センチメンタル・グラフィティ Another Story








 Missing with 森井 夏穂


 

 

  Presented by じろ〜

 

 





 「いらっしゃいませ! なんにしますか?」



 今日も元気にお客さんを迎える声がおたふくの店内に響いた。

 「いつもの頼むよ、それとビール」

 「俺はミックスとビール」

 「夏穂、イカ玉一枚ミックス一枚!」

 「はいよ!」

 注文を受けると素早く材料を混ぜ合わせて、鉄板の上に広げて焼き始めた。

 今や、おばあちゃんを越えたと常連客に言われるほど、夏穂の腕前は上達していた。

 そしてその傍らには、彼女の一番大切な人が側にいて店を手伝っていた。

 数ヶ月前、ケガをした夏穂の代わりに走ってくれた湖畔マラソンの後、ずっと心の中に秘め

 ていた想いを少年にうち明けた。

 その想いを受け取ってくれた少年は、高校を卒業した後大きなバッグを肩に背負って

 大阪に来て、そのままおたふくに居着いてしまった。

 当初、面食らった夏穂だったが何よりも少年が側に居てくれると思うと、一年経った今では

 息の合ったところを見せて二人でおたふくを切り盛りしていた。

 ちなみに夏穂のおばあちゃんは、これ幸いにとお店を任せて毎日ご近所の人達と遊びに行って

 夜遅くなるまで帰ってこなかった。

 そんなところでおたふくは今日も繁盛していた。






 とりあえず注文された物を全部焼き上げて一息ついた所に、常連の客からいつもの冷やかしが

 始まった。

 「ところで夏穂ちゃん、子供はいつかな?」

 「な、何言ってんのよ!?」

 「だってそろそろこの兄ちゃん、おっと若旦那が一緒に住んでもう一年が過ぎただろ」

 「そうそう、だったら子供の一人や二人ぐらい出来ても良さそうなものなんだけどね〜」

 「そ、そんなこと言われても・・・」

 「みなさん、そんなに夏穂を苛めないで下さい」

 お客さん全員から、視線を貰って赤くなり俯いて何も言えなくなった夏穂に変わって、

 少年が代わりに答えた。

 「おう、それじゃ若旦那に聞いてみるか?」

 「それもそうだな、で若旦那、子供はいつぐらいかな?」

 「それに何人ぐらい欲しいんだ?」

 「男の子がいいか? それとも女の子?」

 「そうですね・・・」

 少年はみんなの質問に臆することなく、真剣な表情で考えてから喋り始めた。

 「まずそれにはみなさんの協力が必要なんですが」

 「協力?」

 「はい、みなさんのおかげでおたふくも繁盛して嬉しいのですが、ご覧の通り忙しい毎日です」

 そして横目で夏穂に視線を向けるとニコッと笑いながら言葉を続けた。

 「つまり、夏穂はお店を閉めるとあっという間に寝てしまうのでそこに至らないのです」

 「ちょ、ちょっとぉ!」

 耳まで赤くして驚いて少年に向かって声を上げるが、お客さん達は皆納得して頷いていた。

 「それは気がつかなかったなぁ・・・」

 「確かに言われてみればそうかもしれないなぁ・・・」

 「これは私達も気をつけないとイカンなぁ・・・」

 「もう、そんなんで納得しないでよ〜!!」

 夏穂の言葉を聞いてくれるお客さんは誰もいなくて、一人肩を落としていた。

 「どうしたの夏穂?」

 少年は無邪気に聞いてくるがその顔は笑いを堪えている様にしか、夏穂には見えなかった。

 「も、もう知らない! バカ!」

 怒った夏穂はそのまま店の奥に一人で引っ込んでしまった。

 「ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」

 店の奥を見ていた少年に後ろから、お客さん達から声が掛かる。

 「それじゃみんな帰るからがんばれよ、若旦那!」

