栞エンド後のお話です。



 今日は栞とデート……のはずだった。

 だが何故か待ち合わせ場所にいたのは……

 「こんにちは、相沢君」

 香里だった。





丸い三角関係




 「なるほどね」

 何故香里がここにいたのかというと至極簡単なこと。

 栞がどうしてもはずせない急用が出来たとかで俺とのデートが出来なくなったのだが電話をしたときにはもう俺は家を出た後だったから、ということらしい。

 へっ、携帯なんて言うブルジョアの小道具なんか持ってねぇよ。しくしくしく。

 「で、伝言係としてあたしがパシリしているのよ」

 パシリって……ヲイヲイ。

 「ま、どういうことかはだいたい分かった。サンキュな、香里」

 「どういたしまして」

 ふぅ、しかし栞がいないんじゃ仕方ない。帰るか……

 「じゃ、俺は帰るわ。今日は悪かったな」

 「ま、ちょっと待ちなさいよ」

 と、きびすを返して帰ろうとする俺を香里が引きとどめる。

 「栞との約束がポシャったんだから暇なんでしょ?」

 「まぁ、そうだけど……」

 「じゃあ、ちょっと付き合いなさいよ。あたしも暇なのよ」

 ……なんですと?

 「何よ、驚いたような顔して」

 「いや、香里から誘われるとは思っていなかったから」

 「別に、ただお互い暇ならそれを潰すのに協力し合うのも良いかなって思っただけよ」

 やたら回りくどい言い方だが暇つぶしに付き合えとゆーことらしい。

 「ま、そう言うことなら別に良いけどな」

 「じゃ、決まりね」

 と、言って香里は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。







 「さて、んじゃどこいこうか?」

 「栞とはどこ行くつもりだったの?」

 「ん、あんまり決めてない。いつもだいたい商店街行って適当にぶらつくか、公園に行って栞のモデルになっているか……そんなのばっかりだからな」

 「ふぅん。色気のないデートねぇ」

 「ま、俺と栞だしな。そんなもんだろ」

 香里はふふっ、と笑うと「そうかもね」と答えた。

 「それじゃ、今日はわたしに付き合ってくれる?」

 「ん、別に良いぞ」

 「じゃ、商店街行きましょう」

 「何か買うのか?」

 「夏物の服が欲しかったのよ。せっかくだし相沢君に見立ててもらおうかな」

 「おいおい、そう言うことは彼氏にでも頼んだ方がいいんじゃないか?」

 「へ? あたし付き合っている人なんていないわよ」

 「へ? 北川と付き合っているんじゃないのか?」

 「付き合ってないわよ。彼は友達だし。ちょっと、どうしてあたしと北川君が付き合っていることになっているのよ」

 「いや、名雪が何かそんなようなことを……」

 「名雪……お仕置きね」

 にやそ。

 そんな、表情で香里は言う。手にカイザーナックルをはめているような気がするけど気のせいだ。

 気のせいったら、気のせいだ。

 「わ、悪かった」

 「別に良いわよ。あとで、名雪に責任はとってもらうから」

 何か物騒なことを呟いている気もするが……

 しかし……するとこれはデートになったりするんだろうか?

 まぁ、別にしらん仲でもないし。香里が相手なら栞も文句は言わないだろう。

 「じゃ、とりあえず行こうか」

 「そうね。しっかり見立ててね、相沢君」

 ぐぁ、忘れてた。

 





 で、商店街。の一角にあるブティック。なかなか小綺麗なよさげな店だ。

 飾ってある服はほとんど夏物ばっかりだ。

 そうか、もうそんな時期なんだな……

 この街に来てから初めての、夏が始まるんだな……

 「どうしたの?」

 「んにゃ、何でもない。しかし、俺に服を見立てろと言っても俺にはそーゆーののセンスは全然ないぞ」

 「大丈夫よ、最初っから期待はしてないから。まぁ、そう言う気分を味わってみたかっただけ」

 そう言う気分?

