Piaキャロットへようこそ2 神楽坂潤

夏の始まり

written by YOU


「・・・・・・」

体中の力が抜けていくのが分かる。ただ封筒とそしてその封筒で送られてきた書面を
握る手を除いては。
今や握り締められてくちゃくちゃになったその書面には、

『まことに残念ながら・・・』

そういう文字が印刷されていた。つまりは・・・不合格通知である。

(なんで・・・)

自分には才能がないのだろうか。あの母の娘なのに。そう考えると潤は自分自身に腹が立った。
その想いをぶつけるかのように封筒を握った手にさらに力をこめる。
かろうじて形を保っていた封筒は、あえなくゴミと化した。
潤はそれをゴミ箱へと投げ捨てると、玄関から外へと出た。
ちょっとした気分転換。今の精神状況で部屋にいるとますます落ち込むだけだろうから。
梅雨の中休みというのだろう。鬱々とした潤の気持ちとは対照的に、外はここ数日には
珍しくさわやかに晴れ渡っている。それだけでも潤はいくらか救われる気がした。

もう何度目だろうか。オーディションに落ちたのは。
今回はちょっと自信があったのだが。それでも結果は・・・・・

(練習はしてるんだけどな)

稽古に時間は惜しんでいない。ここ1年ほどは、学校と稽古場とを行き来する毎日だ。
それでも落ちるということは、

(やっぱり才能ないのかな)

そういう結論になってしまう。
それでもあきらめるつもりは全く無い。今の稽古でだめなのなら、さらに稽古するだけだ。

(でも、今までどおりのことをやってても・・・)

今の稽古を完璧にこなせているというほどの自信は無かったが、それでもそれなりに
こなせているとは思う。今のままの練習を続けてはたして合格できるものなのだろうか。
そういう不安を覚えた。

(何か、変わった練習無いかな?)

そんなことを考えながら歩道を歩く。
久々の晴れ間に、行き交う人々の表情は明るい。ところどころに、昨日の雨の名残、
水溜りがあるが、それさえもどこか雰囲気をよくする小道具のようだ。
その雰囲気に感化されたのか、潤は落ちたことよりも次に受かることへと頭を切り替え
られていた。
伊達に何度も落ちているわけではない。その辺の切り替えは上手くなっている。
といっても、自慢できるものではないのだが・・・

「いらっしゃいませ。」

ふと、そういう声が聞こえてきた。
見ると、歩道に面したファミレスにちょうどお客がドアを開けて入ろうとするところだった。
ファミレス、Piaキャロット。最近話題のお店だ。なんでもウェイトレスの制服がとても
可愛いらしい。単に衣装というだけなら、男物から可愛らしいものまでいくらでも劇で着たことが
あるので、潤は特に興味は無かったが。
それ以上に、潤の目をひきつけたのは、そのファミレスの窓ガラスに貼られた張り紙だった。
そこには、

「男女アルバイト募集中 詳しくは当店スタッフもしくはTEL ○○ー××××ー△△△△まで」

その時さっと潤の脳裏にあることが閃いた。
手帳を取り出して電話番号を控える。
その足で潤は文房具店へと向った。履歴書を購入すると、そそくさと家へと帰る。
部屋に戻った潤は、履歴書を取り出すと、空欄を埋め始める。ある欄を除いては。
そして一通り必要事項を記入し終わると、唯一記入していなかった欄の選択肢に○印をつけた。

『性別 男』

と。

(如何に男の子を演じるか。練習としてはぴったりよね)

書きこみ終えた履歴書を手に持って眺めながらひとりでうなづく。

その後、潤は履歴書を机の上に置くと電話へと向かった。

すー、はー

1度深呼吸してから受話器を手に取る。
手帳に控えた電話番号をダイヤルする。

プルルルル プルルルル

数回の呼び出し音の後に、

「はい。Piaキャロット中杉通り店です。」

受話器の向こうから落ち着いた感じの女性の声が聞こえてきた。

「あの、ポスターを見て、バイトの申し込みをしたいんですけど。」

精一杯に低い声をつくってそう切り出す。

「わかりました。では面接を行いますので、明後日の夕方、履歴書を持って来て頂けますか」
「はい。かまいません」
「お名前と電話番号を教えていただけますか?」
「神楽坂 潤。電話番号は○×△ー□◆☆●です」
「失礼ですが・・・女の方ですか?」

(来た・・・)

聞かれるかなと思っていた質問に、潤は用意していた答えをかえした。
ちょっとムッとしたふりをして。

「いいえ、男です。よく間違えられますけど」
「すいませんでした。それでは、明後日お待ちしております」
「よろしくお願いします」

そういう会話の後、潤は受話器を置いた。
受話器を持っていた手が汗ばんでいる。

(これくらいで緊張するようじゃ、ダメだぞ)

そう自分に言い聞かせる。こうして潤の壮大な稽古は始まった。




翌日。授業を終えた潤は、買い物に行こうと急いで下駄箱へと向った。
下駄箱を開ける。と、いつものように数通の手紙が靴の上に乗せられている。

(またか)

