「約束」



作者 ひろの





それは、春の足音も聞こえ始めた3月中旬のある日のこと。







「祐一、はやくはやく」

髪の色に合わせた、鮮やかな空色のコートを着た名雪が嬉しそうに手を振っている。

「急がなくても百花屋は逃げやしないぞ?」

祐一は苦笑しながら、よく晴れた空を見上げた。

さんさんと輝く太陽が、その光を余すところなく地上へと送りとどける。

あたりを見渡すと、雪に覆われた街の所々に黄緑色の新芽が見受けられる。

吹く風はまだ少し冷たいが、気温は少しずつ暖かくなってきているのがわかる。

今日は風も強くない。絶好のデート日和だ。

「百花屋は逃げないけど、遊ぶ時間が少なくなっちゃうよ」

名雪は少し頬を膨らませながらとてとてとでも形容したくなる足取りで祐一の元へと駆け寄ってきた。

そして、なんの前触れもなく祐一の腕に自分のそれを組ませる。

「お、おい、名雪」

うろたえる祐一に、名雪はにっこりと笑いかけた。

「久しぶりのデートだもん。たまには、いいよね?」

祐一は顔を真っ赤にすると、あさっての方向を向きながらがりがりと頭を掻いた。

しかし、手をふりほどこうとする様子はない。

名雪はもう一度ほほえむと、祐一の手を引っ張って商店街へと足を急がせた。






 カランカランカラン・・・


百花屋の扉を開け、店へ入る。

「いらっしゃい・・・あら、名雪ちゃん」

すっかり顔なじみとなった店員が、名雪の姿を認めて笑いかける。

「こんにちは〜」

名雪の挨拶に微笑みで答えて、店員は名雪の横に立つ祐一に気付いた。

「あら、今日はデート?」

祐一は顔を赤くしたが、名雪は嬉しそうに「はい!」と頷いた。

「それじゃ、今日の支払いは祐一君ね。名雪ちゃんは、いつものでいいのよね?」

「はい!」

名雪は再び大きく頷いた。

「祐一君は、なんにする?」

「それじゃ、ブレンドコーヒーで」

「はいはい、ちょっと待っててね」

店員はそういうと、カウンターのほうへと入っていく。

「・・・ふ〜」

祐一は椅子に腰を落ち着けると、深くため息をついた。

「いっちごっパフェ♪いっちごっパフェ♪」

名雪は向かい側の椅子で嬉しそうに体を揺らしている。

「おまえなぁ・・・」

祐一は呆れたように呟いたが、名雪の耳に入っていないのに気付くと、頬杖をついて窓の外を眺めた。

暖かくなってきただろうか。

商店街には、祐一が見慣れた景色よりも人が多い。

そして、みんなが幸せそうに買い物を楽しんでいる。

祐一がその様子を見てほのぼのとしていると、いちごパフェとコーヒーが運ばれてきた。

「いただきま〜す♪」

名雪は一度手を合わせると、うれしそうにいちごパフェを食べ始めた。

食べるスピードはそんなに速くないのに、減るスピードが尋常ではない。

しばらくしてたいらげてしまうと、名雪はさらにもう1回パフェを注文した。

店内にいた他の客がぎょっとしたようにこちらに視線を向けるが、祐一は慣れているので気にせずにコーヒーをすする。









「あー、痛い出費だな・・・」

祐一は財布の中身を見て、少し悲しそうな声を出した。

結局百花屋を出るまでに名雪は5回パフェをお代わりしたのだ。

十分に用意してきたはずの財布の中身がずいぶんと軽くなってしまっている。

「ごめんね、祐一」

ついさっき名雪にプレゼントした猫のぬいぐるみを抱いて、名雪が嬉しそうにほほえんでいる。

(とりあえず、買えるだけは残っててよかった・・・)