 「なんでもないわ、気にしないで」

 そう言って香里は手近なところから夏物の服を物色していく。なんだがかやけに楽しそうだ。

 「ふふふ、こんなのはどうかしら?」

 そう言って香里は涼しげなワンピースを体に当ててみたりしている。

 「あ、あぁ。なかなかいいんじゃないか?」

 その妙に屈託のない無邪気な仕草にちょっとドキドキしてしまう。

 あの頃の……俺が転校してきたばっかりの頃の香里は楽しげに話していてもどこか寂しそうで、それでいて人を寄せ付けないような空気をまとっていたから。

 だから今日の香里はどこか新鮮だった。その笑顔は栞を思い出させる。

 「そう? それじゃこれなんか……」

 そうしていくつか香里は服を選んで試着して俺に感想を聞いたりしていた。

 俺が「よく似合っている」とか言うと顔を少し赤く染めて小さく微笑む香里がちょっと可愛く思えてしまった。

 「結構買ったな」

 「まぁね。せっかくだし、ね」

 何がせっかくなのかはよく分からなかったがとりあえず俺は曖昧に頷いていた。

 何か、今日の香里は違う。何が違うっていつも大人びている香里が何か今日はまるで中学生か何かのようにはしゃいでいる。

 「で、相沢君は行きたいところとかはないの?」

 「俺か? 俺は別に……そうだな、そろそろお昼だし飯でも食うか?」

 「ええ、いいわよ」







 で、どこで食べるか考えたあげく百花屋に俺たちはいた。

 「今日は付き合ってくれてありがとう。相沢君」

 「あ、あぁ。気にすんな。で、今日は香里どうしたんだ?」

 俺は結局今日の香里がいつもと違う理由を聞いてみることにした。

 楽しそうだからこのままでもいいかと思ったんだけど。

 「……そうね、どうしてだと思う?」

 「さぁ?」

 「ホント、鈍感ね」

 「ん?」

 「何でもないわよ。そうね、妹の彼氏がどういうデートするのか興味があったから。っていうのでどうかしら?」

 「ま、いいけどな」

 「ま、少し浮かれていたかな。とは思うけどね。別に無理して振る舞っていたわけでもないのよ。あたしだって女の子だしね」

 「そういうもんですか?」

 「そういうもんですよ」

 俺の言葉真似してちょっとおどけて言う香里。

 「いや、今日の香里は何か可愛かったからな。ちょっと新鮮だったぞ」

 と、俺が言うと香里はまた少し顔を赤く染めた。

 「ふぅ、そう言うことばっかり言ってると勘違いされるわよ。この男はあたしに気があるんじゃないか、ってね」

 「そうかなぁ?」

 「そうよ。まぁ、あたしは相沢君が変な人だって知っているからそんなことないけど」

 へ、変な奴って……

 「あら、もしかして自覚してないの?」

 ひ、非道い言われようだな。

 「ふふっ。冗談よ」

 「あのなぁ」

 「でも、楽しかったわよ」

 「そう言ってもらえると光栄だな。俺も楽しかったし。」

 あの頃は……『楽しむ』余裕なんてなかったものな。

 「そう、よかった」

 香里がにっこり、と笑う。大人びた、どこか世を儚んでいた微笑とは違う、あの頃には見せなかった(おそらく)心からの笑顔。香里自身の、素直な心。それが俺は何故か嬉しかった。

 そして少しドキッとした。

 あぁ、香里もこんな風に笑えるんだな……







 「ただいま〜」

 お姉ちゃんが帰ってきた。今日は、私が突然の用事で祐一さんと会えなくなってしまいお姉ちゃんに伝言に行ってもらった。

 「お帰り〜」

 せっかくの休日に会えなくなってしまった。それは残念だけどせっかく出てきてくれた祐一さんをそのまま帰すのも悪い気がしたのでお姉ちゃんに祐一さんに付き合ってもらうようにした。

