤に魅了されてしまたらしい・・・
 流石は宝歌劇団で「男役」を目指しているだけのことは有るぞ、潤。
 だが差し迫って、この場は・・・
 「逃げよう!」
 「うん」
 と潤の手を取って駆け出そうとすると、反対側から彼女の手を掴む者が居る。
 ひかるさんだ。
 「せ、先輩?」
 「いやーん、セシルって呼んでくれなきゃ嫌よ、ルーファス先輩〜」
 さっと潤の顔から血も気が引く。
 「あ、あの、先輩?劇はもう終わったんですよ・・・」
 「嫌よぉ〜、ルーファス先輩は、わ・た・し・の・も・の・・・」
 「あ、いや・・・そうじゃ無くて・・・」
 あ〜もう、仕方がない!
 オレは潤を「お姫様だっこ」で抱き上げると、一目散に駆け出した。
 「あ〜、置いてかないでえ〜!」
 ひかる先輩はもう、無視、無視・・・
 オレは全力で駆けた。
 背後をふと振り返ると・・・
 土煙を上げながらもの凄い大群の女の子がオレ達を追っかけてくる。
 多分、一生の中でこれだけの女の子に追いかけられるなんて事はもう無い筈だった。
 でもね、オレにとって女の子は、今、オレの腕の中に居る一人だけで充分だ。
 「やっぱり耕治、格好良いよ」
 「そうか?」
 「このままずっと私のこと抱いてて欲しいな・・・」
 「仰せのままに・・・」
 「でも今は・・・」
 「そうだね逃げよう!」
 このまま、何処までも・・・・
 それがオレ達の人生になりそうな予感・・・
 二人のダッシュはまだ始まったばかりなのだから・・・






                             みつめちゃいやん(了)






 あとがき



 と言うわけで出来上がりました。
 「みつめちゃいやん」です。
 タイトルからお分かりのとうり、このお話は、当HPにじろーさんが投稿して下さったSSの
 パロディだったりします。(笑)
 
 で、今回登場させた「セシル」ですが本当にこういう子です。
 実は私にとっては初めてゲームで萌えたキャラだったりします。(笑)
 まぁこんな子に萌えた私が「潤くん」に萌えない訳が無く、今回は念願叶って二人の共演という形になりました。
 それにしてもこの二人って、良く似てますね。
 というか、「Pia2」の潤くん編プレイしていて、ひょっとしてこのゲーム作った人間の中には「セシル萌え」
 の奴が居たんじゃないか、と勘ぐってしまうほどですね。(笑)
 ではまた何処かでお会いしましょう。



 PS.
 なお、「ウィザーズ・ハーモニー」は1995年12月に「アークシステムワークス」よりSSとPSで
 発売されヒットしたのですが、その後開発スタッフが独立し、そちらが「エターナル・メロディ」「悠久幻想曲」
 シリーズを作成し、また「アークシステムワークス」からは「ウッィザーズハーモニー2」と「R」が発売されて
 現在に至っています。
 この辺は何だか「Pia2」と「こみパ」(と言うよりは『F&C』と『Leaf東京』かな)の関係みたいで
 なかなか面白いですね。


 怒螺拳
 email:smj@quartz.ocn.ne.jp
   draken@sa.starcat.ne.jp

 HP:「イグドラシルの下」
   http://www2.starcat.ne.jp/~draken/


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