今日のデートの目的であった、名雪へのプレゼントが買えたので祐一はなかなかに満足だった。



商店街に落ちる日光が、赤みがかかり始める。

「そろそろ帰るか」

祐一は腕時計を見て、そう名雪に声をかけた。

ショーウィンドウに展示された春物のワンピースを眺めていた名雪が駆け寄ってくる。

「もうそんな時間?」

「ああ。早く帰らないと秋子さんが心配するだろう」

「うん。じゃあ、帰ろっ」

名雪がその手に猫のぬいぐるみを抱いて、祐一の横に並んだ。








それは少し車通りの多い道に出たときだった。

「きゃっ」

小学生だと思われる子供が、走ってきて名雪にぶつかったのだ。

「あ、ごめんなさい!」

よほど急いでいるらしい、子供は謝るとすぐに走っていってしまった。

「あ、ねこさんが・・・」

ぶつかったひょうしに落としてしまったらしい、猫のぬいぐるみが車道のほうへと転がっていく。

名雪がそれを追いかける。

そして、ぬいぐるみを拾った、その瞬間だった。

「わ・・・」

名雪が、通行人に押されてよろける。

そして、車道の真ん中へと押し出されてしまった。

そのときには、一台の車がすぐそばまで迫ってきていた。







「え・・・」

名雪は呆けたように迫り来る自動車を見つめた。

ドライバーが必死の形相でブレーキを踏んでいるが、間に合わないだろう。




 どんっ!




名雪は、誰かに突き飛ばされていた。

転がって、車道の真ん中で止まる。

名雪は起きあがり、そして、見た。





 ききーっ!!


 

 どんっ!!