 そして帰ってきたお姉ちゃんは何かとても楽しそうな表情をしていた。

 あの頃は迷惑をかけるばかりで笑顔すら見せてもらえなくなっていたことを考えると私まで嬉しくなってしまう。

 「お姉ちゃん、デート楽しかった?」

 ちょっとそんな皮肉も言ってみたり。

 「何言っているのよ、自分の彼氏と姉をデートさせたのはあなたじゃない」

 「そ、そうだけど。何か、お姉ちゃんが嬉しそうだから」

 「……そう?」

 お姉ちゃんは少しだけ間を置いてそう言ってきた。

 「うん」

 それに、大事そうに服か何かが入っているであろう袋を抱えているし。

 「そうね、楽しかったわよ。相沢君貰っちゃおうかしら?」

 「わ〜、そんなこと言うお姉ちゃん嫌いですっ!!」

 私がちょっと慌ててそう言うとお姉ちゃんはくすくすと笑った。

 「冗談よ、妹の恋人奪う気なんてないわよ」

 「えぅ〜」

 お姉ちゃんのその言葉に自分の頬が赤くなるのが分かった。







 お姉ちゃん……嬉しそうだったな。ううん、幸せそうだった。

 そう、分かっていたんだ。お姉ちゃんが祐一さんを好きになる事なんて。お姉ちゃんは冗談とごまかすけど私には分かる。

 祐一さんを好きな人同士、そして祐一さんに救われた人同士だし。

 そして何より、私はお姉ちゃんの妹だから。だから、お姉ちゃんの気持ちは他の人たちよりは分かっているつもりだ。

 たぶん、私とお姉ちゃんは根幹で『同じ』だから。

 絶望して、諦めて、もうどうしようもないところに相沢さん(と私の場合はあゆさんも)が現れて。

 そして私の心と、お姉ちゃんの心を救ってくれた。

 ……私とお姉ちゃんははっきり言ってしまえば今ここにいるのは全部祐一さんのおかげと言っていい。

 だから、お姉ちゃんが祐一さんに惹かれるのは当然のこと。

 だけど、だからといって私は祐一さんを譲る気はない。

 今日、二人をデートさせたのは……言ってしまえばお姉ちゃんに自分の気持ちに気付いて欲しかったから。

 私とお姉ちゃんは対等に祐一さんを好きだ、ということをお姉ちゃんに気がついて貰いたかったから。

 こんこん

 そんな私の思考を中断させたのはドアをノックする音だった。

 「栞、いいかしら?」

 「お姉ちゃん? いいよ」

 パジャマ姿のお姉ちゃんが部屋に入ってくる。

 「まだ寝てなかった?」

 「うん、大丈夫。考え事してたから」

 「そう」

 短く答えるとお姉ちゃんは私の隣に座る。

 「一応、確認だけはしておこうと思ってね。栞、今日はどうしてあたしと相沢君をデートさせたりしたのかしら?」

 と、お姉ちゃんはストレートに聞いてくる。私もそれは予想していたけど。だってお姉ちゃんだし。

 「うん、お姉ちゃんはもう分かっているよね? 自分の気持ち」

 「……ふぅ、やっぱりそういうつもりだったのね」

 お姉ちゃんは心底呆れたように言った。

 「もしかして呆れてる?」

 「あたりまえじゃない。どこに自分の彼氏をわざわざ浮気するように仕向ける人がいるのよ」

 「違うもん。浮気して貰いたかったんじゃなくてお姉ちゃんに自分の気持ちに気がついて欲しかっただけだよ」

 あの頃のお姉ちゃんは何もかもを押し殺して生きていたような、病気の私よりずっとつらい生き方をしていたから。

 「……確かに、栞の思っているとおりの結果になったわよ。あたしは……確かに相沢君に惹かれている。それは認めるわ」

 「うん」

 「でもそれであたしが相沢さんを奪っちゃったらどうするつもりだったのよ?」

 ふっふっふ。お姉ちゃんはまだまだ甘いです。

 「大丈夫です。私が言うのも何ですけど祐一さんは鈍いですから。そう簡単には行きませんよ。それに祐一さんは私のこと好きですから。もちろん私も祐一さんのこと好きですよ」