そう思いながらその手紙を取り出す。
中身は見ない。どうせわかっているのだから。

(男役目指してるからって、そういう趣味があるわけじゃないんだけどな)

いいかげん慣れてしまっていたが、それでも毒づきたくもなる。
そう、それは同じ学校の女の子からのラブレターというかファンレターなのだ。
女子校ともなると、中には少なからずそういう子がいるものである。
潤はその風貌と、そして男役を目指しているという事実とからそういう子の
憧れの対象になっていた。

「はあ〜」

ため息をつきつつ、手紙をカバンへとしまいこむ。
そういう趣味はないとはいえ、捨ててしまうのも悪い気がして気が引けた。
部屋には箱一杯にそういう手紙が保管されている。

潤は靴をかえると、制服姿のまま街へと向った。
目的は、買い物。男物の服を買うためだ。
普段、主に男役の練習をやっている潤は、その反動か、持っている服はどれも
女の子女の子したものばかりだ。とはいえ、それを着て、バイトの面接に行くわけにもいかない。
そこで、男ものの服を買いに来たというわけだ。

(思わぬ出費。今月苦しいのになあ)

財布と相談しながら服を選ぶ。
格好をつける必要はないから特におしゃれをする必要もない。
どうせ仮の姿だし、予算の都合もある。だから安い物を中心に選んでいった。

「これだけ、下さい」

何点か選んで、それを両手で抱えながら潤はレジへと向った。

「プレゼントですか?」

気をきかせた店員が尋ねてくる。

「えっ、あのっ、その・・・」

自分で着るとは言い出せずに、しどろもどろになってしまう。

「はい。そうです」

結局、小さい声でそう言ってしまった。

「じゃあ、包装しときますね。」

店員はそう言うと丁寧に包装しだした。最後にはリボンまでつけてくれている。

「はい、どうぞ。」

潤はそういう店員に代金を払うと、そそくさと店を後にした。



自分の部屋に戻ると、潤はさっそく着替えてみることにした。
苦笑しながらリボンを自分でほどく。

最初はTシャツにハーフパンツを着てみた。鏡でその姿を確認する。

「十分、男の子でも通用するよね」

鏡に映った自分の姿を見てつぶやく。
もっとも、女としては喜ぶべきことではないのだろうが。
やや、複雑な気持ちが残ったが、とりあえず喜ぶべきこととして片付けておくことにした。
念のために後姿も見てみると・・・

「これじゃまずいわよね」

Tシャツでは透けてしまって光の当たり様によってはブラジャーの紐が見えてしまっている。

(まさかノーブラってわけにもいかないし)

確かに豊かな胸とは自分でも言えない。
とはいえそこは『女』として譲れない線だ。

(そうだ!!)

潤は突然タンスをまさぐりだした。

(確か一枚だけあったはずなんだけど・・・・あった!!)

そう言ってタンスから取り出したのは、バスケ用のタンクトップだった。

(これを重ね着すれば大丈夫よね)

早速、Tシャツの上からそのタンクトップを着てみる。
鏡で後姿を確認すると・・・

(うん、大丈夫)

それを確認すると、潤は普段着に着替え、丁寧に今日買った服を折りたたんだ。



次の日。潤は学校の帰り道、Piaキャロットへと向っていた。
途中のスーパーのトイレに立ち寄る。

(なんか一昔前のコギャルみたい)

そんなことを考えながら、トイレの中で鞄に入れて持ってきた男物の服に着替えて、
かわりに制服を詰めこむ。くしゃくしゃになるだろうけど、この際仕方が無い。

(帰ったら、アイロンかけなきゃ)

そんなことを考えながら、パンパンに膨れたカバンを手に潤はPiaキャロットへの道を
歩いていた。

(やっぱり止めとこうかな?)

幾度かそう考え引き返しかけるが、そうこうしているうちに、Piaキャロットの前へと
やってきていた。

「ふう〜」

ドアの前で大きく深呼吸。

「いいこと、今から私は男。あ、『僕は』か」

意を決すると、潤は扉を開けた。
涼しい空気に乗ってお馴染みの挨拶が聞こえてくる。

「いらっしゃいませ。Piaキャロットへようこそ!!」

神楽坂潤、16歳。彼女の夏はそこから始まった。





*後書き*
ども、YOUです。
この作品、実はJun Lovers Club(JLC)という潤くんのファンページに投稿させて頂いていた
ものです。この度、JLCが閉鎖となり、このSSどうしようと言っていたところ、じろ〜さんが
ひきとってもいいとおっしゃってくれたので、こちらに置かせていただくことになりました。

今回、再投稿にあたって読み返して見たところ・・・読めたもんじゃねぇ〜! となり
一部手を加えてあります。といっても、細かい修正なので気づかない方のほうが多いでしょう。
もっと加筆・修正したい気もするのですが、やりだしたらキリがなさそうなので、とりあえず
これくらいにさせていただきます。

最後になりましたが、拙作にお付き合い頂きありがとうございました。
御感想等頂けると嬉しいです。でわ〜☆

P.S 潤くんってさらしまいてるのかなあ?


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