 ・・・ごとっ。




甲高く響き渡るブレーキの音。

ナニカが車に跳ねられる音。

そして、ナニカが地面に叩きつけられる音。






「え・・・」

名雪はその現実が信じられないといった様子で、その光景を見つめる。

祐一が、地面に横たわっている。

その頭から、赤い染みがコンクリートの道路に広がっていく。






車からドライバーの男性が飛び降りてきて、祐一に駆け寄る。

そして、周りの人達に救急車を呼ぶように頼んでいる。






周りは騒がしいはずなのに、名雪にはその間、いっさいの音が聞こえなかった。

そして、動けなかった。

呆然と、その様子を見つめる。







やがて、回る赤色灯が現れて、名雪と、動かない祐一とを乗せていった。









 ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・



全てが白一色で埋め尽くされた部屋に、断続的に無機質な音が鳴り響く。

白い部屋の中にあるアクセントのようにある色は、名雪の青と、祐一の頭に巻かれた包帯の赤だけ。




他のものは、全てが白い。

ドアも、壁も、天井も、カーテンも、そして、祐一の肌の色さえもが。




「祐一・・・」

名雪が呼びかけても、祐一は答えない。

「・・・約束、したもんね」

聞こえていないとわかっていながらも、名雪は話しかけ続ける。

「・・・もう置いていかないって、言ったもんね。
 
 ずっとそばにいてくれるって、言ったもんね。

 私、祐一を信じてるから。
 
 だから、絶対・・・帰ってきて・・・くれる・・・よね・・・」



それは、名雪自身に言い聞かせていた言葉なのかもしれない。

目の端に浮かんだ涙がこぼれないように、上を向く。




泣くことなんか、何もない。

祐一は、帰ってくるんだから。














病室の窓から見える桜の木に、花が咲きはじめた。

少しだけだけど、桜吹雪が舞い、病室からの風景に色を添える。

春が、来ていた。













「祐一・・・」

名雪は眠る祐一の顔を見ながら、そっと呟いた。

そのとき、祐一の目が開く。

「あ、ごめんね、起こしちゃったかな」

「おう、名雪・・・来てたのか」

祐一は寝ぼけ眼でそういうと、上半身を起こした。

「わ、だめだよ祐一・・・寝てないと」

名雪がそれを押しとどめようとするが、祐一はゆっくりと上半身を起こしきった。

「なに心配してんだよ?もうほとんど治ってるっていうのに」

「う〜、でもだめなんだよ・・・」

心配そうな名雪を見て、祐一は口元をほころばせた。

「ごめんな、名雪。心配かけちまって」

手を伸ばして、名雪の頭をなでる。

「わ・・・」

名雪は驚いた顔をしたが、恥ずかしそうにしながらもそれをいやがりはしなかった。

「ううん、いいんだよ・・・祐一はわたしを助けてくれたんだし、それに・・・」

「それに?」

「ちゃんと帰ってきてくれたから・・・」

名雪は恥ずかしそうに顔をひそめた。

祐一は同じように顔を真っ赤にしながら、なでていた手をずらして名雪の顔を引き寄せる。

名雪の目が閉じられ、そして、二人の唇が、重なる。

そのとき。



「祐一く〜ん、大丈・・・」
「包帯祐一、生きて・・・」
「祐一さん、大丈夫で・・・」
「相沢君、怪我の具合・・・」
「・・・祐一・・・」
「あははー、祐一さん、大丈夫・・・」



病室のドアが開けられ、女の子達がなだれ込んできた。

そして、挨拶しようとした途中で固まる。

祐一も、固まっていた。

窓のほうに顔を向けていた名雪がそれを不思議に思って後ろを振り向き・・・そして、同様に固まった。



「祐一君、不潔だよ〜!」
「あう〜、祐一の、すけべ〜!」
「そんなことしてる祐一さんなんて大っ嫌いですぅ〜!」
「・・・お邪魔したわね」
「・・・・・」
「あ、あははは〜・・・そ、それでは〜」



思い思いの事を叫びながら、病室を飛び出していく。

祐一はそれを真っ赤な顔で見送りながら、名雪と視線をかわしあった。




春は、まだこれから。


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 あとがき
ヒロノ:はじめまして〜。ヒロノいうものです〜。
ヒロノ:さて、ボクもちょい対談方式であとがき進めさせていただこかな思てます。
ヒロノ:とりあえずゲストは今作のヒロイン、水瀬名雪嬢〜!
名雪:う〜…恥ずかしいぉ〜…
ヒロノ:いきなりかい。
名雪:だって〜…
ヒロノ:しゃーないやん。ボクの作品のコンセプトは「恥ずかしい」作品なんやから。
名雪:そうなの?
ヒロノ:そう、あれはある冬の日のことや…
ヒロノ:前からボクは友人と背筋がかゆくなるようなラブラブSSを読みあさっとったんやけど。
名雪:うん、知ってる。「うわ、かゆっ!」って一人でもだえてたよね。
ヒロノ:その友人のその日の晩飯は、とろろやってん。
名雪:え?
ヒロノ:彼はやたら口がかゆいさわいどった。
ヒロノ:そのとき、彼に天啓が来たんや!
ヒロノ:「ラブラブ甘い系SS」→「かゆくなるSS」→「とろろ系SS」と呼べ!という!
名雪:………
ヒロノ:どないしてん。
名雪:しょうもないね〜…
名雪:それと「恥ずかしい」作品を書くのと、どう関係があるの?
ヒロノ:「とろろ系」という意味不明ジャンルを広めようと思って。
名雪:それだけ?
ヒロノ:それだけ。
名雪:………
ヒロノ:なんやねん。
名雪:そんなくだらないことのためにこんなあとがき長くしたの〜…?
ヒロノ:ぐを!
名雪:送りつけられた人がかわいそうだよ…
ヒロノ:すんませんすんませんホンマすんません許してくださいもうしませんからかんにんして。
名雪:もうしないの?
ヒロノ:…もしかしたらまたやるかも。
名雪:…わたし帰るね〜。
ヒロノ:待て、落ち着け!

ヒロノ:行っちゃった…まぁ、いいか。
そんなわけで…長々と申し訳ありませんでした。
初のSSなので、へっぽこ極まってるかもしれませんけど…
こんなのでも読んで背筋かゆくなっていただけたら幸いです。
もしかしたらまた送らせていただくかも…

感想・批判等ございましたら、
ICQの #96601511 hirono へどうぞ。
Outlookが不調なんです。ごめんなさい。 

それでは。  

2000.1.23 高石「次は香里SSを書きたい」ヒロノ  

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