 「あ、あなたも言うようになったわね。でも、それが私に気持ちを気付かせた理由にはならないと思うけど」

 ……そう、それはもっと単純なこと。

 「……お姉ちゃん。私は祐一さんのこと大好きだけど。でも一番好きなのはお姉ちゃんなんだよ」

 「え……?」

 「お姉ちゃんが好きだから……ホントはお姉ちゃんを応援したいけどでも祐一さんも好きだから……」

 「……」

 だからせめてお姉ちゃんには自分の気持ちに気付かないまま祐一さんのことを友達と割り切って欲しくなかった。

 あの頃、私のせいでお姉ちゃんは自分のために何かする。と言うことが全然出来なかったから。

 だから、たとえお姉ちゃんが恋敵になっても。祐一さんが私の恋人でも。

 「それでいいの、栞は?」

 「お姉ちゃん以外だったら……私だって嫌だよ。でもお姉ちゃんだから」

 「……ふふっ、しょうがない子ね」

 そう言って優しく微笑むお姉ちゃんは……やっぱり私の大好きなお姉ちゃんだ。

 「それに、祐一さんは私の恋人です。私の方がずっと有利ですー」

 「あら、それはどうかしら?」

 「祐一さんに浮気するような甲斐性があるとは思えませんから」

 「ふっふっふ。甘いわね、栞。どうやら今からあたしと栞はライバルみたいね」

 「ふっふっふ。そう簡単にお姉ちゃんに祐一さんは渡しませんよ」

 それでも、ライバルでも私たちはやっぱり姉妹で。そして笑い合っていた。







 その日はいつもと違った。何が違うって美坂姉妹が。



 朝。いつも通り苦労して名雪を起こした俺はいつも通りに家を出た。時間は今日は少し余裕があった。

 そこまではいつも通りだった。

 が、家をでてちょっと歩いたところに美坂姉妹がいた。

 基本的に名雪を起こしていくと遅刻ギリギリか遅刻なので香里は名雪と一緒に行くのは諦めた、って言っていたし。

 栞も香里と一緒に登校しているはずだし……そもそもここは香里の家から学校に向かうコースではないのでここにいるはずはないのである……

 「おはよう。相沢君、名雪」

 「おはようございます。祐一さん、名雪さん」

 「あ、あぁ。おはよう」

 「うん、おはよー……くー」

 相変わらず名雪は歩きながら寝ていた。もう、こいつはどんな寝方していても驚かんぞ。

 「でもどうしてここにいるんだ?」

 「あら、いたら悪いのかしら?」

 「いや、そうじゃなくてだな……」

 「分かってますよ……祐一さんを迎えに来たんじゃないですか」

 「そういうことよ」

 くぅっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。

 「サンキュな」

 俺はそう言って栞の頭をくしゃ、っとなでる。

 「あはは、嬉しいです〜」

 ……と、何故か視線を感じる。

 香里だ……

 「どうした、香里?」

 「あ、なんでもないわ」

 そう言って目をそらしてしまう。うーん……

 「香里もサンキュな。わざわざ」

 「し、栞に付き合っただけよ」

 「それでも、な」

 「う、うん」

 「じゃあ、早く学校に行きましょう」

 「おお、そうだな」

 「ええ」

 「くー」

 俺たちがほのぼのした会話をしているなか名雪はずっと立ったまま眠っていた。





 で、学校。

 授業中は特にこれと言って何もなかった……ただ、時々香里に見つめられていた気がするけど。

 気のせいだろう。

 名雪は……やっぱり寝ていた。

 「くー」





 そして、昼休み。

 最近の日課として俺、栞、香里、名雪、北川の5人(つまり美坂チーム+栞)で中庭で昼食をとっていた。

 ……基本的に栞が全員分の弁当を作ってくれるのだが相変わらずその量が半端ではないのだ。

 たぶん、10人前くらいあるんじゃなかろーか?

 美坂家のエンゲル係数は大変なことになっていること請け合いだ。

 「ねぇ、相沢君」

 「ん? どした、香里」

 何故か香里は少し恥ずかしそうに頬を染めている。

 「えーと、今日は私もお弁当作ってきたんだけど……相沢君の分」

 「な、なにぃ!!」

 香里のその言葉に俺が驚きの声を漏らす前に北川の悲鳴じみた声が答えた。

 「くそぅ、相沢。貴様栞ちゃんだけじゃ飽きたらず美坂まで……」

 ごず。

 「ぬぉぉぉぉぉっ、頭が割れるようにいたいぞぉっ!!」

 香里は何の前触れもなく北川の脳天にナックルを埋めるとそれを無視して話し出した。こ、こぇぇ。

 「えーと、ま、まぁ昨日のお礼みたいなものよ」

 けど栞の弁当も……

 「今日だけはお姉ちゃんに譲って上げます。とゆーことで名雪さんと北川さん、全部食べて下さいね♪

 「む、むりだおー。いくら何でも死ぬおー」

 起きていても『だおー』か、名雪。

 北川は……へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 「栞は……?」

 「わ、私はアイスを……」

 「ダメ、ちゃんと食べなさい。あんたいつもアイスばっかり食べてるんだから。

 「えぅ〜、わかりました」

 そんな感じで俺たちは昼食を食べ始めた。

 北川もなぜかあっさりと復活して栞の弁当を食べ始める。





 香里の弁当はうまかった。正直言って栞よりも腕は上だと思う。

 ま、そのぶん栞の弁当には俺への愛情が詰まってるからうまいんだけどな。

 ……すまん、自分で言っていて恥ずかしくなった。

 「うまかったぜ、香里」

 「そう、よかったわ」

 と、笑顔を向ける香里。

 「お姉ちゃん、随分早起きして作っていたもんね」

 「ちょっ、よけいなこと言わないの」

 「そうなのか?」

 「ま、まぁね。ほら、一応お礼な訳だから。変なもの作るわけにはいかないし」

 うーん、そんなお礼されるようなことじゃないと思うんだけどなぁ。ただ買い物に付き合っただけだし。

 「そんなに気にするほどのことしたつもりはないけど……」

 「祐一さん、お姉ちゃんは素直になれないだけなんですよ」

 素直に?

 「だ〜か〜ら〜、よけいなこと言うんじゃないの!!」

 「えぅ〜、怒られてしまいました」

 それでも栞は何か楽しそうだ。

 「もう」

 そう言って栞を軽くこづく香里もやっぱり楽しそうだ。

 「……なんか、わたしたち置いてけぼりだね」

 「そうだな……」

 と、名雪と北川が呟いていたとかいないとか。





 やっぱり、そうだ。

 この空気が、私もお姉ちゃんも祐一さんを好きで……それでこうやって一緒にご飯を食べたりすることが、一緒にいることが楽しい。

 『3人』でここにいることが楽しい。

 でも……

 例えば、お姉ちゃんが祐一さんに告白して、それで私がいるからって祐一さんが断ったら……

 逆に祐一さんもお姉ちゃんを受け入れて私と別れるようなことになったら……

 どっちにせよ、今のままでいることは出来ない。

 だけど……私はこの空気が、『3人』の空気が大好き。

 絶対になくしたくないくらい……

 だから……





 やっぱり、今日はおかしい。

 何より栞の態度がおかしい。

 妙に俺と香里が一緒にいるように仕向けているというか……

 そう、まるで俺と香里をくっつけたがっているようだった。

 香里はどうして栞がそう言う行動にでるかは分かっているようだ。

 それは会話の端々に出てくる。

 自意識過剰と言われるのを覚悟で言えば、もし香里が俺のことを好きだとすれば香里の行動は納得できる。

 そうすると栞は姉に俺の彼女の座を譲ろうとしていることになる。

 栞の性格ならそう言うこともあるかもしれない。

 しかし、かと言って栞自身が俺と香里に遠慮するようなそぶりがあるわけでもない。

 ……わからん。





 放課後。

 俺は栞に大事な話があるから、と誘われて二人であの噴水のある公園にいた。

 栞と俺は噴水の縁に並んで腰掛けていた。

 やがてゆっくりと栞が話し始める。

 「祐一さん。どうしても祐一さんに聞いておきたいことがあるんです」

 「……なんだ?」

 分かっているのかも知れない、俺は栞が何を聞こうとしているのか。

 それでもあえて尋ねる。

 「祐一さんは……お姉ちゃんのことをどう思いますか?