 「そうですね、でもその前に夏穂のご機嫌を取らないと・・・」

 少年は頭の後ろに手を当てて、笑顔でお客さん達に挨拶をして、店をかたずけ始めた。





 「あ〜、今日は特に疲れた・・・」

 「お疲れ、夏穂」

 「ふ、ふん、あなたが悪いんだからね!」

 「はいはい、僕が悪かったよ」

 「あのね、本当に怒っているんだからね!」

 「はいはい」

 「も、もう!」

 奥の部屋に寝転がりながら文句を言っていた夏穂を見てくすっと笑うといつもの様に

 その疲れた体を揉んであげた。

 最初は無口だったが、こりが解れて気分が良くなると話し始めた。

 「くぅ〜・・・きくわ〜」

 「うん、だいぶこってたね」

 「まったく・・・ばあちゃん、すっかり私に店を任せきっりにしてちっとも帰ってこないし」

 「今までずっと働きっぱなしだったから、いいんじゃない?」

 「うん、まあいいんだけどね・・・そ、そこっ」

 「はいはい」

 苦笑いしながら暫くマッサージを続けたら、悲鳴を上げていた夏穂が静かになったので

 顔を見ると気持ちよさそうに寝てしまっていた。

 少年は立ち上がり静かに部屋を抜け出し、すぐにまた戻ってきて起こさない様にそっと彼女を

 抱き上げると、二人の部屋まで運んで布団の上に寝かせてあげた。

 それからその上にタオルケットを掛けて、その横に座ると乱れた髪の毛を直してうっすらと

 微笑んでいる夏穂の顔を見つめて呟いた。

 「本当にお疲れさま、でも偶には気を抜かないと倒れちゃうよ」

 「・・・大丈夫」

 「あれ? 起きてたの?」

 「えへっ、ごめんね」

 「うん、じゃあ僕の言った事、聞こえたよね?」

 「大丈夫、だって・・・あなたがそ、側に居てくれるから・・・」

 「そ、そう」

 夏穂は、赤くなった顔をタオルケットで隠し目だけ出して少年を見つめ返した。

 少年が同居して一年が過ぎたけれど、まだ照れくささが抜けないらしくてすぐに赤くなっていた。

 「ねえ・・・」

 「ん、なに?」

 「その・・・私と一緒にいて・・・幸せなのかなって?」

 想いが通じて一緒に暮らし初めても、時々同じ事を聞く夏穂の手を握るといつもの様に

 答えてあげた。

 「幸せだよ、夏穂が側にいるだけで、だけど僕は時々思うんだ・・・」

 「何を?」

 「本当に僕は夏穂に相応しいのかなってね」

 「そんなっ!」

 夏穂は勢いよく起きあがると両手で少年の手を握ると、瞳を潤ませてその顔を見つめた。

 「私は・・・私はあなたじゃなきゃ嫌!」

 「夏穂」

 「もう離れるのは嫌、あんなに悲しい思いはしたくない」

 「ありがとう夏穂、僕もあの時は凄く辛かった」

 二人は見つめ合ったまま、寄り添うとお互いの背中に腕を回して抱きしめ合い、現実を

 確かめ合っていた。

 と、いつもならここで終わるはずなのだが、さらに夏穂は話を続けた。

 「あ、あのね、私の何処が・・・好きなの?」

 「え?」

 「答えて」

 背中の夏穂の腕に力が入っていることに気がつくと少年も同じくらい力を入れて抱きしめた。

 「全部」

 「うそ」

 「本当だよ、頑固で怒りっぽいところなんか特にね」

 「な、なによそれ、悪いところばっかりじゃない!」

 「そんなことないよ、それだって夏穂の一部なんだから」

 「じゃあ、ほかにある?」

 「うん、後は走っている姿が凄く綺麗で好きだなぁ」

 「あ、ありがとう」

 納得したのか夏穂の力が緩んだのでそっと体を離すと少年はその顔を見つめた。

 「安心した?」

 「う、うん」

 返事をした後、夏穂は自分の瞼を閉じて心持ち顎をあげた。

 そんな仕草に、少年は可愛いと思いつつ応える様に顔を近づけると、その小さな唇にキスをした。