 そう、それはとてもありふれた……予想通りな質問だった。

 それだけに、予想通りだっただけに俺は答えに窮した。

 「香里は……いい、友達だよ」

 だが栞は俺のそんな当たり障りのない答えを予想していたようだ。

 すぐに言い返してくる。

 「いいえ、違うはずです。今日、お姉ちゃんと話している祐一さんを見て……お姉ちゃんのお弁当を食べる祐一さんを見て分かりました」

 それを、言われるのが怖かった。自分の気持ちに気がついてしまうのが……

 だから俺は栞の行動を不可解なもの、として処理したのだ。

 「栞、それ以上は……」

 危険だ。何かが、俺たちの間にある何かが崩れてしまいかねない。

 「……じゃあ、質問を変えます。祐一さんは私のこと好きですか?」

 「え? あ、ああ。もちろんだ。俺は栞が大好きだ」

 その気持ちに偽りはない。それは間違いない自信がある。

 ただ、香里のことは……

 「分かりました」

 俺の答えに満足したのか、栞は満面の笑顔で『何か』を納得したようだった。





 お姉ちゃんの気持ちに気がついているのかそれは分からないけど、それでも分かったことがある。

 少なくとも祐一さんはお姉ちゃんを意識している。それは間違いない。

 そうでなければ、私の質問に迷わず答えることが出来るはず。

 そして、同時に私のことを好きだと言ってくれるその気持ちもたぶん嘘じゃないと思う。

 だから、やっぱり私はその方法をとるしかない。

 「祐一さん。ちょっとここで待っていて下さいね」





 「祐一さん、ちょっとここで待っていて下さいね」

 止める間もなく栞はあっという間に公園の外へ走り去った。

 ……ホントにこの前まで病人だったのだろうか?

 何て事を考えていると栞が走り去った方から人影が現れた。

 それは俺のよく知っている奴だった。

 そう、香里だ。

 香里は何か決意を秘めた表情で俺の所まで歩いてきた。

 「よぅ、香里」

 「相沢君……」

 「栞がちょっと待ってろって言っていたんだが……香里が来るからか?」

 「そう、なるわね。栞に公園の外で待っていてって言われたから」

 「そう、か……」

 「……」

 「……」

 二人の間を妙な沈黙が支配していた。

 何かが、何か大変なことが起こる前の嵐の前の静けさのような……

 そしてやはり沈黙を破ったのは香里の方だった。

 「本当は……言うつもりはなかったんだけど、ね。相沢君、あたしの話を聞いてくれるかしら?」

 香里の話がどういうものか、もう分かっている。

 ならば俺はそれを断るべきだ。俺には栞がいるのだから。

 「……分かった」

 なのに、俺は頷くことしかできなかった。

 「ありがとう」

 これで俺は戻れなくなってしまったのかもしれない。

 「相沢君とデートした日……って言って良いかしら。とにかくその日に栞に言われたのよ。自分の気持ちに気付いてって」

 自分の気持ち。俺の気持ちは……

 「あたしは……相沢君、あなたのことが好き。もちろん、友達としてじゃないわよ」

 分かっていたんだ……

 こうなってしまうってことは。

 「俺は……」

 「待って下さい、祐一さん」

 と、俺の言葉を遮る声。栞だ。

 いつの間にか、傍には栞がいた。

 「し、栞……」

 「祐一さん、今お姉ちゃんのことを振ろうとしましたね」

 「……」

 「たぶん、祐一さんのことだから私がいるから。そんな理由で」

 図星だった。だって俺は間違いなく栞が好きだから。

 「もう一度だけ、聞きます。正直に答えて下さい……お姉ちゃんのことをどう思っていますか? 私のことはとりあえず考えないで」

 俺が香里のことをどう思っているか……『栞を抜き』でだと?

 「……それは、無理だ。俺にとって栞と香里を別々に、どっちかをいないものとして何て考えることが出来ない」

 「じゃあ……単純な事じゃないですか」

 そう言ってにっこりと笑う栞。その表情は今までにないほどに晴れ晴れとしていた。

 何かの確信を得たような、そんな表情。

 「栞……どういうつもりよ」

 香里も栞の意図がつかめないようだ。

 「祐一さんが私とお姉ちゃんを離して考えることが出来ないって事はつまり……」

 つまり俺は栞と香里を……

 「ね、簡単なことでしょ?」

 ああ、本当だ。たぶん、俺はどっちが好きとかそう言う事じゃなく栞と香里。美坂姉妹二人が……

 俺がこの街に来てずっと関わり続けていた二人のことが好きだったんだ。

 「私も……お姉ちゃんも祐一さんも好きだから。どっちかを手に入れてどっちかをなくすのも、どっちもなくすのも嫌だから」





 そう、それは考えるほどのこともない。すごく単純な話。

 「く、くく…………あ〜っはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 と、突然祐一さんが大笑いを始めた。それはもう頭のネジがとんでしまったかってくらいの大笑い。

 「さ、さすが栞だな。俺は栞が大好きだし香里のことも好きなんだ。考えてみりゃそれだけのことだよな」

 「そうですよ。そんなことで悩むなんて時間の無駄ってもんです」

 「ちょっ、ちょっと栞、あんたはそれでいいの?」

 お姉ちゃんの言いたいことは分かる。

 でも少し意地悪をしてみよう。

 「何がですか?」

 「だって、それじゃ相沢君は……」

 「そうですねぇ、二人と付き合ったら二股って事になっちゃいますね」

 「おいおい、栞。そりゃないぜ」

 くっくっ、と笑いながら祐一さん。どうやら私の意図を読みとってくれているみたいです。

 「でもそうだな、それじゃ栞も二股って事になるのか?」

 「そうですね、なっちゃいますね」

 「へ?」

 ぽかんと惚けた顔のお姉ちゃんはなんかいつもの才女然としてなくて、何かマヌケで可愛いです。こんな事考えてるのばれたら殺されそうですけど。

 「だって、私は祐一さんもお姉ちゃんも好きですから」

 「でもそれは……」

 「姉妹だから、か? 俺には好きだって気持ちにそんな差があるとは思えないぜ」

 『好き』には色々な形態があると思う。それでも、『好き』ってことの意味はやっぱり同じだと思う。

 「あ、あたしだって……相沢君のことも栞のことも大好きよ。だけどどうしろっていうのよ!!」

 やっと、言ってくれました。やっと『3人』の気持ちが一つになったんです。

 だったら、もう怖いもの何てありません。正直にいきればいいだけです。

 「ひとつになっちゃえばいいんですよ。簡単なことだよ、お姉ちゃん」

 「ひとつ……?」

 そう私たちは3人でひとつ。もう、離れることのない丸になるんです。

 三角から丸に。

 「つまり私も栞も……」

 「はい、祐一さんの彼女と言うことになりますね」

 「ね、ってあんた……」

 呆れ顔のお姉ちゃん。それでも私の言いたいことは分かってくれたみたいです。

 「ホント……我が妹ながら変な娘になっちゃったわね」

 「ひどいですー。そんなこというお姉ちゃんなんて嫌いです」

 「ふふっ、ホントの事じゃない。でも、そうね……変になってみるのもいいかもね」

 「え……?」

 「よろしくね、相沢君」

 「へ?」

 「やったわね、相沢君。いえ、祐一って呼ばせて貰うわね。両手に花よ」

 にこにことお姉ちゃんは言う。

 あまりと言えばあまりに突然の変わり様に今度は私と祐一さんが惚けてしまった。

 「ふふふ、あなたたちに手玉に取られているのもシャクだからね。あたしも開き直っちゃうわ」

 最高の笑顔でお姉ちゃんはそう言った。







 はっきり言ってしまえば俺は二股男だ。

 たとえ二人とも納得した上のことでも、な。

 周りはそうは思わないだろう。

 それでも、栞の言う通り俺はこの3人の関係をなくしたくないから。

 だからせめて俺は二人を守れる存在であろう。これからも3人一緒にいるために。

 「これからよろしくな、栞、香里」





 お姉ちゃん、祐一さん、そして私。

 これからもずっと一緒にいようね。

 だから……

 「はい、よろしくお願いします。祐一さん、お姉ちゃん」





 「ええ、よろしくね。祐一、栞」






FIN

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