 夏穂は少年の首に腕を回すと、自分から再び抱きついて離すことはなかった。

 そして二人を見ていたのは、夜空に浮かぶ丸いお月様と綺麗な星だけだった。






 そして翌日。

 いつものお客さんにいつものお好み焼きを焼いて変わらぬ日常が進んでいた。

 でもこれが夏穂にとってはとても大切な事で、そこには大好きな少年がいつも側にいてくれた。

 夏穂は少年を見て、いつまでもこの時が続くことを今日も心から願っていた。

 「よっ、夏穂ちゃん、昨日はどうだった?」

 「何が?」

 「何がって・・・昨日の夜、若旦那とどうだったか聞いてんだけど・・・」

 どんがらがっしゃぁ〜ん。

 派手に調理器具を落としながら、狭いカウンターのなかで器用に転けていた。

 「あ、あのね〜」

 耳まで真っ赤になって、わなわなと肩を震わせて起きあがると拳を握りしめていた。

 「おおっ、その様子だと上手くいったみたいだな」

 「う〜ん、これはお赤飯かな?」

 「いやいや、その前に結婚式があるじゃないか」

 「しかし、ばあちゃんも来年には曾孫の顔が見られそうだな」

 「ど、どうだっていいでしょ! そんなこと〜!」

 相変わらず常連客に冷やかされ、夏穂は握った拳を振り上げて叫んでいた。

 もちろん少年が夏穂を庇うのも、いつもの事だった。

 「まあまあみなさん、それぐらいにしといてくれませんか?」

 「じゃあ若旦那に応えて貰おうか」

 「何をですか?」

 「だから昨日の夜のことだよ」

 「う〜ん」

 腕を組んで考える素振りを見せながら夏穂を横目で見ると、ものすごい殺気がびしびしと

 少年を襲っていた。

 「で、どうなの?」

 「そうですね、あんまり言うと夏穂に殺されそうですから、一言だけなら」

 「おう、みんなもそれで良いか?」

 少年が店の中のお客さん達を見回すと、一様に頷いてその言葉を待った。

 静まるおたふくに一瞬緊張した空気が漂い始めて、誰も動こうとはしなかった。

 「ちょ、ちょっと待って・・・」

 慌てた夏穂の制止も間に合わず少年はニコッと笑いながらみんなに言った。

 「昨日の夏穂は・・・凄く可愛かったです♪」

 「おおぉ〜」

 「これは本当に目出度いな」

 「今日は二人を祝って乾杯だ!」

 「夏穂ちゃん、いつもの追加ね」

 「ほら若旦那、一杯飲め!」

 「もう、もうみんなのばかばかばかばかバカ〜っ!!」

 とうとう首まで真っ赤になった夏穂は、力の限り怒鳴っていたが、誰も笑い飛ばして

 騒ぎまくっていたため、彼女のセリフはただのBGMになっていた。

 「夏穂、ちょっと夏穂?」

 「何よ?」

 「た、助けてくれないかな?」

 無理矢理ビールを飲まされている少年が、夏穂に助けを求めたが一別するとふんと

 鼻を鳴らしてそっぽを向いて拗ねてしまった。






 「あんたなんか知らない!」






 その日のおたふくは、いつにも増して盛況で夜遅くまで明かりが消えることがなかった。






 翌年、夏穂は可愛い双子の女の子を出産、おたふくの未来は安泰であった。






 終わり


 どうも、じろ〜です。

 お待たせの第三弾です。

 夏穂と言えばお好み焼きとイメージがありましたので、こんな形に成りました。

 ラストをどうしようか悩んだのですが、結局これにしました。

 でもちょっと少年の性格が軽いかなと思ったけどまあいいかな。

 次は優が書きたくなったので多分そうなると思います。

 こっちの話は夏穂よりイメージが固まっているのでなるべく早く書きますので

 もうちょっと待っててください。

 それでは、また。